覗き
千秋真一×野田恵


用事があって近くまで来ていたので、三善のアパルトマンに寄ってみる事にした。
特に連絡をしていないけれど、あいつもう家にいるだろうか。
夕飯まだだったら外に連れ出してやるか。
ゲートをくぐると、部屋の明かりはついている。
それを確認してから階段を上がり、ドアの前に立った。

チャイムを鳴らそうとしたところで、何故かいたずら心が働いた。
こっそり入って、驚かしてやろう。
鍵を取り出し、静かに差し入れて回す。
かちゃり、と鍵のあく音がして、オレは音を立てないようにゆっくりドアを開けた。

……。

まあ……努力はしているようだ。

衣服やタオルがベッドのパイプに引っかかってはいるが、散乱しているといった状況ではない。
この部屋はアパルトマンの奴らがサロンにしている事もあるというから、きっとおせっかいなターニャあたりが、のだめに文句言いながら片づけを手伝っているのだろう。
メシはターニャが作っているようだし……。
どっちが姉さんなんだか、まったく。

静かに足を進めて、隣の書斎へと近づく。
なんとなく気配を感じる。
のだめがそこにいる、という気配を。
ピアノの音は聞こえないけれど、譜読みでもしているんだろうか?
耳をそばだててみた。

……。

え、うそ。
まさか……。

「……ぁ、ぁ」

これって……。

「……っ、あ」

のだめ、おまえ……。

押し殺したような細い声は聞き覚えがある。
甘ったるい吐息……。

まずいところに来た、と思う反面、踵を返すことも出来ない。
ちょっとビックリさせてやろうと思っただけなのに。
その驚きが嬉しい顔になったら……ってちょっとしたいたずら心だったのに。
……こんな場面に出くわすなんて。

書斎へ続くドアは完全に閉まっておらず、向こう側の明るい光が漏れている事に今初めて気がついた。
覗きたい。
覗いちゃいけない。
正反対の理性と願望が反発しあう。

覗きなんて、のだめがオレにしてきた変態行為と一緒じゃねーか。
でも、今まで覗かれてきた分、おかえしに見てやればいいんじゃねーか。
いや、そういう問題じゃねーだろ。
だったら、ここから黙って立ち去るのか?
だって声かけるわけにもいかないだろう?

こんな甘い声を聞くのが久しぶりだったから……。
そんな言い訳で自分の中の理性をなだめて、オレはそっとドアを押した。
口に溜まった唾を飲み込んで、さらに広くなった隙間から向こう側を覗き込んだ。

こちらへ足を向けて、赤いソファの上にのだめはいた。
立てられた膝はゆるく開いて、陰になっている中心部に手が触れているのが見え、吐息とともにくちゅくちゅという音が聞こえている。
シャツワンピースの胸元は乱れて、ブラのカップを押し下げて二つの丸い山はこぼれ出ていた。
その突端は赤く尖って、もう片方の指が自分の乳房をこね回している。
その向こうに……のだめの顔が見えた。
切なそうな、泣きそうな顔で、でも上気して感じている顔。

「ゃぁ……いち、くん」

オレを求めて、オレとの事を想像して……のだめが自分を慰めている。

「……ん、いち、く……ぁぁ」

どくん、と心臓が揺れ、背筋に何か走った気がした。

のだめは膝をぐっと開き、ソファの背もたれに足をかけた。
露になったそこは雫で溢れかえり、照明の光を受けてきらきらと輝いている。
ピンク色の襞は充血して赤く、のだめがどれほど感じているかがわかる。

「は……あ……!」

尖った蕾を、のだめの白い指先がこねる。
柔らかく口をあけた膣口から、じわりと愛液がにじむ。

……舐めてあげたい。その、丸く小さな蕾を。とめどなく溢れる甘い雫を。

「……ひゃっ!?」

う……しまった。
思わず手が伸びて、ドアに手がぶつかってしまった。
物音に飛び起きて、のだめは、怯えたように体をちぢこませている。
やばい。逃げも隠れも……もうできねーな。
仕方なく、潔くドアを開けた。
顔を出したオレに一瞬かっと目を見開いて、のだめは一体何が起きたのかと放心状態の顔をする。

「……ごめん、覗くつもりは…………」

間が、あく。
そして次の瞬間、のだめがやっと事を理解したのか顔色を変えた。
恐怖と羞恥を持った、複雑な見た事もない表情をする……。

「…………いやっ、いやーーっっ!!」

逃げようとしたんだろうが……。
足のもつれたのだめは立ち上がれずにオレに背を向けて床へへたり込み、慌てて露な肌を隠そうとする。

「おい、のだめ……」
「やーっ、いやーー!!」

そっと近寄るが、体はプルプルと震え、小さく丸まってしまっている。

「落ち着けって」
「なんでー!?なんでーー!?いや、いやあ」

手を伸ばすオレに向かって腕を振り回し、顔はもうぐしゃぐしゃの泣き顔だった。

「大丈夫だから」
「やだっ、やっ、んんっ」

暴れる体を無理やり抱きしめて、キスで口をふさいだ。
のだめの息苦しそうな嗚咽がこちらへ入り込んでくる。

「うっ、ううっ」
「ごめん……驚かそうと思って黙って入ってきたら……」
「……ひっく……」
「……まさかおまえが……ごめん」
「……した?」
「え?」
「軽蔑しました? ヤラシイ子だ、って……」
「……」
「一人でこんなことする女の子、イヤですよね……」

ぼろぼろと涙を溢れさせて、のだめはもうこの世が終わったかのような絶望的な静かな声でそんな事を言う。

「情けかけてくれるなら黙って出て行ってください……もう、さよなら、デス」

抱きしめたのだめの体が強く抵抗する。けれど、オレは少しも腕を緩めなかった。

「恥ずかしいし……惨めデス……お願い、出てってくだ……」

ぐちゃぐちゃになったのだめの顔を無理やり上げさせて、覆いかぶさるようにキスをする。
オレを思ってした行為も、それをオレに見つかってあまりの羞恥に狼狽し、泣きじゃくっているのだめも。
オレにとってはもう、ただただ愛しい。

「覗いたのは謝る……ごめん。でも、目が離せなくて」
「……ひっく……恥ずかしくて、のだめ死んじゃいたい……」
「かわいかった……うれしかったし」

それを示すために、のだめの手を自分の中心に導いた。

「あ……」

そのまま再び唇を求めた。
優しくゆっくり、強張った体を解きほぐすようにキスをして、のだめをなだめる。
次第に嗚咽は収まり、違う声が上がり始めた。腰の辺りをなぞると、ふるっと揺れる。

「そのままじゃつらいだろ。続きは?」
「つ、続きって……!」
「見せて……すごく、かわいかったから」

のだめを抱え上げ、ソファに座らせる。

「キライにならない、デスか?」
「ならねーよ……。言ったろ。嬉しかったって」

頬にキスををしながら内股を探ると、のだめは素直に足を開いた。
その付け根にのだめはおそるおそる指を這わせ、再び少しずつ甘い声を上げ始めた。
途中で快楽を取り上げられた体は少しの刺激で再び反応して、粘性の音を増やしていく。
頬は真っ赤で心底恥ずかしそうで、でもそれがかわいくて……。
そっとベルトを緩め、窮屈になりすぎた自分を外へ引っ張り出した。

「あ、あぅん……」

もどかしそうに足が開くので、膝を持ち上げて踵をソファにかけてやる。

「そこしか触らないの?」
「んふ……ハイ……いつも、ここだけ」

いつも……定期的に、してるって事か。
指の間にこすれて見え隠れする陰核が、大きく膨らんでいる。
そうだな。おまえ、ここいじられるの好きだもんな。

「気持ちいいか?」
「……ハイ」
「何を想像してる?」
「……先輩と……してるとこ……」
「おまえの頭の中で、オレ、今何してる?」
「……のだめの……えっちなところ、なめて、マス……」

ふーん……好きなのか、なめられるの。
だったら、いつも素直にそう言えばいいのに。
後ろ手で、背もたれと腰掛の境目を探る。
たしかここに……あ、あった。
小さなパッケージを取り出し、片手で自分につけていく。

「あ、や、せんぱい……」
「いきそう?」

こくこく、とのだめが頷く。
オレは髪をすき、頬に触れ、時々恥ずかしそうに震える睫毛にキスをしながら、のだめが高まっていくのを見届ける。
指先のタッチが早まり、体がぴくぴくと震え始めた。
はあはあと吐く息は切なそうだ。

「あ、ああん、だめっ、ダメ……ぇ」

喉元をのけぞらせ、控えめな喘ぎをもらして、のだめは登りつめた。

そして。

「……え、あ、ちょっ……せんぱ、あんっ」

その震えるのだめの中に自分を沈めていった。
今まさに絶頂を迎えている状態ののだめの中は、規則的なリズムをもって収縮を繰り返していて、そのきつさにめまいを覚えるほどだ。
意識して推し進めないと、押し出されそうで……。

「っく……あ……」
「や、やあん、はうっ……」
「……あ、……すげ……」

のだめの目尻から涙がぽろぽろとこぼれていく。
それを唇で拭い、額どうしをつけた。
快楽を我慢するような、苦しそうな顔。でも気持ちよさそうな声が半開きの唇から漏れている。
腰を揺らしながら名前を呼ぶと、大きな濡れた目が開かれて、オレを見つめる。

「のだめ……」
「はうっ、はい……んん」
「なんで、中は自分でしない?」
「え、や、やだ……そんなこと……」
「指でも、オレのでもこんなに気持ちよくなるくせに……」

のだめは、何か言おうとして、でもやめる。
困ったような顔。
白い乳房を両手で包み、親指で張り詰めた乳首を弾くと、きゅうっと戦慄いてオレを締め付ける。

「ほら、こんなに」
「……ふ、うっ……先輩じゃないと」
「ん?」
「先輩じゃないと、中、ぜんぜん……きもちよくない、から……」

ぎゅうっとこみ上げる何かがあって、オレは唇をかんだ。
たまらなく……たまらなくこいつをかわいいと思う。
離れてわかった。
日々、ふとした事で考えるのは、いつもこいつの事。
ひとりになる事を選んだけれど、ひとりになるとなおわかる。
繋がっていたい。
のだめ、おまえと。

「やっぱ、生身のおまえのほうが気持ちいい……」
「え……」

そのまま唇をふさいで、抱きしめて再奥を目指した。
のだめの腕が背中に回り、オレを抱きしめてくれる。
柔らかなこの体は、いつも優しく、愛しげにオレを迎え入れてくれる。
心まで、満たされて……温かい。
あとは抱きしめあって、息が苦しいのにさらに苦しくなるキスを繰り返す。

「やあっ、しんいちくんっ……あ、ああ!!」

再び絶頂を迎えたのだめの中で、オレはすべてをぶちまけた。

「せんぱい……先輩も自分でしたりしますか?」
「え……」
「……生身のおまえのほうが気持ちいい、って……あれってどういう……」

……しっかり覚えてたのか。
少し迷って、でも自分が覗いてしまったという罪悪感も手伝って、正直に話す事にした。

「……するよ」
「のだめの事、考えて、デスか……?」
「ほかに何考えろっていうんだよ……」
「……えへ、うれしいかも……」
「バーカ……」

腕の中で首を伸ばし、のだめの丸い瞳がオレを見上げている。
目をそらすようにしてつぶり、赤くなっていく顔を見られないように、のだめを自分の胸に押し付けるように抱きしめた。

「こんどは先輩がしてるとこ、のだめに見せてくださいね」
「なっ……バカおまえ何言って」
「だって不公平ですよー。のだめばっかりはじゅかしい……」

そうだ、こいつはこういう奴だった……。

「あーもう、変態!!」
「むきっ、人の事言えるんデスかっ!」

ひどく恥ずかしがる部分と、無駄に好奇心旺盛なところと、ギャップが激しすぎて時々ついていけない。
いや……それを楽しんでいる自分ってどーなんだ。
大丈夫か、オレ。

「こっそり覗きに行きますから」
「ぜってーくんな」
「うふん、なんだったらおかずに写真でも?」
「おかず言うなーーー!!」


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──「あのさ」
──「何デスかー?」
──「おまえこっそりこっちに来たりとかしてないよな?」
──「行ってませんよ?」
──「……」
──「ほへ?どうかしました?」
──「離れてててもおまえに覗かれてる気がする」
──「えー?」
──「怖い」






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