ノック(非エロ)
秋山深一×神崎直


「今日、泊めてくれないか?」
「…どうしたんですか?」

俺の言葉に彼女は少し驚いた顔をした。
無理も無い。俺がこんなことを言い出すことはまず有り得ない。
ゆっくりと囁くように用意してきた言葉を彼女へと向ける。

「明日のことが少し不安で、君の傍に居たいんだ」
「はい。私でよかったら秋山さんの傍に居ます!」

嬉しそうな笑顔を浮かべると、彼女は何の疑問も持たずに俺を招きいれた。


「私、シャワーを浴びてきてもいいですか?」

しばらくの雑談の後、全く恥ずかしがる様子も無く彼女は切り出した。
夜の部屋に男女二人きり。
この状況でこのセリフが一般的にどういう意味を持つのか全く解ってないようだ。
まあ彼女に台詞に他意が無いことなど解りきっている。今日は別の目的があってこの部屋を訪れていた。

「色々考え事をしててまだお風呂に入ってなかったんです」
「ああ、疲れただろうしゆっくり入っておいで」

その方が都合がいい。

「そうだ、バスローブを借りるよ」
「はーい、私パジャマが有りますからどうぞー」

シャツを脱いでバスローブに着替える。
普通の洋服よりもこの方が間違い無く効果が期待できるはずだ。

――コンコン
予想通りのノックの音。
ドアに近づくと気配を察して扉越しに話しかけてくる。

「あ…あの直ちゃん、今日庇ってくれたお礼を…その…」

チビキノコだ。
真っ先に来たのはコイツか。

「良かったら…お礼もしたいし…ちょっと二人で話でもしない?」

俺はバスローブの前を気持ち広げるとガチャリとドアを開けた。

「悪いけど彼女は今、人前に出れる姿じゃ無いんだ」

意地悪く笑う。

「あっ…秋山!!」

俺の顔を見て化け物でも見るような表情を浮かべる。

「なんか有るなら伝えといてやろうか?…後でな」
「べっ…別に用事は有りませんから…!」

早口の敬語でそう言うとチビキノコは小走りで去っていった。


――コンコン
程なくして2度目のノックの音。

「ナオちゃーん!ちゃんと寝れてましたかぁー?」

次は毒キノコか。
洗面所から几帳面に畳んであった彼女のワンピースを持ち出し、わざと視界に入るベッドの上へ置く。

「明日の事とかぁ、少し相談しないぃ?」
「例えば僕と君で手を組むとかさぁ」

相変わらずおかしなテンションだ。

「またあのコを騙す気か?毒キノコ」
「なっ!何でお前がいるんだよ!」
「カンザキナオがシャワーを浴びてる最中なんでね」
「無視するのも可哀相だから代わりに俺が出てやったんだけど?」
「は!?その態度がちょーウザイんですけど!!!」

あごを突き出しガンを飛ばしてくる。
目つきの悪さで俺に勝てるはずも無く、毒キノコは5秒後にはふん…と鼻を鳴らしドスドスと部屋へ帰っていった。

「ごめんなさい…ゆっくりしちゃって」
「いいよ、気にしないで」

髪をタオルで拭きながらパジャマ姿の彼女がバスルームから戻ってきた。

「あれ?ワンピース…」
「ああ、顔を洗うとき水が掛かるといけないから移したんだ」
「そうですか」

相変わらず俺の言葉に何の疑問も持たずに彼女はにこにことしている。
もちろんこの部屋に二人の来訪者が有った事など彼女は知らない。

「それじゃそろそろ寝ようか?」
「はい」
「じゃあ俺はソファを借りるよ」
「…ソファですか?」
「普通に一緒に寝るわけ無いだろ」
「……そうですよね…」

あからさまに残念そうな彼女の声。

(…なんでそこで残念がるんだ…)

その警戒心の無さのせいでどれだけ俺が気苦労を背負っているのかなんて、彼女には一生わからないんだろう。

「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

しばらくするとすうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。
敗者復活戦と連続でのゲームで疲れてしまっていたんだろう。

――コンコン
三回目のノックはずいぶんと控えめなものだった。

「カンザキ様…」

落ち着いた女の声。
事務局のエリーだろう。もしかしたらとは思っていたがこの女まで来るとは…。
少し考えてからバスローブを脱いだ。
ドアを開ける。

「秋山様…?」

俺の上半身裸の姿を見て優しそうな笑顔はそのままだが、瞳は笑っていない。

「こんな時間に事務局が何の用だ?」
「お休みになりにくいのではと思いまして、差し入れをお持ちしたのですが」

確かにその手には銀色のトレーに載せられたティーセットが有った。

「あのコだったら疲れて眠ってる」
「そうでしたか。カンザキ様の明日のゲームに差し支えの無い様、お願いしますね」

口調は丁寧だが皮肉を感じさせる声。

「では。秋山様もお休みなさいませ」

かつかつとヒールの音が廊下へ消えていった。

ドアを閉めると再び沈黙が部屋の中に広がった。
ふと気になって様子を見にベッドへ向かう。
彼女はすっかり眠っている様だ。
頬に掛かる髪をよけてやり肩先まで毛布を掛け直す。
幸せそうな寝顔はまるで子供のものだ。

(これ以上はさすがに誰も来ないだろう)

あの豹柄は無事に隔離出来たしな…。
俺は本日最後の一仕事を終えた満足感を感じつつ、もう一度ソファに寝そべった。

――コンコン
四度目のノックの音。

(誰だ?)

考えてみるがこの部屋を訪れる人物は思い浮かばない。

ドアを開けるとそこに居たのは現在俺を世界で一番不快にさせる人物だった。

「ヨコヤ、何しに来た?」
「おやおや、先客が居ましたか?」
「…秋山さん?」

パタパタと背後から小さな足音。
どうやらノックの音と会話で起きてしまったらしい。
誰か来たんですか…?と俺の背中越しにドアの向こうの様子を覗う。

「あ…ヨコヤさん…!?」
「こんばんは、カンザキナオさん」
「何で…ここに?」
「貴方と少しでもお近づきになりたいと思いまして」

ヨコヤはにやりと口角を上げて笑顔の様な表情を作った。

「あの…お言葉は有難いんですけど…でも」

彼女は俺とヨコヤの間に割って入ると俺を守る様に両手を広げる。

「私…秋山さんを苛める人は…嫌いです」
「おや、嫌われてしまいましたか?」
「……」
「秋山さんのお母様の件のせいみたいですね」
「……っ!」

彼女は何かを言おうとしているが上手く言葉にならない様だ。
大きな瞳できっとヨコヤを睨みつけるが、その声も小さな肩も少し震えていた。

ヨコヤは彼女の顔へすいっとその顔を近づけた。
何をしようとしているのかは一瞬で理解できた。
とっさに立ちすくんでいる彼女と位置を入れ替わり、肩でヨコヤを押しやる。

「ナオに触れるな…!」
「おや…邪魔するなんてずいぶん無粋ですね?」
「夜の部屋にのこのこやってきて無粋なのはどっちだ?」

くくく…と喉の奥で笑うとヨコヤはニヤリと酷薄な笑みを浮かべる。

「まあ今日は退散しましょう、こうでなくては面白くありませんしね」

くるりと踵を返し、ヨコヤは長い廊下へと消えていった。

「…秋山さん」

気が付くと彼女は俺のバスローブの裾をぎゅっと握っていた。

「…怖かったです…」

大きな瞳は潤んでいて今にも泣き出しそうだ。

「もう大丈夫だからな」

華奢な身体を抱き寄せてその柔らかい髪を撫でた。
彼女の腕が俺の背中に回される。

「ごめんなさい…」
「何が?」
「ゲームの時も今も秋山さんを守ってあげられなくって…」
「別に平気だよ…さっきのだってただの演技だ」
「…あんなことを言われて…平気な人なんて居ません…」
「……」
「それなのに、また私ばっかりこうやって泣いてて…ごめんなさい」

必死にしがみついて嗚咽を漏らす様子が愛しくてたまらなかった。
少し落ち着いた彼女を抱きかかえてベッドの上に下ろす。

「やっぱり今日はソファじゃ無くって俺もベッドで寝てもいいか?」
「…はい」

涙目のまま彼女は微笑んで、それから二人で少し長いキスをした。






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