千秋真一×野田恵
![]() マルレのオーディションも無事済んで、でも家に帰るのは連日深夜で、 パリの猛暑はまだ続いていて、体力ばかりが奪われる日々だ。 「ふわ・・・センパイ、今日も遅かったんですネ」 相変わらず部屋の一番涼しい場所に寝転がっていたのだめが、 寝ぼけ眼でふらふら近寄ってきた。 口を尖らして、まだ完全に開ききらない目で、 両手を前に突き出したままオレの胸へと飛び込んでくる。 オレは突き出されたくちびるに軽くただいま、とキスをした。 もう挨拶のような、日常の一部になったオレたちのキス。 でも、いつもここまでだ。あの夜以来、忙しかったのと、疲れていたのと、 お互い妙に意識しすぎていたので、まったく先には進んでいない。 そして、焦る気も今のところはない。 リサイタルから帰ってきて以来、のだめはオレの部屋に完全に 寄生してしまった。こいつの部屋は現在どんな状況になっているのか。 この暑さの中で・・・最後に作ったカレーの鍋は、洗ったんだろうか? ・・・想像するのも鳥肌が立つので、あえて考えないことにする。 「・・・寝てていいぞ。おまえも疲れてるだろ?」 「のだめは元気デスよ!それよりセンパイ、探してた新しいシーツ、 買ってきましたヨ。少しでもちゃんと寝てくだサイ。最近顔色が悪くて ますます人相悪くなってマス」 「おまえといるから人相が悪くなるんだよ!」 オレのベッドには、涼しげな生成り色のシーツが綺麗に敷かれていた。 「で、おまえはなんで床で寝てるわけ?」 「せっかくの新しいシーツを先に汚したくなかったからデス」 いつもはとことん図々しいくせに、時々とても遠慮深いやつ。オレは この、帰宅後のちょっとした会話に結構癒されているかもしれない。 シャワーを軽く浴びて、すばやくベッドに滑り込むと、久しぶりに肌に 涼やかな感触が心地いい。そんなオレの姿を、のだめが床に寝そべりながら、 何か言いたげに眺めている。 「おい、いいシーツを買ってきた褒美に、おまえも入れてやる」 「ふおーっ!センパイ、愛してマス」 のだめは猫のように、ベッドの中にもぐりこんできた。途端に安心感のある 温かみが左脇にのしかかってきて、それがオレの眠気を誘う。 明日も朝早い。オレたちはこうして夜毎一緒にベッドに入り、そして どうでもいいような話をして、そのうち眠りにつく。キスはするけれど、 それ以上には至らない。オレも男だし、生理的には「至りたい」のだけれど、 この忙しさと暑さで、そこまでのエネルギーが残っていないのが現実だ。 「ムフー、あさってはやっと休日デスね。何か予定はあるんデスか?」 「何もないし、何もしたくねー。疲れてるし」 「のだめもガコ休みですケド、暑いからどこにも行きたくありまセン」 このところまったく構ってやれなかったから、多少無理してでも、どこかに 連れてってやろうと思ってたのに。 「じゃあ、一日中家で寝てるか」 「SUPER(シュペール)!」 オレに気を遣ってんのか、こいつ? 翌日、やっぱり深夜の帰宅。でも明日はずっと眠っていられると思ったら、 それだけで疲れが抜けるような気になった。相変わらずのだめは床の上に 転がっていて、そして、シーツは綺麗に洗ってあった。 のだめに洗濯をさせるほど、パリは今、暑い。 「あ・・・お帰りなサイ」 「疲れた・・・・」 「何か食べますか?」 「何か作ってあるのか?」 「いえ、センパイが作るなら、のだめも食べるの付き合おうかと」 「・・・」 オレはシャワーで身体のベタつきを流し、もうあとは寝るだけ。 しかし、いざゆっくり寝ていいとなると、今度は逆に眠くならないから 不思議なものだ。 「久しぶりになんか飲むか」 「甘い時間の始まりデスね。ゲハ」 「おまえといると、ちっとも甘くねーんだよ」 「じゃあ、甘い気持ちにさせてあげマス」 不気味な宣言をして、のだめが奥の部屋から何かをごそごそ取り出してきた。 「ハイ、のだめからのプレゼント。アマゾンで取り寄せたんデスよ」 渡された茶色のダンボール箱には、数冊の本が入っていた。 「必ず治る!ED克服50のヒント」 「男の自信は角度で決まる」 「立った!ポテンツ復活実話〜私の場合」 「おい・・・何が言いたい?」 「のだめは、気にしてまセン、ってことデスよ。きっとすぐによくなりマス」 「オレはインポじゃねーっ!」 あのリサイタルの夜、未遂のまま中折れした屈辱が一気によみがえる。 「あれは、おっ、おまえが変なこと言うから」 「いいんデスよ、センパイ。さ、この本を読んで頑張りましょう」 「夫婦生活四十八手」 「まだ処女のくせに、体位なんかに興味持ってんじゃねー!」 「ぎゃぼーっ!まだ処女なのは、センパイのせいじゃないデスかー!」 ・・・忘れかけていた疲労感が、再びどっと押し寄せてきた。 オレはどさっと身体をベッドに沈めると、とにかく眠ろうと決めた。 目覚ましをかけずに眠れる幸せを噛み締めよう。起きたらそれから 予定を考えればいい・・・。 「センパイ、寝ちゃったんデスか?センパイ?しんいちくん?」 のだめが横からちょっかいを出してくる。寝たふりをしながら無視を 決め込んでいるうちに、オレはいつの間にか本当に寝入ってしまった。 目が覚めたのはほとんど昼近くで、遮光カーテンの隙間から見える外は ちらちらとまぶしく明るかった。隣でのだめが規則正しい寝息を立てている。 読書灯がつけっぱなしになっていて、「夫婦生活四十八手」が そこに置かれている。「帆掛け舟」のページがしっかりと折られていて・・・。 変態。もーこいつ、本当に変態だ。 オレは呆れてその本をベッドの下に投げ捨てると、 その音でのだめがうーん、と寝返りを打った。パジャマの下はどうやら ノーブラで、想像を掻き立てさせるような生々しいふくらみが 目の前に迫ってきた。のだめが寝息を立てるたびに、そのふくらみが 上下する。オレはすでに朝立ちとは言いがたい固さになったそれを 持て余し始めている。 「のだめ」 返事はない。 「おい、そろそろ起きるぞ。おまえの好きなカフェに行こう」 「・・・もう食べられまセン」 寝ぼけてやがる。しかもこいつ、食い物の夢ばっか。 何も予定のない、久しぶりの休日。出かけないでもいいのかよ? ああ、でも、こいつだってレッスンで毎日疲れているし、 こうしてだらだらベッドの中にいるのも悪くない。ただ、下半身の 屹立のせいで、なかなか眠りに戻れない。オレはそっとそこに手を伸ばすと、 撫でるでもなく、握るでもなく、なんとも中途半端な状態をどうにかしようと 困り果ててしまった。 「ダメですヨ、自分ばっかりは」 また寝言か? いや、ぱっちりと目を開いたのだめがオレを見て笑っている。 「センパイ、立ったんデスか?さては本が効きましたネ」 「な、な、な、な、おまえ何言ってんだ!」 「しかも、溜まってるんデスね?のだめ、妻として責任を感じマス」 「溜まってもなければ、妻でもねー!」 いや、実は溜まってる。でも、女が言う台詞じゃねー! 「妻として、責任を取らせていただきマス」 のだめはそう言うと、そのまま布団の中にもぐってしまった。そしてたちまち オレの股間に手を伸ばし、まだ寝起きの熱い手で、パジャマの上からオレを もて遊び始めた。 「ちょ・・・待て・・・」 一瞬のだめの手首を掴もうとしたものの、だるさの残る身体と、 そこに感じる柔らかい愛撫の妙に、抵抗する気が萎えていく。 「のだめ・・・」 「センパイ、気持ちいいデスか?」 「・・・うん・・・」 のだめの触り方は、ただぎこちない。でもそのぎこちなさに、逆にそそられてしまう。 今やパジャマの生地も張り裂けそうな状態のそれを、のだめは撫でさすり、握り、 そして顔を摺り寄せている。 「ふおおおお・・・・ここに心臓があるみたいに、ドクドクいってマス」 「のだめ」 「ハイ?」 「おまえ、何で平気でそういうことできんの?したことあんのか?」 気持ちよさの中にも、嫉妬の感情が浮かんでくる。こいつ処女とはいっても、 案外平気でこのへんまでは、誰かとしたことあるんじゃねーの? しかし、のだめに限って。オレ様以外の誰が、こいつを女扱いするんだ? 黒木くんだって、虚像に惑わされていただけだし・・・。 「ないデスよ」 布団の下のほうから、のだめのくぐもった声が聞こえてきた。 「でも、勉強は欠かしまセン。センパイに喜んでもらえたら、嬉しいんデス」 「そっか・・・」 オレはややほっとして、その脱力のおかげで下半身の収まりがますますつかなく なってしまった。 「おい、それだけじゃ済まないこと、わかってんのか?」 「・・・ハイ」 「じゃあ、ちょっと出て来い」 「・・・ハイ?」 のだめが手の動きを止めて、掛け布団から顔を出した。オレは その瞬間にのだめを捕まえて、長いキスをした。 「今日はもう遠慮しないからな。それと・・・」 オレはのだめのパジャマを一気に脱がし、言った。 「今日は何も喋るな。黙ってオレの言うことだけ聞いてろ」 オレたちは絡みつくようなキスをした。 毎日、挨拶程度のキスならしていた。でも今夜のキスは、 欲望を駆り立てるような本能のキスだ。オレはのだめの前でなら何もかもを 見せられる。少なくとも、彩子とこんなキスをしたことはない。いつも冷静で、 快楽の中にあっても、オレは自分を見失ったことはなかった。 音楽以外に没頭できるものはこれまで何もなかった。女は気持ちいい。でも、 抱きながら何かほかの事を考えていた。たぶん、練習不足のピアノや、 ふと浮かんだスコアのことや、そんな雑多なこと。 それを彩子に悟られまいと、無理やり優しい言葉を探していた。 でも、のだめの前では、オレは丸裸だ。それはとてつもない恐怖でもあり、 味わったことのない安心感でもある。そして、むさぼるようなキスは、こんなにも 気持ちいい。舌を絡めて、舐めまわして、吸って、吐息すら漏れる。オレの 吐息だ。男でも、いや、オレでもキスにここまで没頭できるんだと、初めて知った。 「のだめ・・・」 オレはしてもしても足りないキスのもどかしさを埋めるように、 のだめの首筋へ、胸元へとキスを降らせる。あえぎながら、のだめもオレの 肩口や、指や、胸に舌を這わす。立ってしまったオレの乳首を、のだめが 舌先でもてあそぶ。 「う・・・」 声が漏れる。恥ずかしい。でも、自分の発した声に、さらに 興奮させられる。もっと。もっと。もっと気持ちよくなりたい。入れたい、 突っ込みたい、めちゃくちゃに犯したい。この女のすべてを征服したい。 そして・・・オレもめちゃくちゃに乱されてしまいたい。 「のだめ・・・おまえ濡れてる」 「のだめどうにかなりそうデス」 「オレも。オレもどうにかなりそう」 オレたちはまたキスをする。キスをしながら、オレはのだめの中に指を入れる。 唇をふさがれたままののだめが、声にならない声をあげ、腰をのけぞらせた。 オレは中指と薬指を根元まで差し入れて、そのままのだめの中を2本の指の腹で こすり上げた。何度も、何度も。 「ふ・・・わ・・・あああ・・あっあっあっあっ」 のだめの固く閉じた目の端から涙がこぼれる。 それが嫌悪の涙ではないことをオレは知っている。だからやめない。 オレの指が締め付けられる感覚を、まるですでにオレ自身を挿入している かのように楽しむ。こいつをイカせたい。こいつのイク顔が見たい。オレの 下半身はその瞬間を思い描いただけで、 もうどうしようもないほどに張り詰めた。 トランクスを脱ぎ捨てて、すでにぬるぬると先走っているオレ自身を、 のだめの腿にこすりつけた。熱く汗ばんだのだめの身体に触れるたび、 下半身がしびれるようで、うめき声が漏れる。のだめの太ももに、オレの 液がぬらぬらと光る。気持ちいい。すげえ・・・いい。こんなことどの 女にもしたことがない。前戯はすべて、相手のためのものだったから。 でも今日、オレは自分の欲望を隠さない。 きっとこいつだって、それが一番嬉しいだろうし。 「センパイ・・・キス・・・して」 のだめが潤んだ目を向けた。オレは それに応えながら、太ももを滑らしていたオレ自身を、のだめの入り口に 押し当てた。もうじゅうぶん濡れている。もうじゅうぶん待った。 「行くぞ」 のだめが一瞬身体に力を入れたが、それより前に、オレの塊はのだめを 深く貫いていた。熱くてぬるぬると柔らかくて、きつくまとわりつく 感触に、もうどうにかなってしまいそうなほどだった。 のだめは固く閉じていた両目を開けて、オレをじっと見上げた。 「しんいちくん、好き・・・デス」 「何も言うな」 「好きデス」 「何も言うなって。そんなこと言われたら、もうダメ、オレ出そう」 「出してくだサイ、のだめの中に、たくさん」 処女の台詞じゃねーだろ。でも、オレの中ではその言葉がはじけてしまった。 とてもじゃないけれど、もう腰の動きは止められない。その瞬間、オレは のだめの破瓜の苦痛を思いやることもできないほど、自分に余裕がなくなっていた。 ただ気持ちよくて、ただたまらなくて、 自分が声を出してしまっていることを恥ずかしく思いながらも、 その声すら止められないほど感じている。そして、腰を本能のままに のだめに打ち付ける。 「うっ、うっ、うっ、うっ、出るっ、出るっ、のだめっ、出すぞっ」 「あーあーあーあーセンパイ、センパイ、あーあーあーあー」 「くっ、あー、気持ちいー、いいーっ、あー、出るー、出る・・・で・・」 オレはのだめの身体を力任せに抱いて、オレの高ぶりをすべて、のだめの 中に解き放った。 なんだこのセックスは。 セックスってこんなに気持ちのいいものなのか。 オレはこんなふうに女を抱くのか。 これが本当のオレなのか。 多少の冷静さが戻って、ふとさっきまでの自分が恥ずかしくなった。 恐る恐るのだめの顔を見てみると、のだめは泣きながら笑っている。 「のだめ、これで正式に妻デスか?」 「ばーか」 オレはのだめの頭を胸に抱きしめて、そして言った。 「ずっと放し飼いのまま飼育してやるから。これからずっと」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |