仙道アラタ×神崎直 長時間に渡るファイナルステージの終了後、 直を含む参加者の面々は、LGT事務局が用意したという船へと連れていかれた。 そこは今までいた地下要塞のような空間とは打って変わって、豪華できらびやかな装飾がなされていた。 そんな船の一室に、ファイナリスト全員は集められた。 そこへ、廊下からコツコツと足音が近付いて来る。 ギィッ、と扉が開き、皆が一同に振り返ると、そこにはいつもの黒いスーツを纏ったエリーと、その後ろにはこれまた同じようなスーツを来た2人の女性がいた。 「皆様、今までお疲れ様でした。」 と、エリーは冷静そうな顔で言う。 そしてこう続ける。 「この船はこのまま日本に帰国致します。皆様は、それまではしばし自由行動となります。ご歓談するも良し、自室で睡眠するも良し、ちなみに1階にはお食事ブースもございます。どうぞごゆっくりと。」 そう言って、エリーと女性たちは部屋を出て行った。 エリー達が出て行った後、1人の少女――神崎直は、興味深そうに船の内部を見回していた。 (すっごーい…豪華な船だなぁ…わっ、シャンデリアまである…!) するとそこで、ずっと隣りにいた仏頂面の青年が歩き出した。 「あっ、秋山さん!!どこに行くんですかっ!?」 「……部屋に行く。何かあったら、呼びに来い。」 そう言ってその青年、秋山は去って行った。 (そっか… 秋山さん、きっと疲れてるもんね…) そこで直はハッと気付く。 (あれっ!?私1人になっちゃった…!どうしよう、いつの間にか他の参加者の皆さんもいないよ…!) そう、他の参加者は、エリーの話を聞いた直後に、 「ヒャッホーーウ!もうフクナガお腹ペッコペコ☆」とか、「疲れたからあたしゃ寝るわ!」 とか言いながら、それぞれ自由行動に移っていたのだ。 (……とりあえず、お部屋に行こうかな…) そう思い、歩き出す。 ―――30分後。 「ここ、どこおぉぉっ!?」 船の中を歩き待った末、今直がいるのは、薄暗い廊下だった。 (うぅ…この船、広すぎるよ…それになんだか複雑に入り組んでるし……っ どうしよう、歩きすぎてもうヘトヘトだよ…) ふと直は壁に背中を預けしゃがんでみた。 (…それになんだか、眠い………) ***************** 「……さん、…な…さん、直さんっ?」 そこでハッと目が覚めた。 「わ、わ!?私、寝て……って、仙道、さん…?」 「偶然、偶ー然!ここを通り掛かったら、君が倒れていたから……いやっ、別に心配したとかそういうわけではなく、その……」 仙道は直とは目線を合わせずにそう語った。 「すみません…私ってば迷子になっちゃって…って、あれっ?そういえばどうしてこんなところに仙道さんが…?」 「お、俺は……トイレに行こうとしたら"偶然"ここに……………………」 そう言って黙る仙道。 「……もしかして…仙道さんも、迷子……?」 「ちっ違う!!!!!!この俺が迷子だなどとそんな低俗な間違いを冒すはずがなっ……」 仙道がそこまで言った時、 直がふふふっ、と笑った。 「……なにがおかしい」 「あはは、だって、仙道さんってばそんなに否定しなくっても…っ!ふふ、迷っちゃったの、私とおそろいですね」 直は笑いながらそう言った。 「だから迷ってなど………っふん、まあ良い。」 直の屈託の無い笑顔を見ていた仙道は、 何だかそんなことはどうでも良くなってしまった。 「とりあえず、早くここを出るぞ。」 「ふふ、はい」 直は困ったように笑いながら仙道のあとを追おうと立ち上がる。 …と、その時。 「きゃ…!」 ――無意識、だった。 仙道は、バランスを崩して倒れそうになった直を反射的に庇おうとして、意図せず彼女を抱き留める形になってしまった。 「わ、ごめんなさ…」 そう言って直は仙道の胸から離れようとする。 …その瞬間、仙道は何故かどうしようもない寂しさを感じ、 直を抱く手に力を入れてしまった。 「っ、…へ?仙道、さん…?」 「っあ、いや、すまない。」 ぱっ、と直の身体から手を離す。 「すみません…ありがとうございました」 直は何もなかったかのように笑顔でそう言い、立ち上がる。 …その時、仙道は何か一種の悔しさのようなものを感じた。 (何故この俺が…こいつのことでこんなに動揺しなければならないんだ…っ) そしてふと、仙道の胸にはある欲望が浮かんだ。 ―――こいつを、困らせたい――…… …少し、悪戯をしてやろう。 そう思った仙道は、「どうぞ」とこちらへ差し延べてくる直の手を握った。 そして、ぐいっ、と引き寄せた。 直は「わわっ」と言いながら仙道の方へ倒れこんで来る。 近付くお互いの顔。 あと10cm、5cm―――――…。 仙道にはその瞬間までが、いやにゆっくりと、スローモーションのように見えた。 そうして仙道の唇は、直のそれと触れ合った。 瞬間、直は驚いて頭を離そうとするが、直の後頭部に回った仙道の手がそれを阻む。 「…ぷ、はっ」 しばらくして、やっと直の唇は開放される。 ざざっ、と直は後退り、 「っせせせせんどうさんっっ!???」 と、大きな目を更に大きく見開いて仙道の方を見やる。 「すみません、手がすべってしまって。」 つい、いつもの営業用の自分が出てしまった。 我ながら馬鹿馬鹿しい言い訳だ、と仙道は思った。 いくら"バカ正直"と言われる彼女だって、さすがにそんなウソは信じないだろう、と。 …が。 「そうだったんですか…びっくりしちゃいました!」 「………は。」 一瞬、目の前の彼女は本当に人間なのだろうか、と自分らしくない低俗な想像をしてしまった。 …どこまで、"バカ正直"なのだろうか、この娘は。 無理矢理キスをされても嘘を信じ込むくらいでは、 誰かにもっと酷いことをされそうになった時にはどうするつもりなのだろうか。 …! いや、そんなことは俺がさせない………! !? "俺が、させない"、だと…? 思わず、自分で自分の言葉に驚いてしまう。 (何故、この俺がそんなことを……) と、そこで直の顔が自らの眼前に来ていることに気付く。 「どうしたんですか?仙道さん」 小首を傾げ、上目遣いで自分を見てくる彼女の何と可愛らしいことか。 近すぎる距離に戸惑いながらも、仙道の胸にはある感情が浮かぶ。 ――彼女が愛しい、と。 ……ああ、そうか、自分は彼女のことが――――… す、と自らの右手が直の頬に伸びる。 が、その時。 「オイ、何してる。」 「秋山さんっ!!」 彼女の声に驚き、ぱっと手を離して振り返ると、 そこには長身の男が立っていた。 その男、もとい秋山は殺気を丸出しにした目でこちらをにらみつけてくる。 「お前…こいつに何かしたのか。」 低く唸るように秋山は言う。 「べ、別に何もしていない。」 仙道は冷静さを保つのに必死だった。 「そうですよ!さっきだって、転びそうになった私を助けてくれたんですよ!」 …その瞬間、自分へ向けられた男の目が、ギラリと光るのを仙道は見た。 敵対するようににらみ合う、男と男の目。 すると、視界の端に子犬のように秋山の方へ駆け寄って行く直の姿が映った。 「あ…」 思わず漏れてしまった仙道の声は誰に届くこともなく、床へと落ちる。 一方で直は、秋山の側で何時間かぶりの再会を喜んでいた。 対する秋山の顔は普段と変わらないように見えて、どこと無く微笑を含んでいるようにも見えた。 そんな2人の姿を見た仙道は、妙な胸騒ぎを覚える。 …人より数倍観察眼の強い自分だ、この2人の想いなど、とっくに気付いていたはずなのに。 …気付かないふりをしていた自分が、心のどこかにいた。 それはきっと、無意識のうちに自分が彼女のことを―――… とりあえず、この気持ちは、自分の胸の内にしまっておこう、と、思った。 SS一覧に戻る メインページに戻る |