彼女の傷
番外編


仕事から帰ってみると家の電気がついてない。普段この時間になると漂ってくる手料理のいいにおいも感じない。
ははあ、これはいつものあれだなとさっと分析しつつダイニングへ進入、そろっと電気のスイッチを押す。
ぱっと蛍光灯が暗闇を払うと、入口からでは目立たない場所、部屋の隅っこで案の定マミが自分の肩を抱いて小さく震えていた。
ああ、これは重症の部類だな…思いつつ足音を出来るだけ立てないようマミに近付くと、そっと、壊れものを抱くように、優しくその肩に触れた。

「っ!?…あ…あぁっ!○○っ!○○ぅ!!」

瞬間、マミはびくりと体を大きく一度跳ねた。
顔を上げ、自分に触れたのが何者かを確認した彼女は、その小さな体の緊張を解き、こちらに飛び掛るようにして抱きついてきた。
顔を胸に埋め、泣きじゃくる彼女をそろりと抱き、その言葉に耳を傾ける。

「ああ、○○、どこにいってたの、心配したの、本当に、怖かったの、嫌、一人にしないでって言ったのに、いや、嫌、一人は嫌、いや、いや、いや…」
「大丈夫、大丈夫だから、僕はここにいるから。落ち着いてくれ、マミ」

錯乱して途切れ途切れに台詞を繋ぐ彼女の背中を摩りながら、少しでも落ち着かせよう諭す。
あまり効果が無いのは分かってる。いつもそうだ。こうなってしまうと時間が経つのを待つしかない。

「鹿目さんも、美樹さんも、私を置いていっ、いて、いってしまったの。もう一人にしないで、お願い、お願いだから…!」

鹿目。美樹。同じく魔法少女だったという彼女の仲間の名前。
話は聞いていた。心から信頼して、頼れて、大好きだったふたり。ひとり彼女を置いてどこかへ「いってしまった」らしい。
…「いってしまった」というのがどの意味でなのかは僕にはわからない。マミはそれを語ろうとはしない。

「いかないよね?いなくならないよね…?あなたは、私を…」
「しない。一人になんて、絶対にしないから」

今や彼女はひとり、無為に呟いているだけだ。僕の言葉は届いていない。
いつになったら彼女の傷は癒えるのか。結婚して早数年、この発作が治まる気配は今のところ無い。
時計を見る。もう夜も遅い。この調子では夜明けまで泣きやむことは有るまいと、気取られないように小さくため息を漏らす。
切れかけの頼りない明りの灯る部屋に、マミの嗚咽はいつまでも響いていた…






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