千秋真一×野田恵
![]() とうとうR☆Sオーケストラの公演初日を迎えた。 時刻は土曜日の朝の七時半、天気は快晴―――。 「おはよーのだめちゃん!」 「あ、おはようございマス!皆さん。」 二階の客間から降りてきたのだめは、すぐにリビングに足を向けた。 リビングには千秋以外の三善家の全員が、すでにコンサートに行く装いで集まっていた。 「のだめちゃん、もうちょっとゆっくり寝てても良かったのよ?」 征子が優しくのだめに声を掛ける。 のだめはここにはいない、もう一人の人物の姿を探して、キョロキョロと辺りを見回した。 するとのだめのそんな様子を敏感に察した俊彦が、彼女に声を掛ける。 「真兄なら、今朝早く出て行ったよ。」 「え?もうデスか?」 「そうなの〜!由衣子達が起きてきた時には、もうすでに真兄ちゃま出掛けた後だったの〜。 由衣子、真兄ちゃまのお見送りしたかったのにぃ〜……。」 「そうですか〜……。千秋先輩…もう行っちゃったんですか……。」 ここ数日、忙しくても自分の顔を見てから仕事に行く千秋だっただけに、のだめはがっかりした表情を見せた。 決して自惚れていた訳ではなかったが、やはり本番当日に彼が自分に会わずに出掛けてしまった事実が、 のだめに深い落胆と…そして一抹の不安を抱かせた。 「真一、何かまだ色々忙しいみたいで……。今日がもう本番なのにね?」 バングルタイプの時計をはめながら、征子は肩を竦めて笑った。 「大丈夫かなぁー……真兄ちゃま……。」 「まぁ、私達がここで心配しても何も始まらない。後は真一を信じるだけだ。さ、私達もそろそろ出掛けるとしよう。」 竹彦がそう言うと、俊彦も由衣子もソファから腰を上げた。 「のだめちゃん!由衣子達、少し早めに行きたいから、もう出ちゃうんだけど……。 やっぱり今夜の松田さんのBプログラムにも来れないの?」 「えと…ハイ……。病院でのお約束が、何時に終わるかよく分からないので…ごめんなさい……。」 のだめが困ったように説明すると、やはりまだ納得できていないかったのか、由衣子はぷぅと頬を膨らませた。 それを見た俊彦が、のだめに救い舟を出す。 「もうしょうがないよ、由衣子。のだめさん、困らせちゃだめだ。明日があるだろ?」 「うん…わかってる俊兄……。もぉーのだめちゃん!明日は絶対に真兄ちゃまの公演、由衣子と一緒に聴くんだからねっ?」 「ハイ!絶対デス!もちろん!」 「そうだ…明日の事だが……。」 ソファに置いてあったダークブラックのスーツのジャケットを羽織ながら、竹彦がのだめに話しかけた。 「私達はホール近くのホテルに予約を入れてあるから、今夜はこのままホテルに宿泊の予定なんだが。 俊彦だけは予備校があるから、昼の公演後は家に帰る予定だ。だからのだめちゃんは明日、俊彦と一緒に来るといい。」 「俊彦くんと?」 「……何か不満?」 俊彦は抗議めいた低い声でのだめに言った。 「いえいえ!そんな事は……。」 慌てたようにのだめが俊彦に両手を振る。 「わ、分かりました。のだめ、明日は俊彦くんと一緒に行きますネ!」 「そういう訳だから、俊彦。おまえがのだめちゃんをちゃんと連れて来るんだぞ?」 「……っていうか普通、役割が反対なような気もするけれど?のだめさん、ボクより大人なんだし。」 息子の冷静な返答に、竹彦は吹き出した。 「はははははっ!そう言われてみれば、確かにそうだな!」 「むー……のだめのコト、馬鹿にしてますネ……。」 「じゃーのだめさん。明日はボクをホールまでちゃんと連れて行ってくれるんだよね?」 「おお!私からも頼んだよ。」 「うぎっ!二人ともひどいデス〜……。」 二人にからかわれてイジケたのか、のだめは近くに飾ってあったアンティークの花器に“の”の字を指で書いていた。 「じゃあ、のだめちゃんも今日は頑張ってね!ピアノ!」 「ハイー!由衣子ちゃん、のだめの分も楽しんできてくださいネ!」 「皆さんそろそろご用意の方はよろしいですか?タクシーが玄関に来ておりますが。」 千代さんがリビングに入ってきて言った。 「では行こう。」 竹彦の合図で、全員リビングを出て玄関に向かった。 「じゃあねー!のだめちゃん明日ねー!」 「ハイ!明日ー!」 「あ、のだめさん。今日はボク、公演後に予備校へ行くけど、10時前には家に戻ると思うから。」 「10時前ですね?俊彦くん、了解しましタ!」 「じゃ、行って来るわね。のだめちゃんも気を付けて、病院に行ってね?」 「あ、はい。先輩のお母さんも気をつけて下さいネ!」 のだめに言葉をかけながら、三善家の面々は2台のタクシーに分乗する。 手前の一台には竹彦と征子が、後ろの一台には俊彦と由衣子が乗りこんだ。 やがて、タクシーが静かにゆっくりと走り出すと、のだめは玄関に出て千代と二人で4人を見送った。 見送りの後、少し軽めの朝食を済ませると、のだめは再び客間に戻る。 そして隅に置きっ放しだったスーツーケースを部屋の中央に引っ張り出すと、中を開けようとジッパーに手をかけた。 「今日のミニステージで着れそうなお洋服、のだめ持ってますかネ……?」 ぶつぶつ呟きながらスーツーケースを覗き込む。 開けてみると一番手前に、メッシュ製の折り畳み式のスーツフォルダーが入っているのに気がついた。 リボンベルトを外し広げてみると、フォーマルなワンピースが二着、ハンガーにかかった状態で収納されている。 中にあったのは裾のレース使いの贅沢な、小花模様の夏らしい透け感が綺麗な白いワンピースと、 紺色地に音符のラインストーンが贅沢に散りばめられた、少し丈が短めでフェミニンなシルエットなワンピースだった。 「ふぉぉぉぉ〜!洋子特製ですね〜コレ!しかもおニューじゃないですかーー!」 のだめはハンガーから二つのワンピースを外すと、鏡の前に立って各々あててみた。 洋裁好きなのだめの母親が娘の為にあつらえたそれは、当然のようにぴったりと彼女にフィットした。 「今日は白い方を着て行きまショ!」 若干ついていた折りじわを取る為に、のだめは紺色のワンピースを再びハンガーにかけクローゼットの中に丁寧にしまった。 そして白いワンピースの方を手に取り近くの椅子にかけると、今来ている服を脱ぎ、着替え始める。 ワンピースに足を通した瞬間、のだめはふと思い当たった。 「あ…そか。だから二着……。」 ワンピースが二着あったのは、おそらく今日と明日の公演に着れるように、母の洋子が用意したのだろう。 のだめはしばらく鏡の前で考え込んでいたが、首を振ると、ワンピースに袖を通し後ろのファスナーをぐっと上げた。 着替えが済むと、のだめはピアノの鍵盤を拭く為のハンカチを荷物から探し出した。 いつものお出かけバックを手にし、その中にハンカチ…それから携帯を順番に入れる。 バックの中を一応確認しようとまさぐると、一番底の奥からビニルの袋に入ったあのネックレスが出てきた。 ―――あ…コレ……。 のだめはビニル袋から可愛らしいハート形のルビーのネックレスを取り出して、目の前に持ち上げてみた。 朝の眩しい光の中でそれはキラキラと煌めき、のだめの瞳を魅了する。 のだめはネックレスを身に着けるべきか否か迷うが……やはりそうする事を止めた。 ―――ネクレス…どこかにしまえる所……。 ふと、テーブルの上に置いてあったトイピアノにのだめの目が留まった。 そういえば、グランド型のトイピアノの内部は収納ボックスになっていた事を思い出す。 のだめはトイピアノの蓋を開け、その中にネックレスを華奢な鎖が絡んで傷まないように配慮して置いた。 それからのだめは再びバックの中に目をやる。すると、折り畳んだ紙が入れっ放しだったのに気がついた。 取り出してみると、それは山口から貰った千秋を取材した新聞の切抜きのコピーだった。 『千秋さんは今度の凱旋公演後、すぐにパリに戻られるとか。』 『ええ、そうです。常任を務めているオケの定期公演が、すぐ後に控えてますので……。 またしばらく日本を離れる事になると思います。その意味でも、今度の公演を大事にしたいですね。』 千秋がこの公演後すぐにパリに戻るという事実が、今ののだめにはとても重かった。 “このまま自分は、千秋とパリに一緒に行っても良いのだろうか……?” “私には本当に、その資格があるのだろうか……?” のだめは自問自答した。 ―――いけないいけない!今は、目の前のミニコンサートに集中!!デス!! のだめは両手でパンパンと自分の頬を叩くと、『ヨシ!』と小さく気合の声を上げた。 そして切抜きのコピーを元のように小さく折り畳み、先程のネックレスと同じようにトイピアノの中に入れた。 トイピアノの蓋をパタンと閉めると、忘れ物がないかもう一度確認し、のだめは客間を後にした。 ********** 最後ににもう一服…と、オレは煙草に火をつけ、ふー…と指揮者控え室中にその紫煙を燻らせた。 今から公演本番―――いよいよだ。 何時だってどんな舞台でも、この時間が一番緊張して…それでいて期待に武者震いする。 ―――のだめも…もうそろそろかな……? あいつがこの場所にいないのは残念だったが、不思議とオレの心は落ち着いていた。 場所は違っても同じ時間に、のだめと共にステージにのぼっているという事が、オレに湧き上がる勇気を与えてくれる。 ―――大丈夫……。オレもあいつも、自分の音楽を、持てる力全てで……!! 「千秋さーーん!そろそろ本番です。準備の方よろしくお願いしまーーす。」 公演スタッフから声を掛けられて、オレは控え室を出て薄暗い舞台袖へと移動する。 ステージ前で待機していると、すぐ側にある二つのモニターから、ホールとステージ上の様子が映し出されているのが目に入った。 ホール内を埋め尽くした満員の観客は、すでにしんと静まり返って、演奏が始まるのを今か今かと待ちわびている。 その時、コンサートマスターの高橋が、おもむろに椅子から立ち上がった。 A〜〜♪ 高橋のヴァイオリンが調律の為の音を弾き始めると、オケのあちこちからそれに合わせてAの音が響き渡りホール中にこだまする。 高橋はクールな表情でオケ内をぐるっと流し目し、スマートな様子で、すっと椅子に腰を下ろした。 その瞬間、オケから奏でられていた全ての音がピタリと止んだ。途端に耳にいたいくらいの静寂が辺りを包む。 「千秋さん出番ですっ。」 ―――さぁ!楽しい音楽の時間…だ!! スタッフの合図と共に、オレは煌めく光と音楽の洪水の中へ、大股で歩き出した。 同時刻、病院にて―――。 「あっ!!山口先生、こんにちわーー!!」 「の、のだめちゃんっ!?どうしたんですか、その格好……。」 「先生見て下さい!のだめ、ペンギンさんですヨ!!似合いますかネーー?うきゅっ♪」 のだめは山口の前で、ぐるっと1回転してポーズをとって見せた。 「とっても可愛いですけど……。どうしたんですか?そのペンギンの着ぐるみは……。」 のだめが着ているのは、ずんぐりむっくりした真っ黒の胴体に白いお腹が可愛らしい、ペンギンのつなぎだった。 「昨日看護科の生徒サン達が、動物のつなぎを着てダンスを踊ってるの見てたら、のだめも着たくなっちゃたんデス!」 「はぁ。」 「のだめ、本当はお猿さんのつなぎが良かったんですケド、今日はワンピースだったんでー! ペンギンさんのは足がわかれてなかったんで、これなら着れるかなって!」 「もしかして、それを着てピアノを弾かれるんですか?のだめちゃん。」 「そですヨ?変ですかー?」 「変じゃないですけど……。むしろ、子供達はとっても喜ぶと思いますよ。けれど…少し弾き辛くはありませんか?」 「大丈夫デス!ピアノを弾く時は、この足と手の所を外せばいいですから!」 確かにペンギン足のスリッパを脱げばペダルは踏めるし、実際つなぎはノースリーブになっており、 黒い羽の部分は肩からぶら下がっていて、羽の内側に付いている取っ手を持って振ってるだけだから、 ピアノを弾くにはそんなに支障はないようだ。 「のだめちゃん、今日は本当に有難うございます。それから…私の配慮が足りなくて申し訳ありませんでした。」 「配慮?」 「千秋さんの公演と重なっていたのに、私は全く気がつかなくて…のだめちゃんにミニコンサートのお願いを……。」 「全然いいんデスよ〜!山口先生!!」 のだめはペンギンの黒い両羽をパタパタさせて、明るく笑った。 「先輩の公演は明日もあるんデス!のだめ、子供達にピアノを弾いてあげられて、すっごく嬉しいんですから!」 「でも……。」 「先輩の公演は明日だけでなく、これからもいっぱい聴けますし!でも、今日のミニコンサートは今日一回きりですからネ! のだめ、頑張りマス!!」 のだめは片方の黒羽をこめかみの横に持ってきて、敬礼のポーズを取った。 「有難うございます、のだめちゃん。そう言って貰えると、こちらも嬉しいですよ。」 「えへへ。先生ものだめのミニコンサート、楽しんで下さいネ!」 「ええ、もちろんですよ!」 のだめが思った以上に元気な様子なので、山口は少し胸を撫で下ろした。 山口には、昨日千秋に電話した時の胸騒ぎが、杞憂に終わったのかどうかはまだ分からなかった。 しかし、少なくても昨日ののだめよりは、今日の彼女はずっと安定した精神状態を保っているのを彼は感じていた。 「のだめさーーん!そろそろ準備の方、よろしくお願いしまーーーす!」 同じようにピンクのウサギのつなぎを着た看護科の生徒が、グランドピアノの側に立ってのだめを呼んでいた。 「ハーーーイ!今行きまーーす!!先生、のだめ行ってきますネ!」 「ええ。頑張ってくださいね。私も客席から応援してますから。」 「ハイ!」 のだめは相変わらず翼を羽ばたかせながら、トタトタとペンギン足で、呼ばれている方へ走っていった。 山口はそんな彼女の姿を、後ろから黙って見守っていた。 ********** 今日ののだめちゃんは大活躍だった―――。 2時から始まった看護科の生徒達による温かみのある手作りステージは、 まずは生徒達と入院中の子供達による、可愛いお遊戯から始まった。 その時も、のだめちゃんはピアノでの伴奏を自らかってでたらしく、例のペンギン姿で軽やかにピアノを奏でていた。 しかしのだめちゃんの姿は、一見するとまるで看護科の生徒の中の一人の様に見えてしまうから驚きだ。 すぐに周りと溶け込み、誰からも愛されるキャラクターは、のだめちゃんの素晴らしい魅力の一つなんだろう。 ―――成る程。千秋さんもこの辺りにやられちゃったのかもしれませんね……。 私は一人、コッソリと笑みを漏らした。 最初にのだめちゃんが千秋さんの恋人だと聞かされた時、 まるでタイプの違う二人がどのように愛を育んだのかと、私は密かに興味を覚えていた。 けれど、のだめちゃんを見ているうちに、私にもそれが段々と分かってきた。 勿論千秋さんものだめちゃんも音楽家だから、二人は音楽によって結び付けられたんだろう事はすぐに私にも伝わったが……。 でも二人を結び付けてるものは、それだけではないと私は感じていた。 のだめちゃんは明るくて笑顔がとても可愛くて、彼女が側に居てくれるだけで、心がポカポカとあったかくなるのだ。 そして自分の事よりも他人を思いやる、誰よりも素直で優しい心をもった女の子だ。 けれども……。 それはもしかしたら、傷つきやすく脆い自分の心を守る為の、のだめちゃんなりの方法なのではないだろうか……? 私はいつの間にか、そう考えるようになっていた。 それはつまり、自分が他人の領域に鮮やかに入り込んでしまう事によって、 自分自身には他人を決して立ち入らせず、ガードを張っているようなものだ。 そう感じるようになったら、私はのだめちゃんを守って、出来るだけ彼女の力になってあげたいと思うようになってしまった。 きっと千秋さんも、私と同じ様な事をのだめちゃんに感じていたに違いない。 ―――男はこういうギャップに弱いんですよね……。 千秋さんののだめちゃんを見つめる眼差しは、可愛くていとおしくて仕方ないと言った様子で、 それはまさに恋する男の瞳……だった。 「……では今から、ペンギンのお姉さんによる、ミニコンサートを始めたいと思いまーーす。 一緒にお歌を歌うみんなは、ステージの上に、上がって来て下さーーい!」 さっきのピンクのウサギ姿の生徒がマイクでアナウンスすると、小児科の子供達がわーと一斉に舞台上に駆け集まった。 いつの間にかのだめちゃんは、すっかり“ペンギンのお姉さん”になっている。 「では今から、ここにいるみんな達によるお歌の発表会を始めまーーす。みんなぁーー!用意はいいですかぁーー?」 「はあーーーーーい!」 可愛らしい声が、あちこちに伸び上がった右手と共に、次々に大きく上がる。 すると子供達の一人がのだめちゃんに近づいて、ペンギンの襟元に赤いリボンの付いた紐をかけた。 よく見れば看護科の生徒達の手作りの、男の子は青い蝶ネクタイ、女の子は赤いリボンを襟元にしている。 のだめちゃんも子供達とお揃いになったのが余程嬉しいのか、顔を破願させ、首に掛けられたリボンを手に取って見詰めていた。 「それではみんな、いきますヨ〜〜?」 のだめちゃんが子供達に合図の声を掛ける。 「いちっ・にっ・さんっ・ハイ!」 ズンチャッ♪ズンチャッ♪ターーーン♪ターーーン♪ 『プリリーーーンごろぉーーーたっ♪プリごろたぁーーーー♪』 エントランスホール中に子供達の元気な歌声が、楽しげなピアノと共に響き渡っていた―――。 『……のだめ、僕と会った時は幼稚園の先生になるのが夢だったんです。』 子供達と嬉しそうに歌いながら、ピアノを奏でるのだめちゃんを見ていたら…… 千秋さんとの昨日の電話での会話が、急に頭に蘇ってきた。 『のだめはすごいピアノの才能を持ってるくせに、 上を目指すというか、真剣に音楽に取り組む姿勢が見られなくて……。 だから僕はずっと、歯痒い思いをしていました……。』 確かにのだめちゃんは、例え幼稚園の先生になったとしても、子供達から好かれるとても素敵な先生になったことだろう。 『のだめから、自分もピアノを勉強する為に留学したいと聞かされた時、 彼女の気持ちが僕はとても…とても嬉しかったんです……。』 では何故、のだめちゃんは幼稚園の先生になる夢を捨て、千秋さんと共に留学の道を選んだのだろう。 ―――それは…千秋さんの側に居たかったから……? 「……お歌を歌ってくれたみんなーーどうもありがとうーーー!みんな、気をつけて、降りてねーー。 急に飛び降りちゃ危ないよーー?あっ、ペンギンのお姉さんはまだ降りちゃダメですよーー?」 子供達と一緒にステージから降りようとしていたのだめちゃんにアナウンスのツッコミが入ると、会場がどっと沸きあがった。 「では次に、続けてクラシックの名曲を取り揃えた、第2部をお楽しみ下さい。 曲目は先程皆さんのお手元にお配りした、リーフレットの2枚目にございます!」 生徒がアナウンスで説明をすると、あちらこちらからガサガサと紙を捲る音がする。 「弾いて下さるのは子供達のアイドル、ペンギンのお姉さんこと、野田恵さんです!」 大きな拍手と共に、のだめちゃんがペンギン姿のまま、照れたように黒羽で頭をかいて、ペコペコとお辞儀をしている。 「えと、はじめまして。野田恵デス。周りからはのだめ、って呼ばれていマス。そう呼んで下さい。」 のだめちゃんがそう自己紹介すると、子供達から『のだめちゃーーーん!!がんばれーーー!!』と声が上がる。 「みんなーー!ありがとぉーーデーース! あの、今日は、ひょんな事から、クラシックのミニコンサートを任される事になりましタ。 皆サンのリクエストにお答えして、誰でも聞いたことのある有名な曲の一部をアレンジして弾きたいと思いマス。 のだめ、一生懸命弾きますので、皆さん楽しんでいって下さいネ!」 そう言ってもう一度ぺこりとお辞儀をすると、のだめちゃんはピアノの前に腰を下ろした。 そしてじっと鍵盤を見詰めてから、天を仰ぎ見るように顔を上げ、瞼を閉じる。 その精神集中している姿に、辺りが水を打ったようにしん…と静かになる。 次の瞬間、のだめちゃんはパッと目を見開き、勢いよく鍵盤に指を叩きつけた。 《革命のエチュード》 「うわ……すごっ……!」 辺りからどよめきが起こる。 一心不乱に両手を鍵盤に叩きつける、のだめちゃんの鬼気迫る演奏は、 先程のぽや〜んとした彼女の表情がまるで嘘だったかのようだ。 「すごい……。ほとんどミスタッチがない……。」 「何でペンギン姿で…あんなに弾けるんだ……?」 ピアノの知識がある人も沢山居るのだろう…あちらこちらから息をのむ声が聞こえる。 ……そうしてのだめちゃんは次々と、有名な曲を弾き続けていった。 素人が聴いても技巧的と思われる曲を、魂をぶつける様に情熱的に弾いたかと思えば、 感傷的な曲を情感豊かに、物憂い切なげな表情で弾きこなす。 『僕はあいつのピアノが……世界中で一番好きなんです……。』 昨日の千秋さんの言葉が、のだめちゃんの演奏中……私の胸にいつまでも響いていた。 息もつかずに20分の間奏でられ続けた演奏も、のだめちゃんが最後の《英雄ポロネーズ》を華やかに弾き終え、終焉を迎えた。 すると会場からは歓声と共に、盛大な拍手が沸き起こった。 「わーー!ペンギンのお姉さん、すごかったです!!私達もビックリしましたーー! 野田恵さん、素敵な演奏をどうもありがとうございましたーー!」 司会の生徒が、のだめちゃんを手招きしている。 のだめちゃんはハァハァと呼吸も荒かったが、再び恥ずかしそうに照れた表情を見せると、 ペコペコとお辞儀をしながら彼女の横に立った。 「のだめさん、ありがとうございました。ピアノ、素晴らしかったです!生の迫力に触れて、私達も感動しています。」 「あはは〜。どうも、デス。のだめのピアノ、楽しんでいただけたみたいで、こちらこそうれしいですヨ〜。」 あちらこちらから、再び拍手が沸き起こる。 いつの間にか拍手が“パンッパンッパンッパンッ”と一定のリズムになって会場中を包んでいた。 「皆さん、のだめさんのアンコールが聞きたいですかーーー?」 司会の生徒がそう呼びかけると、会場中から歓声と共に拍手が打ち響いた。 「のだめさん、アンコールにもう一曲お願いできますか?」 「え、アンコールですか。弾いちゃってもいいんデスか?」 「ええ、是非是非!よろしくお願いします!」 のだめちゃんははにかんで笑うと、司会の生徒からマイクを渡して貰っている。 「皆さん、沢山の拍手、ありがとうございましタ!のだめもとても楽しかったデス。 お言葉に甘えて、アンコールとして一曲弾かせていただきマス。 さっきまでの曲は短くアレンジしたものが多かったのですケド、今度の曲は最初から最後まで通しで弾きマス! 少し長いですけど、チョトだけ、のだめにお付き合い下さいネ!」 そこまで言うと、のだめちゃんはふぅーと息をついた。 「あ、スイマセン……。なんかこのペンギンさんの格好がとっても暑いので、脱いでもいいデスか〜?」 のだめちゃんがおとぼけた様に発言すると、再び会場中が笑い声でどっと沸いた。 「えへへ。じゃあ、チョト失礼して……。」 のだめちゃんはごそごそと、陰の方でペンギンのつなぎを脱ぎ始める。 すると愛嬌あるペンギン姿からガラリと変わって、のだめちゃんは少女の様な清楚な白いワンピース姿になった。 ワンピースの少し透ける生地に散らされた小花模様が、より一層のだめちゃんの可憐さをひきたてている。 「ぷはーー!涼しいーー!あ、お待たせいたしましタ〜。ではアンコールにもう一曲お聞き下さい。 お世話になった山口先生に捧げマス!曲名は……リストの《愛の夢・第3番》!」 ―――えっ!? 再びピアノの前に座ると、のだめちゃんが“あの曲”を奏で始める。 「素敵……。あのコ…ロマンティックな曲も意外に似合うわね……。」 「……ペンギンじゃないから…じゃないかい?」 「……ふふふ…そうね……。」 一番後ろの列に居た初老のご夫婦が、そんな事をヒソヒソと囁きあっている。 私の愛の思い出を……愛の思い出を失ったのだめちゃんが弾く―――それはなんという残酷さだろう。 だから私には、彼女がこの曲を弾かないだろう絶対の自信があったのだ。 ……でなければ、私があの話をのだめちゃんに話した意味がない。 ―――私は何故、この曲を彼女に弾いて欲しいと言ってしまったのだろう……? 千秋さんとのだめちゃん――― 二人ともお互い、しっかりと手を繋ぎ合いたいのに、お互いを思いやりすぎて、ただ小指を絡めるのさえも躊躇っていた……。 そんなもどかしい二人を見ていたら、私は彼らを包み込んで応援してあげたくなったのだ。 ……そうしてあげたかったのだけれど、私にもすぐそうするには躊躇われる理由があって……。 私は結局、二人の力になれなかった……。 のだめちゃんのピアノが次第に、甘く激しいあの旋律を奏で始める。 まるで何かに登りつめる様に瞳を陶酔させて鍵盤を叩く彼女の姿に、いつしか私の心も深く衝き動かされていく。 ずっと遠ざけていたクラシックに、こんな風に邂逅するとは思わなかった……。 この曲を再び、こんな形で聴かされる事になろうとは思わなかった……。 ―――あの時と同じ…だ……。 そう…この曲を初めて聴いた時も、こんな風に突然だった。 その刹那、ピアノの前に居たのはのだめちゃんではなく―――彼女だった。 見間違えたかと思い、私は何度も何度も目を凝らす。 しかし何度見てもそこに居るのは、白いワンピース姿の…さらさらの長い髪が風に舞って…… 透き通るような白く細い指が、鍵盤を踊るように駆け回っている……そんな姿の――― やっぱり彼女だ……!!彼女が今ピアノの前に居て、この曲を弾いている……!! ―――わ、私は……幻を見て……? ピアノの前に居た彼女が、今度は私のすぐ目前で、優しく笑っている……。 泣きたくなる位懐かしい…私の大好きだった……あの笑顔で……。 ―――本当に…君なのか……? そう問いかけると、まるでそうだと言わんばかりに瞳を細める……。 そうして……彼女は微笑を浮かべたまま私に近づいてくる。 ふわりと私を包んで……風のように通り抜けた瞬間――― 『山口君……。』 ―――君は確かに今…私の名前を呼んだ……。 ―――君はそんな所でずっと……私を待っていたというのか……? 事故に遭って夢見るように死んでしまった―――私が初めて愛した恋人。 『たいした外傷も無かったのですが……頭の打ち所が悪かったのでしょう。ご愁傷様です。』 病院のベッドで、まるで夢を見ているように微笑を浮かべて眠っている君に、医者はそう言った。 あの時私はまだ医学生で……何も出来ずに茫然と立ち尽くす、ただの無力な男だった。 今、脳神経外科医になったのも……これ以上不幸な私達をつくりたくなかったからだ。 君が愛したクラシックを……私は疎んじた。 二人の思い出が詰まったこの曲名も……まるで私達の未来を予知していたかの様で、ずっと嫌悪していた。 ……気がつくと、私の頬を滂沱の涙が濡らしていた。 病院で夢見るように永遠の眠りにつく君を見ながら泣いた、あの時と同じように……。 のだめちゃんの演奏は……いつの間にか絹のように細い、消えていくような小さな旋律を奏でている。 それはまるで…先程昇華させた切ない愛のエネルギーを、再び鎮魂し再生していくかのようだった……。 私の心も……のだめちゃんのピアノの響きに同調するように……慰められ、静かな穏かさを取り戻す。 そうして最後の和音は、エントランスホールにそっと余韻を残して、天に還っていった……。 私も…あの日以来一度も口しなかった彼女の名をそっと口ずさみ…… その最後の音にのせて、彼女への想いをそっと天へと解放した……。 「ブラボーーーーー!!!」 「ブラボーー!!」 ピアノの音が消えると、割れんばかりの拍手が巻き起こる。 すると、のだめちゃんは思わぬ大歓声に驚いたのか、どこかぼんやりとした表情でピアノから立ち上がった。 そしてはっと気がつくと、慌てたようにお辞儀をする。 「のだめさん、本当ににありがとうございました!では、ここで次の劇の準備のため少しお時間を頂きたいと思います。 30分後に再開しますので、またその頃になったら皆様こちらへお戻り下さい。 劇に出る子供達は着替えがありますので、担当のお姉さんの所へ―――」 「山口先生……。」 エントランスホールの隅に居た私を見つけると、 のだめちゃんはさっきと同じように、少し茫然とした表情のままこちらに近づいてきた。 「あれ……先生、泣いているの?」 ステージから降りてきたのだめちゃんは、どこか夢見るようなとろんとした表情のまま言った。 「ええ……。」 「のだめの演奏…どでしたかー……?」 「とっても……素晴らしかったですよ……。のだめちゃんのおかげで…私は胸につかえていたものが取れました……。」 「胸につかえていたもの……?」 「……私は彼女と再び邂逅して……そしてようやく…その呪縛から彼女を解き放ってあげられたのです……。」 「……呪…縛?」 「……本当にありがとう……。ありがとうございます…のだめちゃん……。」 私は感極まって、華奢なのだめちゃんの身体を胸の中に抱きしめた。 「……先生?どうしたんですかー……?今日は感動屋サンですかー……?」 私にじっと抱かれたまま、のだめちゃんはあやす様な優しい口調で訊ねた。 「のだめちゃん、あなたはこれからもピアノを弾き続けて下さいね……。」 「ハイ……。モチロンですヨ……。」 「大丈夫ですよ……。あなたは闇を恐れても、その中へ自分一人で飛び込んでいける勇気を持った人ですから。」 「先…生……?」 「ピアノがきっと……あなたの道標になってくれるでしょう……。 あなたのピアノには……それだけ凄い力が秘められているのですからね……。」 私はそこまで一気に言ってしまうと、のだめちゃんを抱く腕をゆっくりと解いた。 「あのね?山口先生。先生の言った通りでした……。」 のだめちゃんは私の顔を見上げながらそう囁くと、涙ぐんだ。 「ピアノがね…ピアノがのだめにチョトだけ教えてくれたんデス……。」 「……え?」 「でもピアノはケチだから…出し惜しみするんですよー……。全部教えてくれればいいのに……。」 「のだめちゃん……もしかして……?」 「のだめ……思い出したんデス……。昔、同じ事があったなぁって……。」 のだめちゃんは俯くと静かに泣き始めた。 「のだめ…やっぱり憶えていたんですネ……。ひっく…ちゃんと憶えていたんです……。 前もこんな風に、たくさんの人の前でピアノを弾いたんデス……。それが何処だったかはまだ思い出せないんですけど。」 「うん……。」 「一生懸命弾いたらたくさんの人が、『すごいねー!素敵な演奏だったねー!』っていっぱい拍手をくれたんデス。 のだめ…それがとても嬉しくて……。のだめのピアノでこんなに大勢の人が喜んでくれるんだーって……。」 「ええ……。」 「のだめもピアノを弾いててとっても楽しかったんです。 ピアノを弾いててこんなに素敵な事があるんなら、もっともっとたくさんの人に、のだめのピアノを聴いて貰いたい!って。」 「きっとあなたはそう思って、パリにまで留学したんでしょうね……。」 「ハイ……。のだめもさっきそう思ってました。 パリにまで行って頑張ろうとした、前ののだめの気持ち…チョトでも思い出す事ができてすごく嬉しいデス……。 山口先生が、のだめにミニコンサートを任せてくれたおかげデス。先生…本当にありがとうございました……。」 今度はのだめちゃんの方から、私にぎゅっと抱きついてきた。 「お礼を言うのは私の方ですよ、のだめちゃん。私もあなたのピアノで、救われた一人なのですから……。」 そういって背中をさすってあげると、のだめちゃんの嗚咽が大きくなる。 「ううっ…のだめ、例えこれ以上思い出せなくても…ひっく…今日のこの気持ち、絶対忘れません……。」 「大丈夫ですよ。きっとまた、ピアノ教えてくれますから……。」 「のだめ、先生との約束が守れて良かったデス。」 「そうでした。指きりしたんでしたね、のだめちゃんと。約束…守ってくれて本当に有難うございました。」 ようやくのだめちゃんは私から身体を離すと、照れたように笑った。 「そうだ。お礼に何か甘い物でも如何ですか?休憩時間はまだありますから、是非、ご馳走させて下さい。 気持ちを落ち着かせるには、甘い物が一番良いのですよ?」 「ムキャーー!甘い物!のだめ、大好きデス!!」 「ふふふ。私も甘い物に目がないのです。2階の喫茶室のプリンパフェ、私はあれが大好物でしてねー。」 「はぅっ!プリンパフェ!!」 のだめちゃんはそう叫ぶと、口元に幸せそうな笑みを浮かべた。 「じゃあ、行きましょうか。こちらですよ。」 「モキャーーーー!!」 そうして私とのだめちゃんは連れ立って、二階の喫茶室へ向かった。 ********** 公演終了後、都内のホテルに宿泊予定だったのをキャンセルして、オレは三善の家へ戻った。 朝早く慌しく外出してしまったから、今日はまだ一度ものだめの顔を見ていなかった。 だからどうしてものだめの顔が見たくて、オレは無理をおして横浜まで帰ることにした。 公演後の、どこか高揚感の残る気だるい疲労感が…今のオレには何故か心地よい。 『千秋君、食事会でも顔色悪かったし、それでテレビ出演の時、松田さんのあの発言でしょう! 今日の君の演奏を聴くまで、僕がどれだけ心配していたのか君は分かっているのかい? 全く……僕は君と松田さんに、担がれたのか!?』 ……佐久間さんはそう言って拗ねたように笑っていたっけ。 今日の演奏―――自分でも納得いくものを創りあげられたと思う。 一昨日までの散々オレを悩ましていた虚無感が…一体なんだったのかと可笑しくなる位に……。 三善の家に入ってすぐに入り口の飾り時計を見ると、時刻はちょうど11時半だった。 一階からは物音らしい物音が一つも聞こえてこない。 ここにいるのは、のだめと俊彦と千代さんの三人だけだから、この家もいつもより深い静寂に包まれている気がした。 ―――あいつ…もう寝たのか? 寝顔だけでも見たくなって、オレは荷物を手に持ったまま、客間がある二階へ階段を静かに登っていく。 客間の前に立つと、ドアを軽くノックした。 ……返事が無い。 オレは寝ているであろうのだめを起さないように、そっと扉を開く。 ……部屋の明かりは灯っている。しかし肝心ののだめの姿が、ベッドにも何処にも見当たらない。 ―――何処に行ったんだ……? 客間から出ようとした時、テーブルの上にあった、オレがあいつに贈ったトイピアノが目に入った。 何となく興味を惹かれてオレはそれに歩み寄る。そして戯れに、ドの音を指で軽く押さえてみた。 トーーーーーン…… トイピアノの蓋の間から、白い紙が僅かだがはみ出しているのにオレは気がついた。 不思議に思って蓋を開けてみると、中に小さく折り畳まれた白い紙が入っている。 オレはそれを中から取り出し、丁寧に広げてみた。 見ると、それはオレが数日前に取材を受けた、新聞社のインタビュー記事のコピーだった。 ―――どうしてのだめがこんなモン…持ってるんだ……? もう一度トイピアノの中に視線を落とすと、そこにはオレにも見覚えのある…“ある物”が入っていた。 それはオレが上海で“ただの土産”として買って、去年のノエルにようやく渡せた、あのルビーのネックレスだった。 そういえば事故があった日から、あいつがこれをしているのを一度も見たことが……無い。 ……パリに居た時、のだめの白い喉もとの窪みに、これがちょこんと納まっているのを見る度に、 オレは何となく面映いようなくすぐったいような……そんな幸福な気分になった。 これを購入する時、Ruiに可愛い飼い猫の首輪だとか独占欲の表れだとか、散々からかわれたけど…… 今思えば確かに、おまえがオレのものだって証が……欲しかったんだと思う。 ―――でもどうして…トイピアノの中に?これはオレが贈った物だって事…あいつは気がついて……? のだめの真意が測りかねて、オレは暫くの間そこで考え込んでいた。 〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪ その時、サロンのピアノの音が遠くから流れてきた。 ―――のだめか……? オレはコピーを再び小さく折り畳んでトイピアノの中にしまうと、ネックレスだけを取り出し蓋をパタンと閉めた。 そしてネックレスをジャケットの内ポケットにしまうと、客間を後にしてサロンに向かった。 ********** 「どうしてそんなに無口なんですか?もっと、のだめとお話しましょうヨ〜!」 二階の吹き抜けからサロンを見下ろすと、のだめはそんな事をぶつぶつ呟きながらピアノの周りをグルグルと回っている。 「……何の話をしているんだ?」 「っきゃ!あれー!?千秋先輩っ!?」 サロンに続く階段をゆっくり下りながら声を掛けると、吃驚した顔をしてのだめは立ち止まった。 「先輩、お帰りなさい!!今日は由衣子ちゃん達と、東京に泊まるんじゃなかったんデスか?」 「ただいま……。まぁ…ホテルよりこっちの方が落ち着くから。それよりおまえ、何してンの?」 「ピアノとお話デス。」 「はぁ!?」 一瞬のだめの言葉が理解不能だったオレだったが、すぐにそれが何の事か思い当たる。 昨日の電話で山口先生が言っていた『ピアノが教えてくれる。』を、どうやらのだめは実践している最中らしい。 「……もう遅いから、話は明日にすれば?」 「そですネ。あ、先輩。今日の凱旋公演は上手くいきましたかー?」 「ん…まーな。おまえの方こそ病院でのミニコンサート、すっげー評判良かったんだって?さっき先生からメールが入ってた。」 「えへへ〜!のだめ、皆サンからたくさんの拍手を貰いましたヨ〜。」 のだめはくすぐったそうに笑った。 「先生のメール……随分と熱い文面だったけど。おまえのピアノに感動したって書いてあった。」 「フーーン!のだめ、先生泣かしちゃったんですヨ!」 「……へぇ。」 鼻息荒く自慢するのだめに、オレは言った。 「オレにも聞かせてくれない?その…先生を感涙させたピアノ。」 「えっ?でも、もうこんな夜遅くですヨ……?」 「今うちに居るの、俊彦と千代さんだけだし。周りからこの家は離れてるから、別に問題ないだろ。」 それを聞いて納得したのか、のだめはピアノの前に腰を下ろした。 「のだめのピアノは安くないですヨ?おおまけにまけて、一曲あたりプリごろ太フィギュア1個で、手をうちましょう!」 「おいこら……絞め殺すぞ。」 「ぎゃぼ!冗談の通じない先輩ですねー。……やっぱりカズオ。」 「ああっ?」 「いえいえ、何でもありまセン。では。先輩のリクエストにお答えして……。」 のだめはふぅと一息つくと、静かにピアノを奏で始める。 ―――この曲は…リストの《愛の夢・第3番》。 ―――こいつがこんな甘ったるいリスト……? リストと聞いて瞬間的に、オレはあの超絶技巧練習曲のエピソードを思い出し、内心苦笑した。 のだめのピアノは技巧的な面も持ち合わせているから、のだめとリストの組み合わせは別に意外ではない。 けれどこいつが、こんな官能的で甘く激しいリストを弾くとは、オレは想像だにしていなかった。 「ふーー!先輩どでしたか?」 のだめは若干飛ばし気味に《愛の夢》を弾ききると、こちらに振り返った。 「おい……。所々に“のだめ節”を紛れ込ませンな!」 「の、のだめ節ぃー!?」 「おまえちゃんと楽譜見て弾いてンのか?音多い!勝手に作曲!勝手に転調!……以上が“のだめ節”。」 「ぎゃぼっ!!のだめ、ちゃんと楽譜も見たし、CDだって何回も聴きましたヨ!失礼なっ!」 「失礼なのはおまえの方だろっ!?どこが楽譜を見た、だ。間違いだらけじゃねーか! いいか?ちゃんと楽譜通りに弾けっ!そこに込められた作曲者の意思をないがしろにすンなっ!」 「がぼーん……。先生は感動してくれたのに……。」 オレのキツイ叱責に、のだめは頭を垂れてうな垂れた。 つい、いつもの調子で言い過ぎてしまった……。 今ののだめには少し酷だったかな…と反省し、フォローの意味も込めてオレは演奏部分について触れた。 「でもまぁ…演奏自体は確かに良かったけど。なぁ…おまえはこの曲、“夢”というよりも“憧憬”と解釈したのか?」 「へ……?」 「今のおまえの弾き方…なんか懐かしい感じというか…“過去”のイメージのする曲想だったから。 これは誰かの……“忘れられない思い出”?」 オレがそう訊ねると、のだめは全開の笑顔を見せた。 「ムキャーー!!サスガ千秋先輩!!その通りですヨ〜!これは山口先生とマドンナとの愛の思い出の曲です。」 「は?……マドンナ?」 「ほわぁ〜。やっぱり聴く人が聴くと、曲のイメージってちゃんと伝わるものなんですねー!ふむふむ。」 「んー……でも途中から、何かまた、少し曲想に変化があった気も……。」 オレが頭を捻りながらそう呟くと、のだめは息をのんだ。 「先輩…しゅごい……。まさにその通りデス……。のだめ、後半の部分は、先輩を想って弾いてみたんデス。」 「……え?オ、オレを想って?」 “それってどういう意味……?”―――オレはそう言おうとして、その言葉を飲み込んだ。 目の前ののだめは、オレがここに居るのを忘れたかのように、物憂げにじっと鍵盤を見詰めている。 「ねぇ……。あんまりお話してくれないのは、のだめに感じろ、って言ってるんデスか……?」 どうやらのだめはまた、ピアノと会話しているようだった。 オレは小さな声でぼそぼそとピアノに話しかけているのだめを見ながら、ぼんやりと考えていた。 ―――“オレを想って”……か。こいつはこの曲に、オレへのどんな想いを込めて弾いたんだろう……。 《愛の夢》は原曲は歌曲で、フライリヒラートの詩に付曲したものだ。それをピアノの魔術師・リストがピアノ曲に編曲した。 ―――そういえば、第3番にはフライリヒラートの有名な詩句があったよな。確か…… 《 愛しうるかぎり愛せ 》―――"O lieb,so lang du lieben kannst" 「……おまえがそれを望むなら。」 「えっ?千秋先輩?今、のだめに何か言いましたかー?」 「……いや、別に。」 オレは頭を振ってのだめにやんわりと笑い、その告白をごまかした。 『今回のミニコンサートがきっかけになって、のだめちゃんは僅かですが過去の記憶を取り戻したようです。 まだおぼろげな輪郭部分しか、思い出せていないようでしたが、 本人は随分とそれに勇気付けられたようでした。 のだめちゃんの記憶が戻る為には、音楽が一番良い刺激なのかもしれません。』 さっき見た山口先生からのメールの文面は、のだめだけでなくオレにとっても勇気付けられる内容だった。 オレの音楽を聴いて、もしかしたらのだめはオレのことを思い出してくれるかもしれない、と……。 のだめが《愛の夢》に込めたイメージを、オレが感じられたというのならば……。 もし…オレが明日の公演で、のだめへの想いを込めた演奏をすることができたなら、あいつはそれ感じ取ってくれるだろうか……? ―――神様……願ってもいいですか…?オレの音楽が…愛が…のだめに届くように、と……。 「なぁ、のだめ。」 「……ハイ?」 オレの声が何時になく真剣な調子だったのに気づいたのか、のだめは緊張してピアノチェアの上で身をただした。 「明日は……オレの音楽を聴いて欲しい。」 「え?」 「今オレが出来る事は、それだけだから。それが今のオレの持ってる、全てだから。 だからこそ、おまえに聴いて欲しいんだ。……オレの言ってる意味、分かるか?」 「……ハイ。」 「そっか。ならいいんだ……。」 オレはのだめの事をじっと見つめて微笑した。 のだめもオレの眼差しに吸い寄せられるようにこちらを見上げると、見つめかえす……。 オレ達の間に、あの朝の出来事以来失われていた、穏やかな時間が動き出し、再び時を刻みはじめる―――。 「明日の先輩の公演、のだめ、楽しみにしてますネ。」 「……うん。」 「先輩の奏でる音楽、ちゃんと聴きますから……。」 「……がんばるよ。」 こいつにも、一昨日のあのわだかまりが、ゆっくりととけてなくなっていくような感じがしたのだろう……。 のだめは今の気持ちを、素直に口にしてくれた。 しばらくオレ達は見詰め合っていたが、のだめはずっと自分を見つめ続けるオレの視線を、気恥ずかしく感じたのだろう。 目を伏せると急に立ち上がろうとして、椅子の脚に躓いて体勢を崩した。 「ムキャ……!」 「おっと!」 のだめが前方に崩れ落ちる瞬間、床とのだめの間にオレはすばやく身体をいれ、自分の胸の中にのだめを受け止めた。 「大丈夫か?」 「す、すいませ……。」 「いや、いいけど……。気をつけろよ。」 「ハイ……。」 オレは思わずしっかりとのだめを抱きしめてしまったことに気づき、慌てて腕を離す。 しかし、久しぶりに胸の中に感じたのだめの感触に、オレの身体は少し違和感を覚えた。 ―――あれ……?のだめってこんなに骨ばっていたか……? オレの腕は無意識にそれを確かめようとして、またのだめを抱き締めなおそうとした。 するとのだめはそれを察知し、二の腕をオレの胸元に棒の様に突っ張って、信じられないほど強い力でオレを押し返した。 「あ、ご、ごめん……。」 「いえ……。」 二人とも気まずくなって、お互いに顔を逸らしたまま俯いた。 さっきまで流れていた穏やかな雰囲気は一転し、辺りには重苦しい緊張が張り詰める。 オレはこの状況を何とか打破しようと、努めて平静を装ってのだめに話しかけた。 「なぁ…おまえちゃんとメシ食ってるのか?」 「え?ご飯ですか?ちゃんと食べてますヨ……。」 「そっか。ならいいんだけど……。」 再び会話が続かなくなる。 すると今度はのだめの方が気を遣って、オレに話かける。 「……何でそんな事聞くんですか?」 「いや…なんかおまえ…少し痩せたみたいだったから……。」 「のだめが?……痩せた?」 「その、何ていうか、今おまえを抱きとめた時の感触が、だな。ちょっと前のおまえと違うかなって……。」 「……。」 「違うんだったら別にいいんだけ」 「知りませんヨ!!そんな事!!」 オレの言葉を遮るようにして、のだめは叫んだ。 「痩せたとか太ったとかっ!のだめに分かる訳ないじゃないデスかっ!!」 「なっ……?」 非常に興奮した様子で責める様にオレをなじると、のだめは肩を怒らせて二階へと続く階段を猛スピードで駆け上がっていく。 あの事故以来、こいつが初めて見せた猛々しい挙動に、オレはうろたえた。まるで逃げるようなのだめの背中に慌てて声を掛ける。 「ちょ…おい!のだめっ!」 「おやすみなサイっ!!」 そう一方的に言い放つと、のだめは廊下の先へ姿を消した。 ―――あいつ、どうしたんだ……?女に体重の事聞くのは…禁句ってヤツか……? 自分がのだめの機嫌を損ねたらしいのは分かる。 しかしさっきの発言の一体何に、あいつがそんなに激怒したのかさっぱり見当がつかない。 “近づいたと思えば離れていく……。” あの大ゲンカした去年のノエルに、あいつから呟かれた言葉が何故かオレの心に浮かんだ。 ―――今のオレ達は…まさにそうだな……。 オレは深く嘆息しながら、ジャケットの内ポケットからあのネックレスを取り出して手のひらにのせた。 先程まであった、未来への希望や確信はあっという間にうすれ、 のだめの強い拒絶の態度によって、再びオレは漠然とした不安の中に引き戻される。 オレはネックレスを強く握り締めながら、また溜め息をついた。 日曜日午前8時15分―――俊彦がリビングでウロウロと歩き回り始めて10分経過した。 「遅い!!ったく、のだめさんは何しているんだ?」 そうブツブツと呟くと、テーブルに置いてあった新聞を取り、ソファにどかっと座りながら紙面を乱暴に開いた。 俊彦はもう何度目か分からない朝刊の記事を苛立ちながら目で追っていると、 ようやくリビングの入り口に、待ち人が立っているのに気がついた。 「遅いよ!のだめさん!今日は早めにホテルのラウンジで皆と落ち合うから8時には出るよって、 さっき朝食の時に、ボク、のだめさんに言ったよね?」 「ご、ごめんなサイ……。」 ひどく申し訳なさそうに身を縮こまらせて、のだめは謝った。 「せっかく早めに朝食済ませたのに……。どうして女の人ってそんなに準備がかかるの?」 「あの、ですね……俊彦くん、その事なんですが……。」 言い辛そうに目を逸らしながら、のだめはもじもじとしている。 「何?」 「本日ののだめの格好なんですが……。」 のだめにそう言われたので、俊彦は彼女の全身を上から下まで見回す。 ガラス玉の様なラインストーンが贅沢に散りばめられた、ボディラインが綺麗に見える、紺色地のワンピースをのだめは着ていた。 童顔の彼女がいつもよりずっと大人びて見えて、俊彦は内心赤面した。 「……いいんじゃない?その丈の長さなんか、真兄が好きな感じだと思うけど?」 「それがですネ……実は……。」 そこまで言うとのだめは、くるっと後ろ向きになった。 「うわぁっ!」 「……という訳なんですヨ。」 のだめの身に纏っているワンピースは、前からは分からなかったが、背中が大胆にV字にパックリと開いていた。 落木した時に負った、背中のどす黒い紫色に変色した内出血の痕が、そこからはっきりと見えている。 「のだめ…コレ着るまで、後ろが開いてるって気がつかなかったんデスよ……。 やっぱり目立ちますよネ……?昨日の白い方を今日着ればよかったのに…のだめ…バカですね……。」 「何か上に羽織ったら?そうしたら目立たないんじゃない?」 「のだめもそう思って荷物の中を探したんですけど、このワンピースに合うのがなかったんデスよ……。」 どうしたらいいものかと二人して無言になる。 「あっ!そうだ!征子ママのクローゼットにそういうのあるかも!」 俊彦は手をポンと打つと、のだめを連れて二階の征子の部屋へ行った。 「か、勝手に先輩のお母さんのお洋服…物色しても平気ですかネ……?」 ウォーキングクローゼットの入り口で、のだめは中でごそごそと服を探している俊彦に、窺う様に声を掛ける。 「緊急事態だから仕方ないでしょ?あ!コレなんかどう……?」 俊彦は薄い水色のパシュミナを見つけると、のだめにあててみた。 「うーーん。やっぱり季節がもう夏だし……。コレだと暑苦しいか……。」 そうやって俊彦は、次々に羽織るものを見つけてはのだめの服にあててみるが、 生地の感じが合わなかったり、昼間のコンサートには華やか過ぎたり…となかなか合うものが見つけられない。 「ああっ!もうっ!ありそうなのに何でないんだ!!」 「ス、スミマセン……。」 そうこうしているうちに、時刻はもうすぐ9時を過ぎようとしている。 「もうのだめさん!このワンピースはやめてコレ!コレ着てみたらどう!?」 俊彦はシンプルな白いジャケットとロングスカートのフォーマルを取り出すと、のだめの前にぐっとぶらさげて見せた。 「これならのだめさんが着ても変じゃないと思うし。素材も光沢のある白で、夏っぽくていいでしょ?」 「え…そ、ですかネ?」 「時間が時間だし…もうコレに決めちゃいなよ!」 「ハ、ハイ……。じゃあのだめ、コレお借りしマス。急いで着替えてきますから、俊彦くん、もうチョト待ってて下さいネ。」 そう言うとのだめは、征子のフォーマルを手に客間の方へ慌しく走って行った。 ********** 「の、のだめちゃんっ!?どうしたのー?その格好っ!!」 一時間以上遅れてやって来た俊彦とのだめを見て、由衣子は開口一番にそう叫んだ。 「なんか…これから三者面談を受ける、息子と若い母親って感じだな。」 竹彦が笑いを堪えながらスーツ姿ののだめを評すると、彼女は真っ赤になって竹彦を睨んだ。 「ボク、こんな母親は勘弁してもらいたいよ……。」 「しかし、ここまで服に着られているのも、ある意味清清しくはあるな。」 「ムキーーーー!!」 のだめが白目で竹彦に抗議する側で、征子が白いジャケットの裾を少し摘んで気がついた。 「あら?でも……コレ、私のお洋服じゃない?」 「そうなんだ……。ごめん、征子ママの服、ちょっと借りたから。のだめさんが持ってたワンピース、 背中が開いてて怪我の痕が見えるから着てこれなくて……。」 「そうだったの……。」 「スミマセン……。お借りしてマス……。」 のだめは征子にペコリと頭を下げた。 「でも若いのだめちゃんには…やっぱりちょっと変よね?私よりのだめちゃん華奢だから、サイズも大き過ぎるみたいだし……。」 征子が苦笑しながら言うと、由衣子がのだめの手を引っ張った。 「のだめちゃん!!由衣子と一緒にお洋服買いに行こう!!今すぐ!!」 「へ!?」 「真兄ちゃまの凱旋コンサートなんだから、やっぱりのだめちゃんは可愛い格好をして、真兄ちゃまを喜ばせなきゃ!!」 「えええっ!?」 「ちょ、由衣子!松田さんのコンサート、40分後だよ?いくらなんでも今から服を買いに行くのは、もう間に合わないよ!」 「俊兄は昨日、予備校で帰っちゃったけど、由衣子はちゃんと松田さんの聴いたもん!!だからイイの!!」 「いいって……。由衣子はそうかもしれないけど、のだめさんだって松田さんの演奏聴きたいんだから……。」 「そんな事より、こっちの方が大事っ!!」 由衣子は俊彦に大きな声でそう言い放つと、のだめの手を取って、ぐいぐいと引っ張りながらホテルのロビーを歩いて行く。 「ゆ、由衣子ちゃん、のだめは別にいいですヨ?この格好でも……。」 「だぁーーめっ!!のだめちゃんが良くても、由衣子が嫌なのっ!!」 「そ、そんな……。ど、どうして?」 「真兄ちゃまの演奏……由衣子、昨日聴いて思ったの。 のだめちゃんに聴かせたかったな…って思いながら、真兄ちゃまは指揮してるって!」 「えっ!?」 「だから今日は、のだめちゃんは絶対可愛い格好をして?……真兄ちゃまの為にも!!」 「はうー……。」 のだめの手をぎゅっと握り締めると、由衣子は駅の方向へズンズンと歩いて行った。 ********** 公演二日目、昼の部の松田によるAプログラムも終了し、残りは夜の部、千秋によるBプログラムだけとなった。 千秋はオリバーと共に時間通りに会場入りすると、公演後の慰労パーティーの最終確認をすると言うオリバーと別れ、 自分に割り当てられた控え室で支度を始めた。 彼は着替えは直前に済ませるタイプなので、まず始めは精神集中の為、 荷物の中から総譜や煙草といったアイテムを取り出して綺麗に並べていた。 控え室にあったミネラルウォーターのペットボトルを開けると、それを飲みながら千秋は総譜をチェックし始めた。 その時控え室のドアが控えめに、トントントン…とノックされた。 「はい?」 千秋が声を掛けると、控え室のドアがすっと開いた。 「失礼します。千秋さん、ご家族の方が面会にいらっしゃってますが、お通しして宜しいですか?」 「家族?由衣子達かな……。あ、通して下さって構わないです。すみません。」 「ではお連れ致しますね。」 「申し訳ありません。」 「いえ……。」 そう言うと公演スタッフは、ドアを閉めた。 トントントンッ! 今度はさっきよりも大きな音で、控え室のドアがノックされた。 千秋はドアまで立って行き、ガチャリとドアのノブを内側に引く。 「真兄ちゃまーーーー!!」 ドアを開けた途端、由衣子が千秋の胸に飛び込んできて、彼はそれをしっかりと受け止めた。 「由衣子!?どうしたんだ?みんなして……。」 由衣子を抱きかかえながら千秋が訊ねると、後ろから控え室に入ってきた竹彦が、申し訳なさそうに口を開いた。 「演奏前に楽屋訪問するのは、控えた方が良い…と由衣子には言ったのだが……。 どうしても、といって聞かなくてな……。すまんな、真一。」 「いや……まだ時間があるから別にいいけど。」 「真兄!調子はどう?」 「え?ああ、いつも通りだけど……。みんなの方が二日間コンサート漬けで、疲れているんじゃないか?」 「ふふふ。でも、今夜の真一のでそれも終わりだから……。素敵な時間は過ぎるのが早いのよね。」 征子が微笑すると、由衣子が千秋の胸元から身体を起して言った。 「真兄ちゃま!!今日は由衣子、真兄ちゃまにプレゼントがあるの!!」 「え?プレゼント?何だ?」 千秋が不思議そうに首を傾げると、由衣子は嬉しそうに控え室から出て行く。 「ほら!のだめちゃん!!」 「えーー……でもー……。」 「大丈夫!!今日ののだめちゃん、すっごく可愛いから!!」 「でもなんか…のだめじゃないみたいで……。」 控え室のドアのすぐ外にはのだめがいて、何故だか控え室に入るのを渋っているようだ。 「じゃーーーーん!真兄ちゃま!!見て見て!!」 ようやく話し声が終わったと思ったら、由衣子がポーズを取ってのだめを控え室に迎え入れた。 「千秋先輩、こ、こんばんわ……。」 おずおずとドアから入ってきたのだめの姿に、千秋は絶句した。 「なっ、何だぁー?おまえ…その…格好っ!!」 のだめはふんわりと優しい印象の、サーモンピンクのロマンティックなワンピースを身に纏っていた。 手元には、それとお揃いのボレロを持っている。 ワンピースの一面には薔薇の花模様が描かれており、一つ一つ色や大きさも違くて目を惹くデザインだった。 また、ネックライン、袖、胸元には濃いピンクのパイピング、そして肩には同系色のリボンが可愛らしくあしらってある。 裾の切り替えには贅沢にフリルがあり、胸元は上品にV字に開いていた。 そこからちょうど、のだめの豊かな胸の膨らみの上部が僅かに浮き出ていて、谷間がハッキリと見えるよりずっと艶っぽかった。 「真兄ちゃまどう?由衣子が選んだドレスなの!!のだめちゃん、すっごく可愛いでしょ?」 「あ、ああ……。」 「お化粧と髪は、私がしたのよ?」 征子がそう言うと、のだめは耳まで真っ赤にして、困ったように俯いた。 よく見るとのだめは、服に合うようにピンク系の化粧を綺麗にしており、栗色の髪は可愛らしく、くるくると巻いてあった。 「のだめちゃん、肌も綺麗だし色がとっても白いから、お化粧栄えするのよね。」 「確かに、最初に見た三者面談の格好と比べれば、別人のようだ……。」 「のだめさん、黙っていればどっかのお嬢様みたいだよねー。」 「……。」 千秋は未だにあっけに取られた様子で、無言で固まっていた。しかしその頬は、燃えるように真っ赤だ。 「……変ですよネ。」 どこか拗ねた様子でのだめがそう言うと、千秋は慌てて声を掛けた。 「いやっ!……そんな事は、ない……。」 「もぉー!真兄ちゃま!照れてないで、素直にのだめちゃんに“可愛い”って言ってあげなきゃ!」 「あ、ああ……。いいんじゃ……ないか?」 由衣子に促されて、千秋はどもりながらのだめを褒めた。それを聞いてのだめはふてくされた。 「別に…思ってもいない事を言ってくれなくても、いいですヨ……。」 「真一……。あなた、相変わらずね。そういう所……。」 息子の不器用な姿を見て、征子が呆れた様に溜め息をついた。 「さぁ、そろそろ行かないと……。真一だけでなく、オケの関係者にも迷惑がかかるから……。」 竹彦の言葉で三善家の面々とのだめは、千秋に激励の言葉を掛けながら次々と控え室から出て行く。 「真兄、頑張って!」 「ありがとう、俊彦。」 「真一、もう最終日だし、余り難しい事は考えないで、公演を楽しみなさいね。」 「分かったよ、母さん。」 「真兄ちゃまーー!また後でねーー!!」 「うん、由衣子、また後でな。」 「今夜の公演で真価が問われる……。しっかりな!真一。」 「はい、竹叔父さん。」 「千秋先輩、頑張って下さい。のだめ、先輩の音楽、楽しみにしてマス。」 「あ、ああ……。」 これから着替えると言う千秋を控え室に残し、のだめ達はロビーの方へ向かって歩き出した。 「どうする?まだ少し時間があるけど…一階のガーデンカフェでお茶でもする?」 「そうだな……。公演の時間が時間だけに、何か軽めに食事でもしておいた方がいいだろう……。」 「公演後のパーティーまで結構時間があるし…確かにその方がいいかもしれないわね。」 竹彦と征子が話しているのを後ろで聞きながら、のだめと由衣子は手を繋いで歩いていた。 「由衣子ちゃん…千秋先輩、さっき困っていましたネ……。」 のだめは小さな声で、ぼそぼそと由衣子に呟いた。 「えっ!?何で?」 「コレ、のだめが似合っていなかったから……。せっかく由衣子ちゃんに選んで貰ったのに……。ごめんなサイ。」 のだめのその言葉を聞いた由衣子は繋いでいた手を外すと、彼女の前に立って後ろ向きに歩きながら嬉しそうに笑った。 「ふふふ!のだめちゃん!今日の由衣子の作戦は大成功だよーー!!」 「……え?どこが大成功…なんデスか?」 「だって……!」 由衣子は小走りに走っていって少し前を歩く俊彦に腕を絡めると、甘える様にその腕を引っ張った。 「ねーー!俊兄もそう思ったでしょ?」 「うーん。確かに……。真兄ってそういう所、スマートなタイプかと思ったけど、実は照れ屋だったんだねー。」 のだめは二人の会話がよく理解できなくて、怪訝な表情をした。 「のだめ…よく分からないんですケド……。」 「んもぅ!のだめちゃん!のだめちゃんまでそんな鈍感でどうするのっ!」 「鈍感……。」 「だって、ねーーー?俊兄も見たでしょ?真兄ちゃまの頬っぺた、ずっと紅いまんまだったよね! よっぽど今日ののだめちゃんが可愛いかったんだね!」 「うん…由衣子の言う通りだとボクも思うよ。真兄、よっぽどびっくりしたんだね、のだめさんの変身ぶりに……。 だって、のだめさんを見てから楽屋から出る時まで、真兄の頬の紅潮が残っていたし……。」 「え、そ…でしたカ……?」 「今日の真兄ちゃまの演奏は、きっと大成功だよっ!のだめちゃんのおかげで!」 由衣子が全開の笑顔でのだめに振り返った。 「そ、そですかネ……。」 のだめは頬をピンク色に染めて、はにかんだように俯いた。 「みんなー!始まるまで少し時間があるから、カフェで少し休憩しましょう!」 征子が前方にいる三人に声を掛ける。 「あ、ハイ!」 「今、行くよ!」 「行こう!のだめちゃん!」 由衣子は再びのだめの手を取ると、ぎゅっと握り締めた。 小さな彼女に引っ張られるようにして、のだめはカフェへと向かう竹彦と征子の背中を追いかけて行った。 ********** 日曜日も午後7時を過ぎ、いよいよ開演時間まで間もなくとなる。 のだめは征子と由衣子の間の席に座ると、やや緊張した面持ちでその時を待っていた。 「のだめちゃん……。今日の松田さんのプログラム…シューベルトの《未完成》…聴けなくてごめんね?」 のだめの右隣に座っている由衣子が、申し訳なさそうに彼女に謝った。 「え、いいんデスよ!由衣子ちゃんは、のだめのお洋服を選んでくれたんじゃないですかー! それに、松田さんのベトベンの5番は聴けましたし……。のだめ、先輩のベトベンも聴いてみたかったデス。」 「真兄ちゃまってベートーヴェン好きだからね。昨日の真兄ちゃまのベートーヴェン、とっても素敵だったよ!」 「ほわぁぁ〜…そなんですか〜!聴けなくて残念デス……。」 「でも今日のBプログラムも……楽しみね。」 左隣にいた征子が、ふんわりと微笑してのだめに話しかけた。 「今日の曲目は……どちらが考えたのかしら?」 「えっ?」 「ほら、一曲目の―――《モーツァルト・交響曲第31番 ニ長調 K.297 "Paris"》……。」 「あーー!それ、絶対真兄ちゃまよぉーー!!だって、真兄ちゃま、今、パリが拠点だし?マルレ・オケの常任だし?」 「あらでも、松田さんだって、R☆Sオケの前はパリのR管で振っていたじゃない?」 「あっ!そっかー!」 「松田さんと真兄の共通の音楽のフィールドって事で、この曲に決めたんじゃないかな?」 由衣子の隣にいた俊彦が、口を挟んだ。 「俊兄、スルドイ!」 「別に……普通に考えたら、分かる事だろ。」 二人の会話を聞きながら、のだめは征子に訊ねた。 「あの、先輩のお母さんは、昨日の松田さんのBプログラムも聴かれたんですよねネ?どでしたか?」 「そうね……。松田さんの《パリ》―――華やかでとても素敵だったわ。松田さんらしい“軽み”もあって……。 それに所々、モーツァルトがこの曲に込めた“毒”もしっかりと散りばめられてて……。素晴らしい演奏だった。」 「ふぉぉぉぉ〜!!華やかで毒なモツァルト!のだめもしゅごい聴きたかったデス〜!!」 「真一は……どんな《パリ》を聴かせてくれるのかしら……。のだめちゃん、楽しみね?」 「ハイ!」 「でもそうなると、もう一曲の方は……どっちが決めたんだろ?」 俊彦が、公演のパンフレットを見ながら難しそうに眉を寄せている。 「《チャイコフスキー・交響曲第4番 ヘ短調 op.36》―――確かにこの曲、若い指揮者が振ると見栄えがするけどね。」 「……真一には得意なタイプの曲の様な気がするけど?」 「確かに、重厚な出だしの第1楽章とか、真兄が振ったらきっと―――」 その時、オケのメンバーが続々とホール中央へと入ってきた。 俊彦はおしゃべりを辞め、身を正して前方に向き直る。 ―――あ!萌ちゃん、薫ちゃん…黒木君…みんないる……!! 入院中に見舞いに来たメンバー達が、フォーマルを身に纏い颯爽と入ってくる姿は……今ののだめにはとても眩しかった。 千秋の音楽を聴くのも初めてだったが、彼らがその手に持っている楽器を、どんな音色で奏でるのかも、のだめはとても気になっていた。 ―――いいなぁ…オケストラは楽しそうで……。 ―――……ん?って……あれ……? ―――なんかこの気持ち……前にも思った事があるような……? のだめの胸が急速に高鳴りはじめる。 ―――もしかしたら……昨日のミニコンサートの時にように…… ―――先輩の音楽を聴いて…それがきっかけになって……記憶が戻るかもっ!? そう思った途端、のだめの全身はかーっと火のように熱くなった。 「のだめちゃん?顔がちょっと赤いけど、大丈夫?」 由衣子がのだめの変化に気がついて、小さな声でそう囁くと、心配げに彼女の顔を覗き込んでいる。 「のだめ、チョト興奮しちゃって……。先輩の音楽、どんなのかなって思ったらドキドキが止まらなくて……。」 ヒソヒソ声でのだめが由衣子に伝えると、『わかる!わかる!』という風に由衣子は同意を示す仕草をした。 「あっ!!真兄ちゃまよ!!」 その瞬間、ホールから一斉に、盛大な拍手が巻き起こった。 黒い燕尾服姿に髪を上げた千秋が、大きなストライドで風を切るように舞台中央へと歩いてくる。 「やっぱり千秋真一、素敵……!」 「……かっこいい〜……。」 割れんばかりの拍手の中から、女性達が零す溜息の様な千秋への賛辞が、あちらこちらから漏れ聞こえてくる。 『のだめ……オレの音楽を聴いて欲しい。 今オレが出来る事は、それだけだから。それが今のオレの持ってる、全てだから。 ―――だからこそ、おまえに聴いて欲しいんだ……。』 ―――のだめ、千秋先輩の音楽……ここでちゃんと聴いています……。 指揮台の横で観客に優雅に挨拶をする千秋を見ながら、のだめは心の中で彼に話しかけていた。 ********** Bプログラム前半は、モーツァルト・交響曲第31番 ニ長調 K.297 《パリ》―――。 第一楽章、ユニゾンの主音が4回繰り返され、ニ長調の音階が軽やかに駆け上がった瞬間……。 ―――若葉の香り……? のだめはそこに、自分にふわりと吹き付けた薫風を感じた。 新緑の萌える緑を下から見上げれば、眩しい光が射し、まるでエメラルドのように葉脈が透き通っている。 二階のカフェの出窓からは、燃えるような真っ赤なアイビーゼラニウムが通る人の目を楽しませて……。 頬を撫でる、清清しい風……一斉に咲き乱れる色とりどりの花々―――そんな生命感溢れる、一年で最も美しい季節。 千秋の奏でるモーツァルトの《パリ》は、どこか爽やかで、若々しい瑞々しさで溢れていた。 ―――これは…初夏の《パリ》……? ***** ―――オレが描きたいのは……あいつと初めて過ごした、初夏の《パリ》。 指揮を振りながら、千秋は思っていた。 二人が留学した最初の年、千秋はコンクール後すぐに、シュトレーゼマンのワールドツアーについて行ってしまった。 だから昨年のこの季節―――千秋とのだめは離れ離れのままだった。 そして今年初めて……二人は美しい初夏のパリを共に過ごした。 『千秋先輩!せっかくいい季節なんだから、どこかにお出かけしましょうヨ〜!』 『デート!デート!』とせがむのだめに、千秋が苦笑しながらも、甘える様に絡めてくる彼女の腕を幸福に感じていた。 二人が出かけたのは、ローズガーデンで有名な―――パリのパガテル公園。 けむるような甘い芳香を漂わせる、一面の薔薇の花々の中…… のだめは嬉しそうに飛び跳ね、薔薇の香りをかいでは、キラキラと瞳を輝かせて千秋に振り返る。 千秋もそんなのだめを、眩しそうに目を細めながら、優しく見詰めていた。 『おい。子供じゃないんだから、少しは落ち着け!!』 『あっ!先輩!!見て下サイ!こっから全部、ピンクの薔薇のチュパチャプスですっ!!』 『はぁ?チュパチャプスぅ!?』 スタンダード仕立ての淡いピンクの薔薇の列を見て、のだめはそれを有名なキャンディーに例えた。 何でもすぐ食べ物に連想する食い意地の張ったのだめに呆れながらも、千秋は彼女の手を取り指を絡める。 『のだめ、チュパチャプス舐めたくなりましタ。先輩、パリでも売ってますかネ?』 『あー?モノプリにでも行けば、あるんじゃねー?』 『ムキャーーーー!!じゃあ帰り、買って帰りまショーーーー!!』 そんな他愛もない会話が、二人にとっては日常であり…そして宝物のような時間だった事を、今回の事で千秋は初めて知った。 ―――のだめ……聴いてくれているか?これはオレ達の《パリ》だ……。 モーツァルトの《パリ》には、千秋のそんな想いが込められていた。 ***** 一曲目のモーツァルトが終わると、プログラム後半のチャイコフスキーへの編成変更のため、小休止が入った。 「真兄ちゃまの《パリ》……素敵だったねー!」 うっとりとした表情で、由衣子が隣ののだめに話しかけた。 「そうですネー!」 「きっと……真一はのだめちゃんと一緒に過ごした《パリ》をイメージして振ったのね……。」 征子が悪戯っぽい瞳をさせてのだめに笑いかけると、彼女は頬を紅潮させた。 「そ、そですかネ……?」 「ふふふ。のだめちゃんが一番よく分かってるんでしょ?」 「えと、あの……。」 返答に困っているのだめを優しく見詰めると、征子は話を変えた。 「昨日の松田さんが、言うなれば“華やかなモーツァルト”だったのに対して、今日の真一のは“爽やかなモーツァルト”。 なかなか面白い対決になったと思うわよ?」 「由衣子は今日の真兄ちゃまの《パリ》の方が好きーーーー!」 「しかし本当にいい演奏だったな!この後のチャイコフスキーも楽しみだ。」 竹彦が満足げに頷きながら言うと、その場にいる全員が同意を示す。 「あ、そろそろ始まるよ……。」 俊彦が小声で囁いた。 両方の舞台袖から続々とオケのメンバーが入ってきて、観客の拍手の中、各々定められた位置に腰を下ろしはじめている。 準備が整い全員が揃った所で、指揮台左前にいたコンサートマスターの高橋がすっと立ち上がった。 A〜♪ 調律の為の音を弦が奏で始めると、それに合わせる様に各パートから一斉に同じ音が鳴り響く。 再び高橋が席に着いて、ピタリとオケの音が止まった。 「もうすぐだね……!」 由衣子が小さな声でのだめに囁いた瞬間、千秋が再びステージ上へと姿を現した。 ホール中を埋め尽くした満杯の観客は、割れんばかりの拍手で、才能溢れる若きマエストロを迎え入れる。 ―――どうか神様……先輩の音楽で、のだめの記憶を……!! のだめは自分自身をも励ましながら、千秋が指揮台に上るのを見守った。 ***** 千秋は指揮棒を構え、知的な眉根を寄せると、白い軌跡を残しながらそれを振り下ろした。 その瞬間、ホルンからトランペットに引き継がれながら奏でられる、重厚にして荘厳なあのモティーフ―――。 「“運命の動機”……。」 のだめは無意識に口に出して呟いた。 やがて嘆きの第一主題がホール全体を満たすと、そこはもうチャイコフスキーの絶望の中だった。 哀しいまでの弦の旋律の美しさが鳴り止み、木管楽器がその運命に抗おうと情熱的に高まり始めると、 再びまたあの“運命の動機”が立ちふさがり、それを阻止する。 人は誰も、運命の前になすすべもなく翻弄され、そして涙し、打ちのめされる事を暗示するかのように……。 ―――先輩の“運命の動機”……一体何だろう? 千秋が感じている“運命”や“絶望”を、のだめは必死になって感じようとしていた。 いつの間にか第2楽章に入り、黒木のオーボエのソロが、悲哀に満ちて辺りを包んでいる。 ―――記憶を失って自分の事ばかり考えてしまったけど、そういえば先輩の気持ち……ちゃんと考えた事なかった……。 のだめは千秋の演奏を聴きながら、初めてその事に気がついた。 恋人に自分を忘れられた千秋が、その事でどれだけ苦しんだかという事も、のだめはそれまで考えもしていなかったのだ。 ただ自分の中に、千秋が時々、失ってしまったもう一人の自分を見ているのだけは、彼女も気がついてはいたが……。 ―――先輩も……同じ様に苦しんでいた……? そう思った瞬間、激しく感情的な第4楽章の出だしの旋律がのだめを襲った。 迸る様な情熱、歓喜、希望、再び“運命の動機”……追いかけ追いかけられながら加速的に高まるオーケストラの響き。 千秋もそれに煽られるように、いつもの理性的な彼の演奏が信じられないほど、熱く情熱的な指揮をしていた。 彼が今表現しようとしているのは―――それは運命に翻弄されながらも、それでも生きていこうとする人々の生命力の美しさだ。 終楽章最後のコーダから、信じられない程のスピードと迫力で千秋が振り切ると、残響を聴衆の胸に残し演奏が終了した。 『ブラボッーーーー!!』 『ブラーーーボーーー!!!』 その瞬間、観客から次々と声が上がり、感動を表す拍手がドッと鳴り響いた。 観客に振り返った彼は、一瞬、自分でも吃驚したような表情を見せたが、すぐにいつもの端正な面差しで微笑すると一礼をし、 お互いの労をねぎらう様にしっかりと高橋と握手をした。 そして再び、盛大な拍手に対して感謝を述べるかのように優雅に挨拶をすると、舞台袖へと消えていった。 のだめは千秋の音楽から溢れ出た、押し寄せるような感情の洪水に流され、一人茫然としていた。 「きゃあっーーーーー!!今夜の真兄ちゃま、すっごく格好良かったーーーー!!!」 「本当に今夜の真兄は最高だった!ボク、真兄のこんなチャイコが聴けるとは思っていなかったよっ!」 興奮気味に俊彦と由衣子が次々と口走ると、竹彦も頬を紅潮させて叫んだ。 「ブラボーー!真一!今回の公演は大成功だっ!!!」 未だ鳴り響いている拍手の中、千秋が再び舞台袖から登場し、R☆Sオケを称えながら、観客に挨拶をしている。 「真一が…1楽章を暗澹たる感じで表現するのは予想がついたけど……。 それ以上にあんなに終楽章の“歓喜”の方を強調するとは……思いもよらなかったわ。」 征子は、息子がまた新しい音楽を表現しはじめた……そんな嬉しい変化を感じて、喜びの表情を見せた。 「のだめちゃん……?どうしたの?ボーっとして……。」 落ち着きを取り戻した由衣子が、一人会話に加わっていなかったのだめの事に、ようやく気がついた。 「……あ。えと……。感動しちゃって……。」 のだめは未だ胸がつまって、それだけ言うのが精一杯だった。 「あれ?のだめちゃん……顔、真っ赤だよ?」 「えっ?ホントですか!?……やだ、のだめ…興奮しちゃったんですかネ?」 「あはは〜!!今日の真兄ちゃまは、素敵だったからね〜!!」 先程引込んだ千秋が、観客の拍手に後押しされるようにまた舞台袖から登場し、これで本日3回目の挨拶をしている。 「そろそろ…次辺りかしら……?」 「アンコール……昨日と同じ曲なんだろうか……?」 拍手に混じってざわざわと、聴衆の囁き声が聞こえてきた。 挨拶を終えた千秋が再び舞台袖に下がる。しかし今度は、オーケストラのメンバーが席に着かず立ったままだ。 「あ、のだめちゃん!次、アンコールだよ!」 由衣子がのだめに、はしゃぐように囁いた。 「来たーー!真兄ちゃまだよっ!!って…あれーーー!?」 アンコールの為に舞台袖から現れた千秋は、何故か手にヴァイオリンを持っている。 すると千秋のすぐ後から、見覚えのある人物が、同じ様に黒い燕尾服姿で続いて来た。 「えっ!?あれ、松田幸久じゃないっ!?」 「どうして、千秋のアンコールに…彼が??」 観客からも一斉にどよめきの声が上がる。 「真兄……まさかっ……!!」 俊彦が放心したようにそう呟いた瞬間、指揮台に立った松田を見て、観客も全てを理解した。 「これって、千秋真一のヴァイオリン協奏曲ーーー!?」 「すげーー!!本当にこれこそ“競演”だっ!!」 「きゃー!信じられない。千秋ってヴァイオリン弾けるの!?」 指揮台についた松田が観客に軽く一礼しポジションを取ると、ヴァイオリンを持った千秋が盛大な拍手に応える様に、深々とお辞儀した。 「やっぱりそうよ……!千秋のヴァイオリン・コンチェルト!!何弾くのかしら……。」 「弾き振りじゃないんだ……!」 若き二人のマエストロが用意した“夢の競演”という名の一夜限りのサプライズに、 観客はまだ興奮冷めやらないのか、あちらこちらで口々に囁きあっている。 千秋は、やや緊張した面持ちでヴァイオリンを構えると、松田を見つめた。 すると何故か急に、松田が指揮台からスタスタと降りて千秋の両肩を掴んだ。 そしてまるで「千秋君、リラーックス♪」と言う様に、松田はブンブンと、大げさに千秋を揺すり始めた。 千秋は松田の行動に一瞬目を丸くしてあっけに取られるが、 すぐに松田の意図を理解し、頬を紅潮させて照れたように下を向くと、松田の配慮に感謝するように、はにかんで笑った。 「きゃーーー!やだ!何、あの笑顔!!かわいいーー!」 「千秋真一が……照れ笑いっ!?」 「やんっ!松田さん、お茶目ーーー!!」 二人のやり取りを見た女性達から、そんな黄色い嬌声が次々と上がる。 再びポジションについた松田と千秋が互いに呼吸を整えると、静かにオケの音が鳴り響き始めた。 「あっ……これって……。」 「チャイコフスキーの《ヴァイオリン協奏曲ニ長調》……!」 「また、チャイコ……?」 のだめは音楽が流れてきた瞬間、あの夜の出来事を瞬時に思い出した。 ―――あの時の楽譜……。 千秋が机に突っ伏して不自由な姿勢で眠り込んでいた一昨日の夜、彼の身体の下にあったのがこの楽譜だった。 ―――先輩、この為に…前の日まで一生懸命頑張っていたんデスね……。 のだめは胸がぎゅっと締め付けられるように、切なくなった。 千秋は何時だって、音楽に対して、真摯で、真面目で、妥協を許さなくて……。 誰よりも才能があるのに、それを甘受する事なく人一倍努力し……そしてそれを決して表には出さない。 この1週間、のだめは千秋のそんな姿を、折に触れて見てきた。 たった1週間でも、千秋がどれだけ音楽に対する情熱を持っているのか、のだめには十分感じる事が出来た。 先程の絶望から始まったチャイコフスキーとはうって変わり、千秋は華やかなチャイコフスキーを響かせていた。 指揮の時と違って柔らかな表情でヴァイオリンを弾いており、心からこのアンコールを楽しんでいる様子だった。 音楽を愛し、とても幸福そうに奏でるその姿に、のだめだけでなく、観客も魅了されていた。 松田と息をピッタリと合わせて奏でる、千秋の美しくきらびやかなヴァイオリン・コンチェルト……。 いつしかそれは、キラキラと煌めく光と音のハーモニーのヴェールとなり、ホール中を甘美に包んでいくのをのだめは感じていた。 ―――千秋先輩……とっても…とっても素敵デス……。 のだめはずっと涙を堪えていた。 アンコールが始まる前から、のだめはそれを聴いたらきっと自分は泣いてしまうだろうと予感していた。 泣くのは簡単だ―――でもそれは独りよがりの自己満足で、千秋の真意を理解した事にはならない。 だからこそ、泣いてはいけない……。 のだめは顔を真っ赤にして、震えながら自分にそう言い聞かせていた。 千秋の音楽をちゃんと受け止めて……そうして今置かれている自分の状況を……悲しいけれども認めなくてはいけない。 そうして一歩を踏み出さなければならない時に、自分が直面している事を、のだめは悟った。 ―――神様……イジワル…ですね……。 哀しいくらいに愛しいその人のヴァイオリン・ソロを聴きながら、のだめは自分の記憶が戻らない未来をようやく覚悟した。 彼女の大きな瞳から一しずくの涙がポロリと零れ頬を伝うと、 観客の盛大な拍手と歓声と共に、R☆Sオーケストラの公演は華々しくグランド・フィナーレを迎えた。 ********** 公演が終了すると、オレは次から次へと、大勢の訪問客を楽屋で迎える羽目になった。 「目も眩む閃光の中、ボクはまた君という雷に打たれた――― 鳴呼…君はこんなにも、音楽という名の神から愛され、その祝福をうけているのに…… 何故に天の小鳥を呼ぶ笛を…数多の星屑を瞬かせる竪琴までも…パラダイスから盗もうというのか……!」 「訳:“千秋くん、ピアノだけでなくヴァイオリンまで弾けたなんて知らなかったよ。(チャイコフスキーの感想含む。)”」 一番に楽屋に来てくれた佐久間さんの本日のポエムには、勿論河野さんの通訳をつけて貰った。 今回のオレは、佐久間さんを驚かせてばかりいたから、彼には本当に申し訳なかったのだけれど、 でもやはり、この長々と続くポエムタイムは、勘弁して欲しいのが本音だ……。 「真兄ちゃまーー!!格好よかったーー!!」 「よくやったな!真一!!」 「真兄、パリでもちゃんとヴァイオリンをやってたんだねー!」 「真一、素敵だったわよ!モーツァルトも二つのチャイコフスキーも……。」 竹叔父さんや母さん達もすぐに楽屋にやってきて、オレの公演の成功をとても喜んでくれていた。 「あれ?由衣子、のだめは?……一緒じゃなかったのか?」 楽屋に来ていたみんなの中に、今、一番会いたい人物がいない事に気がついて、オレは由衣子に尋ねた。 「のだめちゃん、ロビーで少し休んでるって!」 「ロビーで……?のだめ、具合でも悪いのか?」 「ううん。のだめちゃんね、急に沢山の人が一杯いる所で大きな音を聞いたから、頭がビックリしちゃったんだって。 由衣子、心配だからついててあげようか?って言ったんだけど……。」 「……それで?」 「のだめちゃんが『心配いらないから』って笑って言うの。だから由衣子、みんなとこっちに来たんだー。 そうそう、のだめちゃん、顔が火照ってて恥かしいから、少し涼んでから楽屋に来る…って、真兄っ?」 由衣子の言葉が終わらないうちに、オレは楽屋を飛び出していた。 ―――もしかして……!! はやる気持ちを何とか抑えながら、楽屋裏からロビーへと続く廊下を猛スピードでオレは駆け抜けて行く。 楽屋通路のあちこちでオケのメンバーやその関係者が談笑している中を、オレは乱暴に掻き分けるようにして先を急ぐ。 誰もが皆、オレのその尋常じゃない姿にあっけに取られ振り返った。 「おいっ!!どうしたんだ、って…千秋っ!?」 そう呼びかける峰にも目をくれず、オレはロビーへと続く扉を勢いよくバンと開けた。 切らした息で胸を大きく上下しながらも、ロビーへと急ぐ。とにかく一刻も早くのだめの元へ!! ―――もしかしたら…もしかしたら、オレが込めた願い通りにのだめの記憶が戻って……。 オレは祈るような気持ちで走り続ける。 今まで…たった一人の誰かの為に、こんなにも気持ちを込めて奏でた演奏会はなかった……! オレの音楽で、お前はきっと目覚めてくれる。オレ達何よりも、お互いの音楽でつながっていたんだから……。 だから神様…どうか……! ***** その頃、私はロビーの一番奥まったベンチで一人アイスティを飲んでいた。 一口……。また一口……。 透明で冷たい液体が喉を通っても、一向に熱っぽさがひく様子がない。 ひとつ溜息をつくと、アイスティの入ったペットボトルを側に置き、両手で頬を冷やすように触れた。 ―――今なら分かる……。 私は心の中でそう思った。自分が何故千秋先輩を好きになって、一緒にパリにまでピアノ留学したのか。 先輩がきっと私に教えてくれた―――音楽は素敵だって事を……。 だから私も、素敵な音楽を奏でたい…先輩と一緒に同じ夢を追いかけたい…そう考えたんだろう。 先輩が奏でる音楽が、ピアノに対して正直になれなかった私を変えたのだ。 そして音楽に対するひたむきで、それでいて情熱的な先輩の姿に、自分は心奪われた……。 ―――でも。 今の私がどんなに先輩の事を好きになっても、先輩の好きな人は別にいるのだ。 だって、先輩の好きな人は今の私でなくて、今はもうここには居ない、失ってしまったもう一人の私なんだから……。 「馬鹿みたい、デス……。」 私は自嘲的に呟いた。馬鹿げている。誰であろう、自分自身に嫉妬するなんて……。 ―――でも私…どうしたらいいんだろう……? 「え!?あれって…千秋!?」 「そうよっ、千秋真一よっ!!」 「うそー!私、サイン貰いたいーー!!」 その時、ロビーの向こうの方から女性達のざわめく声が聞こえてきた。 顔を上げると視界には、息を切らした先輩が、キョロキョロと辺りを見回しながら走っている姿がある。 その姿は、フォーマルのジャケットを脱いでタイを外しただけの、本当に演奏後間もなく飛び出してきたといった感じで……。 何かひどく慌てている様子が一目で伝わり、回りの人間達もヒソヒソと訝しげにそれを口にしている。 「ヤダ……。誰か探しているみたいよ……?」 そう誰かが囁く声が私の耳に入ってきた。その瞬間、先輩が探しているのが自分だと気がついた。 ―――のだめ、由衣子ちゃんと楽屋に一緒に行かなかったから…それで先輩、心配して……。 どうしよう……。 こんなドロドロとした気持ちを抱えたまま、どんな顔で千秋先輩の顔を見たらいいんだろう……。 彷徨っていた先輩の視線は、ようやく探していた私の姿をロビーの一番奥で捉えた。私の瞳と先輩の瞳が交錯する。 ―――あの“瞳”だ……。 「のだめっ!!」 ロビーに響き渡る大きな声で、先輩が私の名前を叫んだ。 先輩が大きなストライドで、こっちに駆け寄ってくる姿が見える……。 ―――やだ、泣いてしまいそう……。 ***** のだめは奥のソファで心許なくぽつんと一人でいた。両手で頬を押さえ、まるで小さな少女の様なその姿に、思わず胸が熱くなる。 オレは息を弾ませながら、のだめの傍に急いで駆け寄ると、目線が同じ位置になる様に膝を折った。そうしてのだめの顔を覗き込む。 「はぁっ…はぁっ…由衣子から聞いた……。のだめっ…大丈夫かっ……?」 のだめの瞳は心なしか潤んでいて、頬は驚くほど真っ赤だった。 「のだめ……?気分が悪いのか?顔が真っ赤だ……。熱は?」 そう言って、オレが熱を測ろうとのだめの額に右手を伸ばすと、のだめは慌てた様に両手でその手を掴んだ。 「だ、大丈夫デスよ。ちょっと、頭がびっくりしちゃっだけですから〜。お茶も飲んだし……。も、平気デス……。」 俯きながらそう言うと、のだめはオレの右手を自分から遠ざけるように押しながら、そしてやんわりと離した。 何故だかそれは、のだめに物凄く拒絶された様に感じて、オレは胸が締め付けられた。 「千秋先輩、こんな所に来たらダメですヨ?オケの皆さんとか関係者の人とか、待っているんじゃないですか? のだめ、本当にもう大丈夫デスから……。」 相変わらず下を向いたままでのだめが言った。その様子を見て、オレは自分の中で何かがプツンと切れるのを感じた。 さっきまでの期待感が大きかった分、この絶望的に裏切られた状況に、オレはついカッとなった。 ―――オレに早くここを去れって言うのか!? ―――おまえの記憶が戻ったのじゃないかと、無我夢中で走ってきたこのオレを……おまえは無かった事にしようというのか? 「別にいいんだ……。そんな事……。」 ”今のオレには、おまえが一番大事なんだ。それなのに、オレがおまえの側にいるのがそんなにイヤか?” ……本当はそう付け加えてなじりたかった。 オレが感情を押し殺したような声で言ったのが、のだめにも伝わったのだろうか。 のだめははっと顔を上げると、泣きそうな顔をした。いや、もうすでに、さっきから泣いていたのかもしれない。 のだめの双瞼はすでに涙で溢れていた。 「ごめんなさい……。ごめん…なさい……。」 そう言ってのだめは顔を両手で覆った。 「千秋先輩の音楽、とても素敵だったのに……。それなのにのだめ…やっぱり何も思い出せなくて……。」 ―――馬鹿だ……オレ。 その刹那、オレは物凄く後悔した。オレは本当に馬鹿だ。何で忘れていたんだ。 記憶を失って一番辛いのは、オレじゃない。のだめ自身だ。 だけどこいつ、そんな素振り…余り見せないから、オレ一人が忘れられた事で、すぐ勝手に被害者気分になって……。 周りに心配かけたくなくて、わざとそんな振る舞いしていたのかもしれないのに……。 だからその裏で、何とか思い出そうと、一人もがき苦しんでたっておかしくないのに……。 もしかして……オレが願ったようにおまえもまた……オレの音楽を聞いて自分の記憶が戻る事を祈っていたのか……? それなのに、オレは……。 「のだめ、ごめん。いいんだ……。いいんだ、そんな事……。」 出来るだけ嗚咽を漏らさぬように堪えて泣くのだめの肩を、オレは優しく抱き寄せた。 こんな泣き方、今までののだめらしくない。 そんな風に泣かせてしまった罪悪感と…… これは男の勝手な感情かもしれないけど、そのいじらしさが堪らなくいとおしくて…オレは胸が熱くなった。 何とか宥めてやりたくてのだめの背中を軽く叩いてやる。するとようやくのだめは小さな声で『本当に……?』と零した。 「もちろん……。」 さっきよりだいぶ落ち着いたのか、のだめは泣くのを止め、黙ってオレの声を聞いている。 「それより…具合が悪いんじゃなくてほっとした。 まだ怪我から何日も経ってないんだから、これ以上このオレ様に、余計な心配させンな……。」 余計な気を使わせたくなくって、オレは態とそんな言い方をした。するとのだめはこくんと頷き、ようやく両手を外して顔を上げた。 「っぷ!」 のだめの顔を見たオレは、思わず噴き出した。 「え……。な、なんデスか!?」 メイクと涙でぐしゃぐしゃにまみれたのだめの顔は、何というか奇妙奇天烈な福笑い状態になっていた。 「言っとくけどおまえ、今すっげーひどい顔だぞ。由衣子が選んだせっかくのドレスも台無しだ。」 「ぎゃぼっ!?だ、誰のせいだと思ってるんデスかーー!」 何か拭く物はないかと、オレはすぐ側に置いてあったのだめのハンドバックの中を開けた。 するとその中にウェットティッシュがあるのを見つけ、すぐに取り出す。 とりあえず一番目立つ、マスカラが落ちてパンダ目になっている目元を、オレはごしごしと拭いてやった。 「うー痛い!痛いデス!先輩、もっと優し……。」 「うるせー!おまえが悪いんだろ。変態がこれ以上目立たない様にしてやってんだから、黙って拭かれてろ!」 「っな!やっぱり先輩はカズオ!!です!!」 口を尖らせ抗議するのだめを無視して、オレは拭き続けた。 ―――しかしこの口、まるでリアルな口裂け女……。 オレは込み上げる笑いを堪えながら、両方の口角からはみ出したピンクのリップも強めにこすって取ってやった。 ―――まぁ、とりあえず…こんなモンだろ……。 前衛美術のようになっていたのだめの顔をひと通り拭き終わると、オレは立ち上がった。 「これでひとまず表を歩ける顔になった。ほら、化粧室でちゃんと顔、洗って来い。」 「はぅぅ〜。せっかく、先輩のお母さんに綺麗にして貰ったのに……。」 のだめはオレに拭かれた顔が余程痛かったのか、両手で顔を労わる様にさすっている。 「ほーら、早くしろ!……ったく、これ以上オレに恥かかす気か?」 そう言いながら、オレはまだ座ったままののだめに手を差し伸べる。自分としては物凄く自然に…手を差し出したつもりだった。 でもさっきみたいに、のだめにまた…拒絶されたら……。 そんな不安が隠しきれないで、もしかしたらオレは少し乱暴に言ってしまったかもしれない。 のだめはしばらくオレとオレの手を交互に見て、少し逡巡した後、ためらいがちにオレの手を取った。 「先輩の控え室…俊彦くんとか由衣子ちゃんも、みんな待ってますよネ……?」 オレに軽く引っ張られるように立ち上がりながら、のだめは困ったように笑った。 少し強く繋いだ手を引っ張ると、オレは楽屋裏の方へ歩き出した。のだめも後ろから素直についてくる。 「控え室に行く前に、トイレ、行ってこないと……。」 『のだめ今変な顔だし…』と口を尖らせ、何やらぶつぶつと呟いている。 「別に変な顔なのは…今に始まったことじゃないだろ?」 オレがそう軽口を叩くと、途端にのだめは口を噤んだ。 「あ、言い過ぎた。……悪い。」 すぐに謝ったのに、相変わらずのだめは黙ったままだ。 怪訝に思って後ろを振り返ると、のだめは極限まで顔を伏せて、ロビーの床を見ながら歩いている。 「のだめ……?」 「千秋先輩……。みんな、こっち見てますヨ……。」 『だから、手は離した方が先輩の為だと思いマス。』―――そんな事を低いトーンでぼそぼそと言っている。 「……なんで?」 ちょっと不機嫌になりかけたオレの問いに、のだめは慌てたように説明した。 「だって、今、先輩と手を繋いで歩いている女はその、の、のだめなんですヨ?……変態と噂になっちゃいますヨ?」 「はぁ?そんな事気にしてんのか?別に、今更隠すことじゃないだろ。おまえの変態は……。」 「そうじゃなくって……。」 「あ?」 「も、いいデス……。」 そう言うと、それ以上は何も言わずのだめは大人しくオレの後をついて来た。 何故か酷く気まずそうに、下を向いてついて来るのだめが少し気にはなったが……。 一刻も早くこの衆人環視のロビーから半分メイク取れかけののだめを連れ出したかったので、オレはそれ以上は余り気に留めなかった。 ********** 「やっぱり少し発熱しちゃっているみたいね。どうする?真一。夜間やっている病院、この近くにあったかしら……。」 ―――遠くで、先輩のお母さんの話し声が聞こえる……。 私はぼんやりとした頭を起こすように左右に振ると、体を起こした。 「あ、のだめちゃん?気が付いた?大丈夫?」 私はいつの間にか、眠ってしまっていたらしい。 確か楽屋裏のトイレに行って顔を洗ったらスッキリして…その後、先輩の控え室へ行って……。 顔が真っ赤だからソファで少し休むようと、みんなに言われて……。素直に横になっていたら、急に眠気に襲われて……。 「のだめ、うとうとしちゃって……。ゴメンナサイ。」 「いいのよ。ほんの20分くらいだから。」 先輩のお母さんは、起き上がろうとする私を制すると、『まだ横になっていなさい。』と優しく微笑んだ。 「さっき、ホールの管理人さんが持ってきてくれた救急箱の中にあった体温計で熱を測ったの。 ごめんなさいね。測りにくかったから、のだめちゃんのボレロ、ちょっと脱がさせてもらったわ。」 ……そう言えば、いつの間にか着ていたボレロが胸元に掛けられている。 膝からお腹にかけて掛けられているのは…先輩のフォーマルのジャケットのようだ。 「別にいいデス。のだめの方こそすいませんでした。ご迷惑おかけしました……。」 「のだめちゃん、熱があるのよ……。具合悪いんだったらちゃんと言って?」 「ごめんなサイ。これから気をつけマス。熱…どれくらいでしたカ?」 「今計ったら7度8分。これから夜にかけて、もっと上がるかもしれないねー。」 後ろで俊彦くんが眉をひそめて難しそうな顔で言った。照れ屋の俊彦くんも、私の事を心配してくれてるようだった。 「どうする?のだめ。一応今日は皆、ホテルに宿泊する予定で部屋とってあるって言うから……。 先に由衣子と一緒にホテルに行って休むか? それとも、今、夜間やっている病院をホールの人に探して貰ってるから、そこへ……。」 「ね。のだめちゃん、由衣子と一緒にホテルに行こう?」 由衣子ちゃんが側に寄ってきて、小さな可愛らしい手で、ぎゅっと私の手を握ってくれた。 「大丈夫。由衣子が側にいて看病してあげるからね。だから、真兄も心配しなくていいよ。」 由衣子ちゃんは先輩に振り返って、可愛く微笑んだ。 「由衣子と僕に任せておきなよ、真兄。」 俊彦くんも由衣子ちゃんに加勢するように、しっかりとした口調で先輩と話をしている。 ―――みんな優しくて、とっても嬉しいハズなのに…だけど……。 「あの、のだめっ、ホテルだと良く眠れないタイプなんで…今から三善さんのお家に戻っちゃダメですか?」 「え!?今から横浜のうちに帰るのっ?無理だよ。だってのだめさん、熱があるんだよ?」 俊彦くんが慌てたように口を挟んだ。 「7度8分なら、そんなに高くないですヨ。のだめ、平熱が高い方なんデス!」 フーン!と鼻息を荒くしながら、私は起き上がってなるべく元気な感じで言ってみた。 ……本当は頭がぼーっとして、体はフラフラしていた。 「もし具合が悪くなっても、三善さんちなら、朝一番で山口先生の所に行けますし。ダメですか?」 「しかしここからだと、タクシー飛ばしても1時間以上はかかるが……。」 竹叔父さんが腕を組みながら、無理だと言わんばかりの口調で呟く。それを聞いて私は慌てて付け足した。 「大丈夫ですヨ。のだめ、タクシーの中でもぐっすり眠れる良い子ですから! それに、三善さんちのふわふわベットが眠り心地最高なんデス! あのベットで寝れば、明日の朝には、元気回復ピンピンしてますから!」 「そこまで言うのだったら……。みんな、のだめちゃんの希望を優先してあげましょうよ。 でも、一人じゃ心配だから、誰か付き添って三善の家へ……。」 「オレ。オレが一緒に行く。」 千秋先輩が真っ先に付き添い役を申し出た。 「だめよ。オケの関係者や、今回のスポンサーになって下さった後援企業の方達との慰労会がこれからあるでしょう? あなたが出ないで、どうするの。」 ピシャリと先輩のお母さんが先輩を嗜めた。こういう時、先輩のお母さんはビジネスの顔だ。 「そうだ。お前が不在にすれば、現任指揮者の松田さんを始め、オケの皆さんにも迷惑がかかるんだぞ。 真一、お前もプロとしてやっているならそれ位わかるだろう?」 「けど……。」 まだ不服げに言い淀む先輩を、竹叔父さんが遮るようにして言った。 「征子にもこの企画を立てた三善グループの責任者としてのホステス役があるし……。やはりここはこの私」 「ボクが付き添うよ。」 後ろで会話を聞いていた俊彦君が声を上げた。 「父さんだって少なからずこの企画にかんでるんだから、パーティーにいた方が三善グループ的には得策だろ? それに父さんと二人でタクシーに乗ったら、のだめさん、かえって具合悪くなるかもしれないね。」 「な、なんだと?と、俊彦!」 竹叔父さんは怒ったように声を裏返した。 「俊彦くん。確かに先輩の叔父さんと二人でタクシーは、辛いかも、デス。」 私も笑いながら俊彦君に加勢した。 すると竹叔父さんは、『人の優しい思いやりを、なんて失礼な!』と、ひどく憤慨している。 「えーー。じゃあ、由衣子も俊兄とのだめちゃんに付き添う!」 「子供が二人も、一応は大人といわれる年齢の?女性の付き添いなんて、タクシーの人に不審に思われるだろ。 ここはボクがどう見ても適任だと思うよ。大丈夫、任せておきなよ、真兄。」 由衣子ちゃんは『俊兄のカッコつけー』と、ぶーぶー文句を言っていた。けれど、最後は納得してくれたみたいだった。 私は俊彦くんが付いてきてくれると言ってくれて、とても嬉しくなった。 最初は一人でタクシーの乗って戻ろうと思っていたし、本当は少し心細かったのだ。 「ごめん……。俊彦…面倒かけてすまない……。のだめの事、頼むな。」 千秋先輩が申し訳なさそうに俊彦くんに謝っている。 先輩の思いやりに感謝の気持ちで一杯になったけど、私は内心おおいに安堵していた。 ―――これで…少なくとも今夜は千秋先輩と離れていられる……。 今は、先輩の側からなるべく遠くに、身を置いていたかった。 ********** 「関係者専用口にタクシーが来ているから、先に行って待ってて。 ボク、クロークに預けてあるのだめさんの荷物とか持ってくるから。」 そう言って俊彦くんが荷物を取りに行っている間、私ははさっきまでいたロビーを一人で歩いていた。 関係者用の出入口はこのロビーの、さっきまで座っていた奥のソファの近くにある扉から通じる通路からが近道という事だった。 先ほどまで公演の興奮冷めやらぬ聴衆で溢れ返っていたこのロビーも、今も誰もいなくなりしんと静まり返っている。 コツーン…コツーン…… ミュールの音を響かせながら、さっき先輩と一緒に辿った道を、今度は私一人で歩く。 『誰?あの女。千秋真一の彼女?』 『ちょっと、手、繋いでる!?やだー信じられない!』 『こんな所まで来て痴話喧嘩?ちょっとがっかりー。千秋真一ってクールな王子様だと思ってたのにー。』 ひそひそ声で女性達が投げかけた言霊達が今でもこのロビーに漂っていて、私を責める様に取り囲んでいる気がした。 千秋先輩はそういう事に、信じられないくらい鈍感だった……。 あの時―――。 ここにいた多くの人から私に投げかけられた、好奇や…非難の視線がとても苦しかった……。 本当に今の私が先輩の彼女だったら、こんな風に思わなかったと思う。 自信を持って一緒に歩いて…むしろ他に先輩を狙っているライバル達へ”見せつけてやりマス!”位の気持ちで……。 でも実際はそうじゃ…ない。 『先輩の大事な人は私であって、私じゃないんデス!』 そう叫んでしまえたらどんなに良かったか……。 そうこう考えている内に私は通用口に出た。右前方にオレンジ色のタクシーが止まっているのが見える。 「あれデスかね……。」 そう一人ごちると、タクシーまで歩み寄り、助手席を軽くノックした。 運転席にいた40代後半くらいの女性が、それに気がついてこちらに顔を向ける。 運転手が女性なのは、手配した誰かが配慮してくれたのかもしれない。 私が少し身体を左によけると、後部座席のドアがすっと自動で開いた。 「あの、すいません。横浜の三善ですけど……。」 おずおずと声をかけると、女性はにっこりと微笑みながら言った。 「お加減は如何ですか?お待ちしておりました。どうぞ。」 「し、失礼します……。」 物腰が柔らかくて、とても感じのいい人のようだ。そう思いながら私は後部座席の左側に座った。 「……もう一人いらっしゃるんですよね?」 その女性は、ルームミラーで私の方を見ながら控えめに尋ねる。 「えと、ハイ。今、荷物を取りに行っていて……。もうすぐ来ると思いマス。」 「そうですか。空調は大丈夫ですか?それとも窓を開けましょうか? 空調も効きすぎてるようなら遠慮なさらずに、すぐにおっしゃって下さい。」 「今のままで、大丈夫デス。ありがとうございマス。」 「しばらくお連れの方がいらっしゃられるまで、どうか休んでいらして下さい。」 どうやら、この女性運転手には乗客の情報が伝えてあって、私に熱があって具合が悪いのを知っているようだ。 母親にも似た優しい声の響きに安らぎを感じて、私は左側の窓にもたれかかるように寄りかかり、瞼を閉じた。 今はただ嫌な事も苦しい事も何もかも忘れて、眠ってしまいたかった……。 ********** 車窓の風景が流線型の軌跡を残しながら、光の洪水の中を溺れる様に物凄いスピードで流れている。 気が付くとタクシーは高速道路を走っていた。私はまた眠ってしまったらしい。 ずっと左側に身体を傾けて、不自由な姿勢で眠り込んでしまったせいか、右の首が痛い。 私は身体を前に伸ばすと、強張ってしまった右の首筋を解すように揉んだ。 「俊彦くん、今どの辺りですか?のだめが寝ている間に、だいぶ走ってしまいましタ?」 窓の外を見ても今の所、特に標識が出ていない。規則正しく並んだ距離間を知らせる数字だけが見える。 「もう走って50分か……。もう川崎過ぎて横浜だ。 そろそろ出口だし、そこから三善の家までそんなに遠くないから、気にせず寝てろ。」 「そですか……。」 「着いたら、起こしてやるから。」 「ハイ…って、千秋先輩っ!?」 「何だ。」 「え?え?千秋先輩?って、ホントにホントの千秋先輩?」 「何回も聞くな!それ以外になんかあンのか?」 最初は寝ぼけていて気がつかなかったが、今、私の横の右側の後部座席に座っているのは、紛れも無く千秋先輩だ……。 ―――でも、だって、付き添いは俊彦くんが…ってあれ……?のだめ、何か混乱してる……? 「え?何で先輩がここに?と、俊彦くんは?だって先輩、大事なパーティあったんじゃなかったんデスか?」 「一回に全部質問すンな!」 “なんで?どうして?”と、動揺している私に、先輩は溜息を大きくつきながら言った。 「俊彦に言って代わってもらったんだよ。パーティは…今頃松田さんが何とかしてくれてるだろ……。 (まぁ…あれだけ頼んだし…取引させられたし……。)」 最後の方は良く聞き取れなかったが、何か思い出したくない事でもあるのか、先輩は心なしか顔を青くして呟いた。 「でもでもっ、なんで先輩がここ」 「さっき控え室でおまえが変だったからっ!!気になってすっげー心配だったからっ!!」 先輩は怒ったように声を荒げた。 「お前は隠しているつもりでもっ…オレには分かるんだからなっ!!ったく、何年付き合ってると思ってんだ!」 「……え?」 「だからもう、オレに隠し事なんかするなよ!」 「別に隠し事なんてしてませんヨ……。」 「嘘つけっ!じゃあなんで、体調悪くて熱があるのに、急に三善の家に帰りたいなんて言い出すんだ!」 「三善さんちの方が落ち着くからって、さっきそう言ったじゃないデスか!」 「それが嘘だって言うんだよ!おまえあの時、目、逸らしてただろ?嘘をつく時は、おまえはいつもそうだよな?」 「勝手にこじつけないで下さい!」 「こじつけじゃねぇ!前からそうだった!本当の事だろっ!?」 「前からって!!のだめはそんなコト知りませんヨ!!分かりませんヨ!!んもうっ!!それがイヤだって言うんデスっ!!!!」 タクシーの中で大声を出して言い争う私達を、ルームミラーから運転手の女性が気まずそうに見ている。 「それがイヤ…って。のだめ、昨日怒った理由って……これだったのか?」 「別に!先輩が女の子に体重の話をするからイヤになっただけで、深い意味はありまセン!」 「何だよ!人がちゃんと話を聞こうとしているのに、その態度はないだろっ!?」 「それはそれは…どうもスイマセンでした!」 「くそっ!!もう勝手にしろっ!!」 「言われなくても、勝手にしマスっ!!」 私達はお互い顔をフン!と背けると、タクシーの中でぎりぎりまで離れて座った。 「はぁっ……!はぁっ……!」 熱があった上に、先輩と激しく口論して酷く興奮したせいか、暫く経っても私の呼吸はいつまでも荒いままだ。 「っは…っはぁっはぁ……ひっ…っひ……!!」 ―――……あ、あれ……?う、うまく呼吸ができ…な……! 「の、のだめっ!?」 ヒクヒクと上半身を痙攣させてる私に、先輩はすぐに気がついた。 「おまえっ…過呼吸っ……!!」 先輩が慌てて私を抱き寄せようとするので、苦しい呼吸の中でも私はそれを抗った。 「このバカっ!!何、意地はってんだっ!!」 先輩はもの凄い力で私を抱き寄せると、大きな手で私の鼻と口を覆い、もう一方の手で背中を上下に優しくさすった。 「落ち着いて…息をゆっくり吐いて…ゆっくり…ゆっくりだ……そう…大丈夫だから……。」 先輩に促されるように息を吐いていたら、だんだんと呼吸が楽になってきた。 私の鼻と口を覆ってた手を外すと、先輩は今度は両手でわたしの背中をいたわる様にポンポンと軽く叩く。 「大丈夫か……?息苦しいの、おさまったか……?」 先輩が優しい声で、心配げに訊ねる。私はコクリと頷いた。 「はぁー……。よかった……。」 先輩が一息つくのを確認して、その腕の拘束を解こうと、先輩の胸元を両腕でぐっと押した。 けれども先輩は、私の背中に腕を回してがっちりとホールドすると、私がそこから抜け出そうとするのを阻止する。 「のだめ、言えよ。言うまでこの腕、離さないからな……。」 「横暴デス……千秋先輩……。」 「横暴!?人を横暴にしたのはおまえだろ?」 「もう…もう……のだめの事は放っておいて下さい……。」 「何だよ!さっきから何だよっ!?勝手に一人だけ、被害者気分になりやがって!! おまえが記憶を失って、辛いのは自分だけだと思ったのか?バカ野郎!!もっと辛かったのはオレの方だ!!」 「え……?」 「惚れた女に忘れられる事が、どんなに苦しい事か、おまえに分かるか!? おまえ、女友達は覚えてるのに、オレの事は綺麗さっぱり忘れてンだぞ!!オレの事はっ!! オレの愛は、おまえにとってそれ位でしかなかったのかって…… 一緒に過ごしたあの日々を、かけがえのないものに思っていたのはオレだけだったのかって…… その事でオレがどれだけ傷ついて悩んでいたのか―――おまえは知らないだろっ!!」 「……せ、先輩……?」 「のだめ…お願いだから……。もうこれ以上オレに隠し事しないでくれ……!!前にも言っただろ。ちゃんと話して欲しいんだ……。 それにオレ…お前に避けられるの…結構こたえてンだから……。」 「千秋先輩……。」 「あーくそー…かっこわりぃー……。」 先輩はそう言うと、顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。 何だかそれを見たら、さっきまでイガイガ尖っていた気持ちが、やわらかく解けてい丸くなっていく気がした。 私が先輩のあの眼差しで苦しんだように、先輩も私の態度で苦しんで……。 ―――私達、ずっとお互い……同じ気持だった……? 「千秋先輩……ごめんなサイ。」 「……オレが聞きたいのは“ゴメン”じゃない。今のおまえの、本当の気持ちだ。」 逸らしていた顔を再び私に向けると、先輩は真剣な目で私を見つめた。 それを見て、私は出来るだけ正直に、今の自分の胸の内を話そうと決意した。 「……探さないで欲しいんデス。」 「探さないで……?」 「先輩、時々のだめを見て、のだめを見ていませんでしたよネ……?」 「え……?」 「先輩があの瞳をする時は、先輩はのだめを通して、いつも別の人を見てました……。」 「別の……人?」 言ってる最中に泣きそうになって、私は慌てて俯いた。 「だってそれは今ののだめじゃないから“別の人”です。 先輩は…先輩の大事な“もう一人ののだめ”を、いつも探していましたよネ?“今ののだめ”の中に……。」 「あ……。」 先輩は私の言ってる事に思い当たったのか、息を呑んだ。 「のだめ……多分もうこれ以上、記憶は戻らないと思いマス。だからもう、探さないで欲しいんデス。」 「……そういう事か。」 先輩はようやく私を、その腕の拘束からゆっくりと開放してくれた。 「おまえ……オレのあのメール…読んだんだな?……ごめん。嫌な思いさせて……。」 「いいんデス。のだめも先輩にイヤな思いさせましたから……。おあいこデス。」 私達はお互いに俯くと、暫くの間そうやって無言でいた。 「なぁ……のだめ。」 「……ハイ?」 千秋先輩は座席の背もたれに深く身を委ねると、どこか遠くを見るような眼差しで言った。 「パリに帰ったら……オレも出来るだけおまえに協力するから、な?」 「え……?」 「ほら、語学とか…初見とか……。」 「……。」 「フランス語も、アナリーゼも、初見も、学校が始まるまでに、オレがちゃんと叩き込んでやる。」 千秋先輩は私の頭に手をやると、自分の左肩に預けさせた。 「だからおまえは心配しないで、パリに戻るんだ。わかったな?」 「……ハイ。」 先輩の左肩に寄りかかりながら、私はそう返事をした。 ―――これは今の私への同情から?……それとも前の私への愛情から? 先輩の気持ちがよく分からなくて、私は寄りかかりながら再び目を閉じた。 三善家に着くまで、私達はそれから一言も口をきかなかった。 ********** 再びタクシーの中で眠り込んでしまったらしく、気がつくと千代さんが心配げに私の顔を覗き込んでいた。 「あれ……?」 「もう着きましたよ?のだめさん降りられますか?大丈夫ですか……?」 千代さんに支えて貰いながら、わたしはふらつく足取りでタクシーから降りた。 「千代さんすみません。こいつを二階の客間まで連れて行って、寝かしてやってくれますか?」 千秋先輩が会計を済ませてタクシーから出てくると、千代さんに話しかけた。 「かしこまりました、真一さん。」 「あ、千代さん。のだめ、その前にお風呂に入りたいデス……。」 「え……?でも、のだめさん、熱があるんじゃ?」 「のだめ、熱があるんだから、風呂は今日は止めておけ。」 千代さんと先輩が私の身体を気遣って、入浴を止める様に説得をする。 「でも…のだめ、さっきから何回も寝たせいか、寝汗をぐっしょりとかいてて気持ち悪いんデス。それにこの髪も、崩したいし……。」 先輩のお母さんが綺麗に巻いてくれた髪だけど、今の私には何だか不釣合いな気がして、お風呂に入ってサッパリしたかった。 「そうか……?じゃあ、千代さん、すみません。こいつの入浴を手伝ってやってくれませんか?」 千秋先輩が申し訳なさそうに千代さんに頼んだ。 「私は構いませんよ?あ、先にのだめさんからお風呂に入られますか?」 「そうして下さい。オレはもうシャワーだけでいいので、二階のシャワー室の方を使います。」 先輩はそう言うと、私を千代さんに預けて自室の方のある二階へと階段を登って行った。 ***** 千代さんに入浴を手伝って貰ったおかげで、お風呂上りさっぱりとした私は、さっきよりも随分と気分が良くなった。 しかし今夜の着替えの服をホテルに置いてきてしまった為、私はバスローブ姿のちょっとはしたない格好のままで客間に戻った。 背中の方も、今まで湿布を貼ってくれていた由衣子ちゃんがいない為、今日は素肌のままだった。 荷物の中から下着は見つけたが、部屋着になりそうなものは見当たらない。 しょうがないから普段着のワンピースでも着て寝ようかと思った時、私はある事を思い出した。 ―――あ!!そういえば、入院のお見舞いでパジャマ貰ったんだっけ!! 峰くん達がお見舞いに来た時、萌ちゃんが、『これ、寝間着だけど、良かったら着てね?』と言っていた。 慌てて荷物の脇にあった紙袋を見る。するとそこには、綺麗に包装された化粧箱が入った袋が、何故か2つあった。 ―――あれ?どっちだっけ?って言うか、もう一個は何が入ってるんだっけ? ひとまずクリーム色の包装の方から開けると、中から高級そうなヨーロピアンリネンのナイトドレスが出てきた。 裾にはカサブランカの大きな刺繍がぐるっと施されていて、たっぷりとしたギャザーから、それが優雅に覗いている。 ―――むきゃー!しゅごい!外国のお姫様みたいデス!! 着てみると、洗いざらしのリネンの肌触りが最高に心地よかった。 きっとこれは、薫ちゃんと萌ちゃんの趣味なんだろう。さすが美人双子は素敵なセンスをしているなぁ…と、私はひとしきり感心した。 ―――で、もう一個の方は……? こちらはブルーの包装紙で包まれている。 慎重にその包装を開けると、箱の中から白い不織布で包まれた男性の白いフォーマルシャツが出てきた。 シャツの上には大きなカードが置いてある。 ―――何だろ? そう思って開けてみると、見覚えのある字が次々に目に飛び込んできた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 千秋くんへ 真実一路!!息子よ!また飲もう! 野田辰男 千秋くん、よかったら凱旋コンサートで着て下さいネ。 洋子 義兄さん!また遊びに来て下さいね!! 今度は新作・海苔点心をご馳走します。 佳孝 恵のこと、いつも大事にしてくれて、本当にありがとう。 洋子 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ―――お父さん…お母さん…よっくん……!! 千秋先輩が自分の家族から、こんなにも受け入れられている事を、私は初めて知った。 確かに私も、先輩のお母さんの実家である三善家の皆さんから、とても大事にして貰っていて……。 先輩も同じように、私の家族から愛され信頼されているという事実が、今の私にはとても嬉しかった。 ―――今なら、素直に言えるかもしれない……。 自分の家族が先輩に宛てたカードの寄せ書きを見て、何故だか急に私はそう思った。 さっきはうまく伝えられなかったけど、今ならちゃんと先輩に話せるかもしれない。いや、話せる気がする。 私は洋子が先輩の為にあつらえた白いシャツの入った箱を持つと、先輩の部屋へと向かった。 ********** いつもより熱めのシャワーを浴びると、オレはタオルで頭を拭きながらキッチンへ行き、缶ビールを冷蔵庫から取り出した。 そしてそれを手にして、自分の部屋へ戻った。 公演の疲れを気だるく感じながら、缶ビールを開ける。喉をごくごくと鳴らしてそれを飲み干しながら、ソファに身体を預けた。 ―――はぁー……。何とか、終わったか……。 今までずっと張り詰めていた糸が、急に切れた訳ではないが、それでもやはり少しは緩まった気がする。 今回のR☆Sの公演で自分の満足のいく結果を残せた事が、今のオレの救いになっていた。 ―――のだめとの事は……まだまだ問題山積みだけど、な……。 それでもさっきタクシーの中で、オレに寄りかかって眠ってくれてたのだめを……今は信じたい。 トントントン…… 控えめにドアをノックする音がした。 ―――……?千代さんか? のだめの事でも、オレに報告しに来たのかと思い、オレはドアを開けた。 しかしそこには居たのは千代さんではなく……白い箱を持ったのだめだった。 のだめのクルクルと巻いた髪も、元通りのサラサラのバージン・ボブになっており、 頬の赤みはまだうっすらと残っていたものの、先程に比べれば顔色はずっと良かった。 「どうした……?」 「千秋先輩、チョトいいデスか?」 「ああ、もちろん。入れよ……。」 オレが扉を大きく開いてのだめを部屋へ迎え入れると、ドアはこのまま開けたままがいいのか、それとも締めた方がいいのか、一瞬迷う。 しかしかえって開けたままの方が、こいつに余計な気を遣わせるかと思い、オレは普通にドアを閉めた。 のだめは部屋の中央にあるソファの手前で止まると、ドアを閉めてるオレに振り返った。 「先輩、コレ……。遅くなっちゃったけど……。」 のだめから白い箱を手渡される。オレは少し面食らいながらも受け取ると、そのふたを開けた。 中にはオレにも見覚えのある、フォーマルの白いシャツが入っていた。 「……おまえの母親の?」 「ハイ。」 よく見るとシャツの上に大きなカードが置いてある。オレは箱をテーブルに置くと、カードだけを取り出して開いた。 「……相変わらずおまえの家族はスゲーな。」 「先輩、のだめの実家に来たコトあるんですネ?」 「ああ、一回だけだけど。おまえの親父さんにしこたま酒を飲まされた……。まぁ、楽しかったけどな?」 オレが笑いながらそう言うと、のだめも嬉しそうに笑顔を見せた。 「これ…今回は着れなかったけど、次のマルレの定期公演で着させて貰うよ。ありがとう。 おまえのお母さんのシャツ、すっげー着心地いいンだよなー。明日にでもお礼の電話、オレからしておくから。」 「洋子もきっと喜びマス!」 そう言ってにこにこと笑うのだめが、見た事もない上品そうな夜着を着ているのが、オレはさっきから気になっていた。 「おまえ、それどうしたの?自分で買ったのか?」 「あ、コレですか?峰くん達から貰った入院のお見舞いですヨ?」 「ああ…鈴木姉妹の趣味か……。」 「千秋先輩、よく分かりますネーー!」 「だっておまえ、あまりそういうの着てなかったし。もっと可愛い感じのパジャマとかが多かったから。」 そう言うと、のだめがきょとん、とした顔をした。 その表情を見て、オレはまた自分がへまをしてしまった事に気がついた。 「あ…ごめん。オレ、また……。」 「いいんデスよ。もう、のだめ気にしてませんから。」 「でも、イヤ…なんだよな?これからなるべく気をつけるから……。」 「本当にいいんデスよー千秋先輩!」 のだめはふんわりとオレに微笑んだ。 「のだめ、あんまり気にしない事にしたんデス。」 「そ、そうなのか?」 「千秋先輩と一緒に居たいから。」 「ふーん。って、え?」 のだめの言葉にあっけにとられ、オレは口を開いたまま固まった。 「先輩、その顔…かなりお間抜けですヨ?」 「今、おまえ何て言った?」 「え?お間抜け……。」 「そうじゃなくてっ!!その前!!」 せかすつもりじゃなかったが、思わずのだめの両肩を強く掴んでしまった。 「い、痛いデス!先輩!!」 「あ、ごめっ……。」 オレはすぐに、のだめからパッと手を離す。 「千秋先輩と一緒に居たいから…って言ったんですヨ?のだめ……。」 のだめはどこか悪戯が成功した子供みたいな表情をしてオレを見上げた。 「そ、そっか……。」 「嬉しいですか?」 「うん……。」 「今ののだめから言われても……?」 「うん…って―――“今ののだめ”?」 オレが聞き返すと、のだめは困ったように俯いた。 「のだめ、今日、先輩の音楽を聞いて……胸がきゅーんって苦しくなったんデス。」 「え……?」 「こんな気持ち初めてで……。」 「……それで、オレの背中に飛びつきたくなった?」 「はぅ!?」 「“これってフォーリン・ラヴですか〜!?”って聞かないの?」 「な、何で!?」 発言を先回りされて混乱しているのか、のだめは目を白黒させている。 「はぁ……ようやくここから始まる訳か……。」 「へ!?」 まだ話の展開についていけないのだめの額を、オレは軽く小突いた。 「前の時はもっと早かったぞ!おまえが無駄な抵抗ばっかりするから、事がややこしく……!」 「ぎゃぼっ!?」 オレは溜め息をついた。 こればっかりは峰の言う通りだった。のだめをオレに惚れさせておけば、話はこんなに早かったのだ。 ―――あいつ…たまに的を射た発言するんだよなぁ……。 「むきゃー!千秋先輩!!何、一人で納得して、一人で悦に入ってるんですカ!のだめ、全然分からないですヨ!!」 のだめは白目をむいて口を尖らせて抗議している。オレは身を屈ませてのだめの頬に顔を寄せると、その耳元にそっ…と囁いた。 「つまり今のおまえも、それから前のおまえも……。オレにとってはどっちも惚れた女に変わりない、って事。」 「えっ!?」 真っ赤になって動揺しているのだめに気がつかないふりをして、オレはその華奢な身体を久しぶりに強く抱きしめた。 「オレ達、また始めからやり直しになるけど……いいよな?」 「……よ、よろしくお願いしマス。」 「あー……でも一つだけムカつく事がある。」 「え?な、何ですカ?」 オレの腕の中で、のだめはおずおずとオレの顔を見上げていた。 「前と違って……現時点ではオレの方がお前に惚れてる。」 「はうぅーーーーーー!!」 「ははは。」 オレの告白を頬を桃色に染めて、のだめはくすぐったそうな表情で聞いている。 抱きしめていた腕を緩めると、今度はのだめがオレにぎゅっ!と抱きついてきた。 「どうした?」 「……のだめ、先輩と一緒に…パリに行ってもいいんですよネ?」 「当たり前だろ?お前はオレと一緒にパリに帰るんだ。」 「……ヨカッタ。のだめ、先輩からその言葉が聞きたかったんデス。」 そう言って嬉しそうに微笑むのだめを、オレはもう一度思いきり抱きしめた。 ********** 「さ…もう遅いし……。身体の具合も悪いんだから早く寝ろ。部屋まで送っていってやるから。」 オレはそう言いながら、のだめの額にかかった前髪を優しく掻き分け、口付けを軽く落とした。 ―――今はまだ、驚かしたくはない……。 のだめが自分に好意を感じ始めてくれた事を知っただけでも、今夜のオレには十分だった。 のだめの背中に手を添え、オレは促すようにそっ…と押した。しかしそれに抗うようにのだめはじっと動かない。 どうしたんだろうと思って顔を覗き込むと、何かを秘めたような潤んだ瞳でじっとこちらを見ている。 「どうした?」 「あのっ…あのっ……。」 「ん……?」 「その…のだめ…先輩と、い、一緒に…今夜…この部屋で寝ちゃいけませんか?」 「えっ!?」 ―――何を言うんだ、こいつはイキナリ!? オレは激しく動揺した。 せっかくオレが理性を総動員して、何とかギリギリの所で耐えてやっているというのに……。 確かにこいつはオレの想像をいつも軽やかに飛び越してはいくが……こんな夜にこんな事を……。 「……ダメですか?」 ―――だからその上目遣いをやめろ! 「このバカ!!ダ、ダメに決まってるだろっ!!」 「どうしてですか?」 「ど、どうしてって……。あのなー……。お前は一緒に寝るだけで満足かもしれないけど…男はそうはいかないんだよっ! オレだって…その…なんというか健康な男なんだから……隣で好きな女が寝てたら、だな…… その…それだけじゃ…済ませられないかも……しれないだろっ!?」 ―――何かオレ、発情期の中学生男子みたいなこと言ってるな……。 ―――恥ずかしい位に、きっと顔真っ赤だろう……。 「でも…のだめと千秋先輩……。前も…その…そゆこと……してたん…デスよね?」 のだめは聞き取れない位小さな声で、両手の指をツンツンとさせながらオレに尋ねた。 その姿がめちゃくちゃ可愛くて……オレはつい意地悪したくなった。 「“そゆこと”って?」 「そ、そゆこと、デス!!」 のだめは顔をゆでだこの様に真っ赤にして俯いた。 「……つまりセックス?」 「ムキャーーー!先輩スケベ!!えっち!!」 「お前から言ったんだろ……。」 「言ってまセン!!んもぉー、いいデス!千秋先輩のバカっ!おやすみなさいっ!」 のだめが真っ赤になって怒って帰ろうと身を翻すその瞬間、オレはのだめの二の腕を掴んだ。 「そこまで言われて帰すオレかよ……。」 そのまま強くのだめの身体を自分の胸元に引き寄せ、その耳元で囁く。 「……いいのか?」 そう訊ねるとのだめはぱっと目を見開き、オレを熱っぽく見詰めて小さく頷いた。 「もう一回聞く。……本当に、いいのか?」 「……ハイ。」 オレ達の視線がねっとりと絡み合う。 先に視線を外したのはのだめの方だった。 そしてそのまま長い睫毛を伏せると、オレに甘えるようにそっと身を寄せてきた。 オレもそれに引き寄せられるように、のだめの閉じられた瞼に唇を押し当てた。 ―――瞼の下でのだめの瞳が、まるでわななくように小さく震えた……。 その瞬間オレは、はっきり、自分が“のだめを欲している”という感情を自覚した。 のだめの身も心も全て、今夜、自分だけのものにしてしまいたい。 だってこんなにも…こんなにも一人の女を愛しいという気持ち…のだめ以外の他の誰にも、感じた事はなかった……。 のだめのすべてを奪いたいと思う欲望に、オレはもう逆らわずに身を任せた。 その愛らしい瞼に、ふわふわな頬に、柔らかい髪に、そして甘い唇に…ひとつひとつ確かめるようにキスを落とす。 のだめは頬を薔薇色に染め、Tシャツの胸元にしがみ付いて震えながらも、無垢な様子でオレの口付けを受け入れている。 それを目の当たりにしてオレは、はたと気がついた。 ―――そっか……。 ―――恋人として幾度も肌を合せてきたけど……今のこいつにとっては、これは“初めて”なんだ……。 のだめが記憶を失う前のオレ達は、確かにそういう関係にあった。 とはいえ、今ののだめにはそんな事は関係ない。 そもそものだめの中の時計では、オレは、“知り合ってまだ1週間程度の男”だ。 それでも…そんな男に今…こいつは身体を許してくれようとしている……。 オレの官能を刺激するのには、それだけで十分だった。 愛する女の全てが欲しいと思うのは男として当然の感情だけど…… だからこそこいつを……オレは今夜、大事に、大切にしなくてはいけない。 キスの余韻に浸っているのか、未だ瞼を閉じたままだったのだめを、オレは横抱きにして軽々と持ち上げる。 「……きゃ!」 痛めた背中の箇所にはなるべく手を回さないように慎重に抱えると、そのままゆっくりとベットの方へ移動する。 「落ちないよう、ちゃんと掴まって?」 そう言うと、のだめはオレの首におずおずと躊躇いがちに両腕を回し、その身を預けた。 「これって…お姫様抱っこ…ですよネ?」 「……うん。」 「のだめ…初めてデス…お姫様抱っこ。はうん……。」 「……よくやってやったんだけどな?」 「むきゃ!そーなんですか……?」 「おまえ、結構重いし?それで前、腰を痛めた。」 「ぎゃぼーーー!?それ、ほ、本当ですか?」 「……嘘。」 「ムキーーーーー!!乙女に向かってデスねっ!言っていい冗談と、悪い冗談とが……」 「ほら、いつまでもしゃべってると舌噛むぞ?」 ベッドサイドにつくと、オレは大事なものを扱うように、のだめをゆっくりとベッドの上に降ろした。 そして、その横に腰をかける。 のだめといえば、さっきまで抗議していた勢いがあっという間に消え、途端に緊張で身を小さく固くしていた。 ―――ベットの上……まだそれだけなのにこの反応……。 久しぶりに見た初々しいのだめの仕草に、オレは堪えきれない愛おしさを感じていた。 何とかのだめの緊張を解してやりたくて、そのピンク色の頬っぺたをオレは人差し指でむにっと軽く押す。 「言っとくけど。今から『やっぱりダメです。やめマス。』っていうのは……ナシだからな?」 くくく…と笑いを堪えながらからかうような口調で言うと、のだめはキッと顔を上げた。 「言いまセン!!」 ……そう強がりを言うけど、のだめの目元にはもう涙が滲んでるし、耳まで真っ赤だ……。 ―――あーヤバイ……。 ―――こいつ、すっげぇー……可愛い。 そう思った瞬間、オレは少し強引にのだめの唇を奪った。 のだめが記憶を失う前の…本当に二人が初めてキスをしたあの時と同じように……。 でも……あの時とは違う。あの時とは違って…これはただ…愛しさを伝えるだけの……。 “初めて”……のこいつをおどかさない様に、オレはその華奢な両肩に優しく自分の両手を置いた。 そしてはじめはゆっくりと……軽いバードキスから……。 ちゅっ…ちゅっ…ちゅっ…ちゅっ…… ついばむように繰り返されるキスを、のだめは瞼を閉じて頬を紅潮させ、うっとりと受け入れている。 キスの合間にオレは、両肩にあった手を首筋をそっ…と辿りながら徐々に顔の方へ移動させる。 そしてのだめの柔らかな両頬を、手のひらで包み込むようにしっかりと挟み、顔を上向かせた。 絶え間なく交わす羽のように優しく軽い口付けを、少しづつ長く…深いものへと…徐々に変えていく。 角度を変え、深さを変えながら、じっくりと時間をかけてキスされるのが、のだめは好きだったからだ。 最初は戸惑っていたのだめも、オレのキスに何とか応え様と徐々に力を抜きはじめた。 そのせいか、キスの合間合間に、固く閉ざしがちだった唇が少しだけど……ゆるく開いてくる。 その時、のだめの頭がガクン…と傾いた。 オレはすぐに、片手をのだめの背中に回し、もう一方の手でのだめの後頭部を強く掴んだ。 支えていなければ後ろにひっくり返ってしまうのではないかと思う位、のだめはオレにそのしなやかな身を預けている。 Tシャツの裾を両手で小さく握り締めながらも、 オレに全身を委ねきって、キスを受け入れているのだめの純真な姿がたまらなく…可愛い。 オレはのだめを支えながら、更に味わいつくそうと、その甘美な唇に深くおおいかぶさった。 下唇をやんわりとはみながら、その愛らしい唇の小さな隙間から、一度舌を差し入れる。 その瞬間、のだめは驚いてすぐにその身を固くした。 のだめのそんな様子を確認したオレは、いったん舌を引き抜く。 同時にのだめの唾液も吸い取り、その甘く官能的な味を十分に堪能した。 オレはのだめをあやすように、背中に回した方の手で、のだめの背中をゆっくりと上下にさする。 ……そして深く口付けながら、再度探るようにのだめの唇を割って舌を差し入れた。 逃げたがるのだめの舌に、自分の舌を尖らせてノックするように何度も優しく触れていると、 だんだんとその抵抗は消え、再びその体が弛緩しはじめた。 ……いつしかオレは、当初の目的を忘れて、のだめとのキスに夢中になっていた。 のだめの薄く開いた唇に今度は強引に舌を侵入させ、のだめの暖かい舌を優しく…時に激しく絡め取り蹂躙する。 くちゅ…ちゅっ…ぴちゅ…… お互いの心臓の鼓動さえ聞こえてきそうな静寂の中…… のだめの柔らかな口内を犯す度に二人の口元から漏れる、甘い吐息と共に奏でる湿った水音…それだけが部屋の中で響いていた。 ……それはオレに、これから先にある“何か”を、確かに連想させて……。 益々昂ぶったオレは、上下の歯列をねっとりと何度もなぶり、更に再度、のだめの舌を絡め取ろうとすると――― 「ん〜ん〜!!!」 その時、のだめが小さく抗議の声を漏らした。 我に返り、オレは慌てて唇を離す。二人の間に唾液の銀糸がたらーっと架かった。 「ごめんっ!!オレ、ついっ!……びっくりした?」 のだめはふるふると首を振る。 「え?……イヤだった…か?」 「ち、違いマス!!ただ……。」 「ただ……?」 のだめは俯くと恥ずかしそうにもじもじとして、小さな声で囁いた。 「……千秋先輩……ちゅー…上手すぎマス……。」 「え?」 「このまま先輩にちゅーされ続けたら…のだめ…とけて無くなっちゃうかと思いましタ……。」 ―――時々こいつ、本当に男を殺すような台詞を素で言うんだよな……。 正直参ったと思いながら、オレは心の中で苦笑した。もういい……。この女に惚れた時点で、どう考えたってオレの白旗だ。 「ばぁーか。ったく…あんまり男を喜ばすような事言うな。……後で後悔したって遅いんだからな?」 「……へ?」 その返答の代わりに、ちゅ…ともう一度のだめの唇を軽く奪う。 するとのだめは傍から見ても分かるくらい、かぁぁ……と頬から首筋までピンク色に染めた。 「まぁ…オレのキスに一生懸命応えてたおまえも……オレ的にはかなり可愛かったけど?」 「ヤだ!も…そんな事、言わないで下サイ……!」 恥じらいと喜びとでキラキラ煌くのだめの上目遣いの瞳が、今のオレにはたまらなく蠱惑的だ。 「のだめ…もっとこっちに……おいで?」 そう言うと、のだめは遠慮がちに膝立ちで近づいてくる。 「もっと……。」 「……ハイ。」 そして息がかかるほど近くにぴたりとくっつくと、のだめの体躯が驚くほど熱いのが分かる。 ―――そういえばこいつ、熱があるんだった……。 のだめに無理をさせたくはないけれど……。でも今夜のオレは……もう止められそうもない。 「やっぱり怖い……?」 緊張で身体を固くしているのだめにオレは尋ねた。 頬を薔薇色に染めたまま、こくん…とのだめは小さく頷く。 「大丈夫……。」 のだめの髪を優しく掻き揚げ、その耳元にそっと囁く。そしてそのまま耳朶を…甘噛みした。 「あ…んん……。」 のだめは感じたのか、艶やかな吐息を漏らした。 「ほら…な?……身体が憶えているから。」 それからのだめの耳裏をねっとりと一舐めし、その耳の中にふっ…と息を吹き込む。 オレの言った言葉の意味を一瞬で理解すると、のだめは顔をぼっと上気させた。 そして瞬間的に紅潮させた頬を隠すようにぱっと両手で抑えると、恥ずかしさからか顔を伏せてしまった。 ―――くっくっく……。こいつ今ようやく、オレに抱かれる事をはっきりと意識したな……。 耳まで真っ赤にして両手で頬を押さえ、未だ硬直したままの初心な姿をのだめ頭越しに見ながら、 オレは悪戯っぽい笑みを密かに浮かべた。 のだめのおとがいに軽く指を添え上を向かせると、オレは再びゆっくりと顔を寄せた。 ********** 『身体が憶えてるから。』 千秋先輩にそう言われるまで、私は今からすることを漠然としか考えていなかった。 でも“その事”をはっきりと意識させられた瞬間、猛烈な羞恥心に襲われ一人でパニックに陥る。 ―――私は今から…千秋先輩に抱かれる。 ―――先輩の……ものになる。 もちろん私だって、それがどういう事か知らない程…子供じゃない。私だって先輩の事が……ちゃんと欲しい。 でも…でも…やっぱり恥ずかしくて……自分がどうなってしまうのか知るのが怖くて……。 私にとってこれは、“初めて”の事だから……そういう意味でも、期待と不安で私の胸は今にも張り裂けそうだった。 でも記憶を失う前の私は、何度も先輩と…その、“そゆこと”してたハズで……。 私は憶えていなくても、身体は憶えているなんて……。 ―――ヤだ……!そんな事言われたらのだめ…どんな顔して先輩の顔見たらいいんデスか! いつの間にか私のおとがいに、男らしい骨ばった手が添えられていた。 それに誘われるように顔を上げると、再び顔を近づけてきている先輩の瞳と目が合った。私は慌ててぎゅっと瞼を閉じる。 先輩の甘い吐息が顔にかかったかと思うとすぐに……優しいキスが降りてくる。 最初にされたのは唇のすぐ横だった。そして鼻の頭へ、額に、髪に、固く閉じられた瞼の上へ……。 でも何故か先輩のくれるキスの全部が、さっきのそれとはまるで違い、軽く掠め取るようなソフトなものだった。 これはあのキスだけで、頭の中が痺れてどうにかなってしまいそうだった私を気遣って…なのだろうか……? ―――でも、何か…かえって焦らされているみたい……デス。 さっきの深く濃厚なキス……。もちろん生まれて初めてで…最初はどうしていいか分からなかったけど……。 でも何故か……全然嫌じゃなかった。 先輩の熱い舌が、私の口の中を、まるで生き物みたいにいやらしく動き回って……。 こんなえっちなキス、先輩としか出来ない……って自分の舌を吸われる度にそう思っていた。 ―――ううん…それよりもむしろ……。 ―――千秋先輩のこのキスは、もうのだめだけにしかして欲しくない……て思っていたかも……。 何時の間にかキスが降りてこなくなったので不思議に思い目を開けると、先輩が困ったような顔をして私の顔を覗き込んでいた。 「のだめ……。」 「……?」 「やっぱりイヤ…か……?」 「……え?」 「だって、何だか泣きそうな顔してるし……。」 先輩は諦めにも似た表情を浮かべ、溜め息を小さくつくと、私の額を指で軽く弾いた。 「ったく、無理すンな。……今夜はもうこれで」 「千秋先輩……あの、お願いがありマス!」 先輩の言葉を遮るようにして言った“お願い”という言葉に、先輩は不審げに眉を寄せた。 「お願い?……何?」 私は呼吸を整えると、まるで宣言するみたいに大きな声で言った。 「もう一度、さっきのあのキス、のだめにして下サイ!」 「は!?」 先輩は私の発言に吃驚したのか、目を白黒させた。 「今みたいに焦らすようなキスじゃなくて……のだめ、その…ちゃんとしたキス……して欲しいんです!!」 勢いに任せて一気に言ってしまった。 けれどやっぱり後から自分が言った事が今更恥ずかしくなって……私は俯いた。 「おまえなー……。」 どこか呆れたような先輩の声が頭上からする。 「何を言い出すのかと思えば……。」 そう言いながら先輩は、はぁー…と小さく吐息を零した。 ―――どうしよう……。先輩に変な女だと呆れられて……嫌われた? ―――いや、先輩はのだめの事、前から“変態”…とは言ってはいたけれど……。 「…ったく、おまえ……可愛すぎ。」 「……え?」 後悔していた所に全く予想外の言葉が降ってきて、私は慌てて顔を上げた。 先輩はいつものどこか怒ったような…それでいて見たこともない位真っ赤な顔をして、私をじっと見詰めている。 「言っとくけどオレを煽ったのはおまえの方だからな……。覚悟しろ。」 低く掠れた声で先輩はそう言い放つと、私の顔をその大きな両手でがしっとホールドした。 ……そして気がついた時には、私は再び先輩に強引に唇を奪われていた。 さっきとはうって変わって、最初から先輩の舌を私の口の中に無理やりねじ込められた。 ひるんだ私の舌を喉の奥まで追いかけて乱暴に絡め取り、きつく吸い上げ、そして何度も何度も痛いくらいに歯列をなぞられる。 息をつくのもままならない程に、激しい愛撫の連続……。私の身体の奥の方が自分の意思に反して、ジンジンと熱く疼いてくる。 今度は先輩が私の口の中に、唾液を大量に流し込んできた。 自分の唾液と混ざり合ったそれを、飲み込むには抵抗があった私は、口元から滝のようにだらしなく溢れさせてしまった。 すると先輩はキスを続けたまま、ナイトテーブルの上にあったティッシュを数枚取って、私の口元を拭ってくれた。 「……のだめ…ちゃんと飲んで。」 先輩はキスの合間に熱い吐息と共にそう囁くと、いったん唇を離し私の後頭部を掴んで限界まで上を向かせた。 そして再び私の口の中めがけて、今度は酷く緩慢なスピードでたらーりと、自分の唾液を落とした。 「ほら……。」 そうして私の頭への拘束を解く。私は口の中に先輩の唾液を入れたまま……恥ずかしくて俯いた。 さっきみたいに零してはいけないと、一生懸命口を固く閉じて、でも未だ決心がつかず…まごまごしていると……。 「ほら…のだめ…ごっくん……。」 命令されている事はすごくいやらしい事なのに、先輩はまるで小さな子供にあやすかのような声色で、私にそれを促した。 ゴク…ンッ…… 喉を鳴らす音が…ひどく部屋に響いた気がした。私は先輩の唾液を自分の唾液と共に喉の奥へ飲み込んだ。 「……よくできました。」 そう言って満足げに笑う先輩の表情は…どこかサディスティックだった。 それなのにそんな先輩に……ゾクゾクしてしまう……自分がいる。 でもどこか楽しげに、余裕の表情を浮かべてる先輩を見ていたら次第に口惜しくなって…私はプイと先輩から顔を背けた。 「……千秋先輩の、イジワル。」 「ちゃんとしたキスして欲しい…って言ったのおまえだろ。」 「だってさっきは先輩がしてくれたの、こんなに乱暴なキスじゃなかったデスよっ!!」 「……怒った?」 「……。」 それなのに、怒ってる私を全く意に介さないといった様子で、先輩は私の頬にちゅ…と音を立てて優しくキスをする。 「なぁ、機嫌直せよ。今度はちゃんと、のだめがとけちゃうの……するから。」 そう言って先輩は、喉の奥をくつくつ鳴らして笑う。それを見たらひどく頭にきて、私の感情は一気に爆発した。 「ムキーーー!!千秋先輩、のだめの事からかってマスねっ?」 「え?からかってなんか……。」 「からかってますヨ!!のだめが…は、初めて、だからって……バ、バカにしてっ!!」 抗議の意味で先輩の胸を握りこぶしでドンドンと叩くと、先輩は私の両手首をやんわりと捉え、それを止めさせる。 「そんなつもりじゃ……。」 「じゃ、どんなつもりだったんデスか……!!」 いつのまにか涙目なってしまい、文句の言葉も最後は震えた声になってしまった。 私のそんな姿に驚いた先輩は、さっきまでの余裕はどこへやら、盛大にうろたえた様子で私を自分の胸の中に抱きしめた。 「ご、ごめん。」 「のだめ……怒ってんですよ?優しくハグされたって…ごまかされませんから!」 「ごまかしてなんか……。」 「じゃ、どんなつもりだったのか、ちゃんと説明して下サイ!返答によっては……許しませんから!」 「いや、だからその…ただ、おまえの可愛い反応が見たくて……。それでつい…苛めたくなって……。」 「……え!」 「正直に言ったんだから……。」 そう言って先輩は、少し腕を緩めて胸元から私の身体を起こす。見上げると、先輩の顔は耳まで真っ赤だった。 「だからもう……。」 叱られた小さな子供がするみたいな瞳で私の顔を覗き込み、私の額に自分の額をコツンとくっつけた。 「……許してくれる?」 「どっしよーかな……。」 意地悪した先輩におかえしとばかり、私は口を尖らせて拗ねた表情をしてみた。 「なー…もう勘弁して……。」 先輩は駄々っ子のように甘えた口調で、私に赦しを求める。 「おおまけにまけて、今回は許してあげてもいいデスけどー。でも一つ条件がありマス……。」 「条件?何?」 「今度はちゃんと……のだめがとろけちゃうヤツ……して下サイ……。」 「……了解。」 先輩は口元にニヤリ、と微笑を浮かべると、承諾のしるしに額をくっつけたまま、私の鼻の頭を自分のそれで軽くこすった。 先輩の優しく甘い腕の拘束の中、私達は再びキスをした。 もちろん最初は啄ばむような軽い口付け……。私達はお互いに、わざとちゅっ…ちゅっ…と音を鳴らしてキスしあった。 先輩が顔をだんだんと傾けてくるのが……愛撫を深くしていく合図なのを…初めて理解する。 先輩はさっきと同じように私の背中を優しくさすりながらも、粘膜質の音を立てて私の口内を淫らに蹂躙していた。 いつしか私も積極的に口を開いて、先輩が私にしてくれるように唇をはみながらキスをしていた。 でもやっぱり先輩が攻めたてる、熱い舌の感触に時々意識が飛びそうになって、私は先輩の首に腕を回してしがみついた。 「んふぅ…あ……ふぁ…。」 「おまえ……相変わらずキス、好きだよな……。」 キスの合間に自分でも驚く程えっちな吐息が漏れてしまう。それを聞いた先輩は、くぐもった声で笑った。 「いつもオレがキスしただけで……。」 「んん…キス…した…んふぅ……だけで…何でふかぁー……?」 口をふさがれているので途切れ途切れに吐息混じりにそう尋ねると、先輩はクスリと笑って唇を離した。 「……今からそれが何だか教えてやる。だからのだめ……腕上げろ。」 「……へ?」 先輩の言ってる意味が分からなくて、私は間抜けな返事をしてしまった。 「これ……脱がしたいから。」 「……えっ!?」 いつの間にか先輩は、私の夜着の裾を太もも半ばまで、両手で捲り上げた状態でこちらを見ている。 どうやら私に、母親が子供の服を脱がす時のようにバンザイをさせて、服を引き抜こうとすでに待っていたらしい。 でもそんな脱がされ方はかえってえっちで…恥ずかしくて……私は慌てて捲り上げられた裾を元に戻そうと先輩から引っ張った。 途端に先輩は抗議の声を上げる。 「なに……。」 「だって先輩のそのやり方、やらしかー……。」 「……しょうがないだろ。これ、後ろにファスナーないし。前開きかと思えば中途半端にしかボタンがないし。」 「なっ……!」 気がつくとリネンの夜着の胸元にある6個のボタンが全部外されていた。 大きく肌蹴られていたその胸元から、 若草色の刺繍と白いリボンフリルでデコラティブされたブラが丸見えになっていて、私は慌てて合わせ目を閉じる。 私がキスに夢中になっている間に、先輩はそれには完全に溺れることなく、こっそりと器用にボタンを外していたらしい。 そういえばキスの最中にやたら背中を撫でられるな…とは思ったけど……。 あれは私を落ち着かせる為でなくて、ファスナーを探しての事だったようだ。 ―――ヤだ!!全然気がつかなかった……! 千秋先輩の凄腕を目の当たりにして、これから先にある行為の……を猛烈に意識してしまった。 でも先輩にそんな風に脱がされのはやっぱり恥ずかしいので、私は小さな声で告げた。 「のだめ…自分で脱げマスから……。」 「……え。」 「だから後ろ向いてて下さい……。」 「……わかった。」 先輩は肩を竦めて笑うと、後ろを向いた。 「まだ?」 「……まだデス。」 ………… 「……なぁ、まだ?」 「ま、まだデス……!」 自分で服を脱ぐと言ったのに、なかなか決心出来なくて、私はベットの上で裾を捲くったり戻したりを繰り返していた。 「……もう、オレが脱がしてもいいだろ?」 痺れを切らした先輩が振り向く気配がしたので、私は背中を向けたまま慌てて言った。 「灯り……。部屋の照明…消して下さい…。こんなに明るいの……のだめイヤです。」 「……オレは明るい方が、おまえの顔をよく見れていいんだけど?」 「だって…のだめは初めてなんデスよ……?恥ずかしいデス……。」 「分かった。でもベットサイドの灯り位は……つけたままでいいか?これならそんなに明るくないし……。」 私は後ろ向きのまま…こくこくと頷く。 先輩がベットから腰を上げたので、私の下のマットレスのスプリングがふわんっ…と弾んだ。 ドアの脇にある部屋のスイッチをオフにする為に歩いていく、先輩の小さな足音がだんだんと遠ざかっていく。 私は今一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせていた。 ********** のだめに部屋の灯りを消して欲しいといわれたオレは、最初はそれをリモコンで消そうと考えた。 部屋を見回すと、後ろのローテーブルの上に目当ての物が置いてある。 それを取って来ようと立ち上がったオレは、急にある事に思い当たり、方向転換してドア付近にあるスイッチまで歩いていく。 ドアの側まで来てからこっそり肩越しに確認すると、後姿ののだめは夜着をお腹の辺りまで捲り上げていた。 その丸みを帯びたヒップラインから太ももにかけての滑らかな曲線に、オレの目は釘付けになる。 それと同時に可愛いヒップを包み込む例のヒモパンが丸見えになり……密かに興奮してしまった。 部屋の照明のスイッチをパチンと落とすと、ベッドとその周りだけが、ぼぉっ…と淡い光の中で浮き上がった。 するとのだめは灯りが消えた事に過剰反応したらしく、再び夜着を太もも辺りまで引下げてしまった。 後姿でも分かる位、未だに服が脱げなくて、もじもじとしているのだめが…めちゃくちゃ可愛い。 そんな初心なもどかしい仕草がかえって、『オレが脱がしたい』という欲望を掻き立てるって事、 こいつは分かっててワザとやっているのだろうか……? オレはベットの方へ歩みを進める。 途中でローテーブル脇にあった普段使っているブリーフケースを手に取ると、その中から財布を探す。 のだめには気づかれないように財布を取り出すと、一番奥のポケットに指を差し込んだ。 ―――……あった。 まさか三善の家でこんな事をするとは思っていなかったし、こっちに帰って来たその日にのだめの事故があったから……。 パリから持ってきていたゴムは一度も取り出すことなく、スーツケースの奥に入れっぱなしだった。 今からスーツケースを開いてそれを取り出すのは、“初めて”ののだめにその行為を具体的に意識させてしまうと思うし…… 正直オレだって、そんな間抜けな姿をこいつに見られるのは……嫌だった。 一応用心の為、いつも財布の中に入れておいたコイツが初めて役に立つようだ。 オレはゴムだけをそっと引き抜くと、何事も無かったように財布を元の位置にしまった。 ―――2個しかないけど……オレ、耐えられるかな……。 のだめとのセックスはいつも一度や二度じゃ絶対収まらなくて、あいつが気を失うまでオレは何度でも求めてしまうから……。 ゴムが2つしかない今夜は、かなりの自制心が要求される筈だ。 ―――ってオレ……“初めて”のこいつ相手に、何一人で暴走してンだ……。 始める前に誓った、”今夜はのだめを大事に、大切に抱こう”という考えは、一体全体どこにいったんだ……? すぐに男の欲望に支配される自分の思考に、我ながら呆れ果てた。 ベッドサイドに近づくと、オレは隠し持っていたゴムを、そっと左下のベッドとマットレスの間に押し込んだ。 「……のーだめ。」 オレは後ろからのだめを出来るだけ優しく抱きしめる。 「……むきゃ!」 「……なぁ、オレはいつまで待ってればいいンだ?」 「だ…だって……。」 そう言ってのだめが俯くと、バージンボブがさらさらと前に流れ、白いうなじがあらわになった。 その姿が妙に艶めかしくて……すっごく色っぽい。不本意ながらも、オレはグッときてしまった。 「……オレもおまえにお願いがあるんだけど。」 「…な、何ですか?」 「脱がさせて……。オレが脱がしたい……。」 そう言ながら、オレはのだめのうなじを下から上へ舌の先でつつつ…と舐め上げた。 「……あっ。」 こいつの性感帯の一つでもあるうなじを掃くように舌で舐め続けると、身体が緩やかに柔らかく解れていく。 オレは舌での愛撫を続けながら、のだめの夜着の裾をそっと捲り上げた。 そしてさっきこっそり覗き見た、お腹の辺りまで手繰り上げると、それを止める。 下半身はあられもないヒモパン姿ののだめの腰が、僅かだが前後に揺れているのにオレが気がついた。 「なぁ…いい……?」 ダメ押しでのだめの耳元で囁くと、耳の中に舌を入れた。 「いやんっ。」 「『いやんっ』じゃなくて、『いいっ』って言えよ。」 「も…ぉ……。」 その言葉を肯定と取ったオレは、耳たぶを甘咬みしながら最後の言葉を囁いた。 「ほら…両腕…上げて……?」 のだめはようやく、のろのろと両腕を上げた。 オレはのだめの気持ちが変わらないうちにと、一気に夜着を捲り上げ、一瞬でその身体からそれを抜き去った。 バサッという音と共に夜着を取り払う瞬間、のだめの柔らかな髪もそれにつられるようにふわりと持ち上げられる。 そしてそれは重力に抗う事はせず、パサリ、パサリと舞いながら再び元の位置に戻った。 一瞬にして下着だけの姿にされたことに気がついたのだめは、恥ずかしさからか、オレから慌てて身体を離す。 そして胸を隠すように腕を組み、足もキツク閉じて、正座を軽く崩したような座り方をした。 童顔に不釣合いな程豊満なのだめの胸が、腕で寄せられた結果、ますますその大きさを強調して…… オレはしばしそのくっきりとした谷間に、目を奪われていた。 するとそこばかり見ている下心全開なオレの視線に気がついたのか……のだめは顔を真っ赤にして背を向けた。 その瞬間、透き通るように白い肌をしたのだめの、その背中一面に広がる痛々しい内出血の痕が眼前に広がった。 時間が経過して所々どす黒く変化した紫斑が、落木時の衝撃を何よりも雄弁に物語っている。 「うわ…すげーな……。のだめ、コレかなり痛かっただろ……?」 「……もう見た目ほど、そんなに痛くないデスよ……。」 相変わらずオレから少し離れた場所で、後ろ向きの姿勢ままのだめは呟いた。 「本当か?ならいいんだけど……。あ、でもここに、湿布とか貼らなくていいのか?」 「自分一人では貼れないんデス……。いつもは由衣子ちゃんに、お風呂上りに湿布を貼って包帯巻いて貰ってて……。 今日は由衣子ちゃん…いないんで……。」 「おまえ、退院してからずっと…由衣子と一緒に、風呂入ってたのか?」 「ハイ。最初は腕を持ち上げるのも痛くて、頭とか自分で洗えなかったんで、由衣子ちゃんに手伝って貰ってました。」 「……ふーん。」 「お風呂はもう一人でも大丈夫そうですケド、湿布は手が届かないんですよネ……。パリに行ったらどうしよ……。」 「……大丈夫だろ。おまえが治るまで、オレが一緒に風呂に入ってやるし、湿布も貼ってやるから。」 「ムキャーーー!!」 のだめは頬を上気させて、振り向いて叫んだ。 「千秋先輩のスケベーーー!!」 「は?どこがスケベ……。」 「カズオのえっちーーー!」 「何でカズオ……。っていうかオレ、これからもっと…えっちな事をする予定なんだけど?」 「……っ!!」 のだめは言葉にならないようで、顔をゆでだこ状態にさせて口をパクパクさせている。 「さて…と。確認しないと…な。」 「確認?」 のだめを後ろ向きのまま、ぐっと自分の方へ抱き寄せる。 「……むきゃっ!」 腕を組んでいた為、シーツにも掴まる事が出来ずにバランスを崩したのだめは、 体育座りのままで後ろにそっくり返ったような姿で、オレの胸の中に飛び込んできた。 のだめが自分の胸を守るように組んだ腕の上を、オレは更に包み込んで抱っこするようにして、 胸の中にその愛しい存在を閉じ込めた。 「ほら、おまえがどれだけキスが好きなのかって…証拠。教えてやるって言っただろ。」 そう耳元で低く囁き、耳の中に息をふっと吹き込む。 ここが極端に弱いのだめは、身をよじらせるようにして切なく嘆息した。 オレは続けて耳を舐めながら、のだめの秘所へそっと右手を伸ばした。 「……あっ!」 いきなり大切な所をタッチされたので、驚いたのだめは膝を立てたままで慌てて足を閉じた。 しかしオレは手を引かなかったので、右手はちょうど親指を除いた4本の指全体で、 のだめのアソコを包み込むような感じのまま、その太ももに挟まれている。 すぐに、そうする事はかえって自分自身のソコに、オレの手を拘束しているのと同じなのに気がついたのだろう…… 再びパッと足を開く。 しかしどうしたらいいか分からないといった様子で、中途半端な開き具合で、もぞもぞと足を動かしていた。 のだめのそんな初々しい様子が可笑しくてコッソリと笑みを浮かべると、オレはヒモパンの上から蜜口に触れる。 やはりそこはもう……熱く湿り気を帯びていた。 「……相変わらずキスだけで感じるんだ。」 「そ、そんな事……。」 ヒモパンの脇から指を侵入させると、すでにそこはとろとろの蜜を溢れんばかりに滴らせ、温かく息づいている。 くちゅ…くちゅ…… オレはワザと音を立てて、蜜口から溢れ出した愛液を、のだめの花びらに擦り付けながらそこを弄ぶ。 のだめは自分の下半身の変化に羞恥心を押さえきれず、真っ赤になって息を止め、震えながら瞳を固く閉じている。 「ほら…な?おまえのココ……もうこんなにいっぱい……期待に潤んでる……。」 「やぁ…んっ……ちがっ……。」 「どこが違う……?こんなに濡れてるのに……?」 一番敏感な花芽を焦らすように時々軽くタッチしながら、同時にオレはこいつの耳の裏を唾液で塗りたくるように舐めあげる。 ちゅく…ぴちゃ…ちゅぷ…… のだめの耳たぶをオレの口内へ迎え入れた時に漏れる水音は、今、こいつの頭にダイレクトに響いている筈だ。 のだめ自身が発する淫らな水音と、オレが耳元に与える粘膜音とが、静かな部屋の中で淫靡なコンチェルトを奏でていた。 オレはいったん、のだめの花びらから指を引き抜いた。 「見ろよ……。」 そしてのだめの透明な蜜でまみれたその指先を、のだめの眼前に見せ付けるようにしめした。 「な?すっげー濡れてるだろ……。」 恥ずかしさに耐え切らないといった様子で、のだめは目をきつく閉じて顔を背けた。 「のだめ…ちゃんと見ろって……。」 「も…ヤだー……。」 のだめはイヤイヤをしながら首を振った。その仕草がかえって、オレの加虐心を煽る。 「ヤじゃないくせに……。んー…甘い……。」 最後に呟いたオレの言葉が気になったのか、のだめは顔だけ後ろに振り返った。 そして、オレがしているその動作を目撃すると、奇声を上げた。 「ムキャーーーー!!」 「……なに。」 白目になって、のだめは固まっていた。 「ち、千秋先輩……何してん…デスかっ……!!」 「何って……。指についたおまえのを舐めてンだけど?」 「ぎゃぼーーーー!へ、変態っっ!!」 「これ位で変態呼ばわりされるのか……。そうなるとオレ、この先更にド変態な事、おまえにしまくるんだぞ?」 「なっ……なっ……!」 これ以上は言葉が続かないのか、のだめは滑稽なほど唇を震わしている。 ―――しかしこれしきの事で、何でこいつはこんなに過剰反応してンだ? どうもさっきからずっと気になってはいたが、のだめの性に関するスペックが……ひどく幼い気がする。 行為自体、何をどうするのか知ってはいても、その具体的なアレコレは、ほとんど知識がない感じだ。 オレが本当に初めてこいつを抱いた時でさえ……処女特有の“イヤイヤ”はあっても、ここまでじゃなかったような……。 ―――あ…のだめって今…18歳だったっけ……。 そういえば、のだめの中の時計では、高校を卒業して上京したばかりだった。 と言う事はオレは今、18歳の…この前まで高校生だった、のだめを抱いていると同じという事か……? ―――……わ、悪くない。って言うかむしろ……すっげーそそる……。 ヤバイ。一瞬不埒な事を考えてしまった。オレものだめの言うとおり……少し変態かもしれない…な。 のだめを女にした時、確かあいつは23歳で、今ののだめよりも5年も経ってる訳だから多少知識があるのも頷ける。 そういえばこいつ、人のパソコンで有料エロサイト巡りしてたしな……。 「……なぁ、のだめ。イヤだったら、本当にイヤだって言ってくれていいんだ……。」 指を舐め終えたオレは、そう言いながらのだめの首筋にキスをした。 「でも今夜は頭の中まっさらにして……オレのする事を……ただ素直に感じるままに…受け入れて……。 だからもし気持ちいい…と感じたなら……抑えないで声、聞かせて欲しい。」 のだめは黙ってオレの話を聞いている。 「……分かった?」 頬をピンク色に染め、のだめはこくんと頷いた。少しリラックスした表情を浮かべたのを見て、オレは安堵した。 のだめの気持ちが落ち着く頃合を見計らって、オレは愛撫を再開した。 のだめの胸の上で組んだ両腕を後ろからゆっくりと外すと、腋の下から腕を差込み、 今度はブラの上からその豊かな胸をやんわりと揉みしだく。 時々先端の部分にワザと引っ掛けるように揉みあげると、のだめは切なげな吐息をもらした。 オレはブラの上からきゅっ…と先端を摘み上げ、生地の上から震わせるようにして、しつこく擦った。 「あふ…んぁ……先輩、それ…やぁん…!」 「……直接触って欲しい?」 「…ば…かぁぁ……!」 さっきよりも、明らかにのだめの表情が違う。性感を刺激されたと思ったら素直に反応し、それを表現しだす。 それを見てたら直接に、のだめのたっぷりとした膨らみを……早く堪能したくなった。 のだめを焦らしているつもりだったのにオレの方が先に我慢できなくなり、ブラを少しだけ上にずらす。 そしてまあるい下乳と、ピンク色の乳首だけをぷるん!と露出させた。 「もう立ってる……。こんなに小さいのに、つんと上を向いてて……可愛いな、お前の乳首。」 からかうように耳元で囁くと、人差し指で両方の乳首をピン、と弾いた。 「あんっ!!」 「……すっげーイイ声。」 のだめの乳首は、その胸のボリュームからは考えられない程小さくて、しかも感度は抜群だ。 こいつは色素が薄いタイプだから、乳輪だけでなく乳首までしっかりとピンク色だし……それはまさにオレ好みで……。 下乳に手をさわさわと添えながら、その淡く色づいた桃色の突起をオレは指先だけで愛撫した。 くり…くり…くにゅくにゅ…… 「はぁ…んあ!やぁぁー…んふぅ……。」 ―――優しく摘んだり、指の腹で押したり…… きゅい…きゅい…きゅん…きゅぅぅーーー… 「んんっ…んーー…あんっ…あんっ!」 ―――円を描く様に捏ねたり、引っ張るようにしごいたり…… のだめはその度に、ビクンビクンと前のめりに身を捩じらせ、まるでネコの様な甘ったるい嬌声を漏らす。 もう痛々しい程に固く立ちあがったソコは、オレの与える僅かな刺激にも敏感に反応してしまうようだった。 そんなのだめの痴態にオレも堪らず、少し性急にブラのホックを外すと、両腕から脱ぎ去った。 ―――あー…やっぱりこいつの……でけー。 眼下に見えるのだめの双乳は、弾む息の上でたわわに揺れながら、存在感を主張していた。 夜目にも白く、透き通るようなすべらかな肌質が…オレの視覚を十二分に刺激する。 オレは二つの膨らみをやや乱暴に鷲掴みにすると、その弾力感を楽しむように指を食い込ませて揉みしだいた。 ぐにゅぐにゅ…ぐにゅん…ぐにゅっ… 「ひあっ!あぁ…やぁん!センパイ…もっと…優しくぅ……。」 半開きののだめの口唇から、男を煽る“可愛いおねだり”が初めて出てきた。 先程散々オレが乳首を弄ったから、のだめの身体はいつしか熱を帯び、愛撫される悦びを甘受しだしたようだ。 それが聞けて満足したオレは、今度は下から掬い上げるように柔かな膨らみを限界まで上に持ち上げ手を放す。 支えを失ったのだめの双乳は重力に抗え切れず、たぷんたぷんと上下にバウンドした。 そのいやらしいリズム感にオレは夢中になって、左右一緒にたぷんっ…交互にたぷんっ…と、何度も何度もそれを続けた。 「もぉ…センパイぃ…のだめのおっ…ぱいで…遊んじゃ…やぁーー!」 「おまえのリクエスト通り、優しく揉んであげてるんだけど?」 「ウソっ!セ…センパイの…えっちぃー……!」 「だから今、えっちな事してるんだろ?」 オレは笑ってそう答えながら、のだめの乳房を上下左右に寄せてあげながら、円を描くようにやわやわと両手で揉みしだいた。 「んふぅ……。」 のだめは上半身をピンク色に染め、うっとりした表情でオレの愛撫を受け入れている。 オレは再びのだめの右耳へ、舌を這わせた。 右の耳たぶを唾液一杯の舌でぴちゃぴちゃ食みながら、左の手でこりこりの乳首を巻き込むように下から上へ揉みあげる。 「んあっ…はぅぅぅ…ん…ふわぁ……ああっ!」 二箇所同時に自分の弱い所を攻められたのだめは、感じているのか身体をビクビク震わせながら後ろに反り返った。 オレはのだめのヒモパンの紐に、あいている右手をコッソリとやると、すっと引っ張った。 そこは何の抵抗もなくいとも簡単にほどけた。もう一方にも腹部から手を回し、同じように紐をほどく。 のだめは快楽に溺れて、密かに進行しているこの事に、まだ気がついていない。 オレはのだめの股間に、右手をそっと忍びこませ、 もう用をなしていない、白いレースで縁取られた薄い布切れをあっという間に摘み上げた。 「なっ……!」 急に股間がすーすーしたのに気がついたのだろう……のだめは慌てて抗議の声を発するが、もう遅い。 何故なら、のだめの可愛いお尻を守っていたソレは…すでにオレの手中にある。 のだめの蜜でその部分に、ぐっしょりと染みが出来ていたのを確認し満足すると、オレはヒモパンを横に放り投げた。 オレは十分に濡れそぼった花びらに、下腹部から下へ滑らせるように指を進入させる。 蜜口に中指を持っていくと、そこはもう綻びかかっていて、温かい湿り気の中に、オレの指を飲み込むよう優しく迎え入れた。 くちゅ…り…… 「んやぁぁっ!」 中指の第一関節を膣に入れただけで、のだめは仰け反った。 正直、ここまで感度が良すぎると、この先オレがする事にこいつがついてこれるのか……?と、少々不安になる。 身体は初めてじゃないけど心は初めて…というアンバランスさが、どうやらのだめの快感をより一層高めているようだ。 オレは急に刺激を与えないように、ゆっくりと様子を見ながら中指を膣奥まで進めた。 「…のだめの中、もうすっげーぐちょぐちょだな……。」 「そ、そんな事…センパ…イぃ言っちゃぁ…ああんっ!!」 オレいったんギリギリまで中指を引き抜くと、奥めがけて一気にそれを押し込んだ。 ―――しかし……相変わらず熱くて……狭いな。 そう思ったら、期待にオレ自身のモノの硬度がぐっと増したのが分かった。 のだめに背中越しに気づかれないようにと、オレは少し腰を引いた。 ちゅくちゅく…ぴちゅっ…ぴちゅっ… 「ふぁ…っあぅ…っんあ…やぁんっ!!」 オレはワザとピチャピチャと音が出るように、のだめの中を掻き回した。 膣内の前方上にある、ざらざらとした部分の膣壁をしつこく擦ると、 淫靡な水音とのだめのあられもない声が、より一層響き渡る音で二重奏を奏でる。 ―――まるで…こいつ自身が淫らな楽器みたいだな……。 もちろんその間も、オレの左手はのだめの豊満な膨らみを絶え間なく揉みしだいて、刺激を与えている。 ずっと舐めていた耳から唇を離すと、つつつ…と舌で辿りながら今度は口唇全体で右の首筋を覆う。 そしてきつく吸いながら、ちゅっ…ちゅっ…と音をさせながらキスマークを刻んだ。 ちゅぽんっ……! 「いやんっ!」 いったん指を引き抜くと、のだめが甘ったるい抗議の声をあげた。 「何だのだめ……抜いちゃイヤだった?」 オレがからかうようにそう尋ねると、のだめは真っ赤な顔をして俯いて震えている。 自分でも無意識に出てしまった嬌声に、どう反応したらよいのか判らないようだ。 「千秋先輩…のだめ……もう…もう……。」 「だーめ。今のおまえ…すっげー可愛かった。だからもっと可愛い声…きかせて?」 今度は中指と人差し指の二本をクロスさせながら再びのだめの膣内へ、くぷぷぷ…と沈み込ませる。 「んっ……センパイ…またっ…やぁ…ん……。」 最初はのだめを気遣って、二本の指をゆっくりと出し入れしていたが、 自分の責めに素直な反応を返すのだめがもっと見たくなって、オレは態と指の動きを速めた。 ピチャピチャピチャピチャピチャピチャ…… 「あっあっあっあっ……んんっ!あんっ!」 今度は指をそれぞれ別の動きをさせるようにして、ぬるぬるの膣壁を激しく掻き回す。 のだめの熱い膣内が、その動きに反応するかのようにオレの指に絡みつき、うねうねといやらしく蠢いてきた。 「やん!…やぁぁん…ああっ…!センパイ…も…ダメぇ…んぁっ!」 「おまえのその声…すっげーそそる……。」 見れば、のだめのとろとろな蜜が蜜口から溢れ出し、臀部を伝ってシーツにぐっしょりと染みを作っている。 オレは膣内を掻きながら余った親指と薬指で一番敏感なクリトリスを挟み込むと、きゅっ!と摘み上げた。 「あああああ!!」 悲鳴に近い声を上げながら、再びのだめが白い喉を大きく見せて、仰け反らせた。 オレは蜜にまみれたクリトリスを小刻みに擦りながら、更にびんびんに尖ったのだめの乳首を上下に連続して弾く。 「きゃぁっ!あーーーーーーー!!!」 のだめは絶叫と共に、膣内にあったオレの指をぎゅっと締め付けると、 ビクビクと内ももを痙攣させながらぐったりとオレに寄りかかった。 膣内とクリトリス、そして乳首への波状攻撃に、どうやらあっという間に軽くイってしまったようだ。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ……。」 弛緩しきった身体をオレの胸に委ねながら、のだめは荒い呼吸をしていた。 息をするたび豊かな双丘が上下し、しっとりと汗ばんだ胸の谷間がぬめぬめと白く輝いている。 顔を覗き込むと、頬をピンク色に上気させて瞼を閉じ、甘い口唇を半開きにしたまま、うっとりと快感の余韻に浸っている。 ……到達した後ののだめの表情は、普段のこいつからは考えられないくらい艶っぽくて…すごく綺麗だ。 「……気持ちよかった?」 オレはのだめを後ろからぎゅっと抱っこしながら、桃色の頬に口付けを落とした。 「んもぅ……恥ずかしい…デス。」 「恥ずかしい?何で?」 「先輩に…え、えっちな事されてたら…のだめ途中で急に…頭が真っ白になっちゃって……。何か変な事…言いませんでしたカ?」 「変な事?すっげーえっちで可愛いおまえのイキ声は聞いたけど?」 「むきゃーー!先輩のバカ!」 「ははは。……なぁ、どうだった?気持ちいいって…感じてくれたんだろ?」 のだめは恥じらいながらもこくんと頷いた。 「ふ−ん…そっか。のだめ、初めてイっちゃたんだ。」 「やんっ……。」 そう言ってのだめは、オレの腕の中で身を捩じらせて身体をこちらに向けると、甘えるように首に腕を絡め、抱きついてきた。 「もぉー……千秋先輩はちゅーだけでなく…えっちも上手すぎマス。」 「上手って…おい。まだまだこれからがあるんだぞ。」 「先輩…いつもこんな事してたんですか?その…のだめに……。」 「……まぁ、な。」 「何デスか?その間っ!」 のだめはしがみ付いていた腕を少し緩めて顔を離すと、少し怒ったような上目遣いでオレを見た。 「いや、っていうか……。今日は特別…優しくしてる…かな?」 「えっ!?」 「ま、おいおい分かるから。……そろそろ続きしたいんだけど、いい?」 のだめの可愛い唇にちゅっとキスをしながらお伺いを立てると、のだめは真っ赤な顔をしながらも小さく頷いた。 ********** 「このまま仰向けにしても…背中大丈夫か……?」 再び交わし始めたキスの合間に、先輩は心配げな声色で私に問う。 「ベットの上ですから……平気デス。」 私の返事に先輩はそっと唇を離すと、『待ってろ』と言ってベッドカバーをはぎ、その下の夏用の羽根布団を外し始めた。 そしてそれを綺麗に四つ折りにすると私の後ろに敷き、更にその上に羽根枕を2つ並べる。 「この上に…のだめ。」 先輩に導かれるままに、私はその上に沈み込むように身体を横たえた。 背中に広がるふかふかの感触が、先輩の優しさにも似て、とても心地良い。 「どう?痛くない?」 そう言いながら先輩は私に覆いかぶさってきた。 「痛くないですヨ……とっても気持ちいいデス。」 「……痛かったらちゃんと言えよ?」 「ハイ。」 先輩の配慮のにじむ柔らかな瞳を見てたら、心がぽかぽかしてきた。 それが嬉しくて笑うと、先輩は私の頬にかかった髪を大きな手でいとおしそうにかきあげてくれた。 上にいる先輩が顔を近づけてきたので、私はゆっくりと瞼を閉じる。降りてくるのは今夜もう何度目か分からない…熱いキス。 「のだめ……舌出して。」 先輩に言われて舌を出すと、すぐに絡め取られ優しく食べられる。 私もお返しとばかりに先輩の舌に自分の舌を絡め、舌先から奥までぺロリと舐めた。 もうこんな深いキスを……わたしの身体は知ってしまった。 「おまえ…“初めて”なのにキス上手くなるの…早すぎ。やっぱり身体はオレを憶えてるんだな……。」 「……え?」 「だっておまえの身体…さっきからオレが教えた通りの反応するし……。」 先輩は吐息混じりに囁きながら、私の首筋の方へ唇を寄せた。 「あ……。」 ちゅ、と軽く音を立てて先輩の唇が押し付けられたかと思うと、チリ…とした痛みが後からきた。 そのまま曲線を辿るように先輩の唇は下へと降りていく。 その間にも、ちゅ…ちゅ…と絶え間なくキスの雨を降らされていた。 先輩の唇が鎖骨下辺りに来た時、少しくすぐったくなって私は身を捩った。 「先輩…ふふふ…やんっ。」 「……くすぐったいの?」 「だって……。」 先輩は私の答えを聞かず、滑るように胸全体へ口付けを落とし始めた。 そこで初めて、先輩が私の身体にキスマークを付けているのだと知る。 先輩がキスする度に、私の白い肌に赤い花が次々と浮かび、まるで先輩の所有の証みたいで胸が高鳴った。 このアングルで見ていたら、目を伏せてキスをしている先輩の睫が、思った以上に長いのに気がついた。 するとその視線に気がついたのか、先輩は悪戯っぽい光を瞳に宿らせてこっちを一瞥すると、胸の先端にちゅ、とキスした。 「あっ!」 そしてそのまま先輩の口に含まれる。 「あんっ!」 っちゅー…っちゅー… っちゅっちゅ…ちゅぱちゅぱっ…… 先輩はしばらく、私の乳首を熱心にしゃぶっていた。夢中になって私の胸を愛撫している姿が……何だか可愛い。 本当に幸せそうに、いつまでもしゃぶってそうな勢いに、私は可笑しくなって少し笑った。 「……ん?」 先輩は乳首を口に含んだまま、怪訝な顔をして顔を上げた。 「だって……うきゅきゅ。千秋先輩、赤ちゃんみたい……。」 「は?」 「先輩がのだめのおっぱい吸ってるとこ…まるで赤ちゃんみたいデス。そんなに、のだめのおっぱいが好きなんですかー?」 「っな!」 途端に先輩は耳まで真っ赤になった。 「あ、それとも千秋先輩って…おっぱい星人?」 「……言ったな。」 先輩は低い声で言い放つと、左右の乳首を両手できゅ!と摘んだ。 「やんっ!」 先程とはうって変わり、先輩は左の乳首を甘噛みして挟み、舌で上下左右に小刻みに弾く。 ピンッ!ピンッ! 「あっ…あっ…。」 「……赤ん坊がこんな事するか?」 そう言う千秋先輩はイジワルな顔をしてて、今度は口の中で私の乳首を転がしている。 コロコロコロコロ…… 「ん…はぁ…センパイ…それっ……。」 「オレの事、おっぱい星人なんて言った……お仕置き。」 センパイは私を見上げながら、見せ付けるように舌で円を描くようにねっとり舐めまわす。 そうかと思えば今度は、ちゅうちゅう音を立てて乳輪ごと吸っている。 もう一方の胸も、下から掬い上げる様に揉まれて、もう十分に固くなった右の乳首をくりくり弄られた。 「はぁっ…あ…やぁ…センパイ…だめぇ…あんっ!」 両方の胸に与えられる刺激に堪らなくなって、いつの間にか私は下半身をもぞもぞと動かしていた。 「のだめ、腰動いてるぞ……。やらしいな。」 そう言うと、何故か先輩はそこで私の胸への愛撫を止め、体を起してわたしの足の下に移動する。 「……センパイ?」 「のだめ…膝立てろ。」 「え……?」 「早くっ!」 乱暴に命令されて、私は考える暇もなく反射的に足を折り畳み、両膝を立てた。 「両方の膝裏に、手を差し込むんだ。」 「……こう…デス…か?」 私は先輩に言われるがまま、おずおずと両膝の裏に自分の掌を挟んだ。 「そしたらその手を使って、大きく足を開け。」 「えっ……。」 ようやく先輩が私に何をさせようとしているのか理解し、私は動揺する。 ―――自分の大事な所を…しかも自分で開いて…先輩に見せるなんて……。 そんな事はとてもじゃないけど出来なくて、私が固まっていると、先輩は有無を言わせぬ命令口調で言った。 「早くしろ!」 「だ、だって……。」 「何度も言わせるな。早くっ!」 はじめて見る乱暴な挙動に私は怯えながら、膝裏に回した自分の手で内腿を掴んで引っ張り、徐々に足を開いた。 「もっと大きく……。」 「やぁ…センパイ…だめぇ……。」 「だめ。もっと開くんだ。」 私は観念して、限界まで大きく自分の足を開いた。 仰向けになり、自分で両膝裏を掴んで大きく広げ、秘部を丸見えにさせられる姿を取らされているのに……。 私のアソコからどんどんと蜜が溢れてくるのが分かる。 こんな淫らな格好をさせられて恥ずかしいハズなのに、それでもっと感じちゃうなんて……。 どうしたら言いのか分からなくなって、その姿のまま私は横に顔を背けて瞼を閉じた。 「どうした、のだめ。おまえのココ、ぬるぬるだぞ?。自分でいやらしい格好をしたクセに、感じてるのか?」 千秋先輩が私の股間に顔を近づけながら、くっくっくと喉で笑う。 「ほら…蜜が次々溢れてきて……止まりそうもないな。」 先輩は私の秘部に人差し指と中指を添えると、花びらの部分を大きく広げた。 くちゅり…… 「んんん……。」 「のだめのが……ヒクヒクして物欲しげに開いてるな……。それにこっちも…ぷっくり赤く膨らんで……。丸見えだ……。」 そう言うと先輩は私の秘部のびらびらを更に全開にして、舌で溝をなぞるように下から上へ舐めあげた。 ペロッ…… 「やぁぁぁ……!」 「や?……本当に?」 それはどこか私を苛め翻弄することに、快感を覚えるような口調だった。 先輩はくすくす笑いながらもう一方の手で、私の花芽を左右に振るわせる。 ぷるぷるぷるぷる…… 「んああああっ!セ…センパイ…ソコっ!!んあっ!!」 「おまえココ…弄られるの、好きだろ?」 花びらの間を舌でピチャピチャ舐めながら、先輩は蜜をたっぷりつけた指で私の肉芽をくりくり捏ねている。 すると今度は、先輩はそのまま私の股の間に顔をおいた姿勢でうつ伏せに寝っころがった。 私の秘部を先輩は自分の口唇全てで覆い、再び愛撫を開始する。今、先輩の唇は私のソコと熱く…深い口付けを交わしていた。 ぴちゃぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ…… 「あっあっ…ああっ…センパイ…ひゃぁ…あぁぁ……。」 舌を割れ目に差し込みながら、先輩は猫がミルクを飲むみたいな音を立てて、私のソコを一心不乱に舐めている。 その度に自然と内腿がピクピク痙攣してしまい、私は膝裏に回している手で一生懸命それを押さえていた。 じゅぷ…ちゅる…じゅるぅー…… 「やぁっ…セン…パイ……吸っちゃぁ…やだぁ……。」 先輩は私の蜜壷に舌を差込むと、掻き出すように吸い上げた。 その度にじゅるじゅるという淫靡な音が響き渡り、快感に頭が真っ白になる。 口での愛撫を続けたまま、先輩は両腕を私のお尻と外腿の付け根の下から差し入れて、今度は胸を揉みしだき始める。 先輩の尖った舌が私の花芽に、そして人差し指が私の二つの固くなった乳首に触れたのは、ほぼ同時だった。 「あ、あ、あ…あああああ……。」 頭の中がいきなりパンっ!と弾けた様に真っ白になった。 しかし一瞬飛んだ意識は、先輩の胸と花芽への同時の愛撫によって、再び引き戻される。 「センパイっ…のだめ…もぅっ…もぅっ……。」 私は息も荒く先輩に赦しを請う。 先輩は止めてくれるどころか、よりねちっこく、舌で私の花芽を根元からほじるようにして、なぶリだす。 じゅっ…ぴちゅ…くちゅくちゅ…… 「だめっ!も…ああっ…だめなんデ…ス…はぁ…センパイぃ…お願いぃ!」 くりくりっ…くりくりくりっ…… 私のお願いもむなしく、更に先輩は人差し指だけで、両方の乳首を上下左右に円を描くように捏ね回し始める。 いつの間にかだらしなく開けた口元から、自分が涎を垂らしていたのに気がついた。 横を見ればシーツにまで涎の後がはっきりとついている。 快楽に溺れ、涎を垂らしていた事にさえ気がつかない自分―――。 こんな淫らな格好させられているのに、より感じて濡らしてしまう自分―――。 よく見れば、先輩は未だに服を一枚も脱いでいない。 自分だけ裸にされて、いやらしい事をされて、それなのにはしたない喘ぎ声を上げて、快感に悶えている。 ―――のだめばっかり……もうヤだ……。 そう思ったら涙が溢れてきて、私は膝裏から手を抜き両手で顔を覆った。 「…うっ…うう…ひっく…ん…うっ……。」 「えっ!?の、のだめ!?」 嗚咽を漏らして急に泣き出した私に気がつくと、先輩は慌てたように秘部から顔を上げ、身体を起した。 「な…ど、どうした?のだめ、ごめん……。そんなにイヤ…だったか?」 私は先輩から離れるように身体を横にして、小さく縮こまりながら泣き続ける。 「ごめん……。イヤだったの…気がつかなくて…オレ……。」 先輩は泣いている私に覆いかぶさると、頭を優しく撫でた。 「イヤ…でしたっ……すっごくっ……!!」 私が吐き出すようにそう言うと、先輩が息をのむのが分かった。 「本当にごめん……。悪かったよ……。」 そして今にも消え入りそうな声で、私に謝罪する。 しばらく二人とも無言でそのままでいた。その間も先輩は、謝罪の気持ちからか私の髪を優しく梳いてくれている。 ゆっくりと両手を顔から外し先輩を見ると、先輩は困惑しきった表情で私を心配げに見ている。 「ごめん……。」 「だって千秋先輩…何だかのだめを……おもちゃみたいにするから……。」 「お…おもちゃ?」 「のだめの弱い所、知ってるからってそこばっかり苛めるし……。だめ…って言ってるのに止めてくれないし……。 のだめ、お願いまでしたのに……。」 「う。」 「それにのだめだけ裸にして…えっちな格好させて楽しんでるし……。」 そこまで言うと、先輩は私を抱き起こした。 「そ、それは違うぞ……。」 「どう違うんですか?のだめなんてもう真っ裸なのに、先輩はまだ、一枚も脱いでないじゃないデスか!」 「あ。」 「のだめばっか恥ずかしい事されて……。先輩、のだめが感じて乱れてるのを見て……優越感に浸ってるでショ!」 「違う!!」 先輩は大きな声で否定すると、私をギュッと抱きしめた。 「違う……そうじゃない……。」 うって変わって、今度は震える声で私の耳元で囁く。 「その…おまえとこういう事するの…久しぶりだったし……。そりゃ、今までだって、長期間離れ離れの時はあったけど……。 けれどこんなに身近にいるのに、シなかったのは初めてで……。」 「……。」 私をきつく抱きしめていた腕を緩めると、少し身体を離して先輩は私の顔を熱っぽく見詰める。 「オレ…事故があった日から、もうおまえとはこんな事は出来ないと思ってたから……。 でも本当は…ずっと…こうしたくて……。狂おしいくらいおまえが欲しくて……。」 「え……?」 「だから、その、つい……がっついた。」 そう告白した途端、先輩は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。 「のだめに“がっついた”んデスか?」 「……うん。」 耳まで真っ赤にして、素直に“うん”と小さく零す先輩が堪らなく可愛くて、私は先輩の鼻をキュッ!と摘んだ。 「うっ!」 「ね、千秋先輩。のだめ…どうしたらいいか分かんなくなるんデス。」 「え?」 「だって先輩、さっきみたいにのだめにイジワルするかと思ったら…今みたいに優しくぎゅうーってしてくれるから……。」 「……。」 「さっきのが本当の先輩?それとも今の?」 「……どっちもオレだから。」 「どっちも……?」 「うん……。」 そう言うと私の額に小さく口付けを落とす。 「千秋先輩。のだめばっか気持ちいいのは、イヤなんデス。先輩も一緒に…気持ちよくなってほしいんデス……。」 そう言うと先輩がクスリと笑みを零した。 「それじゃあ……今度はのだめがオレの服、脱がしてくれる?」 「ええっ!?」 「一緒に気持ちよくなりたいんだろ?」 「そですけど……。」 先輩は私を抱いていた腕を解くと、こちらを見てじっとしている。私が服を脱がせるのを、本当に待っているようだ。 「じゃ、ま、まずは上から、いきますヨ?せ、先輩、腕上げて下サイ。」 先輩はすぐに両腕を上げて、私の事を可笑しそうに見ている。 私は先輩のTシャツの裾を両手で持つと、さっき先輩が私にしてくれたように捲り上げ、持ち上げる様にゆっくりと抜き去った。 「ぬ、脱げました……。」 「メルシー。」 上半身裸の先輩がフランス語でお礼を言う。 先輩の裸を見るのは始めてて…思った以上に厚い筋肉質の胸板にクラクラして、私は軽い眩暈がした。 先輩の身体は無駄な肉がどこにもついて無くて、引き締まった腹部が少し割れてて……スゴク色っぽい。 その腹部から下へついと視線を辿らせると、先輩の下半身のある一部分が平常とは全く違うのに気がついた。 ―――こ、これって……。 「下は脱がしてくれないの?」 先輩が悪戯っ子みたいな上目遣いをして、私に続きをせかす。 「ええっ!?…その…モチロン…ぬ、脱がしますヨ……。」 先輩のハーフパンツのちょうど尾てい骨辺りを、私は震える手で掴んだ。 その時にも先輩の大きく膨らんだ…その股間の辺りから目が離せない。 間違いなく先輩のアソコの部分が…その…大きくなっているのだとは分かるんだけど……。 ―――はぅっ!ど、どうしよーーー!! 私は一人鼻息も荒く、先輩のハーフパンツに指をかけたまま、興奮して固まっていた。 するとそうこうしている間に、先輩のソコがさっきより一段と大きくなってきて……形がくっきりと分かるくらい浮き出してきた。 「……のだめ、オレもいい加減、恥ずかしいんだけど?」 どこか笑いを堪えた声で、楽しそうに先輩が言った。 そして、ハーフパンツに手をかけた私の上に手をのせると、 私の手を下に引き下げるようにして、先輩はボクサーパンツごとそれを一気に引き摺り下ろした。 その瞬間、先輩の硬く張り詰めてるモノが、勢いよく飛び出した。 「ムキャーーーーー!!」 「ムキャーって……。」 私が服を引き下ろしたままの格好で硬直をしたのを見ると、先輩は諦めたように自分で短パンと下着を足から脱ぎ去った。 ―――ふぉぉぉ……これが先輩の……。 先輩のモノは…おへそまで届きそうな勢いでそそりたっていた。 先端の方から……何かが染み出ていて…その液体で…ぬらぬらと…光っていて……。 「男のを見るのは初めて?」 先輩がそう言いながら私に近づいてきた。 「あの…お、お父さんのとか…よっくんのとか…小さい時は見た事あったんですケド。」 「まぁ、こんなになっているのは……見た事無いよな。」 「……ハ、ハイ。」 先輩が、未だそれに目を奪われている私の手をすっと取った。 「のだめがしてくれる……?」 「えっ!?」 戸惑う私の手を優しく導くと、一瞬だけ熱くいきりたった先輩の昂ぶりに指が触れた。 「ムキャ!」 「その『ムキャ』だけはやめてくれ……。」 「だ、だって……。」 「なんかオレのコレ、変なモノみたいに言われているみたいで……。」 「ス、スイマセン……。」 先輩が手を離したので、私は意を決して、おっかなびっくり先輩のソレを手に包んだ。 ―――ムキャーーーー!!! 先輩に言うなと言われたけど、今のこの気持ちを表すのはこの言葉しかないと思う。 私は心の中で大絶叫していた。 ********** のだめがオレのペニスを掴んでいる。 初めての、愛しいのだめの手を汚していると気が咎める反面、それにたまらなく興奮している自分もいる。 のだめはたどたどしい動きで、オレの昂ぶりをその手の中に包み込んでいた。 それだけで十分感じてしまうオレは…もうこの女に完全に溺れきっているのかもしれない。 「千秋先輩…あの…これって…この後、お口でするもんなんですよネ?」 「はぁっ!?」 ペニスを握り締められたままそう聞かれたオレは、のだめの『お口で』という言葉につい反応してしまい、 こいつの手の中で自分のモノをピクピクと動かしてしまった。 「やんっ!ピクピクしてますっ!!」 「……口に出すな!バカ!」 「先輩だってさっき散々のだめの事…その、び、びちょびちょだ…とか言ったじゃないデスかっ!!」 「う……。」 「それでこれから、お口ですればいいんデスかー?えと…フェラチオ?」 「……中途半端に知ってはいるんだな。」 「教えてくれないとのだめ、どうやったらいいか分からないですヨ!」 「ま、まだ、口ではいいから……。」 「え?」 「それはまぁ…おいおいと(これからの楽しみに……)。」 「えっ!?最後何て言ったんデスか?のだめよく聞こえなかったですケド。」 「と、とにかく!今夜はそれはいいからっ!」 「そうですかー?」 「まずは口の中に唾液を溜めて、オレのココに垂らしてみて。」 「だ、唾液?」 「そう。」 のだめは口をすぼめたりして百面相をしている。どうやら一生懸命唾液を出しているようだ。 「んもー!のだめ、緊張して上手く唾液が出て来ないですヨ〜!!」 「(オレがクンニしてる時は、あんなに涎を垂らしてたのに……。)」 「え!?何ですカー?」 「いや、な、何でもない……。じゃあ、いったん手を離せ。」 オレのペニスを掴んでいたのだめの手を外させると、のだめの手を取ってのだめ自身の股間に手を当てさせた。 「あんっ!」 「何だのだめ、自分の手で感じてるのか?」 「ち、違いマス……。」 オレはニヤニヤしながらのだめの顔を覗き込んだ。 「いつもこうやって自分でシてんの?」 「……シ、シてまセン!!」 「嘘つけ。なぁ、のだめ…正直に話してみろよ。」 「……た、たまに…枕の角とかを…ココに擦り付けたりはしますケド……。」 「へー。それがのだめのやり方?」 のだめは恥ずかしそうに俯いた。 「のだめでもするんだな?オナニー。」 「ムキーーーー!!!そういう先輩はどうなんですカっ!!」 「オレはまぁ……そういうのは男にとっては生理現象みたいなもんだし?」 「何、開き直ってるんですカーーーー!!カズオ!!」 「ははは。」 「どうせ先輩だって、フランス人のボン・キュッ・ボン!!のダイナマイトバディの金髪のお姉サンとかを 妄想してヤってるんでショ?ふんっ!男の人って、そういうものですよネ!!」 「安心しろ。オレ、オカズはいつもおまえにしてるから。」 「ぎゃぼ!?」 「何だよ、嬉しくないのか?オレって一途だろ?」 「先輩…のだめが、オ、オカズって…オカズって…!!」 「だって現実でも想像でも、オレが抱きたいのはおまえだけだし。 ま、想像の中じゃおまえにあ〜んな事やこ〜んな事させて、随分と楽しませて貰ってるけどなー。」 「モキャーーーーー!!」 真っ赤になって抗議しているのだめを尻目に、オレは手首を取ってこいつの手を、花びらの溝に沿うように前後に動かした。 「んふぅ……はぁ……。」 「ほら、感じてないで、ちゃんと全部の指に自分のを絡めるんだ。」 「も……やんっ。何でこんな事……。」 ひとしきり擦らせると、オレはのだめの手首を引っ張って、よく見えるように自分の眼前に持ち上げた。 のだめの手は、自分の出した愛液でまみれ、十分にびしょびしょになっている。 オレは再びのだめの手を、自分の熱い昂ぶりに導いた。 「オレの先走りを先端に塗り込める様にしながら、その手についた自分の蜜をローション代わりに全体に絡めてみて。」 「……ハ、ハイ。」 のだめはオレが指示した通りに、震える人差し指でねちょねちょと先走りを亀頭に擦り付けている。 恥ずかしいくらいに膨らんでいる亀頭が、オレの快感の強さを物語っていた。 次にのだめはオレの竿の部分を掌でゆっくりと包み込むと、愛液が全体に行き渡るように上下に指を絡めながら動かしている。 はからずもそれは、オレのペニスを扱くのと同じ動作で…オレは急にせり上がる射精感を何とか押さえた。 「……できた?」 「ハ、ハイ……。」 「じゃあ、今度はそこのくびれた所をそう…円を描くように……。」 きゅ…きゅ…… 「はぁっ…んっ……。」 「こ、こうデスか……?」 「うん、おまえ…なかなか上手……。」 「先輩の…またピクピクしてます……。」 「うん、そうだな……。そしたら次は、親指をその裏側に当てるようにして…うん、そう…そうしながら上下に……。」 にゅ…にゅ…にゅ…… 「こ、これ位の速さでいいんデスか……?」 「はぁっ…う、うん……。いい感じだから…そのまま続けて……。」 のだめはオレの教えた通りの指使いをしているだけなのに、何でこんなに感じてしまうのか。 愛する女に自分のモノを愛撫してもらうという事は、男にとってこれほど官能を刺激する事はないということか……。 「はぁっ…の、のだめ……。さっき口でしなくていいって言ったけど……。」 「え?」 「その…先端にだけでも……キス…してくれないか?」 「……いいですヨ?」 どうやら自分の愛撫で、オレが女みたいな声を出すのが楽しくなってしまったらしい。 のだめはオレのお願いを嬉しそうに聞くと、目を伏せてオレのペニスの先の方へ、顔を近づけてくる。 のだめはオレのモノの鈴口辺りの手前でいったん顔を止め、小首をちょこんと傾げこちらを上目遣いで見た。 「ここに、ちゅーデスか?」 「……う、うん。」 ―――くそー。可愛いじゃねーか!どこで憶えたんだ!そんな仕草!! 本当にこいつは小悪魔だ。無意識でもオレを翻弄するやり方をちゃんと知っている。 のだめはオレを上目遣いで見ながら、ぷっくりと柔らかい唇を少し尖らせて、そこに寄せた。 ちゅ…… 「あっ……。」 先程からの、こいつの指の愛撫で痛いほど敏感になってるから、僅かな刺激にでもオレの声が漏れてしまう。 のだめは唇を離すと、一瞬悪戯な光を瞳に浮かばせてこちらを見て、そして――― ペロッ! 「うわぁっ!!」 ―――オレのソコを舌で舐めた。 予想だにしてなかったのだめの攻撃に、不覚にもオレは情けない程感じてしまい、大きな声を出して仰け反ってしまった。 「うきゅきゅ〜♪先輩、感じてるんですか〜?」 「なっ……。」 「『うわぁっ!』だってーー!先輩、気持ち良かったんでショ?ほらほらっ♪」 そう言うと、のだめはオレのペニスを扱くスピードを速めてきた。 ぬちゃぬちゃぬちゃぬちゃ…… 「こ、こら…バカっ…やめろ……あっ!」 「ヤじゃないくせに〜!あっ!また先の方から何か出てきましたヨ〜?ほ〜ら!」 のだめは再び溢れてきたオレの先走りを、手を使って扱きながら楽しそうに掬い上げると、更に激しく上下に扱き続ける。 「う…わぁ…バカ…もう…はぁっ…本当にやめろってっ……!」 「ほわぁー!先輩またムクムク大きくなってきましターー!!しゅご〜い!」 ―――くそー!ここでこいつに負けたら、オレのプライドが許さねー!! オレはのだめの攻撃に何とか耐えながらも、反撃を開始した。 のだめはオレのペニスを扱くのに夢中になってるから、実際、こいつの身体は全身隙だらけだった。 オレは右手を静かにのだめの秘部に近づけると、中指を一気に蜜口に突き上げた。 ズンッ!! 「きゃああっ!」 さらに開いている左手で、のだめの豊満な乳房を乱暴に揉みしだく。 むにゅんっむにゅんっ!! 「あんっ!あんっ!」 「……ほら、どうしたのだめ。手が止まってるぞ?」 「やんっ…センパイ……ヒドイ!」 「オレを気持ちよくしてくれるんじゃなかったのかー?んー?」 のだめはオレの与える快感に耐え、身を捩じらせながらも、オレの硬くなった昂ぶりへの愛撫をぎこちなく再開した。 「何だのだめ、さっきよりもスピードが落ちてるぞ?もっと早くやってくれないのか?」 「やんっ…センパイが…のだめにイタズラするから……ああっ…はぅっ…センパイだって……えぃ!」 「うっ…はぁ……あ、の、のだめのくせに……生意気っ……。」 オレは指を二本に増やしてのだめの膣内をかき回す。もちろん感度のいいこりこりの乳首への攻撃も忘れない。 すると負けるものかとのだめも必死になって、オレのペニスを痛いほど強い力で上下に扱いている。 お互いの弱い所を攻撃しあいながら、オレ達はどちらが先に根を上げるか戦っていた。 しばらくの間、お互いの息遣いとそれぞれが発する淫靡な水音だけが部屋の中で響いていた。 ふと、のだめの顔を見ると、一生懸命動かしている手とは裏腹に、こちらをどこか陶酔した表情で見ている。 オレ達はお互いを愛撫しながらも自然と顔を寄せ、いつの間にか深い口付けを交し合っていた。 ちゅ…くちゅり…… キスを交わしてる内に、二人の気持ちがより一層ひとつになってきたのを感じる。 ―――もっと…もっと…のだめと深くつながって、ひとつになりたい……。 のだめもそう思っていたのだろう。 オレ達はどちらかともなく愛撫の手を止めると、のだめはオレの首にきつく腕を絡ませ、オレはのだめの細い腰を強く抱き寄せた。 そして身体を限界まで密着させながら、舌を絡めお互いの唾液を飲みあい、濃厚なディープキスをする。 「のだめ…もっとのだめを感じたい……。」 「のだめもデス…先輩……。」 「なぁ…おまえの中に…挿れてもいいか……?」 「……ハイ。」 今にも消えそうな小さな声だったが、確かにこいつは今、オレに『ハイ』と言ってくれた。 俺は先程忍び込ませておいたゴムを、マットレスとベットの間から引き抜くと、ゆっくりと慎重に自分のペニスに装着した。 のだめはその様子を真っ赤な顔をして、食い入るようにじっと見詰めている。 「ゴム見るのも初めて?」 「……ハ、ハイ。」 「多分大丈夫だとは思うけど一応、な。おまえ今、安全日辺りだし。」 「あ、安全日ぃっ!?な…何で先輩が…のだめのそ、そんな事、知ってるんデスか!?」 「当たり前だろ……?男なら恋人の周期くらい把握していて当然だし……。 オレ…おまえの事、大事に大切にしたいし……。だからちゃんと避妊はする。」 「……ハイ。」 のだめは照れたように微笑する。オレの気持ちがちゃんと伝わっているようだ。 軽く胡坐をかいたオレは、のだめを自分の上に跨がせる。 初めてのこいつには、深い挿入感が得られて、お互いの顔が近いからキスしやすい、対面座位がいいと思ったのだ。 少なくてもこの体位なら、痛めている背中にも負担が少ない。 のだめはおずおずとオレの上に跨るが、眼下にそそり立ってのだめを待ちわびているオレ自身を見て、少し怖がっている様だった。 「大丈夫…のだめ。降りておいで……。」 「でも……。」 「怖くないよ……。身体は痛くない筈だから。」 「でも……。」 「ほら……おいで?」 のだめがゆっくりと腰を下ろしてきたので、オレはすべすべの、まあるく可愛いヒップに手を添えた。 そしてもう既に硬く張り詰めているオレ自身の昂ぶりを、二度三度のだめの花びらの中で捏ねながら蜜を絡ませると、 導くようにそのとろとろの蜜口にあてた。 ちゅぷ…… 「ゆっくりでいいから……そう。」 ちゅぷっ…ぬぷぷぷぷ…… 「んんん……。」 「そう…そのまま……。」 オレの昂ぶりが半分程のだめの蜜壷に呑み込まれた所で、のだめはピタリと止まった。 「のだめ…もっと腰を沈めて……。」 「あんっ……センパイ…のだめ…もう入らない……。」 「だめ。まだ全部入っていない……。」 「やぁ…こんなに大っきいの……もぅ…無理デス……。」 「無理じゃない…から。ほら……おいで……。」 オレの目を潤んだ瞳で見下ろしながら暫く逡巡すると、のだめは意を決したように再び腰を下ろしてくる。 オレはそのタイミングに合わせて、のだめを下から思い切り突き上げた。 ズンッ! 「やぁぁーーっ!!」 「……うっ。」 そうしてオレは自分自身の猛りを全て、のだめの中に一気に埋めた。 のだめの膣内は十分に潤っていて、淫靡な蜜がヌルヌルとまとわりついて、オレをしっかりと咥えこんでいる。 対面座位のせいかいつもより二人の股間が密着して、オレのモノの根元への締め付けも……強い。 そんな深い快感にオレは軽く眩暈を起しながらも、のだめの手前、なるべく平静をよそわなければと、密かに呼吸を整える。 何とか落ち着いた所で、未だ腰を落としたまましがみ付いて固まっている、のだめの頬にちゅ…と口付けした。 「……のだめ見てみろ。オレのが全部、おまえのココに入ってるだろ……?」 「やぁ…ん……。」 「のだめ、下をちゃんと見てみろって。」 のだめは真っ赤な顔をして、おずおずと自分の股間の方へ目をやる。 「見えた……?」 のだめはこくんと頷いた。 「その、さっきの……。」 「さっきの?」 「さっきの…セ、センパイの…大っきい…のが……のだめの中に…いっぱい…ぜ、全部入ってて……も、ヤだっ!」 のだめはそう言うと、顔を両手で覆ってしまった。そしてイヤイヤをするように首を振る。 「オレ、別に全部説明しろとは言ってないけど?」 「ムキャーー!!セ、センパイのえっち!」 のだめの感性なんだと思うが、セックスにおいてもこいつは、オレの与える快楽を無邪気に感じて、それを素直に表現する。 気持ちがよければそれをちゃんと言葉にしてくれるし。 しかもそれを口にした後で盛大に恥らったりするから、すごく男心をくすぐられて……。 今までオレが付き合ってきた過去の恋人達は、ここまで純粋にオレとのセックスを表現してはいなかった。 オレはのだめの顔を覆ってる両手を、手首を掴んでやんわりと取り去る。 「のだめ…痛くはないだろ?」 「……ハイ。」 そう言うとのだめはオレにしがみ付いてきた。オレも堪らずのだめの華奢な腰に手を回すとぐっと引き寄せる。 「千秋先輩……。のだめに、ちゅーして下サイ……。」 「ん、いいよ……。おまえ…本当にキスが好きだな?」 座位だから、のだめの方がどうしても高い位置にある。 ちょうどこいつの喉元辺りにオレの顔があるから、オレは見上げる様に…のだめは少し屈む様にして…口付けを交わす。 「……いつもと反対だな。オレを見下ろしながらキスするのはどう……?」 「ふふふ。何かチョト優越感…ありますネ。」 「そっか……。」 ちゅっ…ちゅっ…と音を鳴らしてしている軽いフレンチキスも、いつの間にかお互いを食むような熱い愛撫に変わる。 れろれろれろれろ…… オレは右回りで、のだめは左回りで、お互いの舌先を絡ませて回しながらオレ達は貪り合う様に舐めあっていた。 そしてくちゅり…とお互いの舌を口内に入れあいながら、何度も何度も深く蹂躙しあう。 「なぁのだめ……。」 「ん…はぁ…ふぁい?」 「今オレ達さ…上の口でも……下の口でも、深い口付けをしているの、気がついた?」 「ふえっ?」 のだめのその返事を聞くや否や、オレは固く繋がっている腰を少し揺らした。 「んあっ!!」 「ほら……な?のだめの下のお口が、オレのを根元から咥え込ん」 「ぎゃぼーーーー!!先輩のその言い方、いやらしいっーーーー!!」 オレの言葉を遮ると、全身をピンク色に染めて、のだめが叫んだ。 するとその瞬間のだめの膣内が、きゅっ!とオレのペニスを軽く締め付ける。 どうやら自分の意思とは裏腹に、オレの言った言葉にすごく感じてしまったようだ。 「……下のお口はそうは言っていないみたいだけど?」 「もぉっ…もぉっ!!先輩は本当にカズオですっ!!」 「ははは。なぁ…そろそろ動かしても……いいか?」 「……っ!」 返事は無かったが、のだめは再びオレの首に腕を絡ませてぎゅーっとしがみ付いてきたので、オレはそれを同意と取った。 オレはゆっくりと腰を揺らし始めた。 ぐちゅ…ぐちゅ… 腰を上下に動かすたびに、のだめの蜜壷から零れ落ちた蜜が、深く繋ぎあったそこから卑猥な水音を出してお互いの股間を濡らす。 のだめは息を止めて、オレの揺さぶりを必死に耐えていた。 「のだめ…声出して……。可愛い喘ぎ声、聞かせて……。」 「んはぁ…のだめ……のだめ……どうにか…なっちゃいそうデス……。」 どうやら今までとは比べ物にならない程強い快感に、それをどう表現したらいいか分からないようだ。 「いいから…感じるままに……。音楽と一緒だ……。」 「あっ…ふぁっ…おん…がくっ……?」 「そう…ピアノを弾く時みたいに……全身でオレを感じるんだ……。」 オレはそう言いながら、自分も堪えきれず激しく突き上げを開始はじめた。 じゅぷっ…じゅぷっ…ぐちゅっ…… 「あっ…あんっ…やぁっ…センパ…やぁんっ!」 「……くっ。」 のだめの臀部を持ち上げながらオレは激しく腰を前後する。 のだめの熱い膣内の中を往復する度に、中からぐちゅぐちゅと新しいのだめの蜜が溢れてくる。 太ももの付け根を持ち上げ、降りてくるタイミングにあわせて突き上げると、一段と嬌声を上げた。 「んんっ…やぁ…ああーーーっ…イイっ!」 「“イイっ”?……のだめ気持ちいいのか?」 オレに貫かれながらのだめは言葉にならないといった様子で、ただ首を上下にブンブンと振る。 「もっともっと…気持ちよくしてやる……。」 オレはのだめの腰を掴み、最奥目指して、硬く張り詰めた猛りを一気に捻じ込んだ。 ギシッ! 「きゃあぅ!」 オレはのだめの「イイ所」である膣奥を突き破るように突き上げる。 ギシッギシッギシッギシッギシッギシッギシッギシッ…… 「やぁんっ…あんっ…あんっあんっ…ああーーん!」 ベットのスプリングを利用しながら、オレはペニスを支点にして、のだめを跳ね上げ躍らせる。 「あっ…センパイぃ…そこっ…気持ちイイぃ……やぁんん…ああっ!」 「はっ…奥まで…はぁっ……オレのが当たってる……?」 「ああっ…奥までぇっ…センパイのがっ…奥まできてマスぅっ……!」 オレのペニスに、のだめのねっとりとした蜜が絡みつく。 奥に突き上げる度にぐにぐにといやらしく締め付ける膣壁のヒダに、 オレは今にも自分の欲望を、こいつの中にぶちまけてしまいそうになる。 「あっ…すごぉ…やぁんっ…ダメ…ダメぇ…センパイ…もっ……ダメぇぇ!!」 「っく…ダメ……?嘘つけ……はっ……そう言いながらのだめ…自分から腰動かしてるぞ……?」 いつの間にかオレの上で、のだめは自ら腰をくねらせ始めていた。 腰を高く上げ、オレの股間に恥骨を擦り付ける様に、上下に動かしている。 眼下にはオレの胸で押し潰されているのだめの豊かな双乳……見れば小さな乳首はもうビンビンに立っていた。 オレがペニスを奥深く捻じ込む度にのだめは双乳ごと下から上へ、オレの胸で感じやすい乳首を自分で擦っていた。 ―――こんなやり方、まだ教えてもいないのに……。恐ろしいヤツ……。 「あんっあんっ…ダメぇっ…やんっ…ああっ…のだめっ…イっちゃ……!」 「……イっちゃう?」 快感に大きく弓なりに仰け反る度に、のだめの白い喉から胸までがオレの眼前に広がる。 オレの大好きな、まあるく大きな二つの膨らみが、のだめが腰をくねらせる度にブルンブルンと上下に揺れていて……。 オレは堪らず腰から手を離し、その豊かな双乳をぐにゅぐにゅと揉みしだいた。 「あああああっ!」 そして片方の乳房にむしゃぶりつくと、思い切り吸い上げながら歯をたてた。 カリッ……! 「きゃぅっ!あーーーーーーーーーー!」 自らくねらせていた腰を落とした瞬間と、オレが与えたその愛撫が同時だったらしい。 のだめは膣をキュウッと締め付けビクビクと痙攣させると、気を失ったようにオレにドサリと凭れ掛かった。 「はぁっ…はぁっ……のだめ……イっちゃったのか?」 オレの胸の中ではぁはぁと荒い呼吸をしながら、のだめの身体は達した後も断続的に痙攣している。 完全には気を失っていないようだが、快楽の波に連れ去られ、意識が飛んでいる事だけは確かなようだ。 オレは自分のモノをのだめの中に入れたまま、暫くその余韻を楽しんでいた。 ********** ―――快楽の高みから、白い激流の中へと身をダイブさせた私に…… ―――身体の奥の方が何かの刺激に反応して、早く“目覚めろ”と言っている……。 「……気が付いたか?」 ぼんやりとした頭で声のする方を見ると、千秋先輩が優しい表情で私を覗き込んでいた。 「さっきののだめ……すっげーいやらしくて可愛かった。」 そう言って頬っぺたにちゅっとキスをする。 私はうっとりとそのキスを受けるが、自分の中で何かがピクピクと動いて、今どんな体勢でいるのか気がついた。 ……私はイってしまった時と同じように先輩に跨り、そして自分の蜜壷はいまだに先輩を全部…挿れたままだった。 「ヤだ…ち、千秋先輩……。」 「……何がイヤなんだ?」 そう言う先輩は満面の笑みを浮かべてすごく嬉しそうだ。 「んっ……んんっ。」 さっきから先輩は、自分のモノを締めたり弛めたりして、私の中でピクピクと動かしている。 その動きに反応して、自分の意思とは関係なしに、私の中も恥ずかしいほどピクピクと動いていた。 先程、私に目覚めを促していたのはこれだったのかと気がつき、羞恥に耐え切れなくて、私は顔を伏せた。 「ん?のだめ、どうした?」 「先輩…またのだめだけ…イっちゃったんですか……?」 「うん。そうだな……。」 先輩のモノは、未だ挿れられた時と同じ硬さと大きさを保ったまま、私の中をぎゅうぎゅうと圧迫している。 「ヤだ……。なんでのだめばっかり……。」 「オレ、おまえがイった所見るの、好きなんだけど?」 「ムキャーー!先輩のムッツリスケベ!」 「ははは。」 そう言って先輩は私を抱っこすると、先程の折り畳んだ布団と枕の上に私を仰向けに寝かして覆いかぶさる。 もちろんその時も、私達の大事な所はしっかりと繋がったままだ。 「……んんっ。」 「背中痛くない?」 「……だ、大丈夫デス。」 ―――こ、これってその…正常位……? これからスル事を理解して、真っ赤になってしまった私に気がついたのか、先輩はクスリと笑みを漏らす。 「のだめ…今度は一緒にイこうな……?」 「ハ、ハイ……。」 先輩は笑いながらそう言うと、顔を寄せてきた。 先輩が私の身体により密着するほど、先輩の太ももに私のはしたなく開いた両肢が自然と絡みつき、繋がりが深くなる。 「ん…んんっ……。」 先輩がくれる深いキスだけで、私の中から新たな蜜が溢れてくるのが分かる。 舌を絡める濃厚な口付けを交わした後で、先輩は次第に胸元の方へ唇を滑らせていった。 ちゅうちゅうちゅう…… 先輩はまた、わたしの胸の先端を幸せそうにしゃぶっている。 さっきここで先輩におっぱい星人と言って急にイジワルされたのを思い出して、今度は黙っていた。 先輩は私の乳首から唇を離すと、今度は私の胸の谷間に顔を埋め、 自分の両手で私の二つの膨らみを顔に挟んで、うっとりとした顔でパフパフしていた。 「あーーおまえのって…ホントすっげーふかふかで柔らかいよなーー……。」 先輩がそういうのを聞いて、数日前に由衣子ちゃんに言われた言葉の意味を、私はようやく理解した。 「のだめ、由衣子ちゃんにも同じ事…言われましタ。」 先輩は吃驚した様に私の胸から顔を上げた。 「えっ!?ゆ、由衣子に?な、なんでっ?」 「のだめ、三善さんち来てから毎日由衣子ちゃんを抱っこして寝てたんデス。 由衣子ちゃん、『真兄ちゃまの気持ちが少し分かっちゃった。』とも言ってましたヨ。」 「っげ!」 先輩は耳まで真っ赤になると、身体を起した。 「おい、由衣子にはオレが同じ事言ったの、絶対しゃべるなよ……?」 「えーーどうしよっかなーー?千秋先輩、のだめに口止め料下サイ!」 からかうような口調で私が言うと、何故か千秋先輩は不敵な笑みを浮かべた。 「じゃあ、今からたっぷりと払ってやる……。」 ズン! 「あんっ!」 先輩に急に突き上げられて、私はあられもない声を上げる。 「口止め料……。こんなもんじゃ、まだ足りないだろ?」 そう言いながら、私の上で先輩が緩やかに動き始めた。 先輩のモノが私の中を往復する度に、私達の繋がっている所がぬちゅぬちゅと音を立てて、淫らに歌っている。 先輩はゆっくりと抜き差ししながらも、私の蜜壷を確実に責め立てていた。 「ああっ…あっ…はぁっ…ん……あんっ。」 「のだめの…中、溶けそうに熱くて……気持ちいいよ……。」 始めはスローだった先輩の腰の動きが、徐々に激しいものへと変わってゆく。 先輩は、自らの熱い杭を、加速しながら私の中に打ち込み始めると、 その動きに呼応するように、私の胸の膨らみも、ぷるんぷるんと弾むように上下に踊りはじめた。 「はぁっ……のだめの…おっきなおっぱい……すっげぇーやらしく…揺れてるっ……。」 「やんっ…あんっ!ヤだ……そんなコト…言っちゃっ…ああんっ…んっ……。」 先輩は堪らないと言った様子で私の胸に両腕を伸ばすと、むにゅむにゅと揉みしだきながら高速で抽迭し続ける。 「あぁ…んんぅ…あっ!…センパ…イ…もぉっ…やぁぁんっ…。」 膣内を掻き出される様な強い快感に、私は翻弄され、あられもない声をあげ続けていた。 身悶えて喘ぎ続ける私の痴態に、満足そうに笑みを浮かべながら、先輩はパン!パン!パン!と激しく腰を打ち付けている。 もう何も考えられない……。その飛ばされそうな感覚に、私は再び限界が近づいてきたのを感じた。するとその時――― にゅるん……!! 「やぁぁぁぁんっ……。」 先輩が私の中から、唐突にいきなりモノを抜き出した。 悦楽の頂点へ先輩と一緒に駆け上がり始めていた筈なのに、その手前で一人放り出されて、一瞬何が何だか分からなくなる。 ―――もう少しで…イキそうだったのに……。 ……はしたない事を考えてしまった。 先輩にも私が今考えている事が伝わったのか、どこか嬉しそうな悪戯っ子な表情をしてこちらを見下ろしている。 「くっくっく……ちょっと待ってろ……。」 先輩はそう言って笑うと、裸のままでベッドを降り、ソファの方へ歩いていく。 すると、自分の大きく開いたままの股の間から、全裸の先輩の後姿が見えた。 先輩の小ぶりのヒップはきゅっと上がっていて、その艶っぽさにドキドキしてしまう。 たくましい背中…しなるような背筋…そして背中一面に光る汗……。 先輩の裸は女の私から見ても、くらくら眩暈がする程とても綺麗だった。 「お待たせ。」 先輩はソファに置いてあった背当てクッションを掴んで、再びベッドに戻ってきた。 「のだめ…ちょっと腰を上げて?」 そう言われて私は素直に、背中をブリッジする時のように浮かせると、先輩はそのあいた空間に背当てクッションを挿し込んだ。 そして私の膝裏に手をさし込んで掴むと、私の腰を手前に引きながらぐっと真上に持ち上げる。 「……これで、よしと。」 「え……?」 「……いい眺め。」 「……!!」 ようやく私は、自分がどんな格好をさせられているか気がつく。 私の秘部はセンパイが腰の間に入れたクッションのおかげで真上に持ち上げられて、先輩の目前にアソコの全てが晒されていた。 しかも恥ずかしい事に、この格好だと大事な所が自分からも丸見えだった。 「ヤ…ヤだっ!!センパイ…こんな格好!!」 慌てて開きっぱなしだった両足を閉じようとすると、先輩は強い力で阻止し、逆に両腕で私の膝を折って押し開いた。 「こら…せっかくのだめの楽なようにしてやってんのに……じっとしろって。」 「ら、楽なようにって……!!」 真っ赤になりながら抗議すると、先輩は押し被さる様に私の身体を折り畳む。 そうして私の顔に自分の顔を近づけて、至近距離で囁いた。 「いつもは…おまえを持ち上げながらヤるんだけど……。背中に負担があるといけないから、な?」 「そ、そんな…!」 「それにこの格好だと……おまえの“イイ所”も責めやすいし?」 「ぎゃ、ぎゃぼーーーー!!」 先輩は私の鼻の頭にちゅっとキスをすると、予告もなしに私の膣内に熱くて硬い先輩自身を挿入した。 にゅんっ!! 「あああっ……!」 「おまえの中…もうヌルヌルだからすぐはいるな……?」 「ばっ…ばかぁ……!!」 再び先輩が私の中でゆっくりと動き出した。この体勢だと、先輩のモノが私の蜜壷に真上から突き刺さっているのが見える。 先輩は私を見ながら、その姿を見せ付けるかのように、ねっとりと抜き差しをしていた。 「ほら…見える?のだめの中を…オレのが出たり入ったりしてる……。」 先輩が出し入れする度に、私の蜜口のひだひだの所が、伸びたりたわんだりして淫靡な動きをしていた。 「やぁっ…もぉ…センパイ…あっ…恥ずかし…んあ!」 「のだめのココ…えっちだな……。」 自分のアソコが先輩に貫かれている姿を見せられて恥ずかしいはずなのに、 私の身体は勝手に反応してしまい、先輩のモノを吸いつくように強く締め付けてしまった。 「っくぅっ…すっげー締め付け……。おまえ…見て欲情しちゃったんだ?」 「んっ…センパイのっ…鬼っ…カズオっ!…あん…ふあっ……。」 「はぁっ…だっておまえ…そういう…オレが…好きなんだろっ?」 先輩にそう訊ねられて、私ははっとした。 そういえば私はこんな事をしているのに…まだ一度も先輩に、“好き”と言っていない……。 そう思ったら胸が熱くなって何故だか涙が出そうになる。 ちゃんと千秋先輩に、今の私の気持ちを知ってもらいたい―――私は叫ぶようにその言葉を口にした。 「千秋センパイっ…千秋センパイっ……!!」 「なに?」 「好き……好きデス……。ああっ…のだめっ…千秋センパイが…好きデス。」 「おまえ……。」 「ああっ…大好きデス!!のだめぇっ…あんっ…センパイが…大好きぃーーー!!」 「……この…バカっ。」 ―――え…?何で私の愛の告白に対して『バカ』? そう思う暇もなく、先輩が激しく動き出した。 先程とは比べ物にはならない荒々しい腰の動きに、私の股間は引き裂かれそうな程大きく開かされて、つま先が快感に宙を泳いでいる。 「あんっ!あんっ!やんっ…ああっ……ダメぇ…セン…パイ…あああ!」 「はっ……んくっ……。」 先輩の激しい律動が、じゅぷじゅぷと淫らな水音を立てて私の中を掻き回している。 私の中で先輩のモノが、さっきよりも…大きく脈打っていて……。 先輩のモノを絞り込み擦りあげながら、私の膣壁がはしたない程、震え蠢きはじめた。 再びカラダの中で大きな波が来ている。快楽の頂点を目指し官能の階段を、私は再び登り始めていた。 その時、膨れ上がった先輩の先端が、私の“イイ所”を強く叩いた。 パンッ! 「きゃあん!」 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ! 「ああっ!あんっ!ああああーー!んはぁ…やんっ…やぁっ!!」 「はぁはぁっ…おまえっ…ココ…好きだろ…?」 先輩は私の膝を掴み固定させると、私の蜜壷の入り口からすぐ上にあるソコばかりを集中的に突き始めた。 ひたすらソコを突き破るかように、先輩自身を捏ね繰り回しながらぐいぐい押し続ける。 ぐっ!ぐっ!ぐっ!ぐっ! 「んんやぁっ…センパイそこっ…ああ…イイっ…すごぉっ…気持ちイイっ!!ふわぁっ!」 「あ…オレも……すげー…イイよ……。」 快楽の波に攫われそうになりながらも、私は目を少し開けて真上で激しくピストンしている先輩を盗み見た。 そこに居るのは、日本中の女性の心を奪う、音楽の才能に溢れる千秋先輩……。 クールな立ち振る舞い…端正な顔立ち…知的な眼差し……それはまさにすべてが“王子様”だ……。 でも今、私の上にいる千秋先輩は……私の身体を貪欲に求めるただの男の人―――。 掠れた喘ぎ…紅潮した頬…寄せられた眉根の下の眼差し……どれも信じられないほど色っぽい。 こんな表情をした先輩を見るのは初めてで…… そして先輩をそうさせたのが…自分…だと思うと、泣きたい位幸せで、胸がきゅん…と締め付けられた。 「あんっ!だめぇっー!あんあんっ…センパイっ…イっちゃう!のだめイっちゃうっ……!」 「んはぁっ…イこう……。のだめ…オレと一緒にっ…イこうっ……!!」 求め合う私達の限界が近づいてきた。 頭の中が白く眩しく光り輝き始める。私はもう何も考えられなくなった。 「のだめっ……っくぅ!!」 「ああああああああっ……!!」 先輩が熱い昂ぶりをぐぐぐっと押し付けると、私の中でビクンっ!と何かが弾けた。それとと同時に、私はそのまま意識を手放した。 ********** 身体を痙攣させながら未だ快感の余韻に浸っているのだめから身体を起すと、オレはナイトテーブルからティッシュを数枚取った。 そしてティッシュを股間に当てると、自分の吐き出した、白濁した欲望の残滓を漏らさぬように、 慎重にのだめの膣内から自分のモノを抜き出す。 自分の始末をしてしまうと、はしたなく開いたままののだめの股間に目が止まった。 のだめのソコは、のだめ自身の蜜ですっかりびしょびしょで、 よく見ると蜜口から、更にまた新しい蜜がたらーーーーっと流れ出ている。 どうやらオレのペニスという“栓”が無くなった為、中から決壊したように溢れ出てしまっているらしい。 それを見てたら、初めて“生”でシた時に、 のだめの愛液に混じって自分の精が膣口から零れ落ちているのを見て、ひどく興奮した事を思い出してしまった。 ―――って、何考えてんだ……オレ。……これじゃ本当に……変態だな。 一人で真っ赤になりながら自分自身に突っ込みを入れると、ナイトテーブルからまたティッシュを取った。 そしてのだめの股間に当てると、のだめの愛液を綺麗に拭ってやる。 「んふ…んん……はぁ……。」 のだめが甘い吐息を漏らした。意識がなくてもオレのしている事に感じてしまってるらしい。 余りに濡らしていた為ティッシュが足りず、追加の数枚を取り再び拭い始めた瞬間、のだめがカッと目を見開いた。 「ぎゃぼーーーーーーーー!!!!!」 「……えっ?」 パチン!! 「いてっ!」 のだめはガバっと起き上がってオレを平手打ちすると、 足元にあったベットカバーを剥ぎ取ってそれを被り、ベットのギリギリ端までいって小さくうずくまった。 「おい!いきなり何すンだ!」 「それはこっちの台詞ですヨ!!信じられないっ!!先輩の変態っ!!」 「変態…って。おまえの始末をしてあげてただけだろ?」 「か、勝手にしないで下サイ!そんなの頼んでいまセン!!の、のだめの意識がないのをいい事に…いやらしいぃ!!!」 どうやら自分の意識がない時に、オレが股間を綺麗にしてあげてた事が余程恥ずかしかったようだ。 さっきまであんな痴態を見せていたのに、途端にこんな初心な仕草をされると……不覚にもオレはまたグッときてしまった。 ―――あーくそーー!一回でやめようと思ったのに…こんな可愛く反応されるとオレのコレがまた……。 オレは頭の中で、今までのだめにされた数々の仕打ちを思い返し、何とか自分の昂ぶりをクールダウンへと導くのに成功した。 「もう…ヤだ……。ヤだヤだ……!!」 「何が、いやなんだ?」 オレはのだめの方へ近づき横になって身体を寄せると、ベットカバーを被ったままののだめを後ろから抱きしめた。 「ほらそんな端っこに居ると…落ちるぞ?」 「……ヤだ。」 「のだめ…いい加減、機嫌直せよ。」 そう言いながら、オレはのだめをすっぽりと包んでいるベッドカバーを剥ぎ取る。 のだめは顔を両手に覆ったまま、エビの様に小さく縮こまっていた。 「悪かった。もう勝手にしないから。」 そして端に居るのだめが落ちない様にと、自分の方へグッと引き寄せて抱っこしなおした。 「のだめ……?」 「……もうヤだ。」 「おまえ、さっきから『ヤだ』しか言わないな……。何だよ、どうしたんだ?」 「だって…だって……。」 「……ん?」 「のだめ…は、初めてだったのに……。初めて、なのに…こんなっ…こんなっ……。」 「こんな……?」 「こんなにいっぱい…のだめ…イ、イっちゃって……千秋先輩…のだめの事……はしたないって…あ、呆れてませんカ?」 「えっ……!?」 そこまで言うとのだめは肩を震わせ始めた。 “初めて”…だった筈の自分が、自分でも信じられない程あられもなく乱れ、快楽に溺れた事が、羞恥に耐えられないようだ。 ―――本当に…こいつは……。 オレはのだめを自分の方に向かせると、顔を覆っている両手を、やんわりと外す。 ……そこから現れたのだめの大きな瞳は、今にも溶けだしそうにうるうると揺れていた。 その表情に男の保護欲をくすぐられたオレは、のだめの髪に優しく口付けを落としてやる。 途端にふわっと、のだめの甘い髪の匂いがオレの鼻孔をくすぐった。 「呆れる訳ないだろ?おまえ、本当バカだな……。そんな事気にしてたの?」 「だって……。」 「そういうの、男はむしろ嬉しい位なんだから……。オレのした事に感じて…何回もイってくれたんだろ?」 「……ハイ。」 オレの言葉に安心したのか、ようやくのだめはくすぐったそうに笑った。 「……可愛いな。」 「え?」 「のだめ……可愛い。」 「……こ、今夜の先輩は、な、何か変デス。」 「変……?どこが?」 「普段はのだめのコト、変態って言うくせに……。さっきからその…シてる時も、何回も、か、可愛いって……。」 「ははは。」 オレは笑いながら、のだめの鼻の頭をちょこんと小突いた。 「いつもは変態でも、オレのベットの中ではおまえ……やらしく乱れてすっげー可愛い。」 「んもぅ!えっちの時だけでなく、普通の時も可愛いって言って下サイ!」 「……気が向いたらな。」 しばらく二人で抱き合ったまま情事の甘い余韻に浸っていると、のだめがぼそぼそと喋りだした。 「千秋先輩…あの……。」 「ん?」 「その…デスね……。前ののだめと比べて…今ののだめ…どでしたか?」 「は?」 のだめは気まずそうに顔を伏せ、オレの腕の中でもじもじとしている。 「前のおまえと比べてって……。何おまえ、自分自身にヤキモチやいてンの?」 「だ、だって……。」 「おまえ、本っ当にバカだな!」 「ムキーーーー!仕方ないじゃないデスかっ!!気になるモンは気になるんデス!!」 のだめはオレの胸をトントンと拳で軽く叩く。 「オレには両方おまえだし。気にしなくていいよ……。」 「でもっ!」 「まぁ、一つ言えるとしたら、おまえを本当に初めて抱いた時は、こんないいモンじゃなかったぞ? オレは優しくしたいのに、泣くし、わめくし、痛い痛いって大騒ぎされて……最後は殴られた。」 「ええっ!?の、のだめがデスかっ!?先輩を……な、殴った?」 「そ。まぁ、おまえ処女だったから仕方ないけど……。あの時は本当に、大変だったんだからな?」 「しょ、しょ、しょ……。」 「だから今日は……結構オレも嬉しかった。おまえの身体はオレの事をちゃんと憶えてて、 オレがつけた“クセ”通りの反応だったからな。」 「ク、ク、ク、クセっ!?」 のだめは耳まで真っ赤になりながら、オレの発言にどもっていた。 「でも、まぁ、普通こういう時って、昔の女の事を聞かれるものだけど、まさか自分の事を聞くとは……。 おまえって本当に、面白いな。」 「……。」 そう言った途端、のだめが俯いて身を硬くした。 「……何?」 「……じゃあ聞きマスけど、あの時何をお話してたんデスか?」 「は?」 「ゲネプロ会場で……先輩、楽しそうにお話してましたよネ……。」 ドスの利いた低い声で、のだめがぶつぶつと呟く。 「たがや…さいこ…サン。」 「えっ!?おまえ、あの日ホールに来てたのかっ!?」 「……来ちゃいけませんでしたカ……。」 「いやっ!そうじゃなくて……。」 のだめはオレの胸に、いじけた様に“の”の字を指で書いている。 「久しぶりだったから、お互いの近況を話してただけだ。」 「ふぅーーーーーん!」 「本当、それだけだって!」 「へぇーーーーーー!」 「何だよおまえ……すっげー感じ悪いぞ?」 「千秋先輩はのだめにも見せた事もない様なスペシャルなスマイルで、さいこサンとお話してましたけど?」 「は?……スペシャルなスマイル?」 「……のだめ、先輩があんなに大口開けて笑うの、初めて…見ましタ。」 そう言ってのだめはまた後ろを向いて、オレに背中を向けてしまった。 『大口開けて笑った』と言うのだめの言葉に、オレはその時、彩子と何を話していたかようやく思い出す。 「ああ…あれか……。」 「あれ…って?」 「いや、彩子に『そういえば、Sオケのマングースと上手くいってるの?』って訊かれてさ。」 「“Sオケのマングース”?」 「……それ、おまえの事。それで『いや、今ちょっとごたごたしてて』って言ったんだ。そうしたらあいつが―――」 「さいこサンが?」 「『どうせ真一が悪いんでしょ?あんたって最後はいつも捨てられる方なんだから、少しは学習しなさいよ!』と怒られて。」 「へ?」 「確かにそうだなーって思って、つい笑ってしまった。」 「……。」 のだめは何も言わず黙っていた。オレはのだめの脇から手を入れると、やわやわとのだめの柔らかな双乳を撫でる。 それは先程のとは違って、気持ちを穏やかにする為の、マッサージの様な優しい愛撫だ。 「何で黙ってる?」 「千秋先輩、さいこサンに捨てられたんですか……?」 「うっ、まぁ……。そうなるのか……?」 「……。」 「言っとくけど、おまえもオレを一度ふってるンだぞ?」 「えっ!?のだめが?嘘!!」 「嘘じゃない。『一緒に留学しないか?』って誘ったら、おまえに断わられた。」 「ぎゃぼっ!?」 「そう言う訳だから。……安心した?」 のだめのあたたかくてたっぷりとした胸の膨らみを触っていたら、オレの心もゆったりとした気分になってくる。 「のだめ、ずっと先輩の側に居ますから……。先輩を捨てたりなんか……しませんヨ?」 「当たり前だ。このオレ様が、二回も同じ女にふられてたまるか!」 オレはそう言いながらのだめの胸を少しぎゅっと強めに掴むと、のだめはくすぐったそうに身を捩った。 「先輩、ごめんなサイ。ヘンな事聞いて。」 「でも…嫉妬するおまえも可愛い……。妬かれるのもたまにはいいかも。」 「また言う……。むーーー!先輩、のだめ知ってるんですヨ?」 「知ってる?」 「今日のだめが、由衣子ちゃんの選んだドレス着て楽屋へ先輩に会いに行った時、先輩、のだめの事、可愛いって思ってたでショ!」 「え。」 「楽屋から出た時、由衣子ちゃんが言ってましたよ? 『真兄ちゃまの頬っぺた、ずっと紅いまんまだったよね!よっぽど今日ののだめちゃんが可愛いかったんだね!』って。」 「ああ……。アレか……。」 オレが言葉を濁すと、のだめが不満げな声色で訊ねた。 「……違かったんですカ?」 「いや……。確かに可愛かったけど……。」 「けど?」 「おまえ……もうあの服着るの禁止。」 「ぎゃぼっ!何でデスかー?ヒドイです!そんなにのだめ、似合ってなかったデスか?」 「いや…似合ってたけど……何というか目のやり場に困るというか……。」 「へ?」 「おまえのあの服…な……。その、色が…おまえの裸の色と同じで……よからぬ想像してしまうというか……。」 「えええっ!?」 「おまえ肌が透き通るように白いから…その、感じはじめると…全身淡い桃色に染まるし……。 あのサーモンピンクの花模様の服が、その時のおまえの身体の色と同じなんだよ……。」 「はぅっ!?」 オレはのだめの乳首の周りを人差し指で円を描くようになぞり始めた。 「それに…ココの色もピンク色で……。」 「んんっ……!」 「それからココも……。」 そう言って後ろからのだめの秘部に手を入れると、オレの指はピチャ…という音を立てた。 「え……?のだめ、また濡らして……?」 「やんっ!せ、先輩がさっきから…のだめの事、変な触り方するからですヨ!!」 オレがピチャピチャ音を立てるようになぞると、のだめはくぐもった吐息を漏らした。 「んっ…やぁ…んはぁ……。」 「のだめのココも…すっげー綺麗なベビーピンクなの……知ってた?」 「し、知りまセン……!!」 「のだめ…さっきあんなにたくさんイったのに……。また欲しくなった?」 「ぎゃぼーーーー!!」 のだめは叫ぶとオレの腕から逃れ、ベットの端にうつ伏せになった。 「うぎっ……先輩…い、いじわるしないでクダサイ……。」 顔をベッドに埋めて、小刻みに震えているのだめが…どうしようもなくいとおしい。 オレはうつ伏せになっているのだめの背後につけると、のだめの可愛いすべすべのお尻に手を当てた。 「ヤ、ヤだ!!そんな所っ!!」 オレがしようとした事を察知したのか、のだめが這いつくばる様に前方へ逃れようとした。 のだめがはからずも上げてしまったその腰をグッと掴んで固定させると、オレはそこに唇を寄せた。 ぴちゅ…ぴちゃ…ぴちゅ… 「ああっ…センパイ…またぁ…やぁん……。」 先程味わい尽くしたばかりなのに、オレはまた舌でのだめの秘部を愛撫し始めた。 「……達した後のおまえのココは…ベビーピンクというより…ローズピンクだな……?」 「そんなっ!…はぁん…言っちゃ…だめデス……!」 のだめは羽根枕に顔を埋めながらイヤイヤしている。 「もう太腿にまでこんなに濡らして……。」 この体勢だと、のだめの可愛いお尻の穴も丸見えだ。いやらしい光景にオレ自身の硬度が急速に増してくる。 オレは隠していた最後のゴムをマットレスの下から取り出すと、手早く装着した。 「のだめ…四つんばいになって……もっと腰を上げるんだ。」 何度も絶頂を繰り返したせいですぐに快楽に支配されたらしく、のだめは従順にオレの言う事を聞くと、その姿勢をとる。 オレはのだめの腰に手を添えると、のだめの秘所に自分のモノをあてる。 そして花びらの溝に沿ってつつつ…と前に滑らせて行くと、少し窪んだ湿り気のある場所に行き着いた。 「のだめ…さっき拭いてやったのに…もう、こんなにびちょびちょ……。」 「はぁ…はぁ…センパイ……!!」 のだめは早くイキたくてしょうがないのか、オレの挿入を促すかように無意識に腰を一段と高く上げた。 「のだめ…オレのがそんなに欲しい?」 「やぁっ……!そ、そんなコトっ!!」 「じゃあ、欲しくないのか?」 「……っ!!」 羞恥心からか、まだ“欲しい”とは素直に言えないらしく、顔だけ振り返ってオレを見た。 頬を紅潮させて、口元を物欲しげに緩くあけ、とろんと陶酔した瞳ののだめが……たまらなくいやらしい。 言えないけど分かって欲しい…というその表情に、オレはつい意地悪をしたくなる。 オレはペニスを、のだめの愛液でもう十分にとろとろの蜜口にあてると、軽く引っ掛けるように捏ね始めた。 にちゅにちゅ…くちゅっ…… 「んんっ…あ…んっ……やぁっ!」 今度は先端だけ蜜口に挿れると、浅い部分で焦らすように出し入れし、すぐに引き抜く。 ちゅぷちゅぷ…にゅるん!ちゅぷちゅぷ…にゅるん! 「ああっ…はぅっ…センパイの…バカぁ…!!」 オレが先端だけ挿れる度に、オレの猛り全部を奥まで咥え込もうとのだめの腰はいやらしく動くが、そうはさせない。 「センパイぃ…お願い…お願いっ…も、もうっ…ああん…のだめっ……。」 「のだめ…オレが欲しいか……?」 「セン…パイ……。」 「欲しい?……聞こえない。ちゃんと言えよっ……。」 「欲しいデス!!千秋先輩が…のだめ…欲しいんデスぅーーーーー!!」 のだめがそう絶叫するのを聞いて、オレは一気にのだめの中を貫いた。 「ああああーーっ!」 すでにもう何度もイっているのだめの中は、思った以上に熱く、十分過ぎる程の蜜でぬるぬるだった。 余りの気持ちの良さに、挿入したばかりだというのに、オレはすぐ達してしまいそうになる。 ぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅ…… 「あんっあんっあんっ…やぁん…ああっ……。」 のだめの腰を掴んで、オレは蜜壷を小刻みに突き始める。 記憶を失う前ののだめはバックが一番好きで、最後にこれをやってやると、オレが驚くほど淫乱で可愛い女になった。 「のだめ…もっと奥まで……欲しい?」 「あっ…やぁん…もっとぉ…もっとぉ、センパイ…きてぇっ!!」 のだめの可愛いおねだりが聞けたのに満足すると、オレは大きなストロークで深く抉る様に、のだめの膣奥を突き上げた。 「あ、あ、あ、あ、すごぉ…やぁん…あんっあんっ!!」 「はぁっ…のだめの奥まで…オレの…きてるか……?」 「きて…マス……!センパイの…あんっ…おっきいのがっ……。」 「はっ…バカっ…んくっ……そんなコト言うなっ……。」 「イイっ!!気持ちイイ…!のだめっ…頭が…おかしくぅっ…ああっ…なっちゃう!!」 激しく抽迭を繰り返していると、のだめの双乳がぷるんぷるんと揺れているのが目に入った。 ただでもボリュームのある大きな膨らみが重力に耐え切れず、よりその大きさを強調していて男心をそそる。 オレは腰から手を外すと、背後からのだめの双乳を鷲掴みにしてぐにゅぐにゅ揉みしだいた。 「いやぁん!!あんっああっ!!んふぁ!!」 そしてのだめの感度が良すぎる小さな乳首を摘むと、思い切り摘み上げた。 きゅいきゅいっ……きゅいきゅいっ…… 「きゃあっ!!ああああーー!いやぁーーー!!」 「……っくぅ……。」 その瞬間、のだめの膣ヒダがもの凄い力でオレのペニスに絡みつき、きゅうきゅうと絞り上げた。 「おまえ後ろから突かれながら乳首弄られるの…好きだっただろ……?」 「ああっ…そんなぁっ!!」 「現に今も、ほら……オレが乳首を引っ張るとおまえのココが、もの凄い力でオレを締め付けてるぞ……?」 オレは突き上げながら、“抜き”の時に乳首を扱く。 そうすると、オレのペニスをまるで食いちぎらんばかりの強さでのだめの肉襞が吸い付いて離すまいとするのだ。 それがすごく気持ちよくて、オレは何度も何度もその淫らなのだめのスイッチを引っ張り続けた。 「はぁ…センパイ…のだめ…もぉっ……。」 「…っく…はぁっ……。イキそうか……?」 のだめが弓なりに背を反らし始めてきた。オレも先程の乳首への愛撫で、限界が近い。 オレ達の間に再び絶頂の瞬間が訪れようとしていた。 パン!パン!パン!パン!! 「ああっセンパイ!!千秋センパイ!!」 再びのだめの腰を掴んでピストンを早くすると、のだめが息も絶え絶えに喘ぎながら、何かを言おうとしている。 オレの突き上げに集中せず、まだ話す余裕があるのかと思うと、オレはより一層腰の動きを早くした。 「センパイ…ああっ…千秋センパイっ…んあっ!の、のだめ……。」 「なんだ……?」 「はぁっ…のだめ…千秋センパイにだったら…あっ…何をされてもイイっ…ですっ!!!」 「えっ!?」 「だから…あんっ…だから…こんなコト…の、のだめ以外の…他の誰にもっ…し、しないでくだサイ! のだめっ…だけに…してっ!!ああっ…のだめだけにっ…してくだサイ!!おねがいっ……!!」 「……のだめっ!!!」 のだめのその告白に、オレの理性はぷつんと音を立てて切れた。いやもしかしたら、最初から理性なんてなかったのかもしれない。 オレはもう何も考えられず、ただただのだめの最奥を目指して、激しく腰を打ち続けた。 鼻にかかる子猫のような甘い喘ぎ声…… すぐに全身を桃色に染めるすべらかな柔肌…… オレを焦らすように可愛く乱れるしなるような身体…… そののだめの全てが、いとおしい のだめがオレに、自分だけにしかして欲しくないと言ってくれたように…… オレだってのだめに、オレ以外の男とこんな事をして欲しくない。 いや、オレ以外の男とおまえが……そう考えただけで反吐がでる。 ―――おまえはオレのものだ!!オレだけのものだ!! オレは独占欲という名の熱い杭をのだめの膣に打ち続けながら、 さっきのだめが言ってくれたのに、自分は言えなかった言葉を考えていた。 「あっあっああっ…センパイ…イっちゃうっ!あああっ…のだめ、またイっちゃいマスーーーー!!」 「はぁっ…うっ…オレもイきそっ…のだめ……のだめ…オレもっ…おまえが好きだっ……!!」 「えっ?あっ…ああああああーーーーーーーーーー!!!」 のだめが到達したのと同時に、オレはのだめの膣奥に膨らんだ亀頭をぐぐぐと押し付け、一気に自分の欲望を迸らせた。 すると腕から崩れ落ちるように、ドサリ…とのだめの身体はベットに沈み込む。 同時に達したオレも、そののだめの身体の上に覆い被さる様に、ぐったりとのしかかった。 そうして暫く、二人で重なったままでいたが……よく見ると下にいるのだめは、今度は本当に気を失ってしまっていた。 頬に残る涙の後を拭ってやりながら、オレは荒い呼吸を鎮めつつ、のだめから身体を離した。 自分の始末をしてしまうと、先程怒られたのでどうしようかと迷うが、やはり愛液で汚れたのだめの身体を綺麗にしてあげた。 そこでオレはある事を思い出し、のだめをそのままにして一度ベッドから降りる。 椅子に掛けてあったジャケットの内ポケットを探ると、あの上海で買ったルビーのネックレスを取り出した。 ―――今夜はこいつにも…助けられたな……。 オレはのだめのネックレスを身に忍ばせて、今夜のステージに上がった。 お守り代わり…という訳ではなかったが、こんな事をしたのは初めてだった。 ベッドに戻ってくると、鎖の留め具を外し、のだめの白い喉元にそれをつけた。 戯れに、ハート型のルビーのペンダントトップを摘み上げ、軽く揺らしてみる。 目の前には…オレの贈ったペンダントだけをその身に纏った、可愛い恋人の寝顔―――オレは満ち足りた気持ちになった。 オレはベッドの上でぐちゃぐちゃになった布団とカバーを綺麗に広げると、それで自分とのだめをすっぽりとくるんだ。 そして枕をのだめの頭の下に差込み、自分の胸元に抱き寄せた。 ―――ごめんな……。 “初めて”のこいつを「大事に大切に抱く」はずだったのに、 身勝手な男の欲望に流されて激しくしてしまった事を、今更ながらオレは後悔していた。 ―――けど今夜は……どうしても自分を抑えきれなかったんだ……。 赦しを請うように意識のないのだめをぎゅっと抱きしめると、オレは腕の中にのだめを閉じ込めた。 こいつの身体はこんなにも華奢だっただろうか……そう思う程、のだめはオレの身体の中にすっぽりと包まれている。 ―――ようやくオレの所にかえってきた……。もう絶対……離さねぇー……。 愛しい存在を胸の中に感じながら、久しぶりの甘い幸福感に包まれて……オレは瞼を閉じた。 ********** 淡く霞んだ白い光の中、自分の胸にかかる暖かな息遣いがくすぐったくて、オレはゆっくりと目を開けた。 ―――あー…のだめかー……今、何時だ? オレは半分寝ぼけた頭で、自分の腕の中にいるのだめに声を掛けた。 「おい…のだめ。おまえ今日…学校は……あ。」 いつもと違う部屋の風景に、オレの意識は一気に覚醒した。 そうだった……ここはパリのオレの部屋ではなくて、三善の家のオレの部屋だ。 見ると、ベッドサイドに置いた時計の針は、早朝6時をちょっと過ぎた頃をさしている。 ―――オレ、昨日こいつと……。 自分の胸の中で、すぅすぅと気持よさそうに寝息をたてて、のだめはぐっすりと寝ていた。 顔を覗き込むと口元はだらしなく開いており、その上うっすらと甘い涎が顎にまで垂れている。 ―――相変わらず……これが自分の恋人とは思いたくない程、だらしねー顔だな……。 けれども、朝の柔らかな光の中で見る、このピンクに染まった頬っぺたは……やっぱり可愛い。 こいつの…こんな姿を見られるのは自分だけだと思うと、柄にもなく胸の奥の方から甘酸っぱい喜びが湧き上がる。 オレが少し身体をずらすと、胸の中ののだめが僅かに身じろいだ。 「ん…んん……。」 有名な物語の眠り姫がそうしたように、のだめは長く湿った睫を震わせながら、ひどく緩慢なさまで、ゆっくりと瞼を開いた。 「……おはよ。」 オレは笑いながら、いつもの朝の挨拶をした。のだめはとろん…とした瞳で、ぼんやりとオレを見ている。 どうやらまだ完全には目が醒めてないらしく、置かれている状況を完全には把握していない様子だ。 「ごめん…起しちゃったか?まだ早いから、もう少し寝てろよ……。」 「あれ?…千秋……先輩?」 「……ん?」 のだめはどこか、合点のいかないすっとんきょうな顔をしてこっちを見ている。 それは昨夜あれ程オレの前で、いやらしく乱れまくった女がする表情とは思えない位、間抜けなさまで……。 オレは可笑しくなって、ついのだめをからかった。 「おまえ…“初めて”だったのに激しくして……ごめんな?」 忍び笑いを堪えながらそう囁くと、オレはのだめの額にかかった髪を優しく掻き上げ、口付けを落とした。 その瞬間、のだめの眉間に、恐ろしい程の皺が寄った。 「初めて…って……。」 オレも聞いた事のない超重低音のドスのきいた声で、のだめは呟いた。 「一体どこの誰と…のだめを勘違いしているんデスか……し…ん…い…ち…くんっ!!!」 「……えっ?」 「ムキィィィィィーーーー!!!こんのぉ浮気者ぉぉぉぉぉーーーー!!」 のだめはぐわっ!と身体を起すと、頭の下においてあった羽根枕を持ち上げ、オレに向かって凄い勢いでそれを振り落とした。 ボスッ!ドスッ!ボスッ!ドスッ! 「いてっ!バカっ!や、止めろって…のだめっ!!」 「信じられないっ!んもう!!最低の最低っ!このドスケベーーーー!!」 のだめはあられもなく露出したままの上半身さえ意に介さず、もの凄い形相でオレに枕を叩きつけ続けている。 慌ててオレも起き上がって、のだめの手から羽根枕を奪おうとする。 しかし、縦横無尽に繰り出されるのだめの凶暴な枕パンチに、オレはなすすべもなく、ボコボコにされまくっていた。 いつしかあたり一面を、羽根枕から漏れ出た白い羽毛が、フワフワと雪の様に舞い始めていた。 「大川に来るんだったら、どうしてのだめに言ってくれなかったんデスかーーーー!!」 「はっ!?い、いてっ!大川?なんだそ―――」 ボスッ!ボスッ! 「ここはっ!!のだめの実家なんですヨっ!!お父さんもお母さんも、よっくんも居るのにっ!!!!」 「じ、実家ぁ??うぐっ!の、のだめ、冷静にな―――」 ボスッ!ボスッ! 「それなのにっ!のだめによ、夜這いをかけるなんてっ…のだめ、先輩のコトっ…見損ないましたヨ!!!!」 「はぁっ!?夜這いっ!?おいっ!人聞きの悪い事言う―――」 ボスッ!ドスッ! 「夜這いをかけられた事だけでもっ!許せないのにっ…あまつさえっ!浮気相手と妻を、ま、間違えるなんてっ……!!」 「う、浮気相手ぇーー!?さっきからのだめ、何言ってる…いてっ!」 「真一くんっ!!!一体どこのナマムスメと浮気しとっとーーーー!!」 「そ、それを言うなら“キムスメ”だろ……。」 「ムキーーーー!!浮気しておいて開き直るとはっ!もう離婚っ!!デス!!離婚ーーーー!!」 のだめは羽根枕ではなく、今度は握りこぶしで、直接オレに殴りかかった。 ドカッ!!バキッ!! 「いでーーーー!!」(←クリティカルヒット) ボディーブローを1発、アッパーを1発、のだめから華麗に決められたオレは、ノックアウトしてだらしなくベットに沈み込んだ。 「っはぁ…!!っはぁ…!!天誅たいっ!!」 「のだめ…さっきから何、意味不明な事言ってんだ……。ちょっと落ち着けよ……。」 ベットに顔を伏せてオレが息も絶え絶えにそう言うと、また火に油を注いでしまったらしく、のだめは再びオレに羽根枕をぶつけ始めた。 「ムキャーーーー!!千秋先輩の浮気者!!スケベ!!人間のクズっ!!」 やられっ放しのオレだったが、さすがに最後のだめの発言には、カチンときた。 「人間のクズは、言い過ぎだろーがっ!!」 そう言ってオレはがばっと起き上がると、枕を掴んでるのだめの手首を両手で抑えつけ、動きを封じ込んだ。 「っな!?妻を浮気相手と間違えておいて、逆切れして暴力ですカ!?いいですヨ!やれるモンならやってみろ!!ですヨっ!! 言っておきますケド、ここにはお父さんもよっくんも居るんですからねっ!!」 「ここって……?」 「大川に決まってるじゃないデスか!!」 ―――は?大川……?今のだめ、大川って言ったよな?……そういえばさっきからこいつ…オレを“真一くん”と…… ―――っえ!?……ま、まさかっ!? 「おまえっ!!もしかして……“のだめ”かっ!?」 「どこをどう見てものだめ、デスよっ!!浮気相手のナマムスメじゃなかとっ!」 「おまえっ!今、どこの学校に通ってる?」 「はぁっ!?パリのコンセルヴァトワールに決まってるじゃないデスか!!」 「アパルトマンのフランス人オタクといえばっ?」 「フランクっ!!」 「焼き栗を割り勘で買って、最後の一つが奇数だと物凄く揉めるのはっ?」 「ユンロンっ!!んもう!さっきから、先輩何言ってんデスか!!話をごまかそうったってそうはいきま」 「おまえっ!!!……“のだめ”なんだなっ!?」 「だからのだめだってさっきから何度も言っ」 「オレが初めてだけど初めてじゃない、“のだめ”なんだなっ!?」 「何訳分からない事言ってンですカーーーーー!!!!」 胸が詰まって、もうこれ以上何も言えなくなって、オレはのだめを乱暴に自分の胸の中に引っ張りこむと、強く抱きしめた。 「のだめっ!!」 「ぎゃぼっ!?」 胸に飛び込んできたのだめは、オレの腕の拘束から逃れようと、すぐにその身を捩じらせた。 「むーーー…千秋先輩!!ハグされても、のだめごまか」 「のだめ……のだめ……。」 暴れるまくるのだめの動きを封じながら、甘い香りのする髪にオレは顔を埋めた。 「やっと……会えた……!」 「やっと、って……。パリで別れてから、一週間も経ってないですヨ?」 のだめを抱きしめるオレの腕が震えている事に気がついたのだろう……のだめは急にうかがうような口調になった。 「もう、どうしたんですか……?千秋先輩……。」 「うん……。ど、どうしたんだろ……オ…レっ……。」 「えっ?……千秋先輩、泣いて……?」 情けない事に、オレは盛大に涙声になってしまった。腕の中ののだめは、心配そうにオレの背中に手を回す。 「本当にさっきから変ですヨ?真一くん……。」 「そう…だなっ…へ、変っ…かもな……。」 「……本当にどうしちゃたんですカ?」 「うん……。説明する…ちゃんと説明する、よ……だからもう少し、このままで……。」 そうしてオレが落ち着くまで、のだめはオレの背中をあやす様に、優しく撫で続けていてくれた。 ********** 「ふぉぉぉぉ〜!!のだめ、こっから落ちたんデスか〜……。」 目の前には大きな大きな白樫の木。口をあんぐりと開けたまま、私は茫然とその木を見上げていた。 「オレもおまえが落ちた場所は、初めて見たけど……。」 千秋先輩が同じ様に、私の隣で木を見上げながら呟いた。 よく見ると白樫の枝が一箇所途中で裂けていて、中の生木の部分が剥き出しになっている。おそらくあそこから私は落下したのだろう。 「のだめ、本当によく無事でしたね〜……。」 「ああ……。っていうか、多分あの下の茂みが、落下時にクッション代わりになったから、おまえ大した怪我がなかったんだろな。 ほら見ろよ。あそこが“のだめ型”になってンぞ!」 そう言って千秋先輩が指し示す先には、しっちゃかめっちゃかに私の身体の形に押し潰された、見るも無残なブッドレアの木があった。 「はぅぅぅ〜……。ごめんなサイ。」 私は“のだめ型”にくり貫かれてしまった可哀相なブッドレアの前にしゃがみ込むと、頭を下げて心からお詫びをした。 「そう言えば、山口先生から落木した場所をおまえに見せるなって言われてたけど……。まぁ、もう大丈夫だよな?」 「山口…センセ??」 「おまえの主治医の先生。すっげー世話になったンだぞ?」 「はぅっ!のだめ、この10日間、本当に全然記憶がないんですヨ!!」 今朝目が醒めたら、いつの間にか時間が一週間以上も経過していた。 私の中では、今日朝一の飛行機に乗って、福岡から横浜の三善さんちに行く筈だったのだけど……。 けれど実際には……私はすでに三善さんちにいるこの不可思議さ―――先輩から何度説明を聞いてもやっぱり理解できない。 「さっき先生に電話したら、検査したいから早く病院に来るようにってさ。 おまえの記憶が戻ったって聞いて、先生すっげー驚いてたけどね。」 「そですか……。山口先生…山口先生…やっぱりのだめ、全然思い出せないデス……。」 「今度はおまえ、記憶を失ってた事を忘れるなんて、な……。」 千秋先輩は物憂げな表情で、遠くの方を見つめている。 私は立ち上がると先輩の隣に寄り添って、その眼差しと同じ方向に視線をやる。 私達の間を、一陣の朝の爽やかな風が通り抜けていった。 すると、流れてきた風にのってきた甘い芳香が、私の鼻腔をくすぐった。 「むむん!何かいい香りがしマス!!」 いい匂いがする方へ鼻をクンクンとさせながら、わたしは歩いて行く。 「おまえ…犬みたい。」 呆れた様に苦笑しながら、千秋先輩は私の後についてきた。 「あっ!!先輩!!この香り!!この花の香りですヨ!!」 私の目の前には、すっと伸びた花茎の先に、ピンクがかった紫色の小花が、密集して咲いている植物があった。 それらがあたり一面に群生していて、ガーデンを華やかに彩っている。 「綺麗なお花ですネ!すっごく甘くていい香りがしマス!」 「ああ。ヘリオトロープか……。ここ、千代さん自慢のハーブガーデンだからな。」 「ヘリオトロープ?」 「ん。別名香水草って言ってな。その名の通り、このバニラにも似た甘く強い芳香から、香水がとれるんだ。」 「ふぉぉぉぉ〜!!香水!千秋先輩って物知りですネー!薀蓄王?」 「いや、オレも千代さんから聞いた話。しかし…近くだと、胸につくほど甘ったるい香りだな。」 「千秋先輩!この甘い香りといい…花の色といい…このヘリオトロープってターニャ!って気がしまセン!?」 「タ、ターニャ!?」 先輩は私が言った言葉に一瞬目を丸くするが、次の瞬間大笑いした。 「はははははっ!おまえうまい事言うなー!確かにターニャ!!」 「でショー?でも、お菓子みたいに甘くて良い香りですよネ〜コレ。」 私は少し屈むと、可愛い小花に鼻をクンクンとさせながら、思いきりその匂いを吸い込んだ。 「ん〜〜!のだめ、このお花好きデス!」 そう言って私の真横で花を見ていた先輩に顔を向けると、いきなりちゅ!と唇を奪われた。 「!!」 「……何?」 一瞬先輩から何をされたのか分からなくて、私はとてもアホっぽい顔をしてしまった。 頭がキスされたのだと理解した瞬間、自分の間抜け顔がかぁぁぁ…と真っ赤になる。 とにかくそんな自分が情けなくて恥ずかしくて、私は白目で千秋先輩に猛抗議した。 「んもぅっ!先輩はいつもどうしてのだめに、いきなりちゅーするんデスかっ!!」 「え?」 「これからは、不意打ちちゅーは禁止!!デスっ!!のだめがイイって言わない限り、もうちゅーしちゃイケマセン!!」 「は?何で?」 「ムキャーー!!先輩は女心を全然分かっていまセン!!のだめ今、ものすご〜くお間抜けな顔してましたヨ!!」 私は先輩から顔をふんっと逸らすと、ふくれっ面でぼやいた。 「……女の子だったら可愛い顔をして、好きな人からちゅーされたいんデス。」 「よくわかんねーけど、要するにキスの前に予告すればいいんだろ?」 喉の奥をくつくつとならして、先輩は笑っていた。 「じゃあ、のだめ。今からキスしてもいい?」 「……はぅっ!?」 先輩は私の頬にそっと手を添えて自分の方へ向かすと、頤を軽く持って私の顔を上を向かせた。 「……じゃあ、今からキスするぞー?」 そう言って私の至近距離まで顔を寄せてくると、悪戯っ子なような表情をして楽しそうに笑っている。 「せ、先輩……チョ、チョト!!」 「了解とってキスしろって言ったの、おまえだろ?」 「そ、そですケド……。」 「ほら、早く可愛い顔しろよ。」 「ムキャーーーー!!」 先輩に促されるように瞼を閉じると、私はキスの形に唇を尖らせ、一生懸命可愛い顔をした(つもりだった)。 甘い吐息がふわっと顔にかかったと思うと、先輩の優しくて熱い口付けがゆっくりと降りてくる。 「…ん…んん……。」 上唇をやわやわと食まれながら、上の歯列を先輩の甘い舌でゆっくりとなぞられる。 私がおずおずと舌を出すと、先輩は待ってたとばかりにそれを絡めとリ、思いきり吸い込んだ。 朝から…それもこんな外で熱烈なちゅーをされた事のなかった私は、少し引き気味になってしまう。 けれども、先輩はそんな私にお構いなしに、上から覆いかぶさるようにして、どんどん深いキスをしてくる。 情けない事に私は途中から腰が抜けてしまい、先輩の腕で崩れ落ちる寸前だった身体を、慌てて支えてもらった。 「あへ〜〜……。」 「くっくっく。のだめ、腰抜かすほどよかったんだ?」 「ムキーーーー!!千秋先輩のスケベ!カズオ!!朝からこんなちゅーは、反則デス!!」 「何だよ。おまえの言うとおり、ちゃんと了解とってしただろ?」 「バっ…バカぁ!!!」 「ははは!」 私が真っ赤になって怒っても、先輩はどこ吹く風だった。 「じゃあこれからは、今からするのがフレンチかディープか、キスする前に予告するか?」 「むきゃーーーー!!えっち!」 「……だって了解とれって言ったのおま」 「もうっイイです!!も、もう……のだめの了解をとらないでいいデス…から。」 どう見てもこのちゅーの駆け引きは、先輩の勝ちだった。私は素直に降参した。 「ちゅーされる前にそんなコト言われたら、のだめの心臓が幾つあっても持ちませんヨ……。」 「……そう?」 私の頬っぺたにちゅ!と音をたててキスをすると、先輩は満足げにニヤリと笑った。 「……さ、もうそろそろみんなも帰って来る頃だし、病院に行く準備をしないと。オレも付き添うから。」 私達は自然に手を取り合うと、お互いにしっかりと指を絡めてつないだ。 そうして裏のハーブガーデンの小道を散策しながら、ゆっくりと玄関に向けて歩き出す。 「でものだめ……。何か損した気分デス。」 「損?」 「だって、松田さんと先輩の競演、すっごく楽しみにしてたのに……聴けなかった。」 「でもおまえ、ちゃんと聴いてンだぞ?」 「記憶になかったら、意味ないじゃないデスか……。」 私が頬を膨らませながら呟くと、何故か先輩が嬉しそうに一人でくすくす笑っている。 「千秋先輩?何が可笑しいんデスか?」 「いや…オレは得したなーと思って。」 「得?何がデスか?」 「だってほら…おまえの“初めて”、二回も貰っちゃったし?」 「ぎゃぼーーーーー!!」 その発言に私は手を離すと、先輩の前に仁王立ちになった。 「先輩のどスケベ!!えっち!!カズオーー!!」 「昨夜ののだめ、オレのベッドの中で初々しく恥らったりして可愛かったなー。そのくせすっげーやらしかったし?」 「ムキャーーーー!!」 先輩のセクハラな暴言に、私の頭はプツンと切れた。 「千秋先輩のエロ親父!!先輩って、ただの処女好きだったんデスね!!」 「っは?しょ、処女好き……?」 「だってそうでショ!!先輩、今までの彼女で、“初めて”じゃなかった人、いましたかっ!?」 「あ。」 「ムキーーーー!!やっぱりそうなんデスねっ!?とんだバージン・キラーの毒牙に、のだめはかかっちゃいましたヨ!!」 「バ、バ、バージン・キラー……?」 「千秋先輩は、のだめの“初めて”が目的だったんデスね!!」 「っな……!!ンな訳ないだろーがっ!!」 「どうせのだめは“初めて”でしたよっ!!経験豊富な千秋先輩と違って、のだめは先輩しかしりませんヨ!!」 怒りで全身を震わしながらそう絶叫すると、先輩は何とか私を宥めすかそうと思ったのか、私を抱きしめようと腕を伸ばした。 私はその手をバシッ!と、はたいた。 「痛っ!」 「のだめ、今は先輩しか知りませんけどっ!!この先はわからないんですからネっ!!」 「おい、こら、ちょっと待て!!それはどういう意味だーー?」 「それにっ!!自惚れないで下さいネ!!ちゅーまで自分がのだめの“初めて”の相手だと思ってるなら、大間違いですヨ!!」 「えっ!?な、何だって?」 私は先輩に『いーーっだ!』と言いながら舌を出すと、玄関に向かって猛スピードで走り出した。 「っちょ!のだめ!待てって!今の話、どーゆー事だよ!…って、おい聞けって!」 先輩が慌てて後ろから追いかけてくるが、私は振り向きもせずにそのまま走り続けた。 「おいっ!のだめっ!そんなに急に走ったらっ…身体に良くないだろーがっ!!!」 先輩が後ろで何やら大声で叫んでいたが、私は完全に無視をした。 私達はしばらくの間、三善さんちの広い庭中を、二人で追いかけごっこをして息を切らしていた。 ********** のだめの検査が終わるまで、オレは病院のロビーの一箇所にある待合室で、手持ち無沙汰で過ごしていた。 一応テレビの方へ視線は向けるが、朝のワイドショー関係の番組らしく、あまり興味もなかったので、ただぼんやりと見ていた。 『のだめちゃんの記憶が戻ったーーー!?』 オレ達が走り回って玄関の前へ出ると、ちょうど竹叔父さんや母さん達がタクシーから降りる所だった。 どうやらみんなのだめの事が心配で、朝食も取らずに朝一でタクシーをかっ飛ばして帰って来たらしい。 『本当なのっ?のだめちゃん!記憶が戻ったって!!』 『えと、ハイ。そうみたいデス。』 『うえーーーーん!!のだめちゃん!!良かったよぉーーーー!!』 由衣子が大声で泣きじゃくりながら、のだめにしがみついた。のだめは少し困ったような顔をして、由衣子を抱き締めていた。 竹叔父さんも母さんも面食らった顔をして、お互いを見合っていた。 『その代わり、記憶がなかった間の事を忘れてんだ、こいつ。』 『ええっ!?そうなの?のだめちゃん!怪我した事、忘れちゃったのぉーー??』 『全然憶えていないんデス。朝起きたらのだめ…いつの間にか三善さんちに居たんデス。』 のだめは困惑した表情で、母さん達に状況を説明しているが、みんなあっけに取られたまま固まっていた。 オレも先程まで同じ気持ちだったから、母さん達の心理状態が手に取るように理解できた。 『でも……。何で、のだめちゃんの記憶が、今朝になって急に戻ったのかしら?』 母さんの鋭い質問に、オレはドキリ!とし、冷や汗が背中をつつつ…とつたった。 “セックスしたら次の日、のだめの記憶が戻っていました。”とは、口が避けても……絶対に言えない。 流石に今、オレのベッドシーツやカバーを丸洗いしてるから、千代さんにバレてるのは間違いないけれど……。 でも自分の家族に…しかも年頃の俊彦や由衣子にそういうのが知られるのは、非常に気まずいし教育上良くない事は明らかだ。 『きっと昨日の真兄ちゃまの公演を聴いたからじゃないっ!?きっとそうよっ!!』 その時、由衣子が上手い事を言ってくれた。オレは小さな彼女のその発言に感謝しつつ、加勢するように付け加えた。 『思えば昨夜、のだめの体調が悪くなったのも、この予兆だったのかもしれないな。』 『……のだめは憶えていないから、よ、よく分からないんですケド。』 のだめは顔を真っ赤にさせながら、俯いて呟いた。瞬間、オレはしまったと思ったが、もう後の祭りだった。 こいつの表情にピン!ときたのか、竹叔父さんと俊彦が真っ赤になって、オレ達から目を逸らした。 母さんといえば……物凄いジト目で、オレを凝視していた。 『ま、そ、そういう訳だからっ!今から病院に、こいつの検査に行って来るから……。』 『あ、そ、そうなんだ。気をつけてね、真兄。』 『わ、私達は…まだ朝食をとっていないから……。久しぶりにみんなで朝ごはんをた、食べるか……。』 『きゃーーー!由衣子、今日学校お休みして得しちゃった!のだめちゃんも記憶が戻ったし!!』 これから朝食にすると言う母さん達と玄関で別れ、オレ達は簡単に準備をすませると、病院に向けて三善の家を後にしたのだった。 ―――あー……由衣子には気がつかれてないのが救いだけど…… ―――竹叔父さんや母さん、それに俊彦にまで知られるとは…情けねー……。 オレが待合室のソファに座りながら、赤くなったり青くなったりと百面相していると、後ろから看護士に声を掛けられた。 「千秋さん。山口が、のだめちゃんの検査が済んだので診察室へお入り下さい、と申しておりますが。」 「あ、そうですか?すみません。今行きます。」 オレは慌てて腰をあげると、山口先生の診察室に向かった。 ドアを軽く三回ノックすると、『どうぞ、お入り下さい。』という、山口先生の穏やかな声が扉の向こうから聞こえた。 「おはようございます、山口先生。」 「おはようございます、千秋さん。公演が終わったばかりでお疲れの所、朝早くから、無理を言って申し訳ありませんでした。」 「いえ、そんな事は!こちらこそ、先生にはご迷惑をおかけしてばっかりで…本当に申し訳ありません。」 山口先生から『どうぞ、お掛け下さい。』と勧められた椅子の隣にはのだめが座っていて、オレをニコニコと笑いながら見上げていた。 「失礼します。のだめ、検査は無事に済んだのか?」 「ハイ!もう終わりましたヨ〜!」 オレ達の他愛もない会話を聞きながら、先生は机の上に置いてあった書類をまとめると、封筒の中に入れている。 「検査の結果、やはり今の所、のだめちゃんには特に異常等は見受けられませんでした。ご安心なさって下さい。」 「そうですか……。それは良かったです。先生には何とお礼を申したらいいか…本当にありがとうございます。 ほら、のだめっ!おまえからもちゃんと先生にご挨拶しろっ!」 「あ、ありがとうございましタ。や、山口先生。」 のだめはおずおずと、お礼の言葉を先生に伝えている。 しかしのだめには山口先生との記憶がないから、正直何の事だかさっぱり分からない…と言うのが本音のようだった。 「ふふふ。いいんですよ。でもせっかく千秋さんがいらっしゃるから、ちょっと最後の確認をしてみましょうか?」 先生は肩を竦めながら微笑すると、のだめの方へ向き直った。 「最後の…確認デスか?」 「ええ。のだめちゃんリラックスして、今から私がする簡単な質問に答えて下さいね。」 「えと、ハイ!」 「ではまず、のだめちゃんは今、どちらに留学されていますか?」 「のだめですか?パリのコンセルヴァトワールって所ですヨ?」 「そこで、何の勉強をされているのですか?」 「のだめはピアノの勉強デス!」 「お一人で留学されているのですか?」 「いいえ、違いますよ〜!隣にいる、千秋先輩と一緒に、デス。ぎゃはぁっ!」 のだめは頬を紅潮させるともじもじして、照れたようにオレを見上げた。 「では、千秋さんとのだめさんのご関係を教えて下さいますか?」 「むきゃ!!のだめは千秋先輩の妻、デス!!先輩のかわゆ〜い愛妻デス!!」 「えっ!?妻っ!?」 「あの先生……こいつ、変態で妄想癖があるんで、適当に流してくれませんか……?」 オレがそう言うと、先生は吃驚した顔をして、次の瞬間盛大に笑い出した。 「あはははは!有り難うございました。のだめちゃん、もう結構ですよ?」 山口先生はクスクス笑いながら、先程から整理していた封筒をオレの前にすっと差し出した。 「これを……。一応のだめちゃんの今回の事故後の病状の経緯や、処方した薬等をフランス語で書いておきました。」 「えっ?」 「脳の障害は、時間が経過してから後遺症が現われる事も多いので、最低半年は様子を見て下さい。 何かありましたらすぐに、病院で受診される事をお薦め致します。この書類はその時にでも御活用頂ければ……。」 「……すみません。山口先生、本当にありがとうございます。」 オレは先生に深く頭を下げながら、その封筒を受け取った。 「それより、今度は私がのだめちゃんに忘れられちゃうとは……。残念ですね。」 山口先生は悪戯っぽい眼差しで、のだめの顔を覗き込んだ。 「ぎゃぼっ!!ごめんなサイ!」 「いいんですよー?私はのだめちゃんの事、しっかり憶えていますからねー。 あなたが私に弾いて下さったあのピアノ……一生忘れません。」 先生はそう言いながらのだめの手を取ると、大きな手で柔らかく包み込んでぎゅっと握った。 「本当にありがとうございました、のだめちゃん。」 「ふぉぉぉぉ〜!のだめ、先生にピアノを弾いてあげたんデスか?」 「ええ。とっても素敵なリストを、ね?」 先生はオレに思わせぶりに目配せした。 「むーーーー!のだめちっとも思いだせないですヨ……。リスト…リスト……。」 「はぁ……。ったく、日本に帰ってから、ずっとおまえに振り回されっぱなしだった……。最悪だ。」 オレがそうぼやくと、山口先生がのだめにヒソヒソ声で耳打ちしている。 「そうそう、のだめちゃん。のだめちゃんが記憶を失っている間ですけどね……?」 「むきゃ……?何デスか……?」 「千秋さんはそれはそれは、とろける様にのだめちゃんに甘々でしたよ〜?いつもそうなんですか?」 「ええええっ!?この隣に座っているカズオがデスかっ!?」 「おい、こら、誰がカズオだーーーー!!」 「ぎゃぼーーーー!!」 先生の目の前では、オレがのだめの頭をはたくと、のだめが白目になって抗議する…といういつものパターンが繰り広げられていた。 「またのだめ……記憶なくしちゃおっかな……。」 「あーーーー?おまえ、ふざけてンのか!!冗談じゃねぇっ!!絞め殺すぞっ!!」 「ぎゃぼーーーー!何ですカ!それがカズオだって言うんですヨ!!」 「どこがカズオ!!大体、おまえがややこしい事になるから、オレがどれだけ大変だったか!少しは反省しろっ!!」 「ムキーーーー!!先生は先輩はのだめに甘々だったって言うけど、ハッキリ言って、それは何かの勘違いですネ!!」 「何だとっ!?」 「ふふふ。お二人はいつもこうだったんですねー?」 山口先生はオレ達の会話を聞いて、お腹を抱えて笑っていた。 確かにこれは他人からみたら、いちゃついたカップルの痴話喧嘩みたいに、聞こえなくも無い……。 「すみません。最後までお騒がせして……。」 「いいんですよ?今まで通りが一番良いのですからねー?」 オレは恥ずかしいやらみっともないやらで、先生の前で大いに恐縮した。 「そういえば、千秋さんとのだめちゃんは、もう明日にはパリへ戻られるのですか?」 「はい。のだめの事を考えたら、もう少し日本でゆっくりした方が良いのですが……。僕も向こうで大事な仕事が控えていまして。」 「先生?先輩は飛行機が苦手なんデス。だから、長時間のフライトはのだめなしだと乗れない、甘えんぼさん♪なんデス!!」 「へー!そうなんですか、千秋さん!」 「……飛行機が苦手なのは本当ですが……。別に一人でも大丈夫です……。」 「うきゅきゅ〜♪またまた先輩、強がり言っちゃってー!!この前のだめにしがみついて、子犬のように震えてたのは誰ですカー?」 「ばっ…馬鹿野郎!!ンな事、先生に言うんじゃねーーーー!!」 「ぎゃぼーーーー!!」 結局オレ達の会話は最後までこんな調子で、先生を笑わせてばかりだった。 「先生、本当にお世話になりました。」 「あ、ありがとうございましタ。」 「いえ、私は医師として、職務を全うしただけの事です。お二人のこれからの益々のご活躍を、心からお祈り申し上げております。」 山口先生がオレに手を差し出してきたので、オレは先生の暖かい手をぎゅっと握り返した。 続いてのだめも、先生としっかりと握手をしている。 「では先生。失礼します。」 「山口先生。またね!」 「ええ、またね!のだめちゃん!」 優しく手を振って見送ってくれた先生を残して、オレ達は診察室を後にした。 ***** 次の患者の準備をしながら、山口は看護士の持ってきたファイルを、診察順にきちんと並べていた。 ふと、窓の外へ視線をやると、千秋とのだめが、病院のカーポートをぐるっと回って、駅の方向へ歩いて行く後姿が見える。 二人の手はしっかりと…俗に言う“恋人つなぎ”をしていて、遠くから見ても分かる位、甘い恋人達の雰囲気を醸し出していた。 ―――千秋さん、のだめちゃん。良かったですね……! 山口は心の中で呟いた。のだめに自分を忘れられた事は悲しかったが、二人のこんな睦まじい姿を見れたなら、それも本望だった。 彼は二人のシルエットに、自分自身の思い出を重ねつつ、医師としての充足感をひしひしと感じていた。 ―――私はこれからも…脳神経外科医として職務を果たしていければ……! 新たな誓いを胸に、彼は受付の看護士に声を掛けた。 「次の患者さんを呼んで下さい。」 ********** 千秋はのんびりと歩いていたつもりだったが、駅まであっと言う間に着いてしまった。 駅のターミナルを抜けて改札の前に来ると、混雑する切符売り場から少し外れた所で、二人は立ち止まった。 「千秋先輩はこれからどうするんデスかー?」 「オレはこれから、R☆Sの公演終了後のミーティングがあって…それから夜は打ち上げだな。」 「ふぉぉぉぉ〜!!打ち上げ!!」 「明日パリに帰るって言ったら、オレのお別れ会も兼ねて盛大にやるって峰が張り切ってな。お別れ会って……ったく子供かよ。」 「えーーーー!!いいじゃないですか、楽しそうで!!峰くん達、きっと寂しいんですヨ!!」 「……おまえはこれからどうすンの?」 千秋が訊ねると、のだめは思案げな表情をした。 「むー!のだめ、日本に帰る前に、かおりちゃんに遊びに来てネ!って言われてたんですケド。」 「かおりさんに?」 「マラドナコンクルでのだめが借りたかおりちゃんのドレス、もう着ないからのだめにくれるらしんですヨ〜。」 「うっ!……あのヴィヴィアン・リーのかっ!?」 「いえ、アレじゃなくて、その前の予選で着たのですケド?」 「……あ、そ。」 「でも明日パリに帰るのに、荷造りとか色々準備しなくちゃいけないから……。 のだめ、今回はかおりちゃんち行くの止めて、このまま三善さんのお家に帰りマス。」 のだめはそう言うと、目的地までの切符を買おうと案内板をじっと見上げている。 「先輩は東京の方へ行くんでショ?のだめとは反対方向だから、ここでお別れですネ?」 「あ、ああ。そうだな……。」 「のだめ、切符買ってきますネ!」 のだめは人ごみの中を歩いて行こうとしたが、ある事に気がついて歩みを止めた。 「先輩。手を離してくれないと、のだめ、切符買えないデス!!」 「あ、ああ……。」 千秋は反射的にそう言うが、相変わらずのだめの指にしっかりと自分の指を絡め、ぎゅっと握り締めたまま、一向に離そうとしない。 「千秋先輩?」 「え……?」 「んもう!だから手!ちゃんと聞いてマスか〜?のだめの話!」 「ああ、そっか……。」 千秋は口篭るがやはり手を離そうとしないので、さすがののだめも、千秋の様子を不思議に思った。 「どうしたんデスか?千秋先輩?」 「うん……。」 のだめは千秋を次の言葉を、辛抱強く待っていた。 「あのさ……。お前も一緒に来ない?」 「一緒にって……。R☆Sのミーティングと打ち上げにデスか?」 「うん。」 「ダメですヨー!のだめ、全然関係ないんですから!変に思われちゃいますヨ?」 「そ、そうだよな……。」 千秋はそれだけ言うと、気まずそうにのだめから顔を背けた。 「千秋先輩?本当にどうしちゃたんデスか?」 「……。」 「のだめに何か話したいことでも?」 「……いや、そーゆー訳じゃないンだけど……。」 「けど?」 「何かここで手を離したら…別れたら…またオレの事を忘れてしまったおまえに戻ってしまいそうで、怖くて……。」 千秋は耳まで真っ赤になって、俯いた。 「んもー!そんなコト、ある訳ないじゃないですカー!」 のだめも真っ赤になって、千秋の胸を甘えるようにトンと押す。 「千秋先輩は、時々本当に甘えんぼさんですヨ?」 「うるせー……!」 「大丈夫です。のだめ、もう千秋先輩の事、忘れたりしませんから……。」 「……本当?」 「勿論デス!」 「うん……。」 ようやく千秋は安心したのか、繋いでいたのだめの手をゆっくりと離した。 「先輩!今日は帰って来るのは何時頃になりますかー?」 「なるべく早く帰るよ。明日のフライト、早い時間だし……。11時頃までには戻れると思う。」 「そですかー!じゃあーのだめ、先輩が帰って来るまで、寝ないで待ってますネ?」 「うん。待ってろ、ちゃんと……。」 のだめが記憶をなくしてから、千秋はずっと『オレの帰りを待っていないで、早く寝ろ。』とのだめにいい続けていた。 だから今日初めて、その彼女に『待ってろ。』といえた事が、彼にはとても嬉しかった。 「先輩!また後で!」 「ああ。気をつけて帰れよ。」 「先輩こそ飲み過ぎないで下さいヨ〜?あっ!後、可愛いオケのコと、浮気は絶対にダメですからネ!!」 「……何言ってんだ。」 「それじゃー!先輩またねー!」 「ん!」 改札の中で二人は別れると、 のだめは三善の家に帰る為に左の階段を、千秋は東京方面の右の階段を降りて行った。 のだめがホームに降りると、ちょうど線路を挟んで向こう側にに、千秋が立っているのに気がついた。 「千秋先輩!!」 そうのだめが声を掛けると、千秋が“何だ?”という表情をしてこちらを見た。 《まもなく、一番線に下り電車がまいります。白線の内側に下がって―――》 「大好きっ!!」 のだめがそう叫んで千秋が真っ赤になった瞬間、線路に電車が猛スピードで入ってきた。 のだめはすぐに電車に乗り込んで、反対側の扉へ行って向こうのホームを見る。 すると千秋がゆでだこの様に真っ赤になりながらも、怒った顔をしてこっちを睨んでいた。 「(あ・と・で・ネ!)」 少年の様な千秋の可愛い仕草に笑いを堪えながら、のだめが口だけでゆっくりと伝えると、 彼も恥ずかしそうに周りを見回しながら(あ・と・で!)と口を動かした。 そしてプシューという音と同時に扉が閉まり、電車がゆっくりと走り出す。 のだめが千秋にバイバイと手を振ると、彼は目を逸らしながらも、手を上げずに小さく二回ほどバイバイと手を振った。 照れ屋の彼なりの精一杯の愛情表現に、のだめは幸福な気持ちになった。 そうしてのだめは、そんな千秋の姿が見えなくなるまで、ずっと窓の外を見続けていた。 ********** 最終ミーティングといっても、実際は打ち上げの前の軽い反省会という事だったから、 千秋はリラックスした気分で、用意されたミーティング・ルームに入った。 「よー千秋!」 部屋に入るとすぐに、彼は峰達から声を掛けられた。 「みんな、お疲れ。昨日は慰労パーティー、欠席してしまって申し訳なかった……。」 「いいっていいってー!その代わり、松田さん大活躍だったし!」 「あの千秋さま……。のだめちゃんは大丈夫だったんですか?」 「……ああ、大丈夫。ありがとう、薫にも色々世話になったな。」 「そ、そんな!!!(きゅーーーん……。)」←トキメキ中。 「けど、そういえば……人少なくないか?」 千秋はそう言いながら、辺りを見回した。 実際、見知った峰と鈴木姉妹意外は、ほかに数名程しか部屋の中には居なかった。 「ああ、ごめん。今日の最終ミーティング、無くなったんだ。」 「え?そうだったのか?何で?」 「千秋にはメールで連絡しておいたンだけど……。おまえ、見てなかったんだな。 実は松田さんが今朝ダウンしちゃって、今、緊急入院してンだ。」 「えっ!?松田さんがっ!?」 千秋は峰の発言に動揺した。 「なんか過労らしいぜー。あの松田さんが過労とはなー。クールで飄々とした松田さんの態度で気がつきにくいけどさー、 おまえに負けないよう、あの人はあの人なりに、色々と気苦労があったんじゃないかー?」 「そうだったのか……。オレ、昨日の慰労会も、松田さん一人に押し付けてしまって……。」 「でも入院って言っても、今日一日だけで、用心の為らしいから。 さっき高橋くんが見舞いに行ったらしいけど、松田さん点滴を打って貰ったら、もうピンピンしてたらしいぜー?」 「え、そうなのか?」 「早速、可愛いナースの女の子つかまえて、例のキラースマイルを炸裂させてたらしい。高橋くんが怒りながらそう言ってた。」 千秋はひとまず松田の病状があまり深刻な状態でなかった事に、ホッと胸を撫で下ろした。 「わたし達、今日本当は松田さんに相談したい事があったんだけど……。」 「うん、そうなの……。」 「え?何だー?何を相談したかったんだー?」 「実は二人で新しいCDを今度出すことになって…その推薦文を松田さんに書いて貰えたらと思って……。」 「松田さんに頼めば、引き受けてくれるんじゃないか?」 「そうだそうだ!あの人なら萌と薫の頼みなら断るわけねぇ!」 「そうかな?そうだといいんだけど……。」 鈴木姉妹は峰と千秋の言葉に、嬉しそうに笑いあった。 「ま、そういう事で、松田さんいないから、してもしょうがない最終ミーティングはやめたって訳だ。 おまえだけなら、次の打ち上げでそういった話も出来るだろ?だからみんなには、直接打ち上げ会場に行って貰ってる。」 「黒木君とか、真澄とかもか?」 「ああ。真澄ちゃんは今回のおまえのお別れ会の幹事だからな。ちなみに黒木君はその手伝いで。 真澄ちゃん、すっげー張り切って行ったぜー?っよ!相変わらず愛されてるな!」 「……勘弁してくれ。」 千秋が嘆息しながらぼやくと、峰と鈴木姉妹は顔を見合わせて、可笑しそうに笑った。 ***** 「えー、今回、ここにいる初代指揮者の千秋真一凱旋公演と銘打ったこの二日間、みんな本当にお疲れーー!! なんとっ!!早速アンコール公演の話がきてて、まさに大成功といっても過言ではないぜーー!!」 峰の暑苦しい冒頭の挨拶が延々と続き、オケのメンバーはビール片手に、じりじりとしていた。 「ちょっと龍ちゃん!!もうあんたの話はいいから、今日の主賓に挨拶させなさいヨっ!」 真澄が峰に突っ込むと、場の全員がそう思っていたらしく、大きな笑い声が起こった。 「っちぇ!なんだよ!わーったよ!ほら、千秋!ご指名だぞ!」 彼は拗ねたように席に下がると、一番手前の中央にいた千秋がゆっくりと立ち上がった。 「ビールの泡が消えかかってるので、なるべく手短に。みんな本当にお疲れ様、そしてありがとう。 いい公演が出来てオレもすっげー嬉しい。 次にこういう機会があったなら、またみんなと、楽しい音楽の時間を過ごせたらいいな…と思う。 では、R☆Sの公演の大成功を記念して、乾杯!!」 「乾ーー杯ーー!!」 「かんぱーーーーい!!」 あちらこちらからグラスを合わせる音が鳴り響き、打ち上げは和やかなムードで始まった。 千秋は、周りをオケの可愛い女子に囲まれて、音楽談義に花を咲かせつつ、端正な表情で微笑しながらビールを飲んでいた。 指揮をしている間は鬼・千秋でも、こういう時の彼はいつも、まさに“王子様”だ。 「くそーーーー!!千秋のヤツ、相変わらずモテモテだなっ!」 峰がムカついた表情を隠しもせず、憎憎しげに吐き捨てると、黒木が宥めるように彼の肩を叩いた。 「もう結構時間経ったし……。そろそろ千秋君、こっちの席にも来て貰う?」 「そうよっ!ここで待ってたら、いつまで経ってもあのコ達、千秋さまを離しゃしないんだからっ!」 そう言いながら真澄は串揚げに、がしっと噛み付いた。 「じゃーわたし達が呼んでくるねーー!!」 「行ってきまーーす!!」 萌と薫は立ち上がると、いそいそと千秋を囲んでる女の集団の中に入って行く。 「おい、あいつら!なんか待ってましたとばかりじゃねーか?」 「仕方ないよ。千秋君、人気者だし。」 「キーーーー!萌っ!薫っ!行ったきり帰って来なかったら承知しないわよーー!!」 暫くすると、鈴木姉妹はちゃんと千秋を連れて、峰達のテーブルに戻って来た。 「みんな、お疲れ様。」 「……おい、千秋。オレ達の事なんか忘れて、おまえ鼻の下伸ばしてただろっ!」 「はぁ!?」 「まぁまぁ……。千秋君、本当にお疲れ様だったね!」 「お疲れ様です!!千秋さま!!」 「ああ、みんなも本当にお疲れー!」 そう言って6人はお互いにグラスにお酒を注ぎあうと、乾杯をした。 「しかし……。色々あったが、とにかく無事に終わって良かったぜ……。」 「うん。本当にいい演奏会だったね。ボクもすごく楽しかった。」 「千秋さまは、明日パリに帰られるんですかー?」 薫が千秋の空いたグラスに、ビールを注ぎながら訊ねた。 「ああ。明日発つ。」 「何時のフライトなんですか?」 「えっと、確か11時20分…だったかな?」 「うわぁっ!はえーな!でもオレ、明日空港まで、見送りに行くからなー?」 「いい……。来ないでくれ……。」 「何、遠慮して照れてんだよっ!親友っ!!」 峰はそう言うと、千秋の背中をバンバンッ!と叩いた。 彼はもう相当酔っ払っていた為、いつもよりも凄い力で背中を叩かれた千秋は、思わず咳き込んだ。 「げほっ!がほっ……!」 「そういえば千秋さま……あの…のだめも一緒に…明日パリに帰るんですか?」 真澄が窺うような瞳をしながら、千秋に訊ねた。 「え?のだめ?ああ、あいつも一緒に帰る。」 「そっかー。のだめちゃん、やっぱりパリへ帰るんだー……。」 真澄と鈴木姉妹がしんみりとした表情で俯きあっているのを見て、千秋は重要な事を皆に伝え忘れていた事に気がついた。 「あっ!みんなには言い忘れてたけど、あいつ、記憶が戻ったんだ。」 「えええええーーーー!!」 「っはぁ!?のだめがっ!?何だそりゃーーーー!!」 千秋以外の全員が白目をむいて、あっけにとられた表情のまま、茫然としていた。 「ごめん。うっかり言うの忘れてた。」 「そっかー。恵ちゃん、記憶が戻ったんだー……。よかったね、千秋君……。」 一番最初にこの状況から回復した黒木が、千秋に笑顔を向けた。 「いつ、のだめの記憶が戻ったんだ?」 「えっと、それが今朝なんだ。朝起きたら、あいつの記憶が戻ってて……。 でもその代わり、記憶がなかった間の事を、今度は忘れてるンだけど。」 「えっ!?じゃあのだめちゃん、木から落ちた事も憶えていないんですか?」 「うん、そうなんだ。あいつの中じゃ、自分はまだ福岡の実家にいると思ってたらしいから。」 「キーーーー!!!あのひょっとこバカ娘ぇっ!!心配して損したわよーーーー!!」 「真澄ちゃん、どう、どう!」 例の如くハンカチを食いしばる真澄を、左右から鈴木姉妹が宥めていた。 その時、峰がすくっと立ち上がると、千秋の腕を掴んで同じように立ち上がらせた。 「峰?……な、何?」 「バカヤローーーー!!おまえ、今すぐ帰れ!!」 「はぁ?」 「のだめ、記憶が今日戻ったばかりなんだろっ!?戻ったとはいえ、色々不安なんじゃないか? それなのに、おまえがついていてやんなくてどうする!」 「そうだね。峰君の言う通りかも……。今日はもう早く帰って、恵ちゃんの側にいてあげなよ、千秋君。」 黒木は冷酒の入ったお猪口をぐいっと飲みほすと、千秋をじっと見詰めた。 ―――く、黒木君……?またその目……? 千秋は内心動揺しながらも、峰達の好意に甘える事にした。 「いいのか?オレが先に帰っちゃって……。」 「大丈夫!大丈夫!みんなもう酔っ払ってるし、気がつかねーよ。」 千秋を店の入り口まで見送りに出た峰達に、彼は申し訳なさそうに振り向いた。 「本当にごめん。じゃ、オレ先に帰らせて貰うな。」 「のだめちゃんによろしく言っておいて下さい!」 「恵ちゃんに、またパリで会おうねって、伝えておいてね、千秋君。」 「千秋さまにこれ以上迷惑かけないようにって、私が怒ってたって、あのひょっとこバカ娘にきつく言ってやって下さい。」 「ははは。わかった、伝えておくよ。みんな本当にありがとうな。」 「あ、千秋!!」 帰りかかっていた彼を引き止めると、峰がニヤニヤして囁いた。 「本当にのだめの記憶が戻ってよかったな!」 「ああ、うん。峰にも色々迷惑かけて、すまなかったな。」 「そんなのいいって!あのさ、のだめの記憶が戻って……ほら、久しぶりに積もる話とかあるだろ? 今まで出来なかった訳だし!」 「え?ああ…そうかもな。」 「それにさ……色々と…たまってるモンもあるだろ?たまってるモンがっ!!」 「っは!?」 「早くのだめにあって、全部スッキリしてこいよーーーー!!」 「っな、何言ってんだ!!このバカっ!!」 「ひひひひひっ!!じゃまた明日、空港でなーー!!親友!!」 自分の発言で千秋が顔を真っ赤にさせたのを見て、峰は大いに満足した。 そしてニヤニヤ顔のまま、バンバンッ!と彼の背中を叩くと、後ろにいた黒木達と店の中へ戻って行った。 ―――ったく!峰のヤツ……。 千秋はブツブツと呟くが、内心峰の目の付け所の鋭さに舌を巻いていた。 ―――っていうか…もうすでに昨日、スッキリしたんだが……。 千秋は自分の不埒な思考に赤面しながらも、のだめの待つ横浜へ帰路を急いだ。 ********** 由衣子は自分の部屋から出ると、スタスタと客間の方に向かって歩いていた。 『のだめちゃん!今日は最後のお風呂だし、一緒に入ろうね!』 彼女は先程、夕食の時にのだめと交わした会話を思い出していた。 『昨日は一緒にお風呂に入れなかったから、のだめちゃんの背中に湿布も貼ってあげられなかったし。 今日はちゃんと由衣子が貼ってあげるからねー?』 『えええええっ!?の、のだめ!一人でお風呂に入れますヨ!湿布も大丈夫です!』 『え!?一人で平気なの?』 『ほ、ほら!明日からもうパリで一人でしなくちゃいけませんから!今日から練習しておきマス!』 『そう……?それならいいけどぉー?』 真っ赤な顔をして、何故か一人でお風呂に入ると、言い張るのだめが少しおかしいと思ったが…… 由衣子はそんな自分の考えを頭をブンブンと振って打ち消しながら、廊下を歩いていた。 すると、客間に続く廊下の中程まで来た所で、右手前の扉がバーン!と勢いよく開いた。 「と、俊兄っ!?」 「あ、由、由衣子!」 俊彦が自分の部屋から出てくると、由衣子の腕を掴んで彼女を引き止めた。 「なぁに?俊兄!どぉ〜したの?」 「いや、その、た、たまにはボクと、い、一緒に寝ないか?」 「えぇーっ!?」 由衣子が俊彦の発言に面食らっていると、斜め先にある征子の部屋のドアも急に開いた。 「由衣子ちゃん!たまには私と一緒に寝な―――っあら!」 征子と俊彦と由衣子の3人は、お互い気まずそうに廊下で立ちつくしていた。 「……もう征子ママも、俊兄も、心配し過ぎ!!由衣子だってそんなに子供じゃないよっ!! 今日はのだめちゃんと一緒に寝ないもん!」 「やだ、由衣子ちゃん。そういう訳じゃないのよ……?ただ本当に、たまには私と一緒に寝ないかな〜?って思って!」 「そうだよ。ボ、ボクもたまには……。」 「ウソ!!二人ともどうしてすぐ分かるウソをつくの?由衣子だってちゃんと分かるんだから! 明日、のだめちゃん達は朝早いし、由衣子は学校だから、お別れの挨拶でちょっとお話しに行くだけだよ?」 「あら、そうだったの?」 「何だ…ははっ……。」 征子と俊彦は、先回り過ぎた自分達の思考を、気恥ずかしく思った。 「そういえば真兄は?もう10時半過ぎだけど……。まだ、帰ってきてないよね?」 「9時過ぎに千代さんに真一から電話があって、今から帰るって言ってたらしいけど。」 「じゃあ、もうすぐ真兄ちゃま帰って来るねー!由衣子、その前にのだめちゃんとお話してこよっと!」 由衣子は軽やかな足取りで、客間に向けて再び歩き出した。 そんな彼女の後姿を見ながら征子は照れ笑いをし、俊彦は頭を掻いた。 「由衣子も…その…気がついてるのかな?」 「そうだとは思わないけれど……。きっと由衣子ちゃん、真一に気を遣ってるのね?」 「そっか……。」 二人で肩を竦めて笑いあうと、征子と俊彦も自分の部屋へ戻った。 ***** トントントン…… 「ハーーイ!」 客間のドアがガチャリと開いて、中からのだめがひょこっと顔を出した。 「あ、由衣子ちゃん!どしたんですか〜?」 「のだめちゃん達、明日パリへ帰っちゃうから、ちょっとお話に来たの。入ってもいい?」 「もちろんですヨ〜!ささ、どぞ〜!」 のだめは由衣子を部屋へ招き入れると、ソファに座るように勧めた。 「ごめんなサイ!いま荷造りの最中で、ちょっと部屋が散らかっていて……。」 のだめはスーツケースの中に、沢山の荷物を小さく畳んで押し込んでいる最中だった。 あちらこちらに、メッシュ製のポーチや洋服の山が散乱している。 「明日早い時間のフライトだったもんねー!のだめちゃん、大変だねー!」 「そなんですヨ〜!でも、もう後はこれを中に押し込むだけですからネ!何とか荷造り終わりそうでホッとしました!」 のだめは暢気にあはは〜と笑っていた。 「のだめちゃん、ありがとうね。」 「ハイ?」 「由衣子がお願いした事、守ってくれて……。」 「お願いした事?」 由衣子は俯いて呟いた。 「早く真兄ちゃまのこと、思い出してあげてね…って由衣子、のだめちゃんにお願いしたんだ……。」 「そだったんですか……。」 のだめは俯いたままの由衣子の前にひざまずくと、両手を柔らかく包み込んで顔を覗き込んだ。 「のだめ、由衣子ちゃんにも色々心配をかけちゃって……。ごめんなサイ。」 「ううん!元はと言えば、由衣子がいけないんだもん!のだめちゃんが木から落ちたのは、由衣子のせいだから!」 「違いますヨ〜?のだめもいけなかったんですから。ね、由衣子ちゃん、この話は終わったコトですから、もうやめましょう!」 由衣子のふわふわな頬を、のだめがむにっと押すと、ようやく彼女は顔を綻ばせた。 「由衣子は学校だし、のだめちゃんは朝早いから……。明日、挨拶できないと思うから今しておくね! 気をつけてね、のだめちゃん!パリでピアノの勉強、頑張ってね!」 「ハイ!のだめ、頑張りマス!ありがとうございマス!由衣子ちゃんもお休みになったら、パリに遊びに来てくださいネ〜。」 「きゃー!本当?夏休みになったら、パリに行ってもいい?のだめちゃん、一緒に遊んでくれる?」 「もちろんですヨ〜!一緒に遊びましょうネ!」 由衣子が嬉しそうに抱きついてきたので、のだめはその華奢な身体を優しく抱きしめた。 どこか甘い香りのする小さな彼女を抱きしめながら、のだめは幸福な気分になっていた。 「ねーのだめちゃん!お願いがあるんだけど!」 「ハイ?何ですか?」 のだめの胸から身体を起しながら由衣子は言った。 「あの机の上にある、トイピアノ。由衣子にくれない?」 「えっ?あのおもちゃのピアノですか?」 「うん!」 「あれ、のだめのだったんデスかー!てっきり三善さんちのアンティークだとばかり……。」 「あのトイピアノ、入院中ののだめちゃんが退屈しないようにって、真兄ちゃまが買ってきたの。 でも由衣子も、ずっとアレ可愛いなーって思ってて……ダメ?」 「いいですヨ!由衣子ちゃんに可愛がってもらえるなら、ピアノも喜びマス!」 のだめは机からトイピアノを持ってくると、由衣子に手渡した。 「ハイ!どぞ〜!」 「わぁぁ〜!本当にありがとう!のだめちゃん!」 「いえ〜!ソレ、パリにもって帰るのはチョト大変そうですしね。由衣子ちゃんが貰ってくれるなら、のだめも助かりマス。」 トイピアノを小さな両腕で大事そうに抱きかかえた由衣子を見て、のだめは嬉しそうに目を細めた。 「もうそろそろ……。由衣子部屋に戻るね?」 「あ、そですか〜?」 「のだめちゃん、本当にトイピアノありがとう!大事にするね!それじゃあーおやすみなさい!」 「おやすみなさい〜由衣子ちゃん!」 のだめは客間のドアまで由衣子を見送った。 由衣子は再び二階の廊下をスタスタと歩いていた。 先程と違うのは、胸にはのだめから貰った、アンティークのトイピアノを抱えている事だ。 「……のだめちゃんを譲ってあげたんだから、これくらいはイイよね!真兄ちゃま!」 由衣子はそう一人ごちると、自分の部屋へ戻っていった。 ********** 高速道路で事故があった影響で、思った以上に三善家に帰り着くのが遅くなってしまった。 「ただいまー。」 いつもより少し大きい声で自分の帰宅を知らせると、リビングからのだめが飛び出してきた。 「おかえりなさーーーい!!」 のだめは昨日と同じ、鈴木姉妹が選んだと思われる、あのリネンの夜着を身に纏っていた。 「た、ただいま……。おまえ、まだ起きてたのか?」 「起きてマスよ!んもー!ちゃんと起きて待ってろ、ってさっき言ったのは誰ですか!」 「あ…そっか。」 オレがそのまま二階に向かって階段を上り始めると、のだめも後ろからついてくる。 「打ち上げはどうでしたか?」 「うん。楽しかったよ。」 「峰くん達、淋しがってませんでしたかー?」 「いや、明日帰国なんだから早く帰れ、って帰らされた。」 「え、そうだったんデスか?」 「うん……。」 そうして二階の階段を上りきった所で、オレ達はいったん立ち止まった。 「オレ、風呂入って寝るよ。疲れたし。」 「のだめももう寝ます。」 「明日早いからな。寝坊するなよ?」 「わかってマス!」 「じゃあな。また明日。おやすみ。」 「ハイ!おやすみなさい!」 のだめは右の客間へつながる廊下を、オレは自室のある左側の廊下を、それぞれ歩き出した。 部屋に戻って荷物を置くと、オレはすぐに風呂に入った。 昨日はシャワーで済ませたから、オレは久しぶりにゆっくりと湯船に浸かって、のんびりと長風呂を満喫した。 風呂からあがると、いつも通り缶ビールを片手に、再び自室へ戻る。 ―――そういえばオレも荷造り…まだだった。 三善家にあるものも多かったので、オレの荷物は大した量ではなかった。 ビールを飲みながら、手際よく荷物をパッキングし、さっさと荷造りを済ませた。 2缶目のビールを取りに行こうかと思うが、明日のフライトの事を考えてやめておいた。 そしてオレは素直にベットにもぐりこむ。時間は深夜0時をちょっとすぎた頃―――いつもより早めの就寝だった。 ………… ―――ね、寝むれねぇっ!! オレはベットの中で、ぐるぐると悶絶していた。 よく考えたら、昨夜このベッドで、オレはあんなに激しくのだめを抱いたのだ。 目を瞑れば昨夜の…この場所で可愛く乱れるのだめの痴態がまざまざと思い浮かんできて、オレはすぐにハッと目を開けた。 ―――オレは…発情期のガキかよっ……。 シーツもカバーも、洗っているはずだからそんな訳はないのだが…… 何故かベッドの中にあいつの甘い残り香が漂っているような気がして、とてもじゃないけど眠れない。 かといって、ソファで眠る気もしなくて、まさに自分で自分の精神状態がよくわからない。 とにかく壁に頭を打ち付けたくなるような、そんな煩悩にオレは悩まされていた。 ―――くそっ!こうなったら……。 オレはベッドを抜け出すと、自分の部屋を出た。 客間はオレの部屋からだと一番遠くにあるから、オレは足音を立てないように静かに廊下を辿っていく。 しかし中程まで来た所で、ある事に思い当たり、ピタリと足を止めた。 ―――待てよ……。あいつ、いつも由衣子と寝てたよな……?もしかして、今行ったら……。 由衣子と鉢合わせ…それだけは絶対に避けたい…避けたいが、このまま自分の部屋に引き返せるか…というとそれもできない。 オレは廊下の真ん中で、一人で悶々とした結果、意を決して再び客間へ歩みを進めた。 ―――もういい!由衣子がいてもいなくても……オレはのだめの顔が見たいんだ! よく分からない開き直りをして、オレはのだめの部屋へ向かった。 ***** 「ふぅー!荷造りも何とか終わったし、かおりちゃんへのお詫びのお手紙も書いたし、そろそろ寝ますか!」 便箋を封筒の中に入れ、プリごろ太のシールを貼ると、ライティングデスクをパタンと閉じ、私は椅子の上で大きく伸びをした。 時計を見ると、もう12時を過ぎている。 「あっ!もうこんな時間デス!明日早いのに、のだめ寝なくちゃ!」 私は慌ててベッドサイドのランプをつけると、部屋の照明を落とそうと、客間の入り口のスイッチまで歩いていった。 トントントン… まさにスイッチを消そうとしたその瞬間、控えめに小さくドアをノックする音がした。 ―――え?誰だろう……?由衣子ちゃん? すぐにドアを内側に引いて廊下を見ると、そこには千秋先輩が吃驚した顔で立っていた。 「わっ……!何でそんなに早い……!」 「あれー?千秋先輩?どしたんですか〜?」 「いや…その……。なぁ、ちょっといいか?」 「……?いいですケド?どぞ〜!」 先輩は真っ赤な顔をして部屋の中に入ってくると、辺りをキョロキョロ見回していた。 「のだめの部屋が、どうかしましたか?」 「い、いや!おまえ…一人?」 「当たり前じゃないですか!のだめ以外に、誰がいるっていうんデスか!」 「あ、そ、そうだよな……。」 そうどもりながら先輩は、ソファに腰をかけた。 「おまえ、荷造りとかは終わったのか?」 「ハイ!さっきようやく全部終わって、今から寝る所でしタ。」 「そっか……。」 そう言うと千秋先輩は、何故か黙り込んでしまった。 「先輩?どうしたんですか?何かのだめに話があるんじゃないんデスかー?」 「え、あ…うん。」 先輩は私から気まずそうに顔を逸らしている。どうやらそれは先輩にとって、何か話しにくい事の様だ。 「先輩?」 「あー、うん。その…だな。」 「はい?」 「今夜オレここで…おまえと一緒に寝てもいいか?」 「ぎゃぼっ!?」 先輩は真っ赤な顔をして、潤んだ瞳で私をじっと見つめていた。 「ダメです!そんなのダメに決まってるじゃないデスかっ!」 「何で?」 「だ、だ、だって……!!ここは先輩のお母さんの実家ですヨ?俊彦くんや由衣子ちゃんだっているのに!!」 「別にオレ、そういう事はしないよ。……ただ、一緒に寝たいだけ。」 「えっちな真一くんが、えっちなしで同じベッドで寝る訳ないじゃないですかーーー!! 「……おい、それは言い過ぎだろ。」 先輩はハァと溜め息をつくと、急に立ち上がった。 「な、何デスか?」 「昨日の夜、オレ達一緒に過ごしただろ?だからもう……今夜も離れたくない。」 「へ!?」 そう思う間もなく、私は先輩にお姫様抱っこされた。 「ぎゃ、ぎゃぼ!千秋先輩!チョト!」 「だから何もしないって……。本当に……。」 先輩はベッドまでそのままお姫様抱っこで私を運ぶと、ゆっくりとベッドの上に降ろした。 そして、ベットカバーと上掛けのお布団を剥がすと、自分も横になり、私を抱き寄せるようにして、それですっぽりとくるんだ。 「あー…すっげー眠い……。」 「んもう!だったら自分の部屋のベッドで寝ればいいじゃないデスか!」 「そうしたかったけど……。昨夜のおまえのあられもない姿が思い浮かんで、あそこじゃ眠れないんだよ……。」 「ムキャーーーー!!先輩のムッツリスケベ!!」 「そんなの、とっくに知ってるだろ……。」 そう言うと先輩は、私の夜着のボタンを外し始めた。 「チョ、チョト!!何してるんデスか!!」 「え……?ボタンを外してる。」 「さっき、何もしないって言ったじゃないデスかーーーー!!」 「何もしないよ…何もしない。気分だよ、気分。」 「はぁっ!?気分?」 先輩はそう言って、私の夜着のボタンを全部外してしまうと、合わせ目を開いて私の胸元にもぐり込んだ。 「あー……。やっぱ、落ち着く……。」 「……おっぱい星人。」 「何とでも言え……!」 先輩は私の胸の谷間に顔を埋めて、幸せそうに瞼を瞑っていた。 「先輩ソレ好きですよね……。」 「……え?」 「のだめ、知ってるんですヨ。先輩、のだめのおっぱいで、二度寝するの好きでショ!」 「はぁっ!?」 「最初は偶然かと思ったんですけど……。先輩って眠りが浅いタイプだから、絶対明け方に一度起きますよね? すると必ずのだめを抱っこするのをやめて、今度はのだめのおっぱいを枕代わりにしてもう一度寝るんデス!」 「うっ……。」 「別にいいんですけど、のだめは!でも先輩のあの時の顔は、モノスゴク締りがなくて、ゆるゆるですヨ?」 「え…そう……か?」 「鼻の下伸び切っちゃって〜!目じりも下がりっぱなしだし〜!口はいやらしく開きっ放しで〜!ホント情けないですヨ?」 「うっ……。」 先輩は私の胸の中で、呻いていた。 「大丈夫。のだめ、誰にも言いまセン!だから、のだめ以外にしちゃダメですヨ?」 「バカっ!ンなの、当たり前だろ……。」 「うぷぷ……。」 私達はそうやって眠りの前の一時を、ベッドの中でいちゃいちゃして過ごしていた。 「なー今朝の話だけど。」 「話?」 「その……おまえの初めてのキスの相手…誰なんだ?」 「へ?」 「大学時代?……それとも、高校時代?」 「チョト千秋先輩!な、何言ってるんですか?」 先輩は顔を真っ赤にさせたまま、言い訳するようにぶつぶつと呟いていた。 「べ、別に気にしてるわけじゃないぞ!ただ…その…誰なのか…知りたいっていうか……。」 「先輩、ヤキモチやいてるんですか?その人に。」 「うるせーー!男だったら気になンだよ!そーゆーのっ!」 「うきゅきゅ♪先輩はまだまだデスね!」 「何だ……そのまだまだって……。」 不審げな視線で先輩は私を見上げていた。 「女の子のファーストキスは、大概お父さんに奪われるものなんですヨ?」 「あ……。」 「安心しました……?」 「うん……。」 本当に安堵したのか、先輩は私の胸元に、より深く甘えるようにもぐり込んできた。 「あーでも……。のだめ今回の事で学びました。」 「……学んだ?」 「千秋先輩のムッツリスケベ度は、のだめが想像してた以上に高かったという事デス!」 「はぁっ!?」 「だって先輩は、18歳のまだまだ初心なのだめを、知り合って1週間そこそこで手篭めにしたんデスからねっ!」 「なっ……!」 「見て下さい!このキスマーク!!まだ全然消えませんヨ!!」 そういって私は胸元をはだいて、先輩にそのあとを見せつけた。 「おかげでのだめ、せっかく誘ってもらったのに、由衣子ちゃんと一緒にお風呂に入れませんでしタ!」 「あー……。」 「由衣子ちゃんにこんな所を見られたら、困るのは先輩ですヨ?」 「ご、ごめん。」 「昨夜よっぽど、ねちっこ〜いえっちしたんでショ!先輩!」 「うっ。」 「先輩、いつも公演の後ってシたがりますよね?後、酔っ払った時も!」 「え!?そ、そうか……?」 「そうデスよ!何か興奮が冷めやらないのか、公演の後はいつもよりえっちが、ねちっこいんです! だからって、“初めて”ののだめにまで、そうするなんて……真一くんはムッツリスケベ大王です!!」 「はぁ……。わかったから、もう寝ろ。」 先輩は疲れきった様にそうぼやくと、私にちゅ!と軽くキスをして、再び胸に顔を埋めてしまった。 ***** 深夜3時、のだめは目を覚ました。 先程まで千秋が自分の胸に顔を埋めていたはずなのに、 いつのまにか千秋に抱きしめられていて、のだめの方が彼の胸元に頬を寄せるようにして眠っていた。 ――珍しく、先輩がすぅすぅと寝息を立てて寝ている……。 毎日R☆Sの公演のために走り回り、おまけに記憶を失った自分の面倒まで見ていたのだ。 彼がここ連日ずっと徹夜だった事を、のだめは千代から聞いていた。疲れが溜まっていて当然である。 「千秋先輩、お疲れサマ…。ゆっくりと眠って下さいネ…。」 のだめは頬を薔薇色に染めたまま囁いた。そして千秋の額にかかった、さらさらとした前髪を少し掻き上げてみる。 無防備な程に穏やかな表情で眠る千秋が、いつもより幼く見えた。 自分しか知らない彼の表情が、どうしてこんなにも満ち足りた思いにしてくれるだろう。のだめはうれしくてくすくすと笑った。 千秋はのだめの細い腰を抱きしめたまま眠っていたので、のだめが笑って少し身体が動くと、彼の身体が僅かに身じろいだ。 のだめは一瞬起こしてしまったかと焦ったが、ぐっすりと眠り込んでいる彼は一向に起きる気配はなく、 無意識にのだめの腰に回した両腕を動かして、自分に引き寄せるように強く抱きしめ直した。 のだめは引き寄せられるまま、千秋の胸に顔をうずめた。 そして、夢の中を旅する彼を追いかけるように、彼の胸に頬を寄せ、幸せそうに瞳を閉じた……。 ********** 成田空港、朝9時半――― 「みんな、見送りまで本当にありがとう。」 「ありがとーデス!」 千秋とのだめの見送りに、峰や鈴木姉妹、真澄も来ていた。 三善家からは、征子と学校が試験休みだった俊彦の二人が、空港まで二人に付き添っていた。 「しかしのだめ。おまえ、本当に千秋に迷惑かけたんだぞ?おかげでオレ達の公演まで、ヤバい所だったんだからな!」 「うぎ!ス、スイマセン……。」 「でもよかった〜!のだめちゃんの記憶が戻って!」 「うんうん。千秋さまも嬉しそうよね。やっぱりのだめちゃんはのだめちゃんじゃないと!」 鈴木姉妹がにっこりとのだめに笑いかけた。 「萌ちゃん、薫ちゃん。のだめ、今度は絶対二人の演奏聴きますからネ!」 「ふふふ。待ってるね〜!」 その時後ろから暗黒の影が忍び寄ってきたと思うと、折り畳んだ新聞で思いきりのだめの頭をはたいた。 「ぼへーーーー!!!!」 「何、和やかに別れの挨拶してんのよぉーーーー!!このひょっとこバカ娘ぇぇーーーー!!」 「真澄ちゃん!イキナリ酷いですヨーー!うー痛い!痛いデスーー!」 「ふんっ!!あんたのその頭の痛みなんて、千秋さまのこの10日間の苦しみから比べれば、屁みたいなもんよ!」 「ぎゃぼっ!」 「言っておくけど、今度こういう事があったら、殺ス……わよ……。」(←死んじゃえ委員会再興) 「ひぃぃぃ……!」 鈴木姉妹と真澄が、のだめと盛り上がっているのを横目で見ながら、峰はすっと千秋の側に寄った。 「おい、千秋。」 「あ?」 「おまえも色々大変だったな!」 「ああ、まぁな。峰にも色々気を遣わせたみたいで、悪かった。それと…本当にありがとう。」 「いいっていいって!!オレ達親友だろっ!!っな!」 峰はそう言うと、今度はニヤニヤしながら千秋の耳元に顔を寄せた。 「……で?」 「で?」 「何だよー照れることないだろ?親友っ!!昨日の夜はどうだったんだ?スッキリしたか?」 「な、ななな何言ってんだ!このバカっ!!」 「きひひひひ。その様子だと、久しぶりに熱〜い夜を過ごしたようだな?」 「ンな訳ねーーーー!!!!」 「照れるな照れるな!!」 峰はニタニタ笑いをしながら、千秋の背中を例の如くバンバンッ!と叩いていた。 「峰くーーん!峰くんも入りませんカーー?」 鈴木姉妹がデジカメを持ってきていて、のだめ達はそれで記念写真を撮っていた。 「おー!写真か!」 峰もいそいそとのだめたちの中へ行くと、ポーズを決めている。 「千秋先輩も〜!!」 「ん。ちょっと待て。後で行くから。」 千秋は征子と俊彦の方へ顔を向けた。 「母さん、俊彦、朝早くからありがとうな。」 「いいのよ。気をつけて…二人とも仲良くね!」 「由衣子も来たがってたんだけど……。ボクだけでも来れてよかったよ。」 「みんなには…今回の事で色々迷惑かけて…本当にすまなかった。」 千秋は頭を下げた。 「ふふふ。真一の可愛いのだめちゃんの為ですもの。大した事ないわよ、そんな事。」 「そうそう。真兄がのだめさんにベタ惚れなのは、よぉーく分かったよ。」 「う…例えそうだとしても、あいつには言うなよ?」 「はははっ!」 「千・秋・く・ん♪」 男の声を裏声にしたような気持ちの悪い呼び方を後ろからされて、千秋は一瞬背筋がぞくりとした。 ―――この嫌な感じは……。 「ひどいなー!僕が入院してるって知ってる筈なのに、お見舞いにも来ないなんて!」 「っげ!松田さん!?ど、どうして……。」 「もちろん!可愛い後輩の見送りに決まっているじゃないか。」 千秋が後ろを振り向くと、松田がポロシャツにチノパンというラフな格好でこちらに歩いてきていた。 「はぁー!僕って本当は偽悪者だからね。今回はついつい、後輩育てをしちゃったよ〜!」 「……“偽善者”の間違いじゃないですか?」 「千秋君、もうパリに帰っちゃうなんて寂しいねー。君とはゆっくりと飲みたかったのに。」 「松田さん…過労で倒れたんじゃなかったんですか……?」 「そうだよ!君が僕一人にパーティーを押し付けたりするから。」 「そ、その節は申し訳ありませんでした……。」 千秋が恐縮して松田に頭を下げると、彼は不敵な笑みを浮かべながら身を屈めて、千秋の耳元に囁いた。 「……勿論、忘れていないよな?」 「……うっ。」 「その事を君に確認させる為に、態々こんな空港にまで出向いてやったんだ。」 「……勿論です。松田さんと約束した事は絶対守ります。」 「そう?それなら、いいんだけど?」 松田は身体を起すと、すぐにいつもの飄々とした雰囲気に戻っていた。 「さて、と。そろそろ行くかな?」 「松田さん、これからどこかに行かれるんですか?」 「いやなにね、君のミューズの所へでも、ご挨拶に……。」 そう呟く松田の視線の先には、峰と楽しく談笑しているのだめがいた。 ―――ヤバイ!! 千秋は冷静に状況判断すると、鈴木姉妹を呼んだ。 「おーーい!薫ーー!萌ーー!松田さんが話を聞いてくれるってさーー!」 「えーーーー?本当ですかーーーー?」 「松田さん、二人が話したい事があるんだそうです。聞いてやってくれませんか?」 「え?別にいいけど……。」 嬉しそうにやって来た鈴木姉妹に松田を押し付けると、千秋は急いでのだめの所へ行った。 「の、のだめ。もう行こう。」 「えっ!?まだ時間ありますよ?もうチョトみんなとお話していたいデス。」 「……免税店で、何でも好きな物買ってやるから、行こう。」 「別にのだめ、欲しい物なんてないデス!」 意外に強情なのだめに痺れを切らして、千秋は次の作戦に出た。 「オレ、もうラウンジでゆっくりしたいんだよ……。」 「ムキャーーーー!千秋先輩、飛行機に乗る前から、酔っ払うつもりデスかっ!?」 「違う……。やっぱり飛行機に乗る前だから…何だか気分が悪くて……ラウンジで横になって…休んでいたいんだ……。」 「ぎゃぼっ!?先輩、気分が悪いんですか!?大丈夫。のだめが一緒ですから心配いらないですヨ? じゃあ早く、ラウンジに行きましょうネ。」 千秋の“気分が悪い”作戦は功を奏し、彼はのだめと一緒に手荷物検査に向けて歩き出した。 「じゃあねーーー!!のだめちゃーーーん!!」 「今度パリに遊びに行くからなーー!!」 「千秋さまに迷惑かけるんじゃないわよっ!!」 「ハイーーー!!皆さんもお元気でーーー!!」 すると何故かのだめは急に方向転換し、ゲートに向けて歩き出している千秋の後を追いかけないで、俊彦の方に駆け出した。 「俊彦くん!俊彦くん!」 「はい?」 「昨日頼んだ、プリごろ太のフィギュア…よろしくお願いしますネ!」 「はいはい。用意が出来たら、すぐにのだめさんに送るから安心してよ。」 「むきゃーー!!絶対ですヨ?絶対の絶対ですか」 「おい!こら!いつまで待たせるんだ!!」 のだめの後ろで、千秋が仁王立ちになって怒っていた。 「もう!ほらっ、来い!行くぞっ!」 「ぎゃぼっ!?」 千秋はのだめの手を取るとしっかりと指を絡め、彼女をぐいぐいとゲートまで引っ張って歩いて行く。 「きゃーーーー!!千秋さまがのだめちゃんと手を繋いでる!!」 「おーー!すげーー!あの千秋がなぁーーーー!!」 「恋人つなぎ…恋人つなぎ…恋人つなぎ…恋人つなぎ……殺ス……。」 「あっ!!写真撮らなきゃ、写真!!」 萌がデジカメのレンズを二人に合わせると、液晶画面には手を繋いだ二人が見つめあって、睦まじくゲートに歩いていく姿が映っていた。 ***** …ポン! 『只今当機は、大変気流の悪いところを―――』 シートベルト着用を知らせる音とランプが、先程から何度もついたり消えたりしている。 「せ、先輩…大丈夫ですか?」 「……うぅっ。」 飛行機がユーラシア大陸の上空にさしかかると、台風の影響からか機体は常に揺れている有様で、オレはみっともない程震えていた。 もちろん隣に座っているのだめに、恥ずかしいほど、ひしとしがみ付いて……。 最近は一人でも飛行機に何とか乗れるようになったけれど……。 でもさすがにパリまでの12時間、こう揺れ続ける飛行機の中にずっといるのは、オレにとってはもはや地獄での拷問に等しかった。 「今回は揺れますねー。でも大丈夫ですヨ。のだめもいますから。」 「うわぁ!」 「先輩、もっとのだめにくっついてもいいですヨ?」 のだめはそう言うと、オレが抱きつきやすいように体をずらしてくれた。 オレは甘えるようにのだめの胸元に顔を寄せ、全身でこいつにもたれかかる。 「もう…千秋先輩は本当に甘えんぼさん♪ですネ……。」 「…のだめ、あと何時間?」 「まだ後9時間です。もうちょっと我慢して下さい、真一くん。」 のだめのたっぷりとした胸の膨らみを堪能しつつも、オレは早くパリに無事に着くことだけを祈っていた。 「スミマセン〜!そこのお美しい方〜! これと同じものを、後ろで恋人にいちゃこいてる、あの男にも持っていってくれまセンか〜?」 「かしこまりました……。」 ―――ん?今の声…どこかで……? 「お客様。あちらに座っていらっしゃられるお客様から、これを……。」 客室乗務員がおずおずと、オレ達の前に身を屈めて、ワインボトルを差し出した。 「え?のだめ達に?誰でしょ!」 「…ま、まさか……。」 悪い予感は的中した。身を伸ばして前方を見ると、今一番顔を合わせたくないあの人物が、ニヤニヤ顔でこっちを見ていた。 「“音楽はとても尊敬できる”あなたの師匠デ〜ス!!はぁーい!のだめちゃんも!」 「ムキャーーーー!!ミルヒー!ミルヒーじゃないデスか!」 ―――もうチェックされてるのか……。 「あれー?何でミルヒーが同じ飛行機に乗ってるんデスか?自家用ジェットは?」 「ふふふ。可愛い“唯一の弟子”の晴れ舞台。師匠の私が行かない訳ありまセン!」 「ふぉぉぉぉ〜!そだったんデスか!」 ―――嘘をつくな。嘘を……。 「それから京都の方で、西欧文化と日本文化の交流についてのフォーラムにも招待されていたのデ〜ス!」 「へぇぇぇ!文化交流のフォーラム……。」 「おい、こら、だまされるな!そりゃーただの置屋遊びの事だ……。」 「うっ!!」 「ぎゃぼっ!?そうなんデスか?ミルヒー!!」 「ま、まぁ…ソレはともかく。今回は色々と大変だったネ〜のだめちゃん!」 「はぅっ!?」 ―――くそ〜…ジジイ!!どこまで知ってンだ!! 「でも、記憶が戻ってよかったですネ〜!どうして記憶が戻ったのか、その辺詳しく、後で千秋に聞かないとネ!」 「……な!?」 シュトレーゼマンはオレの方をいやらしい目つきで、笑いを堪えながら見ていた。 何故、ジジイはのだめが記憶喪失になっていた事まで知っているのだろうか。 オリバーにもその辺の詳しい所は全く話していなかったのに……。 『ったく!!千秋のおかげで、大変だったんですからね!!』 『えっ!?エリーゼっ!?』 シュトレーゼマンの隣から、凶暴そうなオーラと共に、エリーゼが顔を出した。 『当たり前でしょ。うちの事務所がマエストロに単独行動を許すと思ってるの?』 『あ……。』 『言っておきますけどね。千秋には当分ただ働きしてもらうから、そのつもりで!!』 『え……!?何で?』 『フン!これを見なさいよ!』 そう言ってエリーゼは、簡単に装丁された雑誌の束を、オレの方に投げて寄越した。 「先輩、これなんデスか〜?」 のだめも不思議そうに覗き込む。オレは一枚目をめくって唖然とした。 「な、何だこれはっ!!!」 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 《クラシック界の若き貴公子、千秋真一のミューズは1歳年下のピアノ留学生》 巷では、最近クラシック・ブームが巻き起こっているが、そのムーブメントの中心人物の一人でもある、 千秋真一(23)が、プラティニ・指揮者コンクール優勝記念の凱旋公演の為、現在日本に帰国している。 その彼の音楽のミューズとも言う女性の存在を、当紙はいち早くキャッチした。 彼は若い女性に圧倒的な人気を誇り、クラシック界では“王子様”として知られているが、そんな彼の 心を独り占めにしているのが、一つ年下のAさん(22)である。Aさんは大学時代の後輩にも当たり ………… +++++++++++++++++++++++++++++++++++++ そこには一昨日の公演で、オレがロビーでのだめに跪いて、ちょうど抱きしめようとしている瞬間の写真が、バーン!と載っていた。 右下の小さい方には、のだめの手を引っ張って、楽屋の方に歩いて行くスナップも掲載されている。 「千秋先輩。何でのだめに黒い目線が入っているんデスか……犯罪者みたいですヨ……。」 「おまえ…見る所がそれかよ……。」 『今日発売の写真週刊誌だったのよ!ソレ』 『千秋、男前に写っているネ〜!』 『マエストロ!!』 エリーゼがキッとシュトレーゼマンに鋭い眼光で睨みつけると、さすがのジジイも首を竦めた。 『まぁ!大物外タレを沢山有している我が事務所ですから、その中の一人が次回来日する時に、 独占インタビュー記事を書かせるという事で、手打ちにしました!!』 『えっ…じゃあ、この記事は……?』 『勿論今日発売の雑誌には、掲載されていません!!感謝する事ね!!千秋!!』 『す、すみません……。』 『千秋は当分ただ働きの件を了解した、と解釈してもいいのよね?』 『……はぁ。』 オレは深い溜め息を零した。また馬車馬のように働かされる(しかも報酬なし)のは正直辛かったが…仕方がない。 『言っておくけど、その記事が本当に世間に出て困るのは千秋、あなたじゃなくてそのコの方よ? まだそのコは学生で、つまり音楽家の卵なんでしょ?“千秋真一の女”という色眼鏡をあなたがつけてどうするのよ!! そのコが本当に大事だったなら、その辺も気をつけなさいよね!!』 エリーゼはフン!と鼻息荒く言い放つと、座席に座ってしまった。 『まぁまぁ。エリーゼのいうことも一理あるからネ。千秋もよく考えてみるといいですヨ〜。』 シュトレーゼマンも何時になく真面目な顔でそう言うと、隣に座ってるマネージャーと同じように座席に戻る。 「先輩…エリーゼさんと、何をお話してたんですか?」 「いや…別に。」 手元の紙面に目を落とすと、どうやらゲラ段階の記事らしい。 しかしよく調べてあって、オレ達のパーソナルな情報は、ほとんどいっていい程間違いはなかった。 ふと、最後にある、この記事を書いたライターの名前を見る。オレはようやく自分の失態に気がついた。 ―――この名前…喫茶店で取材を受けた時の…あの女性誌のライターだっ! そういえば、あの時先に喫茶店を出て、店のウィンドウから見ると、彼女は何か思惑を秘めた瞳をして、じっとこちらを見つめていた。 変だな…とは思ったけど、まさかあの時からオレはマークされていたのか……。 「……はぁ。」 「先輩?大丈夫ですか?」 「ああ……。」 「ねー先輩!それ、のだめに下さい!!」 「っは!?これ?」 「ハイ!記憶にはないですケド、のだめと先輩の愛のツーショットですから!家宝にしマス!」 ビリッ!バリ!ビリ!ビリ!バリッ!…… 「ああああ!!何するんデスかーー!!」 「こんなモノ、とっておくな!バカっ!」 「ムキャーーーー!!せっかくの愛のスクープがぁぁぁっ!!」 オレはゲラ記事の一枚目だけをビリビリと破り捨てた。 のだめは慌てて、紙の欠片をジグソーパズルの様に当てはめようとするが、無駄な事だった。 「むー……!先輩のイジワル。」 のだめは頬を膨らませて、拗ねていた。 そこでまた飛行機が盛大に揺れたので、オレはのだめにしがみつこうとする。するとのだめにその手をピシャリ!とはたかれた。 「なに……。」 「もう、先輩は一人で震えていればいいんデスよ!」 「のだめ……機嫌直せよ。」 「フーン!」 オレはゆっくりとうかがう様にのだめに身体を寄せると、慎重にのだめの柔らかな身体に腕を回した。 「のだめはいつもこうやって、先輩に抱っこさせてあげてるのに……。」 「うん……。ありがとう。」 「記事破いちゃうんだもん…ヒドイ!!」 「……なー、のだめ。パリに帰って、オレのマルレの定期公演が終わったら、どっか行こうか?」 「むきゃ?」 「ほら、せっかく日本に帰ってたのに、何処も行けなかったし。パリはちょうどバカンスシーズンだろ?」 「モキャーーーー!!お出かけデスか?何処に?」 「……何処でもいいよ。でもなるべく近場でな……。」 「千秋先輩…のだめ、先輩と一緒なら、何処に行ってもデートなんですヨ?」 「へー……。」 「先輩と一緒にカフェに行くのだって、のだめにとってはいつもデートです!ぎゃはぁっ!」 のだめは優しくオレの髪を撫でていた。 オレはのだめの身体に身を預けながら、のだめの楽しそうなおしゃべりに相槌を打つ。 「でもまずパリに帰ったら……。」 「帰ったら?」 「やっぱり最初に、おまえのピアノが聴きたいな。久しぶりに……。」 「いいですヨ。じゃあ先輩も、のだめに呪文料理、ご馳走して下さい!」 「分かった……。」 のだめがすっと小指をオレの目の前に差し出した。少し気恥ずかしかったが、オレもその指に自分の指を絡める。 ―――ちょっと先の未来を、お互いに拘束する幸福…か……。 “指きりげんまん♪”と小さな声で、嬉しそうにのだめが歌うのを聴きながら、オレは瞼を閉じた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |