携帯電話(非エロ)
秋山深一×神崎直


秋山は携帯電話を手にとる。
畳の上に転がっていた携帯のランプは規則的な点滅をしていた。
着信履歴30件。
画面をみてぎょっとする。心当たりはあった。
ボタンを押して開くと最近登録した名前が浮かぶ。
出所してから一番最初に登録した番号。
まさか騙して待たせている間に買った携帯にその騙した相手を登録することになるとは秋山でさえ予想がつかなかった。
履歴を表示する。

カンザキナオ
カンザキナオ
カンザキナオ
カンザキナオ
カンザキナオ
カンザキナオ
カンザキナオ
カンザキナオ
同じ文字が羅列する。

留守電1件。
どうやら用件を録音したらしい。再生。

「ぁ…っカンザキです、えーっと…あっ…っと…その……またかけます!」

何なんだ。
秋山は携帯を放った。畳の上で携帯が2回転して止まる。
すると、また震えと共にランプが点滅しはじめた。

表示を見れば
カンザキナオ

秋山はしかたなしに通話ボタンを押した。

「……もしもし」
「はぁ…またでないか…っぁ!あっ!秋山さんっ!よかったやっと繋がりました!」

ぱっと明るくなる声色に秋山は目を伏せて笑う。

「ずいぶんかけてきたみたいだけど、何か用?」
「用って…わけじゃないんですけど…」

歯切れが悪い言葉を並べて直は返答する。
「そう?じゃあ切るよ」

我ながら意地が悪いと秋山は思う。
明らかに楽しんでいる。

「待ってください!あの、ただ…秋山さんどうしてるかな…って」
「俺はどうもしないけど…?で、もういい?」
「声!!ききたく…なったんです…」

だんだんと声が小さくなる辺りに恥ずかしさが滲み出ている。
秋山はくすっと笑った。

「俺の、声?」

わざとゆっくり喋る。

「はい、秋山さんの声…きいてると安心するんです」

直は柔らかな口調で言う。

「俺の声は人を騙すんだぞ?君も物好きだね」

「そうですか?」

直は声のトーンを上げた。

「でも秋山さん、嘘つかないじゃないですか!それに、いつも励ましてくれます」

秋山は軽く狼狽した。
直の言葉は素直すぎて時に、心に直接響いてくる。

「俺が?」
「はい!私に『大丈夫だ』って言ってくれるじゃないですか!」

秋山はため息をつく。まったく敵わない。

「それって励ましてるっていうより、安心させてるんじゃないの?普通…」

あっ!
と小さい声が受話器の向こうから聞こえた。

「と、とにかく、秋山さんの声がききたかったんです!」
「ご要望は?」
「え?」

秋山は立ち上がりジャケットを持った。

「なんか言ってほしいんじゃないの?」

「え、でも…お話できただけでも」
「じゃあいいんだ」
「……あのやっぱり言ってほしい言葉があります」

少しの沈黙の後、直は

…大丈夫だ…って言ってください

と言った。
秋山は眼を伏せて笑う。
正直者のカンザキナオ、彼女の顔は今、不安で泣きそうになっているのだろう。
秋山は瞼の裏に想像した。

「…駄ぁ目」
「…!!なんでですか!言ってくれるような素振りだったのに!どうし」

「だって今から君のとこ行くから」

「えっ…」

秋山は玄関を出る。
肩で携帯を挟んで鍵をしめた。

「言葉っていうのは全部が全部伝わるわけじゃないんだ。言葉の効果は会って、眼をみて話さないと意味がない」

鍵をポケットにつっこみ、歩き出す。

「晩飯にでもいかないか。君からのお礼がまだだった気がする」

「いっ行きます!行きますっ!」

ドタドタと足音。
小さな悲鳴が聞こえ、物が落ちる音がした。

「そんなに焦らなくても…」
「今、支度します!!えっと…この前バイトの5万円…5万円」
「そんなに喰わねえよ」
「いえ!たくさん食べてください!
 ごちそうしないとお礼になりませんから!!きゃ」

また盛大な物音がした。

「君、急ぎ過ぎ」

秋山はくすくすと笑いながら落ち着くように言う。
すると受話器から、弾む声で直は言う。

「だって秋山さんに早く会いたいですからっ」

直の言葉に止まる秋山。

全く…言葉を選んでほしい。
唇を結んで何かを堪えた。

「………じゃあ、…迎えにいくから待ってて」

「はい!」

お互いに電話を切った。
秋山は携帯をしまう。
下を向きため息をつけば、前髪が一筋、眼前に落ちる。

「ほんと、正直な奴…」

そう言って秋山は髪を耳にかけると歩きだす。
いつもよりゆっくりと。

すこしあの正直者を焦らした方が楽しそうだと思いながら。






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