サプライズ
エリー×神崎直


それは、リストラゲーム最中のことだった。投票回数が増えていくたび、直は
自分に票が入っていないことを何度も目の当たりにし、絶望していく。
秋山がいなければ、自分は何もできないのだということを思い知らされた。

(……私、このまま負けちゃうのかな)

できるだけ人がいない場所を選ぼうとすれば、直の足は自然と小さな部屋へ向く。
そこに入って座り込んでいると、不意に頭上に影が落ちた。

「……誰、ですか?」
「……私です。カンザキ様があまりにも落ち込んでいるようでしたので、勝手ながら
入らせていただきました」

顔を上げると、そこにはライアーゲーム事務局の女性、エリーが立っていた。
エリーは直の真ん前から立ち位置を変え、隣へと移動する。いつもと同じその態度に、
直はなぜか自分の心が落ち着くのを感じていた。このゲームの主催者側の
人間である彼女を、直は信じているのだ。彼女もまた、秋山と同様、直が
心の底から信じられる人物であった。

「……事務局の人でも、来てくれて嬉しいです。私、本当にどうしたらいいのか、
わからなくて……」

事務局の人間に、こんなことを言ってもだめだということはわかっている。
それでも、心に溜まっていく不安を吐き出さなければ、本当に押しつぶされそうで
たまらなかった。

「私、秋山さんがいなかったら、本当に何もできないんだって……思い知らされて
……辛いんです。私、このまま負けて借金背負って生きていかなきゃいけなく
なるんじゃないかって思うと……怖くて、たまらないんです」

すがるような思いで、直はエリーを見上げた。彼女は、いつもと変わらない表情で
自分を見ている。……やはり、彼女はどうあがいても事務局側の人間でしか
ないのだと、そこで思い知った。

「カンザキ様、」
「ごめんなさい。こんなこと言ったって、お姉さんにはどうしようもないですよね。
愚痴っちゃって、すみませんでした」

エリーが何か言おうとしたのを遮って、直は言葉を一気に紡いで立ち上がる。
部屋のドアへ向かおうとしたところを、腕を掴まれ、強い力で引き止められた。

「カンザキ様。私の話を聞いていただけますか」

はっとして振り返ると、いつもより柔和になった彼女の目が、自分を見つめ
ていた。――どうして、私はいつも早とちりしちゃうんだろう。そんな後悔が
どっと押し寄せる。

「……、はい……」

自分のせっかちな性格にしょぼくれながら、直は体を彼女の方へ向けた。

「……私は事務局の人間ですが、人の言葉を聞き流すような人間でいるつもりは
ありません。ゲームの勝利法などはお教えできませんし、何ら口添えもできませんが、
その分、参加者である皆様の希望・要望にはできるだけお答えするつもりでいます。
カンザキ様が不安でどうしようもないのならば、私が話をお聞きします。
それでは、だめでしょうか」

目をまっすぐに見つめられて、諭すように話されたその言葉は、直の何かを壊した。
涙が次から次へと溢れ出すのを、抑えることができなかった。

「――っ……、ぁ、ありがとう、ございます……っ……私、私っ……!」

何も言えなくなって、直はエリーに寄りかかった。喉を鳴らして泣く直を
エリーはやさしく受け止め、そしてその背を撫でる。

事務局の人間としてそこまでする権利はないし、誰かに知られればそこで
あらぬ疑いをかけられることだろう。ただ、一人の人間として、彼女を救いたいと思った。
純粋に人を信じようとする彼女が信頼できる人間でありたいと、心からそう思った。
今まで、こんな気持ちになったことはない。この気持ちが、何というものなのかも
わからない。ただ、彼女を救いたいというその一心で、エリーは直の体を受け止めていた。

少しして、直の嗚咽が止んだ。目元を拭う彼女の顔を盗み見ると、目元が少し
腫れているようだった。そこまでひどいものではないので、もう少しすれば
腫れも引くだろう。エリーはそう見当をつけると、直から距離を置いた。

「……それでは、そろそろ次の投票が始まりますので、私はこれで」

そう告げると、直の表情が少し暗くなった。現実を突きつけられて、辛いのだろう。
しかし、彼女はこの現実から逃げるわけにはいかないのだ。
それに、もう少しすればサプライズも待っている。

ドアの方を向いて足を進めると、「あのっ」と声を掛けられた。歩みを止めて
振り返ると、少しすっきりしたような表情で、彼女がこちらを見つめている。

「ありがとうございました。お姉さんのおかげで、私もう少しがんばれそうです」

もう少し。彼女の言葉を聞いて、頬が緩みそうになるのをこらえる。

「そうですか。では」

いつものように返事をして、エリーは再びドアのほうを振り返った。
もう少し。もう少しだけ耐えてくれればいい。貴女に、素敵なサプライズが
待っている。

心の中で呟いた言葉は、直にとっては真実だが、エリーにとって素敵、とは
言い難い言葉になっていた。そのことにエリー自身が気付くのは、もう少し
後になってからのようである。






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