どこかでもう一度
秋山深一×神崎直


トントン、とまな板を叩く包丁の軽快なリズムと、食欲を誘う美味しそうな匂いに俺は目を覚ました。
まだあまりハッキリとしない意識の中、キッチンに視線をやると、エプロン姿の直が目に入る。

「おはようございます、秋山さん。良く眠れましたか?」

お前はどうなんだ?
と化粧の下からうっすら覗く彼女の隈を見ながら思ったが、口には出さなかった。

「来てたのか。悪いな、朝メシ作らせてしまって。」
「いいえ。だって秋山さん、私が居ないとちゃんとご飯食べてくれないんですもん。」

フフフ、と柔らかく微笑むと直は俺の茶碗にご飯をよそってくれる。
テーブルには俺の好物ばかりが並ぶ。
ちゃんと栄養のバランスも考えられていて、朝から怖いくらいに豪勢だ。

「秋山さん最近、一緒に暮らそうって言ってくれませんよね…」

向かい合って座るテーブル越しに、直が寂しそうに微笑いながら呟く。

俺と直は随分前から付き合っていて、こうして俺の家に食事を作りに来てくれることが度々あった。
朝食をわざわざ作りに来てくれる時なんかは、一緒に暮らそう、と言って彼女を抱きしめた。
その方が直も楽だし、何よりいつも一緒に居られるからと。
でも直は結婚前に男性と一緒に暮らすのは父が許してくれない、と反論した。
俺は思わず笑ってしまったが、彼女に従って同棲は諦めることにした。
それからも時々、直に一緒暮らしたいと我が儘を言う様にからかっては
彼女の困った反応を見て楽しむことがあったが、もうずっと前のことだ。

俺が直の帰る場所になりたい。長い間帰る場所がなかった俺に君がそれを与えてくれた様に。
少なくともあの頃は本気でそう思っていた。

「あれは困ってる君の反応を見て楽しんでたんだ。」

俺が可笑しそうに笑いながらそう言うと
直はふっと表情を和らげて、でもわざと膨れて見せる。

「秋山さんたら意地悪なんですから〜…」

俺は直の百面相を見ながら朝食を美味しそうに頬張る。

「でも、秋山さんになら何されても良いです。」

驚いて直を見ると、彼女は心底そう思っている様だ。

「例え意地悪されても、からかわれても、その…時々冷たくても。」
「……。」
「側に置いてくれさえすれば、私は満足なんです。離れたくないんです、秋山さん。」

直の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「秋山さん…」

直はゆっくりと俺の座っている椅子に近付くと、ひざまずいて上目使いに俺を見上げた。
大きな瞳に見つめられて、まるで俺は金縛りにでも合ったかの様に動けなくなった。
目を開けたまま動けなくなっている俺に、直は啄む様に口付けてくる。
普段はふっくらとしていて柔らかい唇も、
今日はかさかさしていて所々ひび割れているのがわかった。
きっと夕べも泣き腫らしてろくに寝てないんだろう。
俺の心の奥がズキリと大きく痛む。

小さく柔らかい舌が俺の唇をノックして、遠慮がちに中に入って来る。
そのまま絡め取って、吸って、息もつけない程甘くて。
ああ、と思う。直はキスが上手い。きっと彼女に教えたのは俺だ。
他の奴になんか渡したくない。心や体や君の考えている事全て。吐息すら。

でも、もう−−。

直の唇が首筋に移行した時、甘い痛みが走った。

「う…」

それと同時に自身に急激に血が集まるのを感じる。
不意に耳元にかかる息で、今度はそちらに意識が集中した。

「私、知ってます。秋山さんの体のどんな所が感じるのか」

言いながら直は俺のシャツを器用に脱がしていく。
細くて長い、綺麗な指が俺の胸板をなぞる度にゾクッとした。
直の頭はどんどん下に降りていって、中心を舐めたり
甘噛みされるとビクッと体が反応してしまう。
時々、楽しそうにも挑発的にも見える顔で俺を見上げる直の姿にも興奮してしまった。
一体なんのつもりなんだ。もう止めさせなきゃ、と思った。

「おい直、もうわかったから止め…」

その言葉を聞いて、直は一瞬だけ下を向いて「やめません…」と呟いた。

直の唇は更に下に降りる。
彼女の指先が俺自身に触れた時、電気が走った気がして硬さが増す。
直はそれを焦らすように見つめると、ゆっくりとした動作で口に含んだ。
その昔、俺が教えた様に、大事な大事な物を愛でる様に直はそれを口の中で舐め上げていく。
俺が彼女の美しい髪に手を伸ばすと、ふと直は少し咳込んで俺を見上げた。

「秋山さん、大きいです…。感じてるんですか?いつもより。」

直の突然の爆弾発言に、俺は面食らった。

「何をバカな事を」
「でも嬉しいです、秋山さん。愛してます。」
「……。」
「私は心も体も秋山さんの色に染まったんです。ダメなんです。あなたじゃなきゃ…」

俺はどこまでも健気な直にやるせなくなって、強く抱きしめた。

「あ、秋山さん?痛い…」

最後だ。と心に誓い、俺は彼女を抱き上げるとそっとベッドに落とした。
ベッドの上で服がはだけた直は、さっきまでの大胆さが嘘の様に恥ずかしがっている。
俺は構わず直の上に跨がると、狂った様に彼女の体を求めた。
今まで俺がどれだけ君を愛していたか、全てを忘れないように体に刻みつける。
俺だって知ってる。君の体の弱い所。
荒い息の合間に直の唇から漏れる愛声が、より一層俺を興奮させる。

「秋山さん…好き…」

のけ反るその白い喉に噛み付いた。

尚も震える愛声をあげる彼女に、俺は突き立てた。
激しいけど丁寧に、最高の快楽を与える為に。
わかってほしい。自分の思いをぶつける様に。
内壁は誘い込むように、俺を甘い奈落の底に突き落とすように強い収縮を始めた。

「下さい…」

直が涙声で呟いた。

「あなたの気持ちも痛みも全て受け留めるから…だから…」

長時間の繋がりに、俺自身は限界まで達していた。
そして、俺と直は二人で墜ちた。



−−
隣で直はまるであどけない子供の様な顔で眠っている。
さっきとはあまりの別人な彼女に、思わず俺は吹き出してしまった。
さあ行こう。この一本が吸い終わったら。
直は死んだ俺の母に似ている。怖いくらいに純粋で、俺に絶対的な愛をくれる人。
自殺という最悪な形でこの世を去り、俺に拭い切れない傷を残した人。
自分の将来と引き換えに、俺は母を殺した悪魔のような男達に復讐した。
でも自分の中に残る狂気と傷は、今でも完全に癒えることはない。
そんな俺に君を幸せになんて出来るはずがないから…
でも−−

「もし君が待っていてくれるなら、どこかでもう一度…」

俺は誰にも聞こえない様な微かな声で呟くと、直の額に口付けた。

服に着替えた俺は玄関から慣れ親しんだ自分の部屋を振り返った。

『さよなら…』






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