千秋真一×野田恵
![]() 「あ、思い出した!センパーイ、のだめちょっとターニャに楽譜借りて来マスねー」 「おー」 夕食後、そう言ってのだめが部屋を出て行った直後、部屋の呼び鈴が鳴った。 「oui?」 誰だ、こんな時間に?のだめが戻って来るにしては早過ぎるし。 ロックを解除し、扉を開ける。と、そこに立っていたのは。 「おー、千秋ーーー!!久しぶりー!!!」 「み…峰ーーー!?清良!?どうしてお前たちこんなとこに……!?」 「ごめんねー、千秋くん。空港から、パリに着いたって電話しようって言ったのに、 龍が『突然行って驚かせてやる!』って言い張るもんだからー」 「指揮者デビュー、おめでとう!今はオフなんだろ?」 「あ、ああ、ベルギーで振って、おととい戻ってきたところ……」 とりあえず中へ、と2人を中へ通す。これが間違いだったのかもしれない。 いやー、相変わらず広い部屋住んでンなお前、と峰は部屋を見回した。 「で、のだめは?出かけてンのか?」 「……このアパルトマンの、友達のとこ。すぐ戻る」 「千秋くんの彼女、早く会いたいな〜」 峰のヤロー、当然のようにのだめが俺の部屋にいるって思ってンな。 彼女。彼女、か……彼女ね…… 嘘ではない。いまやまるっきり真実なのだが、この俺様があいつのことを 「彼女」と紹介するのかと思うと、緊張して心臓が痛くなってくる。 正直言って、照れる。ただそれだけの理由。 今までなら「彼女じゃねえ!」と反論できたのに、もう出来ないワケだ。 そこへ、ただいま〜、とのだめが飛び込んで来た。 「おーー、のだめーーー!久しぶり、元気だったかー!?」 「……えーーー?峰くんだーーー!すごいデス、どうしてパリにーー!?」 バカ2人が久々の対面を喜んでいる。 清良は、のだめとは話すのは初めてのはず。 のだめ、こちらは、と紹介しようとすると、先に清良の方から口を開いた。 「はじめまして、三木清良ですー!噂聞いてます、きゃあー、千秋くんの彼女〜」 「あー、峰くんの彼女サンですよねー、ヴァイオリンの!はじめマシテ、妻でーす ……ぎゃぼ!先輩、グーでぶつのはやめてくださーい!」 「ち、千秋くんグーって…」 ちくしょー。俺が照れてる間にこの女は、いとも容易く壁を蹴倒してしまった。 女たち2人はあっさり打ち解け、お互いの留学先の話などを語り合っている。 相変わらずの、感覚的な”のだめ語”が散りばめられている珍妙な会話だった。きっと 清良の頭の中にも今、「世界不思議発見」と「動物奇想天外」が渦巻いていることだろう。 …のだめも、黙ってはたから見てる分には十分「かわいい」部類に入るのにな。 ジャンもかわいいって言ってたし。スタイルもいいし…清良より胸デカいなやっぱり ……ちょっと待て、俺は何を考えてるんだ。俺まで変態の仲間入りをしなくてもいいんだ……。 いけない。思考回路まで峰のペースにやられたようだ。ここはさっさと追い出そう。 「いつまでこっちにいるんだ?」 「10日間の予定なの。どうもありがとう、泊めてもらえるなんて。感謝してまーす」 −−−−−−はあ?泊める、だあ? 「ちょ、ちょっと待て!峰、何の話だ一体!」 「え……ちょっと龍、あんた『向こうでは千秋の家に泊めてもらうことになった』って 言ってたけど、まさかと思うけど千秋くんには…」 ふふふふふ、と峰は満足げに微笑んだ。 「千秋、これを見ろ!」 峰がカバンから取り出したのは、1枚の封筒。表には何も書いていない。 それを受け取り、中を開くと出て来たのは、手紙だった。ドイツ語の。 ”千秋、ベルギーは好評だったようデスネ。 ところで、峰くんと清良チャンがパリへ行くそうです。パリのホテルは高いから、 千秋のところに泊めてもらえばいい、と言っておきましたからヨロシクね。 キミは隣ののだめチャンのところへ泊まればイイでしょう? というより何で一緒に住まないの? じゃあガンバッテ。来月会いまショウ。 追伸:ワタシの見たところ、清良チャンはBカップネ。チェックお願いシマス。 あなたの シュトレーゼマン” 「なんであのオヤジ、こんな手紙……」 「ついこないだ、また桃が丘の理事長のところに顔出してたンだよ。で、パリ行くから 千秋の顔見て来ようと思う、って言ったら「じゃあ紹介状書いてあげマショウ」って」 しょう、かい、じょう、だぁーーー? 「断るーーー!!!うちは宿屋じゃねーぞ!!ホテルでも何でも探せーーー!!」 「い…いいのか、千秋、そんなこと言って!シュトレーゼマンからの伝言、伝えるぞ!」 「何だ一体!」 「『師匠の命令は絶対デース!!!』」 ………ちくしょー!!!! 「……じゃ、俺は隣に転がり込むから…寝室はこの扉。シーツは替えておいた。風呂は あっち、タオル類はこの棚。あとはなんでも好きに使え。おやすみ」 「ああっ、千秋!ちょ、ちょっと待て!」 去ろうとした俺の手を峰がいきなりつかみ、寝室のドアの中へ引っぱり込んだ。 「まだなんかあんのかーー!!」 「しィッ!小声で!……千秋に、男同士の頼みがある!」 「頼みだぁ〜?」 なんか、イヤな予感……。これ以上、峰の頼みだなんて、ロクなもんじゃねーだろ。身構える。 「コンドーム貸せ」 「………あぁ?」 「どうせ常備してんだろ?外国じゃどこで買えンのかわかんねーから、日本から持って来る つもりだったのに忘れちまってさ」 「勝手に薬局でもどこでも行って、自分で買えーーー!俺はお前の性生活まで面倒みねー!」 「千秋……シュトレーゼマンは『千秋は絶対持ってマスから、頼ればイイデス』って言ってたぞ」 「嘘つけ!」 「あのオッサンによると…『寝室のサイドテーブルの上の引き出しの一番右奥……』」 ………え。 な、なんで知ってるんだエロジジイ……!? ……、もう、いい。こんな事、さっさと終わらせよう。 俺はあきらめて、たった今峰の言った場所、サイドテーブルの引き出し上の一番右奥、から コンドームを出し、箱ごと峰に渡した。 「サンキュー☆おー、日本製?」 「売ってンだよこっちでも……いいから早くしまえ」 「まあ待て」 そう言うと、峰は箱を開けて中から2つ、袋を取り出し、俺に渡した。 「今夜のお前らの分な。あ、もう1ついる?追加は、明日一緒に買いに行こ−ぜ☆」 …俺は物も言えないまま、峰と清良を残し、自分の部屋をあとにした。 「………」 峰は、つまり俺とのだめがそーゆー関係だってハナっから思ってるってワケだよな… みんな、日本にいるときからいくら俺が”彼女じゃねえ”と言っても聞いてなかったし…。 てことは当時から「そうだ」と思われてた、ってことで。 俺がいまさら照れる必要なんか全然ないってことじゃねーか。 それって、なんか不本意だ……。 「お茶ですよー。センパイ、難しい顔してますネ……」 のだめが紅茶をいれて持ってきてくれ、床のラグの上に並んで座る。 この部屋も、日本にいたときとは比べ物にならないくらい綺麗なモンだ。 こうやって、座るスペースがあるんだから。 そして−−−−−2人で使うベッドも。 「メルシー。いや、ちょっと疲れて…峰のペースに巻き込まれたのは久しぶりだから」 「相変わらずですよねー峰くん。だけど清良さん、改めて間近で見ると、すっごいキレイ! 峰くん、幸せだー。あへー」 あへー、って、こんなときに使う言葉かよ。この変態。 ………俺も、十分幸せもんだよ。 「…清良は、Bカップだってよ?お前のほうが勝ってるじゃん」 軽くのだめの胸をはじいてみる。弾力のある胸。やっぱり、どう見ても清良よりでかい。 「セ、センパイ、なんでそんなコト知っとっとデスかっ!?まさか…」 「シュトレーゼマンの見立て。まさか、ってなんだよ」 「いえ、先輩、案外ムッツリだから……おっぱい好きだし…」 「ばーか。…じゃあ、せっかく峰が俺たちにってくれたモン、使わないとな」 「何デスか?」 これ、と、俺は先刻峰から渡された、2つのコンドームをのだめの手のひらに乗せた。 「……がぼーん!?ななななんで、峰くんが、こんな?」 「まあ、いいから。…2つしかないけど、いい?」 「いいも何も……先輩、やっぱりスケベ……」 何か言ったか?と言いつつ、のだめの腰を抱き寄せた。のだめも、俺の首に両腕を巻き付ける。 「ん……」 唇を合わせると、スイッチが入ったように体の中心が熱くなる。まるで即効性の毒だ。 指先からも、触れあう肌からも、のだめの熱がすぐに流れ込んでくる。 こいつの体の、とこもかしこもが愛おしい。 「……ホントに、2つで足りるかな……?」 「………足りるくらい、ゆっくりで、でも濃厚なの、お願いしマス……」 かんたんに言ってくれる。だけど、望むところだ。こいつを悦ばせられるなら何だって。 のだめの髪に顔を埋めながら、ちょっと躊躇したが、思いきって口に出してみる。 「…なあ、……オレ、照れ屋だけど…その、どう思う?過剰かな?いろんなことに……」 「ふぉ…?何のことデスか?よくわかんないですけど、のだめは先輩の照れてる表情が とっても好きなんですけど。俺様なのに照れ屋、ってとこがイイんだと思いマスよ?」 だってこれでー、いきなりバラの花くわえて”ジュテーム”なんて毎日言って、人前で いちゃこらキスしてくれるようになったりしたらー、それ先輩じゃないデスよー。 「……妄想しないでくれ」 「えっちのときは俺様系ですケドね」 「………」 「…あ、照れた。うーん、カンタンですねー♪むきゅきゅ」 「………うるせー!!」 「羞恥プレイ?」 「……だから、どこでそんな言葉覚えて来ンだよ!くそっ、もうしゃべらせねーぞ!」 いつものパターンだ。のだめの軽口を、唇でふさぐ。俺の得意技。 ……少しは勝てるようにならねーと。 憎まれ口きいてもらわないとキスもできない、なんてことになっちまっても困るから。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |