千秋真一×野田恵
![]() 「先輩の部屋は殺風景すぎマスね!」 のだめは千秋のアパルトマンの中をぐるりと見回し、ソファに寝そべって本を読んでいた千秋におもむろに言い放った。 「新発見デス」 フーン!と何故か得意げに胸を張っている。 基本的にオレは部屋にモノを置かない主義だ。 色調もモノトーンを基調として赤をアクセントにした落ち着いたものにしてる。 だいたいのだめの部屋みたいにごちゃごちゃしてて、しかも汚いのは論外だろう。 その、のだめにインテリアについてどうこう言われる筋合いはねぇ。 千秋は少々ムッとして、読みかけの本を開いたまま胸の上に伏せて顔を上げる。 「…部屋がどうとかオマエにだけは言われたくねー。オレはシンプルな部屋が好きなんだ、放っておいてくれ」 って聞いてんのかよ…。 のだめは走って千秋の前を通り過ぎて、顔だけドアから覗かせると悪戯っぽい目を輝かせた。 「のだめスッゴクいいコト思いつきました!うぷぷ…先輩ちょっと待ってて!!」 言い終わるや否やのだめは派手にバターンとドアを響かせて向こうに消えていった。 「いつもながら…騒々しいヤツ……」 まぁ、そんな騒々しさも…最近はもう慣れた…けど…な。 少々呆れながらも苦笑交じりに呟くと千秋はテーブルの上のカップの少々冷えたカフェオレで喉を潤した。 しかし………………。 千秋は自らの中に湧き上がった理由の解らない違和感に自問した。 ……あいつの居ないこの部屋は…こんなに静かだったか―――……? 「千秋先輩!お誕生日おめでとうございマス☆」 のだめは両手に持ったものを自信満々に差し出した。 「………なにコレ」 「ぎゃぼ!?プレゼントデス」 のだめの手の上には土が盛られた植木鉢が乗っていた。 …って……コレ…どう見ても…ただの………土……だよな!? 「しかも、オレの誕生日今日じゃねーし…」 「のだめと先輩の愛が生まれた日…その全ては二人の記念日デス〜」 「そっ…そんなモン生まれてねぇ……!だいたいなんで土なんだよ!?ざけんな!もう持って帰れよ!!」 「じゃ〜ん、これは何でしょー?」 のだめは小さな球根をポケットから取り出した。 「何の球根?」 「秘密デス。お花が咲くまでのお楽しみデス」 「おまえ、もしかして…知らないだけじゃあ…?」 「先輩、この球根を植える為の穴を掘って下サイ」 「ハァ!?なんでオレが……」 「とにかくお願いしマス!ホラ、先輩!ココですよ、ココ!!」 後ずさりする千秋にのだめは強引に植木鉢を持ってずいっと詰め寄る。 深い溜息を吐くと千秋は心からイヤそうに穴を掘り始めた。 のだめはご満悦で球根をグイっと埋めこんだ。 「センパイ♪土かけて、土!」 「あ?ああ…こんな感じでいいか?」 断るのも面倒になって、言いなりに覇気もなくノロノロと手を動かす。 「はい。センパイ…」 のだめはほんのり頬を染めて千秋を見上げると、もじもじと指と指をつんつんさせて両手の人差し指と親指でハートを作る。 「な…なんだよ……」 つられて千秋もなんとなく気恥ずかしい気分になってきて頬を染める。 「初めての…二人の共同作業…デス(はあと)」 恥ずかしそうに唇をすぼめ、伏せた睫毛を小さく震わすのだめは、何故か可憐に可愛く見える。 ち、違う…!断じてそんな筈は……!! そんな筈はない…オレ、視力落ちたのかな……それともコレが噂の黒木君クオリティなのか!? 千秋の内面の葛藤をよそに、のだめは土に挿す白いプレートにマジックで<のだめ(相合傘)ちあき>と書いた。 「な、何だそれはー!!そんなモン書くなー!!!」 青ざめて白目で怒る千秋の叫び声が空しく響いた。 のだめは意に介する風もなく、くるりとプレートを裏返して<愛の記念日>とみそ字とやらで書いてご満悦だ。 「センパイ…のだめが居ないときはこの鉢をのだめだと思って…可愛がって下サイ!ギャハ☆」 「…絶対、枯らしてやる……」 千秋は思いっ切り脱力して呟く。 やっぱりさっきのは気の迷いだったんだな…。 ホッと胸を撫で下ろすと、千秋はほぼ無意識に窓辺の一番日当たりの良い所に鉢を置いた。 「せんぱいってホンット……世界一陰険で……」 「世界一陰険で…何だよ………どうせ、オレは…」 「世界一優しいんだからー☆」 オレは不覚にも、無邪気に明るい満面の笑顔をほころばせたのだめを、少し…可愛いかも、と思い直した。 「………るせー…」 少しだからな。 好き、な訳じゃないからな。 「はうん…せんぱい……LOVE…」 ギュッと抱きついたのだめは由比子みたいにあったかくて…でも、由比子じゃなくって……。 のだめの抱擁は春の陽だまりのように暖かく、どこか懐かしい…。 少し…ほんの少しは……好き………な事は認るべきかもしれない…。 ■■ 夜行列車の中で明日のスケジュールを説明する千秋だったが、当の巨匠はそんな話にはさも興味無さげにエロ雑誌に夢中である。 規則的な振動が背骨に響いては柔らかなシートに吸い込まれていく。 窓の外は真っ暗で何も見えない。 暫く我慢していたが、とうとう痺れを切らした千秋はつい苛立った声をあげてしまう。 「……聞いてるんですか!?」 それでも、かの巨匠はエロ本から目線を上げずに「聞いてマース」と気のない返事を返す。 「もう、慣れましたけどね…」 千秋は深々と溜息を吐くと、ミネラルウォーターの栓を開けて一気に流し込むように喉を鳴らす。 「ところで千秋ぃ」 と、巨匠はさらりと天気の話でもするかのような口調で切り出す。 「千秋はあ〜、のだめちゃんのおっぱい…触った事ありマスカ〜?」 不意打ちの質問に千秋は飲みかけのミネラルウォーターを詰まらせ、咳き込んだ。 「な……!ゲホッ(涙目)…そ…あるわけないだろ……!この…(エロジジィ!!)」 そんな千秋の反応におや、という目線を向けるシュトレーゼマンに千秋は気付かない。 「それは残念デスネ。とぉーってもコマンタレブーなのに」 「……触ったのか!?」 「後ろから揉みマシタ」 わざわざ両手を前に丸く曲げてジェスチャーする様を千秋は憮然として横目で見た。 「………あっそ」 「千秋顔怖いデース」 「……気のせいですよ」 のだめの……おっぱい…。Dカップ……。 あいつ、ガードが甘すぎンだよ…!胸なんか触らせて!!あいつの貞操観念は一体どうなってんだよ……!!! …クソッ…何故こんなにムカムカしてるんだ……?…しかし…これは…もしかして…まさか………………………嫉妬…? そんな………嘘だろ…………? 「…ネックレスなんかで女の気持ちを繋ぎ止めておけると思ったら大間違いデスヨ」 「なん……何で知って………!」 真っ赤になって何とか言い繕おうとする千秋だったが、冷酷に追い詰めるシュトレーゼマンにかかるとそれも無駄な労力に過ぎない。 「RUIちゃんから聞きマシタ」 「オレは別に繋ぎ止めるとか…そんなんじゃなくてっ……アイツが指輪が欲しいって言ってたから…土産にでも……」 「フーン、それで指輪じゃなくネックレス、ねぇー」 呆れるように大きく息を吐いて、この巨匠にしては珍しく冗談交じりでない目で千秋をまっすぐ見た。 「千秋は女心がゼンゼン解っていマセン。自分の事もネ。もっと自分の心に正面から向き合いなさい」 千秋は何か反論したいのに何も言えず、言葉を詰まらせた。 「のだめちゃんは千秋の飼い猫じゃありまセン。いつまでも帰ってこない主人を待っているとも、限らないしね。 無条件で自分を待ち続けることを当然と思っているのなら、あまりにも自惚れすぎデース」 思わず心臓を掴み挙げるような鋭い一言にドキリとする。 自惚れ……心のどこかで、のだめが自分の事を好きなのは当然だという気持ちが確かにあったかもしれない。 帰宅すると、とても嬉しそうに駆け寄ってくるのだめの抱擁と笑顔をさもあたりまえのように享受するだけの自分…。 それに、そう言われてみると…のだめって男とでもすぐ仲良くなるし…もう、待ってないかも……。 オレの携帯の番号知ってるクセに電話全然かかって来ないし…結局オレからかけてんのに切られるし…。 電話口で他の男といるっぽかったし…オレの事……好きとかいう割には妙に素っ気無かったりするし…。 パリの男ってなんだかんだいって女に優しいし…オレ……もしかして…あいつに…飽きられてる……? いや、だからって何なんだよ。 「まー、のだめちゃんが千秋の彼女じゃナイんだったら、千秋はのだめちゃんが誰と付き合っても平気ダヨネー?」 意地悪く畳み掛ける様に言い放ち、千秋の顔を覗きこむ。 「平気ですよ」 「千秋のそういう所、可愛くありませんヨ」 「放っておいて下さい」 「本当にのだめちゃんが他の男とナニしても、千秋は平気―…?誰かがのだめちゃんの唇に触れて、髪を撫で、 豊満な胸に顔を埋めて―…、千秋も触れたコトのないトコロを濡らしても…?のだめちゃんはきっと可愛い声で啼くんでショウね? 千秋、想像してみて…」 千秋は胸に込み上げる、苦々しくも熱く血液が逆流するような圧迫感に眩暈がした。 「やめてくれ………!!」 だから何なんだ!何故オレはこんなにイライラしてる!?のだめのことなんか…オレは………。 どこのどいつがのだめと何してようが、オレには関係な――………。 「千秋、SEXが一番確実デス」 シュトレーゼマンが千秋の耳元で囁いた。 それはまさに悪魔の囁きのように千秋の耳にこだました。 いつのまにか、寝台ではなく椅子で寝てしまった千秋に毛布をかけながら小さく溜息を吐く。 「まったく世話の焼ける弟子デスヨ…。好きな女の子を不安にさせてばかりいる男なんて最低〜ネ」 いつも、置いてけぼりののだめちゃん……キミ達の恋は、時に歯痒くて、甘酸っぱくて……見てられないヨ。 「こうやって時々焚きつけてやらないと駄目なんだから…私もお節介が過ぎますかね――…?」 言いながら部屋の灯りのスイッチを切ろうと手を伸ばす。 振り返るとなんだかあどけない千秋の寝顔につい失笑してしまう。 ……マダマダ青いネ…千秋。 恋をしなさい……恥ずかしがらずに、躊躇わず、青春の全てを捧げるような……。 …………愛する人のいる世界は…素晴らしいものです。 いつか、全てが君の財産となって、音楽は満ちて…溢れ出すだろう……。 世界は疼いて輝きを放ち、色彩は決壊する様に聴衆の胸に流れていくでしょう。 現実よりもなお鮮明に迫り来る…そんな世界を、見てみたいと思わないか? 我々はその特権を神様から与えられているのだから――………。 年老いた私の胸にさえも、青春の甘美な囁きは今も…輝きを失わずに繰り返し繰り返し打ち寄せる。 ……愛を信じられない人間に、音楽をやる資格なんてないからネ……千秋……………。 「おやすみ。良い夢を」 ■■■ 「まだかなー」 ちょんちょんと球根の先端を指先で触れると、顔を近づけて見る。 「…ゼンゼン芽の出る気配なしデス…」 先輩が帰って来るまでには咲くといいな…。 がぼん…お水あげよ……。 ■■■■ ブローニュの森の中にあるレストラン借り切っての華やかなパーティ。 そう、今夜はシュトレーゼマンの世界ツアーの打ち上げだった。 ツアーの最後の地、フランスはパリでも大成功を収めたシュトレーゼマンは祝杯をこの華やかな都市で主催しようと提案した。 まっ白い外壁の一階部分には蔦が絡まり、薄暗いなかでライトに照らされたレストランは、まるで幻想的な夜の女神のよう――……。 大きな張り出した窓がきらきらと輝いてまるで宝石箱だ。 白に近いサーモンピンクのカーテンが恭しくも優雅なドレープを描いて窓を飾る。 中もまっ白い椅子にテーブルで統一され、テーブルには薄い素材の玉虫のような光沢を帯びたピンクのテーブルクロスがかけてある。 柱じゅうに蔦が絡んでまるで室内までも、森のような佇まいを見せている。 今宵、人々はこの魅力的な夜を心から愉しんでいる。 正装をした美しく高貴な淑女、洗練された上品な紳士たち…全てが完璧だった。 のだめはレストランをこっそりと抜け出して森に出た。 微かな細い月明かりが彼女を照らす。 長い影が歩道に滲む。 ヨーコお手製のフォーマル・ドレスが長く、足に絡んで時々コケそうになる。 淡いピンクのサテン地のドレスは肩が露出して背中が大きく開いているデザインになっている。 晒された肌に早春の夜風が纏わりついた。 傍のベンチに腰掛けるとドレスがふわり、と広がる。 裾に縫い付けられたビーズが月明かりを映すようにきらめいては風に嬲られて揺れている。 小さな溜息が知らず洩れる。 千秋先輩がパリに戻って来るのを指折り数えて待っていた筈なのに…顔を見た途端、寂しくなったのはどうしてなんでショ…。 のだめの知らない人と楽しそうに笑う先輩…まるで先輩と同じ顔をした別人みたいに……。 ここは、のだめの居るべき所じゃないような気がする…。 ミルヒから招待状を貰って、先輩に会えると思って何も考えずに来たケド…がぼん……のだめ場違いデス…。 のだめ…頑張っておしゃれしてきました……似合わないですよね、こんなの……。 慣れない丈の長いドレスは何故かとても窮屈な気がして…。 ドレスの膝に水滴が一粒落ちる。 一粒、二粒………。 無数の水滴の粒が一気に落ちてきた。 突然の通り雨に、のだめは呆然と雨を避ける事もせずぼんやりと座って空を見上げている。 「先輩…あの、二人の愛の記念の球根…腐っちゃいました…。 のだめ、水あげ過ぎちゃって…バカですよね……あんなに…大切にしてたのに……」 目の前が滲んで霞んだ。 先輩のあほ……。 なんがパーティーね……こんなの、つまらんもん………。 「のだめ………!!」 予想外の声にのだめの動きが固まる。 「せんぱ………」 「バカ…!!急に居なくなるから……心配するだろ!」 息が、止まると思うほどにきつく抱きしめられた。 突然の登場と抱擁に頭がパニック状態になる。 先輩の黒のフォーマルも水浸し…雨の中、探しにきてくれたんでしょうか? ほぁお…やっぱり、いつもの千秋先輩の……匂い……。 雨の匂いと先輩の匂いとが混ざってうっとりするような…。 濡れた布越しに伝わってくる体温があまりに生々しく、二人は視線を合わせる事すら躊躇われた。 通り雨が止んで、月明かりが二人を照らした。 今、世界中には二人きりのような気がした。 永遠にリピートする瞬間が選べるとしたら、今がいい…。 「体、冷えてきたな……もう、行こうか」 千秋はのだめの手を取って足早に歩き出した。 「ハイ……」 二人は無言で歩いた。 先に沈黙を破ったのは千秋の方だった。 「のだめ……」 千秋は急に話しかけると躊躇うように言葉を切った。 「……………………その、ドレス……とても似合ってる…」 ポツリと、消え入りそうな声で呟くように告げる。 のだめは呆けたように、千秋の成すがままに手を引かれるだけだった。 「のだめ……今日はこのままもう帰ろう」 「え?せんぱ……」 千秋は強引にタクシーを拾うとのだめを押し込んだ。 「オレ……今日、そこのホテルに泊まってるんだけど…おまえ、来る…?」 「ええ!?のだめ、今日は下着が上下バラバラデスよ!?」 「………そんなの、すぐ脱いだら判んねーだろ」 「ぎゃぼっ……!」 「………来るの?来ないの?…どっち?」 「つ…妻だから、行く……」 ■■■■■ 「ふわぁ…お城みたいなお部屋デスね〜、先輩」 のだめははしゃいでベッドの端に座る。 確かに、どこぞの姫君の寝室の様な部屋ではある。 千秋はぐっしょりと濡れたタイを引きちぎるように取るとシャツのボタンを外していく。 「おまえもさっさと脱がないと風邪ひくぞ」 「エ…のだめ……このままでいデス…」 ぴったりと体に張り付いて透けたドレスが千秋の情欲を淫らな程煽るのをのだめは知らない。 目線が体の曲線に吸い寄せられる様だ、と千秋は思った。 ふくよかに丸みを帯びた胸に張り付いたブラジャーがドレス越しにも透けて見えた。 「バカ…こっち来いよ……」 千秋は手を差し伸べる。 のだめはじっとその手を見ていたが、意を決した様にそっと手を重ねた。 千秋はゆっくりと引き寄せて、ドレスの背中のファスナーを下ろすと同時に開け放たれた滑らかな背中にいきなりキスする。 「きゃ…っ!」 のだめは体をビクンッと震わせて眉をきゅっと寄せた。 淡いキスから情熱的なキスヘ――……。 一度キスしてしまうと、そんなつもりでは無かった筈なのに止めることが出来ない。 「あ……っ…」 背中を這い回る舌と唇がゆるやかなカーブの存在を確認するように丹念に肌を滑り、ヒップに到達する。 堪らず千秋はドレスを脱がすのももどかしく裾を捲り上げた。 「せ、せんぱい…あン…のだめっ、んっ…まだお風呂に入ってまセンよ…?」 無言で千秋はのだめの顎を軽く持ち上げて唇にキスした。 顔じゅうにキスを降らせて、のだめの胸の真ん中に顔を埋める。 「……オレ、のだめが思ってる程…余裕のある男じゃないから………我慢出来ない」 胸に頬を寄せたまま…のだめの長い指先を取って舐め上げると口に含む。 爪の生え際から指先…間接の裏…指の股まで丹念に愛撫する。 片手で捲り上げたドレスの裾の先にあるひもを解く。 「せんぱい…やっ…んっ…」 ひもは呆気ないほど簡単に解けてのだめのふとももに落ちた。 ふと、のだめを見下ろすと真っ赤な顔をして小さく震えている。 ……駄目だ…今日、のだめを抱いても……とてもじゃないが優しく出来る自信なんて全く無い…。 大事すぎて手が出せないなんて、オレは何て情けない男だ…。 師匠に言われて自分の中の独占欲に気付いて、うろたえて…暴走して自爆……。 全く我ながら呆れる。 千秋はのだめを優しく抱きしめた。 「フロ……入って来いよ……」 --------------------------- 「ふいー、さっぱりでス」 のだめがお風呂から上がってみると千秋はくうくうと寝息を立てて眠っていた。 「…もうっ!のだめがどんだけお風呂で体洗いながらドキドキしたと思ってんデスかー!せんぱいのばかぁー!」 頬を膨らませてのだめは千秋の唇に自分の唇を重ねる。 せんぱい…明日もソノ気になってくれるでショーか……。 なんで今日はムラムラしたんだろ…。 先輩、今日は隣で寝ても怒らないデスよね…? ■■■■■■ 「のだめ、コレ……やるよ」 千秋は両手に乗るくらいの、小さな割にぎっしりと重みのある紙袋をのだめに渡した。 渡すなり、くるりと踵を返して隣の部屋へ行ってしまう。 のだめの方からは背をむけてて表情は判らなかったが…すごく照れているのが赤くなった耳からも判る。 袋の中に入っていたのは………球根だった。 「ふわぁ…せんぱい………」 のだめの頬がバラ色に染まる。 込み上げる幸福感に思わず千秋の方に走りよって背中におもいっきり抱きついた。 「だいすき……デス」 「……そ、それは、たまたまだからなっ!たまたま店の前を通りかかって…たまたま売ってたから…買っただけで…」 「ぷくく…たまたまセンパイは駅4つむこうの普段は通らない道のお店で買ってきてくれたんデスね…?」 「な、何でおまえ、場所知ってるんだ!?」 「のだめ、あの花屋さんの向かいのお菓子屋さんに最近はまってて、よく行くんデス。だから知ってマス!」 「……今日は、たまたま通ったんだ」 「ふふ……そーいう事にしておいてあげてもいいデス」 「おまえ……生意気」 「やっぱり、先輩は世界一優しいデス」 「……誰にでもじゃない」 「…え?何ですか?」 「バーカ、おまえだけにしか、優しくなんかしてないって言ってんだよ!!」 花が咲く頃にはおまえに伝えられるだろう。 どんなにオレがおまえの事を…想っているかを。 きっと…。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |