千秋真一×野田恵
![]() 「うっきゅーー!夢のマイ・ルーム完成たい!!」 のだめは叫ぶと、新品のシーツを張ったベッドに寝転がった。 引越したてのマンションの部屋は、お世辞にも整理されているとは言えない。 ゴミはないものの、実家から届いたばかりの段ボールの山。 とりあえず最低限の物(寝具・お菓子・プリごろ太)を出して人心地ついたところ。 はるばる九州から東京にやってきて、一人で新居を整えた(?)のだ。かなり疲れている。 ベッドに転がったままボンヤリしていたのだめは、思い出してガバッと起き上がった。 「そうたい、まずは引越あいさつやね!」 マンションの廊下に出ると、4月の夜風がひんやりと吹きつけてくる。 疲れていて早く寝たいのだめは、挨拶をさっさとすます事に決めた。 「隣だけでよかよかっ」 といっても、のだめの部屋は廊下の端なので、隣は反対側の一部屋しかない。 意外と距離のある隣室の前まで来ると躊躇なくチャイムを鳴らす。 ピンポンピンポーン… 「はりゃ?留守にしとっとごたるね〜」 のだめは少し考えたあとダッシュで家に帰り、何やらメモを持って戻ってきた。 持っていた挨拶用の有明海苔とメモを袋に入れて隣室のドアノブにかけておく。 「よか!これで挨拶しゅーりょー」 帰り際ちらっと表札を見る。綺麗な字で千秋とあった。 「ぷぷぷ…表札に下の名前書くげな、お馬鹿サンな女の子やね〜」 一人ほくそ笑むと、のだめはマイ・ルームに戻っていったのだった。 次の日の午後。千秋はタクシーから降りると、ふらつきながら自分の部屋に帰ってきた。 「はぁ…疲れた…」 ドアノブを握ろうとして、ビニール袋がかけてあるのに気付く。 うさんくさそうに取り上げて中を見ると、有明海苔とメモが入っている。 『引っ越してきた野田です。ノリたべてください』 汚い字で走り書きしてあるのを一瞥し、千秋は鍵を開け部屋に入った。 「どこの田舎モンか知らないが…挨拶がこれかよ」 ため息をつきながら海苔をキッチンに置くと、まっすぐベッドに向かった。 ドサッと倒れこむ。眠りたいような、眠りたくないような。 ゆうべは三善の家で催眠療法を受けたが、ダメだった。 夜、寝ようとしても飛行機の音が聞こえる気がして寝付けなかった。 絶望的な気持ち…自分はもうドコにも行けないのではないか… まだ飛行機の低い音がちらついてきて、千秋は思わず枕に頭をうずめた。 その時、やさしいピアノの音が聞こえた。…気がした。 防音に優れたマンションを選んだのだから、そんな事あるハズないのだが。 その音色は、はねるように歌うように千秋の眠りを誘っていく。 「めちゃくちゃ…じゃ、ねーか…」 でも、この音は嫌いじゃない。もう、飛行機の音もしない。 そして千秋は夢を見た。 明るい日差しが差し込む森。誰かが手を引いてくれて、歩いていく夢だった。 それからの約1年、隣同士の二人は何故か全く顔を合わせずに暮らし、 ゴミための中で衝撃的な出会いをするのであった。 ・・一話につづく・・ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |