one thing I want in a lover(非エロ)
千秋真一×野田恵


本当にごめんだ!と思う心とは裏腹に
気が付けば彼女の背に腕を回している自分がいた

「one thing I want in a lover」

殺されるかと思うほどの力強さで首を絞めてきたその手はいま
迷子になった子供が母親に縋りつくような必死さでオレを柔らかく拘束してる。
真剣に向き合おうとしない、というオレの言葉に
いつだって本気だと
飛び蹴りを喰らわせ、マフラー技で転がし、挙句に馬乗りで首絞め。
勘弁してくれってな感じの予測不能な行動を取る変な女なのに。
あの涙は反則だと溜息を付きつつ未だ泣き止まぬ彼女の頭を抱えるようにして撫でる。

「……ほら、いーかげん泣き止めって」

ポンポンとあやすように叩くと、はうっ……とのだめは赤い目を擦りながら顔を上げた。

「仲直りしたの?よかったわネ」
「女の子を泣かしちゃイカンぞ、色男!」

掛けられた言葉にはじめて街の往来で痴話喧嘩(だろうな……)を繰り広げていたことに
気付き、慌てて立ち上がる。

「い、行くぞっ!」

ほへ?と首を傾げるのだめにハンカチを押し付け、その手を掴んで引っ張り上げた。
いつのまにか周りを囲んでいたギャラリーを押しのけ、足早にこの場を去る。
途端に後ろで沸き起こる拍手に、恥ずかしさで死にそうなオレの気も知らないで
呑気に手を振るのだめの頭を、繋いでる反対の手で軽く小突いた。

「はぁ……」

果てしなく疲れたオレをよそに、のだめは鼻歌を歌いながら馬鹿みたいにデカいツリーの
飾りつけに取り掛かっていた。

「二人のラブを1から彩るツリーの飾りつけデス!えへー」

もう勝手にしてくれとソファーで脱力していたオレだったが、ふとあることを思い出し
のだめの手にあるオーナメントを奪い取った。

「お、おまえそっちやれ。こっちの高いトコはやってやるから!」
「ギャハ♪やっぱり千秋先輩も愛の飾りつけやりたいんデスネ」

ウキュキューと変態笑いをしてるこいつの首を絞めてやりたい衝動に駆られるが
ここはぐっと堪えた。確かこのへんに……。
目的のものを見つけると、それを素早くポケットに隠し入れ、オレは誤魔化すように
話を振る。

「おまえ、今日どこ行ってたんだよ」

態度を改めさせられた上に、コレを渡すのは面白くない。(←オレ様学)
何気なく口をついた言葉に、のだめは飾りのベルを持ったままウフフと笑う。

「教会でー、馬の役をやってたんデス」

はぁ!?馬?

「インフルエンザで来られなくなった子供の代わりに、黒木くんと」

やっぱり黒木くんと一緒だったのか……。で、馬って。

「楽しかったデスよ〜。獅子舞もウケたし」

……それは、大変だったろうな、黒木くんが。
この変態女に付き合わされた彼に同情しつつ、オレは黙々とオーナメントを飾る。

「って、先輩ちゃんと聞いてマスか?」
「ああ。で、なんで劇の代役?」

手元にあったオーナメントを全て飾り終え、明らかに飾りが足りてないツリーを
見上げながらオレは言った。

「リュカ、あ、ガコの友達なんですケド、のおじいちゃんが教会の聖楽隊を指導してて」

『対位法』を教わりに行ってて仲良くなったんデス。
フーンと鼻を鳴らして完璧デス!と飾り付けを終えたのだめはそのまま
リボンのついた包みが置かれた机の方に移動した。

「『対位法』?おまえが!?」

およそのだめに似つかわしくない言葉を聞いて、オレは素直に驚きの声を上げる。
そんなオレの様子にのだめはおかまいなしとバリバリと包装を破り、

「はい、それで今日のだめはすばらしい本を手に入れたんデス」

やっぱり普段の行いがいいからですかね〜、と笑った。
中から出てきた本を見て、オレは後ろの本棚を探る。
そして、もうでたらめとは言わせない?とかなんとか妄想中ののだめの前に
1冊の本を差し出した。

「ん。その本の日本語版」

愕然とするのだめに内心してやったりと思いつつ、無関心を装って話しかける。

「それよりおまえ、試験でバッハやってるんだろう?ちゃんと弾けるように
なってンのか?弾いてみろよ」

今までの苦労はいったい……とまだショックの抜けきらない様子ののだめを尻目に
平均律クラヴィーアの楽譜をパラリと捲る。
目の前にある音符の追いかけっこはまるで先程の自分たちを見ているようで。
心の中で、クスリと笑った。
まあ、それは後日……。ぱたんと本を閉じて立ち上がると、のだめはえらそうに
胸を張って言い放った。

「今日はノエルですよ?まずは腹ごしらえからでしょう!

先輩なにか買ってきましたか?オランダ土産」

その普段の行いをどうにかしろ――!!

ガボ――ッ

楽譜を投げつけさっさと弾け!と怒鳴りつけるとのだめは渋々ピアノチェアに
座り、鍵盤に手を置く。
一瞬、目を瞑りすうっと静かに深呼吸してからその指を軽やかに滑らせた。

橋の上でオレ様に気付かず見事にスルーしたこいつの。
忙しかった、と電話をしてこなかった理由を話したこいつの。
こっちから願い下げだと身体を震わせて言い捨てたこいつの。

ピアノを、ただ、聴きたかった。
ピアノの調べに迎えられて、はじめて「ただいま」と言えるのかもしれないから。

迫り、離れ、再び近づいていく。その旋律は教会の響きを思わせオレは目を閉じる。
バッハは苦手だったはずなのに……。
こいつはこいつなりに、必死でがんばってる。それを……。
――おまえの音楽に対する態度と一緒だな!
吐き捨てるように言った言葉を思い出し、ちくりと胸が痛んだ。
わかってなかったのはオレも一緒か。
そっと溜息を付いて、腰掛けていた机を離れ。
ピアノを夢中になって歌わせるのだめの側へゆっくりと近づく。
最後の音が合わさった瞬間、のだめはこちらを向いて微笑み。
オレは彼女の身体をやさしく抱きしめた。

「ただいま」
「え……えと、あの、お、オカエリナサイ」

突然のことに赤面しつつ固まるのだめにそのまま、と耳元で囁いてから
少し身体を離し、ポケットから取り出したネックレスを着けてやる。
ふおお〜、と奇声を上げながらトップのルビーを手にとって目を輝かせるのだめに

「今日は、その、ノエルだし……」

言い訳のように呟くオレは相当かっこ悪いと自分でも思う。
しかもコレ本当は4ヶ月も前に買ったものだしな。

「ありがとゴザイマス。大切に、します」

少しその瞳に涙を浮かべながらも無邪気に笑うのだめが。
悔しいけれども。
本当にムカつくほど悔しいけれども、かわいくて。
さっと掠め取るようなキスをした後、逃げるようにキッチンへ向かった。

「さっきは、悪かったな」

後ろから聞こえてきた返事は

「のだめも、ほんのちょっぴりですケド、ごめんなサイ」

可愛げのない言葉に振り向くと、のだめは鏡の前でポーズをとっていた。
本当にこいつは、理解の範疇を超えていく……。
オレは苦笑いしながら、夕食の準備に取り掛かった。

その後、ノエルにしては寒い夕食を済ませて。
そのままのだめと一夜を共にするのは自然の成り行きだったと思う。

帰りを迎えてもらえず。
勝手に馬鹿デカいツリーを部屋に置かれ。
自分への褒美にと買ってきたワインはほとんど飲むことなく。
恋人からは殺されそうになり。
それを多くの人びとに目撃され。
計画通りにプレゼントを渡すこともできず。
カッコ悪いことこの上ない散々なクリスマスだったけれど。
それでも――。

「……んー」

寝返りをうつ彼女の胸元にはハートのルビー。
寒そうに震えるむき出しの白い肩に毛布を掛けなおしてやり、そのまま
包み込むように腕の中へ。
その温もりに再び夢の中へと誘われ、目を瞑る。

オレはきっと今日のことを忘れないだろうと思う。
願わくば、彼女がずっと側でピアノを……。






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