千秋真一×野田恵
![]() 強い北風が窓に叩きつけるように吹き抜け、千秋は思わず立ち上がって窓の外を眺めた。 風に揺れるミモザが月光に照らされ、黄金色に光輝いているのが見える。 「春一番か……」 千秋は小さく呟いた。 そういえば、今朝ジョギングしに行った公園で、小さな赤い花が咲いていたっけ……。 ふと、そんなことを思い出す。 去年の今頃はまだ日本にいて、のだめのコンセルヴァトワールの入学試験の結果を やきもきしながら待っていた。 だからこうしてパリで春一番を迎えるのは、子供の頃以来になる。 昔もこんな風に、この部屋の窓にかじりついて、春の到来を見守っていたっけ……。 そんな幼い頃の自分を思い出し、思わずクスリと笑みが零れた。 千秋は再び書斎の椅子に腰掛け、いつも通り就寝前の日課をこなそうとしたが……。 「先輩、何してるんデスか?」 その声の主によって、妨害されてしまった。 風呂上りののだめが、濡れた髪をピンク色のバスタオルで拭きながら、 千秋の手元を覗き込んでいる。 「こら!勝手に見るな!」 千秋は、慌てて右手で手元を隠しながら、左手の親指と人差し指とで のだめの額をコツンと弾く。 「ぎゃぼー!酷いデス〜先輩!」 弾かれて少し赤くなった額を掌で撫でながら、のだめは抗議の声を漏らした。 「勝手に人の日記を覗いたバツだ!」 千秋は溜息をつきながら、書きかけていた日記帳をパタンと閉じる。 いつもはのだめが風呂に入ってる間に終わらせるのだけれど。 今日は春一番に気を取られ、つい長引いてしまったのだった。 「日記なんて、先輩つけてたんデスねー。知りませんでした」 ちょっと意外そうな顔をしながら、日記帳をみつめる。 「まあ、おまえの前では書いたことなかったからな。 パソコンでつけてもいいんだけど、なんかこっちの方が落ち着くんだよな……」 千秋は、手元の日記帳をみつめる。 背表紙に2005年と書かれ、立派な装丁が施された紺色の日記帳。 鍵付きで、いかにも真面目そうなそれはまるで――― 「先輩みたいですね♪」 そっと、日記帳のカバーをそっと触りながら、クスリとのだめは微笑む。 「はあ!?なんだよそれ……」 「別に、何でもないデスよ♪」 のだめは、千秋が日記帳に鍵をかけ、机の引き出しにしまうのをみつめながら、 笑顔で答えた。 「先輩、もしかして毎日つけてるんですか?」 「まあな。もう習慣になってしまったし、勉強とか練習内容とか、 そういうのを後で自己管理するのに色々便利だしな」 のだめが傍から離れないため、千秋は日記の続きを書くのを諦め、 総譜を出してきて、勉強を始めた。 「そっかー……先輩もつけてたんですねー、日記」 ……ん?先輩も……? 「なあ、もしかしておまえもつけて……」 「もしかして、これって全部日記帳ですか?」 のだめの感嘆の声が、千秋の言葉を遮った。 振り返えると、のだめが書斎の棚を眺めていた。 そこに置かれているのは、日本から送ってもらった今までの日記帳。 「スゴイですねー、1列全部そうですか?ほわぁ…1984年からありますよ〜!」 のだめが手にしていたのは、オレの3歳の時の誕生日プレゼントにもらった日記帳で。 思えば、この時から今までずっと日記をつけていたことになる。 「この棚の日記帳が、今までの先輩の歴史なんですね!」 千秋真一伝記デスねー♪なんてのだめが嬉しそうに呟いている。 「先輩、あの……」 「ダメだ!」 「のだめ、まだ何も……」 「おまえのことだから、中身読みたいとか言うんだろ?プライバシー侵害だぞ!」 「先輩、ツレナイですねー。妻なのにー!」 「誰が妻だ〜!!」 いつも通りの、夫婦漫才を繰り広げる。 「言っとくけど、オレの留守中にこっそり見ようなんて思うんじゃねーぞ? 全部に鍵がかけて、みんな金庫に入れてるし、あきらめろ」 「先輩のケチー!」 ブーとのだめがふくれっ面を見せる。 そんな子供っぽい仕草も、なんだかとても、可愛い。 千秋は、総譜をチェックしながらも、横目でちらりとのだめを見る。 のだめが身につけているのは、日本から送られてきた洋子さん新作の、 シルク素材の淡いピンク色のパジャマ。 なぜか、ボタンを全部止めても、胸元が必要以上に開いているという、 摩訶不思議な寝着で。 おかげで、さっきから襟元から桜色のレースのブラジャーが見え隠れし、 なんだか、落ち着かない。 そんな千秋も、洋子さん新作の、水色のシルク素材のパジャマを着ていた。 いわゆるペアルックというやつで。 最初は、こんなもの着れるか!と激しく抵抗していた千秋ではあったが……。 「しょうがないですねー。じゃあもったいないから、 黒木くんかユンロンにあげましょうか……」 などとのだめが言い出したため、渋々着ることにしたのだった。 まったく、他の男とペアルックになんかさせられるか……! しかも、そのパジャマはご丁寧に色違いで着替え分も用意され、 毎日洗濯できるようになっていた。 何考えてんだ?あの家族は……普通は大事な娘の彼氏に、 『嫁入り前の娘に悪さをするなよ!』 と釘を刺すのが普通だろ? まあ、実際その大事な娘さんとやらに、毎晩悪さしまくってるオレが、 こんなことを思うのは筋違いなんだけどな…… 思わず、苦笑いを零してしまう。 「ねぇ先輩?先輩が生まれたのって何年でしたっけ?」 ふいに、のだめが尋ねてくる。 「1981年の2月17日。この間誕生祝いしてくれたばっかりだろ? それくらい覚えとけよ……」 もう忘れられたのかと、内心ちょっとがっかりしながら千秋は答えた。 「じゃあ……のだめと先輩は同じ年に生まれてるんデスね?」 「え……?おまえって……」 「1981年の9月ですよ。先輩とは約7ヶ月しか変わらないんですよね♪」 「……あ」 今まで特に気にしてなかったけれど、それってもしかしたら……。 「先輩がもう少し遅く生まれていたら、先輩とのだめは同級生だったんですよネ?」 ハイテンションにのだめがはしゃぐ。 「オレは何ヶ月母さんのお腹の中で待機しないといけないんだ……」 思わず、苦笑いを零す。 でも、そうだな。 そんな風に考えると、なんか不思議な感じがする。 こいつとは出会ったときから、当たり前みたいに先輩と後輩の関係で。 でも……。 「もしかしたら千秋先輩は、“千秋先輩”じゃなかったのかもしれないですネ♪」 「もし先輩じゃなかったら、なんて呼ぶつもりなわけ?」 「うーん、“千秋くん”とか?」 「調子に乗んじゃねぇぞ……」 苦笑い混じり言いながら、のだめの細い腕を掴んで引っ張り、 椅子に座りながら、抱っこするようにその柔らかい身体を胸の中に抱き締めた。 まるで熟しきったりんごのようになってしまったのだめが、たまらなく可愛い。 「せ、先輩!じゃあ千秋先輩は、みんなからなんて呼ばれてたんデスか?」 照れ隠しに、のだめが腕の中でもがきながら、必死に声をあげる。 「さあな……男からは“千秋”で女からは“千秋くん”とか“千秋さま”……だったかな?」 「子供の頃は、どんな風に呼ばれてたんデスか?」 「同じかな……欧州でも日本でも。まあ当然冠詞は変わるけどな」 「え……先輩って子供の頃、日本の学校に行ってたことがあるんですか!?」 のだめが目を丸くして振り返る。 「……そんなに驚くことか?」 思わず、苦笑いを零す。 「だってー、先輩ってこの家で生まれてから、ずっとこっちに住んでたんだって 思ってましたヨ?」 「……オレ、そんなことまで話したことあったか?」 「うきゅ♪実は先輩のお母さんから……」 「やっぱり……」 千秋は小さく溜息をつきながら、話を再開した。 「まあ、ずっとこの家で住んでたんだけど、どうしても欧州から 離れないといけない状況になったんで、日本に初めての帰国をしたってわけ」 「何か、あったんですか?」 「1986年4月26日……何が起こった日かわかるか?」 「……???……」 「チェルノブイリ原発事故……おまえだってそれぐらいは聞いたことあるだろ?」 「……そういえば……」 のだめがハッとしたような表情をみせた。 千秋が5歳になったばかりの春に、旧ソ連ウクライナ共和国で起こった、 原子力発電史上最悪の事故。 その事故が起こってすぐ、家族全員日本に帰国した。 もっともフランスは、欧州の中ではさほど影響なかったものの、 汚染された水や食物を摂取することを恐れ、結局3年間三善家に滞在したのだった もっとも、父だけは仕事の都合で世界中を飛び回ってはいたが……。 「だからその日本にいる3年の間に、普通に小学校にも行ってたってわけ」 そういえば、こいつとこんな話しをするのは初めてかもしれないな……。 のだめを胸に抱きながら、千秋はふとそんな思いを抱いていた。 こいつが傍にいると、次々と懐かしい思い出がよみがえってきて、 ついつい饒舌になってしまう――― それは、なんだかとても不思議な感覚だった。 「じゃあ、3年後にまたパリに戻ったんですか?」 「まあ、な。本当はドイツに住む予定だったんだけど、 ベルリンの壁崩壊とか色々あったせいで政局が不安定だったし、 結局ここには10歳まで暮らしてた」 「その時に、日本に帰国したんですか?」 「日本に帰国したのは12歳の冬。それまではウィーンに住んでたな……」 本当は……あの飛行機事故に巻き込まれなければ、ニューヨークに住んで、 音楽院に行く予定だったんだけどな……。 ふと、そんな苦い思い出が蘇ってくる。 「まあ、その後はずっと日本の三善の家に住んでたけど」 「高校生の時も、あの家に住んでたんですか?」 「いや……高校が東京だったしな。通えない距離じゃなかったけど、色々忙しかったし、 それで1人暮らしすることにしたんだ」 「むきゃあ……昔からぜいたくな男だったんですねー」 「うっせー……」 2人顔を見合わせて、クスクスと笑いあった。 「おまえは……」 「むきゃ?」 「おまえはどうだったんだ?子供の頃とか……」 「……先輩に比べて、ちっとも面白くないですよ?」 「別に面白くなくていいから、聞かせてみろよ?」 背後から、そう優しく囁いた。 「えーと……東京で生まれて、9歳の時に辰男が会社をやめて大川に引っ越して、 で、中学も高校も地元の公立へ行ってました」 「で?」 「……それだけデス」 「……本当に面白くないな」 「むきゃあ!だから言ったじゃないですか〜!!」 「ハハハハハ!」 白目で怒るのだめを見て、思わず気持ちよく笑ってしまった。 「なぁ、前から聞きたかったんだけど……」 すっかり拗ねてしまったのだめの頭を、宥めるように優しく撫でながら尋ねる。 「……なんデスか?」 そんな千秋の優しい仕草に、のだめはさっきまでの怒りも忘れ、 気持ちよさそうにしながら答えた。 そんなのだめはまるで、茶色の毛並みをした子猫のようだと思ってしまう。 「何で桃ヶ丘大学を受験しようと思ったんだ?九州にも音大はあるだろ?」 「えーとですねー、昔東京にいた頃に習っていたピアノの先生が桃ヶ丘大学だったんデスよ。 のだめ、そのリカちゃん先生が大好きだったんで、大学に行くなら絶対桃ヶ丘にしようと 思ってたんデス」 なんだよ、案外単純な理由なんだな……。 何か特別な理由を密かに期待していた分、内心ちょっとがっかりしていると、 のだめはまるで悪戯っ子のような目でこちらをみつめていた。 「なーんて、本当の理由はね、真一くん……」 のだめはクスリと微笑みながら、千秋の大きな手をきゅっと握り締める。 「本当の理由はね……真一くんに、出会うためだったんですよ?」 そう小さく呟きながら、のだめは千秋の大きな手を絡ませながら口元へ持って行き、 そっと、手の甲にキスを落とした。 反則だろう?それは……。 もしかして、誘われてる? だとしたら……。 「お誘い、ありがたくお受けしますか……」 「……え?」 キョトンとするのだめが可愛くて可愛くて。 千秋は優しくのだめをみつめながら、両腕の力を強くしたのだった。 「……のだめ……」 そう耳元で甘く囁きながら、パジャマから覗いている、白いうなじにそっと唇を落とした。 半乾きの髪からキラキラと雫がこぼれ、いまだお湯で火照てる、少し湿ったうなじ。 それは気が遠くなるほど、とても熱く柔らかで……。 洗いたての身体からは、リンゴのような甘い甘いカモミールの香りが鼻腔をくすぐる。 思わず、強く強く抱き締めながら、顔中にキスの雨を降らせてゆく。 「……はぁ……せん、ぱい……」 熱く甘い吐息が自身の首筋に零れ、千秋はたまらずのだめの唇に触れた。 ふっくらとした、瑞々しい紅い唇。 それはまるで、熟しきったさくらんぼのように艶やかで……。 ―――甘い――― 千秋は、その柔らかな果実を夢中に味わった。 舌を差し入れて、その柔らかな紅い舌を引き出し、甘い唾液をのせて絡めあう。 歯列を舌でなぞり、歯茎を舌で丹念につつく。 くちゅり、くちゅりと湿った音が静かな室内に響きわたり、2人は夢中で互いを貪りあった。 千秋はのだめを抱きかかえながら、その華奢な背中を優しく撫でながら強く強く抱き締めた。 のだめは千秋の首に腕をまわしながら、その艶やかな黒髪をくしゃくしゃに掻き廻す。 「……はぁ……」 長い長い口付けが終了しても、いまだ舌は湿った音を立てながら絡み合い、 ようやく甘い唾液が糸を引きながら、名残惜しそうに離れた。 「……先輩……」 のだめの目は、すっかり官能に支配されていて。 そんな熱のこもったのだめの目に、千秋の官能も完全に引き出されていた。 「……のだめ……いいか……?」 のだめの耳朶をそっと舐めながら、甘い吐息と共にそう囁くと。 のだめはその細い腕をぎゅっと首にまわし、小さな顔を千秋の首筋に埋めた。 それは、のだめからの合意のサイン。 その可愛らしい仕草は――― 千秋の欲望に火をつけるのに十分すぎるほどだった。 「……はぁ……セン、パイ……」 甘い甘いのだめの嬌声が、室内に響きわたる。 千秋は、のだめを背後から抱きかかえるようにして椅子に腰掛け、 パジャマの裾から右手を差し入れて、その豊満な胸を優しく愛撫する。 繊細なレース素材のブラ越しでもわかる、その柔らかさに……その豊かさに。 いつもながら、身震いするほど興奮する。 左手で細い腰を抱きかかえ、唇でパジャマ越しに背中を優しく愛撫しながら、 右手で早急にパジャマのボタンを外してゆく。 まるで剥ぎ取るように、シャツを脱がせ机の上に放り投げると、 そのまま白くシミひとつない滑らかな背中に唇を這わせる。 綺麗な桜色の、センスのいいレースのブラジャー。 そのホックを口で器用に外してしまう。 「……あぁんっ……」 のだめが甘い吐息を漏らすのと、パチンと小さな音を立てて、 豊かな胸が右手に零れ落ちるのがほぼ同時だった。 何度触れても信じられないほど柔らかな、のだめのバスト。 弾力があって、どこまでも瑞々しくて、まるで掌に吸い付くように、 しっとりと白く滑らかで……。 ―――本当に、たまんねー……―― 両手でたぷたぷと思う存分揉みあげながら、千秋の欲望はどこまでも増幅していった。 「……やあっ……セン、パイ……!気持ち、いいデス……」 悲鳴のような声をあげながら、のだめは可愛らしく身体を震わせる。 本当に、なんて可愛いんだろう……。 そんなのだめが可愛くて愛おしくて……。 心の底から愛しいと思う女をこの腕に抱く喜びに、千秋は心の底から こみ上げて来る興奮を抑えることが出来なかった。 もっともっと、オレに夢中にさせたくなる。 もっともっと、オレだけを見ていて欲しくなる。 もっともっと、オレの傍に居て欲しいと願う。 どうしてオレは、もっと早くおまえに出会わなかったのだろう。 今までの彼女達とのセックスが、なんだったんだろうと思うほど、 オレはどうしようもなくおまえに夢中で。 もっと早く、おまえと出会いたかった。 もっと早く、おまえを愛したかった。 もっと早く、おまえを抱きたかった。 おまえと出会うまでに過ごした時間が、なんだかとても無意味に思えてくるけれど。 ……いや、そうじゃない……。 オレはきっと……おまえと出会うために、 おまえのいない月日を過ごしていたのかもしれない。 この広い世界で、一度しかない、長いようで……とても短い人生の中で おまえと出会うために、それまでの時を過ごしていたのなら。 それは―――とても奇跡的なことなのかもしれない。 もしも、時の女神というものが存在するのならば。 おまえとこうして出会えた奇跡を、オレは彼女に感謝したいと思う。 千秋は、滑らかな背中に情欲の証を刻みながら、両手ですっかり尖りきった乳首を、 コリコリと摘みあげる。 途端に、のだめが可愛らしく悲鳴をあげる。 「……やあぁん!センパイ!のだめ、変に、なりそうデス……!」 身体中が敏感になっているのだめは、ふるふると首を振りながら、 喜びに全身を震わせる。 千秋は、左手で胸への愛撫を継続させながら、右手でさわさわととのだめのお腹を 撫でながら、ヘソを優しく弄る。 そして、パジャマのズボンの中へそっと右手を差し入れて、 細く柔らかい太ももを優しく撫で上げる。 そして……そっと、彼女の秘部をショーツごしに触れた。 のだめは、待ち望んでいた刺激に一瞬ビクリと身体を震わせる。 そんな、のだめの可愛らしい反応を楽しみながら、千秋は人指し指と中指を揃えて、 可愛らしい蕾をグリグリと撫で上げる。 そこは、既にグッショリと熱く濡れそぼっており、すでにショーツは役目を 果たしていなかったが、ますます蜜が溢れ返り、右手を濡らしていった。 「のだめ……わかる……?もうこんなに濡れてる……」 「……やあっ……!お、ねがい……言わないで……」 千秋が耳元で甘く囁くと、のだめは恥ずかしくてたまらないといった感じで、 ふるふると首を振った。 こんなにも童顔で、まるで少女のように可愛いらしいのに。 身体はこんなにも淫らで。 こんなにもオレを欲しがっていて。 千秋はそのギャップがたまらなかった。 もっともっと、乱れているところを見たい。 ふいに、そんな欲望に襲われる。 千秋は、右手をズボンの中から引き抜くと。 のだめの腰を少し浮かせ、そのほっそりした足からズボンを剥ぎ取った。 机に放り上げると、指先でショーツのリボンを引っ掛けながら外す。 するりと引き剥がし、生まれたままの身体になったのだめの耳元に、そっと甘く囁いた。 「……オレも、脱がせてくれる……?」 すると、のだめは恥ずかしそうにしながらも。 千秋の身体から起きあがり、向かい合うようにして膝の上に座りなおした。 そして、千秋の肩に両手をかけ……そっと唇を重ねた。 のだめからのキス。 それは、とてもとても甘美で。 まるで口内全体が、とろけるように甘くなる。 2人は夢中になって、舌を絡ませあった。 歯列をなぞり、歯茎を舐めあげ、零れた唾液を追うようにして下あごを舐め上げる。 くちゅり、くちゅりと湿った音が響き、それだけで全身に甘い痺れが走った。 「……はぁ……」 零れる吐息はどちらのものかもわからず。 ただ夢中になって再び口内を貪り続けた。 ようやく唇を解放すると、自然と視線が交差する。 「……真一くん……大好き……」 「……うん……オレも……」 互いに、心情を吐露しあう。 心の底から嬉しそうに微笑むのだめが、可愛くて可愛くて。 こんなにも、こいつが愛おしい――― のだめは、そっと千秋のパジャマに手をかける。 ひとつ、またひとつ、のだめの細く白い指先がボタンを外すたびに、 千秋の興奮は否応なしに高まっていった。 すべてボタンを外し終わると、そっと脱がし机に放り投げる。 そして……そっと千秋の細身だが、均整のとれた逞しい身体に唇を落とした。 上質の磁器のような滑らかな白い肌に、キスの雨を降らしながら、 両手の掌でさわさわと撫で上げる。 整った白いうなじに唇をよせ、強く吸い上げる。 たちまち、紅い華が千秋の肌に浮かび上がる。 それは……オレがのだめのものであるという、なによりの証。 「むきゃ……キスマークですね……」 嬉しそうに微笑むのだめが、本当に可愛くて。 千秋は夢中でのだめの紅い舌を絡め取った。 昔のオレなら、誰かに独占されたいなんて考えもしなかった。 誰かのものになんかなりたくなくて、執着されるなんて鬱陶しい以外の なにものでもなくて。 オレの時間は、オレだけのもの。 オレの身体も、オレだけのもの。 オレの心も、オレだけのもの。 それが、オレにとっての当たり前の真実だったのに――― おまえに、独占されたくて。 おまえに、執着されたくて。 こんな自分は、おまえと出会う前には考えられないことだったけど。 だけど……そんな自分も悪くないと思ってしまう。 オレのすべてをおまえにやってもいいから――― だからおまえも、オレだけのものになって欲しいと願うのは…… オレのエゴなのだろうか? のだめは、滑らかな掌でさわさわと千秋の引き締まった身体を撫でながら、 ふっくらとした柔らかい唇で、千秋の白い肌にキスの雨を降らしていく。 千秋の乳首を弄りながら、柔らかな舌で何度も舐めあげると、 ゾクリと鋭い快感が背中を突き抜けた。 「……はぁ……あぁ……」 思わず、甘い喘ぎ声が唇から零れてしまう。 「……真一くん……気持ちいいデスか……?」 乳首を執拗に舐めながらしながら、くぐもった声でのだめは問いかけてくる。 「……あぁ……最、高……おまえ、ホントに上手くなったな……」 柔らかな栗色の髪を何度も梳きながら、千秋は答える。 「むきゃ……のだめ、ちゃんと勉強しましたからね……」 クスクス悪戯っぽく笑いながら、のだめは上目使いで千秋の顔を見上げた。 「たく……結局上級編まで勉強しやがって……あ、の後、 どれだけジジイにからかわれたか……」 「うきゅー……でも真一くだって、なんだかんだ言って、 すっごく楽しんでるくせに……」 勝ち誇ったようなのだめの顔が、なんだかムカつく。 クリスマスに、ジジイから貰った怪しいレッスンビデオ。 ジジイにのせられたのだめは、初級編、中級編をクリスマスまでに勉強したのだめは、 『のだめ魔性の女化計画』を実行したのだった。 その後、のだめは上級編までしっかり勉強したらしく、 夜毎、それを千秋に対して実践するのだった。 まあ、他の男に実践されても困るのだけれど……。 はじめは、主導権を握られるのは死ぬほど嫌な千秋だったが。 それもすべて、自分のためにしていることだとポジティブに捉えることにし。 なんだかんだいって、結局千秋もそんな『魔性の女のだめ』を、 思う存分楽しむことにしたのだった……。 「……真一くんの、ムッツリスケベ♪……」 「……うるせー、黙れ……」 思わずムカッとして、のだめの脇に手をやりこちょこちょとくすぐってやる。 「むきゃあ!し、真一くん!くすぐったいデス〜!」 「うっせー、お仕置きだ!」 きゃあきゃあと笑い声をあげながら、くすぐったそうに身をよじるのだめを 押さえつけて、さらにくすぐりを強くした。 「……もうっ!やだ、真一くん!」 あまりのしつこさに、ちょっと怒りながら身をよじって 千秋の手から逃れようするのだめを目にし。 千秋は急に不安に襲われる。 逃げようとするのだめの腕を掴み、強引に腕の中に拘束する。 ぎゅっと強く抱き締め、耳朶にそっと唇を寄せた。 「……バーカ……逃げんじゃねーよ……」 冗談めかして言いながらも、心はとても心細くて……。 オレから、逃げるな。 オレから、離れるな。 オレを、置いていくな。 まるで、母親に置き去りにされる幼い子供のように。 なんだか、不安で、心細くて。 こんな情けないオレを見られたくないのに。 だけど、同時に……おまえならかまわない思ってしまう自分がいて。 おまえなら、オレのすべてを受け入れてくれる……そんな気がするから――― 「……真一くん……のだめはどこにも、行きませんから……」 そっと、頬を両手で挟まれる。 のだめを見ると、とても優しい顔で千秋をみつめていた。 それはまるで、母親が幼い子供をあやすような、そんな優しい表情で。 その顔を見ているだけで、すっと……心がやすらぐのがわかった。 「……どこにも……ずっと真一くんの傍にいますから……だから、安心して下さい……」 「……うん……約束だぞ……?」 「……約束は、ちゃんと守りますから……だから、そんな顔をしないで下さい……」 そのままのだめは……千秋の額に唇を寄せて、そっとキスを落とした。 千秋は、そんなのだめを強く強く抱き締めた。 こんなにも、この腕の中の存在が愛おしくて。 ずっとずっと、守っていきたい―――大切な宝物のような存在。 「……めぐみ……」 そっと呟いて、のだめをみつめる。 ただ、名前を口にしただけなのに。 こんなにも……愛おしさが胸にこみ上げてくる。 「……おまえが、好きだ……」 優しく囁きながら、そっと口付けを交わす。 唇に触れているだけなのに……身体中が痺れるほど、気持ちがいい。 そっと唇を離すと、のだめはにっこりと微笑んだ。 「……大好き……真一くん……」 そう愛おしげに呟くと、愛撫を再開した。 千秋の足元に跪き、パジャマのズボンに手をかけ、 グレーのボクサーパンツと一緒に一気に引き下ろした。 そこから現れたのは、もうすっかり硬く熱くそそり立つ千秋自身。 のだめを求め、のだめだけを欲しがる千秋の欲望の証。 千秋は、ふいに見上げてきたのだめとみつめあう。 その瞳は熱く、官能に濡れていた。 千秋は小さくうなずくと、それを待っていたかのように、のだめはそれにそっと触れる。 それはドクドクと熱く脈打ちながら、まるで別の生き物ように、 のだめの手の中で蠢いていた。 のだめは、両手で屹立した陰茎を上下に何度もしごきながら、そっと唇を寄せた。 舌に唾液をたっぷりとのせ、最初はちろちろと舐めあげ…… くびれに重点的に舌を這わす。 徐々に口内に受け入れ、喉元寸前までまるで飲み込むように、 口内全体を使って強く強く吸い上げる。 これ以上ないほど硬くなった欲望を、右手を使って激しく上下にしごきながら、 左手で袋をやわやわと揉み上げた。 「……はぁ……のだめ……いいっ……!」 思わず、掠れ声が零れる。 快感が背筋を突き抜け、何度も訪れる激しい射精感をやり過ごした。 そして、目の前に跪くのだめをみつめる。 生まれたままの姿で、男の欲望を口に銜え、必死に愛撫するその姿を。 とても淫らで、いやらしくて。 こんな姿を見ることが出来るのは今までも、今も、そしてこれからも オレだけなんだという事実に。 どうしようもないほど、心が喜びに満たされてくる。 おまえを、誰にも渡さない……絶対誰にも……!! 「……めぐみ……今度はオレの番……」 優しく髪を撫でながら、囁いた。 のだめを立ち上がらせ、テーブルの上に座らせる。 そして、足を大きく開かせた。 そこはもうキラキラと光る蜜が溢れ、零れた蜜がテーブルを濡らしていった。 千秋は、椅子に座ったままのだめの太ももを掴んで秘部に顔を寄せ……そっと口付けた。 「……やあぁん……!!」 敏感になっていたのだめはたちまち悲鳴をあげ、背中をのけぞらせた。 「……何?もういっちゃった……?」 くつくつと笑いながらのだめをみつめると。 のだめは真っ赤な顔で、快楽に溺れた表情をしていた。 「……だって……のだめ、もう……」 物欲しげに、腰を揺らしながらおねだりする。 「……まだまだ……これから……」 「……やあぁあん……!!」 さらに舐めあげると、のだめはたまらないといった感じでふるふると首をふった。 充血しきった、のだめの秘部。 泉に舌を差し入れ、溢れかえる蜜を音を立てて舐めあげる。 じゅるじゅると淫らな水音が響きわたり、それを聞きながらのだめは、 あまりの快感の凄さに身体を震わせた。 「……しん、いちくん……!のだめ、も、もう……!」 「……まだまだ……もっとだ……」 そう呟きながら、今度は泉の中に指をゆっくりと差し入れる。 1本……2本……3本……。 そこはどこまでも熱くきつく。 きゅうきゅうとどこまでも締め上げてくる。 激しく出し入れすると、じゅぶじゅぶと音を立てながらしぶきが飛び散り、 右手とテーブルを濡らした。 親指で、蕾をぐりぐりと刺激をし、3本の指で裏側のざらざらした部分を 強めに撫で上げる。 「……はぁあぁん……!真一、くん……!お願いっ!早く、入れて!」 とうとう、のだめは泣き叫びながら懇願した。 千秋はのだめの秘部から顔を上げ、のだめの両脇を掴んで抱きかかえながら、 再び椅子に深く沈みこむ。 そして、向かい合うのだめをみつめながら、頬を流れる涙をそっと、唇で拭い取った。 「……ゴメンな……?泣かすつもりはなかったんだ……」 優しく、のだめの柔らかな髪を撫でる。 のだめはふるふると首を振りながら、千秋の顔をみつめた。 「違うんデス……あんまり気持ちよくって……それで、 なんだか自然に涙が溢れてきちゃって……のだめの方こそゴメンなさい……」 そう涙で濡れた瞳で千秋をみつめるのだめが、愛おしくて愛おしくて……。 おまえとひとつになりたい―――心からそう強く願う。 椅子に座りながら、引き出しからゴムを取り出し、手早く装着する。 そして、自分の膝の上に座るのだめの腰を浮かしながら、 これ以上ないほど膨張した欲望を、そっとのだめの秘部にあてがう。 「……めぐみ……いいか……」 そう、優しく耳元で囁く。 「……真一、くん……早く……」 いまだ、涙と快楽に濡れた瞳で、そう懇願される。 それだけで、もう理性完全に吹っ飛んだ。 「もう、限界……!」 うめくように呟きながら、一気に腰を突き上げてのだめの中を貫いた。 「……きゃあぁああん……!!」 「……はあぁあぁあ……!!」 互いの唇から、共に甘い嬌声が零れ落ちる。 余りの快感に頭が一瞬真っ白になりかけた。 もう何度も味わっているのだめの中は、まさに快楽のるつぼだった。 相変わらず処女のようにキツイそこは、熱く蠢く襞がうねうねと千秋自身に絡みつき、 きゅうきゅうとどこまでも締め上げる。 まるで別の生き物が住んでるかのようにねとねとと絡みつきながら、 ぐぐっと奥底までどこまでも吸い上げてくる。 それはまるで、底なし沼のようで――― だけど、おまえとなら……どこまでだって堕ちたってたっていいとさえ、 思ってしまう。 こんな快感は今まで知らなかった。 こんなにセックスが気持ちいいものだとも知らなかった。 おまえとだから、きっとこんなにも感じるのかもしれない。 こんなにも愛おしいと思える女とのセックスだからこそ…… こんなにも感じるのかもしれない。 セックスは、本来は生殖行動の一種であり、 子孫を残すために、どうしても必要かつ必然な行為でしかない。 だから、雄は自分の遺伝子を残すために、複数の雌と交じりあうのは、 ごく自然な行為だと、どこかで聞いたことがある。 雌は優秀な雌の遺伝子を欲し、雄はより多くの雌に自分の遺伝子を残させようとする。 なのにどうしてオレは―――おまえしか抱きたくないと、そう思うのだろう。 神が人類を創造した時に、セックスに快感を与えたのは、 あくまで子孫を残すための御褒美のようなものだと、そう聞いたこともある。 あくまで子孫を残すのが目的で、快感はそのエサのようなもので。 だけどおまえを抱く時―――そんな自然界の摂理なんてどこかに吹っ飛んでしまう。 心も身体も……魂からひとつになりたいと思う女と出会える――― それはとてもとても奇跡的なことなのかもしれない。 おまえと出会えた奇跡を、オレは神に感謝したい。 「……めぐみ……めぐみ……めぐみ……」 耳元で、何度も何度も甘く囁く。 その名を口にするだけで、心が甘く満たされる。 首にしっかりとしがみつくのだめを強く強く抱き締めながら、 激しく腰を突き上げ、熱く蠢くのだめの中を存分に味わう。 「……しんいちくん……しんいちくん……しんいちくん……」 まるでうわごとのように、何度も何度も愛しい名を呼ぶのだめが、 愛おしくてたまらなかった。 たぷたぷと揺れる、豊かな胸に頬ずりし、乳首を甘い噛みしながら舌で転がすと、 のだめの中がいっそう強く収縮して自身をどこまでも絞り上げた。 パンッ!パンッ!と激しくぶつかりあう肌の音も、摩擦音でクチュクチュと響く、 淫らな水音も、激しく絡み合う唾液の音も、すべてが2人を高みに押し上げていった。 「……しん、いちく、ん……のだめ……もう……」 限界に近づき、せつなげにのだめの瞳が揺れる。 「……めぐみ……まだ、だ……」 もっと、高みまで共に登りつめたくて。 だから千秋は動きを止め、のだめを身体を無理矢理引き剥がした。 「……やあぁあんっ……!」 抗議するかのように、のだめは小さく悲鳴をあげる。 のだめの中から無理矢理引き出した、千秋の欲望はのだめの蜜でぐっしょりと濡れ、 ぬらぬらと光っていた。 その淫靡な光景に、千秋は否応なしに興奮する。 「……のだめ、立って机につかまって……」 そっと腰がぬけかけているのだめを支えながら、 後ろ向きにしながら両手を机につかせる。 のだめが、耳まで真っ赤なのがわかる。 何をしようとしているのか、理解したのだろう。 「……バックで、いくから……」 そう呟くと、のだめは恥ずかしそうに俯いた。 「……や、だ……しんいち、くん……」 「……やなの?じゃあこれでやめる……?」 そんなこと出来もしないくせに、わざと意地悪く耳元で囁く。 すると、のだめは恥ずかしそうに、でも必死に首を横に振った。 「……い、や……お願い、だから……しんいち、くん……!」 そして、背中を伸ばして、尻を高く突き上げる。 それは、のだめからのおねだりのサイン。 そこから、キラキラと雫が溢れ、粘性を伴ったそれは太ももを伝い、 ゆっくりと重力の法則に従いながら床に向かっていく。 そんなのだめが愛おしくて、たまらなくて。 のだめのすべてを、手に入れたくてたまらない。 ゆっくりと、のだめの細い腰を掴む。 そして、欲望を熱い泉にあてがった。 「……入れて、欲しい……?」 「……あぁ、お願い……早く……入れて、入れて下サイ……!」 悲鳴のような声をあげるのと、奥底まで激しく突き上げるのがほぼ同時だった。 「……きゃぁああ……しん、いちくん……!!!」 「……はあぁあぁ……!!!」 同時に悲鳴をあげる。 途端に激しく収縮する膣内に暴発を必死にこらえ、激しく突き上げる。 円を描くように腰をまわしながら、小刻みに突き上げてゆく。 「あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」 その動くにあわせて、のだめも短く悲鳴をあげる。 手を伸ばし、揺れる豊かな乳房を揉みしだく。 あいた手で2人の繋がりに手を伸ばし、蕾をぐりぐりと押しつぶす。 とたんに、 「きゃああああ!!」 のだめが悲鳴をあげた パンッ!パンッ!と肌がぶつかりあう音も、ぐちゅぐちゅと泡立つ水音も、 絶え間なく零れる荒い息遣いも、すべては快感へと繋がってゆく。 おまえと、早くひとつになりたくて――― 千秋は身体を突き抜ける射精感に、限界を感じていた。 「……しんいち、くん……のだめ……」 「……オ、レも、限界……そろそろ……いくぞ……」 身体中の汗腺から汗が滝のように吹きだし、しだいに目の前が真っ白になってゆく。 ―――身体が、溶ける――― 「……もう、ダメっ……し、んいちくっ……!!!」 「……うわぁああぁ……めぐ、み……!!!」 2人同時に限界を向かえ、悲鳴をあげながら一気に登りつめた。 千秋は、端正な顔を一瞬大きく歪め、己の白濁した欲望を一気に吐き出した。 全身が激しく痙攣し、それからじわじわと弛緩していった。 のだめを抱き締めながら、ずるずると床にへたりこむ。 甘い痺れが全身を駆け抜け、情事後特有の気だるさに襲われる。 千秋は、半ば呆然としながらも、のだめを後ろから抱き締めながら、 そっと汗に濡れたうなじにキスを落とした。 おまえと、ひとつになりたくて――― この愛しいぬくもりを、ずっとずっと抱き締めていたかった。 「……しんいち、くん……だいすき……」 「……オレも……」 そっとみつめあい、舌を絡ませあう。 湿った音が響き、愛おしさがこの胸にじわじわとこみ上げてくる。 ―――この世の誰よりも……おまえが、好きだ――― のだめの中は、ゆっくりと弛緩しながらも、いまだにうねるように蠢きながら、 優しく千秋の欲望を優しく包みこんでいた。 「ちょっと、待ってろよ……」 千秋は、そう呟きながら机の上のティッシュに手を伸ばす。 そのままそっと、中に吐き出したものを零さないように注意しながら引き出そうとするが、 それはいまだにうねるように絡みつくのだめの中に吸い込まれており、 なかなか引き出せなかった。 押しのけるようにしてようやくずるりと引き出したそれを、ティッシュで拭い取る そのあと、栓がなくなって溢れ出てきたのだめの膣口を、優しく拭ってやった。 まだ、朦朧としているのだめの身体をそっと起こしながら、優しく抱き締める。 「……ごめんな、ムチャさせて……」 すると、のだめは恥ずかしそうに俯いた。 「……ううん、とっても気持ちよかったし……また、惚れ直しちゃいましたよ……?」 そして、そして千秋の唇に口付けを落とした。 どこまでも、柔らかいのだめの唇。 快楽の余韻に浸るのだめの肌は、桜色に染まっていて。 とてもとても、綺麗だった。 そんなのだめに、そんな可愛いことをされると――― 「……あれ……?真一くん、また……?」 「いっとくけど、おまえが悪いんだからな……?」 恥ずかしくて、のだめの顔がまともに見られない。 でも、こんな風になるのは、相手がおまえだから……。 他の女じゃあ、絶対こんな風にならないから……。 きっとオレはもう、他の女を抱くことなんか出来ないのだと自覚する。 「しょうがないデスね……真一くんは本当に甘えん坊さんなんだから……」 くすりと笑いながら、千秋の身体をぎゅっと抱き締めた。 「……続き、お風呂でもいいデスか……?」 「……了解……お姫様の仰せのままに……」 クスクス笑いながら、おでこをこつん☆とくっつけあう。 そっと、のだめを抱き上げながら風呂場へ向かった。 「……リクエスト、何かあるか?……」 のだめをバスタブに下ろし、立ったまま耳朶を甘噛みしながら優しく囁く。 「……真一くんの、好きなようにして下さい……」 のだめは千秋の逞しい胸に顔を埋めながら、甘えるように頬ずりをした。 「……へぇー、じゃあ、お言葉に甘えて……」 その愛らしい仕草に、千秋はますます煽られる。 千秋は蛇口を捻り、シャワーヘッドを壁のタイルに向けた。 熱いお湯を勢いよく流れ出し、タイルと2人の汗と愛液で汚れた肌に激しく打ち付ける。 千秋はのだめを乱暴に壁に押し付け、激しく唇を奪った。 絡まりあう、柔らかな赤い舌。 どこまでも甘いその唾液には……きっと、オレの汗も混ざっているのだろう。 そう考えると、千秋は奇妙な支配欲に心が満たされるのを感じていた。 のだめをこんな風にできるのも、オレだけで。 のだめの心も身体も好きにしていいのも、オレだけで。 おまえは―――オレだけのものだ! 「……んっ……ふぅ……」 何度も何度も角度を変えて、のだめの口内を貪る。 肌にぶつかるお湯は白い湯気を立てながら、 そんな2人のすべてを包み込むように、流れ続けてゆく。 千秋は、のだめの口内を貪りながら、右手は柔らかな白い乳房を揉みしだき、 左手は先ほどまで2人が繋がっていた秘部への愛撫を始めていた。 ただでさえ、感じやすいのだめの身体は、先ほどまで高みに登りつめていたこともあり、 簡単に快楽に支配されてしまう。 「……やぁっ……しんい、ちくん……そんな、に乱暴に、しないで……」 「……いやか?……おまえ、言ってることと、身体の反応、まるで違うんだな……」 のだめの熱い愛液で溢れる秘裂に長く美しい指を挿し込み、 尖りきった乳首を舌で自在に転がし甘噛みしながら、くつくつと喉の奥で意地悪く笑う。 指を強めに出し入れすると、じゅぶじゅぶと愛液が飛び散り、お湯と混ざりあってゆく。 乳首をカリリッと強めに噛むと、とたんにのだめが切ない声をあげた。 「……やあぁあー!!いっちゃっ……!!」 のだめは白い喉をのけぞらせながら、手足を伸ばし、絶頂を迎えようとする。 すばやく、千秋はのだめの膣内から指を引き抜き、突き放すように身体を離した。 「……ひどっ!どうしてっ……!」 高みから放り出されたのだめは、涙目で千秋に抗議する。 そんなのだめに胸を痛めながらも、そんな残酷な自分に奇妙な興奮を覚えていた。 もっともっと、おまえを支配したくて。 もっともっと、オレに夢中にさせたくて。 もっともっと、オレだけを見ていて欲しくて。 こんなに自分が残酷だとは知らなかった。 こんなに自分が独占欲が強いとは知らなかった。 おまえと一緒にいると、いつも新しい自分を発見してしまう。 それはきっと、どんな自分を見せても。 きっとおまえは……すべてを受け入れてくれるから。 「……めぐみ」 のだめの頬にそっと触れ、涙に濡れる睫に優しくキスを落とす。 「……オレが、好きか……?」 甘く耳朶を噛みながら、そう甘く囁く。 「……はぁっ……す、きデス……」 千秋の首にすがりつくように腕をまわし、たくましい胸にキスを落とす。 「……もっと、言って……?」 まだ、足りない。 もっともっと……夢中にさせたい。 「……好きです、真一くん……」 「もっと……」 「大好きです……世界中の、誰よりも……」 「……オレが、欲しい……?」 そう甘く囁くと。 のだめは快楽に濡れた瞳で、切なげに千秋の顔をみつめた。 「……ほ、欲しいデス……」 「……じゃあ言って……?オレに抱いて欲しいって……」 そう言いながら、白い肩に口付けを落とす。 「……お願い……!抱いて、抱いて下サイ!」 のだめは、大きな瞳いっぱいに涙をため、叫ぶように言葉を紡いだ。 そんなのだめが、どうしようもないほど可愛くて愛おしくて。 すべてを手に入れたい―――その欲望に思考が支配される。 千秋は、備え付けの箱からいつものようにゴムを取り出し、手早く装着する。 そしてのだめを壁に押し付け、柔らかな太ももを抱えあげて、 これ以上ないほど硬くそそり立った千秋自身をのだめの秘裂にあてがい、前後に擦り付ける。 秘部が擦れあい、くちゅりと淫らな音が、シャワー音と溶け合う。 「……やあぁあん!……しん、いちくん、は、早く……」 十分すぎるほど焦らされたのだめは、腰を揺らしながら必死におねだりする。 「……めぐみ……おまえが欲しい……」 千秋は、のだめの大きな瞳をみつめ―――そして一気にのだめの膣内を貫いた。 「きゃああぁああんっ!!!」 「うぁあああぁああっ!!!」 同時に悲鳴をあげ、たがいに身体を激しく痙攣させながら高みに登りつめる。 のだめの膣内は火傷しそうなほど熱い蜜で溢れかえり、微細な襞が蠢きながら、 千秋自身にねっとりと絡みつきながら、激しく絞り上げるように強く強く収縮する。 やべ……気持ち、良すぎる……。 あまりの快感に、いつもながら暴発しそうになるのを必死に抑える。 そのまままるで、奪うようにのだめの舌を音を立てて絡めとり、 角度を変えて何度も何度も深く絡ませあう。 そのままのだめを壁に押し付け、打ち付けるように腰を振りながら、 激しく抽送を繰り返していった。 「……め、ぐみ……感、じてるか……?」 唇を解放し、零れる吐息を互いにかさねあいながら、大きな瞳を覗き込む。 「あぁっ!しんいち、くんっ……!すっごく、き、気持ちいいデスっ……!」 のだめは完全に快楽に溺れきった表情で、心情を吐露する。 そんなのだめが可愛くて可愛くて……。 千秋は、抽送を激しくしながら、空いている左手でのだめの胸を揉み上げ、 その柔らかさを心ゆくまで味わった。 さっき、思う存分抱いたばかりなのに。 さっき、おのれの欲望を吐き出したばかりなのに。 欲望は止まることなく、この身体から湧き出してくる。 「……めぐ、み……もう片方の足もあげて……あと、しっかり首にしがみついて……」 そう掠れ声で囁くと。 のだめは素直に、下ろしていた足を千秋の手に託してきた。 千秋は首に回した腕に力を入れさせ、両足を抱えあげて壁に押し付ける。 宙に浮いたのだめは、その細くて長い足を千秋の腰にまるで絡みつくようにしがみついた。 華奢だが丸みをおび、女性らしい身体つきをしたのだめは、けっして軽いわけではない。 しかし、毎日体力トレーニングを欠かさない千秋にとっては、 のだめの身体を抱えあげるということは、そんなに難しいことではなかった。 宙に浮いたのだめの全体重は、必然的に2人の繋がりに集中する。 千秋は、何度も何度ものだめを宙に突き上げ、落ちてくるのだめを自身で受け止める。 互いの粘膜が擦れあうたび、全身が痺れるような激しい快感が全身を貫いてゆく。 シャワーが肌に当たる音も。 艶やかな唇から零れる吐息の音も。 肌が激しくぶつかりあう音も。 互いの粘膜が擦れあう音も。 身体から溢れ出す、体液が混じりあう音も。 すべてが一体となり、溶け合ってバスルームに充満していく。 こんなに深い悦びは知らない。 もう、この身体を抱かずにはいられない。 この感覚が、身体に、セックスに溺れる―――そういうことなのかもしれない。 快楽に溺れる。 千秋は、ずっとそんな人間を軽蔑してきた。 理性が快楽に負けるなんて、まるで獣みたいじゃないか。 そんな人間には、けっしてならない―――心に誓っていた。 今までの、昔の恋人達とのセックスだってそうだ。 確かに、快感がなかったと言えば嘘になるけど。 だけど、どんな時にも常に冷静さを保っていられた。 身体に、セックスに溺れるということなど一度もなかったのに。 なのに、どうしてオレは。 こんなにも、この心も身体も、そうして魂でさえも。 おまえに溺れきってしまってしまうのだろう。 確かに今オレは、のだめの身体に、のだめとのセックスに溺れている――― そう認めざるをえなかった。 「……めぐみ……」 「……しんいちくん……」 互いに、愛しい名前を呼び合い、みつめあう。 「……いっしょに……」 「……うん……」 それ以上は、言葉を紡がなくてもわかる。 ―――いっしょに、溶けてひとつになろう――― 深く深く舌を絡ませあい、粘膜を擦りあわせる。 もう何度、溶けてひとつになってきただろう。 もう何度、一緒に高みに登りつめてきただろう。 のだめとの、熱く激しいセックス。 オレは、それで何度となく至高の悦びを手にしてきた。 そして確かに今オレは―――再びそれを手に入れる予感を感じていた。 すでに思考は停止しはじめ、頭の中が真っ白になる。 早く、ひとつになりたくて。 早く、高みに登りつめたくて。 千秋は、これ以上ないほど激しく、えぐるように自身を膣内に打ち込んでゆく。 背筋に射精感が走りぬけ、千秋に限界を告げる。 「……しんいち、くん……のだめ、もう……だめぇ……」 「……オレも、限界……そろそろ……い、くぞ……」 怒涛の勢いで突き上げると、のだめの高い嬌声が甘く耳にこだまする。 背筋に甘い痺れが走り抜け、一気に頂点まで登りつめた。 「……きゃあぁあああ!!!……し、んいちく……いっちゃっ……!!!」 「……くっ……!の、だめっ……!!!」 身体の中心が熱くなり、千秋は思わず端正な顔を歪ませる。 のだめの膣内はこれ以上ないほどきつく自身を絞りあげ、 逃さないようにぎゅうぎゅうと執拗に絡みついてゆく 白濁した迸りは千秋自身を一気に走り抜け、2度、3度と打ち付ける腰と共に ゴムと自身の空洞へと吸いこまれてゆく。 「……はぁああぁ……」 零れる吐息はどちらのものかわからず、激しい痙攣の後には弛緩が全身を支配し、 抱き合ったままズルズルとバスタブの中にへたりこんだ。 激しく痙攣をしていた互いの身体も、しだいに緩やかになってゆく。 のだめの中も、ゆっくりと痙攣がおさまっていくものの、 それはいまだに千秋自身を逃すまいとのたうつように絡みついたままだった。 気だるさ中、千秋はゆっくりとのだめを抱き締め、顔中にキスの雨を降らしてゆく。 この愛しい存在と、また頂点に登りつめることが出来た悦びに、千秋は胸を熱くした。 ずっと、一緒にいよう。 ずっと、おまえを抱いていたい。 本能とか性欲とか、そんなことじゃなくて。 魂から1つになれる―――きっとそんな相手にはもう2度と出会えないから。 「……大丈夫か……?」 意識が朦朧としているのだめを優しく抱き締めながら、瞳を覗き込む。 「……ハイ……とっても気持ちよくて……のだめ、おかしくなりそうでした……」 恥ずかしそうに俯きながら、もじもじとのだめが答える。 そんな初々しいのだめが、たまらなく愛おしい。 千秋はゆっくりと腰を引いて、しっかり吸い込まれている自身を、 半ば強引にずるりと引き出した。 互いに粘膜が擦れあい、快楽の余韻に酔いしれる。 2人の繋がりを解くと、そこから白く濁った愛液が次々と溢れ出してきた。 千秋はその淫靡すぎる光景に、しばし目を奪われてしまう。 「……あ、んっ……」 のだめが、子猫のような甘い声を漏らす。 そのまま千秋の逞しい身体に、その柔らかな身体を甘えるようにすりよせた。 上目使いで千秋の顔を見上げ、恥ずかしそうに微笑む。 それはあまりにも無邪気で可愛らしくて。 千秋の欲望に再び火をつけるには、十分すぎるほどだった。 千秋は、再びのだめをバスタブの底に押し倒し、 その溢れ出る泉に舌を差し入れ、溢れ出る愛液をすすり上げた。 「……し、しんいちくん!?……なにやって……やあぁんっ……!」 再び、快楽に支配されたのだめの抗議を無視し、千秋は夢中で愛液を舐め取ってゆく。 のだめは悦びの嬌声をあげながら、愛おし気に千秋の濡れた漆黒の髪をかき混ぜた。 千秋は、とっくに完全復活している自身に手早く新しいゴムを被せ、 横たわっているのだめの両足を両脇に抱えあげ、秘裂に擦りつけながら一気に貫いた。 そのまま揺さぶるようにして、何度も何度も激しく腰を打ち付ける。 「……やあぁああん!!……しんいち、くん……のだめ、もうっ……!」 「……まだまだ……これから……だ、めぐみ……!」 のだめの華奢な身体が、千秋の激しい動きに合わせて何度も何度も跳ね上がり、 その度にバスタブに残っているお湯がじゃぶじゃぶと水音をあげながら飛沫をあげる。 吐息が混じりあい、皮膚がぶつかりあって、とろけるような甘い音楽を奏でてゆく。 粘膜が擦れるたびに、混じりあう体液がぐちゅぐちゅと音を立てて飛び散り、 なまぬるいお湯に溶けていった。 何度も高みに登りつめ。 何度も快楽を分かちあう。 今日何度目かの頂点が見えはじめ、千秋は再び抽送の激しさを増していった。 3度目のセックスが終わり、千秋はようやくのだめの身体を解放した。 繋がりを解き、放心状態ののだめを丁寧に洗ったあと、 バスタオルで包み込むようにしてベッドまで運んでいった。 のだめの身体を拭いてパジャマを着せ、ベッドに横たえる。 自分もすばやくパジャマを身につけてベッドに入り、 のだめの柔らかい身体を抱き締めながら、優しくまだ湿っている髪を撫でた。 「……ごめん……大丈夫か……?」 疲れきったのだめを見て、さすがにやりすぎたと後悔する。 すると、のだめは甘えるように千秋を見上げ、クスクス笑った。 「へーきデスよ。だって毎晩こうだから、さすがに慣れちゃいました……」 「なっ…!毎晩ってことは……」 「違いますか?」 「いや、あの……」 必死に反論しようとするが、のだめは嬉しそうに顔を覗き込みながら、 追い討ちをかける。 「朝も2回したし」 「……うっ……」 「さっきも3回連続だったし。休みの日はいつもこうなんデスから……♪」 悪戯っぽくのだめに笑われ、さすがの千秋もぐうの音もでない。 確かに、ここ毎晩ずっとこんな調子かもしれない。 さすがに平日はのだめの翌日のことを考えて、夜2回ぐらいにしているが、 休日になるとなんだか歯止めがきかなくてつい……。 「……嫌か……?おまえが嫌だったら……その……」 のだめを抱き締めながら、ぼそぼそと呟く。 するとのだめは、にっこり微笑みながら千秋の滑らかな頬を、両手で挟んだ。 「……や、じゃないです。だって、いつもすごく気持ちいいし、それに……」 千秋の顔に顔を寄せ、その綺麗な瞳を覗き込んだ。 「……大好きな、真一くんだから……。だから、ちっとも嫌じゃないデスよ……?」 そう囁きながら、そっと千秋に触れるだけのキスを落とした。 その柔らかな唇から、のだめの優しさが伝わってくるような気がして。 千秋は、心がほっとあたたまったような気がした。 「……ありがとな……あんまりムチャしないようにはするから……」 「……なんかそれ、毎晩言ってませんか……?」 お互い顔を見合わせ。 なんだかおかしくて、クスクス笑いあった。 「明日も休みだろ?何か食べたいものあるか?」 「んーと、オムライスが食べたいデス!」 「オムライスか……。ふわふわ?それともトロトロ?」 「もちろんトロトロでーす♪」 「よし!じゃあとびっきりのを作ってやるから楽しみにしとけよ?」 「むきゃあ!真一くんの作るトロトロオムライス〜!」 嬉しそうに顔を輝かせるのだめが、愛おしくて。 額にそっとキスを落とした。 たちまち真っ赤になったのだめの顔が、なんだかとても可愛くて。 強く胸の中に閉じ込め、その柔らかさを堪能した。 「……ねぇ、真一くん……」 「……ん……?」 まどろみの中、のだめの声が胸元で小さく響いた。 見下ろすと、なんだか思いつめた感じの表情が、暗闇の中見え隠れしている。 「……どうした……?」 優しく、のだめの柔らかな髪を梳きながら囁く。 「……真一くんは……よく、日記とか読み返すんですか……?」 なんだか、声の響きがちょっと暗く響くような気がするのは気のせいだろうか? いったいなんなんだ? 「まあ、たまにな……」 「そう……ですか……」 ますます、声の響きが暗くなる。 声だけじゃなく、俯いてるが表情もなんだか暗いように感じてしまう。 「……なあ、いったいどうした?何を気にしてる?」 気になってのだめの顔を覗き込むと、のだめはふいっと顔を背けた。 「別に、なんでもないデス!」 「なんでもない顔じゃねぇだろ、どう考えても。 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」 すると、のだめはおずおずと千秋の顔を見上げてきた。 その表情はなんだか複雑で、読み取れない。 「……怒ったり、呆れたりしませんか?」 「内容によるな」 「じゃ、いいデス!」 ふいっと、再び顔を背けた。 「冗談だって。そんなことしないから話してみ?」 優しくのだめの顔を覗き込んだ。 「……本当に?」 「ん。約束するから」 俯いたままののだめの髪を梳きながら、耳元で優しく囁いた。 「………………いこさん………………」 「……え……?」 消え入るような声が、暗闇に響いた。 「……彩子さん、とか……その前の彼女、とか……その前の前の彼女、とかは…… 先輩のこと、何て呼んでたんですか……?」 思わぬ問いかけに、一瞬頭が混乱する。 「彩子さんは、真一って、そう呼んでましたけど……他の彼女達も、 やっぱり呼び捨てだったんですか……?」 「な……?のだめおまえ何言って……?」 「……日記を読み返して、今までの彼女達との思い出とか……さっき…… 真一くんとのだめがし、していたみたいなことを…… 思い出したりするデスか……?」 ……のだめ。それってもしかして……? 「……もしかしておまえ……妬いてる……?」 そう尋ねると、のだめは今にも泣きそうな顔で俯いた。 「……だって……!真一くんはのだめと違って経験豊富だし……! さ、彩子さんとかすごく綺麗で、スタイルもよくて、お嬢様で……」 こつん☆と、のだめは千秋の胸に軽くおでこをぶつけてきた。 「……い、今までの彼女とかも、きっとすごく綺麗な人ばっかりだったん だろうなって……。 そんな人達から、呼び捨てにされてたのかなって、そう思ったら……。 気に、しないようにしてたけど……日記のこと思いだして、つい……」 「……オレがあの日記読んで、そういうの思い出したりしてたって…… そう思ったのか……?」 「……ゴメン、なさい……真一くん嫌いですよね?こんなこと言うのって……」 涙まじりの声は、どんどん消え入るように小さくなってゆく。 ……おまえって、本当に…… 「……たくっ!おまえって奴は本当に……」 ぎゅっと、のだめを強く抱き締めた。 「どうしようもなく、バカな奴なんだからなー……おまえって……」 「むきゃあ!ど、どうせのだめはバカですよ……!」 怒って暴れるのだめの顔を上げさせて、そっと……唇を重ねた。 呆然とするのだめに、ふっと優しく笑いかける。 「……確かに……そういう、嫉妬とか、ヤキモチとかは嫌いだけどさ……」 そっと、耳朶に唇をよせる。 「……おまえのそういうのは……なんか、可愛いな……」 そう囁きながら、優しく耳朶にキスを落とした。 「……呆れたり、怒ったり……して、ませんか……?」 長い睫を涙で濡らしながら、のだめは見上げてくる。 そんなのだめが……たまらなく可愛い。 「……バーカ!言っただろ?オレは、そういうおまえのヤキモチとか、 嫌いじゃないって……」 いや、嫌いじゃないどころか……。 正直すごいツボだったり、する……。 今までの彼女達なら、鬱陶しいだけだったけど。 普段、オレに対する執着心とか、そういうのを見せようとしない こいつだからこそ――― たまにこんな風に可愛く嫉妬されると、たまらなく愛おしさがこみあげてくる。 「……昔の彼女達のこと、まったく思い出さないっていったら、嘘になるけど……」 優しく、のだめの髪を撫でる。 「……今も、そしてこれからも、オレにはもうおまえしか、いないから……」 涙に濡れた瞳をそっと唇でぬぐい、そのまま唇を重ねた。 何度も……何度も角度を変えて、口内を味わう。 舌を絡ませあい、濡れた音を立てながら唾液をミキシングする。 こうやって唇を重ねることで、もっとこの想いが伝わればいい。 オレが、どれほどおまえに夢中なのかということを……。 オレが、どれほどおまえを愛しているということを……。 「……はぁ……」 ようやく唇を解放すると、どちらともなく甘い吐息が零れた。 「……安心…した……?」 「……ハイ……」 ほわんと、のだめが柔らかく微笑む。 その笑顔がたまらなく可愛くて。 ぎゅっと、強く強く抱き締めた。 「なあ……別に呼びたかったら、呼び捨てでもオレは別に構わないぞ?」 「むきゃ!で、でも……」 「ためしに“真一”って、そう呼んでみるか?」 「え?え?えぇぇぇぇえー!!」 「ほら、言ってみ?」 悪戯っぽく笑いながらのだめの顔を覗き込むと、のだめは真っ赤な顔をしながら 慌てふためいている。 「……し、し、し、しんい……だ、ダメです〜!」 ギブアップしたのだめが可愛くて、千秋はくつくつと笑いながら、 ぎゅっとのだめを抱き締めた。 「まあ、無理するなって。それに……」 千秋は、のだめの顔を覗き込む。 「オレは呼び捨てより好きだけど?おまえの“真一くん”て呼び方」 すっかり熟しきったトマトのようになってしまったのだめが、おかしくて可愛くて。 千秋はぎゅっと腕の中にその最愛の存在を閉じ込めた。 もう、手放せない。 もう、離れられない。 ずっと、傍に居たい。 ずっと、傍に居て欲しい。 そう―――強く心に願う。 「……ねぇ、真一くん……」 「……ん……?」 再びのだめの呟きが耳に響いた。 「……日記読み返すのって……どんな気分なんデスか……?」 「……なんだよ。まだ、気にしてンのか……?」 「あ、そうじゃないんですけど……そういうのって、どんな気分なのかなって、 思って……」 少し呆れが入った千秋の声色に気付き、慌てたようにのだめが言葉を重ねた。 「……うーん、そうだな……読んでて、時々凄く不思議な気持ちに なることがあるな……」 「ほわぁ……それってどんな感じデスか?」 いやに、興味津々にのだめが顔を覗き込んでくる。 「……なんか、自分が書いたのに、自分じゃないような、 そんな気分になることがよくあるな。 まるで、全然別人の誰かが書いたような……うまく言えないけど、そんな感じ。 改めて読み返してると、新たな発見というか、その時は見えなかった真実に 気付いたりすることもあるし。過去をさかのぼって、 昔の自分を見てるような気分……て感じかな?」 「……なんかそれって、時間旅行してるみたいデスね♪」 「……へぇー、おまえにしてはうまいこと言うな?」 「ごろ太に出てくるんですよ?『時間旅行時計』をつけると、 自由に時間旅行ができるんデス」 あぁ……なるほどね……。 千秋は思わず苦笑いを浮かべた。 珍しく、のだめから似合わない言葉が出てきたと思ったら、そういうことか……。 でも……“時間旅行”か……。 確かに、そうかもしれない。 日記を読み返していると、様々な思い出がよみがえってくる。 確かにそれはオレが経験して、オレが書いたことなのに。 別人がそこに存在してるような気分になる。 まるで、過去にさかのぼってもう1人の自分を見てるようなそれは。 まさに“時間旅行”という言葉がぴったりなんだと思ってしまう。 「真一くんの時間旅行、のだめもしてみたいデス♪」 「絶対に見ンじゃねぇぞ……」 そう釘を刺しながらも。 千秋は、ふと先ほど心に引っかかっていたことを思い出す。 そういえば、さっきこいつ……。 「……なあ……」 「……なん、デスか……?」 眠気まじりの声で、のだめは答える。 「……もしかしておまえも……日記、つけてた……?」 一瞬、のだめの身体がビクリと震える。 ……なんだ……? 「……なんで、そう思ったんデスか……?」 妙に、声が硬い……? 「……いや、さっきおまえ言っただろ?『先輩もつけてたんですねー』って。 だから、おまえももしかしてつけてたのかなって」 すると、のだめはくるり身体を回転して、千秋に背中を向けてしまった。 いったい、どうした……? 千秋は、戸惑いながらのだめ背後に抱き締めた。 「……桜色……」 「……え……?」 「……桜色の、日記帳だったと思うんですけど……よく覚えてないんデスよ……」 ぼそぼそとのだめが呟く。 「……へぇー……なんか意外だな……」 千秋は、内心驚きを隠せなかった。 ズボラなコイツが日記ねぇ……。 なんだか、興味がわいてくる。 「何歳ぐらいの時につけてたんだ……?」 白いうなじに顔を埋めながら、くぐもった声で尋ねる。 「……たぶん、小学校2年生ぐらい、だったんですけど……よく覚えてないデスね……」 その言葉に、一瞬動きが止まる。 ……それって、まさか……。 「……なぁ?もしかしてそれ、3ヶ月ぐらいでつけるの止めなかったか……?」 「……なんで、わかったんデスか? 」 のだめが驚きの表情を浮かべながら、振り返った。 「……いや……。なんとなくそう思っただけ……」 千秋は、とっさに言葉を濁した。 「うきゅー。やっぱり夫は妻のこと、何でもわかるんですネ♪」 「誰が夫だ……」 そう言いながらも。 千秋は、胸が締め付けられるような気持ちに襲われた。 ……なあ、のだめ。その日記はもしかして……? 「……何書いたとか、今どこにあるのかとか、覚えてるのか……?」 「それが、全然内容覚えてないんデスよー。場所はたぶん、 大川ののだめの部屋のどこかにあると思うんですけどね?」 クスクス笑いながら、のだめは答える。 「……でも……」 「……でも……?」 「……何でだか、わかんないんですけど……すっごく大事なことを、 書いたような気がするんですよ……それが一体何なのか、 全然、覚えてない、んですけど、ね……」 のだめの声が、しだいにまどろんでいく。 千秋は、ただ黙ったままのだめの柔らかな髪を優しく撫でて続けた。 「……ねぇ、先輩……喉、渇きました……」 「……わかったから、ちょっと待ってろよ……?」 千秋はその柔らかな頬に優しくキスを落とし、ベッドから身を起こした。 冷蔵庫からよく冷えたエビアンを持って帰ってくると。 のだめは、既に眠りの国の住人になってしまっていた。 「まったく……喉が渇いてたんじゃなかったのか……?」 そう苦笑いを浮かべ、千秋はエビアンを流し込んだ。 火照った身体に、冷たい水が身体の隅々までいきわたっていき、 身体をひんやりと冷やした。 そして……そっとその柔らかな白い頬に触れた。 ……なあ、のだめ。その日記ってもしかして……。 ―――あの流血事件の時に、つけていたものなのか?――― 以前、辰男さんに聞いたことがある。 確か小学2年生の時に流血事件は起こって、それから3ヶ月間まったく ピアノを弾かなくなってしまったということを。 その時、心の内面を探るために日記を付けていたとしても、 おかしくはないかもしれない。 それ以外に、こいつが日記をつけるという状況が思いつかないのだから。 そっとのだめの頬を撫でると、身動ぎしてまるで猫のように身体を丸くなった。 ……なあ、のだめ。 あの流血事件の間、おまえは何を思い、何を考えていたんだ? どうやって、その心の傷を乗り越え、もう一度音楽に向き合おうとしたんだ? 3ヶ月だけつけられた、桜色の日記帳。 その日記には、どんな思いが綴られているのだろう……。 ふと、1年前半前のマラドーナコンクールのことを思い出す。 あの時オレは……おまえの心の傷に気付いてやれなかった。 あの時の演奏を聴いていれば、おまえが金目当てでコンクールに出場したなんてことは、 真っ赤な嘘だってすぐに気付いてやれたのに。 オレは、気付いてやれなかった。 傷ついたおまえの心を救ってやれなかった。 結果的に、おまえを突き放してしまった。 だけどおまえは……1人で乗り越えてきた。 オレが手を差し出す前に、いつでも1人で壁を乗り越えてしまう。 マラドーナの時も、コンセルヴァトワールの時も。 そして……幼い子供の時も。 その強さは、どこから来ているのだろう……。 もしかして、それは―――その桜色の日記に書かれているだろうか? それならば、それを知りたいと願うのは……オレのエゴなのだろうか? 千秋はベッドから立ち上がり、本棚へと足を向けた。 そして、日記帳を眺める。 千秋は、そっと本棚に手を伸ばし、日記帳を手にとった。 そして、引き出しから金庫を取り出し、鍵を取り出した。 2001年の、日記帳の鍵を。 カチャリ、と音を立て日記帳の封印を解き、迷わずページを開いた。 もう何度も、のだめが言うところの“時間旅行”をしている、あるページを。 『夏休み前にハリセン野郎の特訓を受けるが、ムカつくのでこっちから三行半を 突きつけてやった。帰る途中、不思議な“ピアノソナタ悲愴”を聴く。 いったいあれは誰が弾いてるんだ? その後彩子と飲みに行き、そのまま誘うが、捨て台詞を吐かれる。彩子の奴! そのまま泥酔してると、またあの不思議な“悲愴”が聴こえてくる。 目を覚ますと、ゴミ溜めの中で変な女がピアノを弾いていた。 あの女は一体何だったんだ?』 思わず、クスリと笑みが零れる。 そして、そっと日付を指でなぞった。 なぁのだめ、おまえは覚えているか? 2001年7月10日(火)―――オレとおまえが初めて会った、あの夏の夜のことを。 おまえのことだから、とっくに忘れてしまったんだろうけど。 オレは、一度も忘れたことはなかった。 なぜなら、“時間旅行”するたびに、嫌でも思い出してしまうから。 千秋は、そのままパラパラとページを捲っていく。 なぁのだめ、おまえは知っているか? おまえは、オレの日記で連続出場記録を更新中なんだってことを。 日記帳の下にある備考欄。 ここは、いつのまにか『のだめ専用欄』になってしまった。 初めて会ったあの夜から、のだめのことを書かない日はなくなってしまった。 ハリセンの元で修行していたあの時も。 喧嘩別れした、あのマラドーナコンクールの後も。 師匠について世界中を回ったあの頃も。 ―――1度として、おまえのことを書かない日はなかったんだよ――― こんなこと、今まで一度もなかった。 今までの彼女達のことも、三善家のことも、両親のことも、そして自分のことさえも。 毎日書く、ということはなかったのに。 こいつのピアノが凄く気になって。 こいつが無事に生活しているか気になって。 いつのまにか、目が離せなくなってしまった。 こうして読み返してみて、改めて感じてしまう。 オレはもしかしたら……初めておまえのピアノを聴いたあの日から――― おまえに惹かれていたのかもしれない。 最初は確かに……こいつのピアノに惹かれていたのだけれど。 こうして“時間旅行”をしていると、改めて思ってしまう。 オレは……いつでも、どこにいても。 ピアノだけではなく、おまえ自身のことを考えていたのだということを。 なぁのだめ、おまえ気付いているか? おまえと出会った後の、オレの変化を。 オレはおまえみたいな強さを持ってなくて。 だから、もしおまえに出会えなければ……きっと今でも日本の地で、 飛び立てない苦しみにもがき苦しんでいただろう……。 おまえに出会う前のオレは、凄く嫌な奴だったと思う。 才能がない奴を蔑み、チャンスが巡ってくる奴を恨んでいた。 親友と呼べる奴もいなくて……何もかも呪われた運命のせいにしてきた。 自分を見失い、音楽に絶望し、捨ててしまおうとさえしていたんだ。 オレから音楽をとってしまったら、何も残らないというのに……。 峰や、真澄や、その他たくさんの親友と呼べる仲間と出会えたのも。 師匠の弟子になることが出来たのも。 SオケやR☆Sオケで振ることが出来たのも。 こうして日本から飛び立つことが出来たのも。 みんな、おまえと出会って……そしておまえが傍に居てくれたからなんだよ……。 人の出会いは、不思議だと感じることがある。 今こうして、オレ達は当たり前のように一緒にいるけれど。 もし、オレがあの飛行機に乗っていなければ。 もし、おまえにあの流血事件が起きなければ。 もし、オレ達が桃ヶ丘大学に行かなければ。 もし、オレ達の部屋が隣同士じゃなければ。 オレ達は、今こうして共に同じ時を過ごすこともなく。 互いの存在を知ることもなく。 別々の空の下で、誰か別の相手と過ごしていたかもしれなくて。 オレ達の出会いは、数え上げたらキリがないほどの、 偶然の積み重ねだと、そう実感してしまう。 時々、思わずにはいられない。 もしもオレ達が出会ってなければ、オレとおまえははいったい どんな人生を歩んでいたのだろう……。 もし、オレが飛行機恐怖症になっていなければ、 そのまま順調に音楽の世界に飛び込んでいけただろう。 だけど、きっとそんなオレは、Sオケのようなヘタな連中のことを、 その個性を理解しようともせず、バッサリと切り捨てていただろう。 そんな、冷たく横暴な人間になっていたかもしれない。 そしていつか挫折を味わった時、立ち直ることも出来ず、 そんなオレに誰も手を差し伸べようとはせず、 そのまま堕ちていったのかもしれない。 そしておまえは、その才能を誰からも見出されることもなく、 ただ楽しくピアノを弾いているだけで大学を卒業し、 普通の先生になっていたのかもしれない。 もし、おまえが幼い頃海外に旅立っていたら、 今頃、孫Ruiのような世界的ピアノストになっていたのかもしれない だけど、いつか師匠がオレに言ったように。 オレの心を魅了してやまない、そんなきらめくようなピアノの音を、 その大きな手から生み出すことはなかったのかもしれない。 そしてオレは、音楽に絶望し、ただ無意味な大学生活を過ごした後は、 三善の家の事業を手伝い、そんな自分に絶望感を抱く人生を送っていただろう。 もし、オレ達が共に海外に出て行ったとしたら、 いつかどこかの公演で共演していたのかもしれない。 でも、こんな風に互いを必要とすることもなく。 こんなに狂おしいほど求め、惹かれあうこともなく。 再び別々の空の下に戻ってしまっていただろう。 運命の出会いなんかないと、ずっと思っていたけれど。 だけど、ときどき思わずにはいられない。 オレ達は互いを高めあい、そして愛しあうために、 神様が出会わせたのかもしれないと。 オレはおまえのために。 おまえはオレのために。 互いが存在しない時間を生きてきたのだとしたら。 今までの残酷な試練もすべて、オレ達が出会うために神様が与えていたのだとしたら。 その出会いは偶然ではなく、運命の出会いと呼べるのかもしれない。 時の流れもまた、不思議だと感じることがある。 確かに2人は、今という現実を生きているのに。 一瞬の間に、過去という思い出になってしまう。 オレ達が初めて出会ったあの夜が、こうして思い出に変わってしまったように。 きっと今日という日も、いつか思い出に変わり、 こうして“時間旅行”をする日が来るのだろう。 その時、変わらずオレの傍に居て欲しい―――そう強く願う。 オレは予言者じゃないから、先のことなんてわからない。 だけど未来のオレも、きっとおまえのことを愛し、必要としている――― それだけはオレにもわかるから。 だからいつか……オレにおまえの“時間旅行”をさせて欲しい。 おまえがどんな風に傷を負い、そしてどんな風に乗り越えてきたのか、知りたいと願う。 おまえはオレとは比べ物にならないほど強いから、本当はオレの助けや支えなんて 必要としないのかもしれない。 だけど……オレはもう、おまえが傷つくのを見たくないから。 2度と、おまえの手を離したくないから。 いつか、おまえがまた音楽に絶望しかかった時に、 おまえを支えてやりたいと願う。 おまえを救える人間に、オレはなりたいから……。 千秋は、今まで広げていた日記帳に鍵をかけ本棚にしまった。 そして、引き出しから書きかけていた2005年の日記帳を取り出す。 カチャリ、と音を立てて封印を解き、今日のページを開いた。 誕生日にのだめから送られたばかりの真新しい万年筆を手にし、 今日という日を綴っていった。 ―――いつか、未来の2人が共に時間旅行する、その日のために――― 『今朝は6時に起床。そのまま1時間ほどジョギングへ出かける。 帰り道に焼き立てのパンを購入する。朝食を作り、寝ているのだめを起こす。 寝ぼけながら抱きついてきたので、そのまま“朝の挨拶”を2回する。 ご飯を食べ終わった後は、朝の片付けと掃除と洗濯を行う。 のだめはその間、バックミュージックとして、今度の課題曲を演奏している。 毎日、どんどん上手くなっていくのを実感し、なんだか嬉しくなる。 つい聴き惚れていると、こっちに振り向きにっこりと微笑んだ。 最近ますます可愛くなっていくように感じるのは……オレの気のせいだろうか? そのあと―――』 夜は静かに深けてゆき、古都の街を闇が優しく包んでゆく。 月光を浴びたミモザが風に揺れながら、まだ早い春の到来を告げようとしていた……。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |