眠れぬ夜
千秋真一×野田恵


正午前、三善のアパルトマン前にルノー・メガーヌが停まる。

アパルトマンの扉を開けながら部屋を見上げる俺は旅支度のままだ。
"別居"してから初めての演奏旅行。自分の部屋へは車と郵便物を取りに行っただけで、そのままのだめの部屋に"帰って"来た。
合鍵を持っているのに留守の部屋に入るのがちょっとだけ後ろめたいのはなぜなんだろう。思った以上にというか、かなり
片付いた部屋を見てあの日の動揺がよみがえる。
後ろめたさや動揺は、のだめをこの部屋に一人残して引っ越してしまったことへの後悔のせいなんだろうか。
この部屋で待ち続けるのが辛かった俺なのに、自分は・・・。
ベッドの上に体を投げ出し、目を閉じているとのだめの匂いがするような気がする。
―・・・いや、臭いんじゃなくて・・・。

影が長くなる頃、帰ってきたのだめが車を見つけて奇声をあげた。チャイムを押すのをやめ、そっと部屋に滑り込むと、
次の瞬間ぎょっとしたように立ち止まった。

「むーん。驚かせようと思ったのにー・・・。逆ドッキリでスよ、真一クン」

ベッドの上にはスヤスヤと寝息を立てている千秋。
のだめは足音を忍ばせて近寄り、千秋の髪に鼻の頭を埋めるようにキスをしてキッチンへ向かった。

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―ここはどこ?海辺の町?なんで俺がそんなところに?!ひぃぃぃっ!海っっ・・・のだめ?!
しがみつこうとした腕は空を掴む。

―あれ、さっきまで隣にいたのに
ふと前を見るとビキニ姿ののだめが、誰かと腕を組んで歩いて行く。のだめは悲しそうな顔で千秋を振り返るが・・・

―行ってしまう?

『おいっ、のだめ?(誰だその男は!)』

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(う〜ん・・・。ピアノ・・・?・・・あいつ帰って・・・)

俺はおぼつかない意識から徐々に目覚めた。ひと月の演奏旅行の間あれほど不眠気味だったというのに、このベッドに横たわった
途端苦もなく眠りについていたらしい。
気づけば体の上にはブランケットが掛けられ、ドアの向こうからはのだめのピアノが聞こえてくる。
あれはドビュッシーの『喜びの島』・・・。コンクールの予選で弾いたと言っていたけど聞くのは初めてだった。

―妻を捨てて新しい恋人とバカンスに出かけた島で書いたと言われる曲・・・。
 ちゃんと表現できてるじゃねーか。あ・・・?、島だからあんな夢。
 おいおい・・・。 ってゆーか、"新しい恋人"って・・・。

俺はそっと立ちあがると、わずかに開いたピアノ部屋の扉から中を伺った。
曲が終わり、のだめの指が止まる。
ふっと顔を上げてふりかえったのだめが、入り口に立つ俺を見つけてにっこり笑った。

「おかえりなサイ・・・真一クン!」
「たっ・・・ただいま・・・」

反射的に赤面してしまう。

「起こしちゃいまシタか?」
「いや、よく眠ったから・・・」

「そだ!お腹空きませんか?のだめ、最近ターニャに教わって料理の腕上げたんでス。今日のは・・・この前みんなで
食べたけど誰もお腹壊さなかったし。味だってちゃんとターニャからトレビアンもらったから大丈夫デスよ。」
「・・・それともお風呂にします?・・・それかピアノ、もっと?」

弾かれたように立ち上がってベラベラとまくしたてるのだめをいぶかしんで一歩部屋に踏み出すと、のだめは
後ずさろうとしてピアノの椅子にぶつかった。

「お前、何かヘンだぞ」

―いつもだったら『じゅうでーん」なんて俺に飛びついて来るのに。・・・え、まさかさっきの正夢?!

―また突き飛ばされるか?
恐る恐るのだめの肩に腕を伸ばして胸元に引き寄せると、のだめの目からポロっと涙が落ちた。

「おい、また何かあったのか?」
「何も・・・ないデスよ。だって・・・のだめ、ちゃんと・・・ちゃんと・・・」

―のだめのくせに、頑張りすぎだ。いつもこいつは極端なんだから・・・。

「わかった、わかったから・・・・。」

苦笑しながら肩を抱く。とりあえず一番悪い想像だけは外れたが、愛想を尽かして他の男に心を移したんじゃないかなんて
想像してしまうのは、やっぱり罪悪感があるせいなんだろうか。
頬の涙をぬぐってやって強く抱きしめると、胸元でのだめがつぶやいた。いつものようにちょっと口を尖らせながら。

「のだめホントは、寂しかったんでス。・・・ちょっとだけ」
「ちょっとかよ・・・」

ボケだか本気だかわからないのだめの言葉に何となく安心して、のだめの髪に顔をうずめる。髪はまだ湿っていてシャンプーの
香りが鼻腔いっぱいに広がった。

「また・・・ちゃんと乾かさない・・・」

のだめは放っておくといつもちゃんと髪を乾かさない。この部屋にいたときはしょっちゅうつかまえては髪を乾かしてやっていた。
そんな事、絶対人には言えないけど。

うつむいた顔を起こして、帰ってきて初めてのキスをする。

「せんぱ・・・」

何か問いかけようとしたところへもう一度唇をかぶせた。舌を忍び込ませると、のだめの舌を捕らえてじっくりと愛撫する。
舌先をつつくように、そしてなでさするように、やがてねっとりと絡めとるように。
くちびるを離すと、俺の右手に頭を預けたままちょっとほうけたような顔つきで俺を見つめるのだめ。
その耳元へ唇が触れるほどに近づけて囁く。

「メシ?風呂?ピアノ?・・・他にもっと大事なものあるんだけど・・・?」
「ほわ・・・」

とぼけた声で聞き返しながらも俺の言う意味を理解したのか、耳まで上気させる。その赤く染まった耳たぶを唇で優しくはさむ
ようにキスをしてもう一度囁く。

「ん・・・お前・・・」

それでなくとも敏感な耳を、言葉でも刺激されたのだめはぴくんと肩を震わせる。そして、俺の首に手を回しながら顔を上げると、
「急にどうしたんデスか?のだめと会えなかったから溜まってました?」

照れているのか恥ずかしい憎まれ口を叩く。

「うるさい!そのまま、つかまってろ」
「エヘ、お姫様抱っこ・・・」
「コラ、暴れたら放り投げるぞ。」

ベッドの上に言葉とは裏腹に静かに横たえたのだめを、傍らに膝をついて見下ろす。

「めぐみ・・・」
「せんぱい?」

珍しく本名で呼ぶ俺の顔がよほど切羽詰まってるのか、のだめが心配そうな顔で見上げながら手を伸ばしてきた。

「先輩、じゃなくて・・・名前で呼べよ・・・」

俺の頬に触れている手を取ってくちづけ、指を口に含んで一本ずつ舌で丁寧に愛撫する。

「・・・しんいちく・・・ん?」

眉根を寄せながら目を閉じた、快感とも羞恥とも取れるのだめの切なげな表情。

−この顔がずっと・・・

「俺も・・・ちょっと寂しかった・・・かも」

何だかたまらない気持ちになってのだめの胸に顔を埋めると、のだめの手が俺の髪をかき回す。

「・・・しんいちくんたら甘えんぼさんデスね〜」
「何が甘えんぼだ、コラ。さっきまで泣いてたくせに!」

わざと乱暴に、浮き出ている鎖骨の下あたりに吸い付いて・・・

−ちゅっ− 赤いしるしを刻む。

「んっ・・・・。これって、俺の・・・女・・・ってことデスよネ?」

顔を見るといたずらっ子のような目で見上げてやがる。

−ああ、そうだよ。
口には出さず、髪に、ひたいに、顔中にキスを降らせた。

初めての夜。俺の手で女になったばかりののだめの胸元にしるしを刻んだ時、のだめが「今の、何デスか?」と聞いた。
一瞬あきれたが、何だかのだめらしい気もして「"俺の女"っていう印だよ」と答えてやった。
淡白で、女に対しても独占欲なんてないと自分では思っていた。キスマークなんて子供じみた真似、と試したこともなかったのに。
体の奥に残る痛みと違和感に耐えながら、それでも俺とひとつになれたことがうれしいと言うのだめが、この上なく愛おしくて、
つい、生まれて初めてのキスマークをつけてしまっていた。

そんなことを思い出しながらまた唇をふさぎ、のだめを生まれたままの姿にした。
自分も全部脱いで直にのだめを抱きしめると、ぬくもりと、しっとりと吸い付くような感触・・・。
両手でふたつの乳房を包むように触れ、指先でそっと輪郭をなぞる。そんな静かな愛撫を繰り返す。
全身に指を這わせていくと、のだめがモジモジするように身を捩る。ウォーミングアップも終了したようだ。
乳房の真ん中にある小さいピンク色の蕾を口に含み、舌先で転がしたり甘咬みしてやると、のだめの口から漏れる声も甘くなる。

「ぁあ・・・ん・・・ぁんっ」

片方の指で胸の蕾を弄びながら唇は下の方へと滑らせて、のだめの足元に移動して脚の付け根の外側から内側へと何往復も
舌を這わせていく。

−そろそろいいかな・・・

両方の膝を曲げてぐっと割り広げると、

「ゃ・・・っ!し・・・んいちくん・・・そこ、ダメっ・・・」

俺の髪に触れてほんの少し抵抗をみせるけれど。
いやじゃない証拠に、思った以上に泉は潤い、次の刺激を待ちわびるようにひくひくと蠢いていた。
その潤みをすくうよう舌を這わせ、泉の上にある敏感な芽が顔をのぞかせたところをそっと舐め上げる。

「はぅっ・・・ん」

繰り返し舌でなぶり、時には吸いあげるようにして敏感な芽への刺激を続けながら、指を泉の入り口に差し入れた。

くちゅ・・・ちゅぷ・・・ぴちゅ・・・

湿った音がはっきりと聞こえる。いつもなら恥ずかしそうにするのだめだが、今日はそんな余裕もないらしい。
そのまま指を抜き差しする速度を上げると、

「んっ!ぁっ・・・あぁっ・・・ふ・・・ぁ・・・はっ・・ぁあっ?!」

シーツを握り締めながら喘いでいたのだめが短い叫び声をあげ、あっさりと一回目の絶頂を迎えてしまった。

−いつもより早くないか?もしかしてこいつも俺を欲しがってた?

そう思ったらもう抑えきれない。手早く準備を済ませ、まだ息が整わないのだめの中に俺自身を挿入する。

「んぅっ!・・・」

息を呑むようにのだめが呻いた。

「痛かったか?」
「違・・・、ちょっとびっくりしただけデス・・・」
「じゃ・・・いい?」

こくんと肯くのを確認して、俺はのだめの中で動き始めた。喘ぎ声が高まるのに合わせて深く速くのだめを貫いていく。
のだめの腰も、俺に合わせてゆっくりと動いている。突き上げる度に白い胸が揺れ、のだめの表情はもう恍惚に
近づいているようだ。
キツく締めつけられて、俺自身もすぐに限界を迎えてしまいそうだ。もっと味わいたいのに・・・。

「ぁっ、ぁあっん、ぁっあっ!・・・あぁっ!あぁぁっ・・・あーーっ・・・!」

声にならない悲鳴をあげながら、のだめは俺の腕をぎゅっとつかみ、背中をのけぞらせるようにして昇りつめた。

「俺も、もう・・・」

絶頂に達したのだめの襞にきゅうきゅうと締め付けられた俺も堪らず自分自身を解き放った。

息を弾ませながらのだめにおおいかぶさり、胸の上に今日二つ目のしるしを刻む。
まだ弛緩しているのだめが、ゆっくり目を開き、俺の首に腕を回した。

「しんいちくん・・・キスも・・・」

キスくらいいくらでもしてやるとも。何で俺はこうものだめに夢中なんだろう?

「うん・・・」

「おまえなー、寂しいがるくらいなら電話しろよ」
「だって・・・そんなコトでせんぱいを邪魔したくないんデスよ」
「・・・おまえが寂しいのは、俺にとって"そんなこと"じゃないんだけど?」
「ほゎぁ・・・。でも、声聞いたら余計寂しくなっちゃうし・・・それに、電話じゃ匂いがっ」
「匂いじゃなきゃだめなのかよっ!相変わらずおまえは・・・」

いや、そうじゃない。今なら俺にも何となくわかる。このベッドに寝転がったときのだめの匂いを感じて。その途端、すごくリラックス
してぐっすり眠ってしまったんだ。匂いっていうかぬくもりっていうか・・・。でも・・・。

「あのさ、声聞くだけでも俺は少し安心できるけど」
「のだめの声、聞くと・・・?」
「うん・・・。」
「じゃぁ、用がなくても電話しマス」
「うん・・・。俺も電話するから」

「そいえば、お腹空きませんか」
「ん・・・。しかしほんとに大丈夫なんだろうな、おまえの料理。」
「むきゃー、失礼デスね!」
「ハハハ。しょうがないから食ってやるか。腹が減っては戦はできぬって言うしな」
「え・・・"いくさ"って真一君・・・?」
「さ、風呂だ、風呂」

俺は質問には答えずにバスルームに向かう。ピンク色のモーツァルトを口笛で吹きながら。

・・・のだめと二人なら眠れない夜でもいい・・・。






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