秋山深一×神崎直 ![]() 「馬鹿正直じゃいけませんか?」 秋山は僅かに振り向いて答える。 「いいんじゃないか?…別に」 最初に会った時とは違う返答。 秋山の声色も表情も纏っている雰囲気も穏やかである。 直は嬉しくなって、歩き出す秋山に小走りで追いかける。 ――そんな馬鹿正直だから騙されるんだよ 最初に言われた時、直は純粋に悲しかった。 秋山が言っていることは的を射ているし、実際自分は騙された。 しかし、直はそうとわかっていても秋山に尋ねざるを得なかった。 秋山なら答えを教えてくれるのではないか、そう願ったのだ。 その返答を聞いて直は思った。 ―なんだか…私を受け入れてもらえてないみたい… 胸のあたりが締め付けられるような感覚を直は覚えた。 その感覚を今また思い出す。 だが、微妙に違う。 前の感覚が下に落ちるようであるならば、今は胸に込み上げてくる切なさ。 まだ追い付けない背中に直は立ち止まり、声をかける。 「あ…秋山さん」 風が大きく凪いだ。 直の声は風に溶けてしまう。 肩甲骨が浮かぶ秋山の背が遠くに感じ、直は声を張り上げた。 「秋山さぁん!!」 力を混めた声。 肩で息をつく直。 秋山は名を呼ばれてなお、大きな反応をしめさず。 ただ、静かに立ち止まって、ゆっくりと振り返り 「…聞こえてる」 そう言って手招きをした。その動きは緩やかで最小限の動作だった。 「君は本当、いつでも一生懸命だな」 眉を困らせ、呆れたように笑う秋山。 手招きされた直は笑顔を咲かせる。 「はい!!」 直は快活に返事をすると、秋山に向かって駆け出した。 秋山はその姿を見ると振り返り背を向ける。 遠くに見えた背中が近く、近くなっていく。 直の足音も近くなる。 直は風を受けながら、またあの感情が込み上げてくるのを感じる。 秋山さんが、笑った。 切ない。 溢れそう。 止まらない。 「秋山さんっ!」 直は名前を呼ぶと同時に秋山の背中に飛びつく。 左頬を背中にぴたりと着けて、少し上気した体をこれでもかというくらい密着させた。 何かがぶつかった衝撃に身体が動き、秋山は目を見開く。 背中が暖かい。 直が背中に抱きついていることを理解するのに時間がかかった。 背後から伝わる早い鼓動と息づかい。 甘い匂い。 「……っと」 秋山は上手く言葉が紡ぎ出せないでいる。 かといって後ろを振り替えることもできない。 腰に回された直の腕がきゅっと力が入り、秋山は狼狽した。 「あきやまさん…」 背中に声があたり、籠る。 「…ん?」 秋山は視線を前方にとどめることに決めた。 直は頬を離し、額を秋山の背中に付けて、眼を閉じた。 「ライアーゲームがないと、秋山さんには会えませんか?」 直は、秋山の服をくしゃりと掴む。 秋山はその感触がある方へ視線を向けた。 布が直の手の震えを伝えている。 「わ、わたし、秋山さんと会いたいんです。もっと…」 どくりと秋山の感情が動きだした。 抑えていたのに、こいつ…と秋山は少し恨めしく思う。 「また、秋山さんと会えなくなるの嫌です…、わたし」 涙声になる直に秋山は白旗を上げた。 どちらかが超えなければ行けない一線。 ずっと、均衡を保とうと我慢していた。 「誰が会わないなんていった?」 秋山は服を掴む直の手に自分の手を重ねる。 微かに震える細い手をそっと包んだ。 「あきやまさ…」 緩まる手を掴んで、秋山は振り返る。 「君って本当…」 振り返ると上目使いの正直者。 潤んだ瞳を見つめて秋山は呟く。 優しい声に直は顔が赤くなるのがわかる。 無意識に瞳が揺れてしまう。 目頭から涙が湧き出て、視界揺れた。 「馬鹿で…しょうがない奴」 秋山は左手で直の頬を撫でる。 その感触に直は眼を伏せる。睫毛をつたって一粒涙が流れた。 その涙を拭うように秋山は直の頭を肩口に押しつけ、抱きしめた。 直はなすがまま抱きしめられる。 強い腕に抱かれて、直は秋山の肩に顔を埋めた。 「秋山さん、わたし…秋山さんが好きです」 「…知ってる」 秋山はそっと直の髪を撫でた。 「嘘つき…」 直は笑顔でそっと、囁いた。 「俺はつまらない嘘はつかない」 秋山は直の頭上で囁く。 ずっと耐えていた。 主催者が告げた“救済”。 自分も、誰も、彼も、彼女に救われた。 だから、そんな人を。 「君を、独り占めしていい?」 自分だけのものにしていいのかと悩んでいた。 自分が必要であったように、彼女を必要としている人はいるだろう。 秋山の境界線はそこだった。 秋山が自分に質問を投げかけてきたことに直は驚く。 ―でも、秋山さんが私にきいたってことは私が答えを知ってることなんだ。 ―私が秋山さんに尋ねたように。 直は少し身体をずらして、秋山を見上げた。 二人に距離は近い。 「秋山さんらしくないですよ」 直は笑顔で言う。 「私は、秋山さんと同じ気持ちです」 秋山は苦笑する。 本当に、敵わない。 いつだってそうだったじゃないか。 秋山は、いつもの余裕の表情をとりもどし、直の耳元でゆっくりと囁いた。 「じゃあ、君は俺のものってことで」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |