想像力(非エロ)
千秋真一×野田恵


「しぇんぱ〜い…待ってくだサイー」

後ろから呼ぶ声にも、応えずにただ、聞かないフリ。

だから程々にしとけって言っただろうが…酒弱いくせに…。
呆れて、もうほったらかしてしまいたいのに、
時折振り返っては、ついてきていることを確認して、
一定以上距離が空かないように歩く速度を合わせて。

もう11月になろうかというパリの夜は、
昼よりずっと冷え込んで、冷たい風が体を吹き抜ける。
夏よりも幾らか冬の方が映えるような、店の灯りや街灯が綺麗で――

ゴッ

「ムキャ!!」

鈍い音と奇声に、反射的に後ろを向いた。

「………」
「うー…」

木の側で頭を抑えて立ち止まるのだめに歩み寄る。

「……どこ見て歩いてんだバカ」
「目開けたら木が前にあってー……痛いデス…」
「目瞑って歩いてんのかお前は…」

ったく、と手を差し出すと、その手を掴んで
ゲハー、と笑いながら赤い顔を上げた。
その手の平から、指先から伝わるのは、いつもより熱っぽい体温。


「はぅ…のだめもう歩けまセン…」
「歩け」
「む……あの、センパ」
「嫌」
「なっ…言う前から…!」
「どうせおぶってくれとか言うんだろ、絶対嫌」

そう言うと、のだめは少し膨れて繋いだ手を振り解いて、背中に飛び乗ってきた。

「うっ…重…」
「むふーあったかいデス…v」

首にがっしりしがみ付かれ、抵抗するのも面倒くさくなって、後ろに手を回す。
体を少し揺らして、のだめをしっかりと抱え込んだ。


- - - - - - -


「…おい、着いたぞ」

そういうも返事がない。首を捻ってのだめの顔を覗くと、すうすうと寝息をたてている。
もう一度呼ぶが起きる様子もなくて、仕方なくそのまま階段を上がった。

落とさないように、落とされないように、やっとのことで上り終えて、
背中に乗せた体を片手で支えながら、何とか部屋の鍵を取り出した。
部屋に入り、とりあえずのだめをベッドに下ろして靴を脱がせる。
はぁ…とため息をついて、次に頭に浮かぶのは一先ず一服、だった。

寝室から出てソファに座り込み、煙草に火をつける。
次…どうしようか……とりあえず風呂入るか…。寝てるし、覗かれる心配もないし…。
最後に大きく溜め込んだ煙を吐き出すと、煙草を灰皿に捨てて、
靴をその場に脱ぎ捨てバスルームへ向かった。

- - - - - - -

脱衣所から出ると、部屋の様子は何も変わってなかった。
…靴もそのままだし…。まだ寝ているんだろうか。
タオルで濡れた頭を拭いながら寝室のドアを開ける…

部屋の電気をつけようとしていた手が固まった。
ベッドの上に散乱する、縞模様のマフラーと、カーディガンと、靴下。

その中心にいるのは、ワンピースの前ボタンを全開にしたのだめ。

「の、のだめ?」

顔をよく見ると、やっぱり目を閉じたままで、相変わらず心地よさそうに寝ている。
いくらなんでも脱ぎかけたまま寝ることは無いだろうし…。寝ぼけていたのか。
それにしたって。

僅かな月明かりに照らされる、裾から伸びる白い足…

肌蹴た胸元……ほんのり染まった頬…半開きの唇…

その誘惑的な身体に、触れたいという衝動が押し寄せる。
脱がされかかったワンピースの下には、きっとワインで火照っている身体。
手が無意識に…

いやいや、何を考えているんだ。寝てるのをいいことに…。

…………くそ…!わざとか…!?

…どう考えても「寝室から出る」選択しかないのに、オレは何故ここにいるんだろう…。

もし指一本でも触れたら…熱を帯びた首元に口付けて
脱ぎかかったワンピースを押し上げて…その白い背中をなぞりながら…

…やめてくれ……!!

やけに働く想像力を振り去り、どうしようもなく湧き上がる欲望を押さえ込むように
ベッドの下方に丸まるブランケットをのだめに一気に被せた。
その勢いで寝室を出る。


「はぁ……」

と俯くと、

…………。


あいつ…明日絶対許さねー…。

そう心の中で呟いてもう一度バスルームへ向かった。


ふと背後に人の気配を感じた。
のだめが寝ぼけた顔でバスルームの入り口に立っていた。

「先輩、何やってるんデスか?」

ガー−ン






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