千秋真一×野田恵
![]() ―――12月25日午前1時パリ――― 千秋とのだめは、アパートから約1km離れた雪積もる路上でとぼとぼと歩いていた。 「のだめのアホ!バカ!マヌケ!めくそ!」 千秋は重いスーツケースを引きずりながら毒づいた。 「むきゃぁ〜!ごめんなざーい!!!」 のだめは半泣きになりながら、雪をかき分け必死についてくる。 「だから、オレは嫌だって言ったんだ!こうなることはわかっていたのに、おまえがどうしてもってタクシー飛び出すから…!」 「だって……のだめ本場のクリスマスミサ、一度でいいから見てみたかったんデス〜!」 そんな2人に容赦なく氷点下の北風が吹きつける。 くそ〜なんでクリスマスだっていうのにこんな目に…。 ―――始まりは数時間前――― 千秋は、パリでの初めてのクリスマスコンサートを無事、大成功におさめていた。 楽団員達や公演関係者との打ち上げを予定通りキャンセルし、見に来ていたのだめと一緒にパリ市内でディナーを食べ、 そのまま3週間ぶりにタクシーでアパートに帰宅する途中――― 「ふぉぉ、先輩!あそこの教会でちょうど今、ミサしてマスよ!」 「そりゃあ今日はイブだからな…って、おい!!」 「運転手さん、止めて下サイ!先輩、ちょっと見に行きましょうよ〜!」 「おい、のだめ!!今降りたらもう絶対タクシー拾えないぞ!」 と叫ぶ千秋をあとにし、のだめはそのままタクシーを飛びだしていったのだった…。 やむなくのだめにつきあった千秋は、そのままミサに参加したはいいが、 終了後当然タクシーを拾えるわけもなく、電車やバスもとっくになく、こうして今に至っているわけである――― 「だから言っただろ!キリスト圏のクリスマス期間中は、店だけじゃなく交通機関も極端に数が減るんだ! パリ中心部ならともかく、あんな場所からこんな時間にタクシーなんか拾えるわけないだろ!このスットコドッコイ!!!」 夜中なのにも関わらず、千秋は思いっきり怒鳴りつけた。 「ゴメンナザーイ!……あぅ?…ギャボーン!!!」 奇声と共に派手にこける音がし、千秋が驚いて振り向くと、のだめが見事にうつ伏せになって雪の中に埋まっていた。 「…おいっ!?のだめ、大丈夫か!?」 荷物を放り出し、慌ててのだめの元に駆け寄る。 「おい、のだめ!しっかりしろ!」 雪の中から抱き起こすと、 「…ぜんばーい、いだいでづ〜!!」 なんともいえない情けない声で起き上がったのだめは、全身雪まみれで、顔も例外ではなく。 真っ赤になって泣き崩れているその姿は、まるで幼い子供そのもので…。 千秋は思わず吹き出してしまった。 ……まったくこいつは……どうしてこんなにバカで、たまらなく可愛いんだろう。 こんな姿に愛おしさを感じる自分は、もう立派な変態の森の住人なんだと再認識してしまう。 「ぜんばい〜ひどいでづ〜!!」 「ゴメンゴメン…。それよりどこか痛いとこはないか?」 「べづに…大丈夫でづ……」 と言いつつ、ちらりと足首を見た」 まったく、変なとこで無理しやがって……。 千秋は溜息をつきながら、そのままくるっとのだめに背を向ける。 「ほれっ!」 「ほぇ?」 「おんぶしてやるよ!さっさと乗れ!」 「むきゃー、いいんでづか?でも…」 のだめはちらりと雪の中に放り出されたスーツケースを見る。 「心配しなくても、ちゃんと運ぶから。俺様を誰だと思ってんだ。ほら、さっさと乗れ!ただし靴は自分で持てよ」 「はうー、それではお言葉に甘えで……」 そう言って、脱げていたパンプスを拾い上げおずおずと千秋の背中に乗ってきた。 ……重い……。 背中にくるずしりとした重みに思わずよろける。 そのまま、のだめを背負いながら、雪に埋もれていたスーツケースを拾い上げ、 よろよろと石畳の雪深い中を歩くのは、さながら拷問に等しかった。 「先輩…本当にゴメンナサイ…」 背中から、しょんぼりした声が聞こえてきた。 …そんな声を聞いたら、もう怒れなくなる。 「いいよもう…それより寒くないか…?」 優しく問いかける。 「大丈夫デス。先輩の背中、とっても温かいから……」 そう言いながら、千秋の背中にそっと身体をすり寄せた。 「…………」 雪の中、人1人背負いながら重い荷物を引きずっているという状況なのに。 その背中のぬくもりで、なぜか心までがほっと温まった気がした。 そんな2人の上に、相変わらず雪はしんしんと降り積もってゆく。 「明日にはかなり雪が積もりそうデスね。先輩明日……」 「却下!」 「のだめ、まだ何も言ってませんよー?」 「どーせ、雪遊びだろ?今こんなに寒い思いして、なんで明日また同じ思いをしないといけないんだ!」 「先輩は、ジジくさいデスね〜」 「誰のせいでこうなってると思ってるんだ〜!!!」 千秋の怒鳴り声に反応してか、どこからか犬の鳴き声が静かな街にこだました。 やっとの思いでアパートにつくと、既に夜中の2時を回っていた。 ……疲れた……。 暖房をつけ、スーツケースを床に放り出し、のだめを背中から下ろしたら、急に疲労感が襲ってきた。 「……うぅ……」 わずかにうめき声が漏れ、振り向くとのだめが足首を押さえ、顔をしかめていた。 まったく、世話のやける……。 「ほれ、ちょっと座ってみろ……」 「むきゃ?ほわぁ……!」 千秋はのだめの両脇を抱え、傍にあった椅子に座らせた。 「ほら、見てやるから足出して!」 そう言ってしゃがみこみながら、のだめの足をパンスト越しに触れる。 「ヤダ…!先輩!」 のだめはとっさに抵抗するが、構うことなくのだめの白く滑らかな足首に指を這わせてゆく。 「ここ痛い?……ここは?……ここどう?」 次々と、指でさぐっていく。 「……ちょっと…でも、大丈夫デス……」 わずかに顔をしかめるものの、そんなに酷くないようだった。 「まあ、これなら大丈夫だ。風呂上がりに湿布貼ってやれば、明日には痛みも引くだろ」 そういいながら、ふとのだめの顔を見ると、のだめが真っ赤な顔で見ているのに気付いた。 わずかに開いた唇から熱を持った吐息が漏れ、瞳が熱く潤んでいる。 それはまるで、“あの時”のように官能的で――― ……もしかして……? 「のだめ……もしかして、感じたのか……?」 そのとたん、のだめはかあぁとリンゴのように真っ赤になってしまった。 「せっ、先輩が悪いんデス!先輩の手って、なんかとってもエッチなんデスよ……!」 しどろもどろになりながら必死に弁解する。 ……へぇ…可愛いじゃないの……。 千秋はまるでいたずらっ子のように笑いながら、今度はのだめの右手をとった。 「ほぇ?」 「今度は手の検査な。一応調べとかないと」 「せ、先輩!大丈夫デスって。ひゃあっ……!」 慌てるのだめに構わず、千秋はその柔らかい白い手にそっと指を這わせる。 指の付け根の皮膚の薄い部分にそっと触れていき、時々ツボを優しく指圧していく。 「……ひゃぁん…!」 そっとのだめの顔を見ると、その顔は溢れそうになる快感を必死に抑えている顔で。 それが、千秋にはたまらなく淫靡に見えた。 初めてのだめを抱いてから2ヶ月、千秋はのだめの弱点をすべて知り尽くしていた。 きらめくような美しい旋律を奏でるこの細く長い指が、なによりも敏感だということも。 右手の愛撫を続けながら、今度は左手の指を一本づつゆっくり口に含み、舌で絡めるように丹念に舐め上げる 「…セン…パイ・・や、だ……」 両手を指と舌で同時に愛撫されたのだめは、恥ずかしさのあまり、目をつむってうつむきながらも。 真っ赤な顔で、震えながら歯を噛み締めて、全身に押し寄せてくる快感の波にさらわれるまいと必死に耐えているようだった。 相変わらず…感度良好だこと……。 千秋は満足気に、にんまりほくそ笑む。 「……なに?これくらいで感じちゃたのか?もしかして……ずっとオレが欲しかった?」 「…………!!!」 図星だったのか、二の句が告げないようだった。 千秋は立ち上がり、前屈みになってのだめの耳元にそっと囁いた。 「オレは……ずっとおまえが欲しかったけど……?」 “おまえと一緒にクリスマスを過ごしたくて、だから打ち上げをパスしてまでここに帰ってきたんだけどな……” 小さく囁きながら、そっと耳朶にキスを落とす。 「…………」 のだめはされるがままに、真っ赤な顔でぼーっと千秋をみつめていた。 「今日の公演はどう?よかった?」 答えなどわかりきっているが、あえて尋ねてみる。 「……すっごく、よかったデス……」 「……惚れ直した?」 千秋が耳元で優しく囁くと、のだめの顔にざあっと血液が集まってくる音が聞こえたような気がした。 「……ハイ……」 「じゃあ、祝福してくれる…?」 千秋は、すっかり冷えきったのだめの頬を優しく撫でながら囁いた。 祝福―――それは千秋の公演が無事に成功するたびに、その度与えられる、のだめからのキスのこと。 最初のパリデビュー公演の時から千秋が決めた、2人の恒例行事である。 のだめは紅潮した顔で小さく頷くと、千秋を見上げ、両手を伸ばして冷え切った頬を挟んだ。 そのまま千秋の顔を手繰り寄せ、その整った美しい唇に触れる。 初めは小鳥が啄ばむように……そして徐々に、唇を開き舌を忍び込ませる。 差し入れた舌を、ゆっくりと千秋の温かなそれに絡ませる。 下唇を甘噛みし、歯茎を舐め上げ、舌を引き出して強く吸い上げる。 舌が絡み合い、唾液が混ざり合いう湿った音が静かな室内に響き、否応なしに気持ちが高ぶる。 「…ん…ふぅ…」 漏れる吐息はどちらのものとも判らず、ただそこに甘い時間が流れていた。 千秋はのだめの小さな肩に手をかけ、されるがままにすべてを受け入れ、 その唇の柔らかさ、甘い唾液と共に、そのテクニックの上達ぶりを存分に楽しんでいた。 それらはすべて、千秋自らがこの3ヶ月かけてじっくり身体に教え込ませた成果によるものだった。 オレが教えた通りの、他の誰のクセもついてないオレだけの……。 のだめからキスを受けるたび、千秋は独占欲が存分に満たされ、満ち足りた気持ちになるのだった。 長い長い口付けの後、くちゅりと音を立てて唇が離れた。 「……はぁ……」 どちらからともなく、吐息が漏れる。 「おめでとうございマス……」 「ありがと……」 千秋は優しくみつめながらのだめの頬に手をかけ、互いの唾液で濡れた柔らかな唇をそっと親指でなぞった。 今度は千秋からもう一度……。 「……ぶしゅん!」 二度目のそれは、のだめのくしゃみによって妨げられた。 よく見ると、雪がとけて髪や服を濡らし、全身小刻みに震えている。 「大丈夫か?悪かったな、引き止めて……。早く風呂入ってよく身体を暖めてこい。風邪引くぞ?」 「……はうぅ…ぶしゅん!」 そうくしゃみをしながら、のだめは自室へ帰っていった。 千秋は部屋ぐるりと見渡してみる。 それは千秋が3週間前に家を開けた状態のままに保たれていた。 へえ…あいつ最近本当に頑張ってんだな……。 そう思いつつ、自分がなにもかも面倒見ていた頃が懐かしく、なんともいえない寂しさがこみ上げてくる。 自立した生活をしろって言ったのはオレなのにな……。 本当は、千秋自身がのだめから必要とされることに喜びを感じていたのだということに、改めて気付かされる。 そんな自分に、千秋は思わず苦笑いする。 千秋は、スーツケースから荷物を出し整理を始めた。 洗濯物は殆どホテルでクリーニングに出していたのであまりなかったが、それでも袋一杯の洗濯物を洗濯機に放り込む。 そのままテキパキと整理を終え、冷蔵庫を開けた。 一週間前、のだめにメールで送ったクリスマスメニュー用の食材。 クリスマス期間中はどの店も閉店するので、買出しを頼んでいたのだった。 あいつ、ちゃんと本当に買ってきたのかな……。 しかし、冷蔵庫の中身は自分が指示したものが整然と入っていた。 よく見ると、冷蔵庫の扉にメールを打ち出した紙が貼っており、下には 『おいしいクリスマスディナー、楽しみにしてますね♪のだめ』 と書かれていた。 「…バーカ。こういうことだけは本当にマメなんだから……」 つい独り言を言いつつ、なんだか顔が緩むのが止めれなかった。 明日はとびっきりのクリスマスディナーを作ってやろう。 そう思いながら、冷凍庫から丸々とした七面鳥を一羽取り出した。 朝にはほどよく解凍されているだろう。 メニューはローストターキーと、オニオンスープ、アボガドサラダにジンジャーブレッド、デザートにはブッシュ・ド・ノエル でも作ってやろうかな。 そう思いながら、千秋はやっと濡れた服を脱ぎ、バスルームへと向かった。 冷え切った身体がやっと温まり、さっぱりとした素肌に洗い立てのパジャマが心地よかった。 部屋はすっかり暖房で温まり、風呂上りには暑いくらいだった。 洗濯機がすでに止まっていたので、乾燥機に放り込みスイッチを入れる。 バスルームから出ると、リビングに栗色の髪が見えた。 ちらりと覘くと、後ろ姿ながらソファに腰掛けて何かを熱心に読んでいるのがわかった。 「……何読んでんだ……?」 後ろから、のだめを優しく抱き締めながら覗き込む。 「むきゃっ!な、なんでもないデスよ!」 のだめは慌てて読んでいたものを隠そうとする。 「おい…何も隠すことないだろ?」 取り上げようとするが、手が届かない。 「あとで!あとでちゃんと見せマスから……!」 片手で必死にガードされ、結局ソファの下に隠されてしまった。 まったく……一体何なんだ?と思いながら、ふと後ろからのだめを見て、千秋は思わずドキッとした。 のだめはいつものパジャマではなく、綺麗な淡いピンク色のネグリジェを着ていた。 レースやフリルをふんだんにつかい、可愛らしい少女趣味なのに、総レースの胸元は大きく開いていて――― 豊かな白い胸の谷間がくっきりと見えた。 長いナイトガウンを着ていたが、おそらくノースリーブだろう。 いつぞやの母のネグリジェを着たのだめを思い出し、恐る恐る聞いてみた。 「それ、もしかして母さんが…?」 「いえ、ヨーコがクリスマスプレゼントにって送ってきてくれたんデス。先輩にもフォーマル、送ってくれてましたよ♪」 「あ、そ……」 まったく、あの家族は……。 しかし、そんなネグリジェ姿ののだめが可愛いと思わないわけはなく―――― クリスマスプレゼントとしてありがたく受け取ることにした。 のだめの横に座り、そっと抱き寄せる。 半乾きの洗いたての髪がひんやり心地よい。 その髪に口付け、そのまま唇を這わす。 最初は髪に…額に…瞼に…鼻に…頬に…そして唇に……。 「……ぶしゅん!」 唇に触れる前に、再びのだめのくしゃみに妨げられ、なんだかおかしくて思わず顔を見合わせて笑ってしまった。 「風邪か?」 「……いえ…大丈夫デス…」 そう言いながら、ぐすんと鼻を鳴らす。 「……そうだ!いいもん作ってやるから待ってろ。あと、湿布も貼ってやるから」 千秋は救急箱から湿布を取り出し、のだめの右足にペタリと貼った。 「これで大丈夫。また明日取り替えてやるからな。ここでおとなしく待ってろよ」 優しくのだめの頭を撫で、キッチンへ向かった。 鍋にワインと、スーツケースから出しておいた小さな缶から香料を小さじ数杯入れる。 一煮立ちさせ、水と蜂蜜を少し入れて火を止めた。 ガーゼで漉して水差しに移し、最後にレモンを絞り入れる。 それをソファーに運び、お土産のカップに注いでのだめに手渡した。 「なんですか?これ」 温かなカップの中を覗き込みながら尋ねる。 「グリューワインっていって、クリスマーケットの風物詩なんだ。ま、正確にはレモンと蜂蜜を入れないで、 ワインとシロップとグリューワインの素っていうオレンジピールとかシナモンとかの香料を入れるんだけどな。 風邪引いてる時には、こんな風に作ったほうが温まるし身体にいいんだ」 「ほわぁ…先輩まるで山岡士郎みたいデス〜」 「……誰?それ……」 「いえ、漫画の美味しんぼの…」 「知るか〜!!!」 そんなたわいもない会話をしながら飲むグリューワインは。 とても熱くて甘く、心まで温まっていくようだった。 「はうぅ〜、とってもおいしいデス先輩!なんだかポカポカしてきました」 「そうか?いっぱいあるからもっと飲めよ」 千秋は嬉しそうに、のだめのカップにお代わりを注いだ。 「このカップ、とっても綺麗ですね」 そのお揃いのカップは、鮮やかな紺色の地に白と金色で大聖堂やクリスマスツリーが見事に描かれており、 とても綺麗なものだった。 「だろ?グリューワインカップっていってさ。クリスマスマーケットが開かれる街や年ごとにデザインが変わるんだ。 一番有名なのはドイツのニュルンベルグだけど、これはオーストリアのザルツブルグのなんだ。 デザインが一番綺麗でさ……」 千秋は嬉しそうに、そしてどこか懐かしげな目でそれを眺める。 「……なんだか先輩、とっても懐かしそうですね?何か思い出でもあるんですか?」 「……別に、たいした思い出ってわけでもないけどさ……」 千秋はふっと目を細めながら、遠くをみつめた。 「昔……オレが3歳の時に父さんと母さんと3人で一緒にザルツブルグのクリスマスマーケットに行って、 生まれて初めて飲んだお酒がこのグリューネルワインだったって、それだけ」 そんなことをしゃべりながら、千秋はぼんやりと考えていた。 ……オレ、なんでこんなにぺらぺらしゃべってるんだ……? 今まで誰にも…由衣子達にだってこんな話、したことないのに……。 「うきゅー、先輩子供の時から酒飲みだったんデスねー」 「なっ!オレは何も知らないで飲んだんだ!ま、そのせいでそれを飲ませた父さんは、 母さんにこっぴどく怒られてたけどな」 その時のことを思いだし、つい思い出し笑いがこぼれた。 「それで、その後はどうなったんデスか?」 「……別に、その後クリスマスミサに参加して…それで、神様にお願いしただけ」 「何てお願いしたんデスか?」 そう覗き込むのだめと視線があったとたん、急に我にかえる。 「なんでもねっ!忘れたよ、んなこと!」 「えー!うそデスね?先輩絶対嘘ついてマスね?のだめには全部お見通しですヨ?」 「うるさい!本当に忘れたんだ!!」 強引に話を終了させ、再びカップに口を付けた。 ……ったく、言えるかよ!……あんな、願い事……。 のだめはまだ納得できないという顔をして千秋の顔を覗き込んでいるが、完全無視する。 そうしないと、のだめに心の奥深くまで覘かれそうで……怖かった。 ……こいつと一緒にいると、時々心の扉の鍵をかけ忘れてしまうことがある。 以前、催眠術師達がオレはすごくガードが固いって言ってたけど、最近のだめだけは例外だと自覚するようになった。 ただ傍にいるだけで、たまらないほど心地良く感じてしまい、気がついたら饒舌になる自分に気付き、 いつも焦ってしまう。 こりゃあ、浮気なんて絶対出来ないな……するつもりもないけど。 思わず苦笑いを零す。 「…千秋先輩、大事な話があるんデス」 ふいに、のだめが沈黙を破った。 カップをテーブルの上に置き、ソファーの下に手を伸ばしてそこから何かを取り出し千秋に手渡した。 ……さっき風呂上りに隠してた…これはラフマニノフピアノ協奏曲第2番ハ短調の楽譜……? 「来年の春、コンセルヴァトワールでこの曲の学内コンサートが開かれるんデス。オクレール先生が 『出てみるかい?ベーベちゃん』って学内選抜選考会に推薦してくれたんです。 それには、有名な音楽家とか評論家とかも来るらしくて……。今まで代表に選ばれて成功した人の中に、 コンクルとかも優先的に出してもらったり、ごく稀ですけど、プロ公演とかにゲストで呼ばれたりした人もいたそうデス」 そう言って一旦言葉を切り、千秋の顔をまっすぐみつめ直した。 「頑張ってみることにしました」 それは、迷いのないはっきりした声で。 千秋は、正直驚かずにはいられなかった。 ―――こいつが、こんなに迷いもなくピアノに真正面から向き合うなんて――― あのマラドーナコンクールでの失敗によって、もうコンクールみたいなのに出るのは正直嫌がるだろうと 思っていただけに、こののだめの変化に千秋は驚かずにはいられなかった。 「千秋先輩の演奏聴いてて、いつも思うんです。もっともっと頑張らないと、先輩と一緒にはいられないって……。 先輩はどんどんのだめを置いて遠くに行ってしまうから…だから……」 のだめは楽譜をみつめる。 「のだめの夢は、いつかこの曲を先輩と同じ舞台でコンチェルトすることなんです。いつかの先輩とミルヒーみたいに。 そしてこれからもずっと、先輩の傍でピアノを弾いていたいんです。そのためにも…のだめ頑張りマス!」 そう力強く言い切って笑ったのだめの顔は、ただ楽しくピアノを弾いていたあの頃とまるで違って、 ピアノへの情熱で光輝いているようだった。 そんなのだめの変化に、千秋はこみ上げてくる何かに胸を熱くした。 「……よし!明日から早速特訓だ!!久々にしごいてやるから覚悟しとけよ?」 「ぎゃぼー!!明日ってクリスマスですよ!?せ、せめて明後日からでも……」 「うるさい!オレは休暇は1週間しかないんだ。折角の俺様直々の指導、ありがたく思え!」 「ぼきゅー!先輩の鬼!先輩はやっぱりカズオです〜!」 「だれがカズオだー!!!」 そんないつもながらの会話も飲み込んでしまうほど、しんしんと降り積もる雪は。 止むことなくパリの街を白く包み込んでゆく。 すっかり拗ねてしまい、ひたすら黙ってワインを飲んでるのだめへのご機嫌とりとかいうわけでもないけど。 千秋は半年前からずっと渡しそびれていたものを、ソファーの下から取り出した。 「……のだめ。あのさ……」 「……何デスか?」 のだめはいつものひょっとこ口でジロリと千秋を見た。 そんなのだめにちょっと腰を引きつつ、小さな紙袋を手渡した。 「……その、これ…クリスマスプレゼント……」 「ほわぁ…何デスか?」 とたんに機嫌がよくなったのだめに心底ホッとしつつ、千秋は優しくのだめをみつめながら言う。 「開けてみたら?」 のだめは嬉しそうに袋から、小さな箱を2個取り出した。 ひとつは上海でつい買ってしまった、ハートのルビーのペンダント。 もうひとつは、今月同じブランドのパリ支店で新たに購入したお揃いのハートの指輪。 「ほわぁあ…きれーい…。のだめ嬉しいデス!」 箱から取り出して手に取りながら、満面の笑顔で言う。 「つけてやろうか?」 そんな笑顔に満足しつつ、手からそれを取ろうとすると、のだめは手を後ろに回してそれを拒んだ。 「……のだめ?」 戸惑う千秋をよそに、のだめはうきゅ♪と笑いつつアクセサリーを箱に戻した。 「のだめからも先輩にプレゼントがあるんですよ。ちょっと、待ってて下さいネ♪」 そう言って、寝室へと向かう。 ……あのアクセサリー…もしかして、気に入らなかったのか……? ちょっと…いや、かなりショックを受けていると、のだめが嬉しそうに、細長い包みを持ってきた。 「先輩!これのだめからのクリスマスプレゼントです!早く開けてくだサイ!」 嬉しそうに千秋の顔をみつめる。 「……ああ、ありがと…。ところでのだめ、さっきのプレ…」 「早く早く!先輩!」 のだめに急かされ、千秋は黙って包みを開けた。 ……どーせまたごろ太だろ?という予想は見事に外れ……。 「……指揮棒?」 それは小さな皮のケースに入った指揮棒だった。 「うっきゅっきゅー。のだめ奮発しちゃいました♪」 そう照れ笑いするのだめが、愛おしくてたまらなかった。 「ありがとな。早速次の公演から使わせてもらうよ」 ケースから指揮棒を取り出そうとすると、のだめが悪戯っぽく笑う。 「そのケースと指揮棒、よく見てくだサイ」 そう言われてよく見てみると、ケースの下の方に小さく『S&M』と金文字で書いてあった。 指揮棒の握りの部分のコルクにも小さく『S&M』と彫られている。 「『真一&恵』のSとMです。これ、先輩とのだめのコンチェルト専用の指揮棒なんデス」 驚く千秋の横で、のだめは指揮棒をみつめたながら話し続ける。 「…いつか、絶対に先輩に追いついてみせマス。この指揮棒は先輩との最初のコンチェルトまで保管していて下サイ。 のだめも…」 のだめはそっと、さきほどのネックレスと指輪の箱を手にとった。 「これ、先輩との最初のコンチェルトまで大切にしまっておきます。先輩がくれた初めてのプレゼントだから……。 のだめ、これをつけるために一生懸命頑張りますから、先輩もそれを使うの待っていてもらえますか?」 そう言いながら、千秋の胸にそっと身体を預けてきた。 「…バーカ。何年かかる話なんだよ…」 照れ隠しに悪態をつきながら、その柔らかな身体を優しく抱いた。 ……なんて愛おしいのだろう……。 オレが今まで付き合ってきた女はみな、可愛くて美人で頭がよくておしとやかなお嬢様で……。 でも何か物足りずに、すぐ別れることが多かった。 その中で、彩子とは長く続いた方だったと思う。 美人でスタイルもよくて、お嬢様で、なにより音楽の才能に溢れていて、はっきりいって申し分のない彼女だった。 家族ぐるみの付き合いだったため、オレの飛行機云々の秘密も、家族から聞いて知っていたし、 なんでも打ち明けられる親友のような関係でもあった。 でもその反面、彩子とは音楽が原因でいつも喧嘩ばかりしていた。 今から思えば彩子はオレに似すぎていたのだろう。 時々、一緒にいて息がつまりそうに感じることがあった。 だから彼女と別れた時、正直ホッとした気持ちは否定できない。 でものだめは――違う。 今まで付き合った相手とは正反対で、変態で無神経でズボラで不潔で―――でも、なぜかほっとけなかった。 のだめと一緒にいるとなんだか楽しくて面白くて心地よくて。 その反面、傍にいないとなんだかつまらなくて落ち着かなくなってしまった。 いつの間にか、オレの心の中にすっと自然に入り込んで居ついてしまって、それが当たり前のように感じるようになった。 のだめのピアノだけが好きなはずだったのに、いつのまにかそのベクトルが、 のだめ本人に向けられていると自覚したのはいつだっただろう? ずっとずっとオレの傍にいて欲しいと思うようになったのは……? どんなに早く歩いても、オレの後を追って必死に追いかけてくる。 そうかと思って捕まえようとすると、とたんに逃げていく。 愛おしくて、もどかしくて、手に入れたくてたまらなくなる。 捕まえて閉じ込めて、どこにも逃がしたくなくなる。 誰の目に触れさせることなく、オレだけのものにしたくてたまらない。 それがオレの自分勝手な酷いエゴだとわかっていても…。 今、のだめを失ったら、きっとオレはオレでいられなくなるだろう。 もし、オレからおまえを奪うやつがいたら、きっとそいつを八つ裂きにしてやりたいと思うだろう。 オレがおまえのことを、こんなにまで狂おしいほど愛おしいと思っているなんて、おまえ知らないだろ? 「……おまえが、欲しい……」 そっとのだめに口付ける。 甘い甘い唇。 そっと舌を滑り込ませると、同じ甘いワインの味が口内一杯に広がった。 舌を絡ませ、唇に歯茎についたワインの残りを舐め取っていく。 「……う…ん…はぁ……」 くちゅり、くちゅりと湿った水音が室内に響き、互いに酔ったように夢中で舌を唇を絡ませる。 千秋はのだめを強く強く抱き締め、その華奢で柔らかな身体を撫で上げる。 のだめは両手を首にまわし、髪をクシャクシャにしながら必死に縋り付いてくる。 「……はぁ……」 ようやく互いの唇を離したが、舌は名残惜しそうに最後まで絡み合い、つつっと唾液が糸を引いた。 「……ここでする……?それともベッドがいい……?」 のだめの耳元で優しく囁くと、のだめは頬を真っ赤に染めた。 「……ベッドで…して下サイ……」 そう恥ずかしそうに呟く。 「……了解……」 額にキスを落とし、優しくみつめながら、右手を背中に、左手を膝裏に手を回してそっと抱き上げ、 いわゆる『お姫様抱っこ』で寝室まで運んで行き、リビングの電気を消した。 寝室は3週間前と殆ど変わっていなかった。 唯一つを覘けば。 「……クリスマスツリー?これどうした?」 のだめをベッドに寝かせながら尋ねる。 ベッドのすぐ傍に、クッキーでできたオーナメントと、やはりというかプリごろ太フィギアでデコレーションされた、 小さな本物のもみの木が立てられていた。 「綺麗でしょ?実はターニャ達と一緒に市場に買いに行ったんです。デコレーションものだめがしたんデスよー♪」 のだめは得意気な顔をする。 …あれ…? 何かに気付きよく見てみると、なぜか折り紙に、 『今度の選考会で勝って学内コンサートで演奏できますように♪のだめ』 『先輩の仕事がこれからもずっとずっと成功しますように♪のだめ』 と書かれ、カズオとプリリンの間にぶら下がっていた。 ……七夕かよ……。 「……のだめ、これ……」 思わず脱力しながら聞くと、のだめはますます得意気に胸を張った。 「うきゅ♪願い事書いたんです。ターニャ達にも教えてあげたら、やってみるって喜んでましたヨ!」 ……おいおい…間違った日本文化を教えるなよ…。 そう思いつつも、のだめの健気な願い事が嬉しくないわけはなく――― 思わず顔が緩むのを止められなかった。 「先輩?どしたんデスか?にやけちゃって……」 「ほっとけ!それより……」 そっとのだめの横に座り、優しく頬を撫でながらみつめる。 「……これからもうひとつ、おまえからクリスマスプレゼントを貰っていいか……?」 その“プレゼント”の意味を十分理解しているのだめは、赤面しながら小さく頷いた。 その恥らった顔が、千秋の欲望に火をつける。 「……あの、先輩。実は……」 その言葉を唇ごと塞いだ。 ゆっくりと口内を音を立てて舐め上げながら、のだめの豊かな胸をネグリジェ越しに優しく揉み上げる。 のだめは何か言いたげに、もがきながら千秋から逃れようとしたが、それがかえって千秋の狩猟本能を駆り立てた。 ……逃がさない……絶対に……! 無理やりのだめの身体をベッドに押し付け、それでも一応怪我をした右足に体重をかけないように気をつけながら、 上から圧し掛かり、息も出来ないほど何度も何度も角度を変えて、口内を蹂躙しながら強く強く吸い上げる。 お互いの唾液がくぐもった音を立てて混ざり合い、漏れ出た唾液がのだめの顎を伝っていく。 ナイトガウンを無理やり剥ぎ取り、ベッド傍の椅子に放り投げる。 ネグリジェの隙間から右手を滑り込ませ、淡いピンクの総レースのブラジャー越しに右胸を円を描くように揉み上げ、 左手でのだめのネグリジェの裾を乱暴に捲くり上げ、そのまますべらかなのだめの足をゆっくりと撫で上げる。 相変わらず、白く柔らかい肌はしっとりと掌に吸い付いてくる。 その感触を味わいながら、のだめをいつも通りゆっくりと追い詰めていく。 「……はぁっ…あんっ…セン…パイ…あの……」 ようやく唇を開放してやると、のだめは顔を上気させ、息絶え絶えになりながら、まだ何かを言おうとしていた。 「……いい加減、黙れよ……」 そうのだめの瞳をみつめながら強くそう言い、再び唇を塞ぐ。 この俺様がこんなにも夢中になっているというのに、そののだめが集中していないことが、千秋には許せなかった。 ……もうオレ以外のことは考えられなくしてやる……!!! ゆっくりと、舌を音を立てて絡ませ、吸い上げ、口内の内側を舌で強くねぶる。 今度は左手で左胸を揉み上げながらブラを上に押し上げ、こぼれ落ちてきたそのまろみを直に撫で上げて味わう。 白く柔らかい胸の中心にある、赤い頂はすでに快感を主張するように硬く張り詰めていた。 指先軽く弾くと、途端のだめの身体がビクリと跳ね上がる。 人差し指と中指で軽く挟んでコリコリと動かしてやる。 さらに強い衝撃に突き動かされるようにのだめの身体が跳ね上がり、 合わさった口内からくぐもった声が舌を伝わってダイレクトに頭に響いた。 再び、胸を円を描くように、時に優しく掴みながら揉み上げる。 右手は既に太ももから足の付け根へと移動し、そっとその中心を指先で撫で上げる。 ブラジャーとお揃いのショーツは、予想通りにぐっしょりと濡れそぼっており、蜜で溢れ返っていた。 軽く触れるだけで、腕の中ののだめの身体が、まるで陸に上げられた魚のように跳ね返る。 そのままゆっくりと人指し指と中指を揃えて前後に動かし、時々グリグリと強く押し付けながら撫で上げる。 「……はあぁっ…あんっ…セ…ンパイ…お…ねが…い…まっ…て…」 ようやく唇を開放してやると、のだめはまだ何か言いたげなようだったが無視する。 プレゼントの包みを開けるようにショーツのリボンを指先で引っ張ってほどいた。 ぐっしょり濡れたそれをベッド下に落とす。 軽く触れるだけでぴちゃぴちゃと音が静かな室内に響き、指先に溢れんばかりの愛液が絡みついた。 ゆっくりと右手の人差し指を中に溢れる泉に沈めるとなんの抵抗もなく、飲み込んでいった。 ……熱い……。 相変わらず熱くて狭いそこは、待ち構えていたかのように千秋の長く美しい指を銜え込んで、きゅうきゅうと締め上げる。 たまらず中指も突き入て、激しく出し入れしてやると、じゅぶじゅぶと音を立てながら飛沫をあげ、 千秋の手首までびしょ濡れにし、流れ落ちた愛液はネグリジェにしみを作った。 「……やあぁっ!……セン……パイッ……ああぁっ……!」 のだめは悲鳴のような声をあげて、全身を震わせながら両手でシーツをぎゅっと掴みながら登りつめた。 はぁはぁと荒い息を繰り返すのだめの目の前で、のだめの蜜で濡れた手をわざと見せ付けるように、 ゆっくりと口に入れて蜜を舐め取っていった。 そんな千秋の姿にのだめはますます頬を染め上げた。 「……久しぶりに、おまえの身体が見たい……」 耳元で甘く囁くと、のだめはしびれたように動かなくなった。 そのままのだめを優しく抱き起こすと、のだめに両手を挙げさせ、ネグリジェを頭からゆっくりと脱がせた。 一緒に胸の上に押し上げられていたブラジャーのホックを片手で器用にはずす。 千秋もパジャマを脱いでボクサーパンツ一枚になり、のだめの衣類と一緒に椅子に放り投げた。 そのまま胸を隠そうとするのだめの両手をつかんで組み伏せ、ベッドサイドの淡い光の中で、 3週間ぶりに見るのだめの生まれたままの姿をじっくりと眺める。 サラサラの栗色の髪も、同じ色の大きな瞳も、時々ひょっとこ口になるふっくらとした紅い唇も、華奢だが柔らかな身体も、 それに似つくかわしくないほど存在を主張している豊かな胸も、透き通るよう白いすべらかな肌も……すべてが愛おしかった。 こいつはこんなに綺麗だったか? こんなにも愛らしかったのか? 出会った頃はゴミ溜めに住む、ただピアノが凄くうまいだけの変人としか思えなかったのに……。 今ではこの腕の中の存在が何よりも愛おしい。 「……好きだよ…のだめ……」 愛しげに囁きながら、優しく口付け舌を絡ませた。 くちゅりと音を立てながら唇を離すと、そのまま頬…鼻…耳朶…うなじ…顎…鎖骨…と、やさしく唇でなぞり、 舌で舐め上げ、時には強く吸い上げて所有の証を刻む。 「……はぁ……あんっ……あぁっ……!」 のだめはもう抵抗する気力もないのか、ぐったりとしながらひたすら千秋の愛撫に喘いでいた。 白いまろみまでたどり着くと、両手で優しく揉みながらその紅い小さな果実を口に含み、舌先でちろちろと転がした。 そして大きく口を開けてむしゃぶりつきながら、舌で唇で丹念に舐め上げる。 「やあぁあっ……!センパイッ……!」 悲鳴のような声をあげてのだめが千秋の頭にしがみつきながらおとがいをそらした。 ハァハァと荒い息を漏らしながら、千秋の髪をくしゃくしゃにかき回す。 お互い視線が合って、どちらともなく唇を合わせた。 唾液ごと舌を絡ませ、強く吸い上げる。 何度のだめの唾液を飲み干してもまだ足りないと感じてしまう。 まるで海水を飲んだかのように……熱病に罹ったかのように、喉が乾いて乾いてたまらない。 「……おまえが、好きだ…おまえは……?」 睫が重なるほど間近で、のだめの瞳を覗き込みながら尋ねる。 「……好きに決まってるじゃないデスか…のだめが世界中でただ1人好きなのは…愛してるのは先輩だけなんデスよ……?」 愛するものに愛される―――そんな至高の喜びに満ちたりた笑顔でそう言うと、のだめはそっと瞳を閉じて、 千秋の唇に自らのそれを寄せ口付けた。 何度も何度も情熱的に、激しく舌を絡ませる。 「……ん……ふぅ……」 くぐもった声が漏れ、唾液が零れるのも構わないほど熱く激しい情熱的なのだめのキス――― そんなキスをあえて受身になって楽しんでいた千秋だったが、抱き締められてひっくり返され……気がつくと仰向けにされていた。 「……えっ……?」 のだめが腹筋の上に馬乗りになり、恥ずかしそうに笑いながら千秋を見下ろしているという事実に、しばし呆然とする。 「……今度はのだめにさせて下サイ……」 「…えっ?…おい…ちょっと…!」 慌てて起き上がろうとする千秋を押さえつけながら、のだめは素早く千秋の左の耳朶を小さな紅い舌でぺろんと舐めて、 ふっと熱い息を吹きかける。 「…う…あぁっ…!」 身体中にぞくりとするような快感が走り、思わず悲鳴のような声が漏れてしまった。 …力が…抜ける……。 千秋の性感帯を攻めたのだめは、してやったりという感じで笑いながら、そのまま千秋の端正な頬やうなじを唇でなぞり、 時折舌でちろちろと舐める。 細くて白い柔らかな指で、千秋の細身だが均整の取れた逞しい身体を、さわさわとまるで鍵盤を弾くように触れていく。 強弱をつけ、優しく……時に強く撫で、それに連動するかのように柔らかな唇が千秋の鎖骨に触れ強く吸い上げた。 「…うきゅ…キスマーク、付けちゃいました…」 千秋の白い磁器のような滑らかな肌に浮かび上がった紅い華を見ながら、のだめは嬉しそうに千秋を見下ろす。 そんなのだめの身体にも、先ほど千秋がつけた紅い華が無数に散りばめられている。 そんな淫靡な光景を目の前にしながらも、千秋はまるで痺れたように身体を動かせなかった。 ……なんなんだ?今のテクニックは……あんなのオレは教えた覚えはないぞ……? のだめの与える愛撫のあまりの凄さに、千秋は身体が奥深くからなにか溶け出すような、そんな感覚に囚われていた。 確かにのだめは初めての頃とは比べものにならないほどセックスが上達している。 間が空いたとはいえ、2ヶ月かけてみっちり教えたかいあって、身体を重ねるごとにどんどん凄くなっていくのを、 毎回実感している。 しかし―――いつのまにあんな凄いテクニックを覚えたんだ……? そんな千秋の戸惑いをよそに、のだめは再び愛撫を再開した。 ゆっくりと逞しい胸にさわさわと指を這わせ、左手の指で左の乳首を優しく撫で、 右の乳首は紅い舌先でちろちろ舐めながら口に含んで湿った音を立てて舐めあげた。 淡い光の中で快感を主張するかのようにすっかり尖った乳首は、唾液でぬらりと光っていた。 ……すごい……。 「……はぁ……あぁっ……!」 千秋はその端正な唇から、甘い吐息を零れるのをもう止めることができなかった。 のだめの指が、唇が、舌が触れるたびに、その部分がまるで熱をもって溶け出していくようなそんな感覚に襲われる。 ……身体が、熱い…まるで燃え上がるようだ……。 オレ、本当にどうしたんだ……? いや、それよりのだめだ…いったい何が、どうなってんだ……? 「……真一くん…気持ちいいデスか……?」 引き締まったわき腹を撫で、臍を赤い舌を伸ばしてちろちろと舐めながら、のだめは尋ねる。 “真一くん”と聞いたとたんに、ドキッとときめく。 普段は“千秋先輩”とか呼んでるのに、甘えたい時、寂しい時に無意識なのか呼ぶ時がある。 そう呼ばれると……正直なところ、ツボを押されるというか、可愛くて可愛くてたまらなくなる。 しかし、今まではセックスの最中には、呼んだことはなかったのに……。 そんな疑問も、今度は引き締まった腹筋をぺろぺろと舐められ、湧き上がる快感の凄さに、もはや思考がついていかない。 「……あぁ…すごい…最高だ…のだめ……」 身体を震わせ、のだめの頭を両手で掴む。 のだめは、ふいにその右手を掴んでぺろりと舐める。 「…………!!」 のだめのざらざらした柔らかい舌がちろちろと千秋の大きくて無骨な、でも滑らかな白い手を唇でキスししながら舐めていく。 指を一本づつ口内に入れ、丁寧に舐めあげていく。 ピアニストでもある敏感な千秋の指が、暖かなのだめの口内にどこまでも吸い込まれ舌が絡みつくその感覚は――― まるでのだめの中を連想させた。 のだめは今度は左手の愛撫を始めていた。 今や千秋の神経はするどく研ぎ澄まされ、のだめから与えられる感覚すべてに占領されていた。 まるで指揮台に立ってオーケストラを演奏する時のように――― 「……あぁ…のだめ……いいっ……!!」 のだめから与えられる愛撫に、千秋はあられのない声で喘いだ。 普段の俺様からは想像もつかない姿……こんな姿今まで誰にも見せたことはなかった。 あの気位の高い彩子にだって……誰にも……。 それが、あののだめ相手だぞ……? いったいどうなってるんだ……? そんなことを考えているうちに、のだめが千秋のボクサーパンツに手を掛けていることに気がついた。 「お、おいっ!!」 さすがに慌てる。 「それはまだ教えてないだろ?別に無理しなくてもいいから……」 「……のだめ、無理なんかしてまセンよ……?」 そう言いながら、布越しに硬く盛り上がっている千秋自身にそっと触れる。 「〜〜〜!!」 鋭い射精感が走りぬけ、危うく先走りするところだった。 のだめは、盛り上がっている部分に気をつけながらボクサーパンツを下ろして、椅子に放り投げる。 千秋自身はすでに天に向かって硬く立ち上がっており、鈴口からすでに溢れんばかりの先走り液が滴っていた。 のだめはしばらく黙ってそれを眺めていたが、手を伸ばし右手で軽く握りながら、亀頭にそっと唇を寄せた。 のだめのふっくらした柔らかな唇が自身を飲み込んでいく様子を、千秋は夢の中の出来事のようにぼんやりと眺めていた――― 「――――!!!」 が、すぐに柔らかく暖かいものに覆われた感触に全身をつらくような快感に支配される。 「……はぁ……あぁっ……!!」 思わず、女みたいな喘ぎ声が漏れ出てしまった。 のだめの柔らかい唇が亀頭を銜え込み、じんわり溢れ出る先走り液を舌でちろちろと舐めながら唾液と一緒に飲み込む。 くびれの部分を舌先で重点的につつきながらくるりと円を描くように舐めまわす。 右手で竿をしごくように上下させ、左手で袋の部分をやわやわと優しく揉みあげる。 喉奥まで飲み込んで、口内全体で絞りあげ何処までも吸引する。 そうかと思うとざらざらした暖かな舌で、根元から先端までわざとらしいほどゆっくり舐めあげた。 まるでアイスキャンディーを舐めるかのように――― のだめが与える愛撫は、恐ろしいまでに執拗だった。 「……の…だめ……ああぁっ……いいっ……!!」 千秋はのだめの髪を両手で梳きつつ、荒い息継ぎをしながら悲鳴のような声をあげた。 あまりの快感の凄さに、もう何も考えられない。 千秋は今まで、セックスだけではなくすべてにおいても自分を失うということはなかった。 どんな状況においても、冷静であり理知的に行動する。 たとえ家族であっても、弱味を曝け出すようなことは決してなかった。 それがどうだ―――のだめと出会ってから調子が狂いっぱなしだ。 好きだと追っかけてくるくせに、捕まえようとするとすぐ逃げる。 この俺様をこんなにも翻弄するのは、感情的にさせるのは――― こんなに理性をなくしたみっともない姿を曝け出せるのは、のだめ……おまえだけだ……!!! 「……真一くん……どうして欲しいデスか……?」 ぺろぺろと鈴口を舐め、竿をしごきながら、くぐもった声でのだめが聞く。 その声は恐ろしいほど甘美で……千秋はその魔力に捕りつかれていく。 ……どうして欲しいかって…?決まってるじゃないか…!バカのだめの奴……。 そう怒りを覚えつつも、身体がいうことをきかない。 のだめの中に入りたい……早く…早く…のだめが欲しくて欲しくてたまらない…!! 「……ちゃんと言ってくれないと…このままやめマスよ……?」 それが真っ赤な嘘だとわかっていても…千秋にはもうどうすることできなかった。 理性が音を立てて崩れる音が聞こえた。 「……入…れて…くれ……頼む…から……」 息絶え絶えに、千秋が懇願する。 もう俺様千秋はどこにもなかった。 「……おまえが…欲しいんだ…のだめの中に…入り…たい…」 熱に浮かされたように、のだめの瞳をみつめる。 「……いやデス…」 信じられないのだめの拒絶に、千秋は一瞬全身が凍りついた。 「……ちゃんと、名前で呼んで下さい…恵って…じゃないと、もうやめマスよ……?」 悪戯っぽく笑いながら、千秋の顔を覗き込む。 くっ…!この小悪魔…!! 普段自分がのだめにやっていることを綺麗さっぱり棚の上に放り投げて、千秋は歯軋りする。 ……だが…もう耐えられそうにない。 身体の中心に血液も神経も集まっているかのように、身体が熱く疼いてしかたない。 「…恵…頼…むから…入れて…くれ…!!」 千秋はアルプスより高いプライドを投げ捨てて、叫ぶように懇願した。 それを聞いて、のだめは嬉しそうな笑顔で千秋自身を唇から開放し、ぺろんと唇を舐めながらむっくり身体を起こした。 のだめの秘部は千秋の腹筋にぴったりとつけられ、溢れ出た愛液が流れ落ちて千秋のわき腹に溜まり、 そこからシーツへと流れ落ちていった。 それから前屈みになって千秋の唇にそっと口付けた。 「……ゴム、いつものとこに入ってるから……」 千秋は、ベッドサイドの小さな引き出しを視線で指し示す。 だが、のだめはそんな千秋を無視して、腰を浮かせその赤く充血しきった濡れそぼる秘裂を、 そのまま千秋自身にあてがった。 「おいっ!おまえ何やってんだ……!?」 さすがの千秋も激しく動揺する。 くちゅりと音を立てながら互いの秘部が触れ合い、その熱さに一瞬理性が飛びそうになりながらも、 必死でのだめを止めようとする。 しかし、のだめは構わず千秋の亀頭をくちゅりと蜜で濡らしながら、膣内の中に少しづつ銜え込み、 ゆっくりと腰を下ろしていった。 「……だい…じょ…うぶデス…のだめ…ピル…飲んでます…から……」 息絶え絶えに言いながら、のだめはゆっくりと千秋自身を体内に飲み込んでいく。 「……ピルって、おまえが……?」 あまりの快感の凄さに理性を吹き飛ばしそうになりながらも、 それ以上自身が入らないようにのだめの腰を抑えつけながら千秋が尋ねる。 「……ターニャに…病院を…紹介してもらったんデス。ちゃんと…毎日決められた時間に…飲んでますから… 大丈夫です……」 「大丈夫って…なんで、いきなりそんな……」 「……真一くんが…好きだからですよ…真一くんと、本当にひとつになりたかったんデス… だから、お願いしマス。このまま生でさせて下さい!」 そう叫ぶように言いながら、千秋の唇に口付ける。 舌を絡ませながら、何度も角度を変えて唾液を混ぜあわす。 くちゅりと音を立ててながら唇を離して、みつめあった。 「……本当に、いいんだな……?」 「はい。お願いしマス…」 その顔はあまりに真剣で……千秋は降参するしかなかった。 「……わかったよ。でもな、の…いや恵。あまり無理するな。オレはおまえに負担はかけたくないんだ…。 でも…気持ちは嬉しかったよ。ありがとな……」 千秋はそっとのだめの頬を撫でた。 「のだめ、負担なんかじゃありませんよ…?真一くんと本当にひとつになれるためだったら、 毎日ちゃんとお薬飲むのだって平気ですから」 のだめはにっこりと笑う。 まったく、ズボラなくせに何言ってんだか…と思いつつ、千秋は胸が熱くなるのを感じた。 本当に、なんて愛おしいのだろう。 こいつをずっとこの腕の中で守っていけたらと強く願う。 この瞬間が永遠ではないとわかっていても――― 「……真一くん…いい、ですか……?」 そう言いながら、のだめは再びゆっくりと腰を下ろしていった。 「……ああぁっ……!!」 同時に、互いの唇から艶やかな吐息が零れる。 ……なんて…すごい……。 全身から汗が吹きだし、じっとりと身体を濡らした。 入り口のキツイ締め付けを越えた後は、無数の襞が微細に蠕動し、ぬめりながら千秋自身に絡みつき、 どこまでも吸い上げる。 膣内の中は溢れんばかりの蜜で溢れかえり、火傷しそうなほど熱い。 まるで溶けてしまいそうだった。 生でするという行為は責任感の強い千秋にとって未知なる体験であったが、そのあまりの凄さに頭の中が真っ白になる。 直に接するのだめの中は、熱くきつく、何か別の生き物が住んでいるかのようにのたうちまわりながら絡みつき、 千秋を逃すまいとどこまでも吸い上げる。 ようやく最奥まで到達し、のだめはふおぉと吐息を漏らした。 そのまま、馬乗りになって千秋を見下ろしながら両手を逞しい胸に乗せた。 「……上になるのは初めてだけど…動けるか……?」 のだめを見上げながら、今までの反撃とばかりににやりと笑う。 「……余裕なのは、今だけデスよ…?真一くん!」 生意気にも、ひょっとこ口で返される。 なっ!?と思ったらのだめがゆっくりと動き始めた。 両手で千秋の胸板をぎゅっとつかみながら上下に腰を振る。 襞と亀頭が激しく擦れ合い、するどい快感が全身を貫いてあやうく暴発しそうになり、千秋は腹筋に力を入れて必死に堪えた。 結合部からは互いの蜜が混ざり合って溢れ出し、ぐちゅぐちゅと淫靡な水音が響いた。 流れ出した愛液は白い泡で縁取られ粘性をともなって互いの太ももを濡らしながら、ゆっくりシーツへと流れていった。 綺麗な円錐形をした豊かな胸が、目の前でたぷんたぷんと優雅に踊る。 たまらなくなった千秋は両手を伸ばして、その白いたわわな果実を揉みあげる。 千秋の大きな手でもありあまりほど大きなそれはどこまでも柔らかく、揉みあげるごとに形をかえ存分に楽しませた。 指先で、ピンク色に染まった乳首をコリコリと摘んでやる。 「あっ!あん!やぁん!あぁ!」 リズムに合わせて、のだめが可愛く啼く。 普段の無邪気な少女の顔はどこにもなく、紅潮した顔に淫靡な表情を浮かべながら千秋を見下ろしている。 まるで千秋を支配しているようなそんな倒錯した表情をしていて…なんだかそれが千秋には面白くない。 のだめのくせに…お灸をすえてやらないと……。 いきなり千秋は腰を下からを激しく突き上げる。 「むきゃあっ!」 いきなりの千秋の反撃にのだめは思わず悲鳴を上げながら跳ねた。 「……ああああぁっ!…いっちゃっ……!」 全身を震わせながら痙攣している。 そんなのだめが落ち着く間もなく、千秋はまるで振り落とすかのように、激しく突き上げる。 必死にしがみ付いてくるのだめを、身体を起こして抱き締めながら舌を絡ませ唾液を送り込み、さらに激しく腰を突き上げた。 向かい合わせで抱き合いながら、のだめの揺れる胸を口いっぱい頬張り、乳首を舌先で転がす。 「ひゃあん!あんっ!やあんっ!」 のだめは千秋の背中にすがり付きながら甘い啼き声を上げる。 ベッドがギシギシと軋み、まるで壊れそうだった。 千秋は互いの結合部に右手を差し込み、蜜でぐしょぐしょののだめの蕾をぐりぐり押し潰した。 途端にきゅうきゅうとさらに締め付けがきつくなり、千秋はますます追い詰められる。 まるでサウナに入ったかのように全身から汗が滝のように流れ、互いの結合部からはとめどなく愛液が温泉のように湧き出して、 互いに溶けてゆくような感覚に襲われる。 このままふたり一緒にどろどろに溶けて、ひとつになってしまえばいい。 そしたら永遠におまえと一緒にいられるのに――― 薄れてゆく思考の中で、千秋はぼんやりとそんなことを考えていた。 「……シ…ンイチ…くん……の…だめ…もう……」 千秋に必死にすがり付きながら、息絶え絶えに懇願する。 「……め…ぐみ…いっ…しょに……」 ―――いこう――― どちらともなく舌を絡ませ、唾液を混ぜあい、口内を激しく蹂躙する。 上下からぐちゅぐちゅと湿った音が部屋中に響き、その音にますます煽られる。 千秋は円を描くように腰を動かし、ベッドのスプリングの反動も利用してさらに激しく突き上げる。 シーツは乱れきり、互いに汗で濡れた髪を振り乱しながら激しく求め合う。 千秋は身体の中心からせり上がってくる射精感に限界が近づいてくるのを感じとった。 「……ああああああぁぁっ……!!!もう…ダメ……いっちゃ…う!!!」 「……うぁあ…い…くぞっ……!!!」 ほぼ同時に叫びながら互いに頂点まで上り詰めた。 全身に強い射精感が走りぬけ、千秋はのだめの中に白濁した欲望を勢いよく吐き出した。 それは激しく痙攣しながら収縮した膣内の中に、飛沫を浴びせながら飲み込まれていった。 「……あぁ…熱…い…」 のだめが千秋の欲望を感じ取りながら小さく呟くのが遠のく意識の中で聞こえた。 視界が真っ白になり、互いに抱き合ったまま、崩れるようにベッドに倒れこむ。 しばらく室内には互いの荒い息遣いだけが響いていた。 全身が弛緩し、情事後特有の気だるさに襲われる。 だがこの気だるさを共有するのが、何より愛おしい存在であることがたまらなく心地良い。 互いの繋がりを解かないままみつめあい、汗で濡れた髪を優しくまさぐりながらそっと口付ける。 くちゅっ、くちゅっという湿った音が響き、互いの唾液を飲み干す。 のだめの中はいまだ千秋自身を優しく包み込み、うねるように絡みついたままだった。 「……真一くん…あの…よかった…デスか……?」 しばし放心状態だったのだめが、おずおずと口を開く。 それは、先ほど見せていた大人の女の顔ではなく―――いつもの童顔だった。 そんなのだめの顔に千秋は内心ホッとしつつ、先ほどまでこいつに焦らされていたということを思い出し、 とたんに恥ずかしさと悔しさでいっぱいになり、ぐったりとベッドに沈んでしまった。 ……オレとしたことが……こいつにあんなにも翻弄されるなんて……千秋真一一生の不覚……!!! 「……ああ…まぁ…よかった、けど……?」 本当はあんなに凄いのは生まれて初めてだったが、こう返すのがやっとだった。 「うきゅー、喜んでもらえてよかったデス…♪ミルヒーにも後でお礼言わないと……」 ……な、に……? 「……オイ……ジジイが、どうしたって……?」 自然と声が低くなるのが自分でもわかる。 のだめはその声に一瞬ビクつき、おずおずと千秋の顔を上目づかいで見上げる。 ……くっそー、可愛いじゃねーか…… そんな場合ではないのに、不覚にも千秋はそんな子猫のだめにときめいてしまった。 「うきゅー…実はミルヒーからも、クリスマスプレゼント貰ったんデス…先輩を虜にするための、 のだめ魔性の女化計画で……」 のだめはうつむき、両手の人差し指をつんつんしながら恥ずかしそうに言う。 「何の計画だそれはー!一体ジジイから何貰った〜!!」 「離れていても先輩が浮気しないように、のだめの魅力をアップして虜にさせるための計画です。 しっかり勉強しなさいってマニュアル本とビデオ貰って、とりあえず初級、中級編で勉強したんです……」 ……ジジイの差し金だったのか……。 がっくり脱力し、再びベッドに沈んでしまう。 「…あのー先輩?ミルヒーからクリスマスカード預かってるんですけど…」 そんな死んでるオレに、のだめはおずおず声をかける。 仕方なく手渡された封筒を開封し、ヒイラギのの添えられたクリスマスカードを開けると、 Silent Nightのメロディのオルゴールが流れ出した。 『親愛なる千秋へ 私からのクリスマスプレゼント、気に入ってもらえたかな? きっと満足してくれていると確信しているよ。 こんな私にキミはますます敬意と尊敬の念を抱くであろうということも。 では、のだめちゃんと楽しいクリスマスを。 Merry Christmas! フランツ・フォン・シュトレーゼマン PS.感想よろぴくネ♪ 』 「あんのぉ〜エロジジイ〜〜!!!」 千秋の手の中でカードはグシャリと潰れ、メロディがぶつりと途切れた。 くっそー、これは年明けにジジイに会った時、死ぬほど遊ばれるな……。 そんな千秋の気持ちを知ってか知らずか、のだめはおずおず話しかける。 「あのー先輩?上級編は先輩と一緒に見なさいってミルヒーから言われたんデスけど…一緒に見ます?」 「誰が見るか〜!そんなビデオさっさと捨てろー!!」 「え〜もったいないデスよ。のだめ1人で見ちゃいマスからね?」 「勝手にしろー!!!」 「あと情事中は下の名前で呼びあうのがいいって書いてたんですけど、どでしたか?よかったらこれからも……」 「誰が呼ぶか〜!!!」 まったく…そんな勉強なんかしなくても、もう十分魔性の女だろうが。 こんなにもオレを狂わせることが出来るんだから……。 それにしても、ビデオと本を見ただけであんな凄いテクニックを身に付けられるなんて、どこまで凄い集中力なんだ……。 これで、上級編を勉強された日には末恐ろしい。 楽しみなようなようなそうでないような…。 しかし……このまま終わったら男としてあまりにもふがいなさ過ぎる。 せめてのだめにだけはリベンジしないとな…… そんな思いを抱きつつ、千秋は身体がべとつくことに不快感を覚える。 シーツもグシャグシャで、改めて先ほどの情事の激しさを思い知らされる。 しかし、ふと絶好のリベンジの方法を思いつき、千秋は心の中でほくそ笑んだ。 「…なあのだめ、風呂入ろっか?」 のだめを優しく抱きながら、そっと囁く。 「そデスね…。のだめもなんだか気持ち悪いし…」 「じゃ、行くぞ。このまま抱っこしてってやろう」 「……あの〜先輩…?」 「どうした?」 「どうして風呂場に行くのに、このままなんですか!?それになんでこんなカッコ……」 千秋のそれは先ほどから繋がりを解かぬまま、のだめの中で硬さを復活させたまま入っていた。 千秋は、のだめの両腕を首にまわさせ、向かい合わせのまま抱っこをし、両手でお尻を支えたまま立ち上がった。 「……やぁん……!!」 千秋自身がズンッ!と勢いよくのだめの最奥を貫き、あまりの衝撃にのだめは悲鳴をあげた。 歩くたびに、千秋自身が奥深くに突き刺さり、のだめは息苦しさのあまり息継ぎが満足にできない。 繋ぎ目からは、混ざり合った互いの愛液が、重力に従って粘性を伴いながらゆっくりと落ちていく。 「…なんだ?こんなカッコはビデオで勉強しなかったのか?」 からかうように千秋が聞く。 「……し、知りまセン……!」 真っ赤になってのだめがそっぽ向く。 「のだめ、今度はオレのリベンジの番だからな。覚悟しとけよ?」 怯えながら上目遣いに見上げる子猫のだめに、いたずらっ子のように笑いかけながら、 千秋はバスルームへとゆっくり、じらすように歩いていった。 「……あっ…!…セン、パイ…や!…やぁん……あぁっ…!」 のだめの可愛い啼き声と熱い膣内を存分に楽しみながら、バスルームに辿り着く。 乾燥防止のために湯を張ったままのバスタブに千秋は足を入れ、のだめをしっかり抱えたまま慎重に沈めていった。 少しぬるくなったお湯は、2人のべとついた肌をやさしく包んでいく。 千秋がコックを捻ると熱いお湯が流れ出し、そのまま千秋はそっとのだめを抱きしめ、優しく、そして深く口付ける。 「……んっ……はぁ……」 舌を絡ませる音も、零れる吐息も、すべて流れる水音にかき消される。 ようやく唇を離した千秋がコックを閉めると、静寂が2人を包み、千秋は愛おしげにのだめを見つめた。 「おまえ、オレの留守中にこの部屋に入りびたりだっただろ?」 「な、何のことデスか…?」 「オイ…目をそらすんじゃねえ!たくっ…本気でごまかしたいなら、アレ、ちゃんと隠しとけよな……」 乱暴な言葉とはうらはらに優しい口調で、バスタブの傍に置いてあった千秋のではないバスセットに手を伸ばす。 可愛らしい花柄の洗面器の中に、ハート形のスポンジと高級バスセット一式が入っていた。 「……珍しいな。おまえがこんな高級なのを使うなんて」 カモミールの絵が描かれたバスジェルを手に取る。 「……むきゃ…実はそれもミルヒーからの……」 「クリスマスプレゼントか!?」 「……エヘヘ…のだめ魔性の女化計画第2弾デス……」 バツが悪そうにのだめは笑う。 ……たくっ、あのエロジジイ……。 くっそー……こうなったらもう毒を食らわば……だ! 半ばヤケクソ気味にバスジェルを風呂に流し込んだ。 たちまち、バスルームはカモミールの、まるでリンゴのような甘い香り広がる。 少し動いただけでしゃぼん玉が生まれ、2人を虹色に包んでいく。 「……なんか、アレだな……」 ……すっげー気持ちいい…… 先ほどまでの腹立たしさも忘れ、のだめを抱きしめながら千秋はうっとりと目を瞑った。 「うきゅー、いい匂いでショ?フランクもユンロンも『最近のだめいい匂いがするね』って褒めてくれたんデスよ〜♪」 「……おまえ、これ使用禁止!」 「ぎゃぼー!なんでデスかー!」 「うるさい!こんなエロジジイから貰ったものなんか使うんじゃねー!!」 「先輩のオニ!横暴ー!先輩はやっぱりカズオです〜!!」 「やかましい!とにかくオレと一緒の時以外には絶対に使うんじゃねぇ!」 思わず声を荒げると、のだめは驚いた表情で千秋の顔をマジマジと見つめ――― 「先輩…もしかして、ヤキモチですか…?」 「なっ…!?なに言って…」 ズバリ言い当てられ、思わずうろたえる。 「うっきゅっきゅー♪先輩可愛いデスね〜♪」 得意気な顔で千秋の頭をなでなでする。 「……オイ…調子に乗るってんじゃねぇぞ……」 千秋はのだめの背中をバスタブの縁に押し付け、細くて柔らかい太ももを両手で抱えた。 只ならぬ気配を察知して戸惑うのだめの顔を覗き込みながら、低い声で言う。 「……覚悟しろ」 そして―――渾身の力を込めて突き上げる! 「ひゃあぁっ…!!!」 いきなりの衝撃にのだめは悲鳴をあげて仰け反った。 「……やあぁっ…!…いっちゃっ……!!」 油断していたのだめは、衝撃に耐え切れず一気に頂点まで登りつめる。 身体中を激しく痙攣させながら手足を伸ばし、千秋の背中に必死にすがりつく。 激しく収縮する膣内で、危うく暴発しそうになるのを奥歯を噛み締めて必死に堪え、いまだきつい締まりの中で、 突き上げを開始する。 「…やあぁぁっ!…まだ…動いちゃ…セン、パイッ…!」 悲鳴をあげるのだめに構わず、腰を激しく打ち付けると、お湯がじゃぶじゃぶと大きな波を立てて2人に打ち寄せる。 波が立つたび、虹色のしゃぼんが生産され甘い情事を包んでゆく。 甘いリンゴの香りの湯の中で、千秋はのだめのすべらかな肌に唇をよせ、情欲の証を刻む。 熱い湯の中で繋がりに手を伸ばすと、そこは明らかにジェルとは異なる粘性をともなったぬめりが溢れ出ていた。 突起をぐりぐりと押しつぶすと、 「きゃああぁっ!」 とたちまち悲鳴をあげ、狭い膣内がさらに収縮し、手に感じるぬめりがさらに広がる。 湯の中でしゃぼんの中で見え隠れする、ピンク色に染め上がったたぷたぷと揺れる豊かな胸を口一杯に頬張り、 尖りきった乳首を舌先でちろちろと舐め上げる。 「……あぁっ…!…やぁんっ…!…センパッ…!…」 たまらないという風にのだめは千秋の頭に縋り付きながら、頭をイヤイヤするように激しく横に振る。 のだめを湯の中で抱え上げ、熱いのだめの中を激しく突き上げながら、むさぼる様に口付けを交わす。 皮膚がぶつかりあう音も、絡めあう唾液の音も、すべて打ち返す水音と混ざり合いバスルームに反響する。 のだめの膣内はお湯と愛液と残留した千秋の欲望が混ざり合い、それらが千秋自身にねろねろと絡みつきながら きゅうきゅうときつく締め上げ、離すまいと最奥へどこまでも誘い込む。 視界は虹色に染まって快楽に溺れた表情を彩り、耳からは甘い啼き声と打ち寄せる水音がこだまし、 甘いリンゴの香りが鼻腔をくすぐり、舌を絡めとるとその唾液はどこまでも甘く、 肌は白くすべらかで、その膣内は官能のるつぼのように千秋をどこまでも引き込む――― 五感を十二分満たされた千秋の情欲は、どこまでも増幅していった。 視界が再び白くぼやけ、思考が停止し始める。 ―――まただ――― 身体がどろどろ溶けて……のだめとひとつになるこの感じ……。 のだめ以外で、過去にこんなのを感じたことはなかった。 この腕の中の存在が何よりも愛おしくて、愛おしくて……。 魂ごとおまえとひとつになりたいと強く願う。 「……センパッ…なん、だか…の、だめ…すごく…へ、ん……」 息絶え絶えののだめの嬌声に、手放しかけてた意識が少し戻る。 「……どうした……?」 のだめの頬を両手で挟み、優しく覗き込む。 「……なん、だか…か、らだが…とけちゃ、いそうで……のだめ……」 その長い睫に縁取られた大きな瞳は、未知なる感覚への不安の色に染まっていた。 「……大丈夫……オレも……同じ、だから……」 そう言いながら、優しく口付ける。 そっと、まるで壊れ物を扱うかのように優しく……。 「……溶けて……オレと、ひとつに……なろ……?」 そうのだめの瞳を覗き込みながら優しく囁くと、のだめの不安の色は消えいつもの笑顔が広がる。 のだめは千秋にすがりつき、足を腰に絡ませてくる。 繋がりはより一層深くなり、未知なる快楽へと誘う。 「……セン、パイ……すき……だいすき……!」 「……知ってるよ……」 そう言いながら、強く強く抱きしめる。 そう、オレだって……この気持ちを、昔のようにもうごまかしたりなんかできない。 ―――この世の誰より、おまえが好きだ――― せりあがる射精感に再び限界が近いことを知る。 視界がぼやけ、のだめの甘い嬌声がフィルターがかかったように遠のき、全身に甘い痺れが広がってくる。 「……セン…パ…の、だめ……も……」 「……オレ…も…い…くぞ……」 千秋はのだめを縁に押し付け、足を両脇に抱え上げて、その中心に怒涛の勢いで自身を打ち込む。 お湯はバスタブから勢いよく溢れ出したが、もう何も考えられなかった。 思考を占拠するのは、この腕の中の愛おしい存在だけ――― 「……やああああぁっ!……もう…だめっ……!!!」 「……うっ……あああぁっ……!」 再び同時に登りつめ、視界が輝くように真っ白になり、互いに意識を手放した。 勢いよく飛び出した欲望は、これ以上ないほど収縮したのだめの膣内に一滴残らず吸い込まれていく。 そこはいまだにひくつきながら、千秋自身をどこまでも優しく包み込む。 そこからじわじわと甘い痺れが広がり、全身がまるで溶けていくようだった。 互いに全身が痙攣し、そしてゆっくりと弛緩しながらバスタブに沈みこむ。 2人の荒い息遣いと打ち寄せる波音が千秋の敏感な耳に反響し、それが手放していた意識を取り戻させた。 白く輝く世界から帰ってきた千秋は、気だるさの中、ゆっくり瞳を開けてのだめを見る。 「……のだめ……?」 のだめは、いまだ眠りの国の住人のままだった。 ピクリともせず、ただ長い睫を震わせながら、わずかに開いた唇から静かに吐息を漏らすのだめは、 まるで魔法をかけられた眠り姫のようだった。 千秋はそっとのだめを抱きしめ、優しく頭を撫でた。 濡れた髪から甘いリンゴの香りがし、肩に熱い吐息が零れ、千秋の胸に改めて愛おしさがこみあげてくる。 ずっと、ずっとおまえと一緒にいられたら――― 今、この瞬間が永遠に続けばいいと思う。 そんな願い、叶うはずないことなどわかっているのに――― 千秋は、そんな思いを振り払うかのように、そっとのだめに口付ける。 眠り姫にかけられた魔法を解く、王子様のように……。 「……んっ……」 千秋の熱に触れ、のだめがようやく眠りの国から帰ってきたようだった。 「……お目覚めですか?眠り姫……」 のだめが正気の時には、けっして口が裂けても言えない甘い言葉を囁く。 「……あ…れ…?…ここ……?」 どうやら記憶も若干混乱しているらしい。 ……ちょっと、無茶させすぎたか……。 先ほどのの激しい情事を思い出し、さすがに反省する。 「……大丈夫か……?ほら、しっかりしろ」 そう言いながら、いまだにふらつくのだめを身体ごと支える。 そっと抱きしめながらバスタブの栓を抜き、激しい情事の残り湯を流してゆく。 ゴボゴボと渦を巻きながら流れていき、後には虹色のしゃぼんが大量に残った。 それから、思い出したように2人の繋がりを解く。 それはいまだにのだめの中にしっかりと吸い込まれ、なかなか抜き出せなかったが、 両手でのだめの腰を掴み、思いっきり押しのけると、ようやくずるりと出てきた。 そこから甘い余韻とともに、2人の混ざり合った白濁した愛液が堰をきったかのように大量に溢れ出し、 虹色の中に溶け込んでゆく。 手を伸ばしてシャワーヘッドを掴み、互いをゆっくり洗い流してゆく。 熱い湯に打たれ、ようやくのだめも少しずつ意識を取り戻しつつあった。 「……センパイ……のだめ……気絶、してたんデスか……?」 「……まあな……悪かったな、無茶させて……」 そう言いながらコックを閉め、バスタオルでのだめの身体を優しく拭いた。 「もう寝よう。お互い頑張りすぎだな、今夜は」 「頑張りすぎたのは、先輩ひとりじゃないんデスか?」 と言うのだめのつっこみは、聞こえなかったことにした。 のだめを抱き上げて寝室へ向かうと、時計の針はすでに5時過ぎを示していた。 ……マジで、頑張りすぎたな…… 苦笑いをしつつ、のだめをバスタオルに包んだままソファに横たえて、くしゃくしゃになったシーツを取り替える。 それからのだめをベッドに運ぶ前に、いつの間にか剥がれてしまった湿布を貼りなおす。 「悪かったな、無茶して……大丈夫か?」 「……先輩、今の今までこの怪我のこと忘れていまセンでしたか?」 「な、なわけねーだろ!?何言ってんだ…たく……」 「なに目逸らしてるんデスか!……別に大丈夫ですよ。それにのだめも痛みを気にする余裕なんて、 とてもじゃないけどなかったですから」 「……悪かったなっ!……」 ちょっとふて腐れ気味の千秋に、のだめはうきゅっきゅー♪と笑う。 改めてのだめを抱き上げて、素肌のまま真新しいシーツに横たえ、千秋もそのまま姿でのだめの傍らに滑り込んだ。 柔らかい素肌を直に感じ、そっと腕枕をしてやりながら抱き合うと、互いのぬくもりが伝わってきてたまらなく心地よかった。 「……先輩、今はもう無理デスよ……?」 「……さすがに、オレも今は無理だから安心しろ……」 心地よい疲労感が漂う中、クスクスと笑い合う。 「……先輩……」 「……ん……?」 「……すっごく素敵なクリスマス、ありがとうございました……」 「……バーカ……まだクリスマス、終わってないだろ?……とびっきりのご馳走、楽しみにしとけよ……?」 そっと、のだめの柔らかな髪を撫でる。 「……来年も、再来年のクリスマスも、ずーとこうやって先輩と過ごせたらいいのにな……」 その言葉にドキリとする。 「……そうだな……」 ぼんやりと遠くをみつめる。 「これから先も、ずっとずうーっと先も、先輩とこうしていたいな……」 千秋は黙ってのだめの髪を撫で続けた。 「……真一くん。またどっか行くんですか……?」 その声はどこか寂しそうで、千秋の胸を締め付けた。 「年明けに、ベルリンで客演に呼ばれてて、あとプラハにも呼ばれてる。2月位には帰ってくると思うけど……」 「そう…ですか……」 千秋はのだめの頭を抱き寄せ、そっと額にキスを落とした。 「ゴメンな?」 ……寂しい思いをさせて……。 「へーきですよ。のだめ頑張って留守番しますから。ピアノも家事も頑張りマス!」 「ピアノはともかく、家事はなあ……」 「うぎっ!先輩バカにしてますね?のだめちゃんと頑張ってるんですよ?この前なんかターニャにボルシチの作り方を教えて もらったし、フランクもユンロンもおいしいって珍しく褒めてくれたんデスからね?」 「……ふーん……」 千秋は、のだめを抱く腕の力をより一層強めた。 「だから先輩も心配しないで、お仕事頑張って下さいネ!」 「……べつに、心配なんかしてないけど……」 「今度、先輩にもボルシチ作ってあげますね♪楽しみにしてて下さい」 「無理すんなよ?くれぐれも指を切らないようにしろよ。大事な選考会の前なんだし。あと、オレがいなくてもちゃんと ピアノの練習やれよ?わからないことがあったら、いつでも携帯にメールしていいからな?あと……」 「もう!先輩過保護すぎデス!もっとのだめを信用して下さい!」 「なっ!?過保護って……」 「頼むから自立した生活してくれって言ったの先輩じゃないですか。ピアノだってのだめにはちゃんとオクレール先生が いるんだし。のだめはもう、先輩がいなくても1人でちゃんとやってけマス!」 のだめがその言葉を、深い意味で言ったんじゃないってことぐらいわかってる。 わかってるけど……でも……。 オレのことなんかもういらないって言われたような気がして……ショックだった。 甘やかしたらいけない、自立させなければいけないと思っていたのに、いざそんな風に言われるたまらなく不安になる。 おまえがどんどん成長して、オレの腕の中から飛び出していくのが……怖い。 先輩なんかもういらない、必要ないと言われるのが……怖い。 おまえを……失いたくない………!!! 「せ、先輩…?苦しいデス……」 その声にハッと我に返ると、のだめを強く強く抱き締めている自分に気付いた。 「あ、わりぃ……」 慌てて腕を緩める。 「……先輩?どしたんですか……?」 心配そうに千秋の顔を覗き込む。 「……べつに、なんでもねー……」 そんなのだめの顔をまともに見られずに、瞳を閉じた。 なぜだろう……今がこんなに幸せなのに、ときどきどうしようもないほど不安になる。 のだめをこの腕に抱いているのに、のだめもオレのことをこんなにも愛してくれているのに……。 なぜか、この幸せが失われた時のことを考えてしまう自分に気付く。 こんな仕事をしてるから、いつでも一緒にいられるわけじゃない。 この先、のだめがピアニストとして成功したら尚更、すれ違いの日々が続くだろう。 おまえが前みたいに迷った時、つらい時、泣きたい時に、きっとただ傍にいてやることさえできない。 いつかその寂しさを埋めるために、のだめが手を差し伸べてくる他の男の手を取ってしまうとも限らない。 もしそうなったら、おまえを失ったら……オレはどうなのだろう。 オレが帰ってきたら、おかえりなサーイ♪と言いながら笑顔で抱きついてきてくれて。 オレが作ったご飯をおいしそうに食べてくれて。 オレの話を楽しそうに聞いてくれて。 オレの音楽を聴くのが大好きだと言ってっくれて。 オレのために弾く、おまえの楽しげなピアノを聴く。 そんなささやかかもしれない―――だが、かけがえのない幸せを手放すことなんかもう出来やしない。 もう、おまえ以外の女なんか愛せない。 おまえがいないと、オレはだめだ。 のだめを抱いている時にいつも感じる、このままひとつになりたいと思う気持ちは、この不安からきているのだろうか……? ひとつになればずっと離れなくてすむ………だから……。 自分はこんな情けない男だったのかと、激しい自己嫌悪に襲われる。 「……情けねー……」 「どーしたんですか?先輩…?」 思わず出た独り言をのだめが聞き咎め、心配そうに千秋の顔を覗き込む。 「なんでもないないから…気にするな…」 優しくのだめの頭を撫でる。 「そだ、先輩!CDかけてもいいですか?最近いつも聴きながら寝てるんです」 「いいけど…何の曲?」 「ラフマニノフの2番です。イメージトレーニングのために、このCD毎晩聴いてるんですヨ♪」 千秋を心配してか、大げさなほど明るい声で言いながら、のだめはベッドサイドに置いてあったCDプレーヤーの リモコンに手を伸ばす。 その時、はらりと2枚の紙がリモコンの傍から舞い、千秋の顔に落ちてきた。 「なんだ……?」 手を伸ばし、薄明かりの中で見ると、それは折り紙で、願い事が書かれていた。 『ピアニストとして成功して、先輩といつかコンチェルトが出来ますように♪ のだめ』 『先輩とこれからもずっとずっと一緒にいられますように♪ のだめ』 ……これ…… 「あ!これ先輩にもぜひ名前書いて欲しくて、まだ飾ってなかったんですよ。 このふたつの願い事は、一緒に叶えたかったったから……って先輩?どしたんですか?」 「……のだめ…おまえ、オレの母さんとなんか話した?」 「いえー、べつに。いったい何の話ですか?」 「……いや、そうだよな……。わるい、なんでもない……」 「いったいどうしたんですか?先輩さっきから変ですヨ?」 「いいから早くCDかけろって…」 納得できない顔で千秋の顔を眺めていたがのだめだったが、無駄だとあきらめてCDプレーヤーのスイッチを入れた。 やがて、鐘の音を思わせる和音が静かな室内に響いて、完全に暗譜した美しいメロディが流れ出した。 ……そうだよな……あいつが知ってる、はずがない……考えすぎだ……。 のだめの頭を撫でながら、瞳を閉じて美しいメロディに耳を傾ける。 甘く、優しく、どこか懐かしいピアノの調べを聴いてると、なぜか古い記憶が蘇ってきた。 もうすっかり忘れていた、幼い、子供の頃の、……。 突如、ある記憶がよみがえり、一気に覚醒する。 慌ててCDのケースに手を伸ばす。 「先輩?どしたんですか?」 驚くのだめを無視して、ベッドサイドに置いてあったCDケースに書かれていた内容を確認する。 『セルゲイ・ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番 ハ単調 作品18 ピアノ 千秋雅之 ベルリン・フィルハーモニー交響楽団 指揮 フランツ・フォン・シュトレーゼマン 録音 1986年12月 』 「のだめ…これ……」 ……オレが5歳の時の、父さんの初めてのクリスマスコンサートの時の……。 「あ、それこの前ミルヒーがくれたんですよ。今度ラフマニノフに挑戦するって言ったら 応援するからこれ聴いて勉強しなさいって、わざわざ日本で買ってきてくれたんですよ♪」 ……もしかして……気がついてない……? ジジイは当然気付いてるんだろうけど。 「のだめ……CD止め――」 「すっごく素敵なメロディですよネ!優しくて、綺麗で、愛おしさに溢れてまるで……」 心地よさそうに美しい旋律に耳を傾けながら、まるで猫のように千秋の胸に柔らかな身体を摺り寄せる。 「……まるで…先輩のピアノみたい……」 その言葉にドキリとする。 遮られた言葉を今さら口にもできず、そのままのだめを抱き締めた。 ……父さんのピアノは、母さんと離婚した時から一度も聴いたことがない。 CDでもテレビでも聴かないようにしてたし、当然公演にも行ったことがない。 だから、父さんのピアノを聴くのは本当に久しぶりで……懐かしさに不覚にも胸が熱くなった。 ―――………頑張るから……、父さんおまえと母さんのために、頑張るから……――― 「……先輩……のだめ、頑張りマスから……」 ふいに思い出の声とのだめの声がリンクされる。 驚いてのだめを見ると、のだめは眠りの国の世界の住人になりつつあった。 「……頑張って、ピアノ頑張って、絶対追いついてみせマスから……だから……いつか……いっ、しょに……」 やがて声は途切れ、完全に眠りの国へ行ってしまったようだった。 「……のだめ……」 千秋は、最高に幸せそうな顔をしたのだめの柔らかな頬に触れた。 そして、さきほどの折り紙を見る。 ……のだめ。おまえのこのふたつの願いは…… ―――オレが3歳のクリスマスの時に、神様に願った願い事と一緒なんだよ――― ひとつめの願いは、まだ無名の父さんが有名なピアニストになること。 ふたつめの願いは、家族がずっと一緒に仲良く暮らせますように。 幼かったオレは、このふたつの願いが相反するものだとは知らなかった。 だからこの願いが、両方叶うことはありえないということを、母さんはわかっていたのかも知れない。 父さんは翌年の世界最高峰のピアノコンクールで優勝した。 そして、売れっ子になった父さんは、やがて家に帰らなくなった。 母さんの愛情は、帰ってこない父さんから、やがてオレに移動した。 オレは父さんに帰ってきて欲しくて、母さんの言われるままに必死に音楽に取り組んだのに。 最初は見に来てくれていたコンクールにも、いつのまにか多忙を理由に来てくれなくなった。 やがて女を作って……オレが12歳の時、母さんと離婚した。 結局あの時のクリスマスが、家族で一緒に過ごした最後のクリスマスの思い出になってしまった。 あんなことを……願うんじゃなかった。 時々思わずにはいられない。 ―――あの時、父さんの成功を祈らなければ…家族はバラバラにならずにすんだのだろうか?――― 「……うぅん……」 ふいに、腕の中でのだめが寝言を言う。 腕の中の愛しき存在を見ていてふと思う。 こいつがピアノで成功して、オレの元から羽ばたいて行き――― そして……そしていつかオレの元に帰らなくなった時……オレは同じように後悔するのだろうか……? 3歳の時の自分を後悔したように………いつか今夜の自分を後悔する日がくるのだろうか……? 今夜のことを、若い頃の熱く激しい思い出として、傍にいないおまえを懐かしむ日がくるのだろうか……? おまえにピアニストとして成功して欲しい。 おまえといつまでも一緒にいたい。 このふたつの願いは、永遠に相反するものなのかもしれない。 おまえが成功するということは、オレ達はそれだけ一緒にいられないということなのだから。 父さんがオレを必要としなくなって、オレの元を去ったように……いつかおまえもオレを必要としなくなって オレの元を去る日が来るかもしれない。 ……だけど、だけどオレは………。 「………?」 腕の中ののだめがもそもそ動いていることに気付き、見下ろすと。 のだめは幸せそうな笑顔で右手を動かしていた。 よく見ると、その細く長い指は鍵盤を弾くようにシーツの波間を泳いでいた。 その指の動きは――― 「……ラフマニノフ……?」 父さんの弾く甘い調べに合わせて、楽しげに音を奏でていた。 まるで―――その指から、きらめくような美しいピアノの音が聴こえてくるような気がした。 「……バーカ。こんな時くらいオレの夢を見れよな……」 口では悪態をつきつつ、千秋はこれ以上ないほど優しい瞳でのだめを見つめた。 そんな2人を、甘美な旋律が優しく包んでゆく。 千秋は再びその美しくも優しいピアノの旋律に耳を傾ける。 ……やがてゆっくりと……懐かしい思い出がよみがえってくる。 父さんを憎むと決めた日から、記憶の奥底に封印していた、懐かしい――― 無名だった頃の父さんの観客はオレと母さんだけで。 だえど父さんは、オレ達だけのためにいつでもピアノを弾いてくれた。 オレは本当に父さんのピアノが大好きで……だからもっとたくさんの人に父さんのピアノを聴いてもらいたかった。 父さんが成功した時は嬉しくて嬉しくて、本当に嬉しくて。 やがて帰ってこなくなった父さんを、それでもずっと待ち続けた。 初めてのクリスマスコンサートの時、一緒に過ごせないと知って、聴きに行かないと拗ねるオレに、父さんはこう言ったんだ。 『頑張るから。父さん、おまえと母さんのために頑張るから…。だから真一も父さんのピアノを聴きに来て欲しい』 ふいに頬に熱いものが流れているのに気付く。 手で拭ってみて、それが―――涙であることを知った。 静かな室内で流れる旋律はどこまでも美しく甘美で…そして……そして愛情に溢れていた。 父さんが母さんを、愛しているという理由だけではなく、利用するために結婚したのも事実だろう。 父さんが母さんにさんざん貢いで貰って、成功したら愛人を作ってオレ達を捨てたのも事実だ。 父さんのようにだけはなりたくないと、ずっと思ってきた。 父さんのしたことを、今でも許す気にはなれない。 父さんに会いたいとも思わない。 でも……確かに父さんの奏でる旋律はどこまでも愛おしさに溢れていて――― 思い出の中の父さんは、今のオレのように幸せそうに笑っていて……あの時、確かにオレ達は父さんに愛されていたのだと思う。 オレがのだめのことをかけがえのない存在だと思っているように、父さんもオレ達のことそう思ってくれていたのかもしれない。 『ボク達は音楽でつながってる』 ふいにヴィエラ先生の言葉を思い出す。 それならば……オレと父さんも音楽でつながっているのだろうか……? どんなに離れていても、会えなくても、音楽でオレや母さんに話しかけているのだとしたら……? 父さんを許す気はないし、会う気もない。 だけど……だけど今は父さんのことを知りたいと思う自分に気付く。 父さんの音楽を聴いて、どんな風に思っているのか、考えているのかを知りたいと思う。 そしていつか―――何年後になるかわからないけど、父さんのことを許せる日か来たら――― 父さんに会ってみようと思う。 オレ達のことをどう思っていたのか、愛してくれていたのかを知りたいと思う。 腕の中ののだめを見つめると、相変わらず幸せな顔で旋律を奏で続けていた。 いつか、オレが父さんに会う時に……オレの傍にいて欲しい。 オレの手を握りながら、大丈夫だとオレを励ましていて欲しい。 どうかその時、おまえがオレの傍にいてくれますように――― 先のことなんてわからない。 こんな世界だから、成功するかなんてわからないし、どんな困難が待っているのかもわからない。 おまえが道に迷って挫けそうになった時に、すぐ傍で支えてやれないかもしれない。 ふたり離れ離れになって、会えない月日が流れて、やがてお互い自らの意思でこの手を離す日がくるかもしれない。 ―――だけど――― そっと、のだめの指に手を伸ばす。 ―――だけどオレは――― 父さんの奏でる美しい旋律を弾くのだめの指に合わせて。 ―――おまえの成功を願わずにはいられない――― かつての音楽室でのように、連弾した。 そして―――そっと瞳を閉じて、心の中で思い出の父さんの演奏を指揮する。 先のことなんてわからない。 オレ達がどうなるかなんて、神様にしかわからないだろう。 ただわかることは……おまえのピアノが、オレはどうしようもなく好きだということ。 オレだけじゃなく、世界中の人におまえのピアノを聴かせたいと願う。 オレがかつて音楽に絶望してやめようとしていた時、もう一度音楽の楽しさを思い出させてくれたように。 三善家に音楽が失われていた時、もう一度音楽を取り戻してくれたように。 世界中の人がおまえのピアノを聴いて、心の中に抱えている悲しみや苦しみが、少しでも癒されてくれたらと願う。 おまえのピアノにはそんな力があると、オレは信じてるから……。 この先おまえが道に迷った時、挫折を味わった時、オレはただ傍にいてやることさえできなくなるだろう。 だけど……心は傍にいるから。 どこにいても、おまえのことを想ってるから。 どんなに離れていても、心はおまえと一緒にいるから。 だからおまえも……自立して、1人でやっていけるようになったとしても。 オレのことを心の支えにしていて欲しい。 おまえがつらい時には、オレのことを頼って欲しい。 オレを必要としていて欲しい。 そう願うのはオレのエゴだとわかっているけれど……オレはおまえに必要とされていたい。 おまえが奏でるラフマニノフを聴いてみたい。 オレが指揮して、おまえが演奏して……きっと師匠が言うところの“最高に楽しい音楽の時間”になるだろう。 オレ達のコンチェルトは、きっと2人だけじゃなく、きっと未来のオレ達ファンの夢でもあると、 うぬぼれじゃなく確信している。 ―――だから、2人で叶えよう。オレ達のふたつの願いを――― あの頃はまだ何も知らない無力な子供で、オレはふたつの願いを両方叶えることが出来なかったけど。 今ならきっと、オレ達2人なら叶えられる―――今はそう信じたい。 やがて旋律が靄がかかったように遠のきはじめ、千秋も眠りの国の扉を開けて入っていった。 そしで……幸せな夢を見る。 オレはフォーマルを着て、S&Mと彫られた真新しい指揮棒を握る。 のだめは真紅のドレスを着て、胸元と左手にはハートのルビーが輝く 割れんばかりの拍手の中、2人揃って舞台にあがる。 聴衆に礼をし、のだめは椅子に腰掛け、オレは指揮台にあがった。 お互い顔を見あわせて微笑みあうと、のだめの手が鍵盤に落とされ、美しい和音を奏でだす。 オレは一気に指揮棒を振り下ろし、そして――― 最高に楽しい音楽の時間が始まった。 そんな幸せな夢を………きっとのだめも同じ夢を見ていることを確信しながら、千秋は深い眠りに落ちていった。 やがて空は白み始め、凍てついた雪を碧く輝かせてゆく。 遠くから鐘の音が鳴り響き、聖なる夜に終わりを告げようとしていた……。 〜Merry Christmas for sweethearts〜 Christmas Memory〜ふたつの願い〜〜fin〜 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |