秋山深一×神崎直 再開されたゲームの四回戦も終わり、秋山は請われるままナオの部屋を訪れていた。 久しぶりに訪れるナオの部屋はいくつかの家具の配置が変わっていても、彼女独特の柔らかく居心地の良い雰囲気は以前と何も変わらなかった。 二年ぶりにナオの姿を確認した時、秋山は少し戸惑った。 柔らかなウェーブを描いて、華奢な身体を守る様に肩から背中に流れる髪。 幾分か女性らしい丸みを帯びた体。 自分の知っているあどけなさの勝った少女は、ずいぶんと大人びて見えた。 再会のあの瞬間、秋山に気付きナオは黒目勝ちな大きな目をさらに見開いた。 一瞬の戸惑った彼女がはにかんだ様な泣き出しそうな笑みを浮かべた途端、彼女は自分の知っているナオに戻り秋山の胸が痛んだ。 「秋山さん」 「…ああ」 物思いに耽り立ち尽くす秋山をナオの声が現実に引き戻した。 ナオと並んですっかり暗くなったガラス窓の向こうの景色をぼんやりと眺める。 「本当に……お久しぶりですね」 「ああ」 「秋山さんは、お元気でしたか?」 「何とかな」 すぐ隣で少し寂しそうに笑うナオに秋山の胸が締め付けられた。 「お前こそ、元気でいたか?」 「はい…」 お決まりの質問の後のしばらくの沈黙の中、ナオが意を決した様に切り出した。 「秋山さん……。秋山さんは……」 「どうして、遠くに……行って…しまっ……」 秋山を見上げるナオの大きな瞳が見る見る内に潤み、その問いかけは最後まで言葉にはならなかった。 「……泣くなよ」 「……だって…」 言葉に詰まらず喋れる事を確認しながらナオは必死に続ける。 「秋山さんが居なくなって…ずっとずっと寂しくって…、いっつも秋山さんのこと心配して……」 「俺の事なんてさっさと忘れれば良かったんだ……」 「そんなの……そんなの絶対イヤです!」 ナオは大粒の涙をこぼしながら子供の様に大きく首を横に振り秋山の言葉を否定した。 これではまるで彼女に言い掛かりをつけているようだ。 突然の別れに彼女が心を痛めるのは当然で、自分の言い分が身勝手なだとは分かってはいても、秋山には苛立ちを隠すことが出来なかった。 ナオは自分の事など忘れては幸せになっていなければいけなかった。 ホスピスを最後に訪れた日から続いた平穏な日々。 すでに不要になった自分がナオの傍らに居座る罪悪感。 贖罪のチャンスをくれた彼女にこれ以上を求めることは出来ない。 だから秋山はナオの元を去り、彼女は中断されていた幸せな日々を再開している筈だった。 離れて過ごす日々、幸せに暮らす彼女を思うことが秋山に取っての救いだった。 「俺はお前に……幸せになって欲しかった」 「そんなの……無理です……」 堅く握りしめたナオの手にぽたりと涙の滴が落ちる。 「……頼むから……泣かないでくれ」 涙を拭おうと秋山が彼女の肩に触れた瞬間、ナオは無意識に秋山の胸へしがみついていた。 「……なお」 少し間が空いてナオの背中に秋山の腕が回される。 大きくて温かな秋山の手を感じ、ナオは秋山に体を預けた。 世界で一番安心できる場所。 秋山の腕の中に居るとナオは急に自分が無力になってしまったような気がした。 拒まれなかった事に安堵してまた涙が頬を伝う。 「秋山さん……ずっと、会いたかったんです」 「――――俺だって……会いたかった」 胸の奥で深く息を吐き秋山はもう一度ナオを抱きしめた。 息苦しいほどの抱擁。 それ以上、言葉を探す事ももどかしく秋山はナオの唇に自分のそれを重ねる。 少しひんやりとした柔らかな唇の感触にナオは小さく息を呑み、目を閉じた。 「ん……」 長い口付けに応え、僅かに開いたナオの唇の隙間に舌を差し入れ秋山はほのかに甘く温かなナオの口内を味わった。 濡れた音を立て、口付けから解放される。 秋山からはすぐに俯いたナオの表情は見えないが、その身体が僅かに震えているのが見て取れた。 彼女にもっと触れたい。 一度、その肌を指先に感じれば自制心は脆くも崩れ落ちる。 離れていた時間がそのままナオに抱く感情への耐性になる訳では無いと秋山は今更ながらに 思い知らされた。 秋山は両手でナオの頬に触れ、撫でる様に滑らせた指先で長い髪をかき上げる。 露わになったナオの首筋に秋山の唇が触れ、僅かに濡れた感触に彼女は身体をすくませた。 秋山は過去の行為を辿る様にナオの白い皮膚に唇を這わせる。 「んっ……」 ナオの唇から小さな声が漏れるが、抗う様子はない。 ちろりと舌で鎖骨をなぞり、喉元に軽く歯を立てる。 硬質で滑らかな秋山の歯の感触にナオの肌がぞくりと粟立ち、彼女に強い刺激を期待させた。 「ふ……、あ」 緊張で身体を強ばらせながらもナオはあくまでも従順に秋山に応える。 ナオの背を撫でる秋山の指先がファスナーを探り当て、するりとそれを下ろす。 抱き寄せていた腕をゆるめると、密着していた腰のあたりでわだかまっていたワンピースが 支えを失い、肌を滑り落ちる。 柔らかな色合いの生地の中から徐々に白く滑らかな肌が露わになる様はどこか羽化を思わせた。 不安気にきつく目を閉じたまま、ナオは大人しく秋山に身を任せている。 華奢な印象は記憶の中の彼女と変わらないものの、その身体は以前よりも柔らかな曲線を描いていた。 柔らかなウェーブの掛かった髪を一房すくい取り、そっと口付ける。 甘やかな彼女の香りは二年前と変わらないと思った。 「………おいで」 「……はい」 ナオはそっと差し出された秋山の手を取り、足元に落ちきった生地の上を通りベッドへと向かった。 秋山は横たわったナオの、最後に身を守るには余りにも頼りない下着の繊細なレースと胸元の 境界線を指でなぞる。 「ふ……」 柔らかな膨らみに沈める様に、レースの下へ指先を潜り込ませる。 温かく滑らかな肌の上、しっとりと僅かに感触の異なる部分をゆっくりと指で撫でた。 「あっ……」 胸元から甘いものがこみ上げ、ナオの声が詰まる。 敏感なナオの反応に秋山は満足げな笑みを浮かべた。 秋山が右手を背中の下へ潜り込ませ、器用に留め金を外すとナオが弱々しくかぶりを振った。 「秋山さん……明るいの…や、です」 「――ああ」 緊張に震えた小さな声。 秋山は僅かに口元に笑みを浮かべ起きあがると、照明を常夜灯へ切り替えた。 考えるよりも先にナオの部屋のスイッチの場所をまだ体が覚えている。 自分が思っていた以上にこの部屋で長い時間を過ごしてきたことに気がついた。 ベッドサイドへ戻った秋山は、まるで祈る様に胸元で組まれたナオの両手を自分のそれで 身体の両脇に固定し、柔らかな双房へ唇を寄せる。 強い口付けにナオの肌がじわりと薄紅色に染まった。 「あっ…あ、……」 秋山はぷくりと立ち上がった珊瑚色の蕾を口に含み、軽く吸い上げる。 秋山の舌先が先端を掠める度にナオは甘やかな声をあげた。 「はっ……、や、あ」 触れられた箇所から身体の中心に向かってナオの身体に熱が蓄積されていく。 全身へさざ波のように淡く痺れが広がり、ナオは自分の反応に戸惑いを隠せずにいた。 秋山が素肌に触れているというだけでこんなにも感じてしまう。 ずっと遠ざかっていた感覚にいとも簡単に自分が支配されてしまっていることが怖かった。 「……どうした?」 「いいえ……何でもないです」 秋山はどこか怯えた表情を浮かべるナオの額にキスをした。 すらりと伸びやかな彼女の脚を撫で、そのまま小さなレースの下着の上からそっとナオの下腹部に触れる。 「……っふぅ」 光沢のある布地の上から柔らかな狭間に指を埋める。 秋山の指が何度かそこを往復すると薄い布地は滲みだした果蜜を含み、次第に指先に抵抗を感じさせる。 切なげな瞳に見つめられ、秋山は今すぐにでもナオの中に自らを沈み込ませたい衝動に駆られた。 「あ……」 秋山は抗議とも期待ともつかない声を上げるナオの脚からするりと最後の一枚を抜き取った。 羞恥心からか再び固く目を閉じているナオの瞼にそっと口付け、秋山は指先を柔らかな狭間に滑らせる。 熱を持ったそこは果蜜ですでにたっぷりと潤んでいた。 焦れったい程の単調さで秋山の指が上下する。 直接敏感な箇所に触れられる生々しい感触にナオは身をよじらせた。 「あ、はっ……!」 指先が小さく尖る花芯に触れる度、ナオの身体がぴくりと小さく震える。 秋山はナオの反応の良さにゆるりと笑みを浮かべ、尚も単調な動きを繰り返す。 深く浅く、巧みに指が動く度にじわりと甘やかな痺れがナオの身体に満ちる。 「も……っ、やぁ…」 どこか満たされ切れない、抗い難い感覚に堪えきれずにナオの腰が跳ね上がる。 「……あきやま、さ…」 秋山はとろりと柔らかな花弁から敏感な花芯を探り出す。 薄い皮膜を持ち上げ、揃えた二本の指で小さな花芯を捕らえた。 蜜液で濡れた人差し指と中指との溝に小さく尖るそこを滑らせ、時折挟み込む。 ピリピリと刺すような鋭い快感。 まるで神経全てがその小さな箇所にすべて集中してしまった様に、ナオは秋山から もたらされる全ての刺激に反応する。 「んっ……っ、んっ!」 断続的な水音と自分の口から漏れる掠れた声だけがナオの聞こえた。 圧倒的な快感に時間の感覚すらおかしくなってしまいそうだった。 記憶の中に有るものよりもずっと鮮烈な刺激はナオの身体全てをとろかしてしまった様で、 ただこの感覚を受け入れる事しか出来ない。 不意にふわりと空気が動き、ナオは秋山が身体を起こしたことに気づいた。 けれどそれを疑問に思う間もなく、ナオの一番敏感な花芯が温かく柔らかなものに包まれた。 ぞくりと一際強い電流のような刺激が爪先から駆け巡る。 一瞬遅れてその温かなものが秋山の唇だと気づき、恥ずかしさでナオの頭が真っ白になる。 「だめっ……!秋山さん…っ、だめ……!」 「やっ…!だめ……だめえ…っ」 必死で制止の声を上げるナオに構わず秋山は固く尖らせた舌で花芯を突き、時折軽く吸い上げる。 びくびくと震えるナオの腰を逃れられぬ様に押さえつけ、舌先で敏感な箇所を弄ぶ。 「んっん……や、あきやま…さ…んっ」 「ひぁ、……あっ!」 秋山はぴたりと唇を密着させ、舌を押し当てたままナオの小さな突起をゆっくりと吸い上げる。 初めは弱く、徐々に強い力で秋山は口内の柔らかな粘膜と花芯を密着させた。 逃れる術のない強く長すぎる快感にナオは目が眩みそうになる。 「つっ……!」 瞬く間に絶頂へと導かれ、ナオの身体から力が抜けた。 秋山は絶頂の余韻を残すナオの身体を腕の中へと引き寄せる。 ナオと身体を重ね合わせる感覚を思い出すことを秋山は心のどこかで恐れていた。 けれど大人しく身体を委ねるナオの髪を梳いてやりながら秋山はこれ以上引き延ばすことは 不可能だと感じた。 途方に暮れてしまう程、今はただ彼女が欲しかった。 「ねえ、……いい?」 秋山はナオの耳元に囁いた。 その吐息の熱さが耳朶を通してナオの全身に広がる。 「は…い」 組み敷かれ、宛てがわれた秋山の硬さと熱に蜜口がひくりと震えた。 「ひっ…あ……」 「もう少し力抜けって……」 「だって、久しぶり…なんですもん……」 痛いほど背中にしがみつかれ、秋山は苦笑を浮かべた。 「――他の奴とは?」 「そんな事……してません……!」 きりりと秋山を睨みつけるナオの澄み切った視線に寂寥が滲む。 少し怒った口調と強い眼差しに秋山は安堵を覚え、そんな自分の独占欲と身勝手さに自嘲する。 「秋山さんじゃないとイヤなんです……」 「そう……」 「――私には……、秋山さんだけですもん……」 ナオの言葉に胸が熱くなるのを感じながら、秋山はナオをきつく抱きしめた。 「やっぱり少し、怖いです……」 「……怖い?」 幾度も交わした行為の筈なのにナオは子供の様に怯えている。 秋山は自分を頼るナオの力の籠もった小さな手にそっと口付け、柔らかな髪を撫でた。 「――大丈夫だから」 「ゆっくり、して…くださ……」 頷いて目を閉じたナオの蜜口に秋山は再度自身を宛てがう。 強い抵抗を感じさせながらも、先程までの愛撫で潤んだ花壁は秋山を徐々に受け入れる。 直に感じるナオの体温は皮膚から感じるよりもずっと熱く、それだけで秋山は自身が昂ぶるのを感じた。 「っ……!」 鮮烈な異物感にナオの息が詰まる。 上手く力が抜けない分、身体の中の秋山を鮮明に感じてしまう。 僅かに秋山が動く度にぞくぞくと甘い痺れがナオの首筋を駆け上り、 今までどうやってこの行為に応えてきたのかが思い出せない。 「きつ、……」 「…っ、……ふ」 ゆっくりと突き上げられ鋭敏な箇所に先端を押しつけられると、 まるで微弱な電流でも流された様にナオの身体が微かに震えた。 「あ…っ、は……」 「痛くないか?」 ふるふると首を振り否定するが、ナオはこわばった表情で必死で何かを堪えている。 「本当に平気か?」 「大丈夫…で、す」 「ひゃ、ん……っ!」 秋山が僅かに動く度にびくりとナオの身体が震える。 苦痛とは明らかに異なる反応に秋山は思わず口元を綻ばせた。 「――感じやす過ぎ……」 ――変わらないな。 呟いた秋山の言葉にナオの頬が赤く染まる。 「いじわる、です……」 僅かに潤ませた瞳と拗ねて尖らせた唇。 彼女は変わらず愛らしい。 ごめん、と秋山が耳元で囁くとナオはその吐息にすら小さな声を上げ敏感に反応する。 「だって……ずっと、こんな事してなかったんですもん」 「だから、ゆっくり……するんだろ」 自分を見つめる秋山の愛おしげな眼差しにナオの胸がきりりと痛む。 「…………っ」 自分の意志とは関係なく、また涙がこみ上げてきてナオは顔をそむけた。 長い彼の不在。 忘れる事など出来るはずも無かった。 急に幸福感と不安感が交互に訪れて自分の感情が制御出来ない。 「秋山さん……ぎゅって、してください……」 「うん……」 動きを止めた秋山は繋がったままの体勢できつくナオの身体を抱きしめる。 記憶の中よりもずっと温かで柔らかでか細いナオの身体。 どうして離れていられたのかと不思議に思う。 触れ合った胸から感じる鼓動は自分のものなのか彼女のものなのか解らない。 今はナオを彼女の望むだけ甘やかしてやりたいと思った。 秋山の胸の中に抱きしめられ、髪を撫でられるだけでナオはまた泣きだしたくなる程の安堵感に包まれた。 手を伸ばしナオは秋山の黒い癖のある髪に触れる。 彼の頬に落ちる髪を耳に掛けると、印象的な瞳が露わになった。 秋山のその瞳がまっすぐに自分だけを見つめている。 目を細めて優しく微笑む秋山の表情にナオの胸が痛くなった。 そっと秋山の頬に触れ目を閉じると、彼の唇がナオへ重ねられた。 ナオが僅かに唇を開くと柔らかな秋山の舌がナオのそれに触れる。 より深く舌を絡め、肌を密着させるためナオが回した腕に力を込めると不意に身体の中心がずきりと痺れた。 繋がったままでいた事を意識した途端、急速にナオの身体が熱くなる。 「んっ……」 時間を掛けて秋山に教え込まれた感覚。 この先、自分がどうなってしまうのかナオは痛い程に理解している。 快感で神経が研ぎすまされる。 もっと強く確かな彼の感触が欲しくてナオは秋山の背中にしがみついた。 「あっ、んっ……、ふぁ…っ!」 ナオの最奥を突き上げ、絡みつく花壁の感触を楽しむ。 秋山はナオの甘やかな声に酔いしれ、より切なげな声を上げさせるために彼女を責め立てた。 快楽に溺れるという表現は的を得ているように思う。 息苦しい程の快感の中、秋山はナオに口付ける事でようやく呼吸が出来ている気がした。 上がりきった体温で二人の境界線が徐々に溶けていく感覚。 秋山の僅かな動きにも敏感なナオは全身で反応を示した。 「あきやまさん、あきやまさん」 「好き…すき……」 「わたし、……ずっと」 秋山は切羽詰まった声色で、言葉にならないナオの言葉の続きを聞くのが怖かった。 言葉の続きも秋山自身の答えも解っている。 無意識の内に秋山はナオの腰を引き寄せ、勢いに任せて最奥に叩きつける。 「ひゃっ…ん……っ」 ナオの華奢な身体が一際激しくなった動きに合わせて大きく波打つ。 突き上げられる動作に耐える様、必死に両手でシーツを掴んでいる。 そんな状態まで彼女を追いつめているのは自分なのに、いかにも頼りなさげなその姿に彼女を 庇護したいという矛盾した衝動に駆られる。 「んっ…んっ……!」 秋山は幾分か強引にナオの頭と背中の下に手を差し入れて抱き寄せた。 新鮮な空気を求めて喘ぐナオの唇を秋山は自らの唇で塞ぎ、あやす様に舌を絡める。 全身を支配する甘い痺れから逃れるようにナオは夢中で秋山の口付けに応じた。 「も…だめ……秋山さ、だ…め……」 「いいよ、……そのままいって」 どこまでも柔らかくきつく絡みつく花壁に一際の熱を感じた途端、強く締め付けられる。 「……あ…あぁっ!」 「……くっ」 意志を持った様に収縮する蜜奥に秋山は高ぶりきった熱と衝動を解き放った。 力の抜けきったナオの頬をそっと撫でる。 大きく肩を上下させて必死に呼吸を整えるナオの無防備な様子が愛おしく秋山は そっと彼女を抱き寄せた。 「――愛してる」 思いも掛けない秋山の言葉にナオが顔を上げると、その言葉を口にした秋山本人が 彼女以上に呆気に取られた表情を浮かべていた。 「……秋山さん」 「――私も……」 「……うん」 全てを口にする前にナオの身体は秋山に抱きすくめられた。 結局のところ、簡単に足元はすくわれてしまった。 けれど不思議と悪くない気分で秋山はナオの額にキスをした。 気だるさと心地よい疲労感。 ナオは抗いがたい眠気に襲われ瞼が落ちそうになる度に必死で秋山のシャツの裾を掴み直した。 目を覚まして自分一人になってしまうのが怖かった。 「眠たかったら無理すんな……」 小さく笑う気配を感じ、顔をあげたナオの額に秋山はそっと口付けた。 「全然、眠たくなんて無いですもん……」 「ふーん」 幼い子供を寝かしつける様に秋山はナオの髪を撫で続ける。 ナオは秋山の優しい指先の心地良さに身を委ねた。 「秋山さん……、あの並木道にあるカフェに行った時のこと、覚えてますか?」 「……ああ」 唐突なナオの質問に少し間を置いて秋山が答える。 「私がコーヒーにお砂糖三つ入れたら、信じられないって顔してましたよね」 「あんな小さなカップなのに三つも砂糖を入れるからだろ」 「だって、私も秋山さんと一緒にコーヒーが飲めるようになりたかったんですもん」 「それで……?」 当時を思い出したのか、くすくすと楽しげな笑みを浮かべるナオに秋山は先を促した。 「それで……、私、あの時の秋山さんの顔、すごく好きです」 秋山の腕の中、悪戯っぽくナオが微笑んだ。 「今までで一番びっくりしてる秋山さんの顔でした」 それから少しの間、二人は他愛もない日常の話をした。 今までに出かけた場所、課題にかこつけてはナオが秋山の部屋を訪れていたこと。 愛おしい何気ない日々。 ぼんやりとしたオレンジ色の常夜灯と相手の顔を交互に見ながら話をしていると、 二年間の別離などどこにも無かった様に錯覚しそうになる。 ――どうして。 ふと会話が途切れた時、ぽつりとナオが口を開いた。 「どうして、遠くに行ってしまったんですか。――私を置いて」 それはこの二年間、ナオが幾度と無く胸の内で繰り返した問いかけだった。 先程も最後まで続けることが出来なかった質問。 ぼんやりと彼の去っていった理由は分かっていたけれど、ナオはどうしても 秋山本人からその答えを聞きたかった。 「………………」 「――君にはもう俺が必要無いと思った……」 短い沈黙の後の秋山の返答はナオの予想通りのものだった。 そして彼にその決断を下させた自分の言葉の足りなさが恨めしかった。 「私は……必要じゃなくても、…秋山さんが大好きだからずっと一緒に居たかったんです……」 二年前に伝えたかった言葉。 ゲームに巻き込まれ、誰よりも頼りになる秋山に惹かれて居たのは事実だけれど、 それ以上にナオは彼の何気無い表情や仕草が好きだった。 「私が秋山さんの驚いた顔や笑った顔を好きなのは、ゲームなんて関係ないし、不安だからでも寂しいからでも無いです」 「……………」 それはナオに取って余りにも当然過ぎる事実で秋山にもそれを分かって貰えているつもりでいた。 ――彼の傷の深さに気づかずに。 結局、一番大切な気持ちを伝えられていなかった事をナオはずっと後悔していた。 「だから、秋山さんが私を嫌いになっちゃったら……どうしようもないんですけど……、 まだ好きでいてくれたら……もう、置いていかないで……」 目頭が熱い。そう思った次の瞬間には温かい涙がまたナオの頬を伝う。 「何度も……ごめんなさい」 「ーーいや」 ナオは秋山の肩口に額を押し当てて、もう一度きつくシャツを掴んだ。 ようやく自分の気持ちを伝えることのできた安堵感に涙が止まらない。 「多分……俺が、間違ってた」 ――ごめん。 秋山はしゃくりあげるナオを安心させる様にその胸でナオを包み込み、 何度も小さな背中をさすった。 暖かな抱擁に安心したのかナオは秋山の胸に頬をすり寄せる。 「もう寝な……」 「寝たくないです……」 「今日はもう疲れただろ」 秋山はナオのシャツを掴む手を解き、自分の指と絡めるように手を繋いだ。 「どこにも行かないって」 「……本当ですか?」 「そんなに心配なら鍵でも隠しておけば?」 そうします……と小さく答えて起きあがりかけたナオを秋山は胸の中へ引き戻す。 「信用無えなあ…」 「……秋山さんのせいです」 苦笑する秋山に拗ねた声色で答えるものの、それも長くは持たずナオの口元に笑みが浮かぶ。 ナオの笑顔を見るだけで秋山は心が満たされるのを感じた。 「――今度は、どこにだって一緒に連れてってやる」 潤んだままの瞳で嬉しそうに微笑むナオの髪に口付け、秋山は彼女の耳元にそっと囁いた。 「――ただいま」 「……おかえりなさい」 SS一覧に戻る メインページに戻る |