クリスマス・エクスプレス
千秋真一×野田恵


12月23日 12:40 パリ北駅付近

「先輩の事なんてもう知らないデス、勝手にして下さい。」
「あー分かった、そうさせてもらうよ。その方がこっちも気が楽だ。」
「ムキーッ、別居デスよぅ…今度という今度こそ離婚デスよ…。」
「だからいつ俺達は結婚したんだ?籍なんてまだ入れてないだろ。」
「それはそうですけど……。」
「…ったく、少しは分かるだろ、俺の気持ちも…。」
「分かっているつもりだけど……分かりまセン!!」
「………もう列車の時間だから行くぞ、しばらく冷えるみたいだから気をつけろよ。」
「…………」

俺は何も言わずに走り出すのだめの後姿を見送る事しか出来なかった。


12月23日 12:55 特急タリス号車内

思考の回廊の中をしばらく彷徨っていたが、心地よい振動を感じた俺は現実の世界に戻った。
どうやら列車は定刻通り発車したらしい。
すれ違いの生活が続いてしまったので、出発前にランチでも…そんな軽い気持ちでのだめを誘ったが、
どうして後味の悪い喧嘩をしてしまったのだろう。いや、なぜ喧嘩をする羽目になってしまったのだろうか。
原因は一体…、スケジュール?機嫌を損ねた?会話が足りない?何かに悩んでいる?
今度の公演で使う楽譜に目を通そうと思ったが、乗車したら再び思考の回廊に迷い込んでしまったらしい…。

あいつは…のだめはブルターニュでのリサイタルが大成功して以来、
在学中にも関わらず演奏の依頼が来るようになってきた。
依頼といってもブノワ家の繋がりで…というのが殆どだが、
授業の休みを利用して一泊してパリに戻る事も時々あるようだ…。
…あるようだというのも、俺自身ここ欧州でもそこそこ名前の通った若手指揮者として知られるようになり、
ル・マルレオーケストラの指揮だけでなく、招待という形でフランスから出る事も珍しくなくなった。
今回もベルギーのブリュッセルで行われる複数の若手指揮者を招待する演奏会に急遽呼ばれ、
音合わせの為、度々タリス号を利用してブリュッセルに足を運んでいる。
わずか一時間半の旅だが、自分一人だけになれる貴重な時間には違いない。

そうか…、もうすぐあいつにとって初めての欧州でのクリスマスか……。
何ヶ月も前からその事ばかり言ってたっけ…。

例の『ヤキトリオ襲撃事件』での告白以来、距離はグッと近づいたはずだった。
だが皮肉にもその日を境にのだめの感性豊かな演奏技術が世間で知られるようになり、
小さな規模ではあるが各地の演奏会に招待されるようになってきた。

俺の方も、代役という形ではあるがブリュッセルでの指揮の仕事が舞い込み、
ル・マルレオーケストラの指揮と、ベルギー行きが重なり二人で過す時間が減っていった。
今思えば、のだめがパリを離れている時にブリュッセルでの仕事を引き受けたのは軽率だったのかも…。
一度は音楽だけの為に足を運んでみたかったし、のだめも分かってくれるはずとの甘えもあった。
携帯で話をした時はある程度理解をしてもらえたと思ったが、
久しぶりに顔を合わせた時では表情を曇らせていて、俺の話も聞け!!と強く出る事が出来なかった。

もちろんその日以来、のだめとの体の関係どころか、『じゅうでん』すらしてこなくなった。
さすがにマズイと思い、勇気を出して駅近くのレストランに誘ったが会話がはずむ訳がない。
そのうち口論になってしまい、後ろ髪を引かれる想いで列車に乗り込んだ。
一緒の道を歩んでいるつもりだったが、いつの間にか早足になってしまったのか…。
それともお互いに変な甘えが出てしまい、いつのまにか溝を作ってしまったのか…。


12月23日 13:35 停車中の特急タリス号車内

列車の減速を体に感じ、俺は再び現実の世界に戻った。
‥ン?このまま停車してしまうのか‥‥。
普段止まる駅ではないが、車掌の話だと事故の関係で反対方向からの列車を通すための臨時停車との事。
早く向こうのオケを仕上なければ…。はやる気持ちの為か、一秒がとても長く感じ始めた。
よりによってこんな時に事故かと思いながら、ブリュッセルに思いを馳せていた。

10分後、黒煙を上げている薄汚れた赤いディーゼル機関車が牽引する貨物列車が轟音を上げて通り過ぎていく‥。
動く事のない車窓に目をやり、貨物列車の通過をもどかしい思いで眺めていた。
しばらくしてから出発時と同じように心地よい振動を感じ、再び列車が走り出した。
のだめの事が気がかりではあるが、今は自分の音楽が最優先だ。立ち止まる訳にはいかない‥‥。
そう気を引き締め、今回使う楽譜を手に取り目を通した。


12月23日 15:32 ブリュッセル南駅

その後も事故の影響があってか、度々列車が止まり結局予定より一時間程遅れて到着した。
改札口を抜けて辺りを見回したら顔見知りになった向こうのオケ関係者が待っているのを見つけ、
頭を下げつつ彼の運転する車に乗り込んだ。

つくづく、ブリュッセルは色んな意味で面白い町だな…と思う。
芸術の都であり、食の都でもある。
ついケーキやら何やらとかが真っ先に出そうだが、日本料理店も店を構えており、
食に対しても貪欲な街なのかも知れない。まるでのだめみたいだな……。

ダメだ、少し気を抜くとのだめの事を考えてしまう自分に苛立ちを感じた。
何やってるんだ、俺は…。
見えない何かに焦り、何かに迷ったせいでかげがえのないパートナーを失ってしまうのか?
思考の深みに入る直前に車が止まり、明日の演奏会の会場に着いた。
今は音楽に集中だ!!
のだめとは音楽が取り持ってくれた縁なのだから、その音楽を疎かにするわけにはいかない!!
胸の中に火が灯り、ゆっくりと車を降り会場を見上げた。


12月23日 16:30 パリ市内アパルトマン 

「千秋先輩のバカ……、のだめは…のだめは不安で寂しかったんデス…」

久しぶりに顔を見て話せる機会だったのに、一杯話す事があったのに何一つ出てこない。
そんな自分に戸惑い、大切な人に対して酷い態度を取ってしまった…。
これじゃ子供以下のわがままだよ…。
素直になれない自分がきらいになってた。

音楽に対して正面から向き合えるようになった今、
先輩がどういう気持ちで今回のオファーを受けたのか分かっているはず。
でも会えなかった時間のせいもあって行き場を失った気持ちを爆発させてしまった。
自分の非に気付いたのだめは子供のように泣き続けるほかなかった。
千秋からくすねたシャツを抱きしめていたつもりが、いつのまにか堅く握りしめていた。
流れ続ける涙を拭う事なく…。


12月23日 19:35 ブリュッセル某ホール

「違う!!ただ譜面を見て上手に演奏するだけなら誰にでも出来るんだよ!!」

本番前日というのもあっていつも以上に厳しく、熱の入った練習が続く…。

「少し休憩だ。大分いい感じだ。いいか、譜面から顔を上げてもっと音楽を楽しんでくれ。」

ペットボトルを手に外に出ようとすると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「相変わらずだね、鬼千秋復活って所か…。」
「黒木君!!どうしてここに?」
「僕もこっちの方で演奏会に呼ばれたんだ。近くに君が居るって聞いたからね。」

お互い笑みがこぼれ、立ちっぱなしにも関わらずしばらく話し込んだ。

「よかったら軽く食事でもどうかい?近くに日本料理店もある事だし…。」
「いや、せっかくだけど今回は止めとくよ。演奏会の前日は一人でいたいんだ。」

もちろんこれは嘘だ。
のだめ様子が気がかりで、ホテルに戻ったら直ぐにでも連絡したい、
そんな気持ちで一杯だった。

もうすぐオケが仕上がりそうだから遅い時間になる前に電話できそうだ。
のだめ…、なんだか分からないけど凄く会いたい。
会わないと取り返しのつかない事になりそうだ…。


12月23日 21:00 パリ市内アパルトマン

涙が枯れるほど泣いたはずなのに、先輩の事を考えるとまた涙が溢れて来る…。
高校時代に手痛い失恋をした時だってこんなに泣いた事はなかったのにな。
先輩がどういう気持ちで日本から世界へ出たのか。
私が日本から旅立つ直前の気持ちを忘れていなければ、あんな態度は取らなかったはず…。
後悔する度にまた涙が溢れる。このままどこかに消えてしまいたいよ…。

のだめにしては珍しくネガティブで深い穴に落ち込み、心の警報は鳴り続けた。
誰かに会いたい…、心の痛みを癒してくれる人なら誰でも構わない…。
ふと心の警報に気付いた時、のだめは虚ろな表情でベッドに投げてある携帯を見つめていた。
なにげに携帯を手に取ろうと手を伸ばしたら着メロが鳴り響き、反射的に通話ボタンを押した。

「ノダメ、今は部屋なのかい?よかったらウチ来る?」
「あっ、フランク……。」
「『Prilin et Gorota PRIGOROTA』の劇場版が手に入ったんだ。もちろん特典映像付きの奴さ。」

一瞬何かに迷ったが、フランクはいつも私に優しく接してくれたっけな…そう思うと涙が止まった。

「今日はちょっと都合が悪いんデス。明日だったら大丈夫ですヨ。」
「えっ!ホントに!明日ならいつでもいいよ、都合のいい時に来て!!」
「わかった、じゃぁ〜明日のお昼過ぎでもいい?」
「もちろん、明日待ってるよ、それじゃおやすみ〜。」

プリごろ太の劇場版が見たいだけでフランクの誘いにOKの返事を出した訳じゃない。
単純に真っ直ぐ向けられる愛情や人の優しさに飢えてる今、フランクの誘いを断る理由はなかった。
欧州に来て一度も切った事のない携帯電話の電源を切り眠りについた。


12月23日 22:35 ブリュッセル某ホテル

「あいつ、電源を切ってやがる!!珍しく俺から電話をしているのに!!」

繋がるはずのない携帯を腹立ち紛れにベッドに投げつけ、部屋の中を無意味に歩き回っていた。

公演前日になって思い通りの音を集められるようになり、千秋自身手ごたえを感じた。
代役とはいえ、欧州各地から若手指揮者が集まる演奏会で自分の力を試してみたい、
その心境が練習時間の大幅オーバーという形で現れた。

急いで定宿にしているホテルに戻り電話をしたものの、繋がらない。
一抹の不安を紛らわす為、怒気を含んだ言葉を吐き捨てる事自体は別段珍しい事ではない。
問題はその一抹の不安だ。
どんな時にでも着信を残せば必ずコールバックをし、メールも必ず返信する。
電源を切ることなんて、のだめに限ってはありえない。
そう、『ありえない』が現実に起こっている以上、不安に感じるのは当然の事と言えよう。

「まさか…のだめが浮気……なのか…。いや、アイツに限って…。」

俺は独り言のように呟いたが、自分でも信じがたい仮定を出してしまい苦笑してしまった。
だが、のだめの俺に対する気持ちを知って以来、感じる事が無くなった不安が一気に俺を襲った。
またアイツが遠くに行ってしまう…そう思ったら全身の力が抜け、俺は心の救いを煙草に求めた。
二本、三本、四本と、半分ぐらいで吸うのを止めた吸殻が灰皿に溜まっていった。
ダメだ、何本も煙草を手に取ったのに落ち着かない、いや、心の乾きを誤魔化せない。

明日の公演を考えて着替える事なくベッドに入るものの、寝付ける訳がなかった。
日本での出来事を思い返しているうちにシュトレーゼマンの事を思い浮かべていた。
何かを俺に話しかけているようだけど、聞こえそうで聞こえない。
必死に聞き取る努力を続けているうちに俺は眠りについていた…。


12月24日 09:40 ブリュッセル某ホテル

『チアキ、もっとモット音楽に集中しなサイ!半端はこの私が許しません……。』

シュトレーゼマンの声が聞き取れたように感じた時、思わずベッドから飛び起きた。
夢…まさか夢に出てくるとは…。
俺はシュトレーゼマンの声を頭の中で何度も反芻していた。

最近の俺は欧州の空気に慣れてしまったせいか、無意識に何事も半端にしていたのかもしれない…。
いや、努力という言葉の響きに甘えて、実際に行動に移していたか…?
音楽対しても、のだめに対しても…。

ルー・マルレ・オーケストラの常任指揮者の座を得て、一緒に歩んでくれるパートナーも得た。
特にパートナー…のだめのような俺の事を理解してくれるパートナーとはこの先出会えないだろう…。
そう思ったら今の自分に何が出来るのか…、それに辿り着くのに大した時間は掛からなかった。
澱んでいた目に光が灯り、ただ重いだけの体から力ががみなぎってきた。
俺は手早く身支度を整え、のだめをパートナーとして得た頃の千秋真一に戻った。
もう何も迷わないし、迷う事もない!


12月24日 11:50 パリ市内アパルトマン

「えっ、もうすぐ12時!?フランク待ってるかなぁ。」

いつも以上に寝坊してしまい、フランクの事が心配になった。
私は遅れるけど待っていてといった内容のメールをフランクに送り、シャワーを浴びにいった。

いつもより熱めのシャワーを浴び、半ば眠っていた体が徐々に目覚めていく。
無意識にいつも以上に丁寧に体を洗い、バスルームは湯気で霞んできた。
首筋から意外に豊かな胸、最近少し気になりだしたウエスト周りを泡で包んだ後、
少し躊躇したが、プライベートなゾーンをボディーソープをたっぷり吸い込んだスポンジで触れた。

「一応のだめのレディーですから、お出かけの前はキレイにならなきゃネ…。」

ふぅ…、これって言い訳なのかな…。
のだめは千秋先輩の妻なわけですし、これじゃまるで不倫妻?
ううん、プリごろ太の劇場版を見に行くだけ…。でもなんで携帯の電源切っちゃったんだろう…。
何だか自分が自分でなくなるみたい…こんな気持ち初めて…。
どうなっちゃうのかな、私…。

意を決してバスルームを出たのだめは眠りに着く前に選んだ黒のレースをあしらった下着を身につけ、
少し胸元が開いている服をクローゼットから取り出した。
部屋を出る前に鏡を見て服のズレを細かく直しているうちに、ルビーのネックレスを無意識に触れていた。
それは千秋からプレゼントされた日から肌身離さず身に着けていたネックレスだった。
のだめはネックレスを手に掛けたが、何か心に引っかかる物を感じ、そのまま身に着ける事にした。


12月23日 15:40 ブリュッセル某ホール

俺は演奏会の会場の控え室で着替えと髪のセットを終え、自分の出番を静かに待っていた。
いつもなら煙草の一本でも吸う所だが、今日は不思議とそんな気が起きない。
他の指揮者の演奏を聴いてみたいと思い椅子から腰を上げ、控え室から出たら意外な人達がドアの前にいた。

「えっ!黒木君にターニャ!?」
「やっ、やぁ…、偶然近くでターニャに会ったんで…その…まぁ…。」

目が泳いでいる黒木君を見ていると公演前のいい気分転換にもなった。

「で、何で君らが一緒なんだ?」
「その…こっちで公演があったのは本当なんだけど、ターニャがどこか出かけたいって…ね。」
「そうよ、千秋。私達なんでもないんだから変に深読みしないでよね。」

そう言いながらもターニャは黒木の腕を組んだままで、胸元には目新しいネックレスが輝いていた。

(ふうん、何だか意外な感じだけど結構上手くいっているっぽいな…)

丁度いいと思った俺は黒木君に頼み事をした。

「昨日近くに日本料理店があるって言ってたよね。お使いを頼みたいんだけどいいかな?もちろん二人で。」

黒木君とターニャは不思議そうに俺の顔を見つめていた。


12月24日 18:50 パリ市内アパルトマン

フランクと何回プリごろ太の劇場版を見たのかな?もう覚えていないや…。
すごく楽しそうに色々話しかけてくるけど、何故かフランクの声が全然耳に入らない。
時々心配そうな表情をするけど、何て返事をすればいいんだろう…。

お昼過ぎにフランクとのだめは行き着けの日本食レストランで時間を掛けて昼食を取った。
事情を知らない人が見れば素敵なカップルね、可愛い彼女さんだね。
思わずそう声を掛けたくなるような組み合わせに見えた。
一見話が弾んでいるように見える二人だが、注意深い人が見ればそうは思わないだろう。
のだめの目はどこか遠い所を見つめていたから…。

「どうしたのノダメ、おなかの調子でも悪いの?」
「ううん、そんな事ないよ。料理だって美味しいし、わざわざ予約してくれてたんだよね…。」

懐石料理というよりは和洋中折衷の料理だったが、盛り付けは懐石そのもので、
どこか懐かしい味もしたし、目新しくて今まで味わった事のない料理も少なくなかった。
フランクの心遣いを素直に嬉しいと感じ始めていた。

手をつなぐ事はなかったが、すぐ傍を歩いて色んな話をした。
日本での出来事や演奏会に招待された事、ソロリサイタルでのハプニング。
興味深々で話を聞いてくれるフランクとの会話が妙に新鮮だった。

少し日が暮れ始めた頃、フランクの部屋に入って早速プリごろ太の劇場版を二人で見た。
本編映像に特典映像、一通りすべて見たが間が持たなかった。
数度繰り返し再生をしたが、何回目か数え切れなくなった時、のだめから口を開いた。

「フランク、どうして私を誘ったの?何も私じゃなくても…。」
「えっ、う〜んなんだろう、真っ先にノダメの事が思い浮かんだんだ。それで…。」

フランクの不器用だけど私だけに向けてくる優しさが心地よかった。
そのうちフランクが熱っぽい視線を向けてくるのに気付き、その視線を正面から受け止めた。
違う!、正面から受け止める以外の選択肢は今の私には残されていなかった。
あぁ…、そういえば見知らぬ土地で一生懸命手助けしてくれたのはフランクだったっけ…。
そう思ったら目の前の彼が…フランクが凄く魅力的な異性に見えてきた。

「フランク、もうそれ以上は言わなくてもいいよ…。優しいんだね……。」

フランクがこんなに私の心の中に入り込んでいる今、彼を受け入れてもいい…かな…。

千秋以外には見せる事のない穏やかな笑顔をフランクに見せ、彼の元に近づいていった。
そして彼の体にもたれるような感じで身を預けてゆっくりと目を閉じた…。


12月23日 19:20 ブリュッセル某ホール控え室

満員の観客からのスタンディングオベーションに見送られ、俺は控え室に戻った。
演奏直前にオケに2〜3個の注意を与えた後に加えた一言でバラついていた音ばまとまったのだろう。

『音楽を楽しめ、楽しんで今日来られた人達に素敵なクリスマスプレゼントを贈ろう!』

この一言で反抗的な態度のコンマスも大きくうなずき、オケが一つにまとまった。
代役として招待された演奏会だが、観客の評判は上々でホール側も満足だったと語っていた。
簡単な挨拶と演奏会後のパーティーの辞退をホールの支配人に告げ、急ぐように着替えを始めた。

まだか黒木君たち…そろそろ列車の時間が…。
俺は腕時計を見ながら当てもなく控え室を歩き回った。

煙草を手にして火をつけようと思ったら勢い良くドアが開き、見るからに寒そうにしている二人組が駆け込んできた。

「千秋君、買って来たよ。日本料理店の店主に無理を言って海苔巻きとチキンを用意してもらった。」
「これでいいんでしょ、チョコレートケーキにワイン。あーっ、もうシンジラレナイんだから…。」

二人の態度は対象的だが、心の中で思っている事は同じだった。

「すまない、二人とも…この埋め合わせはきっと…。」

俺は頭を下げ、しばらく顔を上げる事ができなかった。

「じゃあ、ターニャと僕に食事でもご馳走してもらおうかな。もちろんのだめちゃんにもね。」

普段は寡黙な彼の珍しく茶目っ気たっぷりの気遣いが嬉しかった。

「わかった、フレンチでも日本料理でも…。黒木君、すまない…」

荷物を抱え、会場外に待たせてあるタクシーに乗り込んだ。


12月24日 20:00 パリ市内アパルトマン

のだめは服越しにフランクの体温を感じていて、夢心地でいた。
彼は私の事だけを見てくれる…そう思うだけで幸せだった。

「僕はのだめの事が好きなんだ…初めて会った日から…。愛している。」

精一杯の勇気を振り絞ったフランクからの突然の告白を受け、のだめは戸惑いを隠せなかった。
気持ちは傾いているし確かな心の安らぎが欲しい、けど最後の一歩が踏み出せない。
しばらく考えたが何かを決意したかのように体を起こし、厚みのある形の良い唇をフランクに近づける…。

その時、ネックレスのトップの部分が胸元からこぼれ落ち、のだめの目にルビーの輝きが目に入った。
澱んでいたのだめの目に光が戻り、心の奥底を包んでいた霧がスッと晴れた。
いつもの無邪気な表情に戻り、フランクの額に唇を落とした…。

「その気持ち本当にうれしいデス。のだめもフランクの事大好き。」

そう一気に言い切ると音楽に没頭している時の表情になった。

「でも千秋先輩と日本を飛び出した時の事や、欧州で作った思い出を思い出すとね…。
のだめには千秋先輩が必要なんデス。音楽と向き合っている今ののだめには…。」
「そうだよね。正直クリスマスの奇跡を信じていたんだけど…。なんかスッキリしたよ。」

フランクも笑顔に戻り、いつもの二人のやりとりに戻った。

部屋に戻る直前に私はフランクに声を掛けた。

「クリスマスの奇跡はこれから起きるんデス。なんだかそんな気が…ネ。」

私は自分の部屋に戻り、先輩からの連絡を待つ事にした。
きっとイヴの夜には…。


12月24日 20:20 特急タリス号車内

列車は定刻通りにブリュッセル南駅発車し、9時過ぎにはパリに戻れる…はずだった。
だが、発車して30分もしないうちに車内の照明が消え、徐々に減速した後完全に停止してしまった。
非常灯だけが燈る薄暗い車内で車掌からの車内放送があった。
原因は良く分からないが、何らかの原因で送電が止まり列車が停止してしまったとの事。
復旧の見込みはたたないらしいし、日本ほど遅れの回復運転に熱心ではないからどうなる事か…。

携帯でのだめに連絡を取ろうと思ったが、圏外で発信することすら出来なかった。
どうして…列車のアクシデントなんて一度もなかったのに、どうして今日この日に…。
幸い近くの駅で滑り込んで停車したおかげで外に出る事は出来たが、
バスの手配がなかなか進まず、仮に手配出来ても乗客分をすべて運べる台数は急には揃わないらしい。

俺は息苦しい車内から出て駅員数人が右往左往しているホームに降りた。

「このままだとイヴの夜は一緒に過す事は無理かもしれない…のだめ……すまない…。」

冷え切ったホームに膝を付き、地面に血を吸い取られるような錯覚に陥った。


12月24日 21:40 ベルギー国内某駅

霧雨が降り始め、車内に戻ろうとしたら、パリの方角から明るい二筋の光と甲高い汽笛が聞こえてきた。
そして減速しつつ駅の構内に侵入し、停車したままのタリス号に近づいていった。

「あれは昨日すれ違った貨物列車を牽引していたディーゼル機関車…。」

俺は思わず声に出し、何が行われるのかを静かに見守った。

よくよく見てみると、昨日見かけた時とは違って二両連結された状態で現れ、
車体の汚れも綺麗に落とされて、新品同様に真紅の車体を輝かせている。
二両の機関車が徐行を始め、1メートルずつタリス号との距離を縮めていった。
そして軽くタリス号が揺れて、連結作業を済ませた。
そうか…コレで牽引して一気にパリへ戻るつもりなんだ…。

二両の機関車から若い男性と初老の男性が降りて、タリス号の乗務員と二言三言会話を交わしている。
ふと俺の視線を感じた初老の男性が気さくに声を掛けてきた。

「今日はクリスマスだろ、日付が変わる12時までには必ずパリに送ってやるから安心しなよ!」

そういい残して機関車に乗り込み車体から聞こえるエンジン音が一段と大きくなった。

おいおい、これじゃまるで安っぽいドラマみたいな展開じゃないか…。
そう思いながら暗いままの車内に戻り、発車を心待ちにしていた。

『たいへんご迷惑をおかけしました。イヴの夜の間にパリ北駅に到着出来るよう乗務員一同努力をします。』

車内放送の後乗客から歓声が上がり、不器用ながらも心強い振動を感じさせながら列車は動き始めた。


2月24日 22:30 パリ市内アパルトマン

私は自分の部屋に戻って真っ先に携帯の電源を入れた。
その瞬間を待ちかねたかの様にメールが何件は届いた。
日本にいる峰君や真澄ちゃん、あれ、黒木君からも来ている。
峰君は何だかラブラブっていうかこりゃ只のノロケ話…?
真澄ちゃんは相変わらずライバル視している…でも色々のだめの事心配してくれてるみたい。
えーと黒木君からは…、ありゃ電池切れ…。

のだめは携帯を手にしたままうなだれ、充電器に繋いだあと眠る準備も兼ねてシャワーを浴びる事にした。
体を温めるぐらいのつもりだったので、シャンプーは使わず体を流す程度にした。
バスタオルで無造作に体を拭きながら携帯の充電の様子を確認しようとしたら着信音が…。
しかも待ちかねていた千秋からの着信だ。
バスタオルを体に巻いただけの姿で電話に出た…。


12月24日 22:45 特急タリス号車内

「おい、のだめ!聞こえるかー?もうすぐパリに着く。まだ寝ないで俺の部屋で大人しくしてろよ!」

電話越しののだめは凄く嬉しそうで、何を話していいのか分からないぐらい舞い上がっていた。

「わかったわかった、続きは部屋で聞くから…な。遅くなったけど二人でクリスマスを楽しむか?」

のだめの返事はもちろんYESだった。
YESの返事を聞く瞬間まで妙に緊張していたが、電話を切ったあとデッキの壁に体をもたれさせた。
のだめ…もう少しでおまえの傍に…。
ベルギー国内で降っていた霧雨はいつのまにか止み、月か顔を出すほどのいい天気だ。
非常灯だけの薄暗い車内からパリ市街の灯が輝いて見えた。

列車は徐々に減速して、甲高い汽笛を鳴らしながら滑り込むかのようにパリ北駅に到着した。
車内であらかじめテオに連絡して、タクシーの手配を頼んだ。
この時期だから最悪の事態を覚悟していたが、テオが頑張ってくれた為か、待つことなく乗車出来た。
程なくのだめが待つアパルトマンに着き、両手に一杯の荷物を抱えて部屋のドアの前に立った。

「おい、開けろのだめ!荷物で両手が使えないから開けてくれ!」


2月24日 23:00 パリ市内アパルトマン

勢い良くドアを開けたのだめは俺の胸元に飛び込み、待ち焦がれたかのように抱きついてきた。

「センパイ、お帰りなさい。さっそくデスがじゅうでんを…」

いつもなら払いのける俺だが、荷物を玄関に降ろしのだめの求めに答えた。

右手で優しくのだめの髪を撫で、空いている方の手で背中に手を回した。
淡いピンク色のイブニングドレス姿ののだめはいつも以上に美しく見え、
胸元のルビーのネックレスがいいアクセントになっている。
感嘆の声を漏らす前に俺は行動に移していた。
髪を撫でていた手はうなじと白い首筋を通って形の整った顎に触れ、
薄くルージュを塗ったのだめの唇を吸った。最初は軽く触れる程度に、
そして小鳥がついばむように上唇を吸い、ソッと離した。

「ほわぁぁぁ…、今日の先輩情熱的デス…。」
「そうか、嫌なら帰るぞ。」
「イヤ、そのう…、今夜はのだめの傍にいてクダサイ。」

いつまでも寒い玄関先にいるのは辛いので、のだめの背中を押すようにして部屋の中に入った。

早速のだめは俺の荷物を片っ端から開け、簡単なパーティーの準備を始めた。
俺は冷蔵庫の残り物で簡単なオードブルを作り、諸々の盛り付けをしたが、
のだめは電子レンジのボタンを押させる以外何もさせなかった。
ここで何かやらかしたら料理が台無しになってしまうから‥‥。

「先輩、凄くゴージャスじゃないですか…。のだめ目移りしそう…アへ…。」
「ゴージャスってお前、このくらいだったら普通だろ。」

冷蔵庫に常備している生ハムとチーズを盛り合わせ、
明日使おうとおもったカットフルーツを惜しげもなく全部盛り付けてみた。
中央にはベルギーから苦労して持って帰ってきたチョコレートケーキとチキンを並べ、
野田家ではクリスマスの時には必ず出されると力説された事があったので、海苔巻きも一緒に出した。

瓶を割らないようもって帰ったワインをのだめに持ってこさせ、ローソクに火を灯した。

「先輩、のだめ、何だか変な気分デス。」
「変な気分?」
「う〜、例えが悪かったデスね。今までこういうクリスマスの過し方は初めてデス…。」

意外と可愛い事いうじゃないか、のだめのくせに…。
心の中で呟きながら、部屋の照明を落としてローソクの明かりが一層輝きを増す…。

「お互い大切なパートナーに出会う事ができた奇跡に乾杯……。」

少しアルコールが入った為か、普段よりもお互い饒舌になっていた。
お互いの寂しさやすれ違いを乗り越えて得る事ができた時間のせいもあるのだろう。
のだめは学校での出来事やリサイタルの話、自分なりの音楽観について…。
俺は代役ながら招待された演奏会の話や、偶然?黒木君とターニャに出会った事。
タリス号での出来事、そして自分がのだめや音楽に対して甘えが出てしまった事……。

チョコレートケーキに夢中になっていたのだめはフォークをそっと置き、俺を話を聞いてくれた。
所々でうなずき、時に優しく慰めの言葉をかけ、テーブルの上に組んだままの手を優しく撫でた。
普段ではお目にかかれないイブニングドレス姿なのもあってか、いつもより大人びた表情にも見える。

「先輩は今までが完璧すぎたんデス、自分の過ちに気付かなかったらこの先大ケガしたかも…。」
「演奏会当日の朝、シュトレーゼマンの声が聞こえた気がしたんだ。それで過ちに気付いた」
「ぎゃぼっ、ミルヒー…。」

一通り話したい事をすべて話してしばらく沈黙が続いたが、自然とお互いの手に触れ見詰め合っていた。
もう言葉はいらない…。

「先輩、シャワー先どうぞ。のだめは自分の部屋で浴びてきたから大丈夫デス。」

少しだけ名残惜しいが、触れている手を優しく離しバスルームに向かった。

バスルームから出るとのだめはすでにベッドに腰をかけて待っていた。
バスローブだけ羽織るとのだめの隣に腰掛け、軽くキスをした。

「ん……、千秋先輩…。」

のだめも俺のキスに答えるかのように上唇を数回甘噛みし、舌で歯の隙間をこじ開けようとした。
俺は顎の力を抜き、のだめに身を任せた。
何かを探るように歯茎の裏や口腔内を彷徨い、捜し求めていた舌に触れると絡み付いてくる。

最初は嫌がっていた大人のキスをのだめ自身が求めてきた事に体が熱くなる感覚を覚え、
俺はイブニングドレス越しに豊な胸の膨らみを楽しんだ。
最初は軽く包むように触れ、背中の感触を少し堪能した後、ドレスを肩口から優しく脱がした。
初めて目にしたヌーブラに戸惑ったが、のだめの手が俺の手を補助する動きをして上手に取る事が出来た。

「先輩はヌーブラは初めてなんデスね…。」

少し得意げな表情で話しかけてきたので、返事の代わりに胸に顔をうずめ、ピンク色を蕾を口に含んだ。
しばらく舌で丁寧に撫で回し、蕾が固くなってきたのを確認すると軽く噛んだ。
のだめは甘い鳴き声を上げ、俺の頭を自分の胸に押し付けてきた。

十分に胸の膨らみを楽しんだので、のだめの下半身にまとわり付いているドレスを脱がし、
白のレース地の下着姿になった。
千秋からの連絡をもらい、ドレスと一緒に選んだ結構気に入っている下着だった。

下着の上からでも秘部の潤いを察する事ができ、半ば下着の役目を果たせなくなっていたようだ。
俺は自分の膝を入れ、のだめの腰を少し浮かせてから最後に身に着けている布地を下ろした。
のだめの秘部は愛液で十分に潤っており、指を入れたらどこまでも吸い込まれそうだ。
愛液を確かめるかのように指を秘部に深々と入れ、数度往復させてから指を一本ずつ増やしていった。

「…あっ、いや…先輩…なんだか力が抜けていく…んぁぁっ…。」

俺は指先を少し曲げ、勝手知ったのだめの秘部の奥まで探り、ざらついた部分に辿り着いた。
そして丁寧に周りの壁に触れ、ゆっくりと指を動かした。
のだめは一段と甘い嬌声を上げ、苦し紛れに俺のバスローブをずらし堅くなり始めている物を触れた。

「先輩も感じているの…、のだめだけ気持ちよくなるのは…。先輩も一緒に…。」

そういうと根元の部分を優しく包み、親指で先端の部分を撫で回し、俺の反応を見て楽しんでいる。
のだめの手の動きは徐々に大胆になり、ゆっくりとした上下運動に変わっていった…。

これ以上はさすがに…そうおもった俺はバスローブを自分で脱ぎ捨て、のだめを抱きしめた。

「そろそろ…いいかな…。」
「いいよ、真一くん……。」

薄暗い中いつものゴムの置き場所を探り当て、のだめを待たせないよう手早く着けた。

「アノ…のだめはきれいなままデスよ…、だから…真一くん…来て。」
「信じていた…けどここまで辛い想いさせたのは俺のせいだ…本当にすまなかった…。」
「もう言いっこなしデス。のだめはいつも真一くんの傍にいます…。だからもう安心して…真一くん。」

その一言が合図だったかのように俺はのだめと一つに結ばれた。
久しぶりだったのもあってか、のだめは少し表情を歪めたが、少しずつ動いているうちに甘い鳴き声に変わった。
のだめは背中に腕をまわし、俺の動きに合わせて不器用に腰を動かす。
時々リズムが合うみたいで、その時は一段と可愛い声で鳴いてくれる。
その声を聞くとまた一段と頭の中と体が熱くなり、深々秘部を突き立てストロークを変えた。
いつもなら体位を変えるタイミングだが、自分の物が根元からすべて溶けそうな感覚になった。
恥ずかしい事に初心な少年のように限界が近い事を感じ取った。

「ゴメン、久しぶりだったからそろそろ…なんだ。」
「真一くんの好きなようにしていいよ…チョットのだめもギブアップ…。」

のだめは強くしがみついて来て、心なしか秘部の締め付けがキツくなってきた。
俺は一層激しく動き、秘部の内壁を擦るように突き立てた。

「んんっ…いいよ真一くん、のだめ先にイクッ…。」
「恵……俺も……恵っ」

ドクドクとのだめの温もりの中で脈打つ感覚を覚え、落ち着いた頃を見計らってゆっくりと体を離した。


12月25日 01:45 パリ市内アパルトマン

しばらくじゃれ合う様にお互いの体を触れ、触ってない場所が無くなるまで温もりを分け合っていた。
体のあちこちには二人の愛を確かめ合った証として赤く充血した箇所や爪の痕が残った。
眠るにはまだ惜しい、そんな気分で飽きる事なくお互いの顔や体を眺めていた。

「今日はすまなかった…な。イヴの夜なのに一緒に過ごせる時間が少なくて…」
「そんな事ないですよ、千秋先輩!お互い一緒の道を歩くって誓ったからしょうがないデスよ。」
「俺、そんな事言った…?」
「言いましたよ、告白された日に。その…多分寝言…かな…。」

思わずしまった…という表情をしたが、のだめは気にせず続けた。

「その寝言を聞いて、のだめももっと頑張らなきゃって思ったんデス。」

そうか、コイツなりに俺を歩みに合わせようと努力を続けていたんだな…、
そう思うとのだめを愛おしくなり、自分の近くに抱き寄せた。

「先輩、イヴの夜っていっても日付が変わったばかりデス…。」

いたずらっぽく甘えた声を出したのだめに答えるつもりで軽くキスをした。

「イヴの夜はこれから…だね…。」






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ