溜息
千秋真一×野田恵


「はぁ」

規則正しい寝息ののだめが横に眠るベッドで俺は一つ盛大な溜息をついた。
あいつを起こさないようにゆっくりと起きあがり、ベッドの背に凭れてほんの数時間前の事を思い起こす。

あんなはずじゃなかったのに・・・
もっとこうなんてゆうか…ほらあれだ女が喜びそうなシチュエーションとかムードとかまあ過剰にならない程度にはしてやりたかったのに・・・
あいつ初めてなわけだし・・・一生の思い出になるわけだろ・・・
はあ。我ながら情けねえ。
俺、そんなに堪ってたのか・・・

それでも、酔った勢いではない。
断じて・・いや・・・たぶん。
確かに酒は入っていた。
うん、まあ、結構。
でもいい加減な気持ちだったわけじゃあもちろんない。
遅かれ早かれそうなるのは時間の問題だった。

ノエルなのにあいつは居なくて、俺は元々ノエルに良い思いでも無くって、色々な事が思い出されて重なって、酷くナーバスになっていた。
なのに街で会ったのだめははちきれんばかりの笑顔で、正直ムカツイた。
セコイ俺様学を披露した後、思いもよらない壮絶なバトルを公衆の面前で繰り広げたんだ。
なのに結局俺の考えを改めさせられて・・・。

すったもんだの末、家に戻った俺たちはノエルにしては侘びしい食事を済ました。
まあ、ワインだけは結構良かったけど。
満足に肴が無い状態で旨いワインを飲んだからいつもより酔いが回るのが早かったのは確かだ。
だからなのか?ちょっと気が大きくなってたのか?

「のだめ、今日はうちの風呂使っていいぞ」
「うきゅー。ホントですか?」
「ああ、寒いしな。湯張ってやるよ。ほら、着替え取ってこい」

下心は無かった。たぶん・・・。
とっておきのバスボムを使わしてやったりもしたけど・・・。まあ、ノエルだからちょっとしたサービスだ。

「ふお〜。気持ちよかったデス〜。にほいも良かったしぃ〜暖まりました。今日はぐっすり寝れそうですヨ」
「ふ〜ん、良かったな。ほら、俺が入ってる間ちゃんと髪乾かしとけよ。風引くから」

なんて言い残して足止めもした。


まだ、我慢できるつもりでいたんだ。


「お前、風呂上がりなのになんで床に直に座るんだよ。また、体冷えるじゃねえか」
「ほえ?ああ、そデスね」
「ちょっとは考えろよ。ほら、もう髪乾いたのか?」

何気なく、何気なく触れた髪から甘いシャンプーの香り。
俺と同じシャンプーのはずなのに、それより甘い気がするのはなぜだろう。
酒は風呂で抜けたはずなのに俺はその甘い香りに酔ったのか、床に座るのだめを引き上げるとそのままベッドに伴っていった。


事態が良く飲み込めないままベッドに横たえられたのだめは目を白黒させて俺に言葉を求めていた。
今から起こることの意味を。
わかっていたのに答えてやらない・・・全てを口づけで誤魔化して、そのなんだ・・・やってしまった。

やっぱり俺最低だな。

もう、何回目かわからない溜息をついていた。

はう。
さっきから先輩は何度も溜息をついている。
自分の世界に入っちゃってるからのだめが嘘寝してることにも気がつかない。
あーまた、溜息ついた。
きっと後悔してるんだ。
のだめとしちゃったこと。

うううう。
やっぱり23歳で初めてって重すぎましたかね。
でも、別に結婚迫ったりなんてしませんよ。
そりゃあそうなったらそれに越したことは無いですけど・・・
こうなれただけでのだめ嬉しいですから。
あーそれとものだめ、か、感度が悪かったですかね。
それとも、彩子さんみたいにくびれがないのが許せませんでしたかね。
む、胸は彩子さんに勝ってるつもりなんですけどね・・・

あーまた、溜息ついた。
もう、のだめダメです。
我慢できません。

もう一度盛大な溜息をついたところでのだめが大声で泣き出した。

な、なんだこいつ起きてたのかよ。

「うえーーーん、先輩のだめとしちゃったこと後悔してるんだーーーーー。
うーーーー。やっぱり23でしょ、処女ってき、気持ち悪かっトですカ?
のだめ初めてだから、う、巧くできなくて・・・やっぱりどこかで練習しとけば良かったですか?く、くびれは今からでも作りますからのだめを捨てないでぇ!!!」

はあ?な、なにいってんだこいつは?

「のだめ、落ち着け。誰が捨てるって言った?」

「だって、先輩さっきからずっと溜息ばっかりついてるじゃないデスか。のだめのことのだめのこと!!!嫌いになったんでしょ!!!」

泣きながら俺の胸をドンドン叩く。今度は逆切れかよ。

「だぁー落ち着けって」

「だって、だって。23でしょ、処女はお、重いって・・・。結婚迫られそうで怖いって・・・」

「だからそれは誰が言ったんだ」

「うぅ、そ、その手のサイトで・・・」

「馬鹿。お前初めてで俺は嬉しいのに・・・」

「ほえ?」

「だからあ、俺はお前の初めての男なんだろ?嬉しいに決まってんじゃねえか、バーカ。そんなサイトの奴らと一緒にすんな」

「はうー。じゃ、じゃあ、やっぱり、か、感度が良くなかったんですかね?い、今からでも修行してきます」

「・・・お前修行ってどこ行ってなにする気だよ」

「あう?どこ行ってナニしたらいいですかね?」

「はーあ?俺に聞くな。それに、お前初めてなのに、その、なんだ、悪くなかったよ」

「悪くない?なにがですか?」

「・・・ナニがです」

「ほ、ホントですか?!」

「あ、うん。鍛えがいがありそうってあ、いや。だから修行なんてしなくていい。俺が教えてやるから」

なんて馬鹿な会話してるんだろうか、俺。

「ふおー。じゃあ、問題はくびれ?む、胸は彩子さんより大きいと思うんですけど・・・」

「はあぁ。くびれも問題じゃない。確かに胸は彩子より・・・ってなんで今昔のオンナの話をしなきゃなんねんだよ。ホントお前って馬鹿」

「むきーーー。何いってんですか!元はといえば先輩があんなに一杯溜息つくからじゃないですか。なんかのだめ粗相をしたんじゃないかと・・・だって、は、初めてだし、良くわかんないのに・・・うわ〜ん」

再度泣き出したのだめの背をあやすように撫でてやると、また後悔が頭をもたげてきた。

「違うんだよ。あの溜息は俺自身に向けて」

「はう?」

「ごめん。お前は全然悪くない。とゆうより、いきなりあんなことしてお前怒ってない?」

小首を傾げると俺を見つめる。目をパチパチと小動物みたいな愛らしい表情。

「全然。そりゃあびっくりはしましたけど。凄く嬉しかったデスよ。だって、のだめは先輩のことずっとずっと好きだったんデスよ。ひ、一つになれて嬉しくないわけ無いじゃないですか・・・」

最後は消え入るような小さな声で頬を真っ赤に染めて言う。

「そっか。ありがとう」

俺も小さな小さな声で耳元で返すとのだめがぴったりとくっついてきた。
あーそうゆうのは今不味い。

「のだめぇ、もう一回リベンジ。今度はもっとゆっくり優しくするから。いい?」

「えーえええーーー」

「体しんどい?」

「あ、いえ。たぶん大丈夫カト・・・」

「じゃあ、もう一度最初から。さっき言えなかったっこと言わせて・・・恵、好きだ」






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