千秋真一×野田恵
![]() CDから流れる心地良い音楽。 のだめと千秋は久々に夕食後の時間を一緒に過ごしていた。 千秋は笑ってのだめの額を軽く小突く。 「で?これ何十個あるんだ?わけのわからないオタクサイトで買い物なんかするからだ。 お前本当にアホだな〜…」 のだめ達が座るカーペットには、プリごろ太のフィギュア数十個が散乱している。 しかも、無着色の劣化版ばかり。 どうやらフランス語を誤読したのだめが、 破格の値段で購入できたと喜び勇んで開封したダンボールの中身がこれだったらしい。 「むきゃ!アホじゃないですよ〜?」 言い返したのだめだったが。 「…先輩、なんか変デスよ」 のだめは唇をとがらせて不審気に呟いた。 「なにが?」 「絶対変デス!…さっきからずっとにこにこして」 「いつも仏頂面みたいな言い方するな」 「ワインそんなに飲んだワケでもないのに……」 確かにいつもが優しくないわけではないが。(むしろ非常に甘やかしているのだが) そのいつになく優しい雰囲気の千秋に、 のだめはくすぐったいような甘やかな気持ちになってしまうのだった。 千秋の唇は薄く開かれ、やわらかく微笑みの形を取られている。 そう、夕方合流した時から、ずっと。 「ぼへぇー…やっぱり変……。せ、先輩が優しい……」 「…失礼な……。オレ様はいつも優しいだろーが」 むうう…とのだめが頬を膨らませても、千秋は軽くあしらうばかり。 それは昨日今日に始まったことではなかったが。 「のだめ……」 その声は、低く、柔らかく、cantabile<歌うように>。 dorce<甘く>、慈しみに満ちていて。 千秋は優しく目を細めて微笑んだ。 唐突に向けられたそのあまりにも愛情溢れる千秋の様子にあてられ、 のだめは頬を染めて反射的に後ずさった。 ドンッ! 「ぎゃぼ!」 勢いよく壁に背中を打ち付けたのだめは唸る。 「バカ、なにやってんだ…おい、大丈夫か」 のだめが涙目で顔を上げると、間近に迫った千秋の顔。 「だだだいじょぶデスヨ!ご心配なくデス!」 のだめは身体の前で大きく手を振ったが… バシィッ その手があまりに大振りだったので、覗き込んだ千秋の顎にヒットしてしまった… 「う……」 「ご、ごめんなさいデス…だいじょぶですか?」 今度は千秋が眉間に皺を寄せて唸る。 「…ご、ご心配なく…デスか…?」 さすがにのだめはマズイことをしたと焦ってひきつるが。 「のだめ、何か冷やすもの取ってきマス……」 しかし千秋は、立ち上がりかけたのだめの腕を取った。 「あー…、もういいから、お前はここにいろ。…ったく……」 労わりと申し訳なさが同居したような複雑な表情ののだめは、しゅんとなって正座してしまう。 「…ったく、お前は……。アホで変態で……可愛いんだからな…」 「…へ?」 途端に声が上擦ってしまったのだめに、 少し赤くなった顎を痛そうに撫でる千秋は、呆れたように、しかし可笑しそうに微笑む。 「折角オレ様が、やっとソノ気になったっていうのに殴るし…」 「そ、ソノ木って何の木デスか先輩……」 再び頬を染めたのだめは、千秋の言う意味を想像して、つい語尾が小さくなってしまう。 千秋はちょっとバツの悪そうな顔で、のだめから視線を外しながら言った。 「言っとくけど、今夜はお前、隣の部屋帰したくないからな」 「今夜…ず、っと…デスか……?」 言いつつ、その意味がなんとなくわかってしまって、けれどわかってはいけないような気がして。 真っ赤に染まる頬を背けてしまうのだめ。 初めてキスした日から約2ヶ月。 今までも、こんな雰囲気になったことは幾度かあった。 けれど、お互いに生活が忙しい上、 今更どう仕切り直したらいいのかわからない気恥ずかしさもあって、 なんとなくタイミングを逃してしまっていた。 加えてのだめは今まであれだけモーションをかけていたにもかかわらず、 いざその時が来るとなると必死に避けるばかりだったのだ。 と。 ふいに、千秋の指先がのだめの前髪に伸びた。 「ひぃぃッ!」 「…オレは強姦魔か…………」 蒼い顔をして叫ぶのだめに、千秋は肩を落とすが。 それでも優しく梳いてやると、柔らかな毛先がさらさらと零れてゆく。 のだめは身体を震わせ、ぎゅっと目を瞑った。 のだめの大きくも細い指は、膝の上で強く握り締められていて。 肩は、微かに上下している。 「…そんなに固くなるなよ……」 苦笑する千秋。 …いや、固くなってるのはもしかしてオレの方かも。 千秋は、のだめの頭を撫でてやる。 のだめはその感触に溶かされるような心地で、千秋を見ることができない。 無理矢理笑顔を作るが、身体の震えは解けない。 決してイヤではないのに。 のだめは浅く息を繰り返した。何かを喋ろうとするが、言葉が出ない。 「のだめ、目開けろよ」 数十秒間。 千秋は辛抱強く待った。 やっと、のだめの目が開かれる。 その瞳にはうっすらと涙がたまっていた。 拒絶の涙ではないことは、そののだめの表情から千秋にもわかっていた。 言葉もなく見詰め合う二人。 ごく小さい音で流れ続ける Je te veux。 優しく、柔らかく、戯れるように。 まるでのだめと千秋のように。 包み込むようなあたたかい眼差しの千秋に、怯えて泣きそうなのだめ。 千秋は胸の内で自嘲的な笑いを漏らした。 …なにを、焦っているんだオレは。こいつにこんな表情までさせて。 「何泣いてんだよ……」 「泣いてマセン……」 のだめは手の甲でぐいっと頬を拭って言った。 千秋の目に真正面から向き合って。 「先輩が好きなだけデス」 もう止まらなかった。 その言葉に、千秋はもう止めることができなかった。 はじかれたようにのだめを抱きしめる千秋。 身を乗り出し、その華奢な肩に腕を廻し、小さな頭を抱え込む。 さらさらと流れる猫っ毛からは、千秋と同じシャンプーの香りがした。 きつく。 きつく抱きしめる。 のだめは長い間息をすることも忘れて…… やっと一つ、苦しそうに息をついた。 早鐘のような胸の鼓動は、もはやどちらのものかわからない。 「せんぱ……」 息も絶え絶えに、のだめの声が紡がれる。 千秋は、のだめの額に唇を落とした。 「…ッ……」 僅かに目を細めるのだめ。 その感覚は、パリへ飛ぶ機内で見た、雲を柔らかく遊ばせる朝の陽にも似ていて。 続いて、眉間に、鼻先に。頬に、…瞼に。 「ん……」 その柔らかく温かい感触に、のだめは身をよじる。 濃く長い睫が細かく震える。 赤ん坊のように白く透き通った肌はふっくらと柔らかで、逆に千秋の唇に何度も心地良い感触を残す。 千秋は一つ息をついた。 ……眩暈がしそうだ。 すると千秋を追うように、おずおずとのだめが目を開けた。 とろんと霞のかかった瞳。 再び、のだめの頬に唇を落とす千秋。 「……ん。」 のだめは唇を受けた側の目をぎゅっと閉じた。 「…先輩、……」 泣きそうな声で必死に訴えるのだめ。 それでも構わず、なおものだめにキスの雨を降らせる千秋。 千秋は、自分の息が、荒く、熱くなっていることに気が付いた。 ただ夢中で、のだめの肌を食んでゆく。 顎を伝って首筋に唇が降りた時、のだめははっきりとわかるくらいびくりと身体を震わせた。 「あッ…ン……」 千秋はその声を聞いて益々高ぶってゆく。 のだめの胸元で、千秋がプレゼントしたネックレスがキラキラと揺れる。 可愛らしいハートの細工。深い紅色のルビー。 これを買ったのは、ほんの出来心で。 …まさかこんなアングルで目にするなんて、想像すらしてなかったのに……。 「…似合うな、これ」 千秋はネックレスに口付けた。 のだめの肌ごと。 「ひゃうっっ」 のだめが視線を追うと、そこには、紅いルビーがきらめいている。 「せ、先輩が…のだめに買ってきてくれたものだから…。のだめ、毎日つけてるんデスよ…」 千秋は満足気に微笑んだ。 「お風呂に入る時も欠かさず……」 「…ハァ?」 思わず千秋は喉元へのキスを止め、のだめの顔を見た。 のだめは、余裕のない中でも得意気な顔で視線を返す。 「のだめの千秋先輩への想いの深さデスね」 ペチッ 瞬間、千秋の掌によって、のだめのおでこから良い音が響いた。 「アホー!風呂入る時は外せ!色がおかしくなるだろうが!」 「で、でもパリのお水は肌に良いんデスよ?!」 ペチペチペチ… 「肌にはよくても貴金属は水にさらさないのが常識だろうが!アホか!」 軽く、軽く、羽根のように。しかし千秋の掌は確実にのだめのおでこにヒットしてゆく。 「そ、そうなんデスか〜〜?!じゃ、じゃあこれからは気をつけマス……」 「当然だ」 ペチペチペチ… 「せ、先輩…」 「なんだ」 「痛いです」 「気のせいだ」 「きっ気のせいじゃないデスよ〜!も〜夫失格ですよ〜?」 「まだ夫じゃない」 言いつつも千秋は、のだめへの鉄槌を止める。 そして、可笑しくなってのだめのおでこをさすってやった。 「…しょうがないな、お前は本当に……」 のだめは、えへ、と力の抜けた笑みを零したが、次の瞬間眉が下がり、 悲しそうな表情になってしまった。 「…先輩、ごめんなさいデス。ネクレス、ダメになっちゃいますか…?」 しょんぼりとトーンの落ちた声で泣きそうなのだめ。 千秋は少しからかいすぎたかと反省したが、微笑み、のだめのおでこにキスしてやった。 「ん」 キスはもう数え切れないほどしているのに。 いつまで経っても一向に慣れないのだめの幸せそうな恥ずかしそうな様子に、千秋の表情も緩む。 「あー、まぁこれから気をつければ大丈夫だろ。まだ綺麗だし」 二人が知る由もないが、ルビーは、情熱の石であり、愛情を司る石。 褪せることなく、キラキラと輝いている。 「…なんたってオレ様の最初のプレゼントだからな。せいぜい大事にしろ」 「は〜い。 ……『最初の』ってことは、また買ってくれるってことデスか? そ、それってもしや、プ、プ、プロポー…」 「知るか」 つれない返答の千秋だが、のだめは満足そうに、にっこりと笑う。 上気した頬。 熟れた苺色の唇は少し開いたまま、この上なく幸せそうに細めた目で千秋を見上げた。 …あの変態としか思えなかったのだめが、こんな表情をするなんて。 千秋の目には、そののだめの仕種一つ一つが可憐にさえ見えて。 自分に対しての信頼感、ゆえの無防備。こんなにも全てをさらけ出している。 そうして初めて、今までのだめが自分に抱いていただろう想いを理解したのだった。 いや、むしろ、いつの間にか千秋の方こそがこんなにものだめを想っていたのだった。 「いいからもう黙れ…」 千秋はのだめの反応を注意深く伺いながら、再びその首筋へ唇を落とした。 「ひゃ、…ぁんっ……」 優しく触れ、押し付けて一舐めし、ちろちろと舌を遊ばせてから、吸い上げる その度にのだめの白い喉がのけぞる。 細い肩が揺れ、苺色の唇からは、頼りなげな吐息が漏れる。 そして顔は甘やかにのけぞり、まるで好きなようにしてくださいと乞うかのように千秋に差し出される。 のだめの顔は苦しそうに歪められ、 しかし、その手はしっかりと千秋の腕を握り締めており、拒絶の言葉も出てこない。 可愛いと、思った。 愛しい、と。 千秋は、そんなのだめに煽られるように、のだめの胸に手を伸ばした。 薄手のニットの上からでもはっきりとわかるほどのボリューム。 そのカーブに力を抜いた掌を沿わせ、優しく撫でる千秋。 「ん〜〜〜〜〜〜…」 のだめの身体は途端に強張り、その感触に耐えるかのようにじりじりと身じろぎしている。 その表情は苦しそうにも見えたが、声を出すまいと、唇はきつく閉じられている。 千秋は誘惑に負け、そののだめの胸を包み込むように、 揉んだ。 「ひゃっ!!」 のだめはびくりとすると、自らの胸を両手で包み隠した。 そうして咄嗟に、伸ばされていた両脚を引き戻して体育座りのような格好となる。 「…おい、手と脚、ジャマ」 千秋がどうしても荒くなってしまう息遣いをなんとか隠しながら言うと、 のだめは真っ赤に染まった頬で目を瞑ったまま、ただブンブンと首を横に振る。 「ダ、ダメです、せ…先輩がいやらしい……」 「いやらしいだあ…?!」 …オレは男の本能のままに動いただけだ。 そうかオレはエロいのか。そうかもしれない。 だがその気にさせたのだめが悪いのだ。そうだそうに違いない。 「というわけでお前が悪い」 「ぎゃぼ?!」 のだめは理解不能のまま眉間に皺を寄せて抗議するが。 「……気持ち良くは…なかった?」 また唐突に甘い声色に戻り、千秋は、のだめの耳元で優しく訊ねた。 その髪を幾度も撫でながら。 敏感な耳に千秋の熱い吐息と甘いささやきが心地良くて、のだめはふと気が遠くなるような気がした。 「……よく、わかんないデス。変な気持ち……」 口をとがらせて目を伏せるのだめ。 「変?どんな風に?」 「わかんないです……。でも、先輩の掌が大きくて、ドキドキしまシタ……」 そのままのろのろと視線を上げ、千秋の瞳を見つめるのだめ。 千秋は、ゴクリと喉を鳴らした。 そして、ゆっくりと、言う。 「ドキドキしたんだな、のだめ?」 「…………。」 のだめは無言で頷くと、再び顔を伏せてしまった。恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまう。 「変な気持ちの正体、教えてやるよ」 その言葉に今までにはない慈しみが含まれていることに気付き、のだめは無意識の内に千秋から逃げようと僅かに身体を背けかけた。 しかし、それを押さえ込むかのように、千秋はのだめの手を固く握り締める。 「それともオレじゃいやか……?」 弱気な、小さな声の問いかけだった。 のだめはその千秋らしからぬ問いかけに少し驚き、千秋を見つめる。 千秋の瞳は、まるで背を向けた母親にすがるような小さな子供の頼りなさに満ちていた。 「お前がいやなら、しない。…いつまで我慢できるかは、わからないけど」 千秋は欲求を最大限に抑え、のだめの瞳を覗き込んで、その真意を探ろうとした。 なぜなら、小さく膝を抱えるのだめが、あまりにも愛らしくて。 羽をもいでしまうには、痛々しすぎて。 しかし千秋は、言わずにはいられなかったのである。 「オレ、お前が好きだよ。だからお前の身体触りたい」 千秋の、真摯な視線。 のだめは一瞬その瞳に捕らえられた後… 恥ずかしそうに、しかしとても嬉しそうに頬を染めた。 「いやか……?」 いつになく不安気に表情を曇らせる千秋に、 のだめは持てる限りの力を使ってなんとか首を横に振った。 「…いやじゃ、ないデス。先輩。」 そう言っておずおずと微笑むのだめに、千秋はほーっと息をついて、その身体を抱きしめた。 「よかった……」 「あ、でも先輩……」 「なんだ?」 千秋はお互いの顔が見える程度に身体を少し離すと、のだめを覗き込んだ。 「キス、して欲しいデス。その、ちゃんと……唇、に………。」 どんどん語尾が小さくなり、ついでに身体も縮こまってゆくのだめ。 そのいじらしさに胸を突かれて、千秋は再び、のだめを抱きしめた。 そして、のだめの頬を優しく撫でながら上向かせた。 「なんだかのだめ…おかしいんデス…寒くないのに身体が……」 ガチガチと歯の根の合わない音をさせているのを聞いて、 こんな状態でこの身体を求めてもいいのだろうかと心配する千秋だったが。 「大丈夫だよ」 千秋は、のだめの唇に自らのそれを重ねた。 「…んっ…………」 優しいキスだった。 あたたかい。 柔らかく、甘やかな感触。 シャンプーの香り。 ふと、千秋は唇を離した。 互いの瞳の中に自分の姿を見る、静まりかえった、永遠とも思われるような時間。 「…ぁ……」 のだめは何か言おうと口を開きかけたが、 千秋はさえぎるようにもう一度唇を落とした。 一瞬だけ唇が触れ、また離れる。 今度はのだめは口を開かない。ただじっと、千秋を熱く見つめた。 千秋は薄く微笑むと、再び唇を重ねた。 「…ん、ぅ、…ぁー……」 触れるだけのキスではもう我慢ができない。 千秋は深く口付け、舌をのだめの口内に差し入れると、思うがままに蹂躙した。 驚いて引こうとするのだめの後頭部に手を宛て、決して逃げることを許さない。 どうしていいかわからず抵抗すらできないのだめの舌に自らの舌を絡ませて、舐め上げ、絡める。 何度も何度も。 「んっ〜…んっ!」 初めての感触に戸惑いつつも混乱するのだめにはおかまいなく、千秋はのだめを貪った。 舌を絡ませれば、逃げようとする。その舌を追い、開かせ、擦り付ける。 そっと歯列をなぞると、面白いようにのだめの腰が引ける。 その腰をぐいと引き寄せて、口内をあますことなく犯してゆく。 堪えきれずに上がる鼻にかかった声が、千秋の頭に直接響く。 千秋は、のだめの唇を貪りながらそっと目を開けた。 のだめは苦しそうに顔をしかめ、頬を染めたまま上向きになり、 口は千秋のなすがままにされ、唇もろとも口内を犯されて為す術もない。 両脚は力なく放り出され、手は、片方は床に。 もう片方は、…千秋の背に必死にしがみついていた。 ……なんて、愛らしい……。 千秋は言いようのない高揚感に背中を押されていた。 唇を相変わらず激しく求めつつも、その顔に目を戻すと。 ……視線が交錯した。 熱に浮かされたようなのだめの瞳が、千秋の瞳をはっきりと捕らえる。 そうしてそのまま一時見つめあったが…… 千秋が唇を離すと、その衝撃で、また閉じられた。 「…っん、…は、はぁ……ぁ…………」 千秋の腕を握り締めたまま肩で息をつくのだめ。 千秋も、もう荒い息遣いを隠せない。 千秋は、のだめをその胸に抱きしめた。 優しく、まるで生まれたばかりの雛を扱うように。 のだめはそっと千秋の胸にもたれ、目を閉じた。 暫くはそうして二人、身体を寄せ合いながら余韻に浸っていた。 「…のだめ、お前、オレが最初にキスした時のこと覚えてるか?」 千秋は乱れた前髪をぐいと書き上げると、唐突に言った。 「最初の…デスか…?」 「そう、最初の」 「う……、えっと、……」 「お前、色気のない声出すし」 のだめはすっかり熱を帯びた頬に手を宛てて、記憶の糸を辿る。 「あの時は…オクレール先生に全然ダメって言われて…千秋先輩にも聴きたくないって言われて……」 「言ってねぇっつの」 「それで……されたようなされてないような……物質的には、理解できてたんですけど」 千秋は力が抜け、壁にゴンとよりかかると、腕をだらりと降ろして ムンクの叫びのような表情で呆然と固まってしまった。 「せ…先輩……?」 「……もういい…………。」 がっくりとうなだれる千秋をよそに、のだめは、あわあわと首を振る。 「だ、だって、先輩も先輩デスよ!」 「オレが何……」 「だって、帰ってくるなり弾けって、それでダメだって」 「だから言ってないし…」 「それで、いきなり…わけわからないデスよ、 いきなり、キ、キスなんて…なんか色々、順番ってものがあるデショ……」 千秋は柄にもなく頬を染め、慌てる。 「あ、あれはッ、つい、」 「つい、なんデスか〜?」 唇をとがらせるのだめ。 「いや、思わず、いや……」 しどろもどろになる千秋。 「先輩?」 千秋は頭を掻いて、言葉に詰まった。 「もしかして、会えない時間が恋☆を育んだんデスか?」 「…………。」 …オレ様が焦るだなんて。…こいつのせいで調子が狂いっぱなしだ……。 「………………悪いか」 「へ?」 急に素直になって、まるでのだめのように唇をとがらせる千秋。 「どういうことデ…ぎゃぼ!」 千秋は誤魔化すようにのだめの胸を一揉みすると、 「ん!」 唇に口付けた。 軽く、小鳥のように。 「いいから、まずは風呂だ!風呂入るぞ!お前は自分ちの風呂入ってこい!」 「今夜は帰さないって言ったのに先輩の嘘つき〜!! 夫婦なのに別々なんデスか〜!?」 「まだ夫婦じゃねぇ!いいか、40秒で戻って来い!」 「む、無理ですそんなの〜!それに今のだめの家、ガス止まってて…」 「またかーー!!」 甘いムードなど、いつもすぐに流れてしまう。 …でも、まあこういうのも悪くないか。 千秋は思った。 明日は久々のオフ。 今夜はまだ、 …………長い。 <終> 【kissaway】:(涙や不安を)キスでぬぐい去る ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |