千秋真一×野田恵
![]() “めずらしいな…もう起きてるなんて。” 早朝、隣の部屋からの物音でオレは目が覚めた。 “まだ6時まえじゃねーか!!何やってンだ、アイツは!!” ベットの中でまだ起ききれない体をゴロゴロと転がせながら、 千秋真一は隣の部屋の物音に聞き耳を立てた。 “ん?!シャワー浴びてンのか?めずらしい…” そういえば最近はあいつの体からあまりにおいを感じることはなくなったな… そう、あの時、オレから野田恵へ感謝と愛を込めた抱擁を送ってからは。 多少変わった表現ではあるが、自分への愛を包み隠さず捧げてくれるあいつに 自分でも驚くほど深い愛を感じる毎日。 日本で二人が過ごした日々を知った人間からは想像もできないようなパリでの甘い日々。 それでもオレはケジメのない生活を送らないように、 なるべくあいつを自分の部屋に泊めないように心がけている。 家主である家族への気後れというのもあるがそれ以上に 自分の理性を留め置くというのもあるのだが… いろいろと考えていたらと珍しく二度寝をしてしまったらしい。 “やべっ、もう8時半じゃねぇか。のだめ、腹空かせてんだろうなぁ。 しょーがねぇ、シャワー浴びたらカフェにでも誘うか。” オレはすばやく身支度を整え、隣室のあいつの部屋へ向かう。 ピンポ〜ン♪ 心なしかあいつを呼ぶチャイムが弾んで聴こえる。 パタパタパタとあいつの足音がする。 “はぁ〜い、おはよございマス♪ぎゃぼっ!せんぱい!!” “なんで驚くんだ…” “だって〜、珍しいじゃないデスかぁ。わざわざ呼びに来てくれるなんて。愛の力デスね♪” “なに言ってンだ、メシ食ってねぇだろ?カフェでも行くか?” “ぎゃぼっ…残念ですが実は先約が…” “先約ぅ〜?” 確かに。 いつもならば、ドアを開けてオレの姿を見つけたら抱きついて来るのに 今日は虚をつかれたように目を白く丸くさせて驚いていた。 “なんだよ?今日は授業もレッスンもないんだろ?” “今日はターニャとちょっと…” なにやら言葉を濁す。なんなんだ、一体? “まぁ約束があるんなら仕方ないな。” 肩透かしをくらって何となくガッカリしながら、 且つ強がりながら部屋の前から立ち去ろうとすると “あっ、真一くん、待ってくだサイ!!” あいつに真一くんと呼ばれると、なんとなく甘い気分になってしまう。 “ん?何だよ、ったく…” 赤くなってしまった頬を見られまいと、背中を向けたまま返事を返す。 “ターニャとはちょっと出かけるだけなのですぐに戻りマス。 そしたら先輩の部屋に行ってもいいですか?” ほんとに珍しい。あいつが改めて部屋に来ていいかと聞くなんて。 “いいけど…なにかあったのか?” “それは帰ってきてから話しマス!!” ちらりとあいつに目をやるとなにやら様子がおかしい。 目をそらしている。何か嘘でもついているのか? “おい、何だよ。なにかあるなら言えよ。” そういいながらアイツの部屋に近づこうとすると、 階段からターニャが降りてきた。 “おはよう、チアキ!あれっ、ノダメ、チアキに話し…” “ぎゃぼー!!いいから行きまショウ!!じゃあ先輩、また後で!” そういうとターニャの背中を押しながらアパルトマンの階段を降りていった。 本当になんなんだ、あいつ… そこでオレはなぜかひらめいてしまった。 あいつらの後を尾行て見ようか。 でもそんな女々しいことオレには… でも、あいつの普段と違う態度に悶々とし始めていたオレには 他に選択の余地はなかった。 アパルトマンの門扉が閉まるのを見届けてからオレも後に続いた。 女同士二人でなにやら話しながら歩いている。 だがその表情は二人対照的だ。 明るく元気付けるように背中に手をかけポンポンと叩いたり カオを覗き込むようにするターニャ。 表情は見えないがうつむき加減に歩くあいつ。 そういえばターニャとはよくオレの話をするって言ってたな… オレがああ言ったこう言った、ああしたこうした… 他人に話す必要の無いことまでペラペラペラペラ… 自然と眉間にシワが寄ってしまうオレに、すれ違う人間が怪訝な視線を送ってきて ハッと我に返った。 アパルトマンを出て15分ほど歩いたところで 二人はあるビルに入りエレベーターに乗っていった。 建物の影に隠れてバレてないことを確認した後で オレはその建物が何かを調べようとエレベーターのフロア案内を確認した。 のだめ達が乗ったエレベーターは2Fで止まったようだ。 GFには旅行代理店、1Fは税理士事務所、2Fは… オレは我が目を疑った。 産婦人科医院… まさか…ありえない…でもあの二人の会話の雰囲気… 心当たりが無いわけではない。 自分の人生、さらにはあいつの人生を狂わせないためにも 常に気をつけていたこと。 避妊。 確かに2ケ月前のあの日、酒に酔っていたオレは勢いとはいえ 避妊もせずにセックスをした。 のだめがダメだというのも聞かず… “もォ〜、赤ちゃんができちゃったらどうするんですか!!” 裸のまま、たわわな両胸を隠しもせずにベッドの上で 口を尖らせ頭を噴火させながら両腕をあげ怒るのだめをよそに 快楽と酒の余韻に浸り、そのまま眠りについたオレ。 そう、確かにあの時、オレとしたことが考えられないラフプレー。 その時のツケが今現れているのだ。 オレはその場ではどうすることもできず、 ただビルの前でふたりが出てくるのを待っていた。 その時間はどれくらいだっただろう?1時間?2時間?いや… この先どうすればいいんだ?!オレは。 のだめの実家に行って不始末を詫び、いつかのあの時のだめの父親から言われるかと思い オレの方から言わないでくれと言ったあのセリフを了承しなければ… 子供ができてフランスで学生のうちに結婚するなんて… でもあの家族が歓迎するのは目に見えてる… オレの方は、三善家はどうだ? …変わりねぇじゃねぇか!! なんだそりゃ!! 問題はあいつらだ!Sオケ!R☆Sオケ!ケエコとマナブ!シュトレーゼマン! もう裏軒にゃ顔は出せねぇ!峰親子のニヤケ笑いの顔しか思い浮かばねぇ! オレがいつも食べてたメニューすら思い出せねぇ!! 菊池に気をつけろなんて言ってる場合じゃねぇ! 佐久間さんにはどんなポエムを送られるんだ!! なによりあの松田さんのいやらしい視線に耐えられるのか?オレは! エロジジィのやつ、のだめに根掘り葉掘り聞くに決まってる。 あいつの口にガムテープ貼ったって情報漏えいするに決まってる。 そしたら結婚式には何人来るんだ? あいつ、人前で普通に誓いのキスとかできるのか? また口がひょっとこになるんじゃねぇか? 結婚式にはあいつの母親の作ってくれた白シャツ着なきゃしかたねぇよな… …って何考えてるんだオレ!!!!! “チーアキ♪” “ぎゃぼー!やっぱり先輩!?どしてココに?” ふたりの叫び声に思わず腰掛けていた橋の欄干からずり落ちそうになった。 “なにって…それよりおまえ!どうなんだよ?できてたのか? いつ頃なんだ?日本には一度くらい帰ってもよさそうなのか? ってか飛行機乗ってもいいのか?おまえ薄着じゃねぇか!!バカ!!” オレの着ていたコートをさっとあいつの肩にかけてやる。 矢継ぎ早にするオレの質問にあいつはバツが悪そうに下を向く。 バツが悪いのはオマエよりもこのオレだ… するとそんな様子を見ていたターニャが声をあげて笑った。 “チアキったら意外とだらしないのねぇ〜♪でもうれしそうね♪” と楽しそうだ。 はぁ?どういう意味だ? “のだめったら最近、胃がムカムカするって言うの。それにいつもやたら眠たがるし。 いつもはお菓子ばかり食べてるのに最近は柑橘系のフルーツばかり。 で、ひょっとしてと思って聞いてみたら、ここのところ来てないって言うから〜” あぁ、それだけ聞けばオレでもわかる。 確定か−−−−−−… “…違いマスよ…赤ちゃん、できてないデス…” はぁぁ?! ターニャが横から説明を始めた。 それはなんとも単純な勘違い… “実家のママから親戚が収穫したジャパニーズオレンジがたくさん送られてきたんですって! それから、一緒に送られてきたプリごろ太のビデオを夜遅くまでまとめて見てたって。 それを食べながら徹夜してたもんだから体がおかしくなっちゃったのね。 生理が来てないのはたまたま偶然だったらしいけど〜 それにしてもチアキったらダメじゃな〜〜〜いちゃんとつけなきゃ♪” “のだめも生理なんて気にしたことなかったのに、先輩とお付き合いするようになってから 気をつけてみたんですけど自分でもよくわかんなくって… でも調べてもらったらのだめ、何も問題ないみたいデスムキャ♪” な ん だ そ れ は ! ! 部屋に戻ったオレはどっと疲れが出たようでベッドに倒れこんだ。 “ぎゃぼー!先輩だいじょうぶデスか?” あいつが心配して覗き込んでくる。 “だいじょうぶデスか?じゃねぇだろ!!オレがどんなに…!!” 頬にあいつの唇が触れた。 “ゴメンナサイ、心配かけちゃいました” フロアに直に正座をして唇を尖らせしょぼんとする。 そんな座敷犬のような姿を見て、ふっとオレはすべての力が抜けた。 “おまえ、こういう大事なことはまずオレに言え! “だってー、余計な心配かけちゃいけないと思って…” そうか、あいつもオレのことをいちばんに考えてくれてたんだな。 そう思うと急に愛おしくなりあいつを抱き寄せた。 おでこにキスを浴びせる。 “先輩、もうラフプレーは厳禁デスよ!のだめこれでもすっごく悩んだんですから〜” 念を押されてしまった。もう今日はできないな。 “ところで先輩、病院の外で待ってる間、何考えてたんデスか? ターニャが先輩の表情がコロコロ変わって面白かったって…” “はぁ?!別に何も考えてねぇよ!そんなに表情変えるわけねぇだろ!!” 確かにあの時のオレはいろいろ考えてた。 しつこく聞き出そうとするのだめの唇をオレの唇でふさいだ。 だけどあの時オレが一番考えた、想像したのは あいつの純白のドレス姿、あいつとオレの演奏にうれしそうに体を揺らす小さな子供… もちろんドレスと子供の服はあいつの母親の手作りみたいだったけど… ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |