大事なこと
千秋真一×野田恵


のだめは背中を向けている千秋に抱きついた。

べったりと素肌を密着させてみる。
固い肩甲骨にぐりぐりと顎をのせてみたり、
汗ばんだ背肌に頬擦りして感触を楽しんだりもしてみる。
千秋は背をむけたままで、その肘を遠慮なしで体重をかけてくるのだめにゴツとぶつけた。
ぎゃぼ、とのだめが不満を訴えた。
千秋が肩越しに振り返る。

「おまえ、重い。邪魔」
「……のだめのことほっぽって背中むけちゃって。そんなに大事なことなんデスか」
「大事って……おまえ、これ失敗したら、おまえが大変なことになるんだぞ」
「………………」
「離れてろって」
「………………」
「………のだめ」

のだめは頬を膨らませ、べったりと千秋の背に張り付いた。
そのまま一向に動く様子がない。
ヘソを曲げたのか……。
千秋は背中だけでなく、頭まで重くなってきた。
無言で背後にのしかかってくる重圧が、なんか、なにかの妖怪みたいだ。
二人で深夜に裸で抱き合っているはずなのにムードなんて皆無だ。
無言で背中に張り付かれたままゴム付けようとしている俺の、この状況は何なんだ。

ちくしょう…………。重い。
…………中断させられて、いい加減、焦れてくる。

「おい」

無言の反抗がうっとうしくなった千秋は、

「……俺も好きで付けてんじゃないんだからな」

口を滑らせた。

「え」
「あ」
「先輩……ナマでしたかったんですか」

そのセリフに千秋が振り返ると、のだめがびっくりした顔でこちらを見ていた。

「え、いや、……え、べ、べつに、」
「きもちいいんですか?」
「は?」
「やっぱりナマのほうが気持ちいいものなんデスか?」

興味津々、といった感じでのだめが聞いてきた。
千秋は動揺しながらも固まってのだめを見返した。
深夜のベッドの上で二人、お互いに裸で向かい合う。

「……や……やったことないから……わかんないけど」
「ないんですか……」

のだめは露骨にがっかりした顔を千秋に見せた。
その顔に、なんだか千秋は腹が立つ。

「あたりまえだろ!そんな、無責任な!」

のだめは黙り込んで、千秋を見つめた。

「…………なんだよ、その顔は」
「のだめ……べつに、いいですヨ、付けなくても」
「え、ほんとに?」
「……そんな露骨に嬉しそうな顔しないでくだサイよ」
「だって、え…………おまえ、ピルでも飲んでるのか?」
「飲んでません」
「…………」

部屋に一瞬、沈黙が流れる。

「大丈夫なのか?」
「…………、…………大丈夫じゃないデスか?」
「…………おい、テメエ、こっち見ろよ」

のだめが千秋に視線を合わせた。

「たぶん、ですケド」

千秋がお化けでも見たような顔をした。

「多分じゃ駄目だろーが!!出来たらどうすんだ!!!」
「産みますが、なにか」
「あーー!このばかのだめ!期待して損した!!!」

がっかりだ!!と千秋がのだめを押し倒した。
ぎゃぼー、とか奇声を上げながらのだめがベッドに組み敷かれていく。
じたばたと手足を動かすのだめを千秋は乱暴に押さえつける。
背中に張り付いたりしてふざけあう前に準備はしっかり整っていたので、
千秋は半ば強引に、コンドームを被せた自身をぐっとのだめの中に押し込んだ。

急激な快感に、千秋とのだめから、同時に呻き声が上がった。

すぐに、千秋は激しく突き上げはじめた。
はじめから何の遠慮も無いその動きに、急激に二人の呼吸が荒く乱れていく。

「あー……くそ、馬鹿のだめ」

千秋が腰を動かしながら、ぶつぶつと文句を言う。

「……ぅ、ふ……、そういうこと、なのかな……と、思って、デスね……」
「どういう、ことだよ、馬鹿」

ばかばか言わないでくだサイ、と、のだめが揺すられて乱れる息の下で、抗議する。

「馬鹿に馬鹿って言ってなにが悪いってんだ、ばか」
「……先輩……ばかっていうほうが、ばかデス」

千秋がのだめを見下ろした。
息を荒げながら、千秋は微妙な表情でのだめを見る。

「おまえさ、もっと、自分のこと考えろよな……」

のだめの耳元に顔をつけて、低い声でぼそぼそと喋る。

「そういうこと聞くと男は萎えるんだぞ」
「……ん……だいじょぶじゃないデスか」
「………産むわけ?」
「まかせてくだサイ」
「ガキがガキを産めるのか?」
「やな、言葉づかいですねー、ぁ……、真一くんらしくありまセン、よ」

なんだそれ。
なんて言って、千秋はのだめの膝を抱え上げ、より深く、叩きつけるように腰を動かした。
それで軽口の応酬も止み、相手の感触だけに集中して、互いに無言になる。
あとはそのまま絶頂を目指して高みへと上り詰めていくだけだ。
その激しさに喉元までそれが押し込まれたみたいに感じられ、のだめは息が苦しくなった。
息苦しさに伸ばした手で千秋の背中を捕まえる。
熱い背中にしがみつく。

……子供ができるかもしれないことを、二人でしてる、
そんな当たり前のことを思い出すだけで、どうしてこんなに興奮するんだろうか。

そんなことを、ぼんやりと白くなっていく頭の隅で、思う。

こんなのは、いつもの言葉遊びの一環だ。
憎まれ口を叩いていても、千秋のその心遣いを、のだめはとても嬉しく思っているのだった。
そして律儀で生真面目な千秋は、のだめの軽口にいちいち真面目に怒りながらも、
……難しい顔はするけれど、身体のほうは反対に、とてものだめを愉しんでしまうのだった。
だからのだめはわざと千秋をからかって、千秋ものだめの挑発に乗りに行ってしまう。

この微妙な興奮が好きなので、二人はコンドーム派なのだった。

……のだめが昔にダースで買わされたものを消費するためでもあったのだが。
それはもう既に残っていないので、やはり自分達には合っているのだろうと二人は思っている。






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