千秋真一×野田恵
![]() 「雨の日は憂鬱」って、昔の歌にあったけれど。 確かに溜息をつきたくなる。別に雨が嫌いとか、そんなんじゃなくて。 「ねこじゃらし」 窓にへばりついて、本日3回目の溜息が零れた。 「そんなにじっと見てても天気は変わんねーぞ」 今日は一日中雨だってさ、と後ろから届いた声にも振り向かず。 のだめは頬を膨らませてうらめしそうに天を睨む。 そんな彼女の様子に千秋は苦笑いしながらコーヒーを啜る。 「……久しぶりに先輩と休日が重なったのに」 神さまのヤキモチヤキ、と空に向かって悪態をついてから。 トトト、と千秋の隣に空けられたスペースへ移動し腰掛けた。 フランスの長い冬もようやく終わりを告げ。 街はすっかり春の陽気に包まれた。 パリに来て2度目の春を迎えた二人は、変わらずお互いに忙しい日々を送り。 それでもなんとか一緒に過ごせる時間を見つけて。 ずいぶん前から出掛ける約束をしていたのだ。 そりゃあ、先輩が演奏で留守にする以外は毎日顔を合わせてますケド。 ソレとコレとはワケが違うんデスヨ。 千秋の肩に頭をもたげながら、のだめは心の中で誰にあてるでもなく文句を言って。 はあぁ、とまたも溜息。 「……4回目」 クスクスと笑う千秋に数えてたんですかと眉をしかめつつ。 のだめは投げ出した足を子供のようにぶんぶんと振った。 「だって、せっかくのお休み楽しみにしてたのに……」 「せっかくの休みを溜息つくだけで終わらせる気か?」 たまにはこーいうのんびりした感じも悪くないだろ、と言う千秋の言葉に。 「まぁ、それはそうなんですケドね……」 曖昧に頷いてからもやもやとした気分を吹き飛ばすようにんー、と伸びをして。 のだめはよいしょっ、と勢い良く立ち上がった。 「おい、何をする気だ?」 テーブルの上には大量のお菓子とチーズ。そして程よく冷えたワインにグラスが2つ。 用意した当の本人はビデオデッキにテープをセットしているようで。 テレビの前にしゃがみこんでがちゃがちゃとボタンを弄っている。 「まさか、またプリごろ太のなんとか大冒険とか見せる気じゃねーだろな?」 ものすごく嫌そうな千秋の声に違いますヨーとのだめは笑い。 「ラブ・ロマンスだそうデス。こないだターニャがボロ泣きしたー、て言っててー」 貸してくれたんデスと言いながらセット完了! とパタパタ足音をたてて戻り。 再びちょこんと千秋の隣に座ってグラスにワインを注いだ。 「へぇ。おまえでもアニメ以外に映画なんて見るんだな」 しかも恋愛モノ、と千秋はいかにもわざとらしく驚いた顔を作ってみせ。 その様子に「失礼デス!」とのだめは少しムッとしつつも。 コレで先輩にメロメロな色気が漂えばおいしー休日にウキュキュ、と一人呟く。 「何か言ったか?」 「いえぇ別に〜」 あ、始まりマスヨとのだめは誤魔化し二人の視線はブラウン管に向けられた。 画面にクレジットが流れて。 千秋は固まった身体をほぐすように間接をポキポキと鳴らした。 まあ、わりと面白かったかな。演技もうまかったし女優も綺麗だったし。 話自体はありがちだったけど。 こーいうの女は好きそうだよな、と隣に座るのだめの顔を覗き込むと。 なにやらしかめ面をしている。 それは先程窓の外を眺めていたときと同じ表情で。 はう〜んステキとか言いながら抱きついてくるもんだと勝手に予想していた千秋は 内心残念に思いながらも疑問を投げかけた。 「つまんなかった?」 「いえぇ、面白かったデス。女の子のツボ押さえてあるし」 言いながらもその口は不機嫌そうにへの字に曲げられ。 リモコンの停止ボタンを押しながらのだめは本日5回目になるそれを盛大に漏らした。 「じゃあ何でそんな顔してんだよ」 「Je t’ envoie un gros gros bisou d’ amour」 はあ!? と言いながらも千秋の頬は赤く染まり。 なんだ結構ハマッてんじゃねぇかとのだめの肩を抱き寄せつつ彼女からのキスを待つ。 が……。 「こんな言葉1つで今までのゴタゴタがチャラなんてキレイすぎですよネ〜」 映画の話か、と完全に肩透かしを喰らい千秋はコホンと咳をした。 「いや映画なんだし。それに一応そこに行き着くまでの過程は描かれてただろ」 まぁそうなんですケド〜とのだめは立ち上がって伸びをする。 「なんていうか、二人の時間を大切にしないまま『好き』とか『愛してる』とか 『ずっと側にいて』でハッピーエンドになるのは……」 納得いかないんデス。そう言ってトコトコ窓辺まで行って、またも空を睨む。 「おまえだっていっつもそういう言葉使ってるじゃねーか」 彼女の心の雨模様がいまいち理解できない千秋は首を傾げた。 いいんですヨーのだめは、とむくれたままの返事が返ってきて。 「だって千秋先輩と過ごす時間、ちゃんと大事にしてるから」 だから先輩の心が音楽の方に行っちゃってもあとで捕まえられるんデス! そう言って笑うのだめにどうだろな? と意地悪く千秋は返すも。 ギャボッ! ひどいデスと叫ぶ彼女を優しげな眼差しで包む。 「先輩こそそゆこと言ってくれないから、ピアノに夢中になってるのだめを捕まえるのは むつかしいかもしれまセンよ?」 仕返しとばかりに言い返すのだめに千秋はひょいとお菓子の中からチョコレートをつまみ。 「ほらコレ、おまえの好きなやつ。残り1コ」 途端にパタパタと駆け寄るのだめの身体をがっちりその腕で拘束して。 ニヤリと笑う。 「おまえを捕まえるなんて、簡単」 「……しんいちくんズルイ〜」 ふたりクスクスと笑いながらソファの上でじゃれあって。 やがてその身体はバランスを失い、千秋は上からのだめの髪を掻き揚げた。 本当は、簡単になんて捕まえられない。おまえはすぐチョロチョロ逃げるから。 それでもオレはタクトを握り、おまえはピアノを弾く。 そのときお互いのことを頭からすっかり消してしまっていても。 必ずあとで捕まえてみせる。なぜなら―――。 「Ich habe dich lieb sehr」 へ? と顔を赤くしたまま首を傾げるのだめの唇に。 千秋はこんな台詞フランス語で言えるか、と照れながらも自分のそれを重ねて。 二つの影が一つになって沈んでいく。 天気予報が外れて雨が上がり、雲間から太陽が顔を出しても。 その前に彼女の心は晴れ上がっていたから。 お出かけの約束は結局中止されたけれども。 今日も、二人の間にあるのは素敵な時間と楽しい休日。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |