引越し前夜
千秋真一×野田恵


「はあ……」
「やめろ、溜息」
「だって……」

のだめはベッドの中で寝返りを打ち、千秋に背中を向けて丸まった。
裸のままの背中が露になる。
曇り一つない、滑らかで陶器のような透明感を持った肌は、事後の余韻にしっとりと湿っていた。

千秋は明日、このアパルトマンを出る。
今夜は、最後の夜……。
だから、いつもより早く二人でベッドにもぐり、時間をかけてじっくりと肌を合わせた。

「おまえでも寂しく思うんだ?」
「当たり前やなかですか……」

誤魔化しの丁寧な言葉づかいが出ないほど、そう思ってるという事なのだろうか。
千秋は少し胸が痛んだ。

今までだって隣同士に暮らしていても、恋人同士になっても、会わない日の続く事があった。
でもそれは、隣に住んでいるからいつだって会える、という甘えの意識もあったからで……。
これから別々の場所で暮らす以上、二人が「会いたい」と思ってそうできるように努力しなければ会えなくなる。

……恋人同士であれば、そんなこと至極当たり前の事であるのに。
でも、こいつは当たり前が当たり前でない奴だから。

そんな事を考えつつ、千秋は煙草を消した。
ビールで口腔を少し洗い流し、寒そうにしているのだめの背中を抱く。
鼻先で髪をかき分け、耳朶にたどり着いてキスをすると、ぴくりと腕の中でのだめの体が反応した。
唇はそのままスライドし、首筋を辿りながら少しだけ吸い付いてみる。
ほんのりと赤く印される、自分のものであるという証。
いつもならすぐ消えてしまう弱さでつけるそれを、今日は強く、刻みたい。
そんな思いで、真っ白で女性的なラインを持つ肩口に強く吸い付いた。

「あ」

嫌がるように体を揺らすのだめを腕で静止し、ばたつく足を自らの足で絡めとって、千秋はなおものだめに吸い付いた。
静かな部屋に、肌を吸い立てる音が何度も響く。
千秋に吸われたところが、熱を帯びるのがわかる。
そして、体の奥の一部も……。

それを知ってか知らずか千秋は腕の力をゆるめ、抵抗をやめたのだめの肌を確かめるように手を這わせてきた。
温かく包まれる乳房。その先でかすかに蠢く指にはさまれる頂。
腰の辺りに千秋の体の変化を感じると、自然と自分も潤い、溢れてくるのがわかった。

「や……しんいちくん……」
「……もっと……いい?」

熱い溜息が耳元に吹き付けられ肩をすくめると、それをOKの返事と取ったのか、千秋の指が下腹部へ降りてきた。
そっと差し込まれた手のひらが、のだめのふっくらとした恥丘を柔らかく包み込む。
そしてのだめのそこを開くように動かした指先に潤みを感じて、千秋はよりもっと指を進めた。

「濡れてる……さっき拭いたのに?」
「やだぁ……」

指先に当たる肉粒を、ぬるつきをまとわせた指先でくるくると撫で付けていく。
甘えるような声が漏れ、のだめの背中がしなった。
ついさっきまでしていたその行為の余韻も手伝って、すぐに新たな快感が生まれてくる。
どうしても、腰が揺れ、くねってしまう。
まるでおねだりをしているみたいだ、とのだめが恥ずかしそうな声を上げたとき、耳元で甘く名前を呼ばれた。

「…み……」
「あ……あぅ、んん……」

二人きりのときにしか聞けないこんな甘くて優しい声で、小さく『恵』と囁かれたら……。
抗うなんてできるはずもなく、むしろどうにでもして欲しいとすら思う。
のだめは千秋のあいた左腕を誘い入れるように体を浮かせた。
その腕に腰を抱かれる格好になると、それまでの指は後ろへ回り込んだ。

柔らかな尻肉を掻き分け、十分に潤った谷間を滑って泉へとたどり着き、敏感な膣口をくるりと撫でられる。
聞こえてくる自分の恥ずかしい音にいやいやと首を振りながらも、のだめは尻を突き出してしまう。

ぎゅっと閉じている足の付け根の間で、小刻みになぶられている陰核が大きくなってきているのがわかる。
それに煽られるように、自分があふれるほど沸き出てしまっている事も。
いきなりの二本の指をすんなり受け入れてしまうほど、自分が濡れている。
そう意識すればなお、じんわりとその部分が熱を帯びて、もっと濡れてしまう

のだめの肩が上下し、漏れる息づかいが早くなってきた。
くちゅくちゅと、泡立つ音も激しくなる。
千秋は入り口の複雑な襞を指先でかき回しながら、片方の手の指で挟んでむき出させた陰核を根元からすくうように撫でた。

「は、あ、やっ……せんぱい……!」
「いいよ、いって……」

ぷるぷると体が打ち震え、指がきゅっと締め付けられ……。
高い声で鳴いて、のだめが上りつめた。

一瞬の硬直のあとでゆっくりと弛緩していく体を抱きしめ、襟足を流れる汗を唇で吸い、キスを落としていく。
かわいらしく反応してくれるのだめに、愛しくて堪らないといったように。
そして千秋はそっと体を離した。

「ちょっと待ってて……そのまま」

かたり、と開けられる引き出しの音がのだめの耳に届く。
そして紙の箱の乾いた音。
それを戻してまた引き出しの音がして……ベッドが軋み背中に千秋の気配を感じた。
フィルムをあける音、ぱちん、とゴムが弾ける小さい音。
いつも、この静かな瞬間は胸が熱くなる。
これからもたらされる快楽と、愛しい気持ちが惜しみなく注がれる瞬間がやってくる、そんな期待に。

そして、熱い体が重なりあう。

「少し、足開いて」
「ん、あ……ゃん……」

横を向いたまま体を重ね、内股を撫でて少し足を開かせると、千秋は先端をのだめの秘部にあてがった。
弾力のある抵抗にあうが、のだめの腰を抱えるようにして自身を押し進めていく。
抵抗を抜ければ、柔らかく蠢く肉壁が愛しそうに自分に絡みつき、吸い込まれるように奥へと導かれる。

無理な体勢で押し入られるその存在の大きさに、のだめは一瞬苦しそうな息を漏らした。
が、それもすぐに快楽へと変わってしまう。
少しずつ体の中を穿つ熱い塊が、敏感になりすぎたのだめの内壁をなぞりあげていく。
ただそれだけで、のだめはぎりぎりのふちまで追い込まれてしまう。

すべてを中に収めると、千秋はひとつ大きな溜息をついてから後ろからのだめをぎゅっと抱きしめた。

「……寂しいと思うなら会いに来ればいいし」
「ハイ……あ、ん」
「電話だって、すればいいだろ」
「は……あぁ……ハイ」
「オレも、そうするから」
「あっ、あん……」

のだめはもどかしそうな、切なそうな吐息も絶え絶えに、腰を自ら揺すりはじめていた。
ちゃんと聞いてたのかよ、と耳元で低くつぶやくと、中がびくりと反応する。
千秋は体を少し起こし、のだめの顔をのぞき見た。
閉じた睫毛を縁取る長い睫毛が、涙に濡れて震えている。
たまらずにのだめの足を持ち上げ、自分のほうへと引き寄せた。
片足を入れ込むように交差させ、のだめのさらに奥を目指して強く突き上げる。

「あう……! ふっ、深……!」
「……っ、あ、おまえ……きつっ」

震えている膣内をこね回し、行き止まりではこつこつと突き上げる。
そのたびにのだめは仰け反り、中は喜んでいるのかびくびくと千秋を締め付けた。
頭がくらくらするような強い快楽が、抜き差しを繰り返すたび体中に満ち満ちてくる。

「あ、ヤダ、先輩……!」
「……好きだろ、ここ」

のだめの足を支えるようにしていた千秋の手が、二人の繋がったところへ伸びてきた。
まくれた襞を撫でさすり、その濡れた指で、充血してこれ以上なく膨らんだ陰核を弄ぶ。
敏感に尖りきった無防備な、官能を生み出すボタン。
千秋は器用に皮を押し下げ、つつき、はじき、指に挟んで摘んだ。
途端、中がぎゅっと締まり、痙攣にも似た動きをしてきた。

鋭い快感は、のだめの体を絶頂へ至らす事が容易だ。
いつもの行為では、そうやって何度でものだめをいかせるのが通例になっている。
意識が飛びそうになるのを抑え、のだめは千秋の手を止めようと重ね合わせてきた。

「ダメ……真一くんの……だけで……」
「……」
「あん、だめぇ……おねがい……デス」
「……中だけでいいの?」
「真一くんのだけで、いきたい……」

千秋は指を離し、のだめの体を自分の中に押さえこむように抱きしめた。
そして……力強く腰を打ち付けていった。
頚部をこすられ、突き上げられる感覚に、のだめは一気に駆け登っていく。
自分で自分が、千秋のものをきつく締め上げているのがわかる。
そしてその行為で、千秋自身が自分の中で大きく跳ねるのも。

肌の擦れる音。
肉のぶつかり合う音。
粘膜が擦りあわされる音。
それから、声、吐息……。
苦しいくらいにきつく抱きしめられ、体の中心には壊れそうなほどの快楽が押し寄せてたまり、溢れてしまう。
それが吐息となり、声となり、愛しい名前を呼ぶ。

「しんい……あ、んっ、真一、くんっ……!!」
「のだめ……の、だめ……は、っ……」

愛しいから優しくしたい。
今夜は優しく抱いてきたのに……それなのに今はこんなに激しく求めてしまっている。
抱けば抱くほど欲しくなる。
繋がれば繋げるほど、離れがたくなる。
これが最後というわけではないのに。
別れるわけではないのに。

変わらないと信じたい。
この先ずっと、何があっても。

「せんぱい、奥っ、やあっ……」

深く深く繋がりたくて、千秋はえぐる様に奥へと打ち付けていく。

「……っ、いい、くせに……はっ……」

もしどこかへ旅しても、この腕に戻ってこい。
出て行くのは自分のほうなのに、こんな風に思うなんて。
勝手な感情だと思うけれど、でも……行ったきりになるなよ、おまえ……。
そんな思いを刻みつけるように千秋は汗ばんだのだめの肩に強く強く吸い付き、歯さえも立てた。

背中に走るぴりりとした感覚に、のだめは涙をあふれさせていた。
痛い。悲しい。つらい。
……どれも違う。
そうか、これは嬉しいからだ……。
普段口にしない感情が、こういうときにはちゃんと伝わるから。
その想いを受け止めて、のだめは腕を後ろへ伸ばし、千秋の腰に絡み付けた。

二人はより密着して、訪れんとするその瞬間を待つ。

「あっ、んん、だ、め……ああぁ……!!」
「……っ、っう……!!」

重なり合い、抱きしめ、抱きしめられた体がひとつになったと感じた瞬間、二人は同時に果てを迎えた。


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「おまえ、明日学校ないんだろ」
「……ハイ」
「手伝えよ、引越し。場所教えたいし、まわりの事も色々」
「……荷造りのときは『ろくな事にならないから手を出すな』って言ってたくせに」

のだめはまた、千秋に背中を向けている。
声は低く、気だるそうだ。

「会いに来いよ。電話もしろ」
「……」
「のだめ?」

のだめのからだがもそもそと動き、ブランケットを頭まで引き上げ、潜り込んだ。
そっと肩の辺りに触れ、こちらを向かせようとするが、のだめは頑なに動かない。

「先輩ものだめに会いに来てくれなきゃ、イヤですよ……」
「……うん」
「電話もしてください」
「わかってる」
「……おうちに行ったら呪文料理で迎えてください」
「……」

泣き出しそうな声が、切ない。
今日の今日までこんなに寂しそうな素振りは見せなかったのに。

「……のだめ、先輩の妻だもん……単身赴任と思うことにします……」

そうだな。
……なんて言えないけれど。

もういちど背中を抱きしめると、振り返った不機嫌そうな顔が胸に飛び込んできた。
しがみつくように擦り寄る愛しい温もりを今度は優しく抱きしめる。
千秋はそのままのだめの寝息が聞こえてくるまで、髪をゆっくりと梳き続けた。






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