千秋真一×野田恵
![]() 母がのだめに持ってきたのはとんでもない話だった。 コンヴァトの学生を対象に、パリ市内のプロオケでコンチェルトを弾くためのオーディションがあるというのだ。 それは市内のオケが学生の育成・支援を目的として行う企画公演で、プロ活動をしていない者という条件があるために、 のだめも上位に押し出されるようにして推薦されたらしい。市内のオケとはもちろんマルレではない。 「のだめちゃん、どうする?オクレール先生もいい機会だとおっしゃってたし、私も賛成よ。」 「と、トレビアンです!」 のだめは敬礼しながら背筋を伸ばした。意味不明だが、どうやら是非やりたいと言っているらしい。 母が帰った後、俺はちょっと複雑な気分になっていた。 のだめが俺以外の指揮者と初めてのピアノコンチェルトを演奏するかもしれない。寂しい気もするがそれは仕方がない。 チャンスは生かすべきだ。のだめの中に音楽への貪欲さが出てきたのはむしろ喜ぶべきことだし。しかし…。 ―あいつがオケとコンチェルト、弾けるのか? 昔からあいつを知っている俺は正直期待よりも不安、というか恐怖すら感じる。 特別な才能があるのは間違いないし、パリに来てからは目を見張る成長を見せた。しかし、それはあくまでソリストと してであって…。 ぼーっと考え込んだ俺の耳に突然のだめの声が響く。 「先輩、オーディションって…、水着新調した方がいいですかね?」 「んなもんいるかっ。何のオーディションだっ!」 ―いや…、水着、でも受かるか… つい視線がのだめの胸のあたりをさまよう。 やっぱり母の言う通り別居がいけないんだろうか…。 オーディションは、受ければ受かるだろう、という俺と母の予想通り、あっさり通ってしまった。 担当指揮者のツルのひと声もあったらしいと聞いたのは後の事だ。 ―よりによってあの人であの曲かよ。 オケはルセール管で、指揮者は首席客演指揮者の松田幸久。そして曲はラフマニノフのピアノコンチェルト第二番。 何だか悪寒がして俺はこめかみを抑えた。 ―松田さん…、今度はあなたが痛い目に合わないといいんですが…。 R管のスタジオでの初練習はピアノだけの個別練習だった。 「ようこそ、変態ちゃん。俺は千秋みたいに甘やかさないからな。」 「ムキャ、『のだめ』デス。先輩は甘くなんかないデスよ。いっつもどつかれてマスから。」 「ぶ…、まぁとにかく弾いてみろよ。」 ―これは…、とんでもない掘り出し物かもしれない。千秋がこの変態を選んだのもそれが理由なのか? しかし第1楽章が佳境に入ると、緊張がほぐれてきたのだめが、いつものように跳んだりはねたりし始めた。 ―げっ…やっぱりピアノも変態か…。だが、なぜかこのまま聞いていたいような… 「ムッハー!」 「おいっ、何がムハーだ!1楽章のココ、音が多いっ。それから3楽章のココとココっ!」 「ア、アレ?この光景どかで…、デジャヴ?」 「お前ちゃんと楽譜見てんのかーっ、このフレーズもう1回っ!」 「ぎゃぼーっ!」 ゼイゼイと肩で息をする松田。 ―年のせいか?運動不足か?いや、コンサート1回振ってもこんなには疲れたことはないぞ。 テクニックも音色も申し分ないし勘もいい。悪い癖さえ出なければ、後はどう料理するか… 初めてのピアノコンチェルト、いわばヴァージン・ステージの機会を千秋から奪うのが、実は愉快で仕方がない。 あいつが嫉妬に狂うほど、ねっとりこってり色っぽい演奏に仕上げてやるか。まぁ、ラフマニノフだし。 オケとのリハを何度かこなし、すっかり打ち解けた団員達の誰もが「のだめ」と呼んでいる。 「のだめ、『オニギリパーティ』またやろうよ!」「のだめ、ウチに遊びに来て!娘が一緒にピアノ弾きたいって。」 松田だけは相変わらず「変態ちゃん」と呼ぶが、のだめの天然っぷりは松田にも少し変化をもたらしていた。 ある日の夜、練習をみてやると言って、したたかに酔った松田がのだめの部屋を訪れた。 さすがにのだめもちょっとだけ躊躇したが、「いいか、指揮者の言うことはちゃんと聞けよ!(たとえそれが松田さんでも)」 という千秋の言葉を思い出して招き入れた。 「色気が足りねー!こう…、なんつーかムンムンしないんだよ。」 のだめにピアノを弾かせながら、後ろに立った松田が言う。 ―いや、色気はともかくホントはゾクゾクするほど…、こいつホントに日本人か? 変態のくせによく見ると結構かわいいし、ピアノ上手いし、胸も…。 心の壁なんてハナっからなかったかのようにぶち抜いてまっすぐ向かってきやがって。 その屈託のなさにいつの間にか俺は――――――救われている? 突然松田は、得がたいものへの渇きを強く感じて、酔いにまかせて理性をかなぐり捨てた。 「彼氏が色っぽいこと教えてくれないんなら俺が教えてやるよ」 背後から両腕を回し、のだめの胸を鷲づかみにする。 …むにゅ… 「ぼへーっ!何するんデスかっ!」 松田が立ち上がったのだめの肩をつかんで無理やり唇を奪おうとした。 ―そう、お前のものは俺のもの、だ… その刹那。 「ムキャーッ!」(ボカッ、バキッ) 「ぎゃーっ!」(ドタッ) ちょどその時、のだめの練習が気になった千秋がアパルトマンに到着したところだった。 悲鳴(咆哮?)を聞いて部屋に飛び込んだ俺が目にした光景は…、、 大の字になって伸びた松田と、仁王立ちで拳を突き出したままののだめ。 「のだめっ?!」 「…まっ、松田さんがっ、練習してたら、胸…ミルヒーみたいに…。それから無理やりキス…」 「さっ、されたのか?」 「…しようとしたから…」 拳がぷるぷると震えていた。 音と悲鳴(咆哮)を聞きつけて集まってきた住人達を帰し、のだめをターニャに預けた。 松田をカウチに寝かせると、のだめの拳がめりこんだ目から鼻梁のあたりに、冷たいタオルを乗せてやる。 ―こっちの痛い目かよ…。 微妙に幸せそうな顔で気絶しているのは、意識の最後にのだめの胸の感触が残ってるからか? ―…気がつく前にもう一発殴ってやろうか。 「あれ?ここはまたしてもヴェヌスブルクの洞窟か…、ハッ!何でキミが?!」 「松田さん、なんか悪い夢見てたみたいで…。ってゆーか、そういうことにしといてもらえませんか?」 「……、いや、悪かったな。悪酔いして…、どうかしてた。」 「大人も、ストレス溜めすぎるとよくないですよ。」 「む…。しかし…、キミも嘘ばっかだな。何が普通だよ、胸だって…E?」 「……D」 「はぁ?!」 「ってゆーか、反省してませんね?」 「ぶっ…、いや、スマン。」 「……今夜の事はともかく、のだめをよろしく頼みます。」 「当たり前だ。失敗したら変態ちゃんの前途どころか俺の首が飛ぶからな…。」 ―アマチュアの学生とピアノコンチェルト…。だから常任じゃなくて「首席客演指揮者」。やっぱりこの人も大変なのか…。 「(…俺だって、…救われたいんだよ)」 「え?」 「ふん、よろしく頼むなんて亭主気取りするくらいなら、とっとと結婚でもしちまえってんだ。じゃぁな。」 「……」 「ターニャ、急に悪かったな。」 「ううん。でも、千秋が帰っちゃうなら今晩のだめウチに泊めてもいいけど?」 「いや、朝まではいるから。ありがとう。」 部屋に戻ったらまず説教だ。 「大体、おまえは警戒心がなさ過ぎる。」 「ハイ…」 「ったく…、これ以上俺を心配させないでくれ。死ぬかと思った。」 ついきつい言い方をするが、しょんぼりしているのだめがかわいそうになって胸に引き寄せた。 ―俺がそばにいれば、こんなこともなかったのかもしれない。 ぎゅっと抱きついたのだめを抱え上げ、ベッドに連れて行く。 「今日はもう、休め。眠るまでここにいるから」 「一緒に居てくだサイ」 灯りを消して隣に寝転び、腕枕をしてやりながら話しかける。 「今日のことは悪い夢だったと思え。あの人は大人だから大丈夫。明日もリハ、行けるな?」 胸元に抱き寄せて髪を撫でていると、のだめが話しかけてきた。 「先輩、のだめのピアノ色っぽくないって松田さんが…。よくわかりまセン…。」 「……色気といえば…そうだな、たとえばターニャのピアノとか?でも、お前はお前のピアノを弾けばいいんじゃないか? 人の真似したってしょうがないし。」 「そですね…」 「でも、オケの呼吸というか息遣いをちゃんと感じ取って…」 「呼吸…」 「そう、自分ひとりで弾こうとしないで、オケの音に身を委ねてみれば?」 「……こーゆーこと…デスか?」 のだめが俺の胸にぴったりと頬を押し付けてきた。頬だけでなく体ごと預けてくる。 「まぁ…、たとえて言うならそう…だけど」 のだめはじっと俺の心臓の音を聞いているようだった。 しばらくそうしていると服のままなのに、体の芯がじんわりと熱くなってくるような気がする。 ―いや、まずいだろ。ヘコんでるし。今日はそういうの…。 体が密着しているからその高まりは隠しようもない。のだめがふと俺の胸から顔を離す。 「のだめ…、俺…。今日はイヤだろ?我慢できるから…大丈夫。」 観念して言うと、のだめは俺の胸に顔を押しあてて、首を振った。 「のだめも真一クンと…」 のだめの顔を俺の顔の位置まで引き上げると、横向きになって静かに唇を覆う。 上唇と下唇をやさしくついばみながら、指先で髪を梳くように撫でてやる。 唇を重ねたまま、のだめがしがみつくように俺の背中に腕を回し、俺ものだめの背中を抱きしめた。 「のだめ……」 唇を離すと、ワンピースのボタンを一つずつ外していった。 のだめが俺のシャツのボタン手をかけたので、好きなようにさせながら髪を撫でてやる。 「あと、自分でやるから…」 ショーツだけになると、のだめの背中に手を回してブラの留め金を外した。 カップからこぼれた乳房の輪郭を、壊れ物を扱うようになぞり、そっと蕾にくちづける。 「ん……」 いつものようには声を上げないけれど、唇に触れた蕾がピンと張りつめてくるので、感じていることはわかる。 腰に向かって滑らせた指で、細い紐を解くと、のだめが「あ…」と声をあげる。 「のだめ、まだおフロに入ってないデス…だから…」 「いいよ、俺もだし。大丈夫だから」 いつもは舌でも愛撫するその場所を今夜はしてくれるな、ということか。いつもよりも静かに抱くつもりだから、 のだめがイヤだと言うなら無理強いをする気はない。 乳房の先端の硬くなった蕾を、舌で丁寧に愛撫しながら、指先は柔らかい下生えをかき分けて秘所を探る。 のだめの太ももを少しだけ割って、そこに指をひそませた。 両側の襞をそっとなぞり、まだ包まれている芽の部分に触れると、のだめの全身がかすかにわななき、 花びらの中心に触れるとそこはしっとりと潤んでいて、少しだけ安心する。 「指、入れてもいい?」 触れられて、白い喉をのけぞらせていたのだめが、静かに頷く。 中も十分に潤い、俺の指は吸い込まれるようにのだめの中に沈んでいった。 「ん…ふ…」 指を抜き差し、内部でこねるようにして動かすと、のだめの呼吸が徐々に荒くなり胸が上下する。 「あっ…はぁ………」 眉根を寄せて目を閉じたのだめの白い肌が薄赤く染まり、腰のあたりが微かにくねる。 「のだめ…、お前、十分色っぽい…」 「え…」 鼻の頭にキスしながらつぶやくと、のだめは、耳まで真っ赤になった。 ―でも、この姿を見られるのは俺だけだけど… いつもならば何度か達するまで指や舌で愛撫を続けるが、今夜は早くつながりたい、そんな気がした。 「もう、大丈夫?」 「ハイ…」 準備を済ませると、のだめの膝を曲げて、俺自身を静かに花弁の中心へと沈めていく。 「っふぅ…っ」 のだめが背中を反らし、息を深く吐き出しながら俺を迎え入れた。 普段よりもゆっくりと、しかし一回ごとに深く挿し込む。 「ぁ…は…ぁん」 奥深い場所を突く度に、遠慮がちな喘ぎが漏れる。 「のだめ、脚、閉じてみて」 挿入したまま、のだめの脚をぴったりと閉じさせる。そうしておいて腰をこすりつけるようにして挿し込むと、 腹のあたりから結合部にかけてより密着し、動くたびにのだめの敏感な部分も刺激するはずだ。 「ぁ、ぁ…ぁん…」 いつものような嬌声はなくても、しっとりと汗ばむ肌、きつく閉じられた目、それとは対照的に少し緩む口元、 そして何よりも、ざわめくように俺自身に絡みつく膣中(なか)やきつく締め付けるその入り口で、 のだめが高まっていくのがわかる。 内側と外側に、普段とは違う形で与えられる刺激に、のだめはもうすぐ達してしまいそうだった。 ―今日はあまり無理させたくない… 俺は体を起こし、閉じさせたのだめの脚をもう一度割り、立てさせた膝を抱えるようにして大きく開くと、 腰の動きを速め、深く突き入れ始めた。 「んっ、んっぁっ……、しん…いち…くんっ…、あぁっっ…!」 今日一番大きな声を上げ、のだめが喉をのけぞらせた後、反らせていた背をぐったりとシーツに沈めた。 俺自身を包むのだめの入り口がじわじわと締め付けてきて、俺はその快感に素直に応え、欲望を解放した。 そっと、のだめの中から自身を引き抜き、ベッドの端に腰掛けて片付けながら、のだめを見ると、 まだ荒い息のまま、恍惚中にたゆたうような表情をしていた。 乱れて頬に張り付いた髪をそっと払い、額にキスをすると、スースーと寝息を立てている。 ―オケでの練習も、こいつなりに気を遣ってたんだろう…もっと早く来てやれば良かったな。 ―――翌朝――― 「じゃぁ先輩、ガコ行ってきま〜す!」 「待て、大事なもの忘れてるぞ」 千秋がのだめの腕をつかんで引き止める。 「あ、でもー…」 「いいよ、ちゃんとお茶で流したんだろ(納豆)?」 「そうじゃなく………んんっ」 「のっだめーっ、遅刻するわよー!」 いきなりドアが開き、ターニャとフランクが顔をのぞかせる。 そこには充電中の千秋とのだめが。 「あ…、…ごめ〜ん」 「ばっ…、お前ら、ノックくらい…」 「だってー、千秋はもう帰ったと思ったんだもーん」 「だからのだめは、ターニャ達が迎えにきますって言おうとしたのに」 「いいからもう学校行け!」 ―この調子なら、きっとのだめは大丈夫。 朝食の片付けをしながらふとほほえむ千秋であった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |