番外編
第七話終盤からスタート 美樹さやかが哄笑しながら何度も魔女に向かって剣を振り降ろしている様を、鹿目まどかは茫然と 見ていた。果たしてまどかの友人の意識は、自分の体が既に人あらざるものである事実に耐え切れ ず、崩壊に向かっていた。 さやかが、切れ味の悪い刃物を、やり場のない怒りに任せて何度も魔女に叩きつけ続ける。やが て、鈍器で材木を砕く様な鈍い音と共に魔女の肉片が飛び散った。瞬間、魔女が作った結界が魔 女の魔力と共に解けて散華したかと思うと、周囲は再び夜の闇深い見滝原の町に戻っていた。 「さやかちゃん」 魔女の血肉に全身を濡らし、肩で息をしている友人の背後に、まどかは恐る恐る声をかける。返り 血に濡れた頬を引き攣った笑みの形に歪めて、さやかは振り向いた。 見つめるまどかの前で、壊れた笛の音のような音がさやかの咽喉から漏れたかと思うと、さやかの 顔に貼り付いていた無理矢理な笑みが剥落し、彼女の目尻から大粒の涙が零れ落ちる。そのまま、 さやかは顔を覆ってその場にへたり込み、大声で泣き始めた。 「わぁあああああん!恭介、きょうすけぇえええ……嫌だよ、私を忘れちゃやだよう」 まどかは駆け寄ってさやかを抱き締めた。さやかは友人の体に縋り付いて、上條恭介の名を繰り 返しながら涕泣し続ける。佐倉杏子は居心地悪げに目を背け、暁美ほむらは無言で二人を眺めて いた。やがて魔法少女の変身を解いた杏子は舌打ちし、お菓子を頬張りながら踵を返した。 「私が此処にいても仕様がなさそうだ。じゃあな」 泣き続けるさやかをまどかが抱擁している内に、いつの間にかほむらの姿も消え、夜の闇の中に 二人だけが取り残されていた。さやかはまどかに抱擁されながらまだ嗚咽を漏らしている。まどかは、 さやかを抱きしめながら、夜の闇を見つめてさやかの声を反芻していた。 こんな体で抱き締めてなんて言えない、キスしてなんて言えない、ゾンビなんだもん、などなど…… それから先程の科白。何が問題で、何が問題ではないのか、まどかは考えた。勿論問題の焦点は、 さやかが上條恭介に恋焦がれていることだ。 どうすべきか?……かつて人類で初めて異星人の襲来を描き、時空を旅行する機械を描いた作 家が、ユーラシア大陸の北方に位置する、最も広大で後進的だった帝国を、最も広大で急進的な 帝国に作り替えた男にインタビューを申し込んだことがあったと、まどかは思い出した。 その男は、度々こう繰り返した。銃殺なしに革命は出来ない。ジャコバン主義者とならねばならな い。白手袋を嵌めず、血みどろの闘争を恐れず、ギロチンを使うことを躊躇ってはならない。専制政 治を打ち砕く為に、死の商人から毒薬や武器を仕入れることは、無条件に正しいことだ。理想世界 へ進むため、小市民的な躊躇や議会制民主主義に構ってはならない。 これらの、一種容認しがたい、人間性や対話の可能性を否定する異常な思想が、今のまどかには 良く理解できた。危機状況において手段は選べないのだ。軍の民主化は、抑止力の空文化を意味 する。 自分たちは既に死の中に生きている、とまどかは思った。巴マミ――あの優しく気高く、美しい先 輩の無残な死。まどかも、さやかも、ほむらも、あの赤い髪の少女も、魔女と関わりを持った時から、 尋常ではない世界に生きている。話し合いの存在しない世界。自分たちを戦時体制に切り替えるの が遅過ぎた、とまどかは判断した。 一切の手段を選んではならない。まどかは心に銘記した。 「さやかちゃん、聞いて欲しいことがあるの」 まどかはさやかの肩に手を置くと、真っ直ぐ彼女の眼を見つめた。 「私は、さやかちゃんが人間とか人間じゃないとか思ってないよ。ゾンビだとも思ってないし、魔法少女と も思ってない」 まどかの真意を測りかね、涙の滲む目を瞬くさやかにまどかは続けた。 「さやかちゃんがこの先暗殺者になろうが、吸血鬼になろうが、人造人間になろうが、旧支配者になろ うが、辺境の惑星で戦う女ガンマンになろうが、私にとっては親友だから。好きになるのに理由はないっ て言うでしょ?」 まどかはさやかの肩に置いた手に力を込めた。 「きっと誰かを大切に思うのって、その人がどんな仕事をしているから、とか、どんな能力があるから、とか じゃないよね。私はさやかちゃんを、今でも友達だと思ってる。だから、上條君がさやかちゃんを本当に 好きなら、さやかちゃんの魂が何処にあるかなんて気にしないよ」 「そんなのわかんないよ……」 さやかの眼に涙の粒が浮かんで来た。彼女は顔を俯かせた。さやかはマントを被った自分の体を撫 でた。まどかには人体にしか見えなかったが、さやかにとっては既に自分の体のようには感じられず、さ ながら恐ろしいまで精巧に人体を模した醜悪な機械に触れているような感覚を覚えた。 「怖いの。気持ち悪い、って突き飛ばされたら」 「さやかちゃんはとても可愛いよ。私が比べ物にならないくらいの美人だよ。それなのに、さやかちゃんの 可愛さが理解されなかった時は……その程度の男だったと考えるんだね」 さやかが俯いていた顔を上げて、まどかを真正面から見据える。 「恭介を馬鹿にしないで!」 「さやかちゃんは、自分のことを愛してくれるから上條君が好きなんじゃないよね。だって、付き合っても いないのにこんなに泣いてるんだから。だったら、もう自分のことは気にするべきじゃないよ。人間関係は 何もかも独りよがりな思い込み、自分勝手な勘違いだって……1997年の旧劇場版で言ってたじゃ ない」 さやかの頬に手を乗せると、まどかは指先でさやかの溢れる涙を拭った。まどかは公開された新劇場 版を勇敢な主人公や前向きなヒロインを拝むために三回以上映画館へ足を運んでいたが、旧劇場 版を忘れる気は毛頭なかった。しかしながら、最後の言葉はさやかには理解出来なかった。 「さやかちゃん、上條君を恨みたくなかったら私を嫌いになって。さやかちゃんが上條君を嫌いになりたく ないなら、私がその分上條君を嫌いになるから。私は私が不幸になるのも嫌だけど、さやかちゃんの気 持ちが上條君に伝わらないまま忘れられるのも嫌なの」 まどかは微動だにせず言い終えると、立ち上がって歩き出した。立ち遅れたさやかが、慌てたように 背後から声をかける。 「まどか、どこ行くの?」 「上條君のところに今すぐ行こう」 まどかは随行せずに茫然と自分を見ているさやかに振り返った。まどかは微笑んだ。 「どうしたの?私は上條君の家を知らないんだから、さやかちゃんが案内してくれないと」 夜の闇が濃さを増す中、上條邸の前に二人の少女が立っていた。 「大きな家だね」 「私も、初めて来た時そう思った」 まどかが呑気に感想を言うと、マントで体を隠したさやかが俯いて言った。自分の生まれてからの数 年間を思い返す。恭介と一緒にいたのは何時からだったか覚えていない。今から思うと、自分は恭介 にどう思われているのだろうか。恭介はさやかにとって掛け替えのない存在だが、恭介にとっては自分の 周囲にいる沢山の異性の友人以外の何物でもないのではないか? もしそうなら、恭介の腕を治すことなんか願わなければ―― 違う、とさやかは思った。もし恭介の腕が永遠に動かなかったら、自分は恭介から離れて行っただろう か?いや、恭介を見捨てはしなかっただろう。むしろ、恭介に奉仕できることを幸せに感じたはずだ。 中学校二年生で人生の幸福など理解できる筈がないと自分でも思っていたが、自分が上條恭介に 恋焦がれているのは音楽や、彼の風貌や、外見ではない、とさやかは思った。 恭介が重要なのだ。恭介が笑っていること、恭介が自由に動けること。束縛されない彼の姿。嘆き 悲しむ彼の姿は見たくなかった。それで、もし私を愛してくれるなら……尚良い。 「さやかちゃん、私は此処で待ってるから……後悔しないで」 さやかは無言のまま、地を蹴って跳躍した。彼女は瞬く間に塀を乗り越えて邸宅の中へ入って行っ た。一人残されたまどかは、闇を見つめて考え始めた。 「願い事を考えているのかい?」 キュぅべえが、闇から溶け落ちたかのように音もなくまどかの横に立っている。まどかは純白の毛皮に 真紅の瞳を持つ、声帯を介さずに発声を行うこの奇怪な美しい獣を視界に挟みながら、無言で考え ていた。 「キュぅべえ、嘘は吐かないでね」 まどかは熟慮した末に呟いた。白い獣は無感情な声で返答した。 「嘘は吐かないよ」 「本当に?」 「本当だよ。吐いたとしても、今の状況では逆効果だと思うし、疑いを含んだ願い事は中途半端なも のになるからね。聞きたいことは何でも聞いて」 この生物が人間と異なるのは生命観や倫理観だけだ、とまどかは判断することにした。結構なこと だ、と思う。良識や倫理など、何の役にも立ちはしない。死ぬ時は死ぬ。そして、役に立つのは常識 だけだ。それに、彼は自分を魔法少女に仕立てることを至上の目的としている。そこら辺のルールは守 るだろう……恐らく。 「一度の願いで複数の人を蘇らせることは出来る?」 「細かく指定してくれれば、願いを一個とカウントするよ。蘇生に関しては、僕の力は魔人ブウ編に出 て来た強化ポルンガと同程度と考えてもらっていい。一度死んだ人だろうが、何人だろうが、蘇生させ ること自体に不備はない。魔女を消滅させてくれとか、魔法少女を作る必要がない世の中にしてく れ、っていうのは無理だけどね。魔女は呪いから生まれて来るから、定期的に始末しないと駄目なん だ。おまけに魔法少女でしか倒せない」 「もうひとつ。ソウルジェムを作らないで魔法少女は作れる?」 「なるほどね。君が言いたいことはわかったよ。魂を体に残したままの魔法少女。理論上は可能だけ ど、お勧めしないよ」 キュぅべえは相変わらず無味乾燥な声を発した。 「きょうすけ……きょうすけ……」 涙声に、上條恭介は目を覚ました。彼の聞き覚えのある声だった。彼の知っている、ちょっとしつこい 女の子。だから、恭介は自分が何故か彼女に甘えてしまうことを知っていた。世に出る前に自分の人 生が破綻したと思った時、彼はさやかにやり場のない怒りを当てた。病室で、彼が恥も外聞もなく泣 いていると、彼女が自分の手を取って安心するように言い聞かせた。ところが、失ったものが失っていな かったことになったと思うと、さやかをぞんざいに扱ったことを後悔した。 彼女は自分に弱いところを見せたところがない。尋常な事態ではないだろう。上條恭介が目を開け ると、果たしてそこは病室のベッドでも、教室の机でもなく、自分の家の自分の部屋、彼のベッドの上 だった。自分の顔の上に熱を持った雫が落ちて来るのを感じる。見上げてみれば、さやかが恭介の体 の上で泣いていた。 「さやか?」 「恭介」 さやかが泣き顔で自分の名を呼ぶのを見て、恭介は不可解に感じた。理由を問い質そうとする。全 てが変だった。何故さやかが、自分を抑えられなくなっているのか? 「何で……?」 「恭介、私がここにいるのは夢だよ。本当の私は此処にいないの。今、恭介は夢を見てるんだよ…… きっと私も夢を見てるの」 伸ばした手をさやかが手に取り、涙に濡れた自分の頬にすり寄せた。さやかがしゃくり上げながら顔を 俯けたのを見て、恭介は体を起こした。自由になる手でさやかの肩に手をかける。妙に華奢だと思っ た。さやかははっきり言って、勉強より運動の得意なタイプだと思っていたが、何故か今のさやかはひどく 存在が薄弱で、脆弱に見えた。 「どうしたの、さやか」 「恭介、これは夢だよ……恭介が嘘を言ったってわかるんだからね」 さやかが拳で涙を拭った。 「夢の中の私は魔法少女なんだから」 言われてみれば、さやかは何故かマントに青い鎧のようなものを身に着けていた。今日のどのような 世界でも、史実における中世期でも役に立たなそうな、漫画やアニメにでも出て来そうな衣装……も しこれが夢だとしたら、さやかと魔法少女モノを融合させるなどという想像力が自分の中にあったことに 驚きだ、と恭介は思った。 「私ね、恭介……」 「何かあったの?」 「あなたのことが……あなたが……」 さやかが顔を覆って泣いている。涙の粒が布団の上に幾度も落ちた。恭介の前で、魔法少女の格 好のさやかは本当に捻り出すように声を発した。 「ずっと大好き……」 「知ってたよ」 事実、恭介は良く知っていた。恭介とて、木の股から生まれた訳ではなかった。普段は口が裂けて も言えないが、どうせ夢だと思うと何でも言えるような気がしてきた。歯が浮く様な言葉も言い放題 だ、と恭介は思った。現実世界で謝る時の前哨戦にしよう、と恭介は考えた。 「だから、僕はいつもさやかに甘えちゃうんだ。この前はさやかに好き勝手なことを言って、ごめん。ちゃん と謝りたいって思ってたんだ。皆が僕を腫れ物に触るみたいに扱ってた時も、さやかはいつも励まそうと 頑張ってくれたんだから」 「私、恭介が笑ってる方がいいと思ったの。だから、腕がもう一回動けばいいって思ったの。でも、私嫌 な子なの。私ね……恭介が生きているなら、恭介が音楽出来なくたって気にしない。生きていてくれ るなら。私、恭介と一緒にいられれば幸せなんだもん……私にとって、人の命は平等じゃなかったの。 私、馬鹿で、何にも知らないから……恭介が一番なの」 「ありがとう」 「恭介は……私が好き?嫌い?特別だと思ってくれてる?」 「嫌いな訳ないよ。しつこ過ぎると思う時はあるけどね」 震えるさやかを見て恭介は苦笑した。心配性なのは魔法少女になろうが夢だろうが変わらんよう だ、と恭介は思った。恭介はさやかの手を取った。 「特別だよ、勿論。さやかと話す時、僕は取り繕わないだろ?さやかは僕が一緒にいる時も、目を 気にしないでいい存在なんだ。弱いところを見せてもいいと思ってる」 「お願い、はっきり言って……」 さやかが、震えながら懇願した。恭介は笑って、さやかの両肩に手を置いた。 「他の女の子の誰よりも好きだよ、さやか」 「恭介!」 さやかが恭介の胸の中に飛び込んだ。涙と洟で滅茶苦茶になった顔を恭介の寝間着の胸に押しつ ける。さやかは恭介の胸に手を回して、強く抱きしめている。強過ぎて息が苦し過ぎると恭介は思っ た。夢の中で幼馴染の女の子をこんなひ弱な設定にしてしまって、さやかにこの夢を知られたら普通に 死ねる、と恭介は考えた。 「恭介、これは夢なの」 恭介の胸元から、さやかが涙目で恭介を見上げた。 「私を、滅茶苦茶にして……乱暴にしたっていい。もう後がないくらいキスして……」 「何で乱暴にしなきゃいけないんだ」 しかしながら乱暴するシチュエーションもどうせ夢なら悪くない、と思いながら恭介はさやかの頬に手を 寄せた。緊張と恐怖に強張った頬の感触を楽しむ。さやかは不安そうに眼を閉じている。どうせ夢だと 思うと恭介は何だか多少強引にしても良いような気がして来た。恭介はさやかを抱き寄せて、驚いて 目を見開いた彼女の唇に、一瞬だけ躊躇ってから、唇を合わせた。柔らかくて冷たい感触が唇の上 に落ちた。 いつの間にか魔法少女の服は学校の制服に変わっていた。どうせ夢なら最後までその格好で楽し ませやがれ、と恭介は思いながら、居心地悪げに縮こまったさやかの体をベッドの上に横たえた。 「昨日は君たちに一度、さやかにもう一度説明したけど、人体は非常に脆弱な器だ。苦痛を体に残 存させたまま戦うのは、機能に不良が起こらなくても精神が衝撃で破損する可能性が高いと思う」 「でも、出来るんだね」 「不可能ではないよ」 断固としたまどかの口調に、キュぅべえは全く揺るがない口調で応答し続けた。 「それには及ばないわ」 暁美ほむらが、こちらも音もなく、何時の間にかまどかとキュぅべえの間に立っていた。ほむらが自分に 向ける無言の殺意に、キュぅべえはさっさと退散した。この場で議論の余地はないと判断したのだった。 白い獣の気配が消えると、ほむらはまどかに、憐憫と憤怒の混じった目を向けた。 「何故私の言うことを聞いてくれないの?鹿目まどか、貴女は戦っては駄目」 「ほむらちゃん、昼間は冷たいって言ってごめんね」 ほむらの非難を無視して、まどかは真っ直ぐほむらを見つめて告げた。ほむらは相変わらず無表情 だったが、キュぅべえと違って瞳が揺らいだことにまどかは気付いた。 「ほむらちゃんは、私の心配をしてくれてたんだね……皆が傷付いても私が悲しまないように。ありがと う、ほむらちゃん……私、まだ何もしてないのに」 「まどか、駄目よ!あなたはそのままでいいの!私はあなたの」 まどかが何を言っているのか気付いたほむらが、卒然にまどかの肩を痛いほど掴んで詰め寄った。そし て、自分の迸るような口調に驚愕したように口元を押さえた。彼女はまどかの傍から離れた。振り向 いたときには、いつもの無表情に戻っていた。 「絶対に……魔法少女になっては駄目よ」 ほむらの姿は闇に消えた。 イヤホンを取り出し、まどかは先日購入したばかりの楽曲に耳を傾ける。どこもかしこも売り切れだっ たが、近場の時代に取り残されたような店で奇跡的に手に入れることが出来た曲だ。 『終わらない夢を見よう、君と行く時の中で思いだけが生きる全て、命を作るのは――』 まどかは音楽を流しながら、何も見えない闇を見つめる作業に戻った。さやか、ほむら、マミ――彼ら との出会い、彼らとの生活で、まどかは結論を出すことが出来た。生ぬるい停滞を甘受し、手段を選 択していた頃の自分は、どこかの魔女の結界の中へ置き忘れて来た。目的の為に手段は重要では ない……非常事態では、情け無用の思想が唯一無二の美徳となる。 マミの死、さやかの涙、ほむらの優しさが、鹿目まどかを叩き上げた。死や暴力を忌避する鹿目まど かは自分の役割がなくなったことを知り、消えた。泣き虫だった彼女の代わりに、魔法少女まどか・マ ギカが現れた。死や暴力を肯定する女だ。彼女はこれから、自分の目的にのみ仕える。自分の目的 と――それを邪魔しない限りにおいて、魔女狩りに。 恭介がもどかしくリボンやボタンを弄っていると、顔を真っ赤にしたさやかは自分でリボンやボタンを外 し、自分でスカートの中の下着も降ろした。上は下着だけになったが、スカートはまだ脱げていない。 恥じらうさやかは百万ドル以上の価値がある、と恭介は思った。さやかは紅潮した頬で顔を俯かせ た。どうも夢の中の彼女は弱気過ぎると恭介は感じた。 「変だと思わないでね」 「そんなことないよ、すごく綺麗だ」 歯の浮く様な科白も次から次へ出ることに恭介は感動した。さやかを抱き寄せると、唇にまたキスし てから、唇を頬に、首筋に、胸元に移して行く。唇を落とすたびにさやかが震えた。夢の中の僕はテク ニシャンだ、と恭介は念じ続けた。緊張と歓喜に全身を強張らせたさやかは恭介の名を呪文のように唱 え続けている。 「きょうすけ……きょうすけ……」 さやかが現実世界でも自分を慕っていることを、恭介は考えた。事実、さやかは恭介にとって特別な 存在だった。甘えを見せられる云々は嘘ではなかった。気を抜いた姿を見せても良い相手だと考えて いた。普段はついつい素っ気ない態度をとってしまうが、目を覚ましたらもっと優しくしようと恭介は思っ た。 いつまでも躊躇っているスカートに、恭介が手を伸ばすと、さやかが涙目で此方を見て来た。そして、 ちょっと躊躇してから、自分からスカートに手を伸ばした。恭介はその上に手を添えた。二人で布をさ やかの脚線に沿って引き下ろした。 途端に、恭介は自分が夢の中ではジゴロやらテクニシャンやらと唱え続けていた思考が断ち切られる のを感じた。そして、さやかの顔の方に目を移す。さやかは相変わらず不安そうに此方を見上げ続け ている。首筋に、妙な青い宝石をあしらったペンダントがぶら下がっていたのに気付く。恭介の視線に 気付くと、さやかは慌ててそのペンダントに手を寄せた。 「ごめん、趣味悪い?だったら外す」 「そんなことないよ、すごく似合ってる……」 恭介も自分の頭が呆けて来るのを感じた。引き寄せられるように肩を押さえて、またキスする。頭の 芯が熱を持って来て、思考が焼き切れるのを感じた。さやかの二の腕を掴むと、恭介は自分の体の 重みでベッドに押しつけた。 さやかの眼だけを見つめながら、ブラのホックに手を伸ばして、胸を覆っている布も引き下ろした。しか しながら、恭介は不安そうに、期待を込めるような眼を自分に向けるさやかの顔しか頭になかった。に もかかわらず、股間では痛いほど陰茎が勃起していた。さやかは顔を恥ずかしそうに覆いながら、恭介 の顔や股間に目を移していた。 さやかは恭介から顔を逸らした。頬の丸みに沿って涙が流れるのが見えた。 「恭介、来て……」 「さやか……その、君も僕を脱がせてみてくれないかな」 不安そうに恭介を見上げながら、さやかは不安そうに恭介の寝間着に手を伸ばし、言われたままに 下ろした。不安そうな彼女の目は恭介に引き寄せられて動かなかった。 「今度こそ来て」 さやかは泣き顔で微笑んだ。恭介はその様を見て、突然さやかが本当に脆弱に見えて、さやかを胸元 に抱きしめた。さやかが何故か、今にも壊れそうに思えた。冷たい宝石だけが邪魔だった。中々肌を合 わせられないせいで、さやかの激しい動悸が伝わってこないような気がした。 さやかが体を恥ずかしそうにずらして行く。淡い菫色の草叢が見えた。恭介のはやる頭は、妙に冴え ていた。さやかの頬に手を添えながら、恭介も体を進めた。妙に滑らかな先端がさやかに触れると、さ やかはまた体を縮こまるような仕草をした。恭介はまたさやかにキスした。さやかも恭介の髪や頬に手 を添えて何度もキスを返した。 さやかの中をゆっくり進んでいくと、ベッドに体重を預けたさやかは声も出さず、涙を一筋流した。恭 介は笑うと、さやかの涙が堪った目尻にキスして、唇に残った塩味を嘗めた。別にテクニシャンじゃなく ていいや、と恭介は考えた。さやかの中の感触を吟味しながら、恭介はさやかを上から抱きしめた。 「恭介……愛してる」 恭介はゆっくり、AVや官能小説で描かれるように自分の体を前後させ始めた。さやかの中を動かす たびに、さやかは涙をとめどなく流し続ける目を押さえて嗚咽を漏らした。何だかさやかを無理矢理さ せているみたいだと考えながら、恭介の陰部は熱を持っていった。やがて茎が硬直し、脈動しながら恭 介の体の中で熱を持った粘液をさやかに叩きつける。 疲弊した全身を弛緩させ、さやかの上で熱い息を吐く恭介に気付くと、さやかは幸せそうに、悲しそ うに笑った。何故恭介は何でこんな悲しい夢を見ているのかわからなくなった。 「さやか……」 さやかの顔へ手を伸ばすと、さやかはその手を無視して恭介から体を離した。全身を淫靡な汗に濡 れさせた恭介は、温かいさやかの体から離されて、突然妙な寒気を感じていた。さやかは床に放り捨 てられた制服を手に取り、一つずつ機械的に身につけ始めた。 そして、いつの間にかさやかはまた魔法少女の姿に戻っている。さやかは此方に、もう泣いていない 顔を向けた。 「恭介……ずっと好きだよ。ばいばい」 さやかは開け放たれた窓に向かって駆け出した。そして、窓の外へ迷わず跳躍する。恭介は思わず 窓に駆け寄って、縁から身を乗り出す。夜の暗闇の中に白いマントの翻る様を見たような気がした が、幼馴染の少女の姿は闇の中のどこにも見えなかった。 「まどか、待たせちゃったね」 魔法少女のさやかが、まどかの横に立っているのを見て、上條宅の門の前に蹲っていたまどかは聞い ていた音楽を止めた。まどかは一言だけ聞くことにした。 「もう後悔しない?」 「後悔しない……でも、もっと悲しくなった」 さやかは静かな口調で言った。まどかは野暮なことを聞く気はなかったのに勝手に話し始めたさやか に驚愕を覚えていた。さやかは歩調を崩さず、呟いた。 「でも何だか冷静なの。すごい悲しいのに、泣き喚く気にはならない……変な気持ち」 まどかは何も言わなかった。 沈黙したさやかをマンションまで送ってから、まどかは家への帰路を辿り始めた。まどかは今後を考え 始めた。全てが憎かった。魔法少女たちの苦痛、魔女たちを際限なく生みだす呪い、魔法少女たち を知らずにのうのうと生きる一般市民たち、それらを超越して自分を守ろうとする友人たち全てを彼女 は憎悪した。あなたが心配だ、やめて、と何時でも語りかけるほむらの優しさも。 マンションの前へ、いつもと変わらず迎えに来たまどかに、さやかは満面の笑みを浮かべた。何も言わ ず、さやかはまどかの体を抱きしめた。学校へ行こう、とさやかは言った。まどかは彼女を微笑んで見つ めた。 さやかは向日葵のような笑顔で、先ほど見た星占いの何処が気に入った、気に入らないと喋り始め た。どうでもいいような話題だが、さやかの口調をまどかは愛していた。さやかは、まどかが自分を許容 していることが嬉しかった。それは、マミがまどかを初めて自分の戦いを認めてくれた人間と考えた時に 酷似していた。 全てを祝福するような晴れた日だった。 「さやか、まどか、魔女だ」 白い獣がいつの間にか現れて告げた。キュぅべえは感情を交えない柔らかな声で続ける。 「ここ数週間、この島国ではかつてないくらい呪いが満ち満ちている。それを吸収したらしい。魔女は見 たことがないくらい強大な魔力を纏っている。油断しない方がいい」 さやかは通学路の途中で、黙って鞄を下ろした。 「まどか、今日はついて来ないで」 「さやかちゃん、上條君は」 「大丈夫」 まどかにさやかは微笑した。もう、さやかは何も怖くなかった。さやかは友人を守るために戦うことを 願った。一閃の光と共に魔法少女の装束を纏うと、魔法の光を受けて歪んだ周囲に、怨嗟に満ちた 唸り声のようなものが鳴り響いた。奇妙に歪んだ、地の底から、海の底から、星辰の果てから喚き声を 上げるような悍しい声―― 「な……何これ!?」 人間のものとも思えぬ唱和に狼狽えるさやかと、無言で周囲を見回すまどかの前で、キュぅべえは相 変わらず無機質で柔和な口調で告げた。 「原因はわからない……でも此処数週間、恨みや妬みが凄絶な勢いで増加している。魔女はそれを 吸って普通ではありえない強さを所持するようになったんだ」 奇妙に歪みながら結界の遥か彼方へ伸びている階段を、キュぅべえは昇って行った。そしてさやかた ちを見下ろして声を続けた。 「まずい傾向だ……今の内に退治しないと、犠牲者は普通じゃ考えられない状況になる」 「さやかちゃん」 「まどか、任せて」 さやかは友人を抱きしめた。戦う理由はそこにあった。親友を守る為に、さやかは戦う。恭介のことは ――もういい。自分じゃない誰かが、恭介を幸せにしてくれる。恭介が生きているなら、他のことを諦め たっていい、とさやかは考えた。さやかはまどかの額にキスした。 「あんたを守るからね、絶対」 さやかはユークリッド幾何学ではありえない角度に曲がりくねる階段を駆け上って行った。 見覚えのある魔女の結界だ、とさやかは思った。雑多に散らばるお菓子や、病院で使うような器具 の数々。あの恐ろしい魔女を思い出した。魔女狩りが遊びではないことを教えてくれた優しい先輩を、 一瞬で奪い去った魔女の結界を。 さやかが魔女文字を読むことが出来れば、結界を各次元の断層ごとに接続する扉に、『Charlotte Dunois』と書いてあることに気付いたかもしれない。さやかを先導しながら、背中に赤い印を頂いた獣 は無機的な明るい口調で喋った。 「神仏習合って知っているかい?」 「何それ」 「日本では、牛頭天王とスサノオを同一視したり、音読みしたら同じだって理由で、大黒天と大国主 が同一視されたりしたんだ。大黒天はインドではマハー・カーラっていう、大国主命とは無関係な名前 なのにね」 さやかが足を止めた前で、一際大きな扉が開いた。 「何が背景にあるのかはわからないけど、一度倒されたはずの魔女の名前が大変な熱意と一夏に対 する嫉妬を以って唱和されて、新しい力を備えて復活したみたいだ……僕からは、セシリアたんは僕 の嫁ってことしか言えない」 キュぅべえが意味のわからないことを言う前で、人形遊びに使うような形の巨大な机が中空に現れ、 ままごと遊びを待ちかねているような仕草で床に舞い降りた。その頂点には、玩具の世界の女王のよう にぬいぐるみのようなもの――魔女が鎮座している。 「あいつは!」 さやかが憎悪をこめて呻いた。恨んで余りある、マミを葬り去った魔女だった。ただし、毒々しいワイン レッドの耳は今では明るい黄色に変わり、一見無害そうに見える顔はピンクから抜けるような白に変 わっている。魔女Charlotte <+Dunois>は、ぬいぐるみの女帝の如く無邪気に、無慈悲にさやかを見 下ろしていた。 さやかはマントの裾を振るった。剣が次々と墓標の如く床に突き立つ。体内から沸き上がる兇暴な 歓喜を押さえつけ、剣を手に取ったさやかは殺意を目標へ収束する。手に取った剣を取ると、さやか は前身のバネを唸らせ、ダーツの如く剣を投擲した。ぬいぐるみの形を、冗談の如く刃の鋒鋩が貫通 する。 刹那、足元から襲いかかって来た巨大な白い顔の禍々しい姿を、さやかは忘れていなかった。白粉 を塗ったような顔、道化師のように狂気じみた極彩色で描かれた模様――前と違っているのは、鮮 烈な赤と青のアクセントを添えていた角の代わりに、可憐な三つ編みにした豪奢な金髪を尾の如く引 き摺っていることだろう。澱みない闇の色をしていた大蛇のような胴体には、機械的な部品が幾重に も巻きつけられていた。 胴体に備え付けられた砲塔が輪転し、さやかを照準する。 さやかは舌打ちし、結界の壁を蹴飛ばして中空で軌道を捻じ曲げる。武器に詳しくなくても、形状 でどのような用途で使われるか理解できた。Charlotteが次々と放った光の砲撃は結界の中の家具を 片端から破砕していった。魔女は機械化された胴体を蠢かせ、面白そうな笑顔でさやかを追撃した。 魔女の背中のハッチが開くと、魔女の顔が弾頭に描かれた幾重ものミサイルが飛び出して来た。 ミサイル群は曵光を放ちながらさやかに襲いかかった。無邪気な殺意に満ちた驟雨を、さやかは床 に降り立って渾身の刃の一閃を以って薙ぎ払った。しかし足元に着弾した一発が爆風でさやかの体 を虚空高くに舞い上げる。さやかは残骸に全身を打ちつけながら落下した。 打撲の痛みに震えながら、さやかは呻吟した。マミのことを考える。骨のあちこちに亀裂が刻まれ、砕 かれていた。しかしさやかは立ち上がらなければならなかった。恭介が自分を見てくれなくても、まどか や皆を守る為に戦わねばならなかった。誰からも感謝されず、一人で魔女を退け続けたマミを思い浮 かべる。誰より優しく、綺麗で、紅茶を淹れてくれて、憧れのマミさん。 痛みを遮断しろ、と念じる。神経の活動を抑制するんだ!この体は……私の体じゃない! 魔女が杭のような牙を見せながら突進してきた。魔女の機械化された胴体を、見覚えのある爆風 が跳ね飛ばした。魔女は驚いたように軌道を逸らして天高く舞い上がる。立ち上がろうとするさやかの 前に、長い黒髪を靡かせた少女が降り立った。 「余計な、ことを……」 「あなたを助けた訳じゃないわ。私は、鹿目まどかを守りたいだけ」 降り立ったほむらは、新しい獲物がどのように抵抗するのか楽しそうに見ている魔女を睨み言い捨て た。さやかが立ち上がりながら、治りかけの腕で剣を構えた。ほむらはさやかに相変わらず顔を向けず に言った。 「まどかは私が守る」 「そう。今から私は、魔女の隙を狙って駆け回る」 「別に協力してなんて頼んでない」 「私も、貴女に協力する気なんてないわ。私を利用したければ好きにすれば。それと」 ほむらが振り向いた。 「痛みを感じないようになるのはやめなさい。感覚が鈍るわ。他人の痛みにも無自覚になる……私み たいに」 ほむらは駆け出した。その姿は消えたり、突然現れたりする。魔女はしばらく目を瞬いてそれを追って いたが、楽しそうに笑うと、砲塔と砲台を一斉に発射した。ほむらの魔力を遥かに凌駕する威力の紅 蓮の業火が一帯を乱舞する。 さやかは周囲を見回した。あの正体、正体さえ始末すれば、あの魔女は――! 教室で、まどかは考えていた。自分が、力を手にする瞬間を。彼女の力で一切合財を解決する時 を。ほむらとさやかが来ていないということは、さやかの戦いが長引いていて、ほむらもその様子を見てい るか、加勢しているのだろう。ほむらの優しさは、既にまどかは痛感していた。 そして、恭介も周囲を見回していた。さやかに会って、自分がどれだけさやかを大切に思っているの か言明し、退院すると伝えられなかったことを謝って驚かせたいと思っていた。ところが、ホームルームに も、一時間目にもさやかは現れなかった。 恭介がさやかの席に何度も目をやる様を志筑仁美は眺めていた。どうやら、自分の言ったことはしっ かり効果を発揮したようだった。恭介のことは少し残念だが、友情を尊重出来たことを仁美は喜んで いた。自分は卑怯者にならなかった。まどかとさやかを仁美は親友と思っているのだ。 恭介が一時間目を終わった時、窓の外を見ているまどかに近付いて来た時も、遅過ぎるくらいだ、 とまどかは思った。 「鹿目さん、さやかと仲が良いよね」 「うん、上條君」 「さやかは今日――」 「邪魔するぜー」 教室に突如現れた闖入者に、教室の生徒たちの視線は釘付けになった。餡パンを貪っている佐倉 杏子――食事が大好きな、赤毛を高く結い上げた少女が、まどかと恭介を入口の所から見ていた。 杏子は教室の中に堂々と入って行くと、恭介の腕を取って強引に歩き出した。松葉杖なしに立たさ れた恭介が呻き、恭介の友人たちが抗議の色を込めて杏子の前に立ち、その眼光に気圧されて退 却する。 杏子は恭介の方を見ないまま言った。 「会わせてやる」 「え?」 「あのさやかとかいう女にだよ!お前は今すぐ会うべきだ」 恭介の眼に光が灯る。まどかは、二人の後を追って立ち上がった。杏子は振り返らないまま、まどか に向かい鋭い声を放った。 「ついてくんな」 「私はさやかちゃんの友達だよ」 「あいつは一般人を巻き込みたくないと思ってるし、お前はあいつや私と同じものじゃない。こいつみた いに絶対に奴の戦いを見るべき人間でもない」 「そうでもないよ」 即答したまどかの声の冷たさに、杏子は目を瞬いた。 「どういう腹蔵――」 「いいじゃないか、杏子」 白い獣が、教室の後ろに座っていた。誰にも聞こえない声で杏子に語りかける。胡散臭そうに杏子 が睨みつける前で、キュぅべえは嬉々として言った。 「予備兵装と思えば」 事情を話したせいか、キュぅべえの口調は更に素っ気ないものになっていた。杏子はキュぅべえの倫理 観にも生命観にも吐き気がしていた。さやかとかいう女のせいだ、と思う。奴に下らない思い出話をし たせいで、一般人を容赦なく切り捨てるジャコバン主義を杏子ですら抑えがちになってしまった。 学校を駆け出し、人通りの少ない並木道に辿り着く。杏子はブローチを取り出すと、中空に掲げ た。忽ち奇怪な階段やドアの姿が露になる。異様な光景に愕然とする恭介に、杏子は静かな口調 で言った。 「これは魔女の結界だ。この町には、魔女っていう化け物がたくさん潜んでいて、一般人を殺そうと狙っ てやがる。私やお前のあの女は、この白い饅頭と契約して力を得た魔法少女だ。魔女を狩り殺すこと を任務とする」 「何でそんなことを」 「お前の腕を治すためだってよ」 杏子は茫然と呟く恭介に、出来る限りのぶっきらぼうな口調で言った。 「私は止めたんだ。一回しか願えない願いは自分の為に使えってな。でもあいつは、お前が笑ってる 方がいいってよ。魂を抜かれて、体は飾りになっちまうことも知らずに」 恭介の顔から血の気が引いて行く様を、杏子は振り向かずとも感じ取り、さやかを羨ましく思った。そ の気持ちを奥深く沈め、杏子は続ける。 「お前はあいつの戦いぶりを見るべきだ。見る気がないなら、その腕もぎ取ってやる」 「何で見ないと思うんですか」 怒気を込めて言うと、恭介は松葉杖を突いて階段を上がろうとし始めた。よろけて倒れる恭介を杏 子が支える。杏子は一回も恭介を見ようとしなかった。恭介に合わせて、ゆっくり階段を昇り始める。 「魔女の部屋に付いたら隅っこでじっとしてろ。お前に死なれたら私はあいつにぶっ殺される」 まどかは二人の後を随行した。キュぅべえが面白そうにまどかの表情を見ていた。 「とどめ!」 隠れるように座っていたぬいぐるみを探し当て、さやかは渾身の力を込めて剣を突き立てる。傷口を 広げる為に、さやかは剣を捻り回した。ぬいぐるみの姿が引き裂かれてバラバラになる。さやかは憎悪 に満ちた叫びを放った。 「マミさんの仇だ!」 飛び散った生地を踏みつけながら、さやかは兇暴に喚き散らす。怒りに満ちた目を上に向け、長い 黒髪の協力者の姿を探す。 「転校生!勝ったよ!」 ほむらは――魔女の長い胴体に絡め取られていた。愕然とその姿を見つめ、さやかは思い出したよ うに次の剣を構える。意味がわからなかった。マミさんの時は―― 「何で」 ほむらの体を、魔女が振り被って投擲した。長い黒髪を靡かせてほむらが落下する。とたん、さやか の背後からもう一体の巨大なCharlotteが姿を現し、手術用メスや鋸で武装した尾を打ち振るった。 中空でほむらと跳ね上げられたさやかは激突し、悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。 「そんな馬鹿な」 さやかが血まみれで呻く横で、ほむらが呻く。魔女の姿は今や五つ、六つ、七つと増え始めている。 ほむらは彼女にしては珍しく悔しげに呟いた。 「どれが本性なの」 呻吟する魔法少女たちを貪ろうと、蠕動しながら8つの魔女が襲いかかった。赤く長い髪を翻らせ て、槍を持った影が立ち割り、Charlotteの銅を打ちのめし、切り伏せ、鼻面を蹴飛ばして、さやかとほ むらの前に立ち塞がる。杏子も、ほむらのように後ろを振り向かずに言った。 「またピンチかよ、お前」 「うるさい」 素っ気なく顔を背けるさやかに、杏子は無感情に言った。 「客だ。観客意識して、負けんじゃねえぞ」 茫然とした顔の、血の気の引いた少年が、悲しそうにさやかを見つめている。さやかは荒い息をしな がら、一瞬自分が幻覚を見ているのかと思ったが、恭介が頬に手を伸ばすと、その手を血に濡れた手 で握り返し、呆気に取られたような表情を浮かべた。 「恭介」 「さやか、どうして言ってくれなかったんだ?」 震える足を踏み出そうとする恭介。倒れた彼をまどかが支えたが、彼はさやかに手を伸ばそうとする。 それを見て、さやかの顔が、泣き出しそうに引き攣り、目元を隠すように顔を逸らすと、上空に向かい 剣を構えて足を踏みしめた。彼女は切り込み隊長のような仕草で自然に言った。 「行くわよ。手伝って」 「佐倉杏子だ」 横で槍を振り回しながら杏子が言った。さやかは、魔女たちがもう怖くないと感じた。 「杏子、私は美樹さやか。転校生、まどかを私と一緒に守って」 「勝手にすれば」 三人の魔法少女が舞った。魔女たちは笑顔で、時々驚きながら彼女たちの後を追った。三人の少 女が土壇場にしては奇跡的なチームワークを発揮した。Charlotteは一度、お互いに体を絡め合って 動けなくなった。ほむらは瞬時に周囲を散策し、あのぬいぐるみに似たものを探し、爆破して回った。し かし魔女たちに効果はなかった。 魔女の一人が胸元から丸い球体を撃ち出した。球体は景気の良い音を立てて爆発し、周囲に極 細の針を解き放った。鋭く細い殺意が周辺に撒き散らされた。さやかはまどかと恭介の前に立ち塞 がった。マントに次々と穴が開き、さやかが涙を流して痛みに耐える様をまどかは見ていた。ところどころ に突き立った釘が、肌の色を透かして兇悪な様相を見せていた。 さやかの血の雨を浴びた恭介は、気持ち悪いとか、汚いとか思う前に、何で自分はこんなに役立た ずなんだと考えた。音符を読めることが出来ても、楽器を誰よりも精巧に演奏しても、目の前の少女 に襲いかかった災厄を防ぐことが出来なかった。 「さやか……ひどい傷だ」 震える手を伸ばすと、さやかは筋を金属片で貫かれながら踵を返す。 「恭介、まどか、私は絶対にあんたたちを守る」 まどかの心の中で憎悪が渦を巻き始めた。戦いは消耗戦になりつつあった。何列にも立ち並ぶカッ ターがほむらの頬を抉り、凄まじい力で突き返された槍が杏子の太腿を貫通し釘付けにした。さやか は逃げ回っていたが、大量のガラスの破片を投げつけられた瞬間、ピンで標本に止められた蝶の如く 磔にされた。 三人の少女は、悲鳴を上げなかった。顔を拭い、歯を食い縛って槍を引き抜き、二人がさやかを床 に抱き下ろす。その様に、Charlotteは大喜びでミサイルの驟雨を浴びせかけた。轟音、爆風、血の 飛沫。 憎悪がまどかを塗り潰して行く。世界の全てを焼き尽くしてもあまりある怒りがまどかの拳に宿った。 自分を庇おうとする友人たちを、まどかは憎悪した。彼等を排除することを考えた。まどかがゆっくりと 立ち上がった。 「キュぅべえ、私の願いを叶えて」 さやかの許に駆け寄ろうとするのを抑える恭介は、背後の少女と獣のやり取りに全く気付いていな かった。 「何?」 「魔女に関わって死んだ人たちを元通りにして。死んだ人は生き返って、魔法少女はソウルジェムを元 通り体の中にあるように」 「解釈によっては三つになるね。頑張って一つ目の『元通り』ってのを細かく規定したものだ。いいだろ う、昔インドで“朝、昼、夜に、人でも獣にも殺されない体”っていう願いを叶えたことがある」 「それから、前に言ったように、私の魂はこのままにして」 「それはやり方であって、願いじゃないからね。構わない。ただ、君は前にも言った通り、非常な才能が ある。その才能が、普通のやり方より落ちるかもしれない」 まどかは瞑目した。 「これまで戦わなかった罰だと考える」 焦げ跡や血で汚れたほむらは、愕然と呟いた。 「そんな馬鹿な」 ソウルジェムが突然に輝きを失い、一瞬で散華するように消えた。続けて三人の魔法少女の変身 が解け、制服姿のさやかとほむら、私服の杏子が崩れ落ちる。突然姿が変化した獲物を、飛行する 魔女たちは怪訝そうに眺めていた。しかし、見ている内に少女たちの危険性が薄いと魔女は判断し た。魔女が一人、口腔を開いて滑空して来た。 ほむら、さやか、杏子が悔しげに顔を歪めて睨みつける。ほむらが、さやかが、彼女たちの守るべきも のを守る為に、最後の力を足に込めようとした。 魔女の機械化された胴体に、光の矢が突き立った。魔女の分身の一人は、きょとんとした顔を浮か べたかと思うと、続けて幾重にも放たれた光の矢に貫かれる。魔女の分身が一つ、圧倒的な力に捩 じ伏せられて消滅した。 杏子が、さやかが、ほむらが、蒼白な顔で背後を見据える。花弁のような衣装を纏って、巨大な弓 を構えて屹然と立つ少女の姿を見て、ほむらが世界の破滅を見たような顔で呟いた。 「何てこと」 あってはならないをほむらは見た。まどかが魔法少女になっていた。 まどかは全身を包む魔力の光と匂いに胸が噎せるようだった。まどかは全身に力が漲り、張り詰めて いるのを感じた。キュぅべえが契約の瞬間に言った。願いへの渇望やそれに対する執着が強ければ強 いほど魔法少女の強さに直結すると。 マミは失われつつある命への執着が強かった。杏子は理不尽な世界が不正に満ちていると思ってい た。全ての自分を取り巻くものに対する、不正を是正すべきだという考え。まどかにこの考えは―― あった。自分を庇おうとして傷を負う友人たちの姿に対する憎しみ。一向に絶えない魔女を生みだす 世界への憎悪。意図的に説明を省いたキュぅべえの価値観に対する怨念。倒れた魔法少女たちに 気付くこともない全ての世界への忿怒。これは特に重要だった。魔女を、魔法少女を、魔女の口づけ を受けたことを忘れるか、受けることもなくのうのうと暮らす全ての人々に対する、燃え盛るような嫉妬、 復讐心。 キュぅべえはまどかの素質を存分に引き出したと言える。創造の願いと破壊の望みを兼ね備えた少 女は、最高の素材として開花したと考えた。魔法少女まどか・マギカはまどかの仮面を脱ぎ棄てた。 魔法少女のまどかは容赦をしないと、世界の全てに思い知らせたかった。まずはこの優しく、無力で、 哀れな友人たちと――憎むべき魔女に。 まどかは無言のまま、殺意を込めた鏃を投擲した。一撃でCharlotteが一体破裂し、尾を矢の軌 道に薙ぎ払われた一体は臓腑を晒して墜落した。まどかは太古に彫られた石造の女神像の如く無 言のまま鏃を放った。 Charlotteは残った分身を一体に纏めると、まどかの矢を引き寄せ、かわし始める。まどかの射撃を いなしつつ、魔女は段々動きに追い付いて来た。魔女の笑みが亀裂のように広がり、中空に手品で 使うような花弁を残して姿を消滅する。卒然にまどかの背後に巨大な魔女が現れ、牙の並ぶ口腔を 開いた。 ミサイルの驟雨がまどかを中空高く跳ね飛ばした。花弁のようなドレスの端々が破け、敗残兵の旗 じみた襤褸と化す。まどかは歯を食いしばって立ち上がり、突進して来た魔女をその弓で殴り伏せた。 魔女はわざとらしい悲鳴を上げて体をくねらせる。 吃驚箱のように分裂したCharlotteが現れる。鋭利な刃の連なる舌がまどかの背を愛撫し、血飛沫 が高く舞い上がった。 「一人じゃ無理だ」 Charlotteに打撃を与えながら、段々と二方向から攻められ始めているまどかを見つめて、さやかが 拳を握りしめた。ほむらが胸元で手を握り締めながらキュぅべえに目を落とした。 「何故ソウルジェムが消えたの」 「まどかが願ったことは、魔女によって死んだ人たちを元の状態に戻すことだってさ。魔法少女はソウル ジェムを体の中に、死んだ人は死ぬ直前の状態で」 「じゃ、じゃあ私たちは今普通の人間ってことか!?」 胸元に杏子が手を寄せた。喜色満面に言ってから、愕然とまどかの後ろ姿を見つめる。 「……てことは、あいつを助けに行かれねえってことじゃねえか!」 丸い鋸が胴体から打ち出されて、まどかを薙ぎ払った。まどかは血だらけになりながら転がり、面白そ うに向かってくる魔女に再び鏃を投擲する。鏃を避けた魔女は、胴体でまどかを打ち据えた。水気を 含んだ破砕音が響き渡る。しかし、まどかは声を出さず立ち上がり、渾身の拳を魔女の眉間に撃ち 込む。魔女の牙が胸元を抉った。 「まどか!感覚を制御しろ!」 さやかが叫んだ。ほむらに何を言われようとかまわない。まどかの痛みを軽減したかった。キュぅべえは 相変わらず静かな口調でその声を否定した。 「無理だよ」 「まどかは、ソウルジェムを体の中に抱えて戦いたいってさ」 「じゃあまどかの痛みは……」 さやかが茫然と呟き、忽ち顔から血の気が引き始める。まどかはさやかの声を無視して立ち上がり、 矢を放つ作業を再開する。魔女の一撃で首がねじ折れたが、まどかは次の弾を装填して撃つ作業を やめなかった。 魔女は倒れても向かって来る玩具が面白かった。だが、自分が隅に隠れている四名を忘れていたと 思い出し、楽しそうにまどかの友人たちへ顔を向け、全身のターレットを回転させて光の砲撃を放っ た。 まどかは、四人の前に立ち塞がり、自分の体を死の光に浴びせかけた。睫毛が燃え、鼻が熱で溶け て流れ、全身が焼き尽くされる。しかし、屑折れてから立ち上がった時には、その体は再生している。 返礼に放った矢はCharlotteの遥か下を空しく通り過ぎた。 「逃げよう、まどか」 「さやかちゃんこそ逃げて」 まどかの声は鉄のように冷たかった。 まどかが走り出した。ほむらが伸ばした手は届かなかった。 その様子を見て、Charlotteの体から回転する鋸が二つ突き出て来た。まどかを寸断する一位置 だ。朦朧とするまどかの頭に刃が迫り、上空からの銃火の一撃によって地面へ縫い止められ る。Charlotteは邪魔者の姿を確認して、きょとんとした表情を浮かべた。 その姿は、まどかにも、さやかにも、ほむらにも、杏子にも見覚えがあった。 「ソウルジェムが見つからないけど、変身は出来るみたいね」 黄色いリボンを爆風にたなびかせ、破壊された残骸の上に魔法少女が一人、立っていた。スカートを 揺らせて、マスケット銃を構えた彼女は舞い降りる。さやかが茫然と呟いた。 「マミさん……」 マミは傷だらけのまどかを抱き起こす。マミはまどかの前髪を優しく撫でた。 「ありがとう、鹿目さん……あなたの声が聞こえたわ」 「マミさん、何で……?」 「まどか、君が願ったんじゃないか」 方針するまどかと彼女を抱えるマミに、キュぅべえが心外そうに言った。 「死人は生き返らせろ、魔法少女はソウルジェムを体の中に、って。変身能力も取り上げろなんて一 言も言っていなかったよ。全く訳がわからないよ」 「え……?」 目を瞬くまどかの額に、マミが心から愛情を込めてキスした。そして、まどかと魔女の間に進み出る。 マミはCharlotteに微笑すると、ベレー帽を振るって大量の猟銃を床へ突き立てた。 「後輩がお世話になったわね。ついでに私も」 八重歯の印象的な少女が、満面の笑みを浮かべて飛び出し、赤い光を纏った。短髪の少女が跳 躍し、どこかから現れた剣を手にして降り立つ。長い黒髪の少女の左手に籠手のようなものが現れる と、制服が黒い装飾の印象的なドレスに変貌する。彼等はまどかと魔女の間に凛然と立った。 「あいつにさっきまでの借りを返したいだけだ」 「まどか、私たちなら最強のコンビだよ!」 「貴女を守る。何があっても」 「油断しちゃ駄目よ、皆」 冷静に言うマミの背後で、まどかが立ち上がった。 「皆……私は一人でも戦えるよ」 「ふん。ムカつくがさっきの見てりゃ良くわかるぜ」 槍を振るって、赤いドレスの少女が一陣の風となって魔女の周りを駆け巡り、次々と刃を切り込む。 魔女が茫然とその速度に翻弄され、忽ち傷だらけになる。 「友達に迷惑をかけるだけなんて、女が廃るよ!」 両手に剣を手にして、青い鎧の少女が魔女の両目を切り潰した。突き出した砲塔が無差別に周 囲を吹き飛ばそうとする。その様を見逃さないものが一人いた。 「こうなった以上、少しでも役に立ちたい」 エネルギーを解き放とうとした砲塔が爆裂し、魔女が口や全身から紅蓮の炎を噴き出して苦悶し た。コントロールを失って悶える魔女を、白銀の銃口が捕捉した。 「終焉の一撃を貴女に。ティロ・フィナーレ!」 魔女が爆裂する。少女たちが一斉にまどかを見た。まどかは目を閉じ、魔女の体内に満ちる呪いの 循環を読み取る。周囲に渦巻く怨嗟、憎悪、破壊衝動を収束させる一点。その形は、憎んでもあま りある、あの可愛らしいぬいぐるみの姿…… まどかが目を開け、虚空に向かって矢を投擲した。光の矢が、結界を切り裂きながら一点に向かっ て突進する。そして、まどかが目で見ずして見た正体を寸分違わず貫いた。Charlotteは粉々に砕け 散り、何物も残らなかった。 「やったあ!」 さやかが飛び跳ねて恭介に抱きつき、顔を真っ赤にして離れる。マミがまどかの髪を優しく撫で、まど かに感謝されたほむらが顔を背ける。その様を杏子がからかい、ほむらが顔を真っ赤にする。 「君たちは最高の素材だね」 五人を称賛するキュぅべえに、マミの鉄拳が突き刺さった。 見滝原町は、五名の魔法少女が守り続けている。恐らく世界には、まどかが願ったように魂を取り 出されないやり方で魔法少女にされる少女も残っていることだろう。だが、まどかたちがいる限り、この見 滝原町でだけは、そんな不幸が起こりはしないし、目についたならまどかと友人たちは出張するつもり でいる。まどかの望みは、世界から自分たち以外の魔法少女を出さないことだ。 「美樹さんの彼氏の演奏会ですって?」 「マ、マミさん、声が大きいですよ」 「普通だったわ、さやか」 「ほむらもうっさい!」 「音楽なんて音ゲー以外興味ねえよ!クラシックなんて眠気がするぜ」 「杏子ちゃんは、早くお父さんや妹さんとお出かけに行きたいんだよね」 「ちがわい!」 「いいですわぁ……やっぱり女の子同士が一番絵になりますわね」 「本日の演奏者の最も重要な一人、上條恭介君が訓示を述べたいそうです」 「御来場のみなさん、僕は事故に遭い、もう二度とバイオリンを引けないかもしれないと言われました。 でも、ある女の子が僕を助けて、諦めないようにしてくれました。今の僕はその子の為に生きているんだ と思います……さやか、ありがとう。大好きだよ」 唖然としているさやかにスポットライトが当たり、拍手が真っ赤になったさやかを覆い尽くす。その様を 見て、恭介は果てない闘争を駆け抜ける少女たちの為に演奏を始めた。 魔法少女まどかマギカ劇場版(嘘) 『見滝町大爆発!!ぶっちぎりバトルマジカルエンジェルズ』完 SS一覧に戻る メインページに戻る |