秋山深一×神崎直 その想いは日に日に増すばかり。 私自身押さえつけるのに必死で。言葉にするには私はあまりにも無知で、どうしようもなかった。 体の奥の奥、芯の部分に根付いて離れないその思考。 きっと伝えたい想いが強くなればなるほど、私の口は空回りするのが目に見えていて、少し悲しくなった。 だから、こんな事をこんな形で告げる、というのはまったくの想定外。 でも、それは自然と言葉になり、秋山さんに伝えられて。 「赤ちゃん、欲しいなぁ」 無自覚な私の呟きに、秋山さんは驚いた顔を私に向け、硬直した。もう、それは見事なまでに。 言った私自身が言葉の意味を理解するする前に、秋山さんは盛大にため息をついた。 何で君はいつも唐突なんだ、と呟きながら。 「秋山さんとの、赤ちゃん欲しいです」 ソファに座る秋山さんの前にぺたり、と座り込むと上目使いにその綺麗な瞳を見つめる。 私は本気も本気です、と真剣な眼差しで訴えかける。でも、秋山さんはすぐに視線をそらした。 髪の隙間から見える耳を真っ赤に染めながら、本当に何なんだ、と秋山さんは呟く。 何なんだ……何なのだろう。私自身答を持ってはいないから、何も言えない。 ただ、一つだけハッキリしているのは、私はどうしようもなくあなたが好きで、好きで、本当にどうしようもなくて。 秋山さんから見れば私の言葉じゃ全然理解できないだろうし、私は私で少し自分の言葉に驚愕しているけれど。 もう、秋山さんが傍にいてくれると言うのならば、私はこの身を捧げてもいい覚悟だから。 それを、受け止めて欲しいだけなのかもしれない。 ワガママ、と言われればそれまでの、酷く子供っぽい感情。でも、とても、とても愛しい覚悟。 秋山さんの放り出されている右手をそっと掴むと、私の唇と秋山さんの中指が触れあう。 精一杯の、求愛行動。 その様子を見ていた秋山さんはさらに困惑の表情を浮かべて、でもすぐにふわり、と微笑んだ。 (あ、すごく、綺麗) 私は秋山さんが時折見せてくれるこの笑顔が大好きで。いつもどうしたら笑ってくれるか考えをめぐらせていて。 けど、頑張って考えた案を実行しても、全然笑顔を見せてくれない。 それなのに、いつも不意打ちで見せてくれる綺麗な笑顔。その笑顔に私の全ては支配されているのを体感する。 心地良い、服従感。 私の唇と触れ合っていた秋山さんの指が、私の頬をなぞり、また唇へとゆっくり、ゆっくり戻ってくる。 秋山さんの指はとても細長く、女の私でも惚れ惚れしてしまうくらい綺麗で。 ああ、本当に。この人は何から何まで美しい人なのだ。疎ましく思えるほどに。 秋山さんの中指が私の唇を裂き、中へと入ってくる。私は口を開いて、指先を少し舐めた。 指の熱が口内に広がって、顔が熱くなっていくのを感じる。秋山さんの体温に染められているみたいで、すごく気持ちいい。 (このまま、溶けちゃいそう……) 瞼を閉じれば、そこは私と秋山さんだけの世界が広がっていて。もう望む物なんて何も無い。 何億円だろうと、この世界の前では無意味だから。 「……馬鹿っぽいな」 瞼を開けく。そこには少し意地悪な表情を浮かべている秋山さんが、私の瞳を見つめながらそんな事を言うものだから。 私はむっ、とした。確かにその通りなのだろうけれど。何も言わなくてもいいと思う。 仕返しとばかりに秋山さんの指を噛んだ。 「……痛い」 「き、きふ、しふぇくだふぁい」 「え?ごめん、何?」 ゆっくりと引き抜かれていく指に名残惜しさを感じつつ、私は秋山さんの瞳を見つめながら、ぼそり、とまるで蚊が鳴くような声で言った。 本当、こういうのはいつまで経っても慣れない。それをわかった上で言わせる秋山さんも秋山さんだけれど。 「キ、キスして欲しい……です」 恥ずかしさでその場に悶え転げそうになるのを必死で我慢しながら、私は言った。 火照る体を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。ダメだ、恥ずかしすぎる。 秋山さんの視線から逃れるように俯いた私の頭上から、すごく優しい声色で秋山さんの声が聞こえた。 おいで。秋山さんの一言に頷いて、私は顔を真っ赤にしながら、ゆっくりとした動きで秋山さんに抱きつく。 両腕を背中に回すと、全身が秋山さんの体温に包まれる。優しい、秋山さんらしい温かさ。 大好きです。言葉にするには今の私は子供ですけど。でも、誰よりも、何よりも、大好きです。 今はこの衣類と皮膚に阻まれている距離だって、いつかは縮めてみせます。 どうやって、と聞いてはダメです。答えられませんから。 けど、今はこの距離を楽しむ事にします。だってほら、抱き合えるし。 ゆっくりと顔を上げると、自然と秋山さんと目が合う。もう今日だけで何度視線がぶつかりあったか。 緩いスピードで近づいてくる秋山さんの顔に、私は瞼を閉じる。これがキスをする時のマナー、らしい。 「良い子だ」 秋山さんの声が聞こえたのと、唇が触れ合うのはほぼ同時だった。 触れた唇は柔らかくて、とても甘い。 ゆっくりと、味わうように秋山さんが動いている。私はただされるがまま。 秋山さんに任せておけば、何も問題はないから。 「ん、は、んぅ」 「……アンタって本当、可愛いな」 舌がスルスルと進入してくる。私も従順に舌を伸ばし、絡める。 まるで別の生き物みたいな動きをする秋山さんの舌。 何度も顔の位置を変え、深く、隅々まで蹂躙される感覚に、ぞわり、と背中に快楽が走る。 もうすっかり秋山さんに染められちゃったなぁ、何てのんきな事を考えながら味わうキス。 その味に、次第に私の全身から力が抜けていく。 唇と唇が。舌と舌が、淫光を放つ唾液の糸を引きながら離れる。 名残惜しさと、切なさに胸の奥がきゅう、と絞まるのがわかった。 本当、いつから私はこんなにも強情になったのだろう。 背中に回していた腕を解かれ、まるで造作もないような手際で秋山さんは私を抱きかかえた。 お姫様抱っこ。突然の事に私が素っ頓狂な声を思わず出してしまったら、秋山さんが可笑しそうに笑った。 しかたないじゃないですか。いきなりお姫様抱っこされれば、誰でも驚きますよ。 私の非難の声にも秋山さんはどこ吹く風。そのまま寝室へと向かう。 途中、私は秋山さんの耳元で囁いた。それはどこか、自分自身に言い聞かせているように。 「赤ちゃん、特別欲しいわけじゃないです」 「……あ、そう?」 「ただ、何て言うか、結局私が欲しかったのは、秋山さんなんです」 「……ああ、そうなんだ」 「そう、なんです」 秋山さんはホッとしたような、でもどこか寂しそうな表情を浮かべている。 少しは伝わったかな?と期待したけれど、イマイチ効果は薄いみたい。 勇気を振り絞って言ったのだけれど。 「で?」 「え、はい?」 突然秋山さんに尋ねられて、思わず聞き返した。 「いや、結局、俺にどうされたいの?」 「え、えーと、どうって聞かれても……うー」 「何にも考えてなかったとか?」 「いや、ていうか、その、ですね。あ、きやまさんのす、好きなようにしてくださ、い」 今日の私は自分で言うのも何だけれど、とても積極的だと思う。 意地悪な笑みを浮かべ、秋山さんは心底楽しそうに言った。 「やっぱり、アンタはMだな」 二人で寝るには随分大きいサイズのベットに私を放り投げると、秋山さんは着ていたシャツを手早く脱いだ。 その姿がとても綺麗で、私は思わずまじまじと見つめてしまう。 抱きついた時にいつも感触として伝わる、男性としては細い線。 でも、いざ見れば痩せている、何て印象は一瞬で消え去るほど、引き締まっていて。 ずるいです、と私が言えば秋山さんは笑って、キスをしてくれた。 「俺、アンタの体嫌いじゃないよ?」 「ど、どうせぷにぷにですよ!胸も小さいです!」 「いや……充分細いと思うんだけど。ていうか、これって大きい方じゃない?」 「い、嫌味ですか!?」 「まさか。君くらい出ているとこは出ていて、くびれている所はくびれている方が、そそるんだよ」 そう言いながら、秋山さんは私が着ているキャミソールを器用に脱がすと、投げ捨てた。お気に入りだったのに。 秋山さんの唇が、私の右耳にキスをする。甘噛みしながら、いつもより柔かい声で秋山さんは囁く。 ああもう。そんな声を耳元で出されたら、たちまち骨抜きにされるのに。 分かってやっているのか、いないのか。多分、確信犯なのだろうけど。 「アンタって、いつも甘い味がする」 「え、え!?ほ、本当ですか!?」 「うん。ほら、こことかすごく甘い」 そう言って秋山さんの舌が私の首筋をなぞる。くすぐったさに身をよじると、秋山さんは意地悪な笑みを浮かべる。 秋山さんの腕の中はとても温かくて大きくて、まるでお父さんみたですね、と言ったら秋山さんはなにそれ、と笑った。 意味なんてこのベットの中にはなくて。私と秋山さんの二人で完結している世界。 気持ちいい、この感情の名前は。 「あー、うん。ごめん。やっぱ我慢できない」 「する気ありました?」 「全然。あーでも、まだもう少し馬鹿っぽいことするのも、悪くない」 馬鹿っぽいのかな。私にはとても気持ちいいのだけれど。 そう言うとまた笑われそうで、だけどもう今の私には覆い隠す物がないから。 あ、いや、まだギリギリ下着で隠しているけど。 「私、は」 「うん?」 「気持ち、いいです……よ?」 「……本当、誘ってるとしか思えないよね」 淡い桜色の布はすぐに放り投げられてしまった。 あっけなく崩れた最後の砦を見つめながら、私は身にまとう物が何も無いことに今更ながら恥ずかしくなる。 顔を火照らせながら出来るだけ秋山さんの視線から逃れる。(逃れれる訳無いけど) 案の定秋山さんの綺麗で、どこまでも澄んでいる(そういうと笑われるけど)その瞳が私の体のラインをなぞる。 あまり大きくない胸も(フクナガさんはすごく大きかったな)(男の人、だけど)細くない二の腕も。 秋山さんの唇に触れられるとこ全部がとても熱くなっていく。 きっとこの人は魔法使いなんだ、と恥ずかしさを紛らわせるためにそんなことを考える。 もう体は緊張で、さっきから固まりっぱなしだ。いつまでたっても慣れない。 気持ちいいんだけど。本当に。 「あ、きやまさん」 「ん、何?」 「もっと、さわって……ください」 「じゃ……遠慮なく」 秋山さんの指が胸の谷間から臍へと辿り、そのまま秘所を撫でる。 私の意志とは無関係に、体が反応を示す。その様子に私は恥ずかしくて死にそうになる。 ゆっくり、ゆっくりと進入してくる秋山さんの細長い指。もうどこがイイのかなんて知り尽くしたような動き。 声を抑えることなんて出来なくて、私は顔を真っ赤に染めながら唇を噛み締めた。 (やっぱり、ずるい) 触れている所全てが気持ち良くて、私の脳髄を破壊する勢いで襲い掛かってくる悦楽の波。 優しく、撫ぜるように私を刺激する秋山さんの瞳が妖艶に、輝く。 本当に。どこまでも、美しい人だと思えるのは、恋をしているからなのかな、何て。 一度指を引き抜けば、指先がキラキラとした液体で輝いている。 秋山さんはそれを舐めると、甘い、と私に微笑みながら言った。意地悪。 「も、無理。我慢の限界」 「え、あ、ん、あ、きや、ま、さん、あ、んッ!」 いとも容易く秋山さんを受け入れる私。もう何度も何度も秋山さんと混じり合ったソコは相変わらず敏感で。 秋山さんが快楽に顔を歪めるたびにぞわり、と背筋に喜びの感情が駆け抜ける。 (気持ち、いいのかな?)(私、は、気持ちいいですよ、秋山さん) 前後に動く秋山さんに揺さぶられながら、私は霞む視界でずっと秋山さんの綺麗な顔に見惚れていた。 いつも一緒にいてくれてありがとう、とか上手く出来なくてごめんなさい、とか。 ずっとずっと大好きです、とかもっともっと気持ち良くしてください、とか。 色々な感情が混ざり合って溶け合って。私自身良く分からない感情に昇華された。 想いは口から零れる事が出来なくて、代わりに涙がぽろぽろと溢れ出る。 ああ、与えられる喜び。あなただから、ですよ。 口から発音される甘い声に、秋山さんは満足げに微笑んで、ごめんね、と言った。 避妊なんて考えていないから、当然のように私の中に秋山さんのが、何度も何度も吐き出された。 「水、飲む?」 「あ、はい。ありがとうございます」 あの後、三回ほど秋山さんは私の中で果てた。意外に秋山さんって強情なんだと毎回思い知らされる。 少し、嬉しかったりするけど。 秋山さんから手渡されたミネラルウォーターで喉を潤しながら、窓の外に浮ぶ月を見上げた。 綺麗ですね、と秋山さんに問えば、そうだな、と気の無い返事が返ってきた。 ベットに腰掛け、私に背を向けながら煙草を燻らせるその格好に、また胸が高まる。 もう、秋山さんなら何でもいいのかもしれない。 と、不意に秋山さんが振り返った。煙草を持っていた灰皿に押し付けると、真剣な眼差しを私に向ける。 「なあ」 「はい?」 「少し先の話、なんだけどさ」 「はい」 「結婚、考えてみない?」 「はい……はい?」 「まぁ、まだ俺も曖昧にしか考えていないけどさ。君が……直がよければ、何て」 「あー……うー……不意打ちはずるいです」 「……勢いじゃないと、言えないだろ」 「秋……深一さんが良ければ、私は、喜んで、その、深一さんの側にいたいです、よ?」 「……あー、うん。本当、何て言うか、さ。愛してる」 「私もです。多分、ずっとずっと、」 (死が、二人を別つまで、何て)(もう、側にいないと死ぬほど寂しいんですけどね) SS一覧に戻る メインページに戻る |