夢の番人
秋山深一×神崎直


秋山さんの夢には、番人がいる。
と、秋山さん本人に言ったら、『番人?』と訊き返された。
そうです、と答えると、訝しげな視線が跳ね返される。
見ていたテレビからはお笑い芸人の笑い声が聞こえた。
ソファがぎし、と音を立てる。秋山さんが少し此方に身体を寄せたからだ。

「番人・・・・て、どういう意味?」
「番人は番人です。守っているんです。秋山さんの夢を」
「・・・・・・・・・・?」

秋山さんの悪戯な指先が、私の髪を触る。
さらり、と指の間を抜けていく漆黒の髪を見て、その人は溜息を吐いた。
訳のわからないことを言っている自覚は、あるんです。
心の中でそう呟いて、けれど、決して言葉にはしないまま、秋山さんに笑いかける。
えへへ、とごまかすように笑うと、それは秋山さんには通用しなかったようで、髪を撫でていた手が顎にかかった。

「言わないと・・・・・・」

添えられた手はそのままで、耳元に注がれるように囁かれる甘い言葉。
『キス、するよ?』耳まで赤くなるのが、判って、少し怯んでしまった。

「・・・・・・・うぅ・・・・・・・」
「どうする?」

『言う?言わない?』そんな意味のこめられた、囁き。に、熱に浮かされたような感覚が襲ってくる。
真っ赤になった顔を隠すように、私は、大声を出した。

「ね・・・・・・・・」
「ね?」
「・・・・・・・・寝てくださいっ・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・はあ・・・・・・・・?」
「ですから、寝てください!そうすれば判ります!きっと!」

だから、ほら!と語尾を強めて、秋山さんの身体を私の膝の上に倒す。
小さく『わ』と声が聞こえて、下から見上げる視線で『納得できない』と言われた、気がした。
けれど、口をキュ、と結んで秋山さんを暫く見ていると、ふう、と今度は溜息が聞こえて、その人はリモコンに手を伸ばそうとする。
寝る気になってくれたみたい。
私よりも幾分か長い手がリモコンに届いて、ブツ、と電源を落とす。
すう、と息を吸って、目を閉じた。

『あんまりうるさいと、眠れないんだ』前に言っていた言葉が、頭の中で反芻する。『ごめんなさい』と謝ったら『キミは別だけど』なんて返されて、その時にも真っ赤になったのを覚えている。

「・・・ん・・・・・・か・・・・・」
「え?」

静かな部屋に、ほんの少しだけ振動を感じさせるように漏れた言葉は、何といったのかは聞こえなかった。
だけど、なんだかいつもよりも穏やかそうに、口元に笑みを携えて―そう見えるだけ、かも知れないけれど―眠る秋山さんが私の膝の上にいて、何故だか、それだけで私のほうが満たされたような気持ちになってしまう。
可笑しいなあ・・・・・・。

寝言だったのか、結局それ以上の囁きは聞けないまま秋山さんは寝入ってしまって、私も直ぐにとろりと落ちてきた瞼に逆らわないように、ふわりとした夢に落ちていった。

ああ、そうだ。

「あきやまさ、んの・・・・夢・・・・に・・・・ばんにんがいなけ・・・・・」

れば、いいのに。せめて、今日だけでも。

秋山さんの夢の番人は、夢の中にいる秋山さんを守る。
私はその夢の中には入れなくて、だから少し寂しいんです。
もし、夢の中に番人がいなければ、私はもうすこしだけ、あなたに近づける気がするのに。


だから、番人なんて、いないといい、なあ。


さら、と、髪の毛が揺れた気がした。
でも、なんだか心地よかったから、私はそのまま、身を、ゆだねた。






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