会いたいな
千秋真一×野田恵


おなかの中が熱かった。
ううんそれどころか、足の間に、灼熱の物体が穿たれていて、私はそれをより深く迎え入れるべく、身体を大きく開いて全身でうけとめていた。
自分の獣じみた叫びが信じられない。
下腹の内蔵が、強い摩擦を受けて、悲鳴をあげているのに、全身が快感でよじきれそうだ。
私の身体を、当然の権利を以ってえぐっている、彼の名を呼ぶ。

「し…しんいちくん…!し……!!」

真一くんの背中をにしがみつこうと、腕を持ちあげたつもりだったが、どういう訳か、いくら腕をのばしてもむなしく手ごたえがない。

「真一くん?!」


夢だった。目がさめた。
ベッドに寝ているのは自分一人。

「ぎゃぼ…ウソ。」

ヒーターがすでに切れた室内は、パリの夜気に冷えきって、タイマーが作動始めるにはまだ早い時間。
夢だったのに、その感触はなまなましく身体に感覚が残り、自分の下着がしとどに濡れているのがわかった。

「はうん…ちゅごい事に…。」

毛布の中でそうっと、そこに手を這わせてみた。
けれど感じるのは冷えた自分の指先と、少しばかりの痒さをしのぐ程度にしか感じられない未熟な手淫。
べとついて、ぬるぬるしていたはずのそこも、すぐに乾いてくる。

「ふう…。」

起き上がって、シャワーをあびて流す事にした。
汚れた所だけ軽く流して、下着を換え、別のパジャマを着込む。
冷えない様に、またベッドにもぐった。
まだ身体に、さっきの淫夢の余韻が残っていた。
普段の自分とは別人のような、乱れに乱れた自分の所作が思い出せれて、頭もカーーッと熱くなってくる。
冷静に考えれば、あと1週間もしないうちに生理がくる予定なんだ。
だから今は排卵期だから、こんな夢をみちゃうのだろうか。いくら先輩が引越ししちゃって、まえほど身近にいないからって。
…先輩に会いたいな…。
もう寝ちゃってるかな。
時間は深夜1時。
……先輩の部屋まで、歩いても1時間かからないよね。
しばらく考え、私は起き上がった。
パジャマを脱いで、昨日脱いだワンピースをそのまま着込む。
厚いタイツを下にはいてブーツを履いた。
クロゼットから、ダウンコートを出して羽織ると、学校の支度を軽く揃えて、鍵盤アプリケのかばんだけを持つ。
夜の空気が刺すように冷たい中、アパルトマンの中庭を突っ切って、赤い木の門の取っ手を降ろした。
澄んだ空気にガシャンという金属音が響き渡る。

静かに後ろ手で扉を閉めて、ゆっくりと電子ロックが作動するのを確認すると、私は走り出した。
真一くんの新居まで、息が続く訳もないのに。
無性に走り出したくて、走れるところまで、走りたくて。
火照った頬が、氷点下の空気にぴりぴりと刺激される。
時折走り去る自動車のヘッドライトのほかは、通行人はまばら。
真一くんの所につくころには朝になっちゃうかも。
でもどうしても、お部屋にいきたい。
私はひゅうひゅういう喉を保護して、口を手で覆いながら、できるだけ小走りに、車で憶えた道順を逆にたどった。

*************

深夜も2時半になろうとしていた。
スコアを読んでいるとつい、眠るのが億劫になる。
次の日寝不足感が残るのがわかっているのに、1日の残りが少なくなっていくのを惜しんで、ついつい夜更かししてしまう。
やばいな。このままじゃ本当にいざって時に支障がでる。
セルフコントロールをやりなおして、睡眠時間を規則正しくしなくてはまずい。
俺は冷蔵庫から牛乳を出すと、マグカップに注いで、レンジの中にいれてスイッチを入れた。

コンコン

「?」

何かいま玄関が叩かれたような?まさかこんな夜中に。
来客ならブザーがあるし。
ところが続いて、玄関の鍵のシリンダーがカチャ・ピンと勝手に作動する音がした。

「誰だ?ピッキング強盗か?」

俺はキッチンの手近にあった卵用のフライパンを背に隠して、玄関に向かった。
以前の部屋よりもせまいこの部屋では、玄関までいかなくても、その扉が今、勝手にゆっくりと開いて、侵入者が頭を差入れて来るのが視認できる。

「のだめ?」
「ぎゃびっ!先輩なんで起きてるんですかっ?」

のだめが真っ白な吐息をまとわせて、頬を赤く染めて扉に立っていた。

「何やってんだ!早く入れ!」
「ぎゃぼ。」

掴んだ腕が、コートの布地が、冷えきっていて、外気の冷感を物語っている。

「いったいどうしたんだ?タクシーで来たのか?なんかあったのか?アパルトマンの誰かにでも何か…?」
「は…は…はうう。」

のだめはコートの裾を掴んだり、離したり、目線をそらして、体を揺らし、挙動不審だ。だいたい今は深夜2時半をまわってるんだぞ。

「…まさか歩いてきたのか…デプレから?」

夜気に当たっての事以上に、みるみるのだめの顔が赤くなる。
…何考えているのか、さっぱりわからん。

「ばかなんじゃないか?何か用にしても時間ってものがあるだろー!だいたい若い女がパリの夜道を…!!!」
「せっ…!」

俺がのどなり声を制して、のだめが顔をあげて何かを言いかけた。
ひゅっと息を吸う音が必死な調子で、のだめが何か俺に伝えたがっているのが感じられて、俺は黙る。

「せんぱいの……お情けを…ちょうだいしに…キマ…シタ…。」
「は?」
「だからそのっ!あの!…はう。」

チン

のだめの言動に固まっていた俺は、キッチンのレンジが切れる音に、我に返る。

「…ちょっと、来い、奥に。」
「あへぇ…」

手を繋いで奥のキッチンまで連れていき、イスに座らせる。

コートを着たままののだめは、急に思い出したようにガタガタ震えだした。

「はううううう寒かった…。」
「ほんっとに何考えてんだこのバカ。ほれ飲め!」

俺は自分が飲むために温めた牛乳をのだめの前に置くと、目の前で角砂糖を放りこんだ。
ブランデーを適当にドボンと注いだ。スプーンをつっこんで、ぐるぐるかきまぜて放す。
ちりりりり、とマグの端でスプーンが鳴った。

「あ…ありがとうございます…。」

マグカップをおしいだく様に握り、すすり始めたのだめを見ながら、俺もとなりに座った。

「……はああ。」
「どうだ…。」
「あったかいデス…。」

新居に引っ越してからひと月ほどになっていた。
俺はマルレの定期公演を順調にこなし、のだめのサロンデビューもつつがなくとはいえないまでも過ぎた事となった。
のだめはあれからまた、課題と練習にあけくれていると、週に2、3度会うデートで報告してくる。
つい2日前にも会ったばかりなのに。
その時はお互いスケジュールの都合で、何もせずに別れた。
だけど別れのキスが、ふだんよりも濃厚で、俺はここがパリだからって、日本人の慎みを忘れてしまったように、のだめの唇をむさぼっていた。
唇が離れた時、のだめは涙目で、まっかな顔で、走り去った。
それからの俺は時々、スコアのページを見つめながら、マルレのライブラリの雑用をしながら、のだめの唇の厚み、やわらかさ、見つめ返してきた潤んだ瞳、後姿がちらちらと思い浮かべた。
肩のあたりがほんわりと暖かくなるのを、不思議と感じていた。
近くにすんでいた時は、のだめを思い出してこんな風にうっとりとするなんていままで皆無だった。

ふいにのだめの茶色の頭が、横に座る俺の肩にぽすんと当たってきた。

「あの…夢…見たんデス。」
「夢…?」
「先輩とエッチしてる…夢デス。」
「……!!」
「イエ多分先輩だろと思うんですけど。
ええ先輩に間違いないんですケド。
それで先輩が夜這いにきたのかと思たら、目が覚めてものだめひとりで…。
それでもんもんとして眠れないし。
そしたらこんな時間だけど、どうしても先輩のところに行きたくなっちゃって。
先輩寝てても、鍵があるから勝手に入っちゃえと思って。
でも電車は怖いし、それで走って…ゲホンゲホン!」
「バ…ばかか?」

のだめは支離滅裂な事を勝手にまくしたてて、夜気に荒れた喉をくるしそうに咳き込んだ。
コートを着たままののだめの背を優しくなでて、おちつかせようとした。
そのままゆっくり座ったまま抱き寄せる。

「はうん…。」
「それで…会いにきたんか。」
「ハイ…。」
「お情けを頂戴しにって、ナンだそれ。」
「は…はぐれ雲…。」
「しらねー…。」
「ええと…エッチしてって意味ですヨ。」

俺はもうたまらなくなって、のだめの顎を下からすくいあげるように持ち上げると、強引に唇を合わせた。

「んんっ…」

のだめはくぐもった声を喉からもらすと、それっきり俺のリードにあわせ、唇を開き、舌をからみ合わせてくる。

「はう…真一くん…」

くびすじに舌を移動させると、のだめの肩がびくりと痙攣する。
そうなりながらも、のだめは自らコートを脱いで、俺にすがり付き、イスに座ったままの上に跨いで乗ってきた。
こんな積極的な事、これまであったか?
いくらこいつ変態でも、いままでベッドの中では以外とウブで、はじらいまくった末に最後は痴態をみせるのが、いつもかわいいこいつのスタイルなのに。
俺は抱きよせながら、ワンピースの背中のジッパーを下ろし、肩口をおろして腕を抜いてやるのももどかしく、肌着を持ち上げてのだめの豊かな胸にしゃぶりついた。

「アア…んっ…んん…。」

大きく広げたのだめの足に自分の足もひっかけてさらに限界まで広げさせる。そうして、前と後ろから両手で指をすべりこませ、その花芯を弄んだ。

「あっ、真一くんッ…あの…あんん…」
「なんだ。」
「あっ…やああ、まって、アアアアっ」
「なんだよ。」

のだめの身体を持ち上げて、テーブルに寝かした。
頭に当たりそうになった灰皿と調味料瓶を指先で押しやる。
手早く自分のベルトをはずし、おろしにかかると

「ま、…まッテ、まってくだサイっ…ああん。」

哀願してるのか、あえいでるのか分からないが、のだめが俺の服をひっぱって大声をだしたので、俺は動きをとめた。

「…何…さっきから…。」
「あの…真一くん…アレ…持ってますか?」
「アレ?」

ああ、そうか、財布か、ベッドの所までいかないと無いな。取りにいってこなきゃ。

「のだめ、持ってマス!!」
「は?」

目が点になっている俺をよそ目に、半裸ののだめがテーブルから置きあがると、イスにひっかかった自分のダウンコートをとり、ポケットをさぐりだした。

「ハイ!!!」

と取り出した手には、例の四角いビニールの包み。

「お…お前…そんなに…シタかったのか…。」

すこしばかり引きながら、おれはそれを受け取った。

「……。」

再び真っ赤になって、下を向くのだめは、急に初々しい恥じらいをみせて、足を閉じ、こぼれそうな胸を両手で隠しながらゆっくりテーブルに横たわった。
そのかわいらしさに、俺はふたたび興奮を覚えると、装着をすませ、のだめの片足をあげて覆い被さった。

「しんいちくん…。」
「なんだ…。」
「ツケテくれましタ?」
「ついてるよ。(ナンなんだ…)」
「よかった。あの、のだめ、危険日だったんでス。」

「は?」

その後のスリルといったらなくて、だが俺は、男って一旦はじまると止まらないって本当にそうだなあという事を実証した。
事後の焦燥感は普段以上のものだったが…。






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