千秋真一×野田恵
![]() あハア、なんか今になって恥ずかしさが込み上げてきた。 昨日の夜初めての先輩と一緒になった。先輩はびっくりするほど優しく、 丁寧に扱ってくれた。ほんの一時間前、裸で一緒のベッドに抱き合って いた時には、羞恥心なんて微塵もなかったのに、 一人になったとたん、行為に自分が追いついていないことを感じ 焦ってきた。 気持ちを振り払うようにピアノを弾く。 タターン、だめだ、逆効果だ。 ピアノを引く指が千秋の愛撫を思い起こさせる。 ピアニッシモに弾いてもフォルテでひいても体に指が絡みついてくる。 千秋の恍惚とした表情は指揮をしている時とは違う。 それでも彼は私を奏でようと必死だった。 体中を唇が這い、指が、のだめのすべてを知り尽くそうとする。 いま自分のピアノを引いている指も千秋の生身の体にすがり続けていた。 そのとき自分も千秋と溶けてしまいたいと願ったのは 正直な気持ちだった。 「いい?」 と聞かれ、無言で頷いた。 不意に両足が不自然に開かされ男の体が入り込む、 この未知の感覚にまず圧迫感を感じる。 そして千秋が突いて来る。優しくしていても、初めてなのだから 当然入らない。力を持って突いて来る。痛い。 自分も力を入れてしまう。 さっきまでの夢から覚めさせられるような痛さ。二人とも必死。 「痛い!」 思わず声を上げてしまう。不意に先輩が動きを止める。 もしかして 「終わったの?」 と聞いてみる。先輩は首を振る。 「焦らなくていいから、又リラックスした時にやってみよう。」 といって千秋は静かにのだめの胸に頭を埋め目を閉じた。 体の芯が中途半端に熱せられているのを感じながら千秋の頭をなでる。 自分の上げた声のせい? 千秋の自分を大事にしてくれる気持ちが嬉しかった。 千秋のパソコンでみたエロサイトにはそんな優しい人はいなかった。 なにより先輩とこうなるのを夢に見ていたのは自分のはずなのだ。 「先輩、も一度やってみて、のだめがんばってみる。」 と言って自分から軽く口付けしてみる。 柔らかく触れたくちびるが感じやすくなっている。 もとより不完全燃焼の千秋は確かめるように、のだめの顔を覗き込む。 軽い口付けでは許さず、舌が絡みだす。息ができない。 千秋のキスは下方へとおりてゆき、尖った乳首を弄び、 さらに下腹部へと進んだ。のだめの花弁を開き口寄せる。 舌がさっき鈍痛を感じたところを這う。中に入ったり出たりする。 頭の中は真っ白だ。 「ああっ、先輩お願い、もうだめ」、 その声を合図に千秋はまた彼の張り切ったもので鈍痛を与え始める。 痛い痛い痛い。声にしなくても、顔が歪んでいる筈だ。 けれど千秋は今度は待たなかった。丁寧、極力痛みを与えないように、 けれど突き続けた。のだめは千秋が入ってきたのを感じた。 一つになったあとは千秋は動かず、しばらく、のだめに形を覚えさせ、 そっと引き抜いた。 腹に千秋の生暖かい液体を感じながら、抱き合い、 けだるく心地よい眠りへと落ちてしまった。 朝はエリーゼからの電話で起こされ、千秋は余韻を楽しむ間もなく、 朝食も取らずに出て行った。溶けるようなキスをして。 こんな日に呼び出しがかかるなんて。仕事が入るのは嬉しいけれど、 間の悪いときもあるのだ。 ありがたいことに、エリーゼも とっとと仕事からの解放を願っていた。 今週末はじじいをどっかの温泉所に行かせたらしい。 緊急の仕事のサインだけさせられ書類に目を通し、3時間後には放免となった。 早くのだめの元に戻りたかった。頭の中は今は仕事よりも、のだめだった。 アパートに戻るとのだめの部屋からピアノが聞こえてきた。 何弾いているんだ? モーツアルトの「レクイエム」?! 千秋の心は凍り付いてしまった。 しかものっそりと弾いている。 どうしたんだ? とても愛を交し合ったばかりの恋人たちの奏でる演奏 とは思えない。ドアは開いている。 「のだめ!」 ピアノの前にはうろたえた表情ののだめがいた。 「やけに重い曲弾いているな」 後ろから抱きしめる。 「あっ、そうですよね、もっと明るい曲、春?」 昔、峰の伴奏で見晴らすかぎりのお花畑を広げた曲。しかし弾き出した物は 稲妻なんてものではなく、ひょうの降る花畑と化していた。 「お前どうしたんだ。」 と聞きながらも、答えはわかっている。 昨日の初体験がピアノに端的に 出てしまったのだ。 こんなことではプロのピアニストにはなれない。 思わず座り込んでしまった。 「先輩?」 座っている俺の膝に乗ってきた。ちょっとほっとする。 この様子では指一本触れないでくれと言われる事も覚悟していた。 「心配させてごめんなさい。一人になってから、急に恥ずかしくなっちゃって……」 のだめはうつむいてしまう。 「恥ずかしいことじゃないだろう、自然なことだろ、男がいて女がいて 愛し合う。そこからもいろんな音楽が生まれている。」 うん、とのだめが頷く。 「けど先輩、のだめ、あれは、ものすごく気持ちの良いものだと 思っていたんです。あんなに苦しい思いをしないといけないとは 思わなかったんです。べトベンもモツアルトもあんなつらいこと、 いっぱいの女の人にして、そこから美しい曲書くなんて、わからなくなりました。」 まあ痛かったのはお前のほうだけだろうけどな。 遠まわしに俺は下手だといわれてるんだろうか? そこに傷つくのは置いておいて、まずはこいつのケアだ。 「のだめ、肉体の愛も受け入れないと、ほとんどの作曲家を理解するのは 難しいぞ。みんな自然に愛し合い、セックスをし、心と肉体で喜びを得たり、 悲しみを得て芸術へと昇華させている、それが特別な出来事ではなく誰しもが 共感できるトピックだから愛される作品となる。どこかでみんな具体的には わからなくても感じているんだよ。」 柄にもなく愛について語ってしまった。 「よく楽器を女性の体にたとえる話を聞くだろ? 菊池なんか見てみろ、 チェロを抱いているか、女を抱いているかどっちかだろ、女性をあれだけ 愛しているからチェロを愛おしく思い最高の音を奏でている。」 話している俺も少し混乱しているが、とりあえずのだめは納得してきた。 「ふぉー、先輩、愛について語るなんて予想外です。」 俺だって予想外だ。変態め。 「ともあれ、何かあったことをネガティブに演奏に出すなんて論外だ。 黒木君を見ろよ、(お前は知らないけれど)女に振られて、コンクールに失敗しても、 その経験を自分に残して進化した演奏をしたじゃないか?」 「へっ?黒木君にそんなことがあったんですか? 彼の場合はオーボエですから 素晴らしくキスが上手いんでしょうかね?」 「うっ、ううん、どうだろう、あれだけ使っているから唇は不感症かもしれない。」 ちょっと苦しいけれど、牽制しておこう。のだめが首に手を回してくる。 「真一くん、だいすき。」 俺の理性も飛んでしまった。俺も夢中で押し倒したかったが、如何せん、 のだめの部屋は散らかりすぎて、倒すスペースがなかった。 「昼飯買ってきたから、俺の部屋で食うか?」 のだめは色々ありすぎて、朝から何も食べていない事に気づいた。 「ぎゃぼーん、先輩、食欲は大人の女になっても変わりません。」 大人の女って…….。 「その後はまた、“練習”だぞ、誰が聞いても今愛し合ったばかりです、 なんて事がわかる演奏をされてたまるか。」 「うをっほ、けど先輩よく、昨日のことが演奏に響いていること、 すぐにわかりましたね。」 「それは、誰だって、最初は、俺も童貞….っつ、 なんでもない。 お前は、分かり易いんだよ。」 のだめは何か聞きたそうだったが、食い物に釣られて、質問を押し殺した。 馬鹿なやつ、二回目だってまだ痛いだろうけどな。我慢しろよ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |