泣きそうになった(非エロ)
千秋真一×野田恵


…泣きそうになった。

「のだめ!もう一軒いくぞもう一軒!」

彼女の細い手首を掴んで強引に引く。

「だめデスよ先輩!のだめは明日はガッコあるんですから!」
「休め!」
「だめです!退学になっちゃいマスよ!先輩いったいワイン何本あけたんデスか?!」

のだめはちょっと怒って声を張り上げる。
彼女の細い髪に夜の光が反射している。顔は逆光になっていてよく見えないが、
頬が上気して赤くなっている。日本にいるころは喜んでホイホイついて来たくせに。
まったく、どいつもこいつも…

『非常勤オケだしちょっと貧乏だけど、頑張りなさいよ』と言ったエリーゼ。

あの女…知ってたんじゃないのか…?このオケのこと…
聴衆の顔を見ないようにして頭を下げ、ほとんど駆け足で舞台から去っていった指揮者。
"ゲレメク"…ポーランドでは中堅どころと言った感じの指揮者だ。
デビューが遅かったし、そんなに華々しい経歴もないが、それでも安定感には定評がある。

「…頭痛え…」

色々なことが、頭の中を高速で駆け巡る。吐き気がするぐらい。
ふら、と足がよろめいた。と、脇から腕が差し入れられた。

「先輩、今日は帰りましょうヨ」

のだめが肩を支えてくれている。(俺の)シャンプーの匂いが漂ってくる。
いつのまにかそんなに飲んでいたらしい。

「先輩の匂い…v」

…。



ガチャ、と音がしてドアが開く。
アパルトマンの他の連中は、もうさすがに寝ているようで足音を潜めて帰ってきた。
のだめは俺を部屋の中に押し込むと、脇に差し入れていた腕をはずした。

「先輩、のだめは帰りマスけど、もう飲んじゃだめデスよ?」

くそ。のだめのくせに今日はまともなことを言う。
部屋の中は暗夜灯のついている廊下よりも暗く、まだ暗闇に慣れていない目にはほとんど何も見えない。

「じゃあ、また明日…」

と言って、のだめが帰りかけた。

彼女のシルエットが横を向き、遠ざかろうとする。
その腕を掴む。力任せに部屋の中に引き入れた。

「のだめ。…やろう」
「ぎゃぼ!?」

強引に腕を引き、玄関のすぐ横にあるベッドにほとんど投げつけるようにして倒れこませた。

「ななななななにするんデスか先輩!!」
「いまさら『何』って…」

ジャケットを脱ぐと、彼女が倒れこんだベッドの上に膝をついて、自分のベルトに手をかけた、と、その時。

バシーーッン!!

思いっきり平手を食らった。

「お前…っ」
「先輩のカズオ!」

……カズオ…?

ふわ、とまた、シャンプーの匂いがする。
のだめが正面から、しがみつくようにして俺の背中に手を回した

「だって、そうじゃないですか!いつも自信過剰でエラソーで、それなのにちょっと嫌なことあると
すぐに逃げて、お酒とか、せ、せ、セックスとか…」

カズオが…セ…それは何か違うだろ…

と、突っ込む間もなく、のだめは続ける。

「そんなに自分に自信なかですか…?めでたいじゃないですか、常任…」

頭を下げているので、のだめの顔は見えない…が、肩が小刻みに震えている。声が少しだけ、しゃくり
あげているのがわかる。

…。

「…お前の言うとおりだな。俺が悪かった」

彼女の背中を抱いて言う。

「ありがとう」
「先輩…?」

のだめは、意識的にか無意識にか、全身を柔らかく寄せてくる。

…これはヤバい…。

「今日はもう帰れ。明日学校あるんだろ?」
「え、でも…」

のだめが顔をあげた。

「先輩、勃っ…」
「黙れ!!」

それが女の言うことか?!

と。部屋の明かりが点いた。
後ろを振り向くと、眠りを覚まされたものすごく不機嫌そうな顔。
玄関のところに、パジャマ姿のターニャが立っていた。

「うるさい」

ギロリ

「ななな何で中に入ってくる?」
「何でじゃないわよ!いい?いちゃつくんならもう少し静かに!あせらずドアを閉めてから!
他人の迷惑も考えなさいよ!」

それだけ言うと、彼女はスリッパをぺたぺた言わせながら廊下を戻っていった。

テーブルにはおにぎりが3個、皿に並んでいる。
その皿の下に妙な字のメモが挟まれていた。

「千秋先輩へ
のだめはガッコあるんで先に出ますね。
今日はできるだけ早く帰ってきますから!ラブv」






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