ストッキング
千秋真一×野田恵


「先輩、松田さんって、いい人デスね〜」
「……ああ」
「…真一くん、不機嫌ですね。松田さんにいっぱいごちそうしてもらって、美味しいお酒もたくさん飲ませてもらったのに〜」

のだめは不本意らしい。
…確かに、ごちそうしてもらった。というか、二人分のルセール管のチケットをもらい、「必ずあの”彼女”と来てね」と念を押され、楽屋に挨拶に行ってつかまり、無理矢理打ち上げに連れていかれたのだ。

薄ぐらい店の中で、オレではなくのだめの隣に座り、膝に置いたのだめの手に自分の手を重ねて耳元に何か囁いたり、しまいには松田さんの友達にまで取り囲まれて…。
こいつもこいつで、ニコニコと相手をしていて…。しかも帰り際には「いやー、千秋くんの彼女、かわいいね。千秋くんも心配なのはわかるけど、彼女を束縛するのはどうかなー?色んな人と付き合った方が、彼女のためになるんじゃないの?」なんて言ってくるし。
…松田さんの作る音楽は素晴らしいが、あの人の性格は…。
思い出すと、胸の中がモヤモヤする。家に戻るまでの間に気分が落ち着くかと思ったが、波立つ気持ちは納まりそうもない。

アパルトマンに着くと、オレはイライラとドアを開け、のだめの肩を抱き寄せるとせわしなくドアを閉じ、鍵をかけた。

「せ、先輩…?」

ドアとオレに挟まれたのだめは、困ったように俯いている。
オレは、身を屈めると唇を奪う。
腕の中で、抵抗するように身をよじるのが気に入らなくて、強引に唇を開かせ、咥内を貪る。
…松田さんの横では、あんなに従順そうにしていたのに…。

のだめは今日、外出用のおニューのワンピースを着ている。いつもよりも胸元を強調するような、そんな姿、他の誰にも見せたくないのに…。

オレは、のだめを抱え上げ、ベッドに下ろした。ワンピースの上からやわらかな胸を掴む。

「やっ!痛い…デス」

のだめが悲鳴をあげる。けれど、構わずに片方の手でワンピースの裾を捲くりあげた。
素肌とはまた違う、ストッキングの滑らかな質感が、オレの手に触れる。ウエスト部分に手をかけ、引き下ろすつもりが、黙々とのんでいた酒のせいで加減を間違えたのか、指にかかった薄い繊維は、引き攣れたように破れていった。

抵抗の声を上げようとする唇をふさぎ、のだめの両脚の間に身体を入れる。ストッキングの裂け目から、レースで彩られたピンクのショーツが顔をだしていた。
脇から指を滑り込ませるが、もちろん、こんな状態で潤っているはずもない。
オレは、ショーツの結び目を解き、引き抜くと、のだめを俯せにして腰をつかみ、引き寄せ、薄い繊維の隙間に舌をのばす。

「はぅ、やめ…」

シーツに顔を埋めていたのだめがビクリとする。
オレは構わず、のだめの入口に執拗に舌を這わせていく。

「やっ…、あっ……、なんで…や…め………」

突然の展開に、のだめは戸惑いを隠せない。それでも、少しずつその場所がほぐれてきたのを確認すると、すでに硬くなっている自身を取り出し、準備をして、一気にのだめの中へ…奥まで、突き立てていった。

「いや……痛い…デス…」

のだめの声が震えている。それでも構わずに、軋むような中を何度も何度も、往復する。

「イヤ…先輩……うっ…」

のだめはシーツを握りしめ、抵抗すらできずにオレに翻弄されている。

オレは何でこんな事をしてるんだ?そう思っても、自分の中の欲情や苛立ちを止めることができなくて、それを吐き出すようにのだめを貪っていた。
…そして。次第に、のだめの息遣いが少しずつだが艶をおびてきて、オレ自身の動きも滑らかになってくる。
包み込むような熱さを感じながら、オレは欲情を吐き出していた。


ベッドに俯せになったのだめは、ワンピースをウエストまで捲くり上げられ、猫のように背中を反らしている。
…こんなつもりじゃなかった。
おニューの外出用のワンピースを着たのだめとコンサートに行き、それから食事をして…ゆっくりと時間を過ごすはずだったのに。
「ご、ごめん…」

オレは慌てて、のだめのワンピースの裾を直した。

「のだめ…」

そっと身体に触れると、のだめはビクッと身体をこわばらせ、背中を向けたまま、身体を小さく丸めて震えている…。
今まで、いろんなのだめを見てきたけれど、こんな状態は初めてで…いや、原因はオレが作ったんだが…

「のだめ…」

オレは、身を固くしているのだめを、後ろからそっと抱きしめた。
その、ひとつひとつの動作に、のだめは可哀相なくらい反応する。…いつものような、悦びの反応ではなく、それは、オレに対する拒絶に思えてたまらない。小さな啜り泣きが胸に響く。

「悪かった、ごめん…。ホントに、どうかしてた……」

オレは、のだめを腕の中にすっぽりと包み込み、小さく震える背中に必死で話しかけていた。

「のだめ……?」

ようやく啜り泣きがおさまったのだめに、恐る恐る声をかける。
が、返ってきたのは安らかな寝息……。

「…おい、ワンピース…しわになるぞ?」

そっと揺するけれど、起きる気配はない。散々泣かせた後で、服を脱がせて着替えさせるのもなんだか気が引けて、オレは自分だけ着替えると、のだめの横にもぐりこんで目を閉じた。

「ムキャー、何デスか!これは!!」

のだめの嬌声で目が覚めた。ハッとしてのだめを見ると、目が合った。
…やばい………。

「真一くん、これは一体どういう…あっ!ストッキングもビリビリ…はぎゃ!パンツ…」
「ご、ごめん…」

やっぱり、とりあえず服だけ、いや、ストッキングだけでも脱がせておけばよかった。いや…それも変だが…。

「ワンピース、ちゃんと洗って、アイロンもかけるし…」
「そういう問題デスか!?」
「………」
「でも、のだめ、なんでこんな格好で寝てるんですか?真一くんだけ、パジャマで…」
「………覚えてないのか?」
「昨日、コンサト行って、その後、松田さんがいろんな人を紹介してくれて…。愛想よくしないとダメだよって言われるし、先輩は離れた所で飲んでて助けてくれないし…それで、お酒をいっぱい飲んで…それで…」
「それで……?」

恐る恐る聞いてみる。

「なんだか…変な…怖い夢を見てたような…。先輩に怒られてる…。あっ!酔っ払ってるのだめに、何かしましたね!」
「あっ、いや…別に…」
「ムキー!別にって顔じゃないデスよ!」
「いや、ほんとに…と、とりあえず、シャワーでも浴びて、メシにしよう!」

オレは不服そうなのだめをバスルームに追いやって、ホッと安堵のため息をついた。

「ふおぉ、朝からごちそうデス」

ご飯にみそ汁、焼き魚、卵焼き…いたって普通の和風の朝食だが、パリに来てからは滅多にない朝食でもある。

「おいしいデスー、ムハー」

うまそうにメシをくうのだめに胸を撫で下ろしつつ、オレも朝食に手をのばす。

「ところで真一くん…」
「何?」
「……ストッキングが、好きなんですか?」

オレは、危うくみそ汁をふき出しそうになった。

「だって、ストッキングだけビリビリでしたヨ?」
「…おまえ、自分で破ったんじゃねーの?」
「ムキャ!じゃあ、なんでパンツはいてなかったんデスか?」
「さあ…」

オレは思わず目をそらす。

「ムッキャー!絶対何か隠してマス!おかしいデス!!」

…絶対言えるか、あんな事。
何を言われるか、させられるか…。オレは、のだめの追究をかわす方法を必死で考えていた。






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