列車
千秋真一×野田恵


「センパイー。見てください!カワイイおうちデス!のだめも結婚したらあんな家に住みたいです!」
「…勝手に住めよ。同じ星の人間と。」

車窓から見えるのは古びた町並みとそこに灯る暖かな光。
なのに目の前の恋人は楽譜と向かい合うばかりで、自分の話などちっとも聞いていない。

「ふぎー。ひどいです!恋人たちの始めての二人旅なのに、先輩ってばつれなさすぎです!」
「何が恋人たちの旅だ。俺の演奏旅行に憑いてくるって言ったのはおまえだろ?
連れてきてやっただけありがたく思えよ。」

二人の乗った列車は昼過ぎにパリを出発し、早朝には到着する予定の目的地に向かって軽快に飛ばしていた。
はじめの数時間は、シンプルなつくりでありながらも機能的で快適な一等寝台車や、移り行く景色に
いちいちふおーと奇声をあげていたのだめも、さすがに世も更けてくるころには
ただ座ってばかりの列車に食傷気味になっていた。
口をとがらせて、やっぱり飛行機のほうが早くて快適なのに、などとぼやいてみても
隣に座る恋人はすっかり音楽の森の住人で、こちらの声など耳に入らないらしい。

あまりにもつまらないので吐息があたるほど近づき、耳元でささやく。

「先輩、のだめと楽譜とどっちが好きですか?」
「楽譜」

帰ってくる冷たい声に、また今年も楽譜以下ですか…
あれ?どこかで聞いたようなセリフですね。マンガでしたっけ?
などと考えている間にもどんどんとむかついてくる。

…もうちょっとのだめのことちゃん見てくれてもいいんじゃないデスかね?

「ぶほっ…おい、こら…お前なにやって…」
「いいじゃないですか。先輩ちょっと今日冷たすぎですよ。昨夜はあんなにアツく愛を語ってくれたのに。」
「語ってねえ!降りろ!触るな!」
「ふふ。口ではそんなこと言ってても体は正直デスよvvv」
「どこのオヤジだ、お前は。しかも変態…」

のだめは千秋のひざに腰掛けたままその唇にキスを落とす。
その大きな手で千秋の手のひらの中心をかりかりとかき刺激する。

「いいじゃないデスか。せっかくガッコウもお休みなのに先輩またすぐいなくなっちゃうって言うし、
のだめさみしかったんですよ?」

上目遣いに千秋の瞳を見つめながら話すのだめ。そのほほはピンク色に上気して、口をとがらせながら千秋の胸元にのの字を書いたりしている。

やばい…かわいい…

「あんまり勉強ばっかりしてると頭が悪くなりマスよ?人生にはもっと楽しいことがいっぱい
あるんデスよ?」

のだめが教えてあげマスよ―などと言いながら
そうしている合間にも千秋のシャツのボタンをその手で器用にはずしていく。

観念したかのように千秋は楽譜を置きのだめにキスをおとす。

「やっと愛を確かめ合う気になったんデスね。」

くすくすと笑うのだめ。つられて千秋も笑う。

「あの状況で勉強を続けられる男はいねーだろ。どこで覚えたの?そんな技」
「…自分が教えたんじゃないデスか。……ん…」

笑いながら、のだめの首筋に、胸に、すべすべとした腹にキスを落としていく。
くすくすとした笑い声が熱を帯びた声色に変わっていく。
ガタコトとうるさかった列車の音が聞こえなくなっていく。

********

ガタンゴトンと揺れる音で目が覚める。
腕の中ではのだめが子供のようにすぅすぅと寝息を立てて眠っている。
さらさらと揺れる栗色の髪。華奢な体をゆるく抱きしめる。外はまだ暗い。

「ん…もう朝ですか?朝ごはんはなんですか先輩〜?」

もぞもぞと動くのだめ。完全にねぼけている。

「はぁ…だからやだったんだよ」
「むきゃ!なにがですか?」
「だってお前声でかいんだもん。ぜってー外にもれてる。」
「……!だって先輩があんなことさせるからじゃないデスか!Hすぎデス!」
「…自分で誘ったくせに」
「だからって!粘着の完璧主義者(カズオ)だからですかね〜?」
「首、しめられたい?」
「ぎゃぼ、冗談デスよ、冗談。ロープです!」

列車は暗闇の大地をかけて行く。

「あっ、先輩見てください!きれいな星!明日はきっと晴れデスよ!」

きっと公演も大成功です。フーン、と鼻を鳴らす。マングース?

俺はくすくす笑いながら、そのひたいにひとつ、キスを落とした。

となりには、子供のように目を輝かせる、愛しい人。






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