2人がまだ隣同士だったころのお話
千秋真一×野田恵


両手には食料品の買い物袋。
すでに夕闇がせまり、薄暗くなったアパルトマンの中庭を、大袋をわさわさ云わせながら横切る。
見上げた自室とその隣の部屋の窓には、まだ灯りがともっておらず、のだめが帰宅していないと思った。
せかせかと階段をあがり、自室に入る。

「トイレトイレ…。」

買い物袋をキッチンのテーブルにゴトン、ゴトンと置くと、すぐ踵を返し、玄関脇のトイレに向かった。

ガチャっとドアを開けると、そこはもうもうたる湯気。

「わっ!」

奥を見れば、のだめがシャワーカーテンを閉めずにバスタブに浸かっている。

「…コラ!カーテンを…!」

大声を出そうとしてよくよく見れば、のだめは泡の立った湯船の中で、首だけ出して眠っているようだ。
わずかに横に傾けた頭は既に洗髪済みのようで、ボブカットの毛先が頬に張りついた状態で、1度かくんとその首が折れ、絶妙なところで湯に浸からずにいる。

「のぼせるぞ…。」

課題漬けの毎日に加え、ヤキトリオの練習、1年目の試験準備と、日本の音大生だった頃とは比べ物にならないほど学生らしくしているのだめが、毎日疲れきって帰ってくるのを見ている。
今日はいつもにしては珍しく早めの帰宅時間であり、千秋がいないと思い勝手に風呂を使っていたのだろうが。
根をつめている時の、湯船で寝こんだ経験は千秋にも2度や3度ある。その気持ちは判るだけに、なんとなく起こすのを躊躇った。

(んー…ほっとけば溺れるかな…が、起こしてちかん呼ばわりされるのもな…。)

「良く寝てるなー…。」

身体をやや斜めに倒して、湯船に浸かっているのだめ。
大好きな泡風呂の中での身体の線は見えないが、豊かな乳房が湯に浮かんで、丸い二つのブイのように光っていた。

「ほおー…。」

これはこれでなかなか見物で、つい目が釘付けになる。
上気した頬。閉じられた黒い濃い睫毛。
顔にに張りついた髪。
汗が額から顎、首筋、そして胸の間の谷に向かい、きらきらとした川を作って立体を演出している。
いつだったか、のだめを最高に感じさせた後に、ベッドに沈みこんで気絶していた時を思い出す。
一瞬見惚れてしまった。

(そういえば、しばらくしてねえ…。)

ノエルのはじめて…から1月の半ばくらいまでは、ほぼ毎日愛を交わしていたものだった。
それがデシャンオケにに集中したころから、だんだんペース落ち。
のだめも学校の課題がどんどん増えはじめ、俺の知らないところで、驚くほど長い時間をピアノに費やしている。
時折俺の部屋のピアノを使い、課題を聴かせてくれるが、そのたびに指運びの精度を上げていて、耳を疑いそうになる。
俺は俺でその音にインスパイアを受け、デシャンのリハにも熱が篭り、結果、公演は良い仕事をした…と思った。
思ったのに…。

はっ…思考がスライドしまくっている。
大体俺はなんだ。小便しに自分ちのトイレに入ってきて、なに遠慮してるんだ!くそ。

寝ている間に用を足そうと、トイレの蓋をあげ、前を出してはじめた。
水音が大きく響いて、やばいと焦って前かがみになる。

「ん……。」

のだめから妙に色っぽい吐息が漏れた。

やばっ!起きるか?我慢して起こして風呂から追い出せばよかった?!
焦りとはうらはらに、我慢した後に開始したそれは一向に排出し終わらず、いつまでも続いている。

と、のだめの身体が、ずずず…と斜めにかしいだまま沈み始めた。

(げ!顔が水についたら、絶対起きる!!)

ようやく排水量が減ってきたそれを、もどかしく感じながら、トイレットペーパーをガラガラ引き出して、強引に最後の滴を吸収させて便器に放ると、下着の中にそれをあわてて戻した。
見ればのだめは完全に、水没していた。

「げ…。」

これで目がさめるかと感じたのだが、なんとなく見守る姿勢で、水没していったのだめの髪の先が、泡の中に沈んでいくのをぼんやりと見つづけてしまった。
4秒…5秒…。
やばいんじゃないか…?

「おい…っ!」
「がぼっ!…ぶ…!!!」

俺がようやく動きはじめ、湯の中ののだめの身体をさぐろうと手を突っ込んだのと、のだめがもがきはじめたのは同時だった。

「のだ…ぶわっ!」

湯船の中にも係わらず、のだめはパニクって手足をばたばたさせている。
まずい。このままだとほんとうに溺れ死ぬ。
腕をつかもうと必死になってさぐるのだが、湯の中でつるつるすべって捕える事が出来ない。
ザブサブと無駄に波打つ湯を顔に受けながら、俺は両腕を深く挿しこんで、なんとかのだめの脇の下に腕をくぐらせ、引き上げようとした。

「げはーーっ!がはっ!あううう!」
「コラ!俺だ!落ちつけ!」

有り得ないような力で俺にしがみついてくるのだめに、俺まで湯に引き込まれないよう、渾身の力で引き上げた。
溺れる人間は重い。ぐお…っ!
俺まで顔を湯につけながら、ようやっとのだめを腰まで引き上げた。
おれのシャツもびしょびしょに。
のだめは俺に、怯えた子供の様にしがみついて、咳き込んでいる。

「げごっ!ハっ!げほん!あ、せんぱ、げほっ!」
「大丈夫かよ…。足ちゃんとつくだろ。しっかりしろ。」
「はう…げほっ。」

ようやく落ちつきを取り戻してきたのだめは、それでもまだ俺にしがみついて、呼吸を整えている。
俺はというと、胸元に感じる濡れた感触に、熱いのだめの乳房をもろに受け、どさくさまぎれに抱きとめた背がぬるぬるつるつるするのを利用して、親切ごかしになでてやり…いや、こんな時、背中をなでるのは当然じゃないか!

「せんぱい…あれ…のだめ…なんで…」
「湯船で寝こんで溺れてたんだよ。たまたま俺が来たから良かったものを…。」

ゆっくり身体を離す。

のだめは涙で真っ赤になった目で俺を見て、洟をすすって手でふいた。

「きたねえなあ。」
「ぎゃぼっハダカー!」
「何をいまさら…。」

のだめは慌てて湯の中にもどった。泡の浮いた水面の所で、両腕でかき合わされた胸が、寄せ合い深く谷間を作っている。
つい、くらっときた。
びしょぬれのシャツのボタンを外して、濡れて張りついた身体から剥くように脱ぐ。

「せせせ、先輩?入るんですか?はうあ?!ズボンも脱ぐんですか?」
「脱がなきゃ入れねえだろ。ってかおれが湯冷めしてきたんだよ。」

下まで手早く脱ぎすてて、見られる恥かしさを感じる前に湯に入った。
のだめとは向かい合わせ。

「はうーーー。いっしょにお風呂vvv。そっち行っていいですか。」
「……どうぞ?」
「うきゃ…v」

湯の中から一瞬立ちあがって、のだめは俺の前に来て後ろ向きにしゃがんだ。
立ちあがった一瞬に見られた光景が、まるでスローモーションのように思える。
ピンク色に染まった全身から、白い泡がざあっと流れ落ちる。それは総レースのキャットスーツを纏ったように、みょうなエロさを醸しだしていた。
俺の目線の高さに、歩みよってきたのだめの股間が位置し、垂れ下がった陰毛から泡まじりの水滴が流れ落ちている。
近寄ってきて、くるりと向きを変えると、つやつやした丸い尻が目の前を下降して、じゃぷんと湯の中にはいった。

やばい……なんとなくもう血が集まってきてる。
やばいってったって、そのつもりでなきゃいっしょに風呂に入ったりしないが。
こいつ分かってやってるのかなー。手だしして良いのか?

「うふん……いっしょにお風呂ーーー。久しぶりデスネ!」
「うん…おたがい忙しかったから。」

のだめの背後から手を廻して、腹の上で組んだ。
自然にのだめが身体を俺に預けてくる。

ガラにもないが、肩に乗せてきたのだめの頭にキスをした。
たどるように数回、位置を移動させ、こめかみへ、そして頬へ。

「あん……。」

俺に顔を向けて来たのだめに口付けする。
唇をついばんで、舌を出して舐めると、のだめの方からも舌を絡めてきた。
ぐっと抱き寄せると、立ちあがりかけた俺の中芯がのだめの腰に当たるのを感じるだろう。

「ん……ム……。」

舌を深く挿し入れて上顎をくすぐる。
それだけでビクッと反応して。
かわいい。

「の……のぼせそうデス。」
「お前のほうが長く入っているからな。立てよ。」
「やん……。」

立てと言いながら、のだめの胸をまさぐる。
少し冷めてきた湯の中で、お椀をふせたような形の良いのだめの胸が、俺の手の中にふっくらと存在していた。
包んだ指の間に乳首を挿んで、前に引くように摘む。

「ああん、やっ、立てないデスヨ、やあん……。」
「遠慮するな。立てよ。イイコトしてやるから。」
「ふああ…ん。」

胸から手を離して、つつつと脇腹をたどる。
腰骨を支えて立ちあがらせた。
ざあーーとまた、泡がのだめの身体の上をすべっていき、ピンクに上気したのだめは少しふらつきながら俺の方へ向き直る。

「あ……しんいちくん……。」

目の前に揺れる陰毛を、舌で掻き分け、のぞいた小さな皮に包まれた蕾に吸いついた。
口の中で舌を細くして、その皮を剥いて中身をほじくる。

「んあッ…やん!だめえ……。」

きゅ、きゅ、と吸い上げて歯で軽く挟むと、のだめは堪らない様子で、俺の両肩に手を置き、指に力を込めている。
腰が逃げるように引くので片腕で支える力を強めた。

「はああっ……。」

俺の頭に覆い被さるように、のだめの上半身が倒れ掛かる。

もう片方の手を、のだめの今吸いついている部分から続く肉ひだをたどらせ、うるうるとぬるついているくぼみに指を押しこんだ。
「ああっ……っつっ。」

久しぶりに進入した中は少し狭い。
それでも馴染み知った中のつぶつぶした壁を可愛いと思いながら、のだめが好きだった形に指を動かす。
前側に吸いついたまま。

「きゃうっ…や、は……しんいちくん…だめ。」
「なんで。良くない?」
「はあん……よ…すぎ。」
「くく…もっとだ。」

中を指先で叩くようにスイングさせる。
出し入れさせるよりのだめは好きらしい。

「あ、ん、ん、ん、あ、あ…」

俺の頭を掻き抱いて、のだめはわずかに腰を振る。
いつのまにか足を開き、片足を上げて俺の肩に乗せようとしているが近すぎるのと泡のぬるつきで上手くいかない。
そのうち、激しく腰を震わすようにゆらして絶頂に上り始めた。
指がきゅうううと締めつけられるのを感じる。
イク寸前、のだめが俺の頭を引き寄せて抱きこむあまり、その臍下の肉に顔を埋められて、窒息しそうになった。

「やあああああ…っっ!」
「むぐ…っ。」
「あ……。」

かくんと膝が落ちたのを感じて、俺は顔からのだめの腹を剥がす。

「ぶは。」

のだめはずるずると身体を湯に沈ませ、荒い息を吐きながら俺にもたれかかる。

「はっ、はっ、ダメ、デス。のぼせるっ、はっ。しんいちくん、お湯、抜いて、はふ。」
「ん……。」

手探りでバスタブの底を探り、チェーンがついた湯栓を見つけると勢い良く抜き取った。
ごおおと音を立てて、湯の線が下降していく。
のだめを抱きとめたまま、腕を伸ばしてシャワーノズルを取った。
しゃーっと手早く二人の泡を流していく。

「出て、ベッドで続き……。」
「しんいちくん。」

見るとのだめがにやりと笑って、そのまま屈んでいった。

「わっ!」
「しんいちくんがまだデスヨー。」

のだめがいきなり俺の中心に顔を寄せ、手で包むと先端にキスをした。

「う…ここでなくても。」
「面白かったんですよー。お湯が減ってきたら、アワアワが急に盛りあがって、真一くんのコレが恐竜みたいに出て来るんですもん。」
「バカ、へんなとこ見てるな!」
「ふふ。ネッシーでスカ?」
「……古……っく!」

先端を円を描くようにくるくると舌をまわして舐め、はぷ、と音を立てて咥えた。
添えた手で幹を擦りあげる。
暫く先端だけを舌で弄って、吸いながらぽんと離した。

「う、のだめ…。」
「しんいちくん。大好きですからもっと足をひろげてくだサイ。」

俺の足の間で、のだめが大人っぽく笑う。
俺はいわれるまま、狭いバスタブの中でできるだけ膝をひろげ、腰をのだめの前に突き出す様に身体をずらして、バスタブの底に身体を半分寝かせた。
のだめは座る様にしていた足をくずし、より低い姿勢に屈みこむと、俺の根元にキスをする。
脚の付け根に舌を這わせ、袋を手で持ち上げてそこにもキスをして口に含んだ。
ころころと舌でなぶって離すと、裏筋にたどりついて、アイスを舐める様に下から上に。

「おい……いつのまにそんなこと憶えた……。」
「……いつのまにふぁ……。」

何度かのここちいい舐めあげの後、再び先端を口に含んだ。
口に入れられるだけ入れると、のだめの口内の奥にあたり、狭い天井とざらりとした舌を先端に感じた。

「んっぷ……」
「おい、無理までするな。」

咥えたまま、いやいやと首を振って離そうとしない。
俺も、恥かしさと、少しの情けなさを感じつつ、のだめのくれる快楽に、己をゆだねた。

「声……だして良いですヨ。」

(出すか…!)

やがて頭を上下に振りながら、のだめは俺を吸い上げる。
舌と唇に圧をかけて、俺をしぼりあげながら、ぐんぐん高めていく。

「……く……う……っ。」

思わず出た嗚咽に、のだめちらっと上目使いにおれの顔を見た。
そして嬉しそうに続けている。
ああ、もう、ああ、どうだっていいけど…このままじゃ……。

「のだめっ…。」

のだめは動きをやめない。頬を染め恍惚の表情で行為を続けている。
いつのまにかその姿勢も猫の様に腰をやや上げて、それもわずかに揺れている。
もう……出るっ!

「のだめっ!」

叫んでのだめの肩を押し上げ、口から離した。
とたんにびゅ!と発射する俺。
びっくりしたように目を見開いたのだめの顎と首、胸元にそれは飛んで、白い糊のように垂れた。

「ぎゃぼ……。」
「はっ、はっ、はっ、はっ……。」
「ふうわあああ。……ハジメテ見ましタ。」

はっ……。のだめの口の中で出したくなくて、思わずした事が、返ってはずかしい物を見せたのか俺。
呼吸がおさまらないまま、顔がかーーっと赤くなる。
自分の顎についた物を、指で掬いとって粘つきを確認するのだめ。
子供の様に、にはーと笑った。
俺は横に置いたままだったシャワーノズルを取ると、湯を出してのだめに向ける。

「ぎゃぼ。」
「すまん。」

手早くそれを指で掻き落として綺麗にすると、自分にも浴びて汗を流す。

「ああー。なんか勿体無い……。」
「いいんだよっ!」

ゴト、とノズルを置くと、はあーと疲労の溜息をついた。

「あの……しんいちくん?」
「何。」
「もし良かったら、ベッドでもう一度してくれませんか?」
「え?」
「疲れちゃってたら悪いんですけど、のだめまたコーフンしてきちゃって……。」

と下半身をもじもじさせるのだめ。

「ばーか。こんぐらいで終る俺かよ!」

いきおいよく立ちあがると、のだめの手を引きバスタブを跨いだ。

「……あの、タオル。」
「いいよ。また汗掻くから。」
「湯冷めしますう。」
「しないって。」


夜半過ぎ、ふたたび二人でシャワーを浴び、簡単な夜食を作った。
買って来ていたワインを開けて、もう一度抱き合って、今度は眠りに落ちる。
次の日帰って来たのだめが、首についたキスマークをターニャに指摘されてからかわれたと怒った。
それからしばらく、なにかにつけ「孔雀期」だの「付き合いはじめ」だのといわれるようになり、いまさらのようにアパルトマンの住人が俺達をそういう目で見るようになった。
……本当はけっこう前からこういう仲なんだけど……そこまで明かす俺じゃあない。






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