千秋真一×野田恵
![]() ここは私立桃ヶ丘幼稚園。今日も子供達がぞくぞくと登園し、元気な声を響かせている。 「きよらせんせー、おはようございま〜す」 「はい、おはよう」 「りゅーたろせんせー!おはよっす」 「おう、おはよう!」 「ますみちゃんせんせー、おはようー」 「オ・ハ・ヨ♪あら、そのリボンおニューね?」 そんな中、門のそばでは毎朝おなじみの光景が繰り広げられていた。 「のだめせんせー、おはようございますっ」 「はい、おはようございマス♪由衣子ちゃんはご挨拶上手デスね〜」 のだめこと野田恵先生(21)は短大を卒業したばかりの、幼稚園教諭1年生だ。 彼女が受け持つ『まんぐーす組』の園児、三善由衣子(5)は毎朝きっかり9時に登園する。 しかし、送り迎えをしているのは由衣子の親ではない。 「じゃあ真兄ちゃま、お仕事いってらっしゃい!」 「ああ、由衣子もいいこにしてるんだぞ。」 真兄ちゃま、と呼ばれたイケメンは由衣子のいとこである千秋真一(22)。地元のオケを指揮する音楽家の卵。 多忙な三善の両親に代わって由衣子の保護者を務める好青年なのだ。 そしてのだめ先生はこの千秋青年にお熱だったりする… 「ああっ、真兄ちゃま!!もう行っちゃうんデスカ〜!」 背を向けた千秋の腕に、すかさずのだめがしがみつく。(さりげなく匂いも嗅いでいる) 「おい…離せ!由衣子に悪影響だろうが。この変態教諭が!!」 「そんな〜、のだめと真兄ちゃまの限られた逢瀬をもっと楽しんでってくださいよー」 「うるさい!もう時間だ、それじゃな由衣子!」 強引にのだめを振り切り、千秋は由衣子に手を振ると職場に向かって走り出した。 「ほんとに照れ屋さんデスねー。そこがまたしゅてき…♪ぐふぐふ」 「……のだめせんせー、朝のたいそう始まっちゃうよ」 のだめが服の袖についた千秋の残り香を堪能していると、呆れたように由衣子が促したのだった。 その日、千秋は仕事がアッサリ片付いたので、いつもより30分ほど早く幼稚園にお迎えに来た。 「由衣子の園での様子も気になるしな……それにあの女、どんな授業をするんだか」 千秋はのだめにものすごい不信感を持っていた。 今年4月の初登園の日に一目ボレされて以来、自分を見ると常にあんな調子だ。 園長に散々クラスを変えてくれと頼んだが却下され、しまいには「のだめせんせーがいい」と由衣子に泣きつかれた。 仕方なく通わせて早1ヶ月になるが、のだめの授業は見た事がない。 園の門柱をくぐり、下駄箱で靴を脱ぐと、千秋は『まんぐーす組』の教室へと近付いていった。 「それじゃあ今日も最後は、おなら体操でおしまいデ〜ス!」 ♪元気に出そう ♪いい音出そう ♪ドレミファ・プップップー〜…… 気の抜けるようなオルガンの音に合わせて、子供達がゲラゲラ笑いながらバラバラに踊っている。 ガラッ! 「なんだ、この授業はーーー!!」 突然入ってきた千秋の剣幕に、のだめと園児たちは目を丸くして固まってしまう。 かまわずズカズカとのだめに近付いてきた千秋は、掴みかからんばかりの勢いでのだめに詰め寄った。 「お前、こんな下品な歌を由衣子に教えてたのか!?」 「は、はうぅ…すみまセン…」 「ちゃんとした童謡も教えてるんだろうな?ちょっと、弾いてみろ」 「あ、じゃあプリごろ太のテーマを…」 「違う!!きらきら星を弾いてみろ」 「ハイ…」 のだめはビクビクしながらもオルガンの鍵盤に指を置き、得意曲の一つである「きらきら星」を弾き始めた。 流れ出す軽快で優しい音楽に、固まったまま二人のやり取りを見ていた子供達に笑顔が浮かぶ。 対照的に、千秋は固まってしまっていた。 なんだこれは…?いわゆる童謡のきらきら星じゃない。モーツァルトの変奏曲とも違う……オリジナルか!? 跳ねるような指捌きが、のだめの腕前が尋常でない事を表していた。 オルガンを弾いているのだめは、実にいきいきして楽しそうだ。千秋はなぜだか見とれていた。 曲が終わり、子供達がわぁーっと拍手をする。その音で我に返った千秋は、のだめを見据えると威丈高に言い放った。 「デタラメすぎる!そんな音で由衣子におしえてもらっちゃ困るな。オレがレッスンしてやる」 「……ふおぉぉ!?こ、恋のレッスンABC♪ですか!?」 「んなわけねーだろーーー!!!」 「ぎゃぼぉーーーん!」 てな感じで始まった、放課後の特訓。千秋は毎日、由衣子を一旦家に置いてから幼稚園に戻るようになった。 千秋が毎日のだめにレッスンするのは、本当は由衣子のためではない。 もっと、聴きたい。毎日、聴きたい。……歌うように自由奔放な、のだめのオルガンに魅了されてしまったのだ。 こうして徐々に距離を縮めていった二人は、いつしか最高のパートナーになっていく。のかもしれない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |