受難の日〜17巻より
千秋真一×野田恵


昨夜も、のだめは千秋の部屋に来なかった。
酒を呷ってやっとのことで眠りについた千秋が横たわるベッド。

のだめが足音を忍ばせてやってきて、キッチンのストッカーを漁って、熊肉の缶詰を取り上げる

「何か食べるものは、ねーがー。…先輩、輸入してるんデスか」

振り返ったシンクの脇にはりんごが3つ。どうぞと言わんばかりに赤い実が、のだめを誘惑している。
一番おいしそうなのを手に取るのだめ。

「ひとつ、いただきマスね」

ベッドの上の千秋は、相変わらず寝相が悪い。
上掛けは腰まではだけ、シャツからヘソがのぞいている。
そんなにも乱れた寝相なのに、きっちりベッドの片側が空けてある。
左腕は、まるで誰かの頭を乗せているかのように伸ばされて。

「最高の寝相デスね…」

のだめは、千秋の乱れた前髪をかきあげて、ぷちゅん、と額に唇を押し当てた。

―のだめ?

おでこに触れるやわらかい唇に、目を覚ます千秋。

―やっと、来た?おせーよ、お前

―しばらく寝たフリしてやるか

千秋は目を閉じたまま。

「何だー、先輩起きませんねー」

のだめがベッドの上に上がりこみ、空いていたスペースにすっぽりと潜り込む。
ジグソーパズルのピースのように、ピッタリとそこにはまった。
千秋の心臓のピッチはどんどん上がっていく。

―バレるかな。……ん?

目を閉じているのでよくわからないが、のだめが何だかゴソゴソと動いている。

―あ…

のだめは、自分でワンピースの前ボタンを外して胸を露わにすると、その柔らかいふくらみを千秋の胸に押し当ててきた。
そして…、ワンピースの裾に手を入れて、自分の…、クリトリスを愛撫し始める。
見ていないけれど、千秋には、体に時々触れる腕の位置と動きでわかる。
自分の胸に押し付けられて形を変えているのだめの胸の真ん中が、だんだんと固くなっていくのを感じた。

―こんなにドキドキしてるから絶対バレると思っていたのに、そんなに夢中なんだ…。
―見たい…、触りたい…、声が聞きたい…、でも今俺が目を開けたらのだめは…。

夢にまで見るその白い乳房をてのひらこね、固く尖った頂を口の中でコリコリと転がしたい。
滑らかな肌の上に唇を滑らせ、柔らかい皮膚に俺のしるしをいくつも刻みたい。
でも…、このままのだめのなすがままに、触れられているのも捨て難いほど…、

―キモチイイ…

のだめが、熱い吐息を漏らしながら千秋の胸に指と唇を這わせる。もう一方の手はおそらく自分への愛撫を続けている。
朝っぱらから、いや、朝だからこそ硬く張りつめて存在を主張する千秋のモノに、のだめの指がたどり着いた。
長い指が、その輪郭に沿って下から上に撫で上げる。人差し指と中指と親指でその首をきゅっと掴む。
布の上からの刺激でも十分に感じるが、勃ちあがってしまったものを早く解放してやりたい。

―胸をはだけてるのは…、俺が寝ぼけてやったと思い込んでるフリをすればいいし、自分でシてるのはここからじゃ
見えないから、気づかないフリをすればいいか…。
とにかく、もう限界だ…

「…の………?!」

のだめを抱き寄せようとした千秋の腕は空を切った。
目を開けた千秋の前にはベッドのシーツだけ。

「あ…」

下腹にベトつくような不快な感触をおぼえ、そこに視線を移すと、さっきまでの淫らな感覚の訳を知った。

―最悪だ…、この歳になって夢精なんて。

千秋は片手で口を覆いながら、どうしようもない自己嫌悪と飢餓感に襲われた。

―夢じゃなかったらよかったのに。…のだめ。

けれど、額に残る唇の感触だけは、その後のふわふわした感覚とは、明らかに違うリアリティーがあった。
起き上がって、キッチンをのぞくと、ストッカーをかき回した後と、…シンクの上にはリンゴが二つ。

―1個、減ってる。

―やっぱり、来たんだ。

起こしてくれればよかったのに。そしたらリンゴだって、むいてやったのに。
千秋が果物ナイフでクルクルと器用に皮をむくのを見て、「ほゎあ〜」と頬を上気させるのだめの顔が脳裏に浮かぶ。

―こっちに来いよ、と何で言えないのかな…

ぼんやりと考える千秋の耳に携帯が鳴り響く。
それは、さらなる受難の一日の開幕を告げるベルだった。

―――ああ、神の小羊、あなたに罪はないのに―――(マタイ受難曲 第1曲より)






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