渡さない
秋山深一×神崎直


コンコン
パタパタとこちらに向かう足音に心臓の音が重なってうるさい。
扉の先にはまぶしい笑顔が見えた。

「こっこんにちは」
「こんにちはー!どうぞあがってください!」

勧められるまま部屋に入り、緊張で座ることもできず、グルッと一周見渡してみた。
当然オンナノコらしい部屋だけど、そこかしこにする彼女の香にクラクラする。
そして今は美味しそうな匂いが彼女の向こうからしている。

「あっもうすぐできあがりますんでどうぞお座りになっててください!エトウさん!」
「あぁ…あ、あの、これ…」
「わぁーキレイ!ありがとうございます!ピンクのバラってかわいらしいですよねー」

(キミだと思って買ってきたんだ)

来る前に何度も練習した台詞は、やっぱりでてこなかった。

意を決して「会いたい」と連絡したのは数日前。
彼女はあっさりと承諾し、良かったら家でご飯でも…という話になった。

(…てことは脈ありか?)

あの忌まわしいゲームで彼女を守り抜いたヤツ…秋山はもう関係なくなったのか、と安堵し、
会える日を待ちに待って今日に至る。

花瓶に挿しなおし、テーブルの真ん中に置いた彼女は、以前と変わらず何の疑いを持たない笑顔をこちらに向けた。

(今日こそは…告白するぞ)

「あのー、さ」
「はい?」
「直ちゃん…あの…きょ、今日は会ってくれてありがと」
「はい!私…エトウさんに会いたかったんです」

(え!?…まじ!?)

「あの時ちゃんとご挨拶できないまま3回戦に行くことになっちゃって…ごめんなさいって言いたくて」
「…なんだ」

あからさまにがっかりした俺の言葉の意味が理解できないという風に首をかしげる彼女に対し、
なんでもないよとキッチンに促してあげた。

「もうすぐできますからねー」

とりあえず、彼女はこうして会ってくれた。しかも家にまであげてくれた。まだ時間はたっぷりある。

(メシを食ってから態勢を立て直せばいいか)

部屋の居心地にも慣れて、鼻歌を歌いながら自分だけのために準備している彼女の後姿を、誰に邪魔されるでもなく見つめ続けた。

コンコン

(?誰だ?新聞の勧誘か?)

「直ちゃん、誰かきたみたいだよ」
「あっ、開けてもらってもいいですかー?」

言われるまま開けると、予想に反した展開に固まってしまった。

「なんでおまえがいるんだ」

(それはこっちの台詞だろ…なんでおまえがくるんだよ…)

一歩も動けないままいると、ぴょこっと顔を覗かせた彼女は
それこそ幸せいっぱいの笑顔で言った。

「あ、秋山さん!こんにちは!そろそろいらっしゃると思ってました!」

(そろそろ?)

「なんでこいつがいるの?」
「なんでって…みんなでお食事しようと思って!

秋山さんの分もちゃんと作ってありますからいつもみたいに食べてってください」

(いつもみたいに??)

彼女は、恒例になっているかのように秋山の腕をとり、部屋へ招き入れた。

「秋山さんみてください!このお花かわいいですよねー!
エトウさんが持ってきてくださったんです!」

「お二人ともあともうちょっとだけ座って待っててくださいね!」

二人の男の気も知らないまま、ご機嫌でキッチンに戻る彼女。

(きまずい…)

ゲーム時の威圧感に磨きがかかったかのように秋山の視線が自分に刺さってくる。

(結局、こいつと直ちゃんは今でもつながりがあったのか…)

「で?なんでいんの?」

急に声をかけられて、無意識のうちに体を震わせてしまった自分が情けない。

「…な、直ちゃんに誘われたからに決まってるだろ。俺に会いたかったんだってさ」

(ホントは俺から誘ったんだけど…いいよな、会いたかったって言ってくれたのはホントだし)

「へぇ…」
「お、おまえはなんできたんだよ?よく来るのか?」

「……別に」

それきり、秋山は視線を外し、俺との会話を拒否してしまったようだった。
自分の方が優位に立ってるハズなのに、
相変わらずこのオトコの前では挙動不審になってしまう。

(落ち着け…俺)

タバコを取り出し火をつけようとする俺に

「ここ、禁煙だから」
「外でやれよ」

と制され、しまうわけにもいかず…暗に(出て行け)と言われているようで…
逆らえずに一服しに外へ出た。

「あれ?今なんか音しませんでした?」

「おい」
「簡単に他人を部屋にあげるなといつも言っているだろう」
「え…でも、エトウさんは知ってる人ですよ?」
「知ってても!……そう簡単に男を誘うんじゃない」
「え…」
「…それとも、あいつのこと好きなの」
「え!?そ、そんなこと…良い人だな…って…」

小さくなっていく声に対し、ふぅ、とため息をつく秋山。

「おまえは“良い人”だったら誰でもいいんだ?」
「え…」
「それなら俺は帰るよ」

そう言うと秋山はくるりときびすを返した。

「そんな!嫌です!!秋山さん待って!」

必死で背中に抱きつく。

「私が好きなのは…秋山さんです!だから行かないで!!」

「…“良い人”だから?」
「違います!私…ちゃんと、男性として秋山さんのことが…好きなんです…」
「秋山さんは…私のこと、嫌いですか…?」

秋山は満足げな表情で振り返ると、直を正面から抱きしめなおした。



(気になる…。)

タバコを吸っていてもちっとも落ち着かない。
火をつけたばかりだが早々にもみ消し、部屋に戻ることにした。
(とにかく、俺にだって気を許してくれてるんだし、もっと自信持て、俺)
自分を勇気付けて扉を開けたときだった。

「秋山さん待って!」

(なんだ…?)

声のするほうに目をやると、そこには…秋山の体に巻きつく細い腕。

「私が好きなのは…秋山さんです!だから行かないで!!」

(…え?)

事態が飲み込めず棒立ちになっている俺に、秋山は勝ち誇った笑みをみせ…
そのまま直ちゃんを抱きしめた。



「ん…んん…」

もう、見なくてもわかる。
彼女の甘い声。
俺はそのまま扉を閉めなおすとフラフラと外に向かった。

(なんでだよ…あんなのみたくなかった…あんな声…聞きたくなかった)

「くそっ」

告白する間もなく…失恋、か。
タバコを手にとり、火をつけた。

「あー…しみんなー…」

とめどなく流れるモノを煙のせいにして重い足をひきずった。

(私…食べられてる)

口内を彼に占拠されされるがまま、直は思った。
大好きな秋山とのキス。
初めて味わう感覚にゾクリとし

(もっと…)

と愛しい人からの甘い誘惑にとらわれた。

「ふぅ…」

どのくらいの間こうしていただろう。
ガクガクした体をほとんど抱き上げられながら支えてもらい
解放してもらった口を半開きにし、息を整えようとする。
秋山に身を預けながら朦朧とした意識の中で、何かを忘れている。

「ハッ!江藤さん!!…あれ?」

「ヤツならなんか用事を思い出したって帰ったぞ」
「え…そうなんですか?…黙って帰っちゃうなんて…」
「なに…やっぱあいつのこと好きなの?」
「ちっ違います!」
「あんな花なんか嬉しそうに飾っちゃって」

目を合わせようとしてもこちらを見てくれない秋山に

「秋山さん…それって……ひょっとして、やきもちですか?」

「……なわけないだろ」

背の高い彼の表情は良く見えないが、よく見ると耳が赤い。

「えへへ」
「嬉しい、です。秋山さん?ホントに本当に大好き。」

もう一度きゅっと抱きしめる。


「じゃぁ、…いい?」

「?…はい?……え…きゃっ」

そのまま抱き上げベッドにそっと下ろすと、直の細い首元に顔を埋めた。

「あっあのっちょっとっ、あ、秋山さん?!」
「…なに?」

「あの……なにするんですか?」

頬を染めながらもキョトンとしている。

「……ハァ」盛大にため息ひとつ。
「…秋山さん?」
「いや、キミに世間一般の男女の会話をわかれっていう俺がバカだった」
「え?」
「なんでもない」
「なんですか?」

可愛い鼻の頭にキス一つ降らし、

「なんでもないよ、メシ、食おう」と会話の転換をはかった。
「あ、…はい!」

再び幸せいっぱいの笑みを浮かべパタパタとキッチンに戻る直。
どうやら彼女を鳴かせるにはまだまだ先は遠いようだ。


(それにしても…)

タバコに火をともし、ほくそ笑む。

(楽勝だな)

いつかは釘を刺さなければならない相手と偶然のタイミングとはいえ再会し、
あっさりカタをつけられた。

ご機嫌な彼女をチラリと見ながら

(…コレじゃないんだよ、わかってねーな)

と、飾られた花を窓際の死角に移し、再びキッチンへ向かう。

(…誰にも渡さない)

「秋山さん?」

振り向いた彼女の、自分だけに向けられた微笑みに満足し
手中にあることを確かめるかのように優しく抱き寄せた。






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