甘いキス
秋山深一×神崎直


「は〜ぁ。。良かったですね、エトウさんの結婚式!」

ほんのりピンク色に染まった頬の直は、フラフラしながら上機嫌だ。

「ちょっと…真っ直ぐ歩かないと危ないぞ、お前。」

さてはこいつ誰かに酒を飲まされたな…。本人はアルコールだと気付いてないようだけど。

今日はエトウの結婚式だった。そして今はその帰り道。
俺と直は誰もいない夜の道を二人で歩いている。
俺が直に会ったのはハセガワの病院に行った日以来だった。
久しぶりに会った直はとてもキレイになっていた。
ピンクの絹の生地の胸の開いたキャミソールのドレスはセクシーだけど品があって彼女によく似合っている。
いつもはストレートな黒髪も今日は巻いている。
彼女の新しい一面を見たようで、柄にもなく俺はドキドキしていた。

「何だかお前…いつもと違うな。」
「そりゃあそうですよ!結婚式なんだから目一杯お洒落したんです!」

彼女は笑顔で自慢そうに言う。この笑顔はあの頃と変わっていない。

「秋山さんこそ素敵ですよ。スーツ姿なんて初めて見ました。カッコイイです。」
「そう…ありがと。」

女性から褒められるなんて慣れている俺だけど、直から言われると特別で、とても嬉しく感じた。
俺がまともに直の顔を見れないでいると、いつの間にか彼女は俺のすぐ近くまで寄ってきていた。
直は満面の笑みで俺に顔を近付ける。
長い睫毛、大きな黒目がちの瞳、形の良いふっくらとした唇が今俺の目の前にある。

「なっ…!なんだよ?お前。」

俺が少し怖じけづくと、彼女は悪戯っぽい瞳で笑った。

「見てるんです、久しぶりの秋山さんの顔。」
「顔…?」

俺が訳もわからずポカンとした。

「ずぅーーっと会いたかった男の人の顔。」

そう言うと彼女は俺のスーツの肩に甘える様におでこを預けてきた。

「秋山さんの香り…。」

髪から直のシャンプーの香りがする。女の香りがする。

「酔っ払ってんのか、お前。」

俺は照れ隠しにポケットから煙草を一本取り出し、火を付けた。
夜の空に煙草の白い煙が広がる。遠くには東京タワーが見えた。

「ああっっ!!」

急に直は耳元で大きな声を出した。

「ダメじゃないですか、秋山さん。道で煙草を吸ったらいけないんですよ?早く消して下さい。」

途端にライアーゲームで見た馬鹿正直な直の顔に戻る。ムードも何もあったもんじゃない。

「はいはい。」

俺は仕方なく携帯用灰皿を取り出し火を消そうとしたが、一つ悪戯を思い付き躊躇した。

「お前さぁ、煙草吸ったことある?」

俺が直に問い掛けると、彼女は勢いよく頭を左右に振った。

「あるわけないじゃないですか!!私はまだ18ですよ?お酒も煙草もハタチからって決まって…」
「知りたくない?」

俺は彼女の顔見ながら一回煙草の煙を肺に吸い込むと、空中に吐き出した。

俺の一連の動作に見惚れている様で、彼女はぼうっと突っ立っている。
それを良い事に、俺は初めて彼女に口付けた。

「ふむぅっ!」

大きく目を見開き色気のない声をあげた彼女の手を引っ張って、木の幹に体を押し付けた。

「どんな味した?」

俺が聞くと、彼女は目をパチクリして辛い…と答えた。

「辛いけど…わかんない…」

彼女の声を聞いて、俺はもう一度直に口付けた。深く深く。今までずっとこうしたかったんだ。
最初は抵抗するように俺の胸を押していた彼女も、次第に俺に応えてくれるようになった。
首筋と胸元をそっと触ると今までに聞いたことのない艶のある声が俺の耳に響いた。

彼女の唇はとても甘かった。こんな甘いキスは生まれて初めてだ。

「これから俺の家に来るか?直。」

俺が問い掛けると彼女はぼうっとしたまま頷いた。
俺が先に歩き出すと、彼女は後ろから小走りについてきた。

「…ねぇ、秋山さん。今私の事なんて呼びました?」
「さぁ?」

俺は少しにやけながら直に振り向くことなく歩き続ける。

「…じゃあ、えっと…その…何でキスしたんですか?」
「教えない。」
「ええっ?あの…どうゆうこと?」

鈍感な彼女が後で動揺しているのを想像すると笑える。
まだ教えない。家に着けば、きっと嫌という程愛を知ることになると思うから。






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