手紙
横谷ノリヒコ×神崎直


「部屋に着いたぞ。鍵、よこせ。」
「…わざわざありがとうございます。」

秋山が部屋のドアを開けてやると直はゆっくりと歩いた。
直はまだ握りしめた手が少し震えていた。

―ヨコヤに検査ルームで迫られてから。



モニターでは見ることができない死角、そこに直は追い詰められていた。
息の届きそうな距離。ヨコヤのにやけた唇が目の前にある。
逃げたい…逃げなきゃいけない。けれど動けない。

「や…やめて下さいっ!」

彼の手が伸びてきて直の手に触れる。
迫ってくる鋭い眼光。直はそれから逃れることができず、思わず目をギュッとつぶった。

しかしヨコヤはもう一度ニヤッと笑うと直の手を離し、テーブルの上にあるスイッチを押した。

「ちょっとしたお遊びのつもりなんですが、これ以上すると事務局員が止めにくるでしょうからね。
  私としてはもっと楽しみたいのですが…やめておきましょう。」

直の目を執拗に見つめるヨコヤ。視線は離さない。

「ではカンザキナオさん…また、会いましょう。」


「おい、本当に大丈夫なのか?」
「もう平気です。心配かけてごめんなさい。」

彼女の部屋の入り口の前で直は笑いながら秋山に言った。笑顔が痛いぐらいにぎこちない。

「手。震えてるじゃないか。」

直はビクッとしたが、その震えている拳を後ろに回して

「…これはちょっとびっくりしただけです。」

とつぶやく。

「寝るまで一緒にいてやってもいいんだぞ。」
「いえ、本当に一人で大丈夫ですから。秋山さんも疲れてるでしょうし。私もすぐ寝るので。」
「…そうか。わかった。
 じゃあ誰が来ても鍵を開けるなよ。それと今夜は出歩くな。何かあったら俺を呼べ。いいな?」
「…はい。」
「お前がちゃんと鍵かけるまでここにいるから。」
「ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい。」

バタン。ガチャ。

秋山は自分の部屋には帰らずに考えていた。
いつもなら何かと泣きついてきて 『一緒にいてください!』 って言うのに、
どうしてあんなに無理を装ってるんだ?
あいつはあいつで一人になりたい時でもあるんだろうか。
…こういう時こそ俺を頼るべきじゃないのか?

しばらくするとシャワーのような音が聞こえてきた。
それを聞いて秋山は重い足を持ち上げ自分の部屋に戻った。


―秋山は見落としていた。気づくべきものに気づかなかった。
直がずっと握りしめている手に何かが握られていたのを。



寝れない。
秋山はベットの上で天井を見つめていた。
もう時間は3時をすぎている。明日もゲームは続いているのに。

くそっ…なんで俺が心配で眠れないんだよ。
あいつふらっと出歩いたりしてないだろうな。
バカだし忠告忘れて思わず鍵開けたり…
…………

「チッ!」

秋山はベットから跳ね起き部屋を出た。

廊下は薄暗く静かで物音一つ聞こえない。秋山は音をたてずに直の部屋に向かった。
彼女の部屋の前。ドアの向こうからは何も音がしない。
あいつちゃんと寝てるのか?
ノックして起こしたらまずいよな。

「…直?」

シーンとした廊下に秋山の声が響く。彼女からの応答はない。
ドアノブに手をかけてゆっくり回してみる。
 ガチャ リ。

あのバカ!鍵かかってないじゃないか!

「おい、寝てるのか?開けるぞ。」

ドアを開けると真っ暗な闇が広がる。電気はついていない。
窓から入ってくる月明かりがベットを照らしていた。ベットは、空だった。

「くそ…いったいどこに行きやがった!」

ふとベット脇のテーブルに目をやると、そこにはくしゃくしゃになった紙切れが月明かりに照らされていた。
秋山は開いた。そして全身の血の気が引くのを感じた。


  午前3時 検査ルームにて あなたをお待ちしております      



気づかなかった。いつもと違う直を。
直が手をずっと握りしめている意味を。
無理矢理にでもそばにいてやるべきだった。

火の国と水の国のチームごとに宿泊する場所は完全に分かれている。
相手チームとゲーム以外で接触することは決してない。接触できるのは唯一検査ルームだけだ。
それが安心だと思っていたのに、甘かった。

直にゲーム中検査ルームで手紙を渡せたのは、アイツ しかいない。

どこか空港を思わせる水の国は静寂に満たされていて、微かな照明が漂っていた。
秋山はいつも直たちが座っていたイスの間を飛ぶように通り抜けた。
検査ルームへ向かう狭い通路。こんなにも動揺した気持ちでここを通ることになるとは。
ゲーム中ですらこんな気持ちにはならないのに。
汗が背中を流れる。口の中がカラカラだ。指先がしびれている気がする。
ただ直の顔が見たい一心で彼は駆け抜け検査ルーム前に着いた。ドアが開く。

「直!」

回転する巨大なファンから差し込む光が妖艶に揺らめく中、
そこにはヨコヤに体を奪われている直の姿があった。
中央のテーブルに押し倒されている小さな身体。
ワンピースの肩紐が強引に下げられ白い胸が露出している。
スカートは腰までたくし上げられヨコヤの指が撫で回すように彼女の部分を触っていた。
直はガタガタと震え、恐怖から手で顔を覆い言葉にならない嗚咽をもらしていた。

「ヨコヤアアアアアアア!!!!!」

今までにない怒りに襲われ秋山はヨコヤに殴りかかった。
ヨコヤは突然の秋山の攻撃を避けようとしたが吹っ飛ばされ後ろの壁に激突。
秋山はヨコヤが体勢を立て直すヒマもあたえず、彼の胸倉をつかみもう一度壁に叩きつけた。

「てめぇだけは絶対に許さねぇ!」
「くっ…これはこれは秋山さん。とんだ邪魔が入りましたねえ。」

壁に押さえつけられながらも、ヨコヤはどことなく楽しんでいるような表情をしながら言った。

「本当にカンザキナオはバカ正直ですよ。こんな時間に一人で来るなんて。
 『決して誰にも言わないように』と告げたらその通りに従う。かわいらしいですねえ。」
「私としては秋山さん、あなたを絶望に陥れたいがために彼女を利用したのですが、
 案外彼女の体が心地よくってね…」
「このやろおォォ!」バキッ

ヨコヤは拳を再び喰らい部屋の隅へ投げ出された。

ハアハアハア…息が荒い。頭の中が煮えたぎっているようだ。
ヨコヤに殴りかかる右手は暴走しているかのようにさえ感じる。

「っ痛……そんなことより秋山さん、カンザキナオの心配をしたらどうですか。」

直はテーブルの足元にうずくまっていた。
秋山が最初にヨコヤに殴りかかった衝撃でテーブルからずり落ちてしまったようだ。
強引に服を剥ぎ取られた胸元を手で必死に押さえている。
うっすらと光に照らされた顔は青ざめ、涙が途切れることがない。
いつも笑っている目は…恐怖から開きっぱなしだった。

秋山が直に気を取られた隙にヨコヤはサッと火の国側のドアに駆け寄る。

「もう少し彼女と遊びたかったのですが…残念ですね。それでは、また。」

と言いい、ヨコヤは歪んだ笑みを浮かべながらすばやく検査ルームから出て行った。

「待て!」ドアを開けようとするが開かない。検査ルームより先の相手国エリアに入ることはできないのだ。
「くそ…クソッ!!」ドスッと秋山はドアを叩いて膝から地面に落ちた。


「直!大丈夫か!?」

近寄り声をかけるも直は答えない。体がブルブル震えていた。
秋山は直の露出した肩に触れた。

「なお…」

「いやああああああやめてえええええええええええ!!!」

絶叫が部屋に響き渡る。直は手から逃れようと激しく抵抗した。

「おい!俺だ!秋山だ!」
「こないでえええええ触らないでえええええええ!!!」

直は耐え難い恐怖から混乱していた。
フラッシュバックが起きる。ヨコヤの冷たい手が直の体に伸びる…

「いやああああああ助けてええええええええッ!!秋山さん!秋山さんーッ!!」

「直…俺だ……」

直の体を秋山は力強く抱きしめた。
直はいっそう悲鳴をあげ激しく秋山の抱擁に抵抗する。
泣き叫ぶ声がすぐ耳元で聞こえる。秋山の胸や腕を力いっぱい叩いてその手から逃げようとする直。
耳が、胸が痛い…でもこいつの痛みはそんなものじゃない。秋山は思った。

抵抗する直を押さえ込む力でずっと抱きしめているとだんだんと落ち着いてきたようで、
腕の中からすすり泣く声が聞こえてきた。もう抵抗はしない。

しばらくして秋山は直に自分の着ていたシャツを掛け、抱きかかえ検査ルームを後にした。



静かな廊下を直を抱えて歩く。

「…風呂、入るか?」

秋山の問いに直は答えない。
直は泣き止みかけていたがその目は虚ろだった。放心状態とでも言うのだろうか。
秋山は直を自分の部屋に連れて行った。

空のバスタブにゆっくりと服を着たままの直を下ろす。
シャワーをひねり暖かいお湯を入れる。
ふと洗面台を見るとピンクのいちごの形が目に入った。昨夜直がくれたものだ。

『秋山さん、はいこれ!あげます!』
『私のお気に入りの入浴剤です!いちごのいい香りがする泡風呂ができるんですよ〜♪』

昨日はあんなに笑顔だったのに…
直の笑顔を思い出しつつ秋山はそれをお湯に入れた。泡が立ちこめストロベリーの香りが広まった。
いつも直から香る甘いにおいはこれだったのか。

お湯がお腹の辺りまできて、秋山はシャワーを止めた。

「体洗えるか?」

スポンジを渡すが直は一点を見つめているだけで答えない。

秋山はスポンジをぬらし直の身体を優しく撫でた。
耳の後ろ、首筋、鎖骨、肩、腕…できるだけ丁寧にゆっくりと洗う。
秋山の手がふと止まった。
検査ルームでは暗くて気づかなかったが、直の白い身体にはヨコヤによる赤い跡がたくさん残っていた。
きっと泡の下にある直の身体にはもっと跡があるのだろう。

「くそッ…!」

と小さく呟き秋山はスポンジを握り締めた。

「あとは自分で洗いますから。」

急に直が消えそうな声で言った。しかしまだ虚ろな目をしている。

「そうか…じゃあバスタオルと着替えここに置いておくから。」

スポンジを直に渡しバスルームを出て行った。


バスルームからの水音を聞きながら秋山はキッチンで牛乳を温めていた。
風呂から上がってきたらホットミルクで落ち着かせよう。
小さかった頃、友達とケンカして負けて泣くたびに母さんが作ってくれたな。
…母さん…また、大切な人を守ることができなかった。
自分の非力さが憎いよ。

秋山がぼーっと電子レンジの中で回転する2つのカップを見つめていると、
突然、ふわっとストロベリーの香りがミルクの香りに混ざってきた。
いきなり秋山の腰に何かが衝突した。腕が後ろから伸びてくる。
白くて細い手がギュッと秋山の身体にしがみ付いて離さなかった。

「ゎ…わたし、汚…れちゃって、汚くなっちゃったけど…
秋山さんは触れ…るの嫌かもしれないけど…でも、わたし…あき…やまさんに消毒してもらいたいんです。」

驚いて首を後ろに回すと、直はバスタオル1枚の姿だった。






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