千秋真一×野田恵
![]() しばらくオケの公演もなく、少し気持ちにゆとりができた休日の夕暮れ時。 千秋はヴィエラ先生の新譜のCDをヘッドホンで聞いていた。 総譜を見ながら先生の音楽を感じる。 色々思うことがあったら、その都度楽譜に書き留めていく。 ベッドルーム脇のデスクにはのだめの姿。 学校が休みの日はいつも千秋の部屋でインターネットをしている。 ―――あいつ…いつも何見てんだ? 1度パソコンを立ち上げたら2時間はその前を離れない。 いつもは千秋も、公演や練習の準備などでバタバタしていることが多いので のだめが何をしているのかまでかまっている暇もそうそうないのだが…。 あいつ何気にパソコンに詳しいし。 前に一度フォントをいじられたりしたし。 千秋はCDを止め、パソコンに夢中になっているのだめの背後にそーっと立った。 「おい」 「ぎゃぼっ!」 声をかけたら異常なまでの過剰反応。 「お前いつも何見て…」 「みっ…見ちゃダメデスー!!!」 慌てて画面を隠すのだめ。 その手を強引にひきはがすと… あからさまなアダルト動画、しかも今まさにクライマックスを迎えようとしていた。 「お…お前!!何見てんだよ!!!」 しかも、慌てたのだめがヘッドホンのコードを絡ませ、パソコンからジャックが抜けてしまった。 部屋中に響く、女優と男優の激しい声。 千秋は唖然となり、一瞬その映像と音声に目を取られた。 しかしすぐにウインドウをOFFにして、のだめを睨む。 「お前…いつもこんなもん見てたのか」 「イエ…あの、いつもってわけでは」 「変態」 大きなため息をついて千秋はベッドに腰を下ろした。 「…ったく、下手にこういうサイト開くなよ。変なとこつながったらどーすんだ」 「あ、その辺はだいじょぶデス」 「何が大丈夫なんだよ!大体女がこんなサイト見て…」 千秋はのだめをパソコンの前から押し出しながら、セキュリティソフトをチェックした。 良かった。異常はなさそうだ。 「先輩は見たことないんデスか?」 「は?」 「健全な男子なら絶対見てるハズです!!女子は見ちゃだめって…なんでデスか」 横のベッドに拗ねて突っ伏しながらのだめは恨めしそうに千秋を見る。 AVをこっそり見ていた所を自分の彼氏に見つかって、怒られて。 子供の様に反撃にでるのだめに、千秋は少し焦った。 「…俺は見てない。(最近は)」 「ウソでしょ。何で目をそらすんデスか」 背中を向けた千秋の腕をのだめが引っ張り、千秋はそのままベッドに腰をかけた。 「…だって、別に見る必要ねーじゃねーか。…今は。」 「今は…って、やっぱり見たことあるんじゃないデスか」 「それは…あるけど。普通見るだろ」 「もしかしたら、先輩みたいにブルジョワな人は本当に見たことないかもって」 ―――んなわけねーだろ。見たことはある。当たり前だ。 だけど、最近見てないのは本当。 もともと、こういうわざとらしいのは…好きじゃないし。 最近は、見たいと思わない。 この変態はオレがそう言ってる意味、分かってんのか? 「…じゃあ、何でお前は見てんだ?…別に女に見るなって言わないけど…こーいうのはそもそも男が…見るっつーか…使うものじゃ…」 そこまで言って千秋は口をつぐんだ。 まるで自分がそうしていたかの様な言い方。 そんな千秋の態度を見て、のだめは微妙な表情をした。 「先輩、やっぱりなんか不満に思ってるんデスね…」 「…は?」 「だって!…最近、その…したアトとか、先輩、無言の事多いし…。もしかしたら、あんまり…その楽しくないんじゃないかと」 「…何言ってんだ…お前」 いつになく、ちょっと真剣な面差しで、千秋を見るのだめは、 今にも泣きそうだ。 「だから!のだめ、こうして、日々研究してるんデス!…大学のときからずっと研究してるのに…!」 「研究って…」 そういえば。 日本にいた時から、のだめは良く千秋のパソコンでアダルトサイトを見ていた。 あの時は単なる変態だと思っていたし、まさかそれをみて日々研究してるなんて 思っても見なかったけど。 ―――イヤ、今も変態なのは変わってないか。 「こっそり研究して、先輩をギャフンと言わせたくて」 「…いや、絶対言わないし」 「じゃあ!どうしたら先輩に追いつけるんデスか!?」 「お前何言って…」 「…だって、…先輩はいろんなこととか…いろんな女の人を知ってるじゃないデスか…」 ―――なんだそれ。 そんなこと…気にしてたのか…。 いつもは、変態なくせに。 奇声を発して、予測できない発言するくせに。 どうして、ごくたまに、…そういうかわいい事を言うんだ。 ―――あ。ヤバイ。今、何か来た。止まらないかも…。 「…別に不満で無言になってるわけじゃねーぞ…?」 「じゃあどうして」 「知りたい?」 「知りたいデス」 そう頷いて無防備に詰め寄るのだめの手を取り、千秋はその長く滑らかな指の付け根に唇を寄せた。 「ぎゃぼ…な…なんデスか!?」 「…」 少し驚くのだめに、千秋は何も言わずに彼女を見つめ、 そっと自分の口元に人差し指を立て、"もう黙って…"と合図する。 のだめの顔がみるみる赤くなる。 23才とは思えないその童顔と、羞恥心を隠せない表情。 そしてまた、すぐにスイッチが入ってしまう千秋に、黙って必死でついて行こうとする姿は 対象が音楽である時と同じだった。 美しい旋律を奏でるその指に、慈しむかの様にキス。 短く切りそろえられた爪を食み。 指と指の間のやわらかな皮膚にそっと舌を滑らせる。 「…ん…」 我慢できずに漏れる吐息に、のだめ自身が驚き、とっさに自分で口をふさぐ。 その様子を凝視しながら、千秋は愛撫を続ける。 ベッドの上に向き合って座ったまま、二人の距離は…まだ50センチ。 その間、千秋の視線はのだめの瞳から外れることはなく、 のだめにとってその時間は永遠にも感じられた。 ―――つながってるのは指先と唇だけなのに…なんでこんなに苦しいんデスか…? 我慢してるのに、吐息が…とまらない。 千秋はそれを分かっていながら、何も言わない。 ただただ、その瞳だけが、射抜くようにのだめを焦らしている。 「…あの…しんいちくん…」 「…何」 「エット…その…」 「…」 「…ん、…あ」 「…だから、何」 「んっ…その…」 「…言えよ」 「…あのっ…もっと…近くに来てくだサイ…」 のだめが搾り出したその声で、千秋は動きを止めた。 そして、代わりにのだめの首筋にやさしく手を触れた。 一瞬ビクっとなった。 手を触れられただけなのに、過剰なまでの反応。 ―――こいつ、自分でわかってないのか? アダルトサイトなんて見なくたって。 お前自身がいつも本能でそうなることを…オレは知ってる。 知ってて教えてやらないオレこそ…確信犯だ。 のだめは近づいてきた千秋の頬を両手で包み込む。 千秋もまたそうした。 引力のようにさらに近づいて…その距離5センチ。 そこからは一瞬で―――二人の影が重なった。 「…ふぁ…んっ」 お互いの唇はすぐに舌を受け入れ、 さっきまでの遠かった距離を埋め尽くすように、複雑に絡み合った。 こぼれた唾液が千秋の頬を包むのだめの長い指をつたい、腕を流れる。 それを追うように千秋はのだめの腕に舌を這わせる。 「あっ…」 這わせた舌を再び、腕から指先へ。指先から唇へ。 唇と唇が再会すると同時に、千秋とのだめはベッドに倒れ込んだ。 「…なんか、今日は、先輩イジワルですネ…」 「…嫌?」 「…イヤ、じゃないデス…」 ワンピースの胸元にかすかに花びらを残しながら、身にまとうものを取り去ってゆく。 「ん…はぁっ…あっ…あんまり見ないでクダサイ…」 「…ん…、暗いから見えてないし…だから隠すな」 先ほどまで窓からのぞいていた夕日はすっかり落ち、 幻想的な黄昏時の光が、わずかにベッドサイドに届いている。 見えるか見えないか。 触れるか触れないか。 見えないから唇や指で触れて確認したい。 触れられない瞳は、見つめていたい。 そんな葛藤が、千秋に焦らされていたのだめの官能のスイッチを、やっとオンにする。 ―――先輩と、一緒にいたいんデス。…出来れば、自分の力で。 音楽も。…こういう事も、全部。 二人を隔てるものは何もなくなり、 のだめの柔らかな乳房も、すでに千秋の手の中にあった。 指先ではじき、舌でやさしくその頂点をなぞる。 「んん…やぁ」 「嫌じゃ、ないんだろ?」 「…ホントにイジワル…」 のだめの首筋に、隙間なく愛撫をふらせていると、のだめの右手が千秋の下腹部をまさぐる。 左手は、耳たぶをやさしくなぞり、一瞬ひるんだそのすきに、 のだめが千秋を逆に愛撫しはじめた。 「んっ…」 思わず出た声に、のだめは一瞬ふっと笑みを漏らして まさぐっていた右手で確実にそれを捕らえる。 挑戦的な指使いは、さっきのお返し。 先走りがすでにしたたっていた先端に指を添えて滑らせる。 「……ん…ちょっ…やめろ…」 「イヤです」 耳元でのだめにささやかれて、さらに熱くなる自身に若干の恥ずかしさを感じながら 千秋もまた、のだめの蜜部に手を伸ばす。 「…!あっ…んっ…!」 そこもまた、同じように泉のように溢れて、軽く千秋の長い指を飲み込んだ。 「…んぁっ…しんいち…く…ん」 「…め…ぐみ」 お互いの秘部を刺激しながら、また深く口付けを交わす。 もう、零れ落ちる唾液も、蜜も、とめどなくながれてしまえばいい。 「んっ…あのっ…のだめ…っ…もう…」 「…いいよ…」 「あっ…あっ…ダメっ…指じゃ……イヤです…っ」 「ん…じゃあ、…お前が連れてってくれよ」 千秋に頼まれ、のだめは声なくうなずく。 キスしながら起き上がり、向かい合わせになると、 もう限界寸前な自分の泉に、千秋自身をあてがい、腰をゆっくりおろしていく。 「――んっ…ぁ」 「…はぁっ…」 重力にまかせて沈めた蜜部は、千秋の形をしっかりと感じて捉える。 遠慮がちに千秋の肩に両手をおいて、わずかに上下してみた。 のだめは、恥ずかしい水音があんまり響かないようにゆっくり動いたが… 「!…ああっ…んっ!」 その均衡を破るかの様に、千秋は下から突き上げた。 「あっあっ…!んっんっ…しんいちく…ん…っ」 「…めぐみ…!」 指は乳房をもてあそび、唇は再度捕まり…感じられるところすべてが支配されてゆく。 送り込まれる振動と共に、のだめは伝わってくる千秋の思いを感じていた。 何度も何度もやってくる、限界の波に飲まれながら、また食らいついていく。 「はぁっ…んっ…もう…ダメ…っ」 「ん…はぁ…オレも…――っ…」 「…しんいち…くん…んっ…あっ…あいして…ま」 「…っ…知ってるから…言うな」 「―――あっ…あ――」 「――!」 流れ込む鼓動の中、二人はもう一度キスをした。 ―――――――――――――――――――――――― 「―――ホラ、やっぱり無言じゃないデスか」 「え?」 脱ぎ散らかした下着やインナーを、元通りに身に着けていく。 先ほどまでの情事がウソのように、ベッドの上も、そしてのだめと千秋自身も 平常を取り戻したその頃、のだめがぽつりとつぶやいた。 「今、のだめが話しかけるまで15分以上無言でしたヨ…」 「…そんなに?」 「気付いてなかったんデスか?」 「…」 ―――オレが無言になるのは、お前のせいじゃねーか。 音楽の事もそうだったけど… こいつを引き上げたいって思う気持ちは結局思いあがりで―― オレはいつもあんまり周りが見えずに突っ走ってしまうけど…、こいつはいつもついてきてくれる。 そして、それは大概…予想の範疇を超えていく。 ―――なんていうか…。その都度パワーアップしてる様な…気がする。 のだめの言う「したアト」、千秋は。 ほんのちょっと前まで、自分自身に起こっていた、艶めかしい時間を、 思い出しながら、反芻しながら、…結局いつも無言になってしまうのだ。 「結局、なんで黙っちゃうのか教えてくだサイ!!」 「…もう、それはいいから」 「教えてくれるって言ってたじゃないデスかー!!嘘つき!!カズオ!!」 ―――言えるわけねーだろ。バカ。 なんで…こうも、最中とそうでない時の差が激しいのか…この女。 そう思いながらも千秋はそのギャップに 紛れも無く愛しさを感じていることも分かっていた。 そんな自分に自嘲気味に、鼻で笑う。 「なにニヤニヤしてるんデスか…カズオさん」 「ん〜?別に」 千秋の考えている事なんて、全く想像つかないのだめは 終始眉間にしわをよせている。 そんなのだめの頭を、千秋はグシャグシャっと掻きなでた。 「ぎゃぼ…髪が…」 「…それはそうと、追いつかなくていいからな」 「へ?」 「…オレが…いろんな女を知ってるとかなんとか言って…どうしたら追いつけるとか言ってたけど…」 「むー…それはホントの事じゃないデスか」 「いや…お前がどのぐらい想像してるか知らないけど。…そんなでもないし」 「別に…いいデスよ。のだめ、頑張りマスから」 「いや…頑張らなくていいし」 「…なんでデスか」 「頑張られたら、オレが、困る」 「へ?」 「…お前は。オレだけで十分だから」 「…そ…それって、愛の誓い!?ふぉぉ、プロポーズ!?」 「っ…違う、勘違いすんなよ!」 ―――経験する人数なんて、張り合わなくていいから。って…言いたかったのに。 「むきゃー☆先輩、愛してマスー☆!!」 「ばっ…くっつくな!!」 ボサボサになった髪を振り乱して、千秋に抱きつくのだめ。 引き剥がそうとしながらも、千秋は、今夜二人で食べる夕食の献立を考えていた――― ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |