充電時間
千秋真一×野田恵


ベッドの中で女を翻弄する男はいつもより情熱的で、女はとろけそうになる感覚の中でその魅力に渦巻く心の闇を見た。

「はう!今日…どしちゃったん…デスカ?」

吐息混じりの甘い声に、男は何も答えず淡々と行為を繰り返し、女を暗い暗い闇の向こうへと押し上げる。簡単に本をパラパラと捲るように愛撫されて、それでも感じる女は訝しむ顔をするものの、男から教えられた体は素直に反応した。

「んあ!」

暗い闇の辿り着く場所は明るく光り弾ける場所。何度もそこへ連れて連れて行かれているのに、この道への過程は慣れないらしい女は、もどかしい感覚に体を捩っている。

「せ、せんぱい…」
「名前で呼べ」

女はやっと聞けた声に何となく安堵したようで、一つ吐息とは違う緩い息を吐き、その声に答えるように「しんいちくん」といつものように呼ぶ。そこから風の音が叩く窓の揺れる音が一層激しくなると同時に、女から漏れる声も激しくなった。

「んもう…どしちゃ…ふや!」

喋ろうとしていた言葉は消えて、ただ一瞬に起こった体の反応が強く、思考回路はもっていかれる。

丹念に舐め上げられる。
同時に部屋の密度がグッと濃くなって、女が光弾ける場所へ行き着いた。ガクガクと揺れる体と、ヒクヒクと窄まる場所。そして耐えぬいた声をそっと開放した。薄っすらと開けた瞳がそんな自分を冷たい目で見届けている男の姿を映した。

「…真一君」

男は女の呼びかけに答えない。ただ少しだけ落ち着いたのを見届けて事務的に次の行為へと行動を移す。

「はぁ…も、や…」

もうちょっと待ってなんて言葉は聞き届けられなかった。
男は無言で女の足を持ちそのまま蠢いている女の中へ突き進む。

「ん〜〜〜」

今日は指で慣らされてもいないせいか、少しだけの痛みが走る。女は目じりに涙を溜めてその痛みと戦っている。それでも我慢できない裂けるような痛みに耐えかねてパンパンと男の背に回した手を叩いて抗議しても、男はそのまま突き進んだ。

「いった…い」

やっと入った時に、微かに「嘘をつけ」という声が部屋に響いた。
実際無理やりこじ開けられたので少しだけ鈍い痛みが走ったのは事実。でもすぐに慣れてしまうのは、いつも受け入れている証拠。潤滑液が溢れてすぐに彼自身を包み込むと、鈍い痛みは消えてスグによくなる。その事実を二人は理解しているが、今日は違う。

ただ男が女にその思いの捌け口として行為で発散しているだけだ。
女はいつもなら感じない恐怖を感じているせいか、鈍い痛みはずくずくと残っている。それでもポイントによっては感じる部分もあって、どちらの感覚に合わせればよいのかわからず、ただ吐息を吐くだけだった。

「ほらな…よがるくせに」

女のそんな心情を知らず、今だ冷たい声と冷たい瞳をしているくせに酷く情熱的な男は、そのまま乱暴に体を組み敷いた。
いつもならしないこの体制は、上から男が覆いかぶさるように突いてくるような、もう女の中は先に進めないというのに、奥へ奥へ進むようにズンズンと打ちつけた。
呼吸は下から突かれるたびに肺も圧迫されて、男の行為と同じリズムで吐き出される。少しだけ早くなると呼吸もままならない。

苦しい。そう女が呟いた。

女は今までシーツに絡めていた二本の腕をどうにか自分の胸元にもってくる。そして、意を決したような面持ちで二本の腕が伸ばし男を抱き寄せるようにくっついた。男はその行為に対して逆らわず、女の導かれるように豊満な胸へ顔を押し付けた。
そして、男の黒髪に沢山のキスを落とし、先ほどのように「しんいちくん」と呼び、顔を持ち上げさせると、今度は女が男の胸へ顔を摺り寄せる。

お互いの心音には大きな違いがあった。
バクバクと煩いくらいに激しく動く心音と、静かに包み込むような音をたてていた心音。

男の激しい心音に耳を傾けて、少し落ち着いたのを見計らってから擦り付けた顔を離した。

そうして…女はピアノを弾くには最適な大きな手を思い切り振り上げて男の顔にヒットさせた。


打った女は、のだめ。
打たれた男は、千秋。
お互い視線を外さずにそのまま見詰め合っていた。

ゆっくりと口を開いたのはのだめだった。



「いいデス。ぶつけていいデス。のだめを捌け口にしてもいいデス。
そのかわり…
それをぶつけている相手がのだめだって事、忘れないでください。
忘れないでくれるなら、真一君になら何をされてもいいデス」


一瞬動きを止めて男は女の顔を覗きこむ。
こんな最中に見せる色香を漂わせる顔ではなくて、純粋な乙女のような顔。何か心に巣くっていた黒い感情は浄化されたようで体の動きは止まったままだ。

「のだめ…」
「はい」

「ごめん」
「いいデス。真一君だから、いいデス」

「お前を抱いているって忘れないから、動いていいか?」
「勿論デス。ここでお預けなんてしたら吊るして揺らして殺しマス」

やっと見せた顔は今までのような冷たさは無く、野田恵を愛する千秋真一の顔。のだめの言葉に「それはごめんだな」と軽く笑い、抱き寄せてのだめの豊満な胸へ顔を埋めた。

(あったかい・・・)

千秋のくぐもった声が胸を振動させたので、のだめは軽くくすぐったいデスと身を捩らせたが、千秋の好きなようにさせていた。
二人は小さな声で会話を続ける。

「出来た…妻…でしょ?」
「アホか」
「出来た…彼女だろ?」
「そう…デスネ」

「のだめは出来た彼女デスから…真一君の事なら何でも受け止めマス。
だから…暴走してもいいですよ?」
「なんだそれ」
「絶倫ドンと来いキャンペン実施中デス!」
「そんなキャンペーン終わらせてしまえ」
「むきゃ!終わらせていいんデスか?今晩限りのキャンペンですよ?」

「あー…じゃあ実施してれば?」
「可愛くない夫です」

「お前…さっきの言葉に嘘は無いな?」
「なんですか?」
「暴走とか、キャンペーンとか」
「むきゃ!女に二言はありません。もちろんデス」

「学校」
「送ってください」

「それが物を頼む態度か!…寝るなんて甘っちょろい事考えるなよ」
「セックス完徹上等!」
「下品」

話をする事で二人の繋がった部分が落ち着くのを待っている。
二人ともそうだという事は言わなかったが、それが感じ取れた。

「もう大丈夫ですよ」
「うん」

じゃあ、そう言ってゆっくりとした動きで千秋は律動を開始させた。
ぴったりとくっ付いている部分がのだめから出される潤滑液でツルリと入るようになった。
それと同時に、のだめの口から吐息と喘声が漏れくる。
のだめの顔には先ほどまでの苦痛の表情はない。
ただ好きな男に抱かれている喜びと快感への高揚した面持ち。

千秋もまた先ほどのような冷たい顔は消えうせている。
ただ好きな女を抱いている温かさと快感への昂揚した面持ち。

もうそこからは言葉なんて無い。
体全部でぶつかる千秋と体全部で受け止めるのだめの耐久レースだった。

「ん…ああああ!」
「俺も…イッ…」

ぶるぶると震える体をもっともっと押し込めて、一瞬だけ星を散らせる。

「好きデス…よ」
「うん。知ってる」

だから、もっともっとのだめにだけその憤りをぶつけてイイですから…苦しそうな顔を止めて、そうやって微笑んでくださいね。
「アホ」
「むきゃ!アホって失礼デスね」
「さっきのリベンジ…するぞ」
「ああ、前戯すっ飛ばしたからですか?」
「そう言う事をハッキリ言うな!!」パシ!
「ぎゃぼ〜!」いたいです。お尻ぶたないでくださいよ!

「もう奇声発するなよ」
「が、頑張りマス!」

二人のボディートークはまだ終わらない。
でもここからは、ただの愛の睦言。

どうしようもない女とどうしようもない男の充電時間がスタートした。






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