千秋真一×野田恵
![]() 夜更けの舗道。アパルトマンまであと少し。荷物を持ち直して歩き続ける。 遠くから背中越しに足音が響いて来る。え…変な人じゃないよね… そっとふり返ると…あの姿は?…!! …あれは、千秋先輩… 足が勝手に走り出していた。リサイタルの疲れも、荷物の重みも忘れて。 なぜ…なんで走ってるんだろ?自分でも、わからないけど。 なんで逃げるんだ?! とにかくオレも走る。あいつ、意外と足速いんだっけ… リサイタルには行けなかったけれど、どうしても今日会っておきたくて。 とぼとぼとのだめの家に向かっていると、前の方に見覚えのある姿。 でも、足が重くなって…思わず、ついて行くような歩き方になる。 え、ふり向いた…走り出した!?オレはストーカーじゃないぞ! 待て、待ってくれ…それとも、オレだとわかって逃げてるのか? エントランスのドアが見えた。飛び込んで後ろ手に閉める。 これでいい…今夜はこのまま、会わないでいい。 そっと階段を上り、部屋の鍵を出して、ドアを開けたとき、携帯が鳴った。 先輩からの着信音。 どうしよう…出ないでおこうか…でもやっぱり… 「…ハイ…」 「…もしもし…オレ…」 のだめは返事をしなかった。電話口から伝わってくる重苦しさ。 でも、オレには伝えなければならないことがある。 途切れがちに、言葉を続けた。 ランベール夫人の家へ向かおうとして、ストに巻き込まれたこと。 道中で偶然、ヴィエラ先生に会ったこと。 リハーサルに誘われて、断れなかった…こと。 「…ごめん…本当に…オレ…」 いつもなら嬉しい電話の声が、今夜は素直に聞けない。 先輩の言ってること、ホントのことだと思う。大変だったんだと思う。 ごめんって言う言葉に、ウソはないと思う。でもね… 息を大きく吸って、話しはじめる。 「…サロンコンサート、大成功でしたヨ!皆さん喜んでくれて… のだめ、精一杯弾きまシタ!でも、今夜は疲れたからもう寝マス。 おやすみなさい!」 先輩の返事を聞かずに、携帯を切った。 今はもう、何も考えたくない…ぼふっとベッドに倒れ込んだ。 ドアの外で、少し悩んだ。このまま会わずに帰った方がいいのか…? こんなにオレを避けるのは、そりゃオレのせいなんだけど…でも… 合鍵を使って、そっとのだめの部屋のドアを開ける。 のだめはベッドにいた。着替えもせずに突っ伏している。眠っているようだ。 静かにベッドに腰を下ろすが、起きる気配はない。疲れてるんだろう、よっぽど。 しばらく寝顔を眺めて、乱れた髪を直そうと手を伸ばしたとき、 「…しんいちくんの…バカァ…」 オレは固まった。これ、寝言…?にしても、本心なんだろうな。 言い訳はしたくない。ただ、会って謝りたかった。それだけなんだよ。 その気持ちだけで、ここまで来たんだ… 「のだめ、ごめん…」 そうつぶやくと、ベッドに座ってのだめを見つめていた。 と、のだめの手がオレの手に触れた。閉じた目から涙があふれ出す。 胸が詰まって言葉が出ないオレを、身を起こしたのだめが両手で引き寄せた。 はらはらと泣きながら、オレの服を1枚ずつ脱がせていく。 後は下着だけ、という姿になったオレに、のだめはふいと背を向けて、 「あと、自分で脱いでくだサイ…」 そして、コートを床に落とし、ワンピースのボタンに手をかけた。 冷たい肌を合わせる。のだめの涙を唇でぬぐう。お互い、今夜は無口だった。 突然、オレの腕の中で静かに横たわっていたのだめから、絡み付くようなキス。 攻めるように、吸い上げるように、唇も舌も離すまいとするように。 「…んっ…」 声を出したのはオレだった。 息苦しいほどのキス…おまえが、こんな…頭が、しびれてくる。 やっと口を離したのだめは、思いがけない早さでオレに覆いかぶさってきた。 我を忘れたように、オレの体を愛撫している。 その勢いに気おされた。どんな言葉をかけたらいいのか、わからない。 これまで誰にも、こんなにリードを許したことはない。 そんな隙を見せたことなんて… それが今、のだめにされるがままになっている。抵抗もできない。 のだめは、オレがのだめを激しく求める時のように、キスの雨を降らせてくる。 耳から首筋へと唇を滑らせて肌を味わっている。 唇で、舌で、手で、体全体で、オレの体が自分のものだと確かめているように。 体だけでも…そんな必死の想いが伝わってくる気がした。 目を閉じ、オレは感覚に身を任せることにした。 のだめの髪や背中に、そっと手をやりながら。 のだめの唇が、胸へと滑っていく。思わず息を呑んだ… オレがのだめの胸を味わうように、のだめは舌で乳首を転がし、吸い付いている。 「…くっ…っ…はあっ…」 なんだ…これは……これも…快感…なのか…?… のだめが感じる快感ははるかに強いものなんだろうが、それでも… 息が荒くなってしまう。 両方の胸をたっぷりと口で愛撫したあとも、のだめの激しさはおさまらなかった。 唇が、下の方へ進んでいく。 それまで手の指やつま先で触れていたオレ自身に口を寄せていく。 暖かくて柔らかい舌が、絡み付いてくる。 「…!…うっ…ああ……」 硬くそそり立っていたそれに、のだめの唇と舌が強烈な刺激を与えてくる。 舐め上げ、吸い付き、舌で転がし…あらゆる角度から攻められる。 上下する口の動き。そこに手の刺激が加わって…オレは、もう、限界… のだめの動きが激しさを増す。 その口の中で、オレは気を放った。体の力が、抜けていく。 のだめは口と手を離すと、そのままオレの腰のあたりに丸く横たわる。 ふたりの激しい息づかいが部屋を満たす。 快感の余韻の中、オレはぼう然と天井を見つめていた。 やっとのことで身を起こし、丸くなったままののだめに手を伸ばした。 そっと頬に触れる。 のろのろと起き上がり、のだめはオレの脇にまた倒れ込んだ。 必死だったんだ…こんなに汗ばんで。 壊れ物をかかえるように、優しく抱きしめた。 オレの胸に顔をつけたまま、かすれ声でのだめがささやく。 「…しんいち…くん……抱いて…くだサイ…」 「だいじょうぶ…なのか?」 「ハイ…愛して…くだサイ…いつもみたいに…」 涙声だった。ふいに胸がつまる。 不満も不安も、体ごとオレにぶつけてきたのだめ。 オレはそんなおまえを、黙って包み込むことしかできない…今は。 それでいいのなら… こんなとき、言葉は役に立たない。 オレは何も言わず、のだめを抱いた。いたわるように、慈しみをこめて。 のだめもそれ以上言葉を発さず、吐息と喘ぎ声でオレの愛撫に反応を続けた。 体と体が、つながり合う。深い深い安堵感が広がっていく。 どこにも、いかない…オレはここだ…だからおまえも…どこにもいかないでくれ… オレの下でのぼり詰めていくのだめの表情は、いつもより切なげで… おまえを悲しませたことは、もう消せない事実だけれど。 でも、今はオレの全部が、おまえのものだからな… それだけは、感じてほしい。信じてくれなんて、言わないから… ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |