千秋真一×野田恵
![]() 夕食後、ソファーでくつろいでいるのだめが、 公演にむけて勉強中の千秋に質問した。 「先輩、なんでソファーは赤いんですか?」 千秋は総譜から顔を上げずに問い返す。 「……それは『どうして空は青いんですか』と同じたぐいの質問か?」 「ち、ちがいマスよ!先輩の部屋のソファー、大学の部屋のときも、赤でしたよネ」 「そうだな。たしかに、赤かったな」 ちらと、のだめの座るソファーに千秋は目を遣った。 「パリでもほら、赤ですし。なにかコダワリがあるんですか?」 んー……と、考える千秋。 「こだわり? いや、……なんとなく」 「……なんとなくで、ソファーが『赤』デスか?」 あんまり一般的じゃない気がしマス。とのだめが千秋を見る。 千秋ものだめを見返す。 「ソファーはやっぱり赤だよなあ、て思って選んだまでで、意味は無いんだけど。 言われてみればそうだよな。んん……、何でだ……?」 「なんで、赤なんでしょーねー」 ぶつぶつと過去を反芻してインプリンティングの検証をはじめる千秋をよそに、 のだめは話題の真っ赤なソファーに、ばふっと寝っ転がった。 靴を下に脱ぎちらかして、ぱたり、ぱたりと素足を動かす。 ワンピースから伸びた脚がソファーの赤に映えて、やけに白く見える。 動くものを追う動物としての習性からだろうか、 考え事をしながらも思わず千秋が脚の動きをじーっと追いかけていると、 そんな自分を見ているのだめと視線がかちあった。 不思議そうに、こちらを見ている。 なんとなく気まずくなって、千秋は無理やり、会話を戻す。 「ソファー、……赤いと、……いいこともあるよな」 「たとえば?」 「顔色が良く見える」 「あー……」 何かに思い当たったようで、のだめはポンと手を打ち、その手のまま唸り始めた。 「なんでしたっけ、……えーっと、オラ……、オラウータン……?」 「は?猿?」 「いいえー、オラ……ほら、いかにもミルヒーが好きそうな、芸者さんの、サムライの時代の、」 名前が出てこずに、じたばたと唸り続けるのだめ。 シュトレーゼマンが好きそうな、江戸時代の芸者…………? 「……もしかして、花魁?」 「そうそれデス!その、オイランのお布団って、赤いんですよね?」 「おまえ変なとこで博識だよな……」 「あれもやっぱり、肌をきれいに見せるためだったんでしょうかね〜」 どう思いマス?と、のだめは千秋に聞く。 「俺が知るか、そんなの!! おまえ、ひとのソファーに卑猥なイメージ植え付けんなよ……」 眉根を寄せながら総譜を机に置いて、 千秋はのだめが寝転んでいるソファーの、彼女の頭のほうに浅く腰掛けた。 「のだめの顔色、ここだと、きれいに見えますか?」 「ん」 千秋の手が、のだめの頬に触れる。 くすぐったそうにして、お返しというようにのだめが千秋の髪を撫でる。 「先輩の黒い髪も、赤い色に、とっても映えてキレイに見えるんデスよ?」 「……ありがと」 「さすが……、『黒の王子』って、感じで……」 のだめの大きくて長い指が、千秋の髪を梳いていく。 耳元からその黒い髪をかき上げ、首筋まで、ゆっくりと撫で下ろす。 また耳元へ戻った際にその指の腹が額にあたり、眉毛がしゃりしゃりと細かい音をたてた。 千秋はのだめを見下ろす。 わずかに上気した桜色の肌は、赤い色にとても映えて、目にまぶしく映る。 「なあ……」 千秋はのだめの頬をかるくつまんだ。 いたいデス、と、痛くなんてないくせにのだめが抗議して、千秋の手に自分の手を重ねた。 少し速くなりだした鼓動が、お互いの手のひらから伝わってくる。 「する?」 「はい♪」 わーい、と歓声をあげそうな勢いで、のだめが千秋に抱きついた。 まんざらでもない千秋も、笑いながら、のだめを赤いソファーの上に横たえた。 まるで先の、花魁の赤布団の上で見える肌の色を確かめるみたいに、 二人は赤いソファーの上に、互いの肌を露出させていく。 「……先輩のお肌も、白くて……キレイでデスよね」 はうん、とのだめが千秋の肌に舌を這わす。くすぐったさに千秋が少し身体を捩る。 「俺は……日に焼けられない繊細な身体に生まれたんだよ」 「ふふ、今度皆にナイショで泳ぐ練習しましょうよ〜。のだめ、けっこう水泳得意なんですよ?」 「ぜってーヤダ。おまえは真澄と二人で楽しく泳いでろ」 「あー……まだ根にもってマスね?……相変わらず粘着なんデスからー」 「俺のどこが粘着だってんだ」 ワンピースのボタンを全て外すと、のだめの素肌と身体のラインがソファーの上に現れた。 見慣れたあどけない童顔や、のんびりした雰囲気とはまるで不釣合いに、 ワンピースで隠されたのだめの体がきちんと年相応に成熟していることに、 千秋はいつも少しだけ驚かされる。 「……先輩、でんき、消しませんか?」 「お前が消せば」 「……じゃあどいてくだサイ。のだめ、先輩が邪魔で動けないデス」 のだめがじたばたと手足を動かした。 「…………」 「先輩?きいてますか?」 明々と点けっぱなしの蛍光灯の光に晒されて、 赤いソファーの上に投げ出された白い肌が、まぶしいほどに映えている。 わずかに肌に浮かび上がった汗が光を反射しているところまでが、はっきり見て取れる。 「千秋先輩……」 汗ばんだ肌のすべらかな感触を愉しみながら、千秋はゆっくりと指を滑らせた。 節くれ立った長くて固い自分の指が、白く柔らかい彼女の肌を伝っていく。 やわらかな胸をやんわりと握りこむと、 先輩、聞いてませんね、と言おうとしたのだめの語尾が、わずかに震えた。 「もう……」 のだめは諦めたようだ。 まったくカズオなんデスから……と、ぶつぶつと文句を言いつつ、 のだめは千秋のシャツを握ると、そのまま背伸びするように腕を伸ばし、 千秋の首から一気にズボっと抜き取った。 「……ムードのねえ脱がせ方」 「のだめはせっかちだから、先輩みたいにねちねち脱がせないんデス」 「ねちねち……?」 裸になった千秋の胸にぺとっと頬を押し付けて、のだめは深く息をついた。 「こんなときにも、充電?」 「はいー、んーー」 ちょっと待っててくだサイね〜、と、のだめはゆっくり深呼吸を繰返した。 三十秒くらい、じっと、ソファーの上で抱き合う。 なんとなく手持ち無沙汰に、千秋は自分の胸の位置にあるのだめの頭を撫でた。 栗色の髪を梳くと、ふわりと、千秋のバスルームにあるシャンプーの香りが立ち上る。 「シャワー入ったばかりだから、俺もボディソープの匂いしかしないんじゃないの?」 「そんなことないです」 「?」 「真一くんのニオイが、します……」 その表情を、欲情に濡れた顔を、明るみで見てみたくて。 千秋はのだめの両頬に両手をあてがって、自分のほうに顔を向かせた。 急に顔を固定されて、きょとんとした目が千秋を見つめ返していた。 ……相変わらずの間抜け面だ。と千秋は思った。 いつも見ているのだめと、なんにも変わらなかった。 そんなことはあたりまえなのに、なんだか千秋はほっとする。 明るい光の下で、昼間に日常の生活を送っているソファーの上でだと、 いつもの暗いベッドの中で感じている、あの夢みたいに不確かな興奮は感じない。 あるのは、日常の空間でこんなことをしている背徳感からくる、どこか冷静な興奮だった。 千秋が口を開けてわずかに舌を出すと、のだめが顔を寄せて、千秋の舌を唇で食んだ。 いたずらをするように唇と舌を使って互いに触れ合い、遊びながらキスを交わす。 明るさに興奮しているのはのだめも同じなのか、 お互いに目は閉じずに深いキスを交わしあう。 自分に口付ける相手の顔が、だんだんと紅潮していくのを確かめ合う。 弄んでいた豊かな乳房から手を離して、千秋は脇を伝い、横腹を撫で下ろした。 ゆっくり太腿に手を這わせて膝を握ると、その脚を開かせる。 のだめはため息をつき、身を震わせた。 親指と人差し指をつかって柔らかい割れ目の奥を刺激すると、のだめは背をのけぞらせた。 そして既に十分に潤っているそこに奥まで、ゆっくりと、指を捻じ込む。 「いたっ………!あ……あ、……ぅ」 敏感な身体なのだろうか。 いつもフリではなく本当に、指でさえも進入に強張るのだめの体。 でも、ちゃんと湿っていて、暖かく潤んだ感触が指から伝わってくる。 灯りに健康的な肌の色を全て照らされて、目前にすべてを晒された彼女の、 身体の奥の、ひっそりと隠れた昏い胎内の肉の色を想像させる感触。 その感触と、聞こえてくる甘やかな吐息を愉しみながら、千秋は思いを巡らせる。 千秋先輩は会ったときから男の人だったし―― 前に、のだめはそう言った。 しかし千秋にとっては違った。会ったときは女だなんて考えもつかなかった。 今だって似たようなものだ。日頃のこいつは破天荒なただの変態だ。 しかし、のだめは時折ふっと変態の皮を脱いでみせる。 ――のだめがリュカに覚えた寂しさというのが、千秋はなんとなくだが、理解できた。 性別を感じさせないのだめが、その本質は女なのだと気付かされる、そんなとき。 自分だけに見せてくれる本当の姿に、愛しさが募るのと同時に、 その姿に気付いた分だけ日頃の彼女が遠くへ行ってしまうような、そんな不安感。 その不安を別の言葉に置き換えるならば……、 寂しい、と言えなくもない。 無意識の内に増やしていた何本かの指を引き抜いた。 それと同時に、こちらも無意識であろう、のだめがが甘い喘ぎを漏らす。 もう十分に蕩けていて、熟れきった果実のように滴る、のだめの、女の部分。 誘われるように千秋は大きくのだめの脚を開いて中心に自身をあてがう。 のだめが不安げに、あ、と声を上げる。 それを聞いて、千秋はすぐにも突き入れたい衝動を制して、少しだけ、腰を前に動かした。 ん……っ、と、小さく息を呑み、のだめが目をつぶったまま、抗議の声を上げる。 「……先輩、痛いデス……」 「……我慢しろ」 ぶんぶん、と首を振るのだめ。 どんなに教え込んでも、この瞬間はまるで子供みたいだ。 「……先輩が、大きすぎるんデス……」 「幸せなことじゃないか。我慢しろ」 「カズオ」 荒げた息の下でカズオなんて言われて、なにがなんだか分からない…… 少し眉を寄せて、千秋は薄く笑った。 ……最中に軽口を叩きたがるのも、のだめの癖だ。 こいつも不安なのかな、と思う。 こうして、日頃と変わらない冗談を言って、俺をいつものペースにさせて、 出所のよくわからない不安を紛らわせているのかもしれない。 うっかり付けてしまっていた赤い痕の浮いた右足を抱え、より深く体を進める。 んんん、と唸るのだめを押さえつけるように自身を全て挿入して――― ふう、とひとつ息を吐いた。 そして、千秋は自分の下にいるのだめを見る。 のだめも千秋を見返している。 呑気な造作の顔で、しかしいつもとまったく違う表情で、千秋を見ている。 赤く染まった顔。潤んだ目。切なそうに緩んでいる、その口元。 瞳に写り込んでいるのは、大きい体躯で彼女を組み敷く千秋の顔だ。 のだめの脚が揺れて、千秋を収まりの良いところに迎え入れた。 千秋はしばらく、そのままのだめを見つめていた。視線が、熱く絡み合う。 「先輩」 「なに」 「もうだいじょうぶです……」 「そうか、よかった」 「先輩……」 少しだけ意地悪をしてみる。 焦れたのだめは、ほとんど息だけの声で、でもはっきりと、 「…………うごいて、ください」 語尾は欲情にかすれてうわずっていた。 「了解」 まってましたとばかりに、 千秋はのだめの内側を、ずるりと最奥から入り口まで一気にこすり上げた。 「――あ、あ、あ、……せんぱ、……いっ、あ……」 そのまま突いて引いてを繰り返す。 奥まで入れたまま内部をかきまぜると、のだめのの声が裏返ってひきつれる。 「……声、痛めるぞ」 言ってものだめはふるふると頭を振るだけで、細い悲鳴のような声は止まらない。 のだめの奥がぎゅっと締まり、つられて千秋が低く呻いた。 ぱん、ぱん、と肌のぶつかる音が明るい室内に響く。 ただの前後運動を、二人でまるで火がついたかのように繰り返す。 千秋が、のだめの胸を掴みあげる。 のだめの背が弓のように仰け反って、千秋の胸板に身体を押し付けて、しがみつく。 千秋が引っ張り上げると、二人で向かい合って座るような体位になった。 それはまるで、のだめがすすり泣きながら千秋に縋りついているようにも見えた。 「先輩、先輩っ……もう……くるしい、です……」 「……、やめるか……?」 「ちがっ……、もっと、……先輩が……欲しい、ん、ですっ…………」 「うん……俺も、おんなじ」 のだめを腕に掻き抱いて、膝の上で乱暴に揺すり上げる。 のだめが夢中でしがみついて、千秋に合わせて自分から腰を上下させた。 激しくお互いが擦れあい、溶けそうな熱がそこから全身に伝わって、足の先に変に力が入った。 は、は、は、と二人の呼吸のリズムまでが重なってきて―――― びくん、とのだめが痙攣した。声にならない声が一瞬遅れてのだめの喉から上がり、 溺れてしまうかのように全身でぎゅうっと千秋にしがみつく。 千秋がそのまま数度、強く腰を突き上げる。 「きゃ、あぁ、あああっ!」 千秋が動くたびに、のだめが振り切れそうな悲鳴を上げる。 立て続けに与えられる過ぎた快感に、のだめが爪を千秋の腕に深く食い込ませた。 その痛みにも気がつかないくらいに、千秋の感覚が全てのだめの感触につぎ込まれる。 「………は……」 強い締め付けのなかで、のだめと固く抱き合ったまま、千秋も達した。 「でんきけしてくだサイ」 「あ……、なんだよ、まだ気になってた?」 「あたりまえデス。先輩……今日、す……すごくよく、見てましたね……。 あんまり…………み、見ないでくだサイ」 「……だったら日頃から腹まる出しで寝たりするなよ、変な奴だな」 赤いソファーの上で、二人で寝転がっている。 ああ、総譜を見なきゃいけないんだよな、と千秋が身を起こすと、 のだめが小さく呻き声を上げた。 「いいよ、おまえはここで寝てろ。後でベッドに運んでやるから」 興奮しすぎてちょっと無理をしたから、疲れているだろう。このまま寝かせてやりたかった。 「おそくまで、かかるんですか?」 「すぐ終わるけど、俺もういっかいシャワー浴びてくるし。いいから、寝てろよ」 そう言って千秋がタオルケットをかぶせてやると、のだめは素直にそれを身体に巻きつけた。 ……まったく、こういうときは、別なんデスよ……、 のだめだって、女なんですから……先輩のカズオ……。 赤い格子模様のタオルケットの中でもぐもぐと不満を言っているのだめは、 こんな後なのに、やっぱり子供じみて見えた。 千秋はそんなのだめに、変に安心している自分を感じるのだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |