千秋真一×野田恵
![]() 「先輩、ただ今帰りましたー」 自分の部屋へ帰らず、のだめはいきおいよく千秋の部屋へと入ってきた。 「あれ?千秋先輩?」 いつもだったら、机に向かっているはずなのに、千秋はそこにいない。 机の上にはいくつかの楽譜が散乱したままになっている。 「がぼーん…」 カフェにでも行ったのかな、と思いながら続きの別室のドアを開けると、千秋はそこにいた。 一人がけのゆったりとしたソファに体を預けて、静かな寝息を立てている。 「寝ちゃってマスね…」 細く開けた窓から入り込む風が、千秋の前髪を揺らしている。 沈みかけの夕日に照らされたまつげが頬に影を落としていて、それは息を呑むほどに美しかった。 「ふおぉぉ…」 のだめはソファの脇に立ち膝をついて、その美しい寝顔を覗き込んだ。 色白だけれど、健康的な色味の差す陶器のような肌。 強い意志を感じさせる、きりっとした眉。 時折憂いに満ちる下向きのまつげ。 すらりと高い、理知的な鼻。 …時々天狗になったりもするけど……なんて考えて、のだめはくすりと笑った。 薄く開けられた形の良い唇。ごく淡い桜色で、そう、柔らかで滑らかな……。 千秋の唇を見つめているうち、自分が千秋の唇の感触を思い出していることにのだめは気づいた。 急に恥ずかしくなって、のだめの頬が赤らんでいく。 唇に、だけじゃない。 この唇が首筋をたどったこともあったし、背中に幾度も押し付けられたこともある。 丹念に胸を愛撫していくのもこの唇だ。 自分の、一番恥ずかしい部分にだって……。 自分の足の間にこの美しい千秋の顔がうずめられているのを見たとき、心臓がはじけてしまいそうだった。 恥ずかしくて、恥ずかしくて…でもうれしくて。 何度か肌を合わせて、その度千秋は新しい悦びをのだめに与えてくれる。 「…センパイはエッチすぎデス」 のだめは真っ赤な顔で、千秋の耳元にささやいた。 そうして、ゆっくりと顔を近づけキスしようとする。 「…誰がエッチすぎだって?」 千秋はパッチリと目を開けて、目の前ののだめを軽くにらみつけた。 「ぎゃぼー!起きてたデスか!!」 のだめは反射的に体を千秋から離れようとしたが、いつのまに か腰をがっしりと抱かれていた。 「はうぅぅ…」 無言のまま腕を強めると、のだめはバランスを崩して千秋の膝の上に座ってしまった。 「ごっ、ごめんなさいデス!!」 のだめは膝から降りようとしたが、千秋の腕がそれを許さなかった。 「のだめ、重いですヨ…降りますから、腕を…」 のだめを抱っこする格好で、千秋のまぶたは再び閉じられていた。 「…センパイ?」 問い掛けても返事は返ってこない。 「…?」 しばしの沈黙。のだめは千秋の顔を覗き込む。 「……まだ?」 痺れを切らしたのは千秋だった。 「へっ?!」 「待ってるんだけど」 「な、何をデスか?」 千秋のまぶたはまだ閉じられたままだ。 「キス、してくれるんじゃないのか?」 「いっ?!」 どがーん、と爆発しそうなほど、のだめは恥ずかしくなった。 「見てたんデスか?!」 …それまでずっと、自分から気持ちをアピールしてきたけれど、いざこういう関係になると どうしていいのかわからない。 すごくうれしいのに、それがうまく伝えられない。 もどかしくて、せつなくて……大好きで……。 「いっ、イきますよ」 「ん。」 のだめは自分の唇を千秋の唇に押し付けた。 勢いに任せた、幼いキス。 色気もそっけもない、まさに「ぶちゅーー」といった感じの、キス。 千秋がうっすら目を開けると、のだめのぎゅっと閉じられたまぶたが見えた。 その姿がいかにものだめらしくて、愛しくて、千秋はそっと背中をなで上げる。 「ひゃっ……くすぐったいデスよ…」 身をよじって、のだめはキスを解いた。 半分横たわった状態の千秋に覆い被さるようにして、自分からキスをしたというその シチュエーションに、のだめはいつも以上にどぎまぎしていた。 「…なんだそりゃ。こんなんで俺が満足すると思ってんのか」 「うぎっ……しょうがないじゃないデスか!のだめ、初心者なんですから。…百戦錬磨の先輩とは違うんデス」 のだめは、拗ねたように唇を尖らせた。 「俺がお前にするみたいにしてみろ…ほら…」 肘掛に手をつくことで体を支えていたのだめだったが、不意にひじをつかまれて、 千秋の胸に倒れこんだ。 「ふぎゃっ……」 目の前の、千秋の唇。 再び目は閉じられて、少しだけ唇を突き出してのだめを待っている。 引き寄せられるように、今度はやさしく唇を重ねた。 千秋の唇を、自分の唇で挟むようにして柔らかな感触を確かめる。 のだめの舌を誘い込むように千秋の唇は開いていて、けれども自分からは何も仕掛けてはこない。 そっと舌先で、千秋の唇をなぞる。ゆっくりと一周して、おずおずと舌を差し入れた。 歯列をくすぐり、舌下に自分の舌を滑り込ませると、千秋の舌を吸い上げる。 舌下の柔らかな部分をつつくと、次第に唾液で満たされてきて、その甘さにのだめはうっとりとした。 甘くしびれて、目眩がしそう……。 握っていた掌を開いて、千秋の胸にそっと這わせた。 千秋は、吸い上げられながらも舌先でのだめ前歯の裏をくすぐり、混ざり合った二人の唾液を嚥下していく。 二度三度、千秋の喉が上下したところで、のだめの体がびくっと強ばった。 思わず、唇をはなしてしまう。 「あっあの……先輩?」 キスを途中でやめられて、少し不機嫌に眉根を寄せている。 「お……お尻に当たってるんデスけど……」 「……けど、何?」 「えっと……あのー……」 「のだめ」 のだめが対処に困っていると、千秋が遮った。 「口で、してくれるか……?」 千秋の足の間に座り、長い指がベルトをはずし、はいているものをずり下げて自分自身を 引き出していく様を、のだめはじっと見つめていた。 インターネットで無修正の男性自身を見た事はあったけれど、目の前にするのは初めてだった。 「ふわぉ……」 今までは訳のわからない内に千秋が入ってきて、夢見心地のまま事が終わっていたので、 千秋自身のものをちゃんと見るのは初めてだった。 「歯、たてるなよ……」 「はいっ、がんばりまス……!」 どうしたらいいのかな……と思い悩んで、さっきの千秋の言葉を思い出した。 『俺がお前にするみたいにしてみろ』 そっか……じゃあ…… 堅さを持ち始めた千秋自身に、のだめは手を添えてちゅっ、と音を立ててキスをした。 いつも千秋がそうしてくれるように、のだめもそうしてみせた。 何度もキスをして、そのうち舌を伸ばして舐めあげてみた。 下から上へ。側面にも、舌全体を使って舌を這わせていく。 ……ある場所を舌先がたどると、ぴくりと千秋自身が動いた気がした。 「のだめ……そこ、いい……」 大きくため息をついて、千秋がそうつぶやく。 のだめは言われるままその箇所に強く舌を押し当てた。 唾液をたっぷりと乗せて、くびれを重点的に責めていく。 「くわえて……」 のだめは歯を引っ込めながら、千秋を口に含んだ。途端、千秋はくぐもった声を漏らす。 ……感じてくれる事がうれしくて、のだめは積極的に舌を動かした。 含んで吸いながら、舌先でくびれを一周する。唾液が口の端からあふれ、添えていた手を濡らす。 濡れた手で、屹立した幹をゆるゆると上下させていく。 「奥まで、入れられるか……?」 言葉で答える代わりに、のだめは少しずつ千秋を飲み込んでいく。 柔らかな唇が千秋自身をしごき、喉奥で亀頭が締め付けられた。 「……うぅっ……はぁ……ぁ……」 静かな千秋の喘ぎ声に、自分の中に熱い何かが渦巻いていくのを覚えた。 ゆっくりと頭を上下すると、今まで以上に千秋自身が硬くなっていくのがわかった。 顔を少しだけ上げて千秋の顔を見やると、頬にうっすら赤みが差し、 悩ましげに眉根を寄せているのが見えた。 のだめは、なんだか落ち着かなくなりもぞもぞと腰のあたりを動かした。 「……ぁふん」 自分のかかとに自分の秘部がふれ、思わず声が漏れる。 どうしよう……こんな……こんな……いけないと思いつつ、腰が動いてしまう。 千秋を口に含みながら、鼻にかかった声が漏れ出てしまう。 そんなのだめの変化を感じ取り、千秋は手を伸ばしてのだめの紙を掻き上げた。 「どうした……?くるしいか?」 頭皮をなでる指先に身震いして、のだめは千秋から唇を話した。 「……そうじゃなくて……はぅん……わかんないんデス……こんな気持ち……」 のだめの目はうっとりと潤んで、縁が紅く染まっていた。 もどかしく、溢れてしまいそうで、でものだめにはどうしていいかわからなかった。 「そこの引き出しにゴム入ってるから……出して」 「……ハイ」 動くたび、体のあちこちが甘くしびれる。ゆっくりとした動作でゴムを取り出した。 「……つけてみるか?……絶対破くなよ」 小さくハイ、とのだめは答えた。 慎重に取り出して、千秋に言われるとおりに被せていく。 もどかしそうに這い回るのだめの指に刺激されて、千秋は時折吐息を漏らした。 「そう、ゆっくりと……下まで……」 「こーデスか?」 「……いてっ!いてててて」 「ぎゃひ?」 「ゴラーー!!毛ぇ挟んでんじゃねえか!!」 「ぎゃぼーー」 千秋は根本部分を付け治して、気をつけろよ、と軽くのだめの額をこづいた。 「ごめんなサイ……」 「……もういい」 泣き出しそうなのだめの頬にキスをして、後ろを向くように促した。 「立って」 何をしようとしているのか不思議に思いながら、のだめは千秋の言うとおりにした。 不思議に思いながら、反面期待もしてしまい、再び身体が熱くなっていく。 「ふぎゃ……」 ふいにスカートの中に手が伸びてきて、内股をなで上げていった。 肌の感触を楽しむかのように、じっくりと手のひらが這い回る。 ショーツの端に指がかかるのに、肝心な部分はかすめて触れてはくれない。 のだめはもどかしさに息が上がり、触れて欲しい思いに甘い声が漏れた。 千秋はスカートをたくし上げ、のだめに持っていろ、と促した。 小振りな丸いヒップがあらわになる。千秋は内股に吸い付き、自分の所有である証を刻んだ。 紐になっている部分を指に引っかけ、ゆっくりとショーツをおろしていく。 下ろされていくショーツと、のだめの秘部との間に細く糸がひかれた。 ショーツを取り去ってしまうと、千秋はのだめのヒップを引き寄せた。 割れ目に手を添えて左右に大きく開き、滴るほどに濡れそぼったのだめの秘部に口づける。 「あっ……あうぅぅん」 千秋の堅く尖った舌先が花びらを掻き分け、ゆっくりと侵入してきた。 「センパィ……あっ、イヤン……」 触れられて、もっとして欲しくて、自然に腰を突き出すような格好になってしまう。 熱を持った身体はじっとりと汗ばみ、込み上げてくる官能にたくし上げたスカートをぎゅっと握りしめた。 差し込まれた舌が、のだめの甘い蜜を掻き出そうと動く。 時折、啜るような音が聞こえて、のだめは恥ずかしさに耳まで紅くなった。 ……いや、それだけじゃなかった。 欲しい。……して、欲しい。そう思った自分が恥ずかしかった。 膝ががくがくとふるえてきた。 「ふっ……あぅん……」 「のだめ、……どうして欲しい?」 開放しきれず身体の中で波打つ快感にほだされて、のだめは口走ってしまう。 「入れて……!入れてくだサイ…」 言った後でその内容を自分で理解して、あまりの羞恥に首を横にふるふると振った。 『欲しい』という感覚を覚えてしまった、のだめ。 飲み込まれた指を、もっと奥へと吸い込むようにを締め付ける。 受身でされるままだったのだめが、自らを欲しいと求めるその態度に千秋はいたく興奮した。 千秋はソファから少しずり下がり、のだめの足を開かせて自分を後ろ向きに跨ぐ格好をとらせる。 「そのまま、腰をおろして…」 すぐにでも入れてしまいたくて、その体勢のままのだめに腰をおろすよう促す。 初めは躊躇したのだめだったが、同じ思いなのか素直に応じた。 肘掛に手をついて、白く丸いのだめのヒップがゆっくりと降りてくる。 まろやかなその曲線に手を添えて軌道修正をしてやり、 雫で光るのだめ自身に二、三度先端をこすりつけてからゆっくりと亀頭を押し込んだ。 「ふぁああ…ん」 甘美なまでの異物感に押し出されるように、のだめは喉奥から声をあげた。 いっぱいに満たされる充実感に、身体全体が震えるようだった。 今までも千秋を受け入れる時はえも言われぬ幸福感に身体が熱くなったが、 今日はそれだけではなく違う感覚がのだめを襲っていた。 荒くなっていく息に、時折甘ったるい声が混じる。 のだめの充血した花びらの合い間に、屹立した自分自身が入り込んでいく様を千秋は見ていた。 ぬめらかな圧迫感が、千秋を包み込む。 熱い……。 一気に汗が噴き出したようで、片手で自分のシャツをはだけさせていく。 根元まで進入させた己の先端が最奥をノックしたのを感じると、 たまらずに体を起こしてのだめを抱きしめた。 腰を回すようにグラインドさせ、胸に手を這わせる。 ブラをつけた服の上越しでもわかる程に、のだめの乳首は快感を主張していた。 「エッチすぎるのはどっちだ…」 千秋はつぶやいて、ワンピースの前ボタンを手早くはずしていく。 首が抜ける程度まではずすと、ワンピースをたくし上げて脱がせた。 ブラをはずすのももどかしく、ずらしあげて胸をあらわにする。 一瞬、ひんやりとした空気にさらされた後、そのとがりきった乳首はすぐさま千秋の手のひらに包まれた。 ハリのある胸を強く揉みしだき、中指でリズミカルに乳首をはじく。 のだめは、細く長い千秋の指によって形を変えていく自分の胸を見下ろしていた。 まるで他人事のように遠い意識の中でそれを見ている気がするのに、快楽は絶え間なく押し寄せる。 千秋の物が、自分の中に入っているその事実。 つながった部分を意識すると、自分の物ではない力強い脈がこそばゆく、無意識に腰を揺らしてしまう。 「…やらしいな、のだめ。……腰、動いてるぞ」 「…動かして、まセン……!」 「ウソつくなよ…」 背中のホックをはずし、手早くブラを取り去る。 千秋自身も、身につけていたシャツを脱ぎ捨てた。 無駄な肉のない背中のくぼみに舌を押し付け、ちろちろとくすぐってやる。 この間見つけた、のだめの性感帯だ。 ここを愛撫してやると、どうにも力が入らなくなってしまうらしい。 「はぅぅ……あぅん…」 途端、後ろに倒れてくる。千秋に体重を預けて、のだめは吐息混じりに肩で息をしていた。 髪がサラサラとこぼれて、シャンプーが香る。 のだめを強く抱きしめながら、千秋もまた後ろに倒れていった。 「ぎゃ、ぎゃぼ…!」 二人はぴったりと重なった状態で、天井を仰ぐ形になった。 「セ、先輩、いやデス、こんなカッコ…」 のだめは抗おうとしたが、うまく力が入らない。 千秋は手を伸ばし、自分たちがつながっている部分に指を這わせた。 「イやぁ……」 千秋自身をくわえ込み、めくれた秘肉をゆっくりとなぞる。 その濡れた指先で突起をやさしく挟むと、さするように転がした。 「……っ!!」 声にならない程鋭い快感に、のだめは背中をそらせた。 同時に、軽くいってしまった様子で、千秋をきゅうきゅうと締め付けてくる。 緩やかに迫る射精感を抑えていると、甘やかだったのだめの吐息が泣き出しそうになっていた。 「どうした?……のだめ……?」 「……怖いんデス……自分が、どこかに飛んで行っちゃいそうで、怖いんデス……」 馬鹿なヤツ。 ……でも、そんなのだめが殊更に愛しく思えた。 両腕で大事に包み込むように、のだめを抱きしめる。 「俺が捕まえててやるから…大丈夫」 「せんぱ…ぁふ…」 耳朶に口を寄せて、愛撫する。耳介を舐め、吐息を吹きかける。 首筋にも一つ、髪に隠れるところにも赤い花びらのような証を残した。 自分だけの物だという証。 身体を前後に揺り動かし抽送をし始めると、のだめの声も艶を持った響きに変わってきた。 のだめの内壁が千秋自身ででこすりあげられるたび、のだめの蜜は溢れみだらな音が静寂に響く。 熱い胸に抱かれて、のだめはもう自分の高ぶりを押さえ切れそうもなかった。 背中に感じる千秋の鼓動と自分との鼓動が重なったとき、胸がいっぱいになって嬉しさに泣きたくなった。 こんなにも、好きで好きで……たまらない。 腕にしがみついて切なそうに自分の名前を口にしているのだめに、千秋の頭はじんじんと痺れた。 「のだめ……のだめ……」 千秋もまた、その甘い熱に浮かされるように、何度も耳元で名前を呼んだ。 歌うようなささやきはのだめの身体を駆け巡って、いっそう快楽へと押し上げる。 「も…ダメ…デス…ああぁ…」 ひときわ甲高く声をあげて、のだめの身体はしなやかにのけぞった。 強い締め付けと、はねた腰の動きにこすりあげられ、千秋もすぐに精を解き放った。 ━━━ 10日後 「のだめーー?いるぅーー?」 ターニャは、千秋の部屋をノックした。 「ハーイ」 「あ、やっぱりこっちにいたのね」 「どうしました?」 自分の部屋だと言わんばかりに、ここ最近のだめはこの部屋から学校に行き、この部屋へ帰ってくる。 本来の住人である千秋は、短い演奏旅行に出かけていて、今は留守だ。 「故郷から荷物が届いたの。一緒に飲まない?」 ターニャは酒瓶をかざしてみせた。 「ふぉおお、ウォッカですネ!」 「今夜はとことんガールズトークするわよーー」 「えーっ、千秋が初めての人なの?」 テイクアウトのデリとさきいかをつまみに、二人は女の子同士の話に興じた。 酒に弱いフランクもユンロンも今日ばかりは締め出し状態。 「そうなんデス……でも、すごく幸せデス……」 ウォッカはもう半分程なくなっているが、ほとんどはターニャが飲んでいた。 「……そっかぁ。いいなぁ。私にもすてきな人現れないかしらー」 「きっといますヨ。フランスの男の人って、やさしいしー」 「で、さあ」 「なんですか?」 ふふふ、と意味ありげにターニャは笑う。 「ムッシュー千秋は、あっちの方はどうなの?」 「あ、あっち?あっちってどっちデスか?」 「ばかねー、ベッドの中ではどうなの、って聞いてるのよー」 「がぼーーーー!!いっ、言えまセン、そんな事ーー」 「何よーけちね。教えなさーい。ほら、飲んで飲んで」 あおられるまま、のだめはウォッカソーダを飲み干した。 のだめの部屋に入って、千秋は愕然とした。 一週間前までは綺麗だったのに、どうしてこんな事になってるんだ━━━━。 のだめ母からの段ボールが散乱している。 プリごろ太のDVD・フランス語版、コミックス……楽譜、資料。 「あの馬鹿……」 しかも、当の本人がいない。……飯でも食いに行って、飲んでるのか? 時計を見ると、0時近い。 なんだかどっと疲れて、のだめの部屋を後にした。 千秋は静かに自室の鍵を開ける。一週間ぶりの自分の部屋。 幸いここは、汚染されていないようだ。 ほっと胸をなで下ろして、カシミヤのロングコートを脱ぎ、クローゼットへかけた。 「えーーっ……り、……なのぉー?」 んっ? 「……ばっかり、……するんですー」 誰かいる? 続き部屋へのドアの向こうで、誰かがしゃべっている。 耳をそばだてると、声がはっきり聞こえてきた。 「一緒に眠るときも、ずーっと胸触ってるんデスよ」 「あはは、ムッシュー千秋はオッパイ星人なのねー」 ……なんの話をしてるんだ、のだめ…………。 千秋は勢いよくドアを開けた。 「そこで何してる……?」 「あれっ、センパイ?……帰りは明日じゃなかったデスか?」 「お、お帰り、千秋……」 怒りのオーラにつつまれる千秋を見て、ターニャはびっくりした顔をしている。 まずい、と思ったのか、そそくさと帰り支度をはじめた。 「ウォッカのお裾分けに来たのよ。もう、少なくなっちゃったけど……の、飲んでね?」 「……それはどうもありがとう」 「じゃ、のだめ、私帰るね。……邪魔しちゃ悪いしー……さよならーー」 逃げ足早く、ターニャは去っていった。 のだめは酔っぱらっているのか、立ち上がったがふらふらしている。 「お帰りなさい、千秋先輩……」 抱きつこうとするのだめを制止する。 子供にするように、腕を伸ばしておでこにあて、それ以上近づけないように。 「はうぅ……せんぱぁい」 「おまえ、ある事ない事周りに言ってないだろうな?」 「なんの事デスかー」 「お、俺が……その……オッパイ星人だとか……!」 「聞いてたんですかー?さっきの話……。でも、先輩がオッパイ星人なのはほんとの事デスよ?」 「ほんとでも何でも、言っていい事と悪い事があるだろーーー!!」 「ぎゃぼーーー!!」 千秋は、ローテーブルの上のさきいかを、勢い良くのだめにたたきつけた。 「それに!!お前の部屋!!こんな短期間に、何であんなに散らかせるんだ!」 「はうーー」 のだめはさきいかまみれで、唇を尖らせた。 「一週間ぶりにあったのに、ひどいデス……せめて、ハグ……ハグだけでも……」 「やだ」 拒まれたあげく、部屋の外に放り出された。 「とにかく、部屋の掃除をしろ。以上」 ドアを閉めようとしたが、のだめはなおも食らいつく。 「キス……キスだけ……」 千秋はのだめのおでこをぱしっ、と音良く叩いた。 「お前が部屋を綺麗にするまでお預け。して欲しくば掃除しろー。じゃあな!」 ドアは冷たく閉じられた。……おまけに、ドアチェーンまでかけられた。 「がぼーーーーーん……」 涙ぐみながら自室へ戻るのだめを、螺旋階段の上でターニャがこっそり覗き込んでいた。 「……あの二人本当に恋人同士なのかしら…………」 ……千秋は千秋で、『オッパイ星人』の烙印を押された事にショックを隠しきれず、 死んだようにベッドに倒れ込んだ。 二日後、一向に片づかないのだめの部屋にしびれを切らし、率先して掃除してしまう千秋がいた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |