良い仕事
千秋真一×野田恵


賑やかなパリの夜も更ける頃。
勉強を切り上げた千秋が寝室のドアを開けて目にしたのは、
のだめが自分のベッドに寝転がって、空中をぼんやりと見ている姿だった。
照明のスイッチを押すまで気がつかなかったので悲鳴が出るところだった。

「……お、おま、おまえ、なんで電気も付けず俺のベッドで……!?」
「…………おつかれさまデス」

のだめからは、気の抜けた返事が返ってくる。
思わず握り締めていたドアノブを離し、千秋はまじまじとのだめを見下ろした。
のだめはベッドサイドに突っ立ている千秋に視線を遣り、そのまま力なく視線を落し、
はぁ、とひとつため息をついた。
明らかに変だ。いや変態なのはいつもだが、……有り体に言うと、元気がない。
いきなり飛びついて抱きついてくる程度が普通な奴には鬼の霍乱、青天の霹靂だ。
また何か、あったのだろうか。
千秋はしょんぼりとしているのだめを見ながら考える。
……こいつも変態である前に人の子だ。
自分から言ってはこないが、それは日々の悩みだってあるだろう。
この奇態は、俺にそれを聞いて欲しいとか、相談に乗ってほしい、という事なのかもしれない。
だから千秋は、今日はこちらから聞いてやることにした。

「どうした、なにかあったのか?」

ベッドの端に腰掛け、できるだけ優しく千秋は尋ねてやる。

「リュカの背が伸びたんです」

千秋の顔を見ずに、ぼんやりしたままで、のだめは答えた。

「へ?……」
「三ヶ月でバキバキと」
「…………」
「それも、十五センチも」
「…………、ふーん」

それは膝が痛そうだなぁ、と千秋は会話を合わせる。
いつものことだが、のだめの会話は唐突すぎて意図が分かりにくい。
しかし今日は深刻そうなので、千秋は特に何も突っ込まずに聞くことに専念する。

「顔も変わって……」
「へえ」
「声まで変わっちゃて……」
「あー、声変わりかー」

なつかしーな、いきなり声出なくなっててビックリするんだよなー、
と、千秋は昔を思い出して、ほのぼのした気持ちになる。

「なんかショックでした」
「…………へ?なんで?」

のだめは寝っ転がったまま、じとっと宙を見つめている。

「よっくんはずっと横にいたからあんまり気がつかなかったし、
千秋先輩は会ったときから男の人だったし」
「……まあ、そりゃあ」
「でも、リュカも、分かってたけど、やっぱり男の子なんだなぁって……。
もう、のだめと身長かわりませんし、……手だって、どんどん大きくなっちゃって。
どうして、男の子ってあんなに、急に、変わっちゃうんでしょうかネ……」

しょんぼりと、「この気持ち、わかります?」と、のだめが聞く。
千秋は微妙な顔をする。

「え……、あたりまえっていうか。逆に伸びなかったり変わらなかったらイヤだろ」
「……情緒を介さないカズオですネ」

なんでそこでカズオなんだ?と千秋は突っ込みたかったが、耐える。

「先輩は、いつでした?」
「え、声変わり?……中学のときだったかな」
「それからずっと今の声デスか?」
「ん、声楽でパート変わったから、高校でもうひとつ落ちた」
「おヒゲ剃りはじめたのは?」
「……高校に上がった頃か?」
「スネ毛は?」
「……それは中学の…………って、おい。なんかエロいな……」

次はなにを聞くつもりだ、と千秋がのだめを見やると、
のだめは些細ないたずらを見つかったときのような顔をして千秋を見ていた。

「なんだよ」
「のだめは中学のときでしたヨ」

なにが、と言う表情の千秋に、のだめは続ける。

「けっこうのだめ遅かったデスから〜、低学年だと泣いちゃったりする子いますけど、
のだめの場合、あーよかったーってほっとしちゃったっていうか。
もー家族みんなで大喜びで、ヨーコなんかお赤飯を山盛りに作りすぎちゃって。
あのときは三日間くらい家族でずーっと赤飯お握りでした。ぷぷ」
「へぇ……」

なんだか恥ずかしくなって居たたまれない千秋を、のだめは笑いながら見上げている。

「……二回目は、先輩がのだめの好きな呪文料理作ってくれました。おいしかったデス」

思い当たって、千秋の顔が赤くなる。
そのときの情景と感情と感触と、色が、のだめの言葉で鮮明に思い出された。
それに加えて……暗に、先輩はいつでした?と聞かれているような気までしてしまって。
様々な気恥ずかしい気持ちがよみがえってきて、千秋は胃のあたりが熱くなった。
じ、とのだめが笑いながら見ている。

「先輩、お顔赤いデスヨ」

くすくすとベッドの上で笑っている。
そこでようやく、千秋は合点がいった。

「おまえ、誘ってんだろ」

のだめのくせに、と軽く腹を叩くと、ぎゃぼ、とのだめが変な声を出した。

「人間語で答えろよ、この変態生物め」
「むきゃーー」

上からのだめを見下ろす。のだめはベッドに寝転びながら、千秋を見上げている。
寝転がったのだめの上に千秋がのしかかると、のだめの腕が千秋の首にまわった。

しばらく無言で抱き合って、ゆっくりと互いの温度を交換しあう。

「……重くないか?」

問われて、のだめの腕がぎゅっと力を込めて千秋を引き寄せた。
引っ張られて支えを失った千秋の体重が、どっとのだめの身体に落ちる。
んむ……とのだめが呻く。

「……重いデス」

どっちなんだ。

「なら離せよ、動けないだろ」
「先輩」
「なに」
「ちょっと、のだめをぎゅっとしてくだサイ」

言われるままに、千秋は自分の体の下にいるのだめに腕を差し込んで、力を込めた。

「ぅく……」

千秋の身体とベッドの間に挟まれたのだめが、窮屈そうな、幸せそうな声を漏らす。

「……重いだろ」
「…………重くて……きもちいいです」
「………」

のだめが千秋の背を抱きしめる。

「……広い肩はば……」

鼓動がどんどん速くなっていくのは、どちらの心臓だろうか。

「大きくて、重くて、ゴツゴツしてて……のだめ、いつも、ドキドキします」

思わず千秋は自分の身体を意識した。
のだめは太腿をわずかに動かした。

「こっちも……硬くなってきてマスね」
「お、おまえ女が何てコトをだな……」

のだめの太腿が意図的に擦りつけられ、千秋は自分の状態を恥ずかしいほど自覚させられる。
じれったい快感が腰にじんわりと広がって、ん……と吐息を漏らす千秋に、
くす、とのだめが笑う気配がした。
耳元で、のだめが囁く。

「……もっと、硬くなりました。脚で触ってるだけなのに、先輩、こんなに大きくなっちゃうんですね……」
「え…………」
「そんなに……のだめに、興奮してくれてるんですか?」
「…………」
「のだめの身体って……千秋先輩がこんなに興奮しちゃうほど……気持ちいいんですか……?」

千秋が真っ赤にたじろぐのを見て、のだめはその身体の下でくすくすと笑った。

「先輩はお耳が弱いデスね〜」
「!、おい……」

千秋が腕を緩めると、重みと酸欠で赤く染まったのだめの顔が見えた。
千秋が肘で支えをつくって身体のあいだに隙間を開けてやると、
下からのだめがチュっと軽くキスをしてきたので、その唇を追いかけて千秋がキスを重ねる。
深く、さっきの意趣返しのように乱暴に、激しく。

それに応じながら、のだめの手が千秋の身体をなぞっていった。
キスに没頭している千秋の、背中を、脇腹を、腰骨のあたりを、ゆっくりと辿っていく。
そのまま両手が千秋の勃ちあがりつつあるそこを、服の上からぎゅっと包み込んだ。

「わ!」

驚いた千秋が腕を立て身体を離す。

「……先輩、座ってくだサイ」

うながされて、千秋は身体を半転させてベッドに座った。
その膝の上にのだめが座る。柔らかい唇が、唾液に濡れて艶やかに輝いている。
千秋の首からTシャツを抜き取って、のだめが胸元に、胃のあたりに、臍に、キスを落としていく。

「……ちょっと、失礼しマス」

自分のハーフパンツを下着ごと引き下ろしたのだめを、千秋は少々呆然と見つめた。
半分勃ちあがったそれが、外気とのだめの間近な視線に晒されて、びくりと脈打った。
ちゅっと、のだめは千秋の下腹にひとつキスをして、……両手で柔らかく、包み込んだ。
他人の、ひやりとした手の感触に、それが一層大きくなってのだめの指を押した。
ほぉぉぉ、と、関心するような声を出してのだめはまじまじと観察している。

「……あんまり、ジロジロ見るな」

千秋はそんなのだめを見て、逃げ出したくなる程に恥ずかしくなる。

「今度、オシッコするとこ見せてくださいネ」
「ば、馬鹿!おまえ変態か!?」

ああチクショウもとからコイツは変態だったよ!と動揺する千秋に構わず、
のだめはキスをするように、亀頭にひたりと唇を押し当てた。
そのままで、のだめはじっと千秋を見上げた。
二人の視線が、ぴたりと絡む。
与えられている感触以上の快感を期待して、千秋の喉が鳴った。
そのまま、視線を外さずに、ぱくりと、のだめが千秋を咥えこんだ。

咥内の温かくぬかるんだ粘膜が、千秋の背をぞわりと粟立たせる。

「ぁ…………」

さっきまで深いキスに応じていた舌が、ゆるりと千秋をなぞりあげている。
やわらかく口に含んで、嘗め回している。

「……んっ……のだめ……」

与えられる快感を受け止めながら、千秋はのだめの頭を撫でた。
のだめの舌の動きにつられるように髪を梳くと、うっとりとのだめが目を細めた。
上気した頬。なんだか褒められて得意になっている子供みたいな表情。
のだめはぐっと喉もとまで千秋を飲み込んでから、唇をすぼめてシャフトを登った。
ちゅっ、と音をたてて唇を離す。

「……こんな感じデスか?」
「……うん」

顔に満面の笑顔を浮かべて、のだめが再びそれを口にほおばった。
のだめの髪がその顔にかかって、表情が見えなくなる。

「……は、……はぁ、は…、…、……っ……」

かすかな罪悪感と締め付けられるような快感とが混ざって、千秋の呼吸が荒くなる。

「ん……はぅ……」

熱い吐息を漏らして、のだめが付け根から先までを柔らかな舌でなぞりあげた。
硬く、熱く膨張しきった器官をのだめの舌が濡らしていく。
二人の荒い呼吸と、ぴちゃり、ぴちゃ、と猫が皿を舐めるような音が部屋に響く。
のだめに、口でされている、そう思うだけで根元に溜まる熱を吐き出しそうになって、
千秋はぎゅっと唇を噛んで耐えた。そんな快感に耐える千秋の顔を見上げて、
のだめの指が口でほおばりきれない部分を握って、上下に動いた。

「……っ……、の……のだ、め……」

声を必死で押し殺して、千秋がのだめの頭を押す。
もう限界、と意思表示をすると、のだめは千秋に視線を合わせたまま笑顔を見せた。
そして握り込んだ指にぎゅっと力を込めてしごきあげながら、千秋をきつく吸い込んだ。
千秋は歯をぎりと噛み締め、顔をかっと紅潮させ、腰を小刻みに痙攣させながら、
のだめの頭を強く押さえつけて、その咥内で快楽を弾けさせた。

良い仕事をした!とでも言うような晴れやかな笑顔で、
バスルームからのだめがベッドに戻ってきた。

「ちゃんとよーくうがいして、いちおう歯も磨きましたよ〜、ばっちりです」

ちゅっと千秋の頬にキスをしてベッドに潜り込む。

「……いや、べつにそこまで……」

言いかけて、千秋ははたと気がつく。

「もしかして、おまえ、俺がしたあとって、抵抗あった?……その、」
「ないですヨ!そんな……、ちょっと、のだめが恥ずかしかっただけデス。はぅん」

のだめは照れて、シーツを肩まで引っ張りあげる。

「そう……」

そんなのだめを千秋が引っ張りあげる。
さきほどまで熱心な愛撫をしてくれたことを労わるように、優しくキスをする。

「……ふふ、のだめ、今日は心ゆくまで真一くんを堪能しました。満足デス♪」

おやすみなさい〜♪とキスを返して、のだめがベッドに身を沈めた。

「……なにがおやすみだ」

千秋が、がば、とシーツをはぎとった。

「え、先輩、二回もできますか?」
「やってやる」
「そ、そんな、のだめ、しなくてもぜんぜん平気なんですよ」
「べつにおまえに気を使ってるんじゃない」
「……無理しなくてもいいデスよ?」
「無理なんかしてない。ていうか、

……ここまで煽っといて終わりなんて、まさか、ないだろうな?」






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