悪夢
千秋真一×野田恵


電話の音で、目が覚めた。

「こんな夜中に…誰デスか…」

熟睡状態から急に起こされた体は、だるくて動かす気がしない。
携帯のバイブが耳障りな音をたてている。
眠る前に机の上にのせたままだったことを思い出した。
夜の部屋は冷えきっていて、布団から出る気がおきない。
のだめは、寝たふりを決め込むことにした。
やがて着信音が止み、静寂が訪れる。
やっと眠れる…安心して寝返りをうつのだめの頭に、先程の着信音が反芻される。
リストの愛の夢3番。この間ターニャに楽譜を借りて、ひいてみた曲だ。
甘くて切ない響きは、彼を思い出させて…
昨日彼からの着信音をかえたのだ。

「…ぎゃぼー!!」

眠気がふっとんで、のだめは体をおこした。
いまのは、千秋先輩からの電話!いつもと着信音が違うから、きづかなかった!


のだめは慌ててベッドから抜け出して、机へむかった。
先輩からの電話だってわかってたら、5秒ででたのに!!
ネグリジェの隙間から、冷えた空気がはいりこむ。
くしゅん、とひとつくしゃみをして、手を伸ばした瞬間にまた携帯が震えた。
ギクッと体をゆらして、携帯を開く。通話ボタンを押すと、愛の夢のメロディは不自然なところで途切れた。

「もしもし…?」
「……」
「もしもし、千秋先輩…?」
「……」

電話の向こうから返事がない。でも確かに、息遣いを感じるような気がした。
携帯をそっと耳から外して画面をみる。
通話中の表示と、「CHIAKI SHINICHI」の文字。
確かに相手は愛する人である。

「もしもーし、先輩でしょ?のだめですよ?」
「…のだめ…」

やっと声が返って来た。低く掠れた声。千秋の声だ。

「先輩?どしたんデスか?こんな夜中に」

時計をみると、二時をまわったところだ。電気をつけようか迷って、やめた。
月明りで部屋は充分に明るいのだ。それに、寒いからまた布団に戻ろうと思った。

耳に携帯をあてたまま、またベッドにもぐる。

「…今どこにいるの」
「どこって…家にきまってるじゃないですか。先輩ほんとにどしたんデスか?」
「…いや、…ごめん、こんな時間に」
「大丈夫デス…なにかあったんデスか?」

こんな時間に電話をかけてくるのもおかしいけど、受話器の向こうの千秋の声もいつもと違うような気がした。
酔っ払ってるのとも違うけど、ぼーっとしてるような?

「先輩…元気ない?」
「…や、ちょっと変な夢をみて」
「夢…?怖い夢デスか?飛行機の?」

前に聞いた、彼が良くみるという悪夢の話をおもいだした。

「いや、違うけど。そういえばこっちにきてからあの夢みてないな…」
「それはのだめの催眠のおか…げふんっ。なんでもないデス!」
「…?」
「それで先輩、のだめの声が聞きたくなっちゃったデスか?うきゅきゅ」

からかうような口調で彼に聞くと、「うん…」と返ってきた。
意外に素直な返答に、のだめは戸惑ってしまう。

「せんぱいが、子犬化してる…大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ごめんな。…明日も学校だよな?」
「はい、そうデス!」
「そっか。…起こしてごめん。おやすみ」

電話を切られるような雰囲気に、のだめは慌てていった。

「ちょっとまってください!まだ、のだめ起きてマスよ!
…いや!実はさっきまでずっと起きてたんデス!」
「だったらなんでさっき出なかったんだよ」
「う…、それは…」
「いいからもう寝ろ。心配かけたな。」
「先輩、やっぱり変デス!いつもはカズオなのに!」
「カズオじゃねえ!」
「怖い夢みて、寂しいんでしょ?のだめ今から会いに行きマスよ!」
「バカ、何いってんだ。こんな時間に電車走ってねーだろ」
「走って行きマス!安心してください!のだめ足には自信があるんデス」
「そういう問題じゃねえ!夜中なんだぞ!変なやつになんかされたらどーすんだ」


千秋の声を無視して、コートを羽織り、手袋をはめた。
…コートの下はネグリジェだけど…着替えてる暇なんかない!夫の一大事デス!
のだめが玄関のドアノブに手をかけたとき、

「おい!俺はいいから寝ろよ!?」

という声が聞こえた。…ドアの向こうから。すこしズレて、受話器から同じ声が聞こえた。

「え…?」

まさか、もしかして。期待と、信じられない気持ちを抱いて、のだめはドアをそぉっと開ける。

「…あ」
「…先輩、何やってんデスか、こんなとこで」

そこには、きまずそうな顔をして携帯を耳にあてる千秋がしゃがんでいた。
のだめは電話をきって、呆然とした顔で千秋に問い掛ける。

「いつから…?」

千秋は答えない。困ったように視線をさまよわせている。

「えーと…その…」

のだめは千秋の前にしゃがんで目線をあわせた。

「先輩、泣きそうな顔…?」

そして優しく両手で頬をつつむ。

「…ギャボッ!冷たい!ほんとに何してんですか!凍死しますよ!
ほら、早く!部屋にはいってくだサイ!」

そうして、何も言えないでいる千秋を部屋にひきずりこんだ。
部屋の電気をつけようとして、千秋からはなれようとしたのだめの腕は、彼にとらえられてしまった。
そしてそのまま後ろから抱き締められた。
きつく。千秋の冷えきった体にのだめの熱が移っていく。

「先輩…?何の夢をみたんですか?」

のだめが優しく聞く。

「……お前が…」
「のだめが?」
「いなくなる夢」

その声に絶望的な響きをかんじた。
のだめは振り向いて千秋の目をみようとしたが、
こちら側からは影になっていて、千秋の表情は見えない。

「のだめは、ここにいますよ?」

そういって、千秋の唇に包み込むようなキスをした。自分の存在を刻み付けるように口内に舌をいれる。
のだめから「大人のキス」をするのは初めてだったかもしれない。
いつも彼がしてくれるように、優しく優しく、愛をこめて口内をむさぼる。

「ん…」

どちらのものともつかない声が漏れる。
長い長いキスをしながら、いつのまにか二人は床に座り込んでいた。
千秋はのだめの胸に顔をうずめた。

「それで、のだめの家まで来たんですか?」
「うん…夢だか、現実だか、区別がつかなくて…
パニックになったっていうか、どうかしてたんだ、俺」
「どうやってきたんですか?」
「タクシーとか思い付かなくて、走ってきた」
「夜中デスよ?変なやつがいるかもしれないのに?」
「…俺は男だぞ?」
「ギャハッ」
「ぎゃはって…はぁ。」
「それで、何で外に座ってたんデスか?」
「冷静になって…こんな時間に部屋にいったら迷惑だとおもったし…それに」
「それに…?」

千秋は少しだまった。

(ドアを開けて、のだめがいなかったらどうしようとおもった、なんて。さすがに言えない)

「先輩…?」
「とにかく、それで一度は帰ろうと思ったんだ」
「でも、不安になって電話したんデスね」
「まぁ、そんなかんじ」

のだめは、一度目電話しても出なかったことを思い出した。
そして千秋がどれほど不安になっただろうかを想像して、胸が苦しくなった。
強く彼をだきしめる。

「先輩、まだ冷たい…ごめんなさい…すぐ気付かなくて…」
「…じゃあ、あっためてくれる?」

******************

「あぁっ!っはぅっ…っんんっ…!」

大きな声があがってしまうのを止められない。
身体の中心を何度も、何度も突かれて、無意識に身体は逃げようとする。
でも、がっしりと腰を掴まれていて逃げることはできない。
…掴まれているというより、すがりつかれているといったほうが正しいかもしれない。

「ひあっ…せんぱ…もっとゆっくり…あぁっ…壊れちゃ…」

甘い刺激は激しすぎて、のだめの意識をなんども途切れさせる。

「のだめっ……のだめ…のだめ」
「せ…先輩?…」

千秋は狂ったように激しく腰をうちつけながら、何度ものだめの名前を呼ぶ。

「…んっ…先輩っ…先輩ってば…」
「のだめ…のだめ…」

「…しんいちくん!しんいちくっ…ん!
のだめ…ちゃんとここにいます…!」
「…!」

熱にうかされたようにのだめの名前をよんでいた千秋が、動きをとめた。
のだめは千秋を優しくだきしめる。
繋がったままの、二人の呼吸だけが部屋にひびいていた。
激しい心臓の音が、段々おさまってくる。
のだめは、まだ息を荒くしている千秋の耳元で優しく囁いた。

「だいじょうぶデス、しんいちくん。のだめはいなくなったりしません。
絶対にしません。ずっとしんいちくんのそばにいます。だってのだめは、しんいちくんが好きです。大好きです。愛してます。」
「……めぐみ」

めぐみ、と呼んだ彼に、さらに愛しさが溢れてくるようだった。

「動いて…いいデスよ。のだめは逃げも隠れもしません」
「うん…
…めぐみ…俺もお前が…」

その続きはいわなくても、充分に伝わってきた。
千秋はさっきまでとは違って、優しくのだめを抱いた。
自分を包むのだめの存在を確かに感じながら、愛しくてしかたがないというように。
やがて二人の吐息が合わさり、一緒にのぼりつめた。

*******************

意識を手放したのだめの体をふいてやり、ベッドに運んだ。
いつのまにかお互い裸になっていたが、服を着る気力も着せる気力もなかった。
のだめに布団をかけ、千秋も隣りにもぐりこむ。
すやすやと寝息をたてるのだめの瞼にキスを落とした。
のだめの手を握りながら、千秋も目を閉じた。
彼女の暖かさを感じて、もう悪夢はみないだろうと思いながら。
彼もまた、意識をとばした。






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