千秋真一×野田恵
![]() 夜半 目が覚めた。 隣であの人が眠っている。 「真一くん…」 小さな声で呼んでみる。 返ってくるのは規則正しい寝息だけだった。 のだめは、ずり落ちたブランケットを引き上げ、露出した千秋の肩にかけ 自分自身は千秋の胸元にもぐりこむ。 「今日は、じっとしててくださいね…」 ねぞうの悪い千秋は、のだめを蹴飛ばすこともしばしばで。 それでも、のだめは千秋の側で眠ることが大好きだ。いつ肘鉄が飛んでく るか分からない危機感はあるけれど。時には、抱き枕のようにのだめを 羽交い絞めにして、朝まで身動きできない時もあるけれど。 今から数時間前… のだめの耳に飛び込んできたのは、「引越し先」の言葉だった。 ずっとずっと、追いかけてきた千秋先輩の背中。 音楽も、その人自身も、ずっと…。 やっと捕まえたと思っても、すぐ離れていく背中を…追いかけつづけてきた。 なのに、離れるだけじゃなく、突然遠くにいってしまうのかと、目の前が 真っ暗になった瞬間だった。 「でも…」 のだめは眠っている千秋の横顔を見つめる。 「ダイジョブですよね…?」 「ん…」 小さな声で、千秋の寝息交じりの言葉。 「真一くん…大好きデスよ」 小さな声でのだめがつぶやくと、眠っているはずの千秋の腕がのだめの背中に 回される。 息が苦しくなるくらい、回されるその腕に…苦しいけれど、泣きそうなくらい 切ない、でも、幸せなその腕の強さに再びつぶやく。 「ダイジョブ…デスよね…」 千秋は何も答えない。 自分でもわからない涙が、のだめの瞳から溢れる。 はじめて出逢ってから、ずっと追いかけてきた。 大好きなピアノをもっと好きになれた。 「絶対に、見失いマセンよ…」 窓枠に見えていた満月はすでに見えなくなっている。 けれど、あの時に見えた満月は一生忘れられないだろう。 背中に回された大きな手のひらが、熱い。 「大好き…デス」 ふたたびつぶやくと、胸元に再び顔をうずめた。 切なさや不安で胸が一杯になる。今夜はきっと、このまま眠れない。 あたたかな千秋に包まれて、それでものだめは、再び眠りに落ちていった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |