現実味のない出来事
福永ユウジ×神崎直


「それにさ、放っておけないんだ。君は素直で危なっかしい所があるから…」
「フクナガさん…」

今は敗者復活戦の最中。
(俺の発言のせいで)孤立し、リストラの危機に陥っている神崎直に一緒に組まないかと持ち掛けた。
もちろん自分が勝つための嘘。罠。彼女を救う気なんて更々ない。
でも彼女は俺の嘘の作戦を信じてくれた。
駄目押しで彼女を心配する「良い人」を演じると、神崎直は完全に俺を信用したようだ。
…馬鹿な女。
絶望させては期待させ、期待させては絶望させる。
俺の作戦は完璧だった。のに…

「…また騙すんですか?」

扉を出ようとした時に、微かに聞こえた彼女の声。

「え?」
「フクナガさんの事は信用出来ません。二回戦の時だって裏切ったじゃないですか。」

…何を今更。

「え?ちょっと待ってよ。そりゃあ二回戦の時は裏切ったけどさ、
でも今は状況が変わったよね?僕だって君の助けがないと危ないんだ。
たった今、僕たちの必勝法を説明したじゃない。それで君は納得したんだ。
もしかしておバカな直ちゃんはそんな少し前の事も忘れちゃった?」

思わず言ってしまってから後悔した。こんな事言うつもりじゃなかったのに。
これじゃあいくら鈍感な彼女でも俺の事を怪しむじゃないか。
怒りで俺の心臓はドクドクと速く鳴り、ドアの所に立っていたつもりが
いつの間にか彼女の座っているイスの前で、彼女の腕をガシッと掴んでいた。

「必死ですね。」
「……あ?」

神崎直は至って冷静に、彼女らしくない冷たい瞳で俺に言った。
俺のどこが必死だというんだ。まさか俺の心の内が見透かされているとでも?
…この馬鹿女に!

「…そんな目で見るな。」

俺は今までこいつに使った事がない様な低い声でそう言った。
そうだ。お前みたいな小娘が俺に歯向かおうなんて生意気なんだ。

「…いいかい、直ちゃん。僕はね、君が…君みたいな人が…」

俺は彼女の前にひざまずくと、彼女の目を見ながらゆっくりと震える声を絞り出す。

「…大嫌いなんだよぉ!!」

神崎直はびっくりして目を最大限に開いて俺を見ている。

「甘いんだよ!全てが!その可愛い顔で!唇で!正義を振りかざしてさぞかし楽に生きて来たんだろうね!」
「ひどい…。」

直は俺の豹変ぶりに俯いて泣き出してしまった。

「いつも悲しい事があるとそうやって誰かの同情を引いて助けられて来たんだろうね。
あの秋山って男だって…危なっかしい君を放っておけないんだ。でもね、」

そう言うと俺は泣き崩れた神崎直の顎を持って顔を上げさせた。

「今ここに秋山はいない。君はたった一人だ。一人きりの無力な女なんだよ。」
「違います!私は無力なんかじゃありません!私だって…秋山さんを助ける事くらいできます!」

「へぇ…。そいつはご立派だね!」

俺は直に顔を近付けてそう言うと乱暴に手を離した。

「俺はずっと一人で生きてきたんだ。
だから君みたいに仲良しごっこの真似事されるとヘドがでる程ムカつく。」

どうして俺はこの女の前だと上手く自分を演じ切れないんだろう。
心のどこかが溶かされて、本音が口をついて出てきてしまう。

「フクナガさん…」

立ち上がった俺に、もう泣き止んだのか彼女が近付いてきて肩に手をかけた。
思わず子供の様にビクッと反応してしまう。

「一人だなんて…そんな悲しい事言わないで下さい。
人間はみんな一人じゃないんです。心を開こうとさえすれば…それに応えてくれる人がいるんです。
だからもう、そんな悲しい顔しないで。騙し合いなんてやめましょう?」

悲し顔をしてる…?俺が?直の温かくて柔らかい手が俺の肩をギュッと掴んだ。

「…離せ。離せ!!」

反射的に俺は直の手を振り払った。

ガシャーン、とすぐ後ろで音がした。
俺の振り払った力が強かったのか、彼女が足元に倒れている。

「痛い…」

彼女は顔をしかめて足を摩っている。
…良かった。幸い対した事なかったみたいだ。

「ごめんね。」

俺は無表情のまま彼女に近付く。
感情の込もった声じゃなかったけど、本当に悪いと思っていた。

「可哀相に。」

目の前には彼女のめくれたスカートがある。
真っ白な陶器の様な足は、そのまま彼女の心を表しているようだ。
そこに刻まれた赤くて青い、そして黒ずんだ痣。
俺はそこに口付けた。というか吸い付いた。
そんなことしたってその汚れが消えるわけじゃないのに。

「何するんですか!?」

直が素っ頓狂な声を上げる。

「汚っ…じゃなくてどういうつもりですか?早く離して下さい。」

やめて下さい!彼女がわめくのも俺にはあんまり聞こえていなかった。

「綺麗だね…。」
「は…?綺麗?」

直は俺の言った意味がわからないという顔をしている。

「直ちゃんは綺麗な体してるんだね。傷なんて似合わない。」
「な…!何言ってるんですか!?」

彼女は無意識に体をガードする体制を取った。
別に嫌らしい意味で言った訳ではなく、
どちらかといえば彼女の心の方を綺麗と言いたかったのだが
彼女にはそれが伝わっていなかったようだ。

凄く異様な光景。
まるで俺が直ちゃんを部屋の隅まで追い詰めたような形になっている。
そんな時に限ってふと、今まで禁欲生活だった事を思い出す。
ライアーゲームの存在を知ってからずっと、勝ち続ける事だけを考えてきたので
女と向き合ったのなんて本当久しぶりだ。何ヶ月ぶりだろう。

直はカーディガンの前ボタンの部分を両手で掴んだまま、小刻みに震えて俺を見ている。
俺は今、そんなに彼女を怖がらせるような表情(かお)をしているのだろうか。
俺は無意識のまま直の白いブラウスのボタンを下から一つ一つ外していった。
カーディガンを脱がすと目を隠す様に頭の後ろで縛る。せめて怖さが少なくなる様に。
直は抵抗しなかった。
頭の中が真っ白だ。俺は何でこんな事やってるんだろう。
なるべく丁寧に唇だけで彼女の上半身にキスを落としていく。痕は付けない。
そんなことしたらきっとアイツに俺達の秘密が知られてしまうから。

「あき…やま…さ…ん」

胸を愛撫していると目隠しされている直から涙声が漏れた。
俺はいたたまれない気持ちになったけど、もう後には引きかえせない。

真っ白な陶器の様な肌が俺の唾液で濡れているのは酷く煽情的で、意思とは関係なく俺は反応した。
唇にキスはしない。それが俺の残ったせめてもの良心。
その代わりに違うものを彼女の唇に宛がうと、抵抗せずに受け入れてくれた。
きっと知らないはずなのに、ちゃんと愛撫してくれる。
限界になった俺が再び乳房に吸い付いて秘部を辿ると蜜に似た液体が手に付いた。

…嘘だろ?
そう思ったけど、俺はそのまま彼女を貫いた。

「あ…きや…まさん…」

彼女は揺られながら消え入りそうな声で秋山の名前と喘ぎを何度も繰り返していた。
全てを受け入れてくれそうな天使の極上の体は俺の心まで浄化してくれたのだろうか。
俺は彼女に全てを解き放った。

−−気が付くと俺はリストラゲームの会場のホールの床で壁にもたれて倒れていた。
あのエリーとかいう無駄に美人の事務局員が無表情で俺を見下ろしている。

「何っスかぁ?」

俺は舌打ちして彼女を睨みつけると、何も言わずにエリーは去って行った。

「何なんだよ…。」

さっきの事は夢だったのだろうか。やけに現実味のない出来事だったな。
俺は確認も兼ねて先程直と会った部屋に足を運んだ。

すると直がつい1時間程前−
俺が直に初めてリストラを免れる説明をした時と同じ状況で座っている。
いや、格好がさっきと違う。やっぱり夢だったんだ。

「あ、フクナガさん。どうしたんですか?まさかまた騙すつもりですか…?」

直は俺にジトーっとした視線を送ってくる。

「いやっ、ごめん。まさか君がいると思わなくて。
悪いけどこの部屋貸してくれる?一人になりたいんだ。」

俺がそういうと彼女は不服そうに部屋を出て行った。

彼女とすれ違う時、体から微かに−
俺の付けている香水の匂いがした。

俺は閉まった扉をしばらく見詰めていた。






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